説明

自動変速機のエンドベアリング

【課題】 強度が高く薄肉化、軽量化が可能な自動変速機に用いられるエンドベアリングを提供する。
【解決手段】 プレス加工によりコ字状断面を有する鋼製環状部材5の表面に合成樹脂層6を焼成被覆したエンドベアリング4において、前記環状部材5を構成する鋼は、炭素を0.03〜0.15質量%、窒素を0.002〜0.03質量%を含み、前記合成樹脂層6の樹脂は、PAI,PI,PBIのいずれか一種以上とすることにより、コ字状断面を有する環状部材5を製造するためのプレス成形性に優れる利点を保持したまま、窒素を0.002〜0.03質量%を包含させることにより、炭素含有量が低い鋼中に過飽和固溶状態で窒素原子を含み、この窒素原子により鋼を時効硬化させて低炭素鋼からなるエンドベアリング4の強度を高めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機のエンドベアリングに関し、例えばオートマチックトランスミッションに適用して高周速領域でもすぐれる摺動特性を有する自動変速機のエンドベアリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、特開平08−145078号公報に示されるように、自動変速機に用いられるエンドベアリングには鋼板をプレス加工によりコ字状断面を有する環状部材とした後に、表面に樹脂層を焼成被覆したものが用いられている。そして、近年、エンドベアリングには自動変速機の軽量化達成のため、薄肉化、軽量化が求められているところ、従来のエンドベアリングの鋼製のコ字状断面を有する環状部材には、プレス加工用として一般的な炭素含有量0.03〜0.15質量%程度のJISで規定するSPCC,SPCE,SPCD等の低炭素鋼が用いられている。
【特許文献1】特開平08−145078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、これらの鋼は、炭素含有量が低いので強度が低く、エンドベアリングの薄肉化、軽量化に限界があった。一方、炭素含有量が多い鋼や合金鋼等の強度の高い鋼を用いたり、鋼の強度調整のために調質圧延を行なった鋼を用いるとプレス加工性に劣り生産性が低くなるという問題があった。
【0004】
本発明は、上記した問題点に鑑みなされたもので、その目的とするところは、強度が高く薄肉化、軽量化が可能な自動変速機に用いられるエンドベアリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明は、プレス加工によりコ字状断面を有する鋼製環状部材の表面に合成樹脂層を焼成被覆したエンドベアリングにおいて、前記環状部材を構成する鋼は、炭素を0.03〜0.15質量%、窒素を0.002〜0.03質量%を含み、前記合成樹脂層の樹脂は、PAI,PI,PBIのいずれか一種以上であることを特徴とする.
【0006】
また、請求項2に係る発明は、請求項1記載の自動変速機のエンドベアリングにおいて、前記合成樹脂層の樹脂は、ガラス転移温度が200℃〜450℃のPAI,PI,PBIのいずれか一種以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に係る発明は、環状部材を構成する鋼を従来一般的にプレス用として使用されている低炭素鋼の炭素含有量と同じ0.03〜0.15質量%とすることにより、コ字状断面を有する環状部材を製造するためのプレス成形性に優れる利点を保持したまま、窒素を0.002〜0.03質量%を包含させることにより、炭素含有量が低い鋼中に過飽和固溶状態で窒素原子を含み、この窒素原子により鋼を時効硬化させてエンドベアリングの強度を高めることができる。
【0008】
より詳細に説明すると、合成樹脂層の樹脂として、PAI,PI,PBIのいずれか一種以上とし当該エンドベアリングの使用最高温度よりも高く且つ焼成時の焼成温度よりもやや低いガラス転移温度を有するものとすることにより、自動変速機運転中のエンドベアリングの最高使用温度は150℃程度であるが、その最高使用温度よりも高く且つ焼成時の焼成温度よりもやや低いガラス転移温度の樹脂を焼成した鋼環状部材は、樹脂焼成時に鋼が過飽和固溶する窒素原子の拡散が速くなり歪時効硬化が促進されるため、エンドベアリングの強度を十分に高めることができると共に、予めエンドベアリング使用時に受ける温度以上の熱履歴を受けて時効硬化が促進されているので、運転中に鋼の強度の変化がほとんど起こらなくなり、品質も安定させることができる。
【0009】
なお、鋼中の窒素含有量が0.002%未満であると鋼の歪時効硬化が不十分になり、窒素含有量が0.03%を越えると、歪時効硬化により過度な組織変化が起こるようになり、プレス加工した環状部材に経時的に形状変化する不具合が起こる場合がある。
【0010】
また、請求項2に係る発明のように、前記合成樹脂層の樹脂は、ガラス転移温度が200℃〜450℃の耐熱性の高いPAI,PI,PBIのいずれか一種以上とすることにより、エンドベアリングの摺動層として好適であると共に、PAI,PI,PBIのガラス転移温度がエンドベアリングの前述した最高使用温度より高い200℃〜450℃としたときに、焼成時における適正な焼成温度がガラス転移温度をわずかに越える温度となるので、鋼の歪時効硬化が十分に促進されエンドベアリングの強度を高められ、エンドベアリング使用時に強度変化はほとんど起こらない。
【0011】
なお、本願の合成樹脂層の樹脂は、PAI,PI,PBIのいずれか一種以上からなるが、耐熱性に影響を与えない範囲でEP、PES、その他の樹脂を添加することも可能であり、また、潤滑性を高めるためにMoS2、グラファイト、PTFE、その他の各種固体潤滑剤や耐摩耗性を高めるために銅合金、アルミニウム合金、鉄合金、金属間化合物等の金属粒子、アルミナ、シリカ、チタニア等のセラミックス粒等を添加することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図1乃至図3を参照して説明する。図1は、自動変速機においてエンドベアリングが使用されている構造の簡易図であり、図2及び図3は、エンドベアリングに合成樹脂層を被覆する場合の被覆箇所を示す概略図である。
【0013】
図1において、自動変速機は、環状の軌道面1aを有する内レース1と、環状の軌道面2aを有する外レース2と、両レース1,2の軌道面1a,2a間に配置されて両軌道面1a,2aと係合してトルクを伝達する複数のスプラグ3と、これらスプラグ3を円周方向等間隔位置に保持する内外一対の断面コ字状の環状部材であるエンドベアリング4と、からなる。なお、エンドベアリング4の間には、図示しないが、スプラグ3と軌道面1a,2aとの係合方向(噛合い方向)にモーメントを与えるリボンスプリングが設けられている。
【0014】
エンドベアリング4は、コ字状の断面を有する鋼製環状部材5の表面(内レース1及び外レース2の軌道面1a,2aと対面する面)に合成樹脂層6を設けた構成である。本実施形態において、合成樹脂層6は、合成樹脂層の厚さが3μm未満であると合成樹脂層が摩滅してしまう場合があるので合成樹脂層の厚さは3μm以上とすることが好ましい。合成樹脂層6を構成する樹脂は、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、ポリベンゾイミダゾール(PBI)のいずれか一種以上を混合した樹脂をベースとする樹脂を用いることができ、これら樹脂の強度に影響を与えない範囲でEP、PES、その他の樹脂を添加することも可能である。なお、合成樹脂層6を被覆する環状部材5の表面は、図1においては、コ字状の環状部材5の外側上下面の端部からコ字状の屈曲部のR部分の形状に沿うように被覆しても良いし、図2に示すように、コ字状の環状部材5の外側全面に被覆しても良いし、図3に示すように、コ字状の環状部材5の外側上下面の端部からコ字状の屈曲部の直前位置まで被覆しても良い。
【0015】
また、合成樹脂層6には、潤滑性を高めるためにMoS2、グラファイト、PTFE、その他の各種固体潤滑剤や耐摩耗性を高めるために銅合金、アルミニウム合金、鉄合金、金属間化合物等の金属粒子、アルミナ、シリカ、チタニア等のセラミックス粒等を添加することもできる。
【0016】
ところで、コ字状の断面を有する鋼製環状部材5の鋼板は、プレス用として一般的に使用される低炭素鋼のプレス加工により成形されるが、プレス加工により鋼板をコ字状断面の環状部材5に成形すると、鋼結晶には多数の結晶歪が導入される。そして、この結晶歪が変形の抵抗となるので加工硬化が起こる。そして、鋼が過飽和に窒素を固溶している場合には、より安定な飽和固溶状態へ変化する過程で発生する余剰の窒素原子がプレス加工により導入された結晶歪部に拡散し、さらに鋼結晶を歪ませるので鋼の硬さはより高くなる。しかし、鋼の窒素の過飽和固溶状態から飽和窒素固溶状態への変化は室温域では長時間を要して徐々に起こるため、鋼の歪時効硬化も長期に渡って起こる。そのため冷間加工直後の鋼の環状部材5の強度はそれほど高いものではない。
【0017】
しかし、合成樹脂層6に、PAI、PI、PBIのように耐熱性の高い樹脂を用いると樹脂焼成温度が最低でも150℃以上であり、焼成時の加熱で鋼の歪時効硬化が促進され低炭素鋼からなるエンドベアリングの強度を高められる。さらに、PAI、PI、PBI樹脂の焼成温度は自動変速機運転時のエンドベアリングの最高使用温度(約150℃)を超える温度となる。鋼製環状部材5は、エンドベアリング使用前に予め使用時の最高温度以上の熱履歴を受けて歪時効硬化が促進され起きているため、エンドベアリング使用時には鋼製環状部材5の強度の経時変化を少なくすることができ、このためで品質を安定させることができる。特に、ガラス転移温度が200℃〜450℃のPAI、PI、PBI樹脂であると、これら樹脂の適正な焼成温度は樹脂のガラス転移温度をわずかに越える温度域となるので、鋼の時効硬化をさらに促進させることができ、また、エンドベアリング最高使用温度に対し十分に高い温度の熱履歴を予め受けることとなるので、エンドベアリング使用時に鋼環状部材の強度の経時変化はほとんど起こらなくなる。
【0018】
なお、本実施形態に用いる鋼としては、一般的な転炉で精錬されるアルミキルド低炭素鋼等を用いることができるが、炭素、窒素以外の含有成分について説明する。マンガンは鋼の強度と靭性調整のため0.1〜1.0質量%の範囲で含有してもよい。硫黄、燐、シリコンの成分は鋼の精錬工程で完全には除去しきれなかったものが不可避的に鋼に含まれるものであるが、硫黄、シリコンは鋼の延性を確保するために0.05質量%以下、燐は鋼の粒界脆化を防ぐために0.05質量%以下に制限される。アルミニウムは鋼の精錬工程で脱酸剤として使用され、また、鋼の窒素の固溶状態の調整に使用されるものが不可避的に鋼に残留するものであり通常は0.3質量%以下に制限される。
【0019】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例1〜4は、炭素0.05質量%、窒素0.02質量%、マンガン0.25質量%、燐0.02質量%、硫黄0.01質量、シリコン0.01質量%、アルミニウム0.05質量%、残部鉄からなる厚さ0.8mmのアルミキルド鋼板をプレス加工によりコ字状断面を有する外径70mm、内径55mmの環状部材を基材としている。なお、この鋼板は炭素量が少なく硬さ調整のために調質圧延を行なってないため硬さは、Hv100未満であり強度が低く延性に優れるために極めてプレス加工性に優れる。次に、環状部材の摺動面となる表面側に表1に示す組成及びガラス転移温度の樹脂を有機溶剤で希釈した溶液をスプレー法により塗布、有機溶剤のみを除去するための乾燥加熱した後に、表1に示す焼成温度で樹脂を焼成して実施例1〜4を得た。
【0020】
【表1】

【0021】
比較例1は、実施例と同じ成分の厚さ0.8mmの鋼板をプレス加工によりコ字状断面を有する外径70mm、内径55mmの環状部材を基材としており、その環状部材の摺動面となる表面側に表1に示す樹脂を有機溶剤で希釈した溶液をスプレー法により塗布、有機溶剤のみを除去する乾燥加熱した後に表1に示す焼成条件で樹脂を焼成して比較例を得た。
【0022】
また、表1には、実施例1〜4と比較例の鋼の硬さおよびエンドベアリングで使用される場合の最高温度に相当する150℃の温度で保持した時の硬さの経時変化を示す。
【0023】
実施例、比較例共に、鋼板をプレス加工によりコ字状断面を有する環状部材に成形すると、鋼結晶に結晶歪が導入されて冷間加工硬化する。次いで樹脂焼成の加熱を行うと、鋼が過飽和固溶する窒素原子が結晶歪部に拡散し、さらに鋼結晶を歪ませるため硬さが上昇する。実施例1〜4は合成樹脂層の焼成時に鋼が過飽和固溶する窒素原子の拡散速度が速くなり鋼の歪時効硬化を促進させることができる変性PAI、PAI、PI、PBI樹脂としたため十分に鋼環状部材の硬さを上昇させることができ、特に樹脂のガラス転移温度が200℃〜450℃と高いため適正焼成温度が高い実施例2〜4の硬さの増加量が多い。一方、比較例のエポキシ樹脂(EP)は、ガラス転移温度が低く樹脂焼成温度が低いので鋼の歪時効硬化を十分に促進させることができず、鋼の硬さを十分に高められない。
【0024】
また、エンドベアリングが使用される場合の最高温度に相当する150℃の温度で保持した場合の実施例と比較例の硬さの経時変化を比較すると、実施例1は、100時間以降で鋼の硬さは変化しなくなり、特に樹脂のガラス転移温度が高く焼成温度が高い実施例2〜4は50時間以降に鋼の硬さは変化しなくなる。比較例1は、200時間まで硬さが変化し続けている。このように、本発明に係る実施形態1〜4は、薄肉化、軽量化された低炭素鋼からなるエンドベアリングの強度を高めることができることに加えて、さらに、エンドベアリング使用時の物性変化も少なく品質を安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】自動変速機においてエンドベアリングが使用されている構造の簡易図である。
【図2】エンドベアリングに合成樹脂層を被覆する場合の被覆箇所を示す概略図である。
【図3】エンドベアリングに合成樹脂層を被覆する場合の他の被覆箇所を示す概略図である。
【符号の説明】
【0026】
1 内レース
1a 軌道面
2 外レース
2a 軌道面
3 スプラグ
4 エンドベアリング
5 環状部材
6 合成樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレス加工によりコ字状断面を有する鋼製環状部材の表面に合成樹脂層を焼成被覆したエンドベアリングにおいて、
前記環状部材を構成する鋼は、炭素を0.03〜0.15質量%、窒素を0.002〜0.03質量%を含み、
前記合成樹脂層の樹脂は、PAI,PI,PBIのいずれか一種以上であることを特徴とする自動変速機のエンドベアリング。
【請求項2】
前記合成樹脂層の樹脂は、ガラス転移温度が200℃〜450℃のPAI,PI,PBIのいずれか一種以上であることを特徴とする請求項1記載の自動変速機のエンドベアリング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−185830(P2009−185830A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23163(P2008−23163)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)