説明

脱N−アセチル体の製造方法

【課題】 クリーンで低コストな方法を用い、キチンからのキトサン生成など、脱N-アセチル体を、簡便でありながらも短時間に高収率で得る製造方法を提供すること。
【解決手段】 N-アセチル体から脱N-アセチル体を製造する方法であって、N-アセチル体にアルカリ溶液を加えて懸濁後に、マイクロ波を照射して、加熱還流状態とすることで脱N-アセチル反応を起こし、必要に応じて、冷却、洗浄、濾過、乾燥を施す。キチンからキトサンの生成、N-アセチルグルコサミンからグルコサミンの生成、多糖類から少糖類の生成に適用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチンからのキトサン生成など、脱N-アセチル体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、キチン及びキトサンは、免疫力向上や代謝促進など種々の効能が報告され、健康食品や化粧品分野だけでなく、医薬・医療分野などを含めた様々な方面から注目されている。
エビやカニなどの甲殻類の殻に多量に含まれているとして知られているキチンは、アルカリ水溶液中で加熱すると、アミノ基を含み反応性に富むキトサンに変化しうる。
しかし、キチンは強固な結晶構造をとることから、脱アセチル化反応によるキトサンへの化学変化は、強いアルカリ条件下で加熱を必要とするなど、過酷な反応条件が必要であった。
【0003】
キトサンがキチンの脱N-アセチル体であることから、一般に、キトサンはキチンのアルカリ加水分解処理によって製造されている(特許文献1)。一般に有機合成化学で行われる脱N-アセチル化反応においては、酸(塩酸処理やルイス酸処理)(非特許文献1)やアルカリ処理(非特許文献2)による化学的手法や、アシラーゼ等の酵素(非特許文献3、4)による生化学的方法が報告され、それぞれ良い結果を得ているが、こうした合成化学的手法に比べると、キチンのアルカリ処理によるキトサンへの変換方法は極端に過酷な反応条件となっている。
【0004】
この原因は、キチン分子がグルコサミンのN-アセチル化されたセルロース類似構造(α,β,γの三種の結晶構造)(非特許文献5)をとり、最も安定なα-体の構造では2回らせん構造をとり、N-アセチル基の存在により、分子内に多数の水素結合を形成し、非常に強固な結晶構造となっているためである。このためにグルコサミン分子2-位に存在するN-アセチル基の除去、すなわち、キチンからキトサンへの変換には高温かつ高濃度のアルカリ処理条件を必要としていた。
こうした高濃度アルカリ処理法は、多量の廃液を排出する原因にもなり、近年の環境配慮型グリーンケミストリーの流れからも検討を要する方法であった。
【0005】
一方、最近、マイクロ波を用いた有機合成法(非特許文献6、7)が実用化しつつある。この方法は、簡便でありながらも短時間に高収率で目的生成物を得られ、クリーンで低コストな方法でありため、工業的にも有用視されている。
マイクロ波を用いた有機合成法は、固相ペプチド合成(非特許文献8)、Diels-Alder反応(非特許文献9)、カップリング反応(非特許文献10)、脱アシル化反応(非特許文献11)では、利用され成果を得ていたが、キトサン生成への適用はなかった。
【0006】
キトサン生成方法や、マイクロ波を用いた有機合成法について、特許文献2〜6もあるが、キチンからキトサンを十分効率よく生成する方法は従来にはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開50−126784「キトサンの製造方法」
【特許文献2】特開平6−65305「キトサン誘導体の製造方法」
【特許文献3】特開2006−45299「キトサンゲル、及びキトサンゲルの製造方法」
【特許文献4】特開2007−224090「架橋キトサンの製造方法」
【特許文献5】特表2006−511042「マイクロ波加熱システム」
【特許文献6】特開2007−307440「化学反応装置」
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Dilbeck, G. A., Field, L.,Gallo. A. A., Gargiolo, R. J., J. Org. Chem., 43, 4593 (1978)
【非特許文献2】Kikugawa, Y., Mitsui, K.,Sakamoto, T., Tetrahedron Lett., 31, 243 (1990)
【非特許文献3】VanMiddlesworth, F., Wincott,F. E., Mosley, R. T., Wilson, K. E., Tetrahedron Lett., 33, 297 (1992)
【非特許文献4】Cox, R. J., Sherwin, W. A.,Lam, L. K. P., Vederas, J. C., J. Am. Chem. Soc., 118, 7449 (1996)
【非特許文献5】Sundarajan, P. R.,Marchessault, R. H., Adv. Carbohydr.Chem. Biochem., 35, 377 (1978)
【非特許文献6】柳田祥三、他「マイクロ波の新しい工業利用技術ナノ・微粒子製造から殺菌・環境修復まで」 (株)エヌ・ティー・エス(2003)
【非特許文献7】柳田祥三、松村竹子「化学を変えるマイクロ波熱触媒」化学同人(2004)
【非特許文献8】Yu, H.M., Chen, S. T., Wang, K. T., J. Org. Chem., 57, 4781 (1992)
【非特許文献9】Giguere,R. J., Bray, T. L., Duncan, S, M., Majetich, T., Tetrahedron Lett., 27, 4945(1986)
【非特許文献10】Leadbeater,N.E., Marco,M., Org. Lett., 4, 2973 (2002)
【非特許文献11】Varma,R. S., Varma, M., Chatterjee, A. K., J. Soc., Parkin Trans 1, 999 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、クリーンで低コストな方法を用い、キチンからのキトサン生成など、脱N-アセチル体を、簡便でありながらも短時間に高収率で得る製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の脱N-アセチル体の製造方法は、次の構成を備える。すなわち、N-アセチル体から脱N-アセチル体を製造する方法であって、N-アセチル体にアルカリ溶液を加えて懸濁後に、マイクロ波を照射して、加熱還流状態とすることで脱N-アセチル反応を起こし、必要に応じて、冷却、洗浄、濾過、乾燥を施すことを特徴とする。
【0011】
ここで、原料のN-アセチル体と生成物の脱N-アセチル体との組としては、キチン・キトサン、N-アセチルグルコサミン・グルコサミン、多糖類・少糖類のいずれかに好適に適用できる。
【0012】
アルカリ溶液として、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウム、メタルアルコラートのいずれか、好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムのいずれか、より好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムのいずれかが有効である。
【0013】
アルカリ溶液の濃度は、5重量%以上、好ましくは、10重量%以上、より好ましくは、30重量%以上が有効である。
【0014】
アルカリ溶液のpHは、9以上、好ましくは、11%以上、より好ましくは、13以上が有効である。
【0015】
マイクロ波の周波数は、0.2〜20GHz、好ましくは、2450±125MHzが有効である。
【0016】
マイクロ波の出力及び照射時間は、10〜10000W、5〜100分、好ましくは、50〜500W、10〜60分が有効である。
なお、上記のアルカリ溶液の濃度、pH、マイクロ波の周波数、出力、照射時間は、それらの兼ね合いによって定まる値でもある。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、マイクロ波照射によって有効に加熱還流状態とできるので、クリーンで低コストな方法により、キトサンなどの脱N-アセチル体を、簡便でありながらも短時間に高収率で得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】従来のアルカリ処理法によってキトサンを生成した比較実験例を示す表
【図2】本発明方法によってキトサンを生成した実験例を示す表
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明の実施形態を、図面に示す実施例を基に説明する。なお、実施形態は下記の例示に限らず、本発明の趣旨から逸脱しない範囲で、前記文献など従来公知の技術を用いて適宜設計変更可能である。
また、以下の実施例では、キチンからキトサンを生成する方法を例示するが、N-アセチルグルコサミンからグルコサミンの生成や多糖類から少糖類の生成など、N-アセチル体から脱N-アセチル体を生成する方法も同様に行える。なお、キトサン(グルコサミンのポリマー)は、キチン(N-アセチルグルコサミンのポリマー)におけるグルコサミン分子2位の-NHCOCH3を-NH2に変換することで得られる。
【0020】
図1は、従来のアルカリ処理法によってキトサンを生成した比較実験例を示す表である。
前記特許文献1に開示される従来のアルカリ処理法と同様にして、キチンからキチサンを生成した。すなわち、キチン1gに所定濃度のアルカリ溶液(10ml)を加え、所定時間の加熱還流処理後、遠心分離器を用いて水洗浄を繰り返し、最後にエタノール洗浄して生成物を得た。更に、デシケーター中で減圧乾燥した後、陰イオンコロイド試薬としてポリビニル硫酸カリウム(PVSK)を用いたコロイド滴定法により、脱アセチル化度の測定を行った。実験は同条件で複数回行い検討した。
【0021】
比較例1、2のように、30%(w/w)水酸化ナトリウム中でキチンを5時間・10時間加熱還流処理した場合は、脱アセチル化度はそれぞれ10%・12%であり、ほとんど脱アセチル化反応は進行していないことが判明した。
比較例3、4、5のように、43%(w/w)水酸化ナトリウム中でキチンを1時間・3時間・5時間加熱還流処理した場合は、脱アセチル化度はそれぞれ77%・87%・89%であり、市販のキトサン(脱アセチル化度78%)と同等以上であった。
このように、従来法では、40%(w/w)程度の水酸化ナトリウム中で、1時間以上の加熱還流処理が必要であることが確認された。
【0022】
図2は、本発明方法によってキトサンを生成した実験例を示す表である。
キチン10〜100gに所定濃度のアルカリ溶液(50ml〜数リットル) を加え懸濁後、マイクロ波反応装置を用いて、攪拌しながら2450MHzのマイクロ波を50〜500Wの出力で10〜60分間照射した。マイクロ波照射により、1〜数分以内に反応溶液が100℃以上の還流状態となった。
【0023】
照射終了後、遠心分離器を用いて水洗浄を繰り返し、最後にエタノール洗浄して生成物を得た。更に、デシケーター中で減圧乾燥した後、陰イオンコロイド試薬としてポリビニル硫酸カリウム(PVSK)を用いたコロイド滴定法により、脱アセチル化度の測定を行った。実験は同条件で複数回行い検討した。なお、脱アセチル化度(%)及び収量(%)は、同一条件の実験を繰り返し行った際の最低値および最高値を記した。
【0024】
実施例1、2のように、30%(w/w)水酸化ナトリウムを使用し、マイクロ波出力を450Wに調整し、照射時間を10分・20分間とした場合は、脱アセチル化度はそれぞれ48-69%・40-91%、収量はそれぞれ28-85%・50-90%であり、ばらつきが見られるものの、10分間の照射でも有意に生成物が得られた。
なお、脱アセチル化度と収量にばらつきが見られたのは、照射位置などに起因するマイクロ波到達の不均一さや、試料の一部の炭化分解などによるものであり、装置のセットアップの調整によって改良され得るものである。
【0025】
実施例3、4、5のように、20%(w/w)水酸化ナトリウムを使用し、マイクロ波出力をそれぞれ450W・300W・200Wに調整し、照射時間を30分・20分30分間とした場合は、脱アセチル化度はそれぞれ43-90%・38-78%・33-52%、収量はそれぞれ20-95%・64-88%・57-76%であり、若干低下したものの、有意に生成物が得られた。
【0026】
実施例6、7のように、10%(w/w)水酸化ナトリウムを使用し、マイクロ波出力をそれぞれ450W・600Wに調整し、照射時間を30分・60分間とした場合は、脱アセチル化度はそれぞれ20-60%・27-75%、収量はそれぞれ42-79%・38-82%であり、更に若干低下したものの、有意に生成物が得られた。
【0027】
このように、従来法では40%(w/w)以上のアルカリ加熱処理が必要であるのに対し、本発明方法によると、10〜30%(w/w)の比較的低濃度のアルカリ条件でも有意に脱アセチル化反応が進行することが確認された。また、10%(w/w)の低濃度のアルカリ条件でも、照射出力または照射時間を高めることにより、脱アセチル化反応を十分高められることも確認された。
【0028】
上記実施例では、アルカリ溶液として、水酸化ナトリウムを用いた例を示したが、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウム、メタルアルコラートを用いても同様に行える。好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム、より好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが有効である。
【0029】
また、アルカリ溶液の濃度は、5重量%以上、好ましくは、10重量%以上、より好ましくは、30重量%以上が有効であり、pHは、9以上、好ましくは、11%以上、より好ましくは、13以上が有効である。
【0030】
上記実施例では、マイクロ波の周波数として、一般の電子レンジで使用されている2450MHzを用いたが、およそ0.2〜20GHzの範囲で適宜選択可能である。
【0031】
また、マイクロ波の出力は、家庭用電子レンジで使用されている400〜1200W程度や、業務用電子レンジで使用されている数千Wでもよいが、50〜500W程度で十分な効果が認められる。
マイクロ波の照射時間は、主に出力及び試料の量との兼ね合いで調整される。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によると、クリーンで低コストな条件下で、キチンからのキトサン生成など、脱N-アセチル体を、簡便でありながらも短時間に高収率で得られるので、実用的であり産業上利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N-アセチル体から脱N-アセチル体を製造する方法であって、
N-アセチル体にアルカリ溶液を加えて懸濁後に、マイクロ波を照射して、加熱還流状態とすることで脱N-アセチル反応を起こし、
必要に応じて、冷却、洗浄、濾過、乾燥を施す
ことを特徴とする脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項2】
原料のN-アセチル体と生成物の脱N-アセチル体との組が、
キチン・キトサン、N-アセチルグルコサミン・グルコサミン、多糖類・少糖類のいずれかである
請求項1に記載の脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項3】
アルカリ溶液が、
水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウム、メタルアルコラートのいずれか、
好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムのいずれか、
より好ましくは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムのいずれかである
請求項1または2に記載の脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項4】
アルカリ溶液の濃度が、
5重量%以上、好ましくは、10重量%以上、より好ましくは、30重量%以上である
請求項1ないし3のいずれかに記載の脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項5】
アルカリ溶液のpHが、9以上、好ましくは、11%以上、より好ましくは、13以上である
請求項1ないし4のいずれかに記載の脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項6】
マイクロ波の周波数が、0.2〜20GHz、好ましくは、2450±125MHzである
請求項1ないし5のいずれかに記載の脱N-アセチル体の製造方法。
【請求項7】
マイクロ波の出力及び照射時間が、10〜10000W、5〜100分、好ましくは、50〜500W、10〜60分である
請求項1ないし6のいずれかに記載の脱N-アセチル体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−242020(P2010−242020A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94829(P2009−94829)
【出願日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(508314537)
【出願人】(508313817)
【Fターム(参考)】