説明

脱塩海水を用いた海藻養殖方法

【課題】 製塩で用いられているイオン交換膜電気透析法による海水濃縮処理では、脱塩海水が生成する。脱塩海水は清浄で、塩分濃度が低く、加温されているが用途がなく、海に放流されている。この未利用資源である製塩の脱塩海水の有効利用を課題とする。
【解決方法】 本発明は、製塩の脱塩海水の特徴である清澄性、低濃度性、昇温性を利用した海藻陸上養殖法である。脱塩海水は、清澄であるため、該養殖法で養殖した海藻は、異物が殆どなく、高品質のものが得られる。また、脱塩海水と海水を組み合わせることにより、汽水域で生育する海藻から、より塩分濃度の高い条件に適した海藻まで陸上養殖を可能にした。さらに脱塩海水は、製塩工程で昇温されるため、養殖に向かない冬季のような低温期においても養殖可能で、養殖可能期間を拡大することも可能になった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製塩においてイオン交換膜電気透析法による海水濃縮を行なう際に生成する脱塩海水を利用した海藻陸上養殖に関する。
【背景技術】
【0002】
製塩においては、海水を濃縮して濃い塩水を得る方法としてイオン交換膜濃縮法が用いられており、この工程のことを採かんという。
【0003】
イオン交換膜電気透析法による海水濃縮の原理は以下のとおりである。イオン交換膜透析槽には両端の電極の間にイオン交換膜がセットされている。膜には陽イオン交換膜と陰イオン交換膜があり、この二種類の膜を交互に並べている。この装置に海水を入れ両端の電極から直流電流を流すと、陽イオンは陰極側、陰イオンは陽極側に動こうとする。この結果、塩分濃度の高い濃縮室と塩分濃度の低い希釈室とが交互に生じる。つまり濃縮室では濃縮海水、希釈室では脱塩海水が得られる。
【0004】
イオン交換膜電気透析法により生成した濃縮海水はせんごう工程、すなわち濃縮された海水を加熱濃縮して塩を晶出させて塩化ナトリウム、苦汁が製造される。ここで、製塩とは、海水を原料にして、イオン交換膜電気透析法等により濃縮してかん水を製造し、これを蒸発濃縮して析出する結晶を加工し、主として食用の塩化ナトリウムを製造する方法をいう。
【0005】
脱塩海水は、砂ろ過により清浄化された海水をイオン交換膜電気透析装置で脱塩することにより生成する。このため、脱塩海水は清浄でかつ塩分濃度が18〜30PSUと海水よりも低濃度であるという特徴を有しているが、現在用途がなく、海に放流されている。
ここで、実用塩分単位であるPSUは海水の電気伝導度の測定値から塩分を求める場合に使用される単位である。
【0006】
従来、海苔など海藻類の養殖は、表層海水を使用した海面養殖法により行なわれている。表層海水は、季節等自然条件の影響に左右されることにより、水温、塩分及び栄養分濃度が変化するので、海藻の養殖条件を安定化することは非常に難しい。一定の条件を維持し、安定した品質の海藻を生産することは困難である。
さらに、海面養殖では表層海水をそのまま海藻養殖に使用するので、海藻中にエビ、カニ、貝類など異物が混入しやすく、生産物の品質面でも大きな問題がある。
また海面養殖では海藻類の幼体を網などの定着材に植え付けた後、海面で養殖されることから、養殖時の雑菌汚染等を防ぐために、各種の殺菌剤、抗生物質などを藻場に散布する場合があり、海洋汚染も問題視されている。
【0007】
以上の問題点を解決する為、化学物質の汚染がなく菌数の少ない清浄な海水である海洋深層水を用いた海藻養殖法が試みられている。すなわち、海藻の胞子同士を互いに付着させ、集塊を形成させることによる胞子及び発芽体の海藻養殖法(特開2002−176866公報)、およびその技術をもとにした種苗生産後に海藻類を連続的に陸上で周年養殖する多段式陸上型海藻類養殖装置(特開2004−113226公報)、含有塩分濃度が海藻類にとっての最適生長濃度である25〜32PSUに調整される溶存性の2価鉄分などの生長促進成分を含有する海洋深層水を使用した海藻類の培養方法(特開2004−344120公報)が開示されている。さらに、オゾン混入海洋深層水使用海産物養殖及び流通販売(特開2002−142607公報)、海洋深層水利用による海洋緑化・海藻栽培システム(特開2005−87196公報)などの養殖方法が開示されている。
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−176866公報
【特許文献2】特開2004−113226公報
【特許文献3】特開2004−344120公報
【特許文献4】特開2002−142607公報
【特許文献5】特開2005−87196公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
製塩において、砂ろ過され清浄化された海水はイオン交換膜電気透析装置に供給されて処理が行なわれ、濃縮海水と脱塩海水が生成する。濃縮海水はせんごう工程で蒸発濃縮して塩を晶析させ、塩化ナトリウムと苦汁を製造する。
一方、脱塩海水は、海水よりも塩分濃度が低く、清澄であるという特徴を有するが、今まで利用されておらず、その有効利用が望まれている。
【0010】
[0008]に列記した特許は、すべて海洋深層水の低温、富栄養性、清浄性という特徴を利用した海藻養殖法である。海洋深層水は、取水可能な海域が限られ、取水設備を設置するにも多額の設備投資が伴うという問題がある。瀬戸内海など水深の低い海域の海水では、表層水を利用するしかないが、工場、家庭等の排水の影響を受けやすく、清浄な海水は得ることは難しい。
【0011】
海洋深層水の温度は年中10〜12℃と低温で安定している特徴がある。表層海水の温度も冬期においては低温となる。海水の温度は、海水を海藻養殖に使用する場合重要な要因で、生育温度以下になると海藻の生長が阻害され、養殖が難しくなる。海洋深層水、表層水とも、海藻の種類によるが、冬季のように水温が低下して生育温度以下になる時期には養殖ができないという問題点がある。
【0012】
汽水域で生育する海藻を養殖する際、使用する海水の塩分濃度を低く調節する必要がある。海水の塩分濃度を下げる方法として、逆浸透膜(RO)方式の淡水化装置等を使用することもできるが、設備の導入費用は高価である。また、海水に水を添加する方法もあるが、水添加のコストが付加され問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、製塩において、イオン交換膜電気透析装置から生成する脱塩海水を用いて海藻を陸上養殖する方法である。
即ち本発明は、
(1)イオン交換膜製塩において、イオン交換膜電気透析装置により生成する脱塩海水を海藻陸上養殖に用いることを特徴とする海藻養殖方法。
(2)イオン交換膜製塩においてイオン交換膜電気透析装置により生成する脱塩海水をそのまま又は脱塩海水と海水を混合し、塩分濃度を調整して海藻陸上養殖に用いることを特徴とする海藻養殖方法。
【0014】
まず、脱塩海水について説明する。
脱塩海水は、製塩においてイオン交換膜電気透析装置により生成し、清浄で、塩分濃度が海水よりも低く、しかも海水温よりも高いという特徴を持っている。
脱塩海水は、製塩において、取水した海水を砂濾過で濾過処理を行いイオン交換膜電気透析装置に供給することにより生成するので、非常に清澄な水質になる。さらにこの海水は海老、貝、蟹及び微生物も除去されているので、海藻養殖において問題になる海藻に混入する生物異物の低減についても有利な海水である。
【0015】
脱塩海水は海水をイオン交換膜電気透析装置で脱塩することにより生成することから、脱塩海水の塩分濃度は、18〜32PSUと海水よりも低濃度であるという特徴があり、汽水域で生息する海藻の生育に適した塩分濃度である。
脱塩海水の温度は、工場の運転条件により変動するが、海水の温度より2〜15℃高くすることができる。このため、海水温度が低い冬期において、生育可能温度が高い海藻を有利に養殖することができる。
既に開示されている海洋深層水は、確かに水質面では清澄であるが、水温は安定して低く、塩分濃度は安定的に高いという問題があり、汽水域に適した海藻を養殖するには問題がある。
本発明は、製塩の脱塩海水と海水を組み合わせて用いることにより、養殖に適した3条件、つまり清澄性、塩分濃度、水温において養殖に適した条件の海水を調整して養殖に利用できる優れた養殖方法である。
【0016】
製塩において得られた脱塩海水は、砂ろ過により得られた清浄な海水をイオン交換膜電気透析装置で処理することにより生成する。表層水であるにもかかわらず清浄な海水が連続的に生成することから、常に清浄な脱塩海水の供給が可能であるので、陸上養殖槽に連続的に供給することにより、エビ、貝、蟹等の異物が少なく高品質な海藻の養殖が可能となる。
【0017】
本発明による海藻養殖法においては、使用する海水は、脱塩海水をそのまま用いることも、脱塩海水と海水を混合して塩分濃度を18〜35PSUに調整することもできる特徴を持っている。塩分濃度が25〜32PSUに希釈された海洋深層水が海藻養殖に最適であることが特許文献3において開示されており、脱塩海水は、海藻養殖において最適な塩分濃度範囲であると言える。本発明は、通常の海水で生育する海藻も養殖可能であるが、汽水域で生長する海藻の養殖にも適用することができ、適用範囲が広い。
製塩から生成する脱塩海水を海藻養殖に使用するため、新たに設備を導入する必要がなく、安価に塩分濃度の低い海水が得られる特徴も有している。
【0018】
脱塩海水中の養殖に必要な栄養塩分は、肥料等の添加を行なわなくても海藻の生育可能な濃度であるが、必要に応じて窒素、リン酸塩、微量金属塩類を添加しても良い。
【0019】
本発明で養殖する海藻の種類は特に問わないが、汽水域で生長するスジアオノリ、アナアオサ、オバナハネモ、ミル、オゴノリ、フクロノリ等の海藻を養殖するのに適している。
【0020】
養殖時の脱塩海水の温度は海藻の種類に依存するが、スジアオノリの場合、後に示す実施例1の結果より、10〜30℃までの範囲で養殖可能であり、本発明の養殖方法が適用できる。
【0021】
収穫した海藻は、養殖時に清浄な脱塩海水を連続的に使用しているため、清浄な海藻が得られ、収穫された生の状態、あるいは乾燥させた状態で使用できる。乾燥させた海藻は粉砕などの加工を行ない使用することも可能であり、さらに海藻から有用成分を抽出、精製して化粧品原材料、工業原材料、医薬品原料としても利用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明を以下に説明する実施例に基づき詳細に説明する。
【実施例1】
【0023】
本発明で緑藻であるスジアオノリの海藻養殖を実施した。20L水槽(幅388mm×長さ220mm×高さ260mm)に株式会社日本海水赤穂工場のイオン交換膜電気透析装置から生成する脱塩海水10L(塩分濃度、NaCl換算値 2.1%)を入れた。この水槽にスジアオノリ種苗(株式会社 海の研究舎製)1mlを添加した。攪拌はエアーポンプ(ジェックス社製、イーエアー4000W、2.0L/分)で空気をエアーストーン(スドー社製、バブルメイト、幅16mm×280mm)を通して水槽中に供給し、種苗を浮遊、攪拌しながら養殖を行なった。この水槽をグロースチャンバー(三菱電気バイオメディカ社製、MLR−350)に入れ、明期/暗期=12時間/12時間、白色蛍光灯20000Luxの条件下で養殖を行なった。水温は60Wヒーター(ジェックス社製プチオート60)で10〜30℃に調整した。
【0024】
肥料は10L脱塩海水に対して硫酸アンモニウム0.075g、過燐酸石灰0.025g、尿素0.040g、クレワット32(ナガセケムテック社製) 0.004gを3〜4日おきに添加した。一週間後に新しい脱塩海水に交換し養殖を継続した。二週間後重量比で1/100量のスジアオノリを分画し15Lの新しい脱塩海水に移し、養殖を継続した。三週間後重量比で1/10量のスジアオノリを10Lの新しい脱塩海水と交換し、養殖を継続した。
【0025】
4週間後養殖されたスジアオノリから培養物を回収した。回収した海藻は30℃×5時間の条件で乾燥した。得られた海藻の収量は表1のとおりである。
【0026】
【表1】

【0027】
表1のスジアオノリ1mlを4週間養殖した後の収穫量は次の式で算出した。収穫量=本実施例により得られた収量(g)÷1/100(二週間養殖後の生重量から分取したスジアオノリの割合)÷1/10(三週間養殖後の生重量から分取したスジアオノリの割合)。
【0028】
この実施例において、スジアオノリの収穫量は養殖温度20℃で1.44gと最も多かった。養殖温度が10℃と30℃では収量が減少するが、いずれの温度においても増殖した。本発明の製塩の脱塩海水を用いて養殖可能であることが分った。
【産業上の利用可能性】
【0029】
製塩のイオン交換膜電気透析装置から生成する脱塩海水を海藻養殖に利用することで、今まで未利用であった脱塩海水を有効に利用することが可能となった。
現在行なわれている海面での海藻養殖は、自然条件に大きく左右され、安定的な海藻の生産は困難であり、生産される海藻の品質にも問題がある。本発明では製塩の脱塩海水を利用することによって高品質の海藻を安定的に生産する技術を確立したことで、海藻養殖産業への貢献が可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜製塩において、イオン交換膜電気透析装置により生成する脱塩海水を用いて海藻陸上養殖することを特徴とする海藻養殖方法。
【請求項2】
イオン交換膜製塩においてイオン交換膜電気透析装置により生成する脱塩海水をそのまま又は脱塩海水と海水を混合して塩分濃度を調整し、海藻陸上養殖に用いることを特徴とする海藻養殖方法。

【公開番号】特開2010−213679(P2010−213679A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97442(P2009−97442)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000191135)株式会社日本海水 (19)
【Fターム(参考)】