説明

臓器組織別ガングリオシドを用いた相互作用解析法

【課題】未知の糖鎖や調製方法が確立されていない臓器組織にあるガングリオシドとの相互作用を調べる方法を提供する。
【解決手段】各種臓器組織よりガングリオシド糖鎖を分離し、固定化してデバイスを作製することで臓器組織別なガングリオシドと標的分子の相互作用を解析する方法であって、相互作用の解析が、表面プラズモン共鳴法、エバネッセント場イメージング法、蛍光イメージングアナライズ法、水晶発振子マイクロバランス測定法、及び免疫検定法よりなる群から選択される1以上の方法により行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臓器組織別のガンリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法に関する。本発明により、微量に存在するガングリオシドの機能解析や、複数のガングリオシドの相乗効果により起こる相互作用の解析を容易にするための手段が提供される。それにより、ガングリオシドと相互作用する標的分子が、生体の臓器組織のどこと相互作用が強いのか、また、異なる生育条件下で生育した固体間での標的分子との相互作用の変化が検出される。さらに、臓器組織別のガンリオシド混合物を種々の検出器のデバイスに固定化し、臓器組織別のガングリオシド混合物との相互作用を解析することができる、糖鎖アレイに関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖は構造が複雑であり、同じ生体分子であるDNAやタンパク質よりも産業上の利用の為の開発が遅れている。しかし、近年、糖鎖の研究が急速に進展し、産業上の利用への模索も進められてきている。特に、細胞分化、ガン化、免疫反応等への糖鎖の関わりについて新しい事実が明らかにされつつある。例えば、細胞表層における糖鎖は、タンパク質や脂質と相互作用することによって、生体内における細胞分化、ガン化、免疫反応等の重要なプロセスに関与している。また、糖鎖は、細胞表層における細胞認識、接着、細胞間のシグナル伝達において重要な役割を担っていることも明らかになってきている。
糖鎖は、天然に存在する他、合成することも可能である。糖鎖の合成方法としては、化学的に合成する方法、分解酵素による方法、糖転移酵素を用いる方法、動物細胞の機能を利用した糖鎖合成方法(例えば特許文献1)などがある。
【0003】
また、糖鎖はタンパク質や脂質と相互作用することにより、生体内における様々な重要なプロセスに関与しているため、そのメカニズムを分子レベルで解析しようと、糖鎖アレイが利用されている。例えば、24種類の糖脂質をブチルシランでコーティングしたスライドガラス上にスポットし、糖脂質の脂質部分とガラス表面の疎水的相互作用を利用して固定化した糖脂質アレイがタカラバイオ株式会社より販売されている。
【0004】
このような技術においては、純品のものとして合成或いは分離することのできる糖鎖については解析することができるが、天然に存在する未知の糖鎖や合成や分離が困難な糖鎖との相互作用を調べることはできない。また、複数のガングリオシドが相乗効果により起こる相互作用を検出することは困難である。
【特許文献1】特開2003−274993
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現在、使用されている糖鎖アレイでは、既知であり、且つ、調製可能な糖鎖のみ解析することが可能であるが、未知の糖鎖や調製方法が確立されていない糖鎖について解析する手法や、複数の種類の糖鎖による相乗効果による作用の場合、検出する方法は未だない。また、標的分子が、生体のどの臓器組織にあるガングリオシドと相互作用を示すか調べる場合、免疫組織染色などを行う必要があり、作業が非常に煩雑である。糖鎖の種類は多様であることから、これらの方法の開発が強く望まれている。
【0006】
そこで、本発明の目的は、臓器組織よりガングリオシド型糖鎖のみを分離精製したものを固定化したデバイスを作製し、臓器組織別のガングリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、各種臓器組織よりガングリオシド型糖鎖を分離精製し、ガングリオシド混合物を固定化したデバイスを用いて、臓器組織別のカングリオシド混合物との相互作用を検出する方法を見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
すなわち、本発明は、臓器組織から調製したガングリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法、に関する。
【0009】
さらに、本発明は、臓器組織から個々のガングリオシドを単離せずに、全ガングリオシド画分を調製する工程を含むことを特徴とする、ガングリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法、に関する。
【0010】
上記相互作用の解析は、表面プラズモン共鳴法、エバネッセント場イメージング法、蛍光イメージングアナライズ法、水晶発振子マイクロバランス測定法、及び免疫検定法よりなる群から選択される1以上の方法により行われ得る。
【0011】
本発明はまた、臓器組織別に調製したガングリオシド混合物を固定化したことを特徴とする糖鎖アレイ、に関する。
【0012】
上記糖鎖アレイにおいて、臓器組織別に調製したガングリオシド混合物は、異なる生育条件で生育した生物体より摘出した別々の臓器組織より調製されたものであり得る。
【発明の効果】
【0013】
以上のように、本発明を適用することによって、標的分子における生体の臓器組織毎のガングリオシドとの相互作用や、個体間における臓器組織に発現するガングリオシドとの相互作用の違いを、迅速で簡便に分析できる。これまで、糖鎖アレイとしては、一種類の糖鎖別にアレイ化されているものが用いられているが、ガングリオシドの混合物をアレイ化することで、2種類以上の種類の糖鎖が相乗効果による相互作用も調べることができる。この臓器組織別ガングリオシドの糖鎖アレイを用いることにより、目的物となるタンパク質や、毒素、ウィルス、細菌等と特異的に作用するガングリオシドが生体のどの臓器・組織に存在するのかを調べたり、或いは、薬剤の投与や生育条件の違いが糖鎖構造を変化させる場合、変化した各臓器組織ガングリオシドと標的分子との相互作用の変化を調べるのに用いることも可能である。この為、本発明の臓器組織別のガングリオシド固定化デバイスは、様々な用途に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
本発明の方法では、各臓器組織由来のガングリオシド混合物と、標的物との相互作用を分析することができ、生体より摘出された臓器組織よりガングリオシドを調製する工程を含む。
【0016】
このようなガングリオシドを調製するための生体としては、動物や植物など限定はされない。特に、動物を用いる場合、マウスやラットなど実験動物が好適に用いられ得るが、これらに限定はされない。
【0017】
生体から摘出された各種臓器組織からガングリオシドを抽出する際、クロロホルムやメタノール、イソプロパノール、および水からなる群より選択される少なくとも1種以上を混和したものを用いる。
【0018】
抽出されたガングリオシドを精製工程に供することもできる。精製工程には、液液分配クロマトグラフィや、Sep-Pak C-18カラム、イオン交換カートリッジカラムを使用した精製、固体吸着剤として、スチレン系合成吸着体、メタクリル系合成吸着体、およびフェノール系合成吸着体からなる群より選択される少なくとも1種である吸着剤を使用する方法が含まれる。培養物中または培養上清中の糖鎖化合物を吸着させるスチレン系合成吸着剤としては、例えばスチレン−ジビニルベンゼン共重合体を樹脂母体とするものが挙げられる。スチレン系合成吸着体として、具体的には、三菱化学社製ダイヤイオン(登録商標、以下同じ)HP20、HP21、セパビーズ(登録商標、以下同じ)SP207、SP825、SP850、SP875、ロームアンドハース社製アンバーライト(登録商標、以下同じ)XAD4、XAD16、XAD1180、XAD2000、Bayer社製VPOC1062、VPOC1064等が挙げられる。また、メタクリル系合成吸着体として、三菱化学社製ダイヤイオン(登録商標、以下同じ)HP1MG、HP2MG等を用いることができる。
【0019】
イオン交換カートリッジカラムを使用する場合には、四級アンモニウム基などの官能基を有する充填剤など、当業者に公知のいずれの強イオン交換樹脂も使用することができる。
【0020】
溶出に用いる溶媒系は、クロロホルム、酢酸アンモニウム、アルコール類、エーテル類、および水からなる群より選択される少なくとも2種以上を混和して調製する。このうち、アルコール類として好ましいのは、メタノール、エタノール、ブタノールであるが、これに限定されない。酸性糖脂質の抽出には、クロロホルム、メタノール、酢酸アンモニウム水溶液の混和液が特に好ましい。
【0021】
液液分配クロマトグラフィに用いる二相溶媒系は、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、アセトニトリル、アルコール類、エーテル類、水、酸または酸性水溶液、およびアルカリ性水溶液からなる群より選択される少なくとも2種以上を混和して調製する。このうち、アルコール類として好ましいのは、メタノール、エタノール、ブタノールであるが、これに限定されない。酸性水溶液としては、酢酸水溶液が挙げられるが、これに限定されない。
【0022】
得られたガングリオシド混合物は、固相抽出カートリッジ、逆相TLC、順相TLC、逆相HPLC、順相HPLC、GPC、アフィニティークロマトグラフィ、MS、LC−MS、TOF−MSなどの分析に供することにより、さらに詳細な分離、分析を行うことができる。
【0023】
得られた、ガングリオシド混合物は、表面プラズモン共鳴法、エバネッセント場イメージング法、蛍光イメージングアナライズ法、水晶発振子マイクロバランス測定法、及び免疫検定法からなる群より選択される1以上の方法を採用する分析装置の各種デバイスに固定化することにより、標的分子との相互解析に用いることができる。
【0024】
固定化方法としては、疎水的相互作用による固定化や、ポリイソブチルメタクリレートを用いて固相化、エンドグリコセラミダーゼ (EGCase) や、スフィンゴ脂質セラミドN-デアシラーゼ(SCDase)などの酵素処理により生じる官能基を利用して共有結合させたり、あるいは固定化に必要な官能基やタグを導入することによる方法を用いることができる。
【0025】
臓器組織別ガングリオシドを固定化したデバイスを用いて、タンパク質や、毒素、ウィルス、細菌等との相互作用の強さの違いを臓器組織別の比較解析に用いることができる。
【0026】
また、医薬品等の化合物が細胞内での糖鎖合成に及ぼす影響や、ストレスなどによるガングリオシドの発現変化による標的分子との相互作用の変化などを、機能的に解析することも可能である。この場合、種々の化合物やストレスを与えた生体と、与えていない生体より摘出した各種臓器組織より調製したガングリオシドを固定化し、それらの相互作用を比較することによって、実施することができる。
【実施例】
【0027】
次に実施例により本発明を具体的に示すが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
Jcl:SDラット(10週齢、♂、318g)をジエチルエーテル吸入により麻酔した後、脳、気管、食道、心臓、肺、胃、腸、肝臓、膵臓、腎臓、脾臓、副腎、精巣、膀胱を摘出した。
【0028】
各臓器組織を乳鉢ですり潰した後、5〜50mlのクロロホルム−メタノール(2:1)を加え、5分間超音波処理し、37度のインキュベータ中で1時間振盪して脂質を抽出した。8,000rpmで10分間遠心してペレットと上清を分離し、ペレットに5〜50mlのクロロホルム−メタノール−水(1:2:0.8)を加えて、37℃で1時間振盪し、再抽出した。8,000rpmで10分間遠心処理し、上清液を合わせ、総脂質抽出液を得た。脂質抽出液全量を減圧下で濃縮乾燥を行った。
【0029】
乾燥物を2mlのクロロホルム/メタノール/水(5:10:1)に溶解し、強陰イオン交換カートリッジカラムに供した。強陰イオン交換カートリッジカラムによる精製は、以下のように行った。すなわち、強陰イオン交換カートリッジカラムInterSep Slim−J SAX(500mg)(GLサイエンス)に10mlのメタノール、10mlの水、10mlの0.8M 酢酸ナトリウム、10mlの水、10mlのクロロホルム/メタノール/水(5:10:1)を順に通液した後、サンプルを通し、10mlのクロロホルム/メタノール/水(5:10:1)で洗浄後、10mlのクロロホルム/メタノール/4M 酢酸アンモニウム水溶液(5:10:1)により溶出した。溶出液を減圧下で乾燥させ、各臓器組織別のガングリオシドを得た。
【0030】
2.5mgのポリイソブチルメタクリレートを5.25mlのヘキサンに溶解し、1mlのクロロホルムと、25mlのメタノールを加え、0.08%のポリイソブチルメタクリレート溶液を調製した。上記で得られた、各細胞由来ガングリオシド型糖鎖を、メタノールで溶解し、それぞれ各臓器組織重量0.068mg(×1)、0.342mg(×5)、1.71mg(×25)分にあたるガングリオシド混合物を96ウェルマイクロタイタープレートの各ウェルに加え風乾させた後、50μlの0.08%のポリイソブチルメタクリレート溶液を加え、再度風乾させた。ここで、それぞれの(×1)、(×5)、(×25)は、図1のそれぞれの同一の表示と同じ意味を示す。
【0031】
その後、50μlのブロッキング溶液[1%のBSAを含むPBS(−)]を各ウェルに加え、37℃にて3時間インキュベートした。その後、液を捨て、ブロッキング溶液で希釈した0.2μg/mlのコレラ毒素を50μlずつ各ウェルに加え、4℃にて一晩放置した。その後、上清を除去し、300μlのPBS−T[0.1%のTween20を含むPBS(−)]で4回洗浄した。その後、HRP標識Anti β−subunit コレラ毒素(コスモバイオ)をPBS(−)で5000倍希釈した溶液を50μlずつ加え、室温で2時間反応させた。反応後、上清を除去し、300μlのPBS−Tで4回洗浄した。洗浄後、各ウェルに100μlのSureBlue TMB Microwell Peroxidase Substrate(フナコシ)を加え5〜10分反応させ、着色が確認されたら、100μlのTMB Stop Solutionを加えて反応を停止させ、450nmの吸光度を測定した。
【0032】
ポジティブコントロールとして、コレラ毒素と結合することが知られているGM1も上記と同様の方法で固定化し、コレラ毒素との相互作用を確認することで、上記方法で検出できることを確認した(図1)。
【0033】
図1に示されるように、コレラ毒素は、脳や気管に存在するガングリオシドと、強く相互作用することが分かった。特に、ラット脳ではGD1a、GT1b、GD1b、GM1の含有量が高いことが知られており、コレラ毒素がGM1と強い結合を示す性質であることと一致する(図1)。
【0034】
なお、本実験の結果から明らかなように、臓器組織別のガングリオシド固定化デバイスを作製することができ、生体の臓器組織に発現しているガングリオシドと標的物との相互作用解析に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】各種臓器組織より調製したガングリオシドを固相化した糖鎖アレイを用いてコレラ毒素との相互作用を調べた結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臓器組織から調製したガングリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法。
【請求項2】
臓器組織から個々のガングリオシドを単離せずに、全ガングリオシド画分を調製する工程を含むことを特徴とする、ガングリオシド混合物と標的分子との相互作用を解析する方法。
【請求項3】
相互作用の解析が、表面プラズモン共鳴法、エバネッセント場イメージング法、蛍光イメージングアナライズ法、水晶発振子マイクロバランス測定法、及び免疫検定法よりなる群から選択される1以上の方法により行われることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
臓器組織別に調製したガングリオシド混合物を固定化したことを特徴とする糖鎖アレイ。
【請求項5】
前記臓器組織別に調製したガングリオシド混合物が、異なる生育条件で生育した生物体より摘出した別々の臓器組織より調製されたものであることを特徴とする請求項4記載の糖鎖アレイ。

【図1】
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【公開番号】特開2010−122011(P2010−122011A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−294719(P2008−294719)
【出願日】平成20年11月18日(2008.11.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)