説明

胃潰瘍治療剤

【課題】胃潰瘍治療剤として優れているプロトンポンプ阻害剤と同等以上の効果をもちながら、プロトンポンプ阻害剤が有する副作用を持たない安全で高性能な胃潰瘍治療剤を提供する。
【解決手段】ハイドロタルサイト類の結晶表面を胃酸に難溶性の水酸化アルミニウム系で被覆した複合水酸化物構造により、胃粘膜への強い吸着力と適度に高い制酸能力を発揮し、その結果、胃粘膜を長時間にわたり胃酸から防御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MgとAlの複合水酸化物を有効成分とする胃の粘膜保護等の機能に優れた安全で高機能の胃潰瘍治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
胃潰瘍はストレス、暴飲,暴食等の種々の原因で胃粘膜に抵抗脆弱部分が生じ、ここに胃から分泌される胃酸や消化液により粘膜が侵され組織障害が起きる病気である。治療剤としては、攻撃因子(塩酸、消化管ホルモン)と防御因子(粘液、粘膜、血液、重炭酸イオン)に作用する薬剤がある。前者の抑制剤としては、水酸化アルミニウムゲル、水酸化マグネシウム、ハイドロタルサイト等の制酸剤、シメチジン、フアモチジン等のH2ブロッカー剤、オメプラゾール、ランプラゾール等のプロトンポンプ阻害剤がある。後者の増強剤としては、前記制酸剤、スクラルファート等の胃粘膜保護被覆剤、ポラプレジンク、亜鉛含有ハイドロタルサイト等の亜鉛イオンによる細胞保護剤、アルジオキサ、アズレンスルホン酸等の肉芽形成組織修復剤、テプレン、ゲファルナート等の粘液産生分泌促進剤、塩酸セトラキサート、レバミピド等の粘膜血流改善剤等がある。
【0003】
近年の傾向として、H2ブロッカーをさらに進化させたプロトンポンプ阻害剤による胃酸分泌抑制作用が強力となった結果、これが潰瘍治療の第一選択剤となり、粘膜防御因子増強剤の治癒効果が軽視されるようになってきた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
プロトンポンプ阻害剤が開発されたことにより、胃酸分泌の最終段階でのプロトンポンプの酵素活性が阻害され、胃酸分泌をほぼ完全に、しかも1回の服用で1日近い長時間阻止できるようになった。プロトンポンプ阻害剤を使用することにより、潰瘍に対する攻撃因子が顕著に排除されたため、今まで多数提案されてきた潰瘍防御因子剤の存在価値が低下した。したがって、現在、胃潰瘍治療の第一の選択剤がプロトンポンプ阻害剤になってきている。
【0005】
しかし、ポロトンポンプ阻害剤は、服用中止後の一年以内の潰瘍再発率が約50%前後と高い問題がある。また、長期投与により、胃酸分泌を刺激するヒスタミンを産生するECL細胞が過剰形成したり、壁細胞が空洞化する等の問題がある。さらに、ショック、血液障害、視力障害等の副作用もある。
【0006】
したがって本発明の目的は、低毒性の剤で、副作用が発生しない安全な方法で胃酸の攻撃を阻止し、プロトンポンプ阻害剤と同等以上の治癒効果を発揮できる新規な胃潰瘍治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は前記プロトンポンプ阻害剤等の胃酸分泌抑制剤の副作用の原因が、食物消化にとって必須の胃酸分泌という人間が本来有している生体メカニズムを、その全体を把握できないまま胃酸分泌の部分だけを阻害したためと推定される。剤の服用を中止すると生体メカニズムは服用時の胃酸分泌阻害状態を胃酸分泌機能不良と認識し、胃酸分泌量を服用前より増強する指示を生体が出すものと推定される。
【0008】
したがって、胃酸分泌生体機能阻害の手法ではなく、胃粘膜を長時間被覆しつつ胃酸を中和し無害化できる剤を開発することにより、実質的に胃酸の攻撃から胃粘膜を守ることができれば胃酸分泌阻害剤と同様の潰瘍治療効果が期待できるはずである。そのためには、その剤は表面がプラス荷電であり、その結果マイナスに荷電している胃粘膜に強く吸着し、しかも胃粘膜表面全体を隙間なく被覆できる高分散性の微粒子であり、且つ胃酸にゆっくり溶けなければならない。
【0009】
ハイドロタルサイト、水酸化アルミニウムゲルとか水酸化マグネシウム等のいわゆる制酸剤は胃粘膜を被覆するが、すぐ胃酸で溶解し長時間胃粘膜被覆保護ができない。胃粘膜被覆保護剤であるスクラルファートはマイナス荷電し、胃の表面に部分的に存在するタンパク質由来のプラス荷電部に吸着するため、被覆力が不十分であり、しかも胃酸中和能力が貧弱であり上記目的に不十分である。
【0010】
以上の考え方に基づき、本発明者は制酸剤等の長年の研究と経験を生かすことにより本発明を完成するに至った。本発明は下記式(1)
【0011】
【化1】

(但し、式中An−は、例えばCl,SO2−,CO2−,HPO2−,NHCHCOO,等のn価のアニオンを、好ましくはCO2-を示し、x、yおよびmは次の範囲にある。0.34<x<0.7、好ましくは、0.37≦x≦0.6、特に好ましくは0.4≦x≦0.5,0<y<0.8、好ましくは0.2<y<0.4,0≦m<3)で表わされる複合水酸化物を有効成分として含有する胃潰瘍治療剤を提供する。
【発明の効果】
【0012】
長年の制酸剤としての使用実績から、人体に安全性の高いことが判っているMgとAlの水酸化物系を用いながら、胃潰瘍治療効果の最も高いプロトンポンプ阻害剤以上の治療効果を示す。しかも生体機能をいじらないため、プロトンポンプ阻害剤等の胃酸分泌抑制剤にみられる服用中止後の再発等の副作用がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
ここでいう複合水酸化物とは、下記式(2)
【0014】
【化2】

(但し、式中An−は式1と同じn価のアニオンであり、zとkはそれぞれ次の範囲にある、0<z≦0.33,0≦k<3)で表わされるハイドロタルサイト類と水酸化アルミニウム系の複合物である。複合とは、前者の結晶表面の全部またはその一部が後者で被覆されている状態である。この複合により、後者が前者の胃酸による溶解を遅延させる。
【0015】
ハイドロタルサイト類に属する制酸剤としてz=0.25、An−=CO2−の合成ハイドロタルサイトがある。水酸化アルミニウム系とは、組成式Al(OH)またはAlOOHで表わされる結晶性または無定形の水酸化アルミニウムである。結晶性の前者はバイアライトとかギブサイトであり、後者はベーマイト等である。
【0016】
ハイドロタルサイト類のAlの固溶限界はMg:Al=2:1である。この固溶限界を超えたAlはハイドロタルサイト類の結晶表面近傍に無定形または結晶性のAl(OH)の組成で存在する。このものを約150℃以上で水熱処理すると、ベーマイト等の結晶に変化しその化学組成はAlOOHになる。胃酸(pH=約1)に対する水酸化アルミニウム系の溶解性は皆無または殆ど無い。したがって、本発明の潰瘍治療剤は胃酸に溶けるハイドロタルサイト類の結晶表面を非溶解性の水酸化アルミニウム系が被覆している構造に特徴がある。その結果、胃酸中和能力を有しながら、長時間胃酸に溶解しない機能を発揮できる。
【0017】
本発明の剤は、ハイドロタルサイト類および水酸化アルミニウム系ともに表面がプラスに荷電しているため、マイナスに荷電している胃粘膜に化学的に吸着され、胃粘膜表面の被覆保護性能が優れている。
【0018】
胃粘膜を効率良く被覆するためには、本発明の剤は微粒子であることが好ましく、たとえば平均2次粒子径が1μm以下、特に好ましくは0,5μm以下であることが好ましい。
【0019】
本発明の剤の製造は、従来公知の共沈法により製造できる。結晶性水酸化アルミニウムにするには、共沈反応後、加熱すればよい。加熱処理は70℃以上好ましくは100℃以上で、好ましくはオトレーブで水熱処理する方法で、約1−20時間処理する。
共沈反応は、MgとAlの水溶性塩たとえば塩化物、硝酸塩、硫酸塩等の水溶液とアルカリ、たとえば水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム等の水溶液の単独または混合物を、pHを7以上好ましくは8.5〜10.5に保って反応させる。その後、炭酸ソーダ水による洗浄(CO2−型にする場合)、ろ過,水洗、水熱処理、ろ過、乾燥、粉砕、分級等の慣用の工程を適宜選択して使用し、本発明の剤を製造できる。
【0020】
本発明の剤は単独で用いる以外に、細胞の増殖に寄与する亜鉛イオン供給剤たとえば、酸化亜鉛、水酸化亜鉛、炭酸亜鉛、亜鉛含有ハイドロタルサイト類、水酸化マグネシウムと亜鉛の固溶体;(Mg,Zn)(OH)、水酸化アルミニウムゲル、合成ハイドロタルサイト等の制酸剤を併用することで、潰瘍部の細胞の修復を早めたり、胃酸の中和能力を向上させることもできる。
【0021】
本発明剤の剤形は慣用の種々の形態を採用でき、たとえばサスペンジョン、錠剤、顆粒、粉末等である。
【0022】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。
【実施例1】
【0023】
塩化マグネシウムと硝酸アルミニウムの混合水溶液(Mg=0.9モル/L,Al=0.6モル/L,30℃)と炭酸ソーダ溶液(1.0モル/L)および水酸化ナトリウム水溶液(Na=3.0モル/L)をオーバーフロー装置付き容量3Lの反応槽(予め1Lの水を入れている)に攪拌下、それぞれ200mL/分、60mL/分、約160mL/分の流速で、ただし、水酸化ナトリウムの流量を調整してpHを約9.0〜9.3に保って、計量ポンプを使用して供給し、共沈反応させた。オーバーフロー後20分後から30分間の反応物を回収し、減圧濾過し、次いで炭酸ソーダ水溶液(0.2モル/L)の6リットルで洗浄し、水洗した。
水洗物を水に加え攪拌機で分散処理したのち、その一部をオートクレーブにいれ、140℃で15時間水熱処理を行った。水熱処理物を取り出し、減圧下ろ過、水洗、乾燥(約120℃,10時間)、粉砕し目的の剤を作成した。
【0024】
この剤の化学組成をMgとAlを過塩素酸に加熱溶解した後キレート滴定法で、COをAGK式炭酸ガス測定法で、結晶水をTG−DTAでそれぞれ分析した結果、次の通りであった。
Mg0.6Al0.4(OH)2.1(CO0.15(HO)0.45
この粉末のXRD測定の結果、ハイドロタルサイト(主成分)と少量のバイアライト;
Al(OH)、との混合であった。この粉末をエタノールに超音波処理を5分間行った後レーザー回折法で測定した粒度分布の測定結果は平均2次粒子径が0.5μmであった。
【実施例2】
【0025】
実施例1において硝酸アルミニウム濃度を0.9モル/Lに、アルカリ側の流量を約180mLに変更する以外は、実施例1同様に行った。得られた粉末の化学組成は次の通りであった。 Mg0.5Al0.5(OH)2.25(CO0.12(HO)0.39
XRDを測定した結果、ハイドロタルサイトが主成分でこれに少量のバイアライトが混合した物であった。粉末の平均2次粒子径は0.48μmであった。
【実施例3】
【0026】
実施例1において塩化マグネシウムを硝酸マグネシウム(Mg=0.8モル/L)に、硝酸アルミニウムを硫酸アルミニウム(Al=1.2モル/L)に代えるともに、共沈反応後の水熱処理温度を120℃に変更する以外は、実施例1と同様に行った。得られた粉末の組成分析の結果は次の通りであった。
Mg0.4Al0.6(OH)2.4(CO0.1(HO)0.3
この粉末のXRD測定の結果、ハイドロタルサイトとバイアライトとの混合であった。平均2次粒子径は1.2μmであった。
【0027】
[比較例1]
塩化マグネシウムと硝酸アルミニウムの混合水溶液の濃度をそれぞれMg=1.0モル/L、Al=0.5モル/Lに変更する以外は実施例1と同様に行った。得られた粉末の組成分析の結果は次の通りであった。
Mg0.68Al0.32(OH)(CO0.16(HO)0.42
XRDを測定した結果、ハイドロタルサイトのみであり、平均2次粒子径は0.51μmであった。
【0028】
[比較例2]
実施例1において塩化マグネシウムと硝酸アルミニウムの混合水溶液の濃度をそれぞれ
Mg=0.3モル/L,Al=1.2モル/L、炭酸ナトリウムの流量を120mL/分、水酸化ナトリウムの流量を約200mL/分に代えるとともに、共沈反応後の水熱処理を省略する以外は実施例1と同様に行った。得られた粉末の組成分析の結果は次の通りであった。
Mg0.2Al0.8(OH)1.3(CO0.05(HO)0.15
XRDの測定結果は、バイアライトとギブサイトおよびハイドロタルサイトの混合であった。平均2次粒子径は2.8μmであった。
【0029】
[ナフトールイエローSの吸着量の測定]
粉末試料1.0gをナフトールイエローS(NYS)の水溶液(濃度100ppm)500mLに加え、30℃で1時間攪拌後ろ過し、ろ液中のNYSの濃度を分光光度計で測定し、その試料による吸着量を求めた。
【0030】
[ラット水浸拘束ストレス潰瘍に対する作用]
実施例1,2,3で得られた粉末および実施例2で得られた粉末に塩基性炭酸亜鉛(Zn=58%)を併用した粉末、さらに比較例で得られた粉末およびプロトンポンプ阻害剤であるランソプラゾール、胃粘膜保護剤として最も評価の高いスクラルファートを被検物として、急性潰瘍モデルである水浸拘束ストレス潰瘍に対する効果を調べた。
【0031】
数日予備飼育した一群8匹のWister系ラットを用い、24時間絶食後、高木らの方法(Jap,J.Pharacol、18:9,1968)に準じてストレスケージに入れ、23℃の水槽内に剣状突起部まで浸して7時間ストレスを負荷した。次にエーテル麻酔下で胃を摘出し、その中に約12mLの2%ホルマリン生理食塩水を注入して胃を固定後、大湾部側に沿って切開し、腺胃部の粘膜潰瘍の長さ(mm)を測定した。
被験物の経口投与はストレス負荷30分前に5mL/kgの液量で、対照群は同量の水で行った。結果を表1に、制酸力(日本薬局方に従って測定)とNYSの吸着量とともに示す。
【0032】
【表1】



【0033】
表1から、本発明の剤は胃粘膜保護剤として最も優れているといわれているスクラルファートおよびプロトンポンプ阻害剤よりも胃潰瘍治療効果が優れていることが判る。その原因が、胃粘膜への強い吸着力、換言すると被覆力(NYSの高い吸着量がそれを示す)と、適度に高い制酸力によることを示している。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】

(式中Aはアニオンを示し、nは1〜4のアニオンの価数を示し、x,yおよびmはそれぞれ次の範囲にある、0.34<x<0.7,0<y<0.8,0<m<4)で表わされるハイドロタルサイト類と水酸化アルミニウム系との複合水酸化物を有効成分として含有する胃潰瘍治療剤。
【請求項2】
式(1)において、xの範囲が、0.37≦x≦0.6である請求項1記載の胃潰瘍治療剤。
【請求項3】
式(1)において、Aが(CO2−である請求項1記載の胃潰瘍治療剤。
【請求項4】
式(1)において、Aがグリシンである請求項1記載の胃潰瘍治療剤。
【請求項5】
式(1)で表わされる複合水酸化物の平均2次粒子径が1μm以下である請求項1記載の胃潰瘍治療剤。
【請求項6】
式(1)の複合水酸化物100重量部に対し、酸化亜鉛、水酸化亜鉛、炭酸亜鉛、塩基性炭酸亜鉛、有機酸亜鉛、塩基性有機酸亜鉛、無機酸亜鉛の中から選ばれた少なくとも一種の亜鉛化合物を0.01〜40重量部さらに含有する請求項1記載の胃潰瘍治療剤。


【公開番号】特開2011−168545(P2011−168545A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34311(P2010−34311)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(391001664)株式会社海水化学研究所 (26)
【Fターム(参考)】