説明

肺臓内領域における活性成分のキャリヤーとしての半フッ素化アルカンの吸入及び点滴注入による使用

【課題】患者の肺領域への薬剤の輸送を達成する新規な医療用補助剤(medical aid)の提供。
【解決手段】少なくとも1種の薬剤を患者の肺領域へ直接的に輸送するための医療用補助剤であって、少なくとも1種の活性成分のためのキャリヤーとして、少なくとも1種の活性成分を均一相中に完全に物理的に溶解させる少なくとも1種の半フッ素化アルカンを含有する該補助剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、肺臓内領域における活性成分のキャリヤーとしての半フッ素化アルカンの吸入的(inhalative)及び点滴注入的(instillative)使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの健康は、産業上発生する粉塵、廃棄ガス、微細塵、慢性気管支炎及び肺気腫によって悪影響を受けており、この傾向は増加している。重症の急性肺不全の症状は、肺動脈のガス交換における持続的に顕著になる障害、呼吸器系のコンプライアンス(compliance)における異常な低下、及び間質性及び肺胞性の肺水腫によって特徴付けられる。現在までのところ、特定されている致命率は50%を超えている。この理由の1つには、ほぼ正常な血液ガスを維持するためには、非常に強引な機械的換気が必要とされるということが挙げられている。
【0003】
完全液体換気に対しては、酸素に対する溶解度が高くて密度が非常に高いペルフルオロカーボン(perfluorocarbon;PFC)、即ち、完全にフッ素化された炭素化合物が治療的代替物として使用されている(非特許文献1参照)。しかしながら、このような純然たる液体換気を実施することは技術的に困難である。このため、1990年代の末期においては、ペルフルオロカーボンを用いる部分的液体換気(partial liquid ventilation;PLV)が臨床的には最初に行われた(非特許文献2参照)。この場合においては、正常なガス換気が行われている間、ペルフルオロカーボンは気管内へ塊として、機能的な残余容量に相当する最大容量まで点滴注入される。換気によってこの液体は肺の内部へ分布され、一方、正の呼吸圧によって標準的なガス換気が続行される。
【0004】
無気肺又は虚脱肺を膨張させるための外科的介入においては、完全又は部分的液体換気のための医療用補助剤として半フッ素化アルカンsemifluorinated alkane;SFA)を使用することは知られている(特許文献1〜3参照)。特許文献4によれば、微小球状の活性成分は、フルオロカーボン中に存在させる界面活性剤によって分散され、気管内へ投与される。特許文献5によれば、フルオロカーボン中のリン脂質の水性エマルションが提案されおり、該エマルションは、エーロゾルとして投与されると、天然の肺界面活性剤の流動性を改善するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開公報 WO 97/12852(1997年)
【特許文献2】ヨーロッパ特許公報EP 0 965 334 B1
【特許文献3】米国特許第6486212号明細書(2002)
【特許文献4】米国特許第7205343 B2号明細書(2007年)
【特許文献5】国際公開公報 WO2005/099718(2005年)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】L.C.クラーク及びF.ゴラン、サイエンス、第151巻(1966年)、第1755頁
【非特許文献2】C.L.リーチら、Crit. Care Med. 第21巻(1993年)、第1270頁
【非特許文献3】H.マイネルト及びT.ロイ、Euro. J. Ophthalmol. 第10巻(2000年)、第189頁
【非特許文献4】Y.K.キルネットら、Euro. J. Ophthalmol. 第15巻(2005年)、第627頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、患者の肺領域への薬剤の輸送を達成する新規な医療用補助剤(medical aid)を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は、請求項1に記載の発明、即ち、「少なくとも1種の薬剤を患者の肺領域へ直接的に輸送するための医療用補助剤であって、少なくとも1種の活性成分のためのキャリヤーとして、少なくとも1種の活性成分を均一相中に完全に物理的(purely physically)に溶解させる少なくとも1種の半フッ素化アルカンを含有する該補助剤」によって解決された。
請求項2〜36に記載の発明は、本発明の有利な実施態様に係るものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】半フッ素化アルカンの沸点(℃)(計算値及び測定値)と質量(g/mol)との関係を示すグラフである。
【図2】血清中のイブプロフェンの濃度(mg/l)の経時的変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、少なくとも1種の薬剤を患者の肺領域内へ直接的に輸送するための医療用補助剤であって、活性成分のキャリヤーとして、少なくとも1種の半フッ素化アルカンを含有する該補助剤を提供する。好ましくは、一般式RFRHで表される直鎖状の半フッ素化アルカンが使用される。
【0011】
RFRH型の半フッ素化アルカンは、ペルフルオロカーボンセグメント「RF」と炭化水素セグメント「RH」を含有する化合物である。この場合、RFは、直鎖状又は分枝鎖
状のペルフルオロアルキル基を示し、RHは、直鎖状又は分枝鎖状の飽和炭化水素基を示す(3〜5)。
【0012】
一般式F(CF)n(CH)mH(式中、n及びmは2〜20の数を示す)で表される化合物は無色の液状化合物であり、水に不溶性で、物理的、化学的及び生理学的に不活性な化合物である。これらの化合物の沸点は、分子中のRFセグメンントとRHセグメントとの質量比と関連づけられる(表1及び図1参照)。SFAは1.1〜1.7g/cmの密度を有し、非常に低い界面張力(約45mN/m)と表面張力(約19mN/m)及び高い蒸気圧5〜760torr /25℃)を有する。SFAは非常に高いガス溶解度及び著しく高い拡散能を示し、該拡散能はPFCの拡散能の複数倍高い(非特許文献3及び4参照)。
【0013】
【表1】

【0014】
非対称性のRFRHは、疎油性のRF−セグメントと親油性のRH−セグメントを有することに起因して、両親媒性化合物である。親油性は、RH−セグメントの長さが長くなるに伴って増大し、分子中のRF−セグメント部分の割合が増加するに伴って低下する。非極性のPFCに比べて、RFRHは、これらの親油性に起因して、炭化水素とこれらの誘導体に対して良好な溶解能を示すので、多くの活性成分又は薬剤に対しても良好な溶解能を示す。このため、RFRH中における有機化合物の溶解度は、RFRH中のRH−セグメントの割合の増加に伴って増大する。使用状態においては、問題となる活性成分はその基本形態(base form)で使用されなければならない。即ち、該活性成分は水溶性に変性した塩酸塩、リン酸塩又はアルカリ塩としては使用されない。
【0015】
活性成分は溶剤SFA中に溶解し、コロイド分散状態から分子分散状態の範囲内において100nm未満の個々の分布度(degree of distribution)に応じて、物理的には全く均一な相を形成する。
【0016】
この結果、本発明による下記の優れた効果が得られる:
1)肺胞内の空気と肺の毛細血管内を流れる血液との間のガス交換が保証される。
2)低い界面張力と表面張力に起因して高い界面活性が得られる。
3)非常に高い拡散能が得られる。
4)炭化水素及びこれらの誘導体、例えば活性成分や薬剤の溶解度に基づくキャリヤーが得られる。
【0017】
肺領域内への活性成分の輸送は、吸入投与及び部分的又は完全液体換気によっておこなわれる。
【0018】
このため、
1)活性成分を、均一に溶解した状態で、肺胞の毛細血管上へ沈着させることができ、
2)活性成分を、肺胞膜を通して該毛細血管内を流れる血液中へ輸送させることができ、また、
3)有害な成分は肺の表面から除去される。
【0019】
非常に広い交換領域を利用することにより、常套法によっては非常に困難であるか又は不可能な経口法又は注射法によって、活性成分を投与することができる。
【0020】
高い界面活性度を利用することにより、肺胞表面上において粘性状態で粘着する粘液を、膵線維症の治療に寄与する表面から移動させることができる。このような方法によれば、早産の乳児の肺上の残存粘液に起因する仮死の危険性も低減させることができる。さらに、優れた拡散効果は、肺気腫領域内への浸透又は下方への浸潤のために利用することができる。
【0021】
既知のように、粉状形態で分散される薬剤は、エーロゾル形態で現在行われている噴霧法を利用することによって肺動脈内へ投与することができる。この種のエーロゾルが易揮発性のPFCを噴射推進ガスとして含有するときであっても、該エーロゾルは、活性成分粒子、PFCの小敵及び可能な空気を含有する不均一系を包含するだけである。PFCは炭化水素及びこれらの誘導体に対して溶解能を示さず、また、薬剤に対しても溶解能を示さない。
【0022】
経口投与においては、非常に少量の不均一エーロゾルを肺胞系へ到達させることができるだけである。これは、不均一エーロゾルが気管及び気管支管の内部に先行して保持されるからである。
【0023】
吸入投与又は点滴投与による肺胞系への活性成分の沈着
本発明に従って記載された薬剤は、溶剤RFRH中に活性成分がコロイド状に分散された均一溶液を含有する。この場合、SFAのRHセグメントは、活性成分のクラスター(cluster)の炭化水素基へ結合し、一方、RFセグメントは外側を向いて配向する(非特許文献4参照)。このようにして形成されるほぼ球状から楕円状のミセルの大きさは100nm〜1nmのオーダーである。
【0024】
活性成分の濃度は、SFA中における該成分の溶解度と該溶剤のRF/RH比によって左右される。溶解させる活性成分の微細な分割度が高いほど、該成分の表面積がより大きくなり、これに対応して溶剤分子とのエンクロジャー(enclosure)及び溶解度が良好になる
【0025】
肺胞膜へ活性成分を可能な限り迅速に沈着させるためには、活性成分の飽和溶液(少なくとも高濃度溶液)を投与しなければならない。これによって、活性成分の溶解度が大きく増大し、溶剤が呼気されると、該活性成分の沈着は比較的短時間に達成される。
【0026】
残存する分子クラスターが大きいほど、該クラスターが膜上に保持される蓋然性は高くなる。
【0027】
1.エーロゾル形態での吸入投与
活性成分のSFA溶液を蒸発させるか、又は空気、酸素に富む空気若しくは呼吸を維持するガス混合物によって専ら物理的又は機械的に噴霧させることができる。溶剤として、沸点が低いか、又は蒸気圧が高いRFRHを使用するときには(特許文献2、表1及び図1参照)、該溶剤は、室温〜体温の温度範囲において、当該系に特有の噴射推進ガスとして作用する。
【0028】
呼吸ガス中におけるSFA+活性成分及び酸素の占める割合は約20%から100%(極端な場合)である。吸入投与においては、SFAの高い拡散能に起因して、最初に損傷を受けたとしても、これらの配合成分は特に無気肺領域へ到達することができる。呼吸中においては、肺胞膜上に沈着したミセルのうち、体温において高い蒸気圧を示す溶剤分子は連続的に吐き出され、一方、揮発性のより低い活性成分は沈着された状態を維持する。
【0029】
2.部分的液体換気による溶液状態での点滴注入法による使用
SFAを溶媒とする活性成分溶液は、気管内挿入管又は気管支鏡を用いることによって、ボーラス方式(bolus-wise)で投与することができる。比較的多量の活性成分を点滴注入法によって投与することができる。投与される全体の溶液量が比較的多量になるために、溶媒の蒸発法は、拡張不全肺のより広い領域へ活性成分を到達させることができるが、エーロゾル投与法に比べて、より長い時間を必要とする。これとは対照的に、点滴注入法によれば、より広い無気肺領域内へ活性成分を到達させることができる。
【0030】
活性成分を吸入法又は点滴注入法によって沈着させるためには3つの経路がある:
1)活性成分は、膜上において薬剤として作用する。
2)活性成分は粘液によって阻止され、再び吐き出される。
3)活性成分は、その粒子径が1nm未満の場合には、膜を通過する。
【0031】
本発明に従って、肺胞膜上での沈着効果を伴って吸入法又は点滴注入法によって投与される活性成分としては次のものが例示される:細胞増殖抑制剤、ウイルス増殖抑制剤、細菌増殖抑制剤、抗喘息剤、抗ヒスタミン剤、タンパク質(特に成長因子)、ペプチド、ビタミン、及び特に、炎症抑制剤、気管支拡張剤、血行促進剤。SFA中における必要な溶解度の観点から好ましい活性成分の代表例は、外向きに作用する(outwardly acting)極性が最も低い分子構造を有する活性成分である。
【0032】
3.肺胞毛細血管膜を通る活性成分の移動
呼吸に際しては、生存に必要な血液ガス交換の外に、種々の化学種(species)が、肺胞膜を経由して血液中へ流入する。しかしながら、活性成分は、血流中から該膜を経由して吐き出される。
【0033】
代用血液の研究から次のことが知られている。即ち、乳化形態で予め血流中へ導入されるペルフルオロカーボンは、肺を経由してほとんど定量的に吐き出される。
【0034】
本発明に従って活性成分を血流中へ輸送させるためには、該活性成分は、これらの物理化学的特性、分子量及びナノメーター領域の粒径(約1〜0.1nm)によって規定されなければならない。前述のように、活性成分をSFA中に溶解させると、該成分は微細に分散される。
【0035】
活性成分が溶媒中において分子クラスター(molecular cluster)として存在するときには、物理的方法、例えば、ウルトラ−ターラックス(Ultra-Turrax)社製ホモジネーター、ガウリン(Gaulin )社製剪断力ホモジネーター又は超音波等によって該成分の粒径をさらに低減させる。このような物理的方法によるエネルギー供給によって昇温がもたらされるので、均一化操作中においては冷却手段を講じなければならない。
【0036】
これらの高度に効果的な均一化法における活性成分の化学的組成の改変を回避するためには、これらの処理方法は、保護ガス雰囲気下において、一定の監視下で行わなければならない。活性成分の粒子は、溶媒和分子による包囲によって、活性成分粒子の可逆的な凝集又はオストワルド熟成から保護されるが、最終的な生成物は冷却条件下において保存すべきである。酸素を用いる投与(dosing)は保存後におこなうことができる。
【0037】
予めナノメーター範囲の粒径に調製された活性成分、又はSFA溶媒中において当初から使用される粒径に調製された活性成分が望ましい。
【0038】
溶媒が蒸発され、活性成分が非常に微細な分割形態で膜上に沈着されるならば、該活性成分のその後の移動は、吸入法又は点滴注入法が先行するかどうかに左右されずにおこなわれる。
【0039】
溶媒分子が活性成分層の外側へ比較的強く付着するならば、溶媒と活性成分との間の良好な立体的な物理化学的相互作用に起因して、溶媒の単層によって包囲される活性成分も沈着することができる。
【0040】
肺胞膜を通る活性成分の通過、血流中又は血漿中での吸収、及び血流中での輸送は、時間−拡散−制御プロセスである。
【0041】
該プロセスは、粒子の物理化学的特性、粒径及び三次元的構造によって決定される。分子の結合又は分子の複雑性の度合いが低いほど、立体障害が小さくなり、また、極性官能基が少なくなり、これによって該粒子の通過は容易になる。前述のように、溶媒分子の単層によって包囲された状態の非常に小さな活性成分も移動させることができる。このような目的のために必要な条件は、この種のマイクロミセルの形態と安定性である。このような小さな粒子は、溶媒化合物によって、該化合物のRF−基が外向きに一様に配向されるように包囲される。この結果、全ての化学種は分極化せず、その通過はほとんど妨害されない。
【0042】
従って、粒子の移動過程の速度は、主として粒子の粒径によって制御される。粒子の分子レベルでの分散度が高くなるほど、これに対応して該粒子の表面積が大きくなり、また、これに応じて、肺胞膜の両側に作用する毛管力との相互作用がより効果的に行われ、移動条件が改善される。
【0043】
本発明によって権利請求される肺臓内の活性成分の半フッ素化アルカンによる血流への輸送は、頻発する感染症に関連して皮下投与、筋肉内投与又は静脈内投与によって使用される薬剤に対して非常に適している。肺臓内への投与は慢性疾患の対しても行われ、常習的投薬による該疾患の治療は、経口投与できない薬剤、経口投与が有効でない薬剤又は経口投与が重大な副作用をもたらす薬剤の使用と関連する。肺臓内への輸送によって、分解性に起因して胃腸経路において耐性を示さない活性成分が投与される。
【0044】
4.完全液体換気(total liquid ventilation;TLV)による活性成分の輸送に対する半フッ素化アルカンの使用
全体的液体換気のためにSFAを使用する技術に関する特許がある(特許文献1〜3参照)。点滴注入法に従うPLVによる投与に関連して先に説明した発明に値する新規な事項は、TLVにより、活性成分を溶解させて酸素で飽和又は部分的に飽和させたSFAを投与する態様にも適用される。
【0045】
このような使用態様は、無気肺領域を全体的又は実質上全体的に急速に拡張又は膨張させるべき場合には特に重要であり、このような状況下では、活性成分は同時に投与される。
【0046】
このような使用態様は、特に、粘液弛緩剤、抗攣縮剤、気管支拡張剤、表面活性剤、炎症抑制剤又は抗虚血剤に関連する。
【0047】
このような使用態様としては、特に、早熟な赤ん坊の肺又は膵線維症の患者の肺から出る頑固な粘着性の粘液の離脱又は除去、粘液で被覆された有害な無機物と有機物及び環境汚染物の除去、気管支と肺胞からのタール状沈着物の除去等が例示される。
【0048】
5.油中水滴型エマルション形態又は水中油滴型エマルション形態の半フッ素化アルカンの活性成分用キャリヤーとしての肺内使用
特許文献1〜3には、生体適合性乳化剤を用いて、所定の気体溶解度を示す水中油滴型エマルション又は油中水滴型エマルションを製造するために、SFAを使用することが記載されている。
【0049】
発明に値する事項は、肺用薬剤の活性成分も同時にこの種のエマルションに溶解するという点にある。水中油滴型エマルションの場合、活性成分は、その本来の形態(base form)で使用せずに、好ましくは水溶性の塩酸塩、リン酸塩又はアルカリ塩の形態で使用される。
【0050】
従って、この種の系における薬剤の溶解度と呼吸ガスの溶解度に起因して、権利請求される事項は、肺内投与に関連して先に言及した活性成分を、肺用薬剤のために、この種のエマルションと併用する点にある。このような水中油滴型エマルション又は油中水滴型エマルションはエーロゾルとして吸入投与してもよく、あるいは液体として点滴注入してもよい。
【実施例1】
【0051】
バルク剤(bulk material)として、イブプロフェン(6000mg)をF(1リットル)に溶解させた溶液を調製した後、加熱滅菌処理に付し、これを7頭の豚を用いる動物実験に供した。
得られた結果によれば、次のことが例証された。即ち、SFA−イブプロフェン溶液を気管内へ点滴注入することによって、急激な全身的な吸収(resorption)がもたらされた。体重1kgあたり約70mlの血液を保有する豚においては、SFAに溶解したイブプロフェンの55%以上が数秒間以内に全身へ吸収された。毒性の全身的な二次反応は起こらなかった(この点に関しては、後述の実施例9を参照されたい)。
【実施例2】
【0052】
バルク剤として、α−トコフェロール(31000mg)をF(1リットル)に溶解させた飽和溶液を調製した後、加熱滅菌処理に付した。豚を使用した動物実験においては、該溶液の一部を、ボーラス方式によって、気管内へ点滴注入した。この場合、該薬剤の血液流中への移動は認められなかった。SFAを蒸発させた後、該薬剤は肺胞領域内に残留した。
【実施例3】
【0053】
バルク剤として、レチノールパルミテート(37000mg)をF(1リットル)に溶解させた飽和溶液を調製した後、加熱滅菌処理に付し、これを滅菌条件下のガラス容器(50ml)内に保存した。該容器内の内容物を、加圧噴霧器を用いてエーロゾルとして投与するか、又は気管支鏡を用いて気管内へ投与した。
【実施例4】
【0054】
5−フルオロウラシル(30mg)をF(1リットル)に溶解させた飽和溶液を、0.2μmの滅菌フィルターを用いる滅菌濾過処理に付した後、ガラス容器(20ml)内に保存した。該容器内の内容物を、既知の噴霧法及び液状麻酔剤を蒸発させるために麻酔の分野において既知の装置を使用することによって、エーロゾル形態に蒸発させて吸入投与した。
【実施例5】
【0055】
23℃において、ブロモヘキシンをF中へ飽和するまで溶解させることによって、該活性成分の飽和溶液を調製した。該飽和溶液を、冷却を伴う滅菌濾過処理(0.2μmのフィルターを使用した)に付した後、ノズルと加圧クロージャー(pressure closure)を具備したガラス製又はアルミニウム製容器(20ml)内において、滅菌条件下で保存した。該加圧クロージャーを開放させ、系に特有の噴射剤としての溶媒の蒸気圧によって、該溶液を+23℃よりも高い温度においてエーロゾル形態で噴霧された。
【実施例6】
【0056】
25℃において、イブプロフェンをF3i(30%v/v)とF(70%v/v)との混合物中へ飽和するまで溶解させることによって調製した溶液を滅菌濾過処理に付した後、ノズルと加圧クロージャーを具備したガラス製又はアルミニウム製容器(20ml)内において、滅菌条件下で保存した。該加圧クロージャーを開放させ、SFAの蒸気圧によって、該容器の内容物を+35℃よりも高い温度においてエーロゾル形態で噴霧された。
【実施例7】
【0057】
大気中での開放条件下において、オセルタミヴィル(「タミフル(Tamiflu)」(登録商標))120mgをF(1リットル)中での均一化処理に付した後、滅菌条件下において、超音波処理に付した。ガラス容器内の内容物(20ml)を133℃での加熱滅菌処理に付した。
【実施例8】
【0058】
油中水滴型エマルションを調製するために、下記の成分を、高圧ホモジナイザーを用いる冷却下での均一化処理に付した:水5%v/v、アンブロキソール塩酸塩0.02w/v、卵黄リピド5.0w/v、及びF95%v/v。次いで、不透明なエマルションを滅菌濾過処理に付した後、10mlの内容物を+5℃で保存した。このエマルションは、超音波を用いてエーロゾルとして噴霧させて吸入投与するか、又は液体として点滴注入することができた。
【実施例9】
【0059】
この実施例の記載内容は、本願の出願人による次の社内研究報告に掲載したものである:
R.クーレン、R.ベンツベルク、「GB−FM 372037」、クリニクムRWTHアイヘン/Faノヴァリック・ハイデルベルク、2007年6月15日。
1.目的
この実施例は、SFAを用いる部分的液体換気(PLV)による活性成分の投与に関するもので、イブプロフェンの吸収速度について検討した。即ち、この実施例は、SFAを用いるPLVによるイブプロフェンの投与の可能性に関するものである。このため、主要な目的として、グループ内での比較における活性成分の吸収速度
を調べた
【0060】
2.方法
関係当局の認可(ケルンの地方行政府:ファイルNo.9.9310.50.203.2 CC 38,1/07)に従って、完全な麻酔状態の7頭の豚(独国のランドラッセ産の雌豚;体重29.3±1.8kg)を用いた動物実験をおこなった。体重1kgあたり4mgのアザペロン及び1mgのアトロピンを皮下注射してから20分後、体重1kgあたり10mgのケタミンを筋肉内注射することによって、準備投薬処置をおこなった。さらに20分経過後、耳の静脈を穿孔して輸液をおこなった。麻酔の開始と継続は、ヒトの医療において常用されている基準に従っておこなった(チオペンタルを用いる開始、挿管、100%酸素を用いる呼吸、フェンタニルとチオペンタルを連続的に投与することによる実験終了までの麻酔の持続)。麻酔深度は、麻酔における通常の基準(例えば、血圧上昇及び心拍数等)に基づいて調整した。
【0061】
膀胱内へカテーテルを挿入して尿を採取した。滅菌条件下において、セルディンガー法に従って、動脈カテーテルを大腿動脈内へ挿入し、また、送込器具を介して右心臓カテーテルを大腿静脈内へ導入した。前者は、動脈血圧の測定と動脈血の採取のためであり、また、後者は、中枢静脈圧、肺動脈圧及び心臓の経時体積の測定と肺動脈からの血液試料の採取のためである。最初に、被検動物の換気を次の条件下でおこなった:呼吸体積;体重1kgあたりの8ml、呼吸頻度;20〜30回/分(PaCO標的値;30−40mmHg)、吸気/呼気比;1:1、正の体内呼気圧;5 mbar 。カテーテルの挿入開始から実験終了までの電解質溶液の連続的注入は、1分間に体重1kgあたり0.1mlの速度でおこなった。
【0062】
いずれの実験においても、全てのパラメーター(全身及び肺の血行動態、肺のガス交換、換気パラメーター、血量測定法による動脈血及び混合静脈血のガス分析、血球算定のための動脈血のモニタリング、血清中のイブプロフェンの濃度)に関する初期の値(BL;ベースライン)の測定を行った後、SFAにイブプロフェンを溶解させた溶液(6g/L)を、体重1kgあたり5mlの量で気管内へ点滴注入した。
【0063】
その後、上記の全てのパラメーターを30分後、60分後、90分後及び120分後に測定し、さらに、血清中のイブプロフェンの濃度に関しては、各々の場合において、点滴注入直後(0分後)と5分後、10分後、15分後及び45分後に確認した。
【0064】
3.結果
全ての被検動物は、血行動態及びガス交換の観点からは、安定な状態を示した(表2参照)。血清中のイブプロフェンの濃度は、イブプロフェン/SFA溶液を点滴注入してから数秒後に最大値に達し、その後の観察期間においては、単調に低下した(図2参照)。
【0065】
【表2】

【0066】
4.考察/結論
得られたデータは、飽和SFA/イブプロフェン溶液を気管内へ点滴注入することによってイブプロフェンの急激な全身的吸収がもたらされるという仮定が証明された。独国ランドラッセ産の豚の場合、採用した基本的な出発点は、体重1kgあたりの平均血液量が約70mlであるところ、SFAに溶解させたイブプロフェンの55%よりも多くは、数秒以内に既に全身的に吸収された。
【0067】
得られた結果によれば、イブプロフェンを全身的に投与するためのキャリヤーとしてSFAが適しているといことが証明されただけでなく、他の活性成分に対しても適切なキャリヤー特性を発揮し、また、非飽和溶液の場合においても全身的な副作用をもたらすことなく、肺胞内へ局部投与することも可能であるという仮定も確証された。特に、後者は、急性肺不全の治療に対して新規で高い効能をもたらす治療法の選択肢を意味する。例えば、効能の高い活性成分を、潜在的に有害な全身的副作用をもたらすことなく、局部的に投与することができる。
【0068】
なお、前記の表2に記載の略語の意義な以下の通りである:
HR:1分間あたりの心拍数
MAP:平均動脈圧(mmHg)
MPAP:平均肺動脈圧(mmHg)
ZVD:中枢静脈圧(mmHg)
PCWP:肺毛細管楔入圧(pulmonary-capillary wedge pressure)(mmHg)
CO:心臓分時量(l/分)
RR:1分間あたりの呼吸数
AMV:呼吸分時量(l/分)
PIP:最大吸息圧(cmHO)
MIP:平均吸息圧(cmHO)
/KG:体重1kgあたりの一回換気量(ml)
PaO:動脈の酸素分圧(mmHg)
PaCO:動脈の二酸化炭素分圧(mmHg)
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、例えば、薬剤を患者の肺領域へ直接的に輸送する医療分野において、活性成分用キャリヤーとして半フッ素化アルカンを採用することによって、活性成分(例えば、粘液弛緩剤、抗攣縮剤、気管支拡張剤、表面活性剤、炎症抑制剤、抗虚血剤、細胞増殖抑制剤、ウイルス増殖抑制剤、細菌増殖抑制剤、抗喘息剤、抗ヒスタミン剤、炎症抑制剤、気管支拡張剤、血行促進剤、タンパク質(特に成長因子)、ペプチド及びビタミン等)を効果的に送給することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種の薬剤を患者の肺領域へ直接的に輸送するための医療用補助剤であって、少なくとも1種の活性成分のためのキャリヤーとして、少なくとも1種の活性成分を均一相中に物理的に溶解させる少なくとも1種の半フッ素化アルカンを含有する該補助剤。
【請求項2】
少なくとも1種の活性成分が、コロイド状の分散状態から分子状の分散状態までの範囲の分散状態で半フッ素化アルカン中に溶解する請求項1記載の補助剤。
【請求項3】
常套の経口投与法又は注射投与法によって投与することが困難又は不可能な活性成分を投与するための請求項1又は2記載の補助剤。
【請求項4】
活性成分が半フッ素化アルカン中に、該フッ素化アルカンが呼気されるときに該活性成分の溶解度が限度を超えるような濃度で溶解する請求項1から3いずれかに記載の補助剤。
【請求項5】
活性成分が、飽和した状態又はほぼ飽和した状態で溶解する請求項4記載の補助剤。
【請求項6】
活性成分と半フッ素化アルカンを含有する溶液がミセルの状態で生成する請求項1から5いずれかに記載の補助剤。
【請求項7】
少なくとも1種の活性成分を、特にエーロゾル形態での吸入法又は点滴注入法によって投与するための請求項1から6いずれかに記載の補助剤。
【請求項8】
特にエーロゾルとして吸入投与するための溶液であって、少なくとも1種の活性成分を半フッ素化アルカンに溶解させた溶液が、蒸発させるために適した溶液である請求項1から7いずれかに記載の補助剤。
【請求項9】
特にエーロゾルとして吸入投与するための溶液であって、少なくとも1種の活性成分を半フッ素化アルカン中に溶解させた溶液が、空気、酸素に富む空気又は呼吸を維持するガス混合物によって噴霧するために適した溶液である請求項1から7いずれかに記載の補助剤。
【請求項10】
特にエーロゾルとして吸入投与するための呼吸ガス中の半フッ素化アルカン、活性成分及び酸素の割合が約20〜100%である請求項1から9いずれかに記載の補助剤。
【請求項11】
特にエーロゾルとして吸入投与するために、半フッ素化アルカンがヒトの体温、室温又はこれらの温度よりも低い沸点を有すると共に、少なくとも1種の活性成分用溶剤及び系に特有の噴射剤としても機能する請求項1から10いずれかに記載の補助剤。
【請求項12】
少なくとも1種の活性成分を肺胞膜上に沈着させるために、半フッ素化アルカンが体温において、連続的な呼気をもたらすと共に、少なくとも1種の活性成分が肺胞膜上に沈着された状態が維持されるような蒸気圧を示す請求項1から11いずれかに記載の補助剤。
【請求項13】
活性成分を無気肺領域へ輸送させるための点滴注入用に適合した請求項1から12いずれかに記載の補助剤。
【請求項14】
部分的又は完全な液体換気に適合した請求項1から13いずれかに記載の補助剤。
【請求項15】
肺胞膜上へ沈着させるための少なくとも1種の活性成分の粒径が100nm〜1.0nmである請求項1から14いずれかに記載の補助剤。
【請求項16】
肺表面上の有害成分を除去するための請求項1から15いずれかに記載の補助剤。
【請求項17】
肺の気腫領域へ浸透させるための請求項1から15いずれかに記載の補助剤。
【請求項18】
膵線維症を治療するための請求項1から15いずれかに記載の補助剤。
【請求項19】
少なくとも1種の活性成分が、外向きに作用する極性が低い分子構造を有する請求項1から18いずれかに記載の補助剤。
【請求項20】
少なくとも1種の活性成分が、粘液弛緩剤、抗攣縮剤、気管支拡張剤、表面活性剤、炎症抑制剤及び抗虚血剤から成る群から選択される請求項1から19いずれかに記載の補助剤。
【請求項21】
肺胞膜上への沈着作用をもたらす吸入投与用又は点滴注入投与用の少なくとも1種の活性成分が下記の成分から成る群から選択される請求項1から19いずれかに記載の補助剤:
細胞増殖抑制剤、ウイルス増殖抑制剤、細菌増殖抑制剤、抗喘息剤、抗ヒスタミン剤、炎症抑制剤、気管支拡張剤、血行促進剤、タンパク質(特に成長因子)、ペプチド及びビタミン。
【請求項22】
肺胞膜を透過して血流中へ輸送される活性成分が1.0nm〜0.1nmの粒径を有する請求項1から14いずれかに記載の補助剤。
【請求項23】
活性成分の粒子が、微細に分割された形態で半フッ素化アルカン中に存在する請求項22記載の補助剤。
【請求項24】
活性成分の粒子が、物理的均一化によって、半フッ素化アルカン中へ微細な状態で分散される請求項22又は23記載の補助剤。
【請求項25】
活性成分の粒子が溶媒分子(特に溶媒分子の単層)によって包囲される請求項22から24いずれかに記載の補助剤。
【請求項26】
凝集又はオストワルド熟成を防止するために、溶媒分子のRF−基が外方向へ向けられる請求項22から25いずれかに記載の補助剤。
【請求項27】
活性成分の粒子が、ナノメーター領域の粒径を有する粒子に、予め調製されるか又は初めから半フッ素化アルカン中で調製される請求項1から26いずれかに記載の補助剤。
【請求項28】
少なくとも1種の活性成分が、時間−拡散調整法のために、肺胞膜を透過して血流中で吸収されるように適合される請求項22から27いずれかに記載の補助剤。
【請求項29】
投与に際して皮下感染、筋肉内感染又は静脈内感染の危険を伴う少なくとも1種の活性成分を肺臓内から血流中へ輸送させるための請求項22から28のいずれかに記載の補助剤。
【請求項30】
慢性疾患を治療するための少なくとも1種の活性成分であって、常習的投薬のための経口投与ができないか、又は経口投与による効果が乏しいか、あるいは、経口投与によって重大な副作用をもたらす活性成分を肺臓内から血流中へ輸送させるための請求項22から29いずれかに記載の補助剤。
【請求項31】
胃腸経路内において損傷をもたらす少なくとも1種の活性成分を肺臓内から血流中へ輸送させるための請求項22から29いずれかに記載の補助剤。
【請求項32】
活性成分のキャリヤーとして、油中水滴型エマルション又は水中油滴型エマルションの形態を示す請求項1から31いずれかに記載の補助剤。
【請求項33】
少なくとも1種の活性成分が水溶性形態で使用される請求項32記載の補助剤。
【請求項34】
活性成分が塩酸塩、リン酸塩又はアルカリ塩の形態で使用される請求項32又は33記載の補助剤。
【請求項35】
活性成分がその基本形態で半フッ素化アルカン中に溶解される請求項1から34いずれかに記載の補助剤。
【請求項36】
少なくとも1種の半フッ素化アルカン(特にジブロック型の半フッ素化アルカン)を、請求項1から35いずれかに記載の医療用補助剤を製造するために使用する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−256353(P2009−256353A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−101019(P2009−101019)
【出願日】平成21年4月17日(2009.4.17)
【出願人】(508154999)ノヴァリク・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (2)
【氏名又は名称原語表記】NOVALIQ GMBH
【Fターム(参考)】