説明

腎移植拒絶反応抑制剤

【課題】腎移植を受けた患者に対し、従来の非特異的な免疫抑制剤を投与し続けなくても腎移植における拒絶反応を有効に抑制することができる、新規な腎移植拒絶反応抑制剤を提供すること。
【解決手段】腎移植拒絶反応抑制剤は、腎移植を受けるレシピエントから採取したT細胞を、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、腎臓のドナーの同種抗原で刺激することにより得られる、前記レシピエント由来のT細胞を有効成分として含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎移植拒絶反応抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器移植は、内科療法や外科的処置によるその他の方法では対処できない疾患のために選択される療法である。臓器移植を行なった患者に対しては、T細胞による急性拒絶反応を抑制するために非特異的な免疫抑制剤を移植手術後毎日投与し続ける必要がある。しかしながら、免疫抑制剤として用いられるカルシニュリン阻害剤及びステロイドのような薬剤は、日和見感染症、高血圧症、高脂血症、腎毒性、及び癌の発達を引き起こし得るという問題点を有している。
【0003】
非特異的な免疫抑制剤が有するこのような問題点を回避するためには、アロ反応性のT細胞を特異的に阻害し、移植片に対する寛容を誘導することが望ましい。寛容を誘導するために用いられる1つの方法は、共刺激分子に対するモノクローナル抗体(以下「mAb」と表記することがある)で短期間の処置を行なうことである。げっ歯類において、CD28/B7又はCD40/CD40L経路のみを遮断することで心臓同種移植片の生着を延長することができるということが示された(Lenschow, D.J. et al. (1992) Science. 257:789-791; Lenschow, D.J. et al. (1995) Transplantation. 60:1171-1178; Bashuda, H. et al. (1996) Transplant. Proc. 28:1039-1041; Larsen, C.P. et al. (1996) Transplantation. 61:4-9; Larsen, C.P. et al. (1996) Nature. 381:434-438)。しかしながらこれに反して、マウスの移植モデルにおいては共刺激の遮断を組み合わせることでは効果が出ないという報告もある(Li, Y. et al. (1999) Nat. Med. 5:1298-1302; Dharnidharka, V.R., Schowengerdt, K., and Skoda-Smith, S. (2000) Nat. Med. 6:115)。
【0004】
mAbによる処置のその他の例としては、アカゲザルにおいて抗CD40L mAb及びCTL-associated antigen-4 (CTLA-4) Ig (Kirk, A.D. et al. (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 94:8789-8794)又は抗CD40L mAb単独処置(Kirk, A.D. et al. (1999) Nat. Med. 5:686-693)により同種移植腎の生着を有意に延長させることができるということが示された例があり、臨床への利用が期待された。しかしながら、この試薬の臨床試験は予想外の血栓塞栓性の合併症が原因で近年では中止されている(Kawai, T., Andrews, D., Colvin, R.B., Sachs, D.H., and Cosimi, A.B. (2000) Nat. Med. 6:114; Boumpas, D.T. et al. (2003) Arthritis Rheum. 48:719-727)。ヒトCD40に対するmAbの効果もまたアカゲザルにおいては限界があった(Pearson, T.C. et al. (2002) Transplantation. 74:933-940)。このように、大動物モデルにおいて、同種移植で必要となる免疫抑制剤を減らすための多くの方法が提唱されている(Kirk, A.D. (2003) Immunol. Rev. 196:176-196)ものの、ヒトを含めた霊長類において臓器同種移植片に対する寛容を達成することは困難である。
【0005】
近年、アネルギー性T細胞はインビトロ及びインビボでサプレッサー活性を有することが報告された(Lombardi, G., Sidhu, S., Batchelor, R., and Lechler, R. (1994) Science. 264:1587-1589; Chai, J.G. et al. (1999) Eur. J. Immunol. 29:686-692; Luo, Z.J. et al. (2000) Transplantation. 69:2144-2148)。アネルギー性T細胞は、移植片対宿主病のリスクが比較的低い、ヒトにおける組織不適合性の骨髄移植において用いられた (Guinan, E.C. et al. (1999) N. Engl. J. Med. 340:1704-1714)。
【0006】
【非特許文献1】Lenschow, D.J. et al. (1992) Science. 257:789-791
【非特許文献2】Lenschow, D.J. et al. (1995) Transplantation. 60:1171-1178
【非特許文献3】Bashuda, H. et al. (1996) Transplant. Proc. 28:1039-1041
【非特許文献4】Larsen, C.P. et al. (1996) Transplantation. 61:4-9
【非特許文献5】Larsen, C.P. et al. (1996) Nature. 381:434-438
【非特許文献6】Li, Y. et al. (1999) Nat. Med. 5:1298-1302
【非特許文献7】Dharnidharka, V.R., Schowengerdt, K., and Skoda-Smith, S. (2000) Nat. Med. 6:115
【非特許文献8】Kirk, A.D. et al. (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 94:8789-8794
【非特許文献9】Kirk, A.D. et al. (1999) Nat. Med. 5:686-693
【非特許文献10】Kawai, T., Andrews, D., Colvin, R.B., Sachs, D.H., and Cosimi, A.B. (2000) Nat. Med. 6:114
【非特許文献11】Boumpas, D.T. et al. (2003) Arthritis Rheum. 48:719-727
【非特許文献12】Pearson, T.C. et al. (2002) Transplantation. 74:933-940
【非特許文献13】Kirk, A.D. (2003) Immunol. Rev. 196:176-196
【非特許文献14】Lombardi, G., Sidhu, S., Batchelor, R., and Lechler, R. (1994) Science. 264:1587-1589
【非特許文献15】Chai, J.G. et al. (1999) Eur. J. Immunol. 29:686-692
【非特許文献16】Luo, Z.J. et al. (2000) Transplantation. 69:2144-2148
【非特許文献17】Guinan, E.C. et al. (1999) N. Engl. J. Med. 340:1704-1714
【非特許文献18】Alexander, J.W. et al. (1984) Transplantation. 37:467-470
【非特許文献19】Knechtle, S.J. et al. (1997) Transplantation 63:1-6
【非特許文献20】Knapp, L.A., et al. (1997) Immunogenetics 45:171-179
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、腎移植を受けた患者に対し、従来の非特異的な免疫抑制剤を投与し続けなくても腎移植における拒絶反応を有効に抑制することができる、新規な腎移植拒絶反応抑制剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、腎移植を受けるレシピエントのT細胞を、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、腎臓のドナーの同種抗原(アロ抗原)で刺激し、このT細胞をレシピエント体内に戻すことにより、レシピエントにドナー由来の腎臓に対する寛容を誘導でき、腎移植後の拒絶反応を抑制でき、長期に亘る従来の免疫抑制剤投与を行わなくても拒絶反応を防止し得ることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、腎移植を受けるレシピエントから採取したT細胞を、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、腎臓のドナーの同種抗原で刺激することにより得られる、前記レシピエント由来のT細胞を有効成分として含有する、腎移植拒絶反応抑制剤を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、腎臓移植を受けた患者は従来必要とされる、移植後の免疫抑制剤の長期に亘る投与なしでも腎移植における拒絶反応が有効に抑制され、腎移植を受けた患者は、免疫抑制剤の長期間投与から解放され得ると共に、免疫抑制剤の投与に伴う日和見感染症、高血圧症、高脂血症、腎毒性、及び癌の発達といったリスクを回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の腎移植拒絶反応抑制剤は、腎移植を受けるレシピエントから採取したT細胞を、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、腎臓のドナーの同種抗原(アロ抗原)で刺激することにより得られる、前記レシピエント由来のT細胞を有効成分として含有する。本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を前記レシピエントに投与することにより、レシピエントにドナー由来の腎臓に対する寛容を誘導することができ、それによって腎移植後の拒絶反応が抑制される。
【0012】
本発明の腎移植拒絶反応抑制剤の有効成分を作製する際には、CD80及びCD86の両経路を遮断した状態でレシピエント由来のT細胞を、ドナーの同種抗原で刺激するために、CD80及びCD86のそれぞれに対する抗体又は抗原結合性断片(以下、「抗体等」ということがある)を用いる。抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれでもあり得る。抗原結合性断片とは、抗原との結合性を有した抗体断片のことを言い、例えばFab断片やF(ab')2断片のような抗体断片、及び例えば抗体の軽鎖及び重鎖それぞれの可変領域をつないで構築した、ScFV(single chain fragment of variable region)などの人工的な一本鎖抗体を包含する。本発明の腎移植拒絶反応抑制剤の有効成分を作製する際に用いる前記抗体又は抗原結合性断片は、好ましくはモノクローナル抗体である。
【0013】
レシピエント由来のT細胞は、常法に従い、レシピエントの脾臓や末梢血などから得ることができる。
【0014】
ドナーの異種抗原による刺激は、レシピエント由来のT細胞を、ドナーの異種抗原を発現しているドナー由来の細胞と共存培養することにより行なうことが好ましい。ドナーの異種抗原を発現しているドナー由来の細胞としては、ドナーの脾細胞、ドナー末梢血から得た抗原提示細胞等を挙げることができる。
【0015】
レシピエント由来のT細胞は、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、好ましくは上記ドナー由来の細胞と共存培養される。共存培養は、液体培地中での浮遊培養によることが好ましい。培養開始時の培養液中のレシピエント由来T細胞の細胞密度は、特に限定されないが、通常、4 x 105個/mL〜4 x 107個/mL程度、好ましくは、2 x 106個/mL〜8 x 106個/mL程度である。レシピエント由来のT細胞と、ドナー由来の細胞の混合比率は、特に限定されないが、通常、レシピエント由来T細胞数:ドナー由来細胞数が1:0.5〜1:2程度、好ましくは、1:0.7〜1:1.3程度、最も好ましくは1:1程度である。なお、ドナー由来の細胞は、放射線処理等によって、増殖能力を喪失させてから培養に供することが好ましい。また、培養液中に添加する抗CD80抗体等及び抗CD86抗体等の濃度は、特に限定されないが、それぞれについて、通常、1μg/mL〜100μg/mL、好ましくは5μg/mL〜20μg/mL程度である。共存培養の期間は、特に限定されないが、通常、6〜24日間程度、好ましくは8〜16日間程度である。培地は、T細胞の培養に従来から用いられているものを用いることができ、例えば、市販されているAIM-V培地(Invitrogen Corp.)等を用いることができる。培地には、レシピエントの血清を添加することが好ましく、その濃度は、特に限定されないが、通常、培地中の終濃度が0.5〜2重量%程度、好ましくは0.7〜1.5重量%程度である。培養条件は、ヒト細胞の培養に常用されている、加湿した5% CO2雰囲気中で37℃で行なうことが好ましいが、必ずしもこの条件に限定されるものではない。また、共存培養は、2回以上に分けて行なうこともできる。2回に分けて行なう場合には、第1の共存培養において生存したT細胞を回収し、好ましくは該回収されたT細胞を、新鮮なドナー由来T細胞と共に、第2の共存培養を行なう。この場合、各回の共存培養は、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で行ない、各回それぞれ3〜12日間行なうことが好ましい。第1及び第2の共存培養の好ましい条件は、上記と同じである。上記した共存培養により、ドナー細胞に対するレシピエントのT細胞の応答性が失われる、すなわち「アネルギー性」となる。
【0016】
本発明の腎移植拒絶反応抑制剤は、上記した共存培養後のレシピエント由来のT細胞を有効成分として含有するものである。上記共存培養後のT細胞を培地から回収し、好ましくは、例えば生理食塩水等の、レシピエント体内に投与するのに適した等張な液に浮遊させて本発明の腎移植拒絶反応抑制剤とすることが可能である。この場合、レシピエント由来のT細胞をドナー由来の細胞と分離する必要はなく、ドナー由来の細胞が含まれていてもよい。ドナー由来の細胞は、好ましくは、放射線処理等により増殖能力を喪失しているので、共存培養中に増殖しないのでその数は少なく、レシピエント体内においても分裂できないのでやがて死滅する。なお、投与する浮遊液中のレシピエント由来T細胞の細胞密度は、特に限定されないが、通常、1 x 106個/mL〜1 x 107個/mL程度である。なお、共存培養時に用いた抗CD80抗体等及び抗CD86抗体等は、腎移植拒絶反応抑制剤中に含まれないことが好ましいので、上記した共存培養後、これらの抗体等を含まない培地で0.5日〜2日程度培養した後、洗浄することが好ましい。前記浮遊液には、レシピエントへの投与に適した等張性などの生理学的特性を保持し且つ有効成分である前記T細胞の効果を妨げない限りにおいて、1種又は2種以上の添加剤が含まれてもよい。
【0017】
本発明の腎移植拒絶反応抑制剤は、非経口的にレシピエントに投与して用いる。非経口的な投与方法としては、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、及び皮下投与などの方法が包含されるが、好ましくは静脈内投与によりレシピエントに投与される。また、投与量は、レシピエントの状態、体重、年齢等応じて適宜選択されるが、通常、レシピエント由来T細胞数として、1回当り通常、107個〜109個程度、好ましくは、5 x 107個〜5 x 108個程度投与される。本発明の腎移植拒絶反応抑制剤は、複数回にわたって投与することもできるが、1回投与するだけでも所望の効果を発揮し得る。投与の時期は、通常、腎移植後であり、好ましくは、腎移植6日後〜20日後、さらに好ましくは10日後〜16日後に少なくとも1回投与する。なお、腎移植後、本発明の腎移植拒絶反応抑制剤投与までの間は、シクロスポリンA等の免疫抑制剤を投与して拒絶反応を防止することが好ましい。
【0018】
本発明の腎移植拒絶反応抑制剤の効果を適切に得るため、腎移植拒絶反応抑制剤を投与する前に、シクロフォスファミド(CP)等を投与することにより、レシピエント体内のリンパ球数を減少させておくことが重要である。リンパ球を減少させる処置は、本発明の腎移植拒絶反応抑制剤投与の3〜9日前頃に行なうことが好ましく、シクロフォスファミド(CP)等を2〜4日間程度連続投与することが好ましい。本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を投与する時点で、レシピエントの血液中のリンパ球数が好ましくは1600個/mm3以下、より好ましくは200〜800個/mm3であることが、拒絶反応の抑制の観点から好ましい。
【0019】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例及び比較例に限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
(1) 動物、MHCタイピング、及びドナー‐レシピエント選択
サル免疫不全ウイルス及びB型肝炎ウイルスに血清陰性である非近交系のオス若齢アカゲザルMacaca mulatta(年齢2〜3歳、体重3〜4kg)をHamri社より購入した。サルの外科的処置及び術後処置は全て、非ヒト霊長類を用いる実験遂行のための基本原則(日本霊長類学会)に従い、順天堂大学の動物研究に関する小委員会に承認された。ドナー‐レシピエントの組み合わせ及び第三者群の個体は、MHCクラスI及びクラスII遺伝子座両方について遺伝的に非同一のものを選択した。クラスIの不一致は、Knechtle, S.J. et al. (1997) Transplantation 63:1-6中に記載されたとおり、血清学的に決定した後1次元等電点電気泳動によって確定した。ドナーに対するレシピエントのT細胞応答性は、MLRアッセイによりインビトロで確認した。各動物は、移植に関して最も強い非親和性を有する応答ペアを同定できるように、全ての考え得るドナーに対して各動物を検査した。さらに、DRB遺伝子座における不一致は、Knapp, L.A., et al. (1997) Immunogenetics 45:171-179中に記載されたとおり、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動及びDRBの第二エキソンのダイレクトシークエンスによって検証した。
【0021】
(2) 抗体
ヒトCD80及びCD86に対するmAb (それぞれ2D10及びIT2.2)はeBioscience Inc. (カリフォルニア州San Diego)から入手した。アカゲザルCD3-FITC (SP34), アカゲザルCD4-PE (L200), ヒトCD20-PE (2H7), 及びアカゲザルCD14-PE (M5E2)は、BD BioscienceのPharmingenより購入した。CD25-FITC (M-A251)及びCD152-PE (14D3)はeBioscience Inc.より得た。
【0022】
(3) 腎移植拒絶反応抑制剤の調製
脾臓を無菌的に取り出し、機械的に細かく刻み、1%自家血清(レシピエント由来)を含むAIM-V培地(Invitrogen Corp.)中に懸濁した。細胞懸濁液をナイロンメッシュでろ過し、ゲイ溶液で処理して赤血球を除去した。レシピエント由来のT細胞は、細胞懸濁液を、ナイロンカラムに通して得た。アネルギー性細胞を作製するため、レシピエントの血清を添加したAIM-V培地50 mlを含む大シャーレ(カタログ430599; Corning Inc.)中で、抗CD80/CD86 mAb (各10μg/ml)存在下にて、2×108個のレシピエント脾臓T細胞を30 Gyの放射線を照射したドナー脾細胞2×108個と共に共培養した。加湿した5% CO2雰囲気中で37℃にて6日間培養した後、生存細胞を収集して数をカウントした。これらの細胞を、抗CD80/CD86 mAb存在下でさらに6日間、同数の放射線照射したドナー脾細胞で再刺激した。該細胞は次いで3回洗浄し、mAbフリーの培地中でさらに1日間培養した。生存細胞を次いで収集し、レシピエントに静脈内投与するために50 mlの生理食塩水中に懸濁した。
【0023】
(4) 混合リンパ球培養反応(MLR)
サルから末梢血を得て、Separate-L (Muto Pure Chemicals Co., Ltd.)で遠心することによりPBMC(末梢血単核球)を調製した。CD4+ T細胞は、非標識のCD4+ T細胞のためのUntouched CD4+ T cell Isolation Kit (Miltenyi Biotec)を用いたネガティブな選抜によって精製した。CD4+ T細胞又は上記の通り調製した培養アネルギー性T細胞(105個)は、96穴丸底プレート(カタログ3799; Corning Inc.)中で、10μg/mlの抗CD80/CD86 mAb又は10ユニットの組み換えIL-2(塩野義製薬)の存在下又は非存在下にて、30Gyの放射線を照射した同数のドナー脾細胞と共に共培養した。該細胞を3〜7日間培養し、次いで最後の18時間は10μCiの[3H]チミジンでパルス刺激した。取り込まれた放射能は1450 MicroBeta counter (PerkinElmer)上で測定した。
【0024】
(5) 腎移植
腎移植は、上記したMHC及びMLR解析によって決定した組織不適合性のドナー‐レシピエントペア間で行なった。ドナー及びレシピエント動物は1 mg/kgの筋肉内ケタミン(三共)及び1 mg/kgのキシラジン(Bayer AG)で麻酔した。ドナー及びレシピエントは両方とも手術の間に脾臓摘出を行なった。移植腎を摘出する前にドナーをヘパリン処理(100 U/kg)した。同種移植は、ドナーの腎動脈とレシピエントの遠方の大動脈との間及びドナーの腎静脈とレシピエントの大静脈との間の端側吻合を創出するための標準的な微小血管技術を用いて遂行した。次いで一次尿管新膀胱吻合を創出した。閉腹の前に両側の未処置の腎摘出を完了した。動物は、十分に経口摂取できるようになるまでのおよそ48時間は静脈内への栄養投与を行ない、外科手術上の抗菌的な予防法としてセフメタゾン(三共)を3日間投与した。
【0025】
(6) 移植後の処置
油中に溶解した8 mg/kgのシクロスポリンA (CsA) (Sandimmune; Novartis Pharma AG)を、手術日から移植後7日目までは毎日、並びにその後は9、11、及び13日目にレシピエントに筋肉内投与した。アルコール抽出後のラジオイムノアッセイ(BML Inc.)を用いてCsA濃度を決定するため、EDTA血液サンプルを毎週2回採取した。レシピエントの白血球を枯渇させるため、移植後6〜8日に30 mg/kgのシクロフォスファミド(CP) (塩野義製薬)を筋肉内投与した。術後13日目にアネルギー性細胞を静脈内接種し、その後は免疫抑制剤を一切投与しなかった(A群、n=6、図1)。血清クレアチニン、血中尿素窒素、全タンパク質、並びにヘモグロビン濃度、ヘマトクリット、白血球数、及び血小板数は、移植後3ヶ月間は週2回、その後は2週間に1回測定した。
【0026】
(7) 統計学的解析
データは平均値±SDとして表し、2種の処置群からの値を、StatView 4.5 for Macintosh (SAS Institute Inc.)を用い、ノンパラメトリックなマン・ホイットニーU検定によって比較した。P<0.05の両側の値を有意とみなした。
【0027】
(8) 移植腎が生着しなかった個体の判別と対処
アメリカ実験動物管理公認協会(American Association for Accreditation of Laboratory Animal Care (AAALAC))の基準に従い、血清クレアチニンの累進的な上昇によって腎不全を決定した時点で又は移植前の体重に対して15%の体重の低下が認められたときにサルを安楽死させた。
【0028】
(9) 組織像の観察方法
組織学的な評価のために、20ゲージの針穴を有する装置(Biopsy-Cut; Bard)を用いて一部の個体から腎臓の生検試料を得た。犠牲となったサルについての屍検では、完全なグロス分析及び組織病理学的解析を行なった。腎臓生検又は剖検サンプルの光学顕微鏡検査のために、10%緩衝ホルマリン中で組織を固定しパラフィンに包埋した。組織学的検査のためにH&E及びPAS染色を行なった。モバット・ペンタクローム(Movat pentachrome)を用いた弾性繊維染色を行ない、血管の所見を確かめた。
【0029】
(10) A群個体の移植後の経過観察結果
A群中、3頭が無期限で生存し続けた(実験終了時点の410〜880日)。1頭では、後述の通り急性腎不全により術後75日で死亡した(表1)。組織学的な性状解析のための腎生検の際、腎生検後の出血を制御できずに1頭が術後81日で死亡した。術後212日で死亡したサル1頭では、死亡前に血清クレアチニン濃度が上昇していたが、死因は古典的な急性又は慢性拒絶反応ではなく、おそらくは尿管狭窄による水腎症に関連しているものと推察された。A群の平均移植片生着日数は416±365日であった。生存し続けた3頭では、血清クレアチニン濃度は移植後14日以内にわずかに上昇した;しかしながら、アネルギー性細胞で接種した後はいかなる時点においても移植片の機能は損なわれなかった(図2)。血清CsA濃度は接種日において92〜142 ng/mlだった;この値はその後徐々に低下し、最後の投与から約45〜60日後には検出不可能となった(図3)。実験の終了時点で、これらのサルには感染症も悪性疾患も一切認められなかった。
【0030】
(11) アネルギー性細胞の数と腎移植拒絶反応抑制剤の効果について
6×107個以上のアネルギー性細胞を包含する腎移植拒絶反応抑制剤を投与した個体では、血清クレアチニン濃度は術後7日で1.2 ± 0.4 mg/dlであり、その後徐々に低下した。しかしながら、4×106個のアネルギー性細胞を包含する腎移植拒絶反応抑制剤を投与した個体では、血清クレアチニン濃度は術後67日から徐々に上昇し、術後75日で細胞性の拒絶反応による急性腎不全により死亡した(表1)。このことから、十分な量のアネルギー性細胞を包含していない場合には、所望の腎移植拒絶反応抑制効果を得られないおそれがあることが示された。
【0031】
【表1】

【0032】
表中の値は平均値±SDを表す。全てのレシピエントに対し脾臓摘出を行なった。「生存」の欄の数値は群の各動物に関する値を表す。A急性腎不全により死亡;B4×106個の細胞を接種;C腎生検の後に失血死;D尿管狭窄による水腎症により死亡。
【0033】
(12) A群個体の移植腎の組織像
術後75日及び810日又は屍検において、移植腎の一部から腎臓組織を得た。A群のサルでは、腎臓の構造は良好に維持されており移植片には尿細管炎又は糸球体炎の形跡が無く、血管は内膜の過形成又は肥厚を起こしておらず、長期生存した動物の場合には細胞壁における偶発的な炎症細胞も生じていなかった。術後81日及び212日で死亡した前述の個体2頭においても、尿細管の浸潤、糸球体の損傷、又は柔組織の壊死の形跡は一切認められなかった。
【0034】
比較例1
腎移植後に本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を投与せず、それ以外の条件はA群と同様とした個体群をB群(n=5)とし、術後経過を観察した。その結果、5頭全てが術後15〜28日の間に急性拒絶反応で死亡した(表1)。平均移植片生着日数は22 ± 6.5日; n = 5; P < 0.005であり、A群との有意差が認められた。
【0035】
比較例2
ドナー由来のT細胞ではなく第三者群由来の細胞と共に共存培養を行なうことにより調製した腎移植拒絶反応抑制剤を用いることとし、それ以外の条件はA群と同様とした個体群をC群(n=5)とし、術後経過を観察した。その結果、5頭全てが急性拒絶反応で死亡した(表1)。平均移植片生着日数は47.0 ± 19.0日; n = 5; P < 0.005であり、A群との有意差が認められた。
【0036】
参考例
腎移植手術後にCPの投与を行なわず、それ以外の条件はA群と同様とした個体群をD群(n=2)とし、術後経過を観察した。A群の個体では、本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を投与した時点でのリンパ球数は200〜800個/mm3、好中球及び血小板数はそれぞれ1,540 ± 470 個/mm3及び37.4×104 ± 4.0×104個/mm3であったが、対照的に、D群ではリンパ球数は3,920 ± 120 個/mm3であった。これらのサルには9×107 ± 0.5×107個のアネルギー性細胞を包含する腎移植拒絶反応抑制剤を投与したにもかかわらず、術後27及び28日に急性拒絶反応で死亡した。このことから、本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を投与する時点でレシピエント体内のリンパ球数が適切な数にまで低下していない場合には、所望の腎移植拒絶反応抑制効果を得られないおそれがあることが示された。
【0037】
比較例3
ドナー由来T細胞とレシピエント由来T細胞を共存培養する際に、抗CD86 mAbのみを培地に添加することにより調製した腎移植拒絶反応抑制剤を用いることとし、それ以外の条件はA群と同様とした個体群をE群(n=4)、同様に抗CD80 mAbのみを添加した場合をF群(n=1)とし、術後経過を観察した。これらの個体では、移植腎の生着はほんの43〜111日間延長しただけであり、効果は不十分であった。これらの個体では、血清クレアチニン濃度は死亡前5〜7日で上昇していた。E群において拒絶反応を呈した全ての移植片の組織学的検査では、尿細管炎、尿細管の損失、糸球体の崩壊を伴う、間質中の単核細胞による散在性の浸潤、及び小動脈の内膜肥厚を伴う重篤な内皮炎が確認され、急性の細胞性拒絶反応が起きていたことがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の腎移植拒絶反応抑制剤を用いた療法の一例であって、実施例で適用した療法を示す概略図である。CsA (8 mg/kg/d)を星印で示した日に筋肉内投与した。CP (30 mg/kg)は、術後6,7,8日に筋肉内投与した。手術の間に、ドナー及びレシピエントの両方から脾臓を取り出した。レシピエント由来の脾臓のT細胞は、抗CD80/CD86 mAbの存在下で13日間、放射線照射したドナー脾細胞と共に共培養し、レシピエントに注射した。その後は一切免疫抑制剤を投与しなかった。
【図2】A群(n=6)における、移植後の血清クレアチニン濃度を指標として決定した移植腎の腎臓機能を表すグラフである。塗りつぶした矢印は拒絶反応を起こすことなく生存し続けたことを示す。
【図3】レシピエント(A群)におけるCsAの全血中濃度(ng/ml)を表すグラフである。CsA(8 mg/kg)は、手術日から移植後7日目までは毎日、その後は9、11及び13日目に筋肉内に注射した。実線は1年以上生存した動物(n=3);破線は1年以内に死亡した動物(n=3)を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腎移植を受けるレシピエントから採取したT細胞を、抗CD80抗体又はその抗原結合性断片と抗CD86抗体又はその抗原結合性断片の存在下で、腎臓のドナーの同種抗原で刺激することにより得られる、前記レシピエント由来のT細胞を有効成分として含有する、腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項2】
前記同種抗原による刺激は、前記レシピエント由来T細胞と、同種抗原を発現するドナー由来の細胞とを共存培養することにより行なわれる請求項1記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項3】
前記ドナー由来細胞が、脾細胞及び/又はドナー末梢血から得た抗原提示細胞である請求項2記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項4】
前記抗CD80抗体及び前記抗CD86抗体は、モノクローナル抗体である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項5】
前記ドナー由来の細胞は、増殖能力を喪失したものである請求項2ないし4のいずれか1項に記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項6】
前記ドナー由来の細胞は、放射線処理により増殖能力を喪失したものである請求項5記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項7】
前記共存培養は、6日〜24日間行なわれる請求項2ないし6のいずれか1項に記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項8】
前記共存培養は、8日〜16日間行なわれる請求項7記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項9】
前記共存培養は、2回に分けて行なわれ、第1の共存培養で生存したT細胞を第2の共存培養に供する請求項1ないし8のいずれか1項に記載の腎移植拒絶反応抑制剤。
【請求項10】
前記第1及び第2の共存培養をそれぞれ3日〜12日間行なう請求項9記載の腎移植拒絶反応抑制剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−131598(P2007−131598A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−328338(P2005−328338)
【出願日】平成17年11月14日(2005.11.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Macintosh
【出願人】(505421700)株式会社クロスバイオテック (1)
【Fターム(参考)】