説明

臓器障害抑制剤

【課題】体外循環システムの使用に伴う臓器障害を防止することにより体外循環を伴う手術の安全性を高める。
【解決手段】活性化プロテインCを主たる有効成分として含有することを特徴とする、体外循環に起因する全身性炎症反応症候群、多臓器障害に対する抑制剤;および活性化プロテインCを主たる有効成分として含有することを特徴とする、体外循環に起因する肺障害に対する抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は医療用医薬品の分野に属し、血液に由来する成分を有効成分とする医薬品に関する。詳細には血漿蛋白質の新たな用途に関する。さらに詳細には、活性化プロテインC(以下、APCと称することがある)を主たる有効成分として含有する臓器障害に対する医薬品に関し、とりわけ心肺バイパス術等の手術時の体外循環に伴う臓器障害を防止し、その結果、患者の生存率等を改善し得る医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓手術の補助手段としての体外循環(人工心肺)のシステムは、右房に還流してくる静脈血を脱血カニューレによって体外に導き、人工肺で酸素化し、酸素化した血液を人工心で動脈系に送血する回路より構成されている。現在使用されている人工肺には気泡型と膜型肺があり、膜型肺のほうが血液とO2、CO2ガスとの直接的な接触が少なく、血液の破壊(溶血など)が軽く、長時間の体外循環には有利である。人工心にはローラーポンプと遠心ポンプがあり、ローラーポンプの方が安価であるため通常の開心術に用いられ、長時間の手術には遠心ポンプが使用される。最近の人工心肺システムの目覚しい開発や心筋保護法の進歩により、心臓手術は安全な治療法になってきたが、体外循環が生体に与える影響は依然として測り知れないものがある。すなわち、1)血液成分に与える影響、および2)生体の炎症・免疫反応であるが、このような影響は手術時間が長くなれば長くなるほど大きくなる。
【0003】
1)血液成分に与える影響
(i)血球成分:赤血球は人工肺内での気泡との接触、ローラーポンプによる機械的刺激、術野の血液吸引などにより溶血し、血清中遊離ヘモグロビン濃度が上昇し腎不全を引き起こすこともある。血小板は、異物表面や空気との接触により脱顆粒現象が起こって凝集が促進され、血栓・塞栓症のリスクを高めると共に、一方で、血小板は術前値の40〜50%まで減少し、その減少は1週間ほど継続するため、術後出血傾向の一因となる。
(ii)凝固・線溶系に与える影響:単球や内皮細胞に対する種々の炎症性サイトカインによる刺激により、凝固のトリガーとなる組織因子が放出され凝固系が作動する。過度な凝固系の活性化は血栓主血や出血の原因となる。
【0004】
2)生体の炎症・免疫反応
体外循環下開心術においては、人工心肺と血液が回路異物面と接触することや、冷却、希釈、低灌流圧、非拍動流などの非生理的環境下に生体がさらされるという物理化学的炎症反応と、大動脈遮断解除による心臓・肺の虚血再灌流障害との両方からサイトカインが誘導され、体外循環中および離脱後に生体が高サイトカイン血症にさらされることになる。またこのような環境下では凝固系や補体系も活性化されることになり、種々の虚血性臓器障害を惹起しやすくなると共に、炎症症状の増悪を誘導する。代表的な高サイトカイン血症であるSIRS(Systemic inflammatory response syndrome)は、侵襲により全身性の炎症反応を示す患者に対する臨床治験のentry criteriaとして提唱された概念である。一般にSIRSでは、炎症性サイトカインの過剰産生により免疫担当細胞は賦活化され、様々な細胞障害性因子を産生するだけでなく局所の炎症や血管内皮細胞や重要臓器への白血球走化、集積が起こるといわれ、second attack theoryに代表されるような集積した好中球が再度サイトカインの刺激を受ける可能性を高めるといわれている。その病態は生体にとって不利な状況であり、臓器障害に移行する可能性が高いと考えられている。手術が長時間化し体外循環時間や大動脈流遮断時間が長くなると、高サイトカイン血症の病態も遷延することになる。SIRSが12時間以上続く遷延群(A群)と12時間以下の非遷延群(B群)を比較すると入院期間や呼吸器装着時間がA群で有意に長くなっており、また脳梗塞、急性腎不全、感染症等の合併症の発症率もA群で有意に高くなっている(A群の発症率;24.5% vs B群の発症率;8.1%)との報告もある(非特許文献1)。
【0005】
このように心肺バイパス術等の手術時の体外循環システムが、著しい進歩を遂げた現在においても、特に長時間に及ぶ体外循環では種々の原因により臓器障害を発症することが問題となっている。この臓器障害を防止できれば、体外循環を伴う手術の安全性を大きく高めることに貢献をすることが期待される。
【0006】
本願発明における体外循環の臓器障害抑制剤としての主たる有効成分であるAPCは、血中ではその前駆体のプロテインC(以下、PCと称することがある)として血管内を循環している。一旦凝固系が作動しトロンビンが形成されると、トロンビンは、血管内皮細胞上の膜蛋白質のトロンボモジュリン(以下、TMと称することがある)に結合し、PCを活性化してセリンプロテアーゼ活性を有するAPCに変換する。APCは、細胞膜リン脂質上で、血液凝固系の活性化第V因子(FVa)や活性化第VIII因子(FVIIIa)を選択的に限定分解し失活化させ、強力な抗凝固作用を発揮する(非特許文献2、非特許文献3)。このAPCによる抗凝固作用はコファクターのプロテインS(以下、PSと称することがある)が存在すると増強される。なおPC、TM、PS等が関与する凝固制御機構をプロテインC抗凝固系という。
【0007】
加えて、APCは血管内皮細胞あるいは血小板由来の組織プラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビター(以下、PAIと称することがある)を中和することにより(非特許文献4、非特許文献5)、また抗線溶因子のThrombin Activatable Fibrinolysis Inhibitor(以下、TAFIと称することがある)の活性化を抑制することにより(非特許文献6)、線溶系の亢進に関与している。
【0008】
さらに、APCはヒヒ敗血症モデルにおいても有効性が示されていること(非特許文献7)、また白血球からのサイトカイン産生を抑制する作用も有することから(非特許文献8)、抗炎症作用を有することが示唆されている。臨床的にもEli Lilly社が実施した重症敗血症患者を対象にした大規模臨床試験において、組換えAPC製剤投与により死亡率が有意に低下すること、また、炎症性サイトカインのIL-6レベルが投与1日目から有意に低下することが示された(非特許文献9)。
【0009】
【非特許文献1】臨床と研究, 57: 455-458, 2004
【非特許文献2】Biochemistry, vol.16, p.5824-5831, 1977
【非特許文献3】J. Biol. Chem., vol. 258, p.1914-1920, 1982
【非特許文献4】J. Biol. Chem., vol. 276, p.15567-15570, 2001
【非特許文献5】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 82, p.1121-1125, 1985
【非特許文献6】Blood, vol. 88, p.2093-2100, 1996
【非特許文献7】J. Clin. Invest., vol.79, p.918-925, 1987
【非特許文献8】Am. J. Physiol., p.L197-L202, 1997
【非特許文献9】N. Engl. J. Med., vol. 344, p.699-709, 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年、体外循環システムは著しい進歩を遂げているが、特に長時間に及ぶ体外循環では種々の原因により臓器障害を発症することが問題となっている。かくして、臓器障害を防止することで、体外循環を伴う手術の安全性を高めることを本願発明の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、上記の諸背景を鑑み、体外循環に伴う臓器障害の防止を目的として、この目的を満足させる薬剤を見出すべく鋭意研究した結果、驚くべきことに、従来試みられることのなかった抗凝固薬のAPC投与により、体外循環に伴う臓器障害を著しく防止する効果があることを見出し、これらの知見に基づいて本願発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本願発明は、APCを主たる有効成分として含有することを特徴とする、臓器障害に対する医薬品に関し、とりわけ心肺バイパス術等の手術時の体外循環に伴う臓器障害を防止し、その結果、患者の生存率等を改善し得る医薬品に関する。
【発明の効果】
【0013】
APCは体外循環に伴う臓器障害防止効果を有することが判明した。臨床心肺バイパス術において問題となる長時間の体外循環に伴う臓器障害を防止できれば、従来実施出来なかった長時間の体外循環を必要とする、より高度な手術も可能になり画期的成果となる。
【0014】
本願発明によりもたらされた知見により、体外循環に伴う臓器障害の発生率が著しく改善される。すなわち、従来では体外循環時間が長時間に及ぶと種々の有害反応が惹起され臓器障害を引き起こし、その結果、入院期間が延長したり、再手術が必要になったり、あるいは生命予後へ悪影響を及ぼす原因となっていた。本願発明は、斯くも顕著な作用効果を発揮するものであり、斯界に貢献すること誠に多大な意義のある発明であると確信する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本願発明で提供される、体外循環に伴う臓器障害抑制剤は、APCをその主たる有効成分とすることに特徴を有する。
【0016】
本願発明の臓器障害抑制剤の投与態様についても特段の制約はなく、例えば、体外循環開始直前から、終了後1日間にわたって投与されるのが好適な態様と考えられる。
【0017】
本願発明の臓器障害抑制剤の本態でありこれに使用されるAPCを製造する方法は特に限定されるものではないが、例えばヒト血液より分離した、あるいは遺伝子組換え技術により得られたPCを活性化する方法、ヒト血液よりAPCを分離する方法、あるいは遺伝子組換え技術により直接APCを調製する方法などによって製造することができる。PCからAPCへの活性化の方法には特に制約はなく、例えばヒトやウシなどの血液より分離したトロンビンにより活性化する方法、あるいは組換えトロンビンにより活性化する方法などにより実施できる。
【0018】
血液由来のAPCの製法としては、以下の方法が挙げられる。例えば、特許第3043558号による方法(日本国特許第3043558号)、あるいは、ヒト血漿から抗PC抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより精製されたPCを、ヒトトロンビンで活性化した後、陽イオンクロマトグラフィーを用いて精製する方法(Blood, vol. 63, p.115-121, 1984)、Kisielによる、ヒト血漿からクエン酸Ba吸着・溶出、硫安分画、DEAE−セファデックスカラムクロマトグラフィー、デキストラン硫酸アガロースクロマトグラフィーおよびポリアクリルアミドゲル電気泳動の工程により精製して得られたPCを活性化してAPCとする方法(J. Clin. Invest., vol. 64, p.761-769, 1979)、市販のPCを含有する第IX因子複合体製剤を出発材料にして抗PC抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより精製されたPCを活性化してAPCとする方法(J. Clin. Invest., vol. 79, p.918-925, 1987)などがある。
【0019】
また、遺伝子組換え技術を用いてAPCを調製する方法としては、例えば特開昭61−205487号、特開平1−002338号あるいは特開平1−085084号などに記載された方法などがある(特開昭61−205487号、特開平1−002338号、特開平1−085084号)。上述の方法で調製されたAPCの活性を最大限に維持するために、本願発明で使用するAPCは好適な安定化剤と共に凍結乾燥して保存する。本願発明では、有効成分としてのAPCと公知の適当な賦形剤を組み合わせ、公知の方法で本願発明の臓器障害抑制剤とすることができる。本願発明のAPCを本態とする薬剤の投与量については、患者の年齢、病態等により適宜変動し得るものであるが、例えば、100μg〜10mg/kg体重/日の1〜6日間の持続投与は好適な態様と考えられる。
【0020】
以下に実施例を挙げて本願発明を具体的に説明するが、本願発明はこれらの例に何ら限定されるものではない。なお、今回の実施例に使用した血液由来のAPCは、マウスおよびイヌでの単回静脈内投与試験、マウス、イヌおよび幼若イヌでの反復静脈内投与試験、マウス生殖試験、局所刺激性試験、一般薬理試験(ビーグル犬を用いた呼吸循環系に及ぼす影響)、ウイルス不活化試験などによりその安全性が確認されている。
【実施例1】
【0021】
(ラット体外循環モデルでのAPC投与の効果)
(方法)
ラット体外循環モデルは、血液を頚静脈より脱血カニューレによって体外に導き、人工肺で酸素化し、酸素化した血液を人工心で頚動脈より送血することにより作製した。体外循環時には、ヘパリンを200単位/kg投与した。薬剤としては(i)APC:0.1mg/kg(A群)、(ii)活性中心を不活化したAPC(DIP-APC)(D群):0.1mg/kgを用い、無処置群(C群)と比較した。これら薬剤を投与10分後に肺門部を遮断(肺虚血)し、60分間体外循環(CPB)(流量:60mL/kg/分)した後、肺門部遮断を解除した(離脱後更に60分間観察)。このような体外循環に伴う肺障害の程度(動脈血酸素分圧、肺乾湿重量比)、好中球の活性化(FACSによるCD11b、CD62Lの測定)、サイトカイン産生(IL-1β、MIP-2)について測定した。
【0022】
(結果)
APC投与により体外循環に伴う肺障害を軽減できることが、1) 動脈血酸素分圧(PO2)、2)肺乾湿重量比(W/D)の測定結果から示された。すなわち、APC投与群(A群)はDIP-APC投与群(D群)や無処置群(C群)に比べて有意に高い動脈血酸素分圧(A群:409±54mmHg、D群:226±136mmHg、C群:235±74mmHg、A vs C、P<0.05(*))(図1)、有意に低い肺乾湿重量比(W/D)(A群:6.2±0.4、D群:8.0±1.2、C群:7.7±1.0)(図2)を示した。なお、DIP-APCでは肺障害の程度を軽減できなかったことから、APCがこのような効果を示すにはプロテアーゼ活性が必要であることが示された。
【0023】
また、このようなAPCの臓器障害抑制効果には好中球活性化抑制が関与していることが示された。すなわち、好中球活性化の指標であるCD11bの発現亢進とCD62Lの発現低下をFACSで測定すると、A群では体外循環施行前後で有意な変化を認めなかったが、C群およびD群では体外循環施行後にCD11bの発現が2倍以上に上昇し、CD62Lの発現は60%に低下した(実験終了時のCD11b発現率;A群:111±48%、D群:235±74%、C群:234±108%、A vs CまたはD、P<0.01(*)(図3(a)):実験終了時のCD62L発現率;A群:85±29%、D群:58±19%、C群:53±16%、A vs D、P<0.05(*)(図3(b))。更に、サイトカイン(MIP-2、IL-1β)産生抑制などの抗炎症作用が関与していることが示された(A vs D、P<0.05(*))(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】ラット体外循環モデルにおいて体外循環(CPB)前および実験終了時の動脈血酸素分圧を測定した結果を、対照、APCおよび活性中心を不活化したAPC(DIP-APC)で比較して示すグラフ。結果は平均±SDとして表してある。
【0025】
【図2】ラット体外循環モデルにおいて肺乾湿重量比(W/D)を測定した結果を、対照、APCおよび活性中心を不活化したAPC(DIP-APC)で比較して示すグラフ。結果は平均±SDとして表してある。
【0026】
【図3】ラット体外循環モデルにおいて体外循環(CPB)前、体外循環(CPB)後および実験終了時のCD11bの発現(a)およびCD62Lの発現(b)をFACSにより測定した結果を、対照、APCおよび活性中心を不活化したAPC(DIP-APC)で比較して示すグラフ。結果は平均±SDとして表してある。
【0027】
【図4】ラット体外循環モデルにおいて、実験終了時にサイトカイン(MIP-2(a)、IL-1β(b))産生を測定した結果を、対照、APCおよび活性中心を不活化したAPC(DIP-APC)について示すグラフ。結果は平均±SDとして表してある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性化プロテインCを主たる有効成分として含有することを特徴とする、体外循環に起因する臓器障害の抑制剤。
【請求項2】
該臓器障害が、全身性炎症反応症候群または多臓器障害である、請求項1に記載の抑制剤。
【請求項3】
該臓器障害が、肺障害である、請求項1に記載の抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−246473(P2007−246473A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74802(P2006−74802)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【Fターム(参考)】