説明

航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラム

【課題】駐機中における検査時間を短縮することができる航空機の健全性診断装置を提供する。
【解決手段】被診断データファイルが格納される第1記憶部26と、正常データファイルが格納される第2記憶部29と、第1記憶部26から診断に用いる複数のデータセットを抽出して設定するとともに、第2記憶部29から診断に用いる複数のデータセットを抽出して設定する診断ファイル構築部30と、設定された被診断データファイルのデータセット及び正常データファイルのデータセットを元に、統計的演算手法を用いて、航空機の健全性指標値を算出する指標値算出部31と、前記健全性指標値に基づいて、航空機の状態を評価する異常判定部32と、その評価結果を通知する通知部33とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機の健全性診断を行う航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
航空機の運航は、定期航路によって大気中を長時間高速で飛行したり、一日に何回も離発着を繰り返したりするなど、多種多様である。しかしながら、基本的には、機体に常時あらゆる荷重を受けながら航行しているため、胴体、主翼、尾翼等には、飛行時間に比例して疲労が蓄積し、荷重による歪みやき裂等が生じる確率が高くなる。そのため、航空機の点検保守は運航ごと、飛行時間ごとの定期的サイクルで行われており、一般的には、このような点検保守は航空機が地上に駐機しているときに行われる。
【0003】
従来、航空機の表面や構造体の凸凹の歪み、き裂等の損傷、破損は、熟練した整備員の巨視的または微視的な目視検査や超音波探傷装置、磁粉損傷装置、渦電流探傷装置、X線検査等の装置で検査されていた。この検査は、航空機の航行を一定期間休止し、飛行場や整備場等において行われる。また、金属疲労については、単純に飛行時間と離発着回数により管理していた。
【特許文献1】特開2005−241089号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した従来の診断方法においては、以下のような問題があった。
第1に、機体の構造検査は、スポット的な検査装置による点検が主体のため、点検に多大な時間を要し、航空機の運用効率が低くなる。
第2に、地上の整備段階においては、機体の不良を検出することができるが、飛行中は検出することができず、また、リアルタイムで健全性を診断するための検査データ処理ができない。
第3に、機体運行中の突発的な事象(ハードランディング、タービュランス)に対する機体への影響度を把握し、即座に機体の安全性を確保することができない。
第4に、地上滞留時間を縮め、定期運航を守るために、故障をできるだけ早期に検出し、航空機が到着する以前に修理の準備手配をしておくことが望ましいが、このような対応が不可能である。
第5に、機体構造の点検箇所は、アクセス性が悪い場所もあり、目視検査、超音波探傷検査、渦電流探傷検査等の従来の検査方法を採用する場合には、機体の分解が必要となる。
第6に、機体の個別管理による予寿命評価ができない。
【0005】
本発明は、上記問題を解決するためになされたもので、駐機中における検査時間を短縮することができるとともに、航空機の健全性診断を自動で、かつ、定量的に行うことのできる航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明は、航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断する航空機の健全性診断装置であって、計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納されているとともに、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットには、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報が付与されて格納されている第1記憶手段と、計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納されているとともに、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットには、前記クラス分類を示す識別情報が付与されており、かつ、前記データセットを構成する特定の前記特性項目の特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属している第2記憶手段と、前記第1記憶手段から診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2記憶手段から前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する診断ファイル構築手段と、前記診断ファイル構築部によって構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する指標値算出手段と、前記指標値算出手段によって算出された健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する評価手段と、前記評価手段による評価結果を通知する通知手段とを備える航空機の健全性診断装置を提供する。
【0007】
このように、被診断データファイルと基準データファイルとを用いて、航空機の健全性を示す健全性指標値を算出するので、経験や知見に基づく定性的な評価に代えて、定量的な評価を実現することが可能となる。また、上記健全性指標値は、各データセットに付与されたクラス分類が考慮された値となっているので、同じ状況下で取得されたデータ同士を比較することが可能となる。これにより、航空機の健全性をより的確に評価することが可能となる。また、上記診断をリアルタイムに行うことにより、飛行中における健全性評価が可能となる。
上記特性項目とは、航空機の健全性を診断するのに用いられる各種パラメータの特性を表す項目をいう。どの特性項目を用いて健全性を診断するのかについては、ユーザが任意に設定、選択できるものとする。
【0008】
上記航空機の健全性診断装置において、前記クラス分類は、1回の飛行パターンを複数の工程に分けたときの飛行工程に基づいて決定されることとしてもよい。
【0009】
例えば、航空機の各部に作用する荷重等は、駐機中、走行中、飛行中等、各工程において異なる値を示す。従って、1回の飛行パターンを「離陸前の駐機」、「離陸前のタキシング」、「離陸」、「巡航」、「着陸」、「着陸後のタキシング」、「着陸後の駐機」等のように、複数の工程にわけ、この工程に応じてクラス分類を決定することで、各データセットをその特質に応じて適切に分類することが可能となる。
【0010】
上記航空機の健全性診断装置において、前記クラス分類は、運行期間または飛行回数に応じて決定されることとしてもよい。
【0011】
例えば、航空機の各部に作用する荷重等の特性は、運行期間や飛行回数に応じて変化する。従って、運行期間や飛行回数に応じてクラス分類を決定することで、各データセットをその特質に応じて適切に分類することが可能となる。
【0012】
上記航空機の健全性診断装置において、前記クラス分類は、就航ルートに応じて決定されることとしてもよい。
【0013】
例えば、航空機の各部に作用する荷重等の特性は、就航ルート(気流の変化)に応じて変化する。従って、就航ルートに応じてクラス分類を決定することで、各データセットをその特質に応じて適切に分類することが可能となる。
【0014】
上記航空機の健全性診断装置において、前記第2記憶手段に格納される複数の前記データセットは、前記第1記憶手段に格納されている複数のデータセットのうち、前記特定の特性項目に係る特性値が予め設定されている基準範囲に属するデータセットのみが抽出されたものであることとしてもよい。
【0015】
例えば、基準範囲を正常範囲に設定した場合には、正常なデータに基づいて基準データファイルが構築され、この基準データファイルとの比較により航空機の健全性が評価されるので、航空機の健全性をより的確に評価することが可能となる。
【0016】
上記航空機の健全性診断装置において、前記指標値算出手段は、前記診断ファイル構築手段によって設定された前記基準データファイルの特性分布を求めるとともに、前記被診断データファイルの特性分布を求め、互いの特性分布が乖離している距離を定量的に求めることで前記健全性指標値を算出することとしてもよい。
【0017】
このように、互いの特性分布を求め、これらの分布が乖離している距離を定量的に求めるので、被診断データが相対的にどの程度、基準データの特性分布から離れているかを定量的に評価することが可能となる。
【0018】
上記航空機の健全性診断装置において、前記指標値算出手段により算出される前記健全性指標値は、マハラノビス・タグチメソッドを用いて算出されるマハラノビス距離であってもよい。
【0019】
上記航空機の健全性診断装置において、前記評価手段によって異常が発生していると評価された場合に、その異常の要因分析を行う要因分析手段を備えることとしてもよい。
【0020】
このように、要因分析を行うことにより、どの箇所が原因で異常と判断されたのかを速やかに把握することが可能となる。これにより、迅速な対応が可能となる。
【0021】
上記航空機の健全性診断装置において、前記指標値算出手段により算出される前記健全性指標値の推移に基づいて、航空機のメンテナンス時期を決定することとしてもよい。
【0022】
このように、健全性指標値の推移に基づいて航空機のメンテナンス時期を決定することで、適切な時期にメンテナンスを実施することが可能となるとともに、故障を未然に防ぐことが可能となる。
【0023】
本発明は、航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断する航空機の健全性診断方法であって、計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納された第1データファイルを作成する過程と、前記第1データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報を付与する過程と、特定の特性項目に関する特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属しているとともに、各特性項目の特性値が計測時間に関連付けられている第2データファイルを作成する過程と、前記第2データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、前記クラス分類を示す識別情報を付与する過程と、前記第1データファイルから診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2データファイルから前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する過程と、構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する過程と、前記健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する過程と、前記評価結果を通知する過程とを有する航空機の健全性診断方法を提供する。
【0024】
本発明は、航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断するのに使用される航空機の健全性診断プログラムであって、計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納された第1データファイルを作成する処理と、前記第1データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報を付与する処理と、特定の特性項目に関する特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属しているとともに、各特性項目の特性値が計測時間に関連付けられている第2データファイルを作成する処理と、前記第2データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、前記クラス分類を示す識別情報を付与する処理と、前記第1データファイルから診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2データファイルから前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する処理と、構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する処理と、前記健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する処理と、前記評価結果を通知する処理とをコンピュータに実行させるための航空機の健全性診断プログラムを提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、駐機中における検査時間を短縮することができるとともに、航空機の健全性診断を自動で、かつ、定量的に行うことができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に、本発明に係る航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラムの各実施形態について、図面を参照して説明する。
【0027】
〔第1の実施形態〕
図1は、本実施形態に係る航空機の健全性診断装置(以下「健全性診断装置」という)のハード構成を示したブロック図である。
図1に示すように、健全性診断装置10は、コンピュータシステム(計算機システム)であり、CPU(中央演算処理装置)11、RAM(Random Access
Memory)等の主記憶装置12、HDD(Hard Disk Drive)等の補助記憶装置13、キーボードやマウスなどの入力装置14、及びモニタやプリンタなどの出力装置15、外部の機器と通信を行うことにより情報の授受を行う通信装置16などで構成されている。
補助記憶装置13には、各種プログラム(例えば、健全性診断プログラム)が格納されており、CPU11が補助記憶装置13から主記憶装置12にプログラムを読み出し、実行することにより種々の処理を実現させる。
【0028】
図2は、健全性診断装置10が備える機能を展開して示した機能ブロック図である。図2に示されるように、健全性診断装置10は、計測データベース21と、フライトデータベース22と、データ生成部23と、クラス分類定義部24と、クラス分類部25と、第1記憶部(第1記憶手段)26と、正常データ条件定義部27と、正常データ抽出部28と、第2記憶部(第2記憶手段)29と、診断ファイル構築部(診断ファイル構築手段)30と、指標値算出部(指標値算出手段)31と、異常判定部(評価手段)32、通知部(通知手段)33とを備えている。
【0029】
上記計測データベース21には、図3に示されるように、各航空機に割り当てられた機体ID毎に計測データファイルが格納されている。各計測データファイルには、航空機の機体に設置された各種センサによって計測された複数の計測データが格納されている。
計測データとしては、例えば、航空機の機体に設定された複数の計測箇所に設けられた光ファイバセンサによって計測された歪み分布計測データや、温度センサによって計測された温度計測データ等が挙げられる。各計測データには、その計測データが測定された計測時間及び計測項目が関連付けられている。この計測時間は、後述するクラス分類部25において行われる被診断データファイルの作成処理において、各種データを互いに関連付ける紐付けパラメータとして機能する。
【0030】
フライトデータベース22には、機体の運航状態を示すフライトルートデータファイルが機体ID別に格納されている。フライトルートデータファイルには、例えば、就航ルート毎に、高度、対地速度、気圧等のフライトログが、それらの計測時間に関連付けられて格納されている。
【0031】
ここで、上記計測データベース21に格納される各種計測データファイル及びフライトデータベース22に格納されるフライトルートデータファイルは、例えば、機体の航行中においては、機体に搭載されたデータベースに格納しておき、機体が地上に着陸した後において、機体内のデータベースに格納されたこれらデータファイルを健全性診断装置10の計測データベース21及びフライトデータベース22に転送することとしてもよい。このように、計測データベース21及びフライトデータベース22に格納されるデータの取得方法については、特に限定されない。
【0032】
データ生成部23は、上述した計測データベース21及びフライトデータベース22に格納されている各測定データの計測時間の時間間隔(以下「サンプリング時間」という)が統一していない場合に、これらのサンプリング時間を統一する処理を行う。例えば、各測定項目の計測データがα分間隔となるように再構築する。
【0033】
例えば、サンプリング時間がα分に比べ十分速いときは、α分間に取得された全ての計測データを用いて統計的手法によりα分間の代表値を選定する。例えば、代表値は、平均値と標準偏差とにより表される。このようにすることで、各測定項目に係る計測データを共通の時間間隔で同期関連付けさせることができる。
【0034】
このようにして、サンプリング時間が統一された各種データは、クラス分類部25に出力される。
クラス分類部25は、機体ID毎に、計測データベース21に格納されている測定データファイルと、フライトデータベース22に格納されているフライトルートデータファイルとを統合して被診断データファイルを作成する。
【0035】
図4に、機体ID:ABC001で識別される航空機の被診断データファイルの一例を示す。図4に示されるように、被診断データファイルは、測定項目毎に、各計測時間における計測データが関連付けられている。ここでは、測定項目を「特性項目」、「計測データ」を「特性値」と定義する。特定項目としては、例えば、「高度」、「対地速度」、「気圧」、「温度」、「左主翼歪み」、「右主翼歪み」等が挙げられる。また、この被診断データファイルには、本機体の機体ID「ABC001」及び機種情報「ABC」も関連付けられている。
【0036】
クラス分類部25は、続いて、被診断データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとし、各データセットに対してクラス分類を示す識別情報を付加する。
具体的には、クラス分類部25は、クラス分類定義部24に定義されているクラス定義に基づいて、各データセット、換言すると、図4に示された被診断データファイルの行毎に、どのクラス分類に属するかを区分けし、各データセットにクラス分類を示すフラグを立てる。
【0037】
ここで言う「クラス分類」とは、マハラノビスタグチ法(以下「MT法」という。)のような統計的診断手法において、クラス分類定義部24で定めた、複数の特性項目の基準範囲に合致したデータ集団の区切りのことをいう。このように、同じ「クラス分類」同士での正常または異常を識別する統計的診断は、クラス分類しないデータ全体の場合より識別精度が高くなる。
【0038】
本実施形態においては、クラス分類は、第1クラス分類、第2クラス分類、第3クラス分類からなる3つの分類に区分される。
第1クラス分類は、「飛行パターン」に関するものであり、1回の飛行パターンを複数の工程に分けたときの飛行工程に基づいて決定される。例えば、本実施形態では、第1クラス分類を「1.離陸前の駐機」、「2.離陸前のタキシング」、「3.離陸」、「4.巡航(水平、旋回)」、「5.着陸」、「6.着陸後のタキシング」、「7.着陸後の駐機」からなる7つのクラスに分け、各データセットに対していずれのクラスに属するかを示す第1クラス分類の識別情報1〜7が付加される。
【0039】
また、第2クラス分類は、「就航ルートパターン」に関するものであり、「1.日本−北米」、「2.日本−豪州」、「3.日本−東南アジア」等のように就航ルート別に識別番号が付与されており、各データセットに対して、いずれの就航ルートに該当するのかを示す第2クラス分類の識別情報1〜nが付加される。
【0040】
また、第3クラス分類は、「運航期間」に関するものであり、例えば、「1.3年未満」、「2.3年以上5年未満」、「3.5年以上6年未満」等のように運航期間別に識別番号が付与されており、各データセットに対して、いずれの運航期間に該当するのかを示す第3クラス分類の識別情報1〜mが付加される。
このように、本実施形態に係る被診断データファイルを構成する各データセットには、3つのクラス分類に関する各識別番号が付加される。
【0041】
上述の如き、各クラス分類に関するクラス分けが定義された情報は、クラス分類定義部24に格納されている。クラス分類部25は、クラス分類定義部24に格納されているクラス分類を参照して、被診断データファイルのデータセット毎(行毎)に各クラス分類の識別番号を割り当てる。
【0042】
第1記憶部26は、クラス分類部25でクラス分類(フラグ付け)された被診断データファイル(第1データファイル)を格納する。第1記憶部25に格納されたクラス分類済みの被診断データファイルは、指標値算出部31における演算処理において、「信号空間」として取り扱われる。
【0043】
一方、第2記憶部29には、既に取得済みの「過去の被診断データファイル」から「正常」であると判断されたデータセットのみが抽出され、格納されている。この格納データを「正常データファイル」と呼ぶ。もちろんこの段階で、第2記憶部29に格納されている正常データファイルの各データセットには、前段処理のクラス分類部25において付与されるクラス分類のフラグが付加されている。第2記憶部29に格納されたこれらの正常データファイルは、指標値算出部31における演算処理において、「単位空間」として取り扱われる。
【0044】
具体的には、正常データ条件定義部27には、「正常データ」であると認定するための判別条件が定義されており、正常データ抽出部28が該判定条件に合致するデータセットを第1記憶部26に格納されている被診断データファイルの中から抽出することで正常データファイルが作成され、第2記憶部29に格納される。
このように、正常データファイルの作成処理を自動化することで、第2記憶部29に格納される正常データファイルを自動更新することが可能となる。
【0045】
上記正常データ条件定義部27において定義されている判定条件としては、例えば、機体導入後、或いは、構造を含む定期点検等の大点検後において、所定フライト数(例えば、100フライト等)を超えるまでの期間又は所定の運用期間(例えば、3ヶ月等)に、異物衝突、ハードランディング、ハードタービュランス等の異常が発生しなかったフライトに対応するデータセット、或いは、及び、定期運転路線において、事前のフライトプランに沿って運行され、航行中にイレギュラーのレポートが生成されなかったフライトに対応するデータセット等の条件が挙げられる。
なお、上記判定条件は、一例であり、上記内容に限定されるものではなく、任意に設定、変更できるものとする。
【0046】
また、被診断データデータの各データセットには、上記判定条件に合致するか否かを確実に判定するべく、該判定に必要となる情報、例えば、事前のフライトプランに沿って運行されたか否かを示す情報や、イレギュラーなレポートが生成されなかったか否かを示す情報が対応付けられているものとする。
【0047】
診断ファイル構築部30は、第1記憶部26から診断対象となる複数のデータセットを抽出して診断用の「被診断データファイル」(信号空間)を構築するとともに、第2記憶部29に格納される正常データファイルからクラス分類の識別番号を参照して、上記「被診断データファイル」の診断に最適なデータセットのみを抽出し、診断用の「基準データファイル」(単位空間)を構築する。
【0048】
例えば、機体ID「ABC001」で特定される航空機を健全性診断の対象(以下「診断対象」という。)とした場合、診断ファイル構築部30は、第1記憶部26に格納されている診断対象の被診断データファイルから第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」に該当するデータセットを抽出して診断用の「被診断データファイル」を構築するとともに、第2記憶部29に格納されている診断対象の正常データファイルから第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」に該当するデータセットを抽出して診断用の「基準データファイル」(単位空間)を構築する。なお、基準データファイルを構成するデータセットの抽出条件については、後述するように、任意に決定することが可能である。
【0049】
指標値算出部31は、診断ファイル構築部30によって作成された診断用の「被診断データファイル」および「基準データファイル」を元に統計的診断手法を用いて、航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する。
具体的には、指標値算出部31は、診断ファイル構築部30によって作成された「被診断データファイル」と「基準データファイル」を正規化し、正規化した「被診断データファイル」と「基準データファイル」の各項目分布を求め、互いのデータ分布(集団)が乖離している状態を分布間の距離として定量的に求め、その距離を健全性の健全性指標値として取り扱う。
【0050】
より具体的には、指標値算出部30の統計的診断手法に、MT法を用い、そのMT法で得られる診断出力結果の一つである健全性の健全性指標値としてマハラノビス距離(以下「MD値」という)を算出する。具体的な算出方法については後述する。
【0051】
異常判定部32は、指標値算出部31によって算出された健全性指標値を予め設定されている閾値と比較し、その比較結果に応じて航空機の健全性を評価する。例えば、健全性指標値が閾値を超えていた場合に、異常であると判定し、異常判定信号を通知部33に出力する。
【0052】
通知部33は、異常判定信号が入力された場合に、航空機の異常の発生をディスプレイ等に表示することにより、ユーザに対して異常発生を通知する。なお、視覚による通知方法に代えて或いは加えて、聴覚による通知、例えば、報音により異常を通知することとしてもよい。このように、通知の手法については特に限定されない。
【0053】
次に、本実施形態に係る健全性診断装置10が備える各部において実行される処理内容について図5及び図6を参照して詳しく説明する。なお、図2に示した各部により実現される後述の各種処理は、図1に示されるCPU11が補助記憶装置13に記憶されている健全性診断プログラムを主記憶装置12に読み出して実行することにより実現されるものである。
また、以下の説明では、飛行パターンの工程毎に区切って健全性診断を行う場合を例に挙げて説明する。
【0054】
まず、健全性診断装置10のデータ生成部23は、計測データベース21及びフライトデータベース22に格納される計測データのサンプリング時間を統一させる(図5のステップSA1)。
【0055】
続いて、クラス分類部25により、計測データベース21に格納されている計測データファイルとフライトデータベース22に格納されているフライトルートデータファイルとが機体ID別に統合されて、機体ID別の被診断データファイルがそれぞれ生成される(図5のステップSA2)。更に、この機体ID別の各被診断データファイルにおいて、同一の計測時間に関連付けられる各データセットに対して、第1クラス分類から第3クラス分類に係る識別番号のフラグが立てられる(図5のステップSA3)。
【0056】
これにより、例えば、各被診断データファイルの各データセット(各行)には、第1クラス分類として、「1.離陸前の駐機」、「2.離陸前のタキシング」、「3.離陸」、「4.巡航(水平、旋回)」、「5.着陸」、「6.着陸後のタキシング」、「7.着陸後の駐機」のいずれかを示すフラグが立てられるとともに、第2クラス分類として、「1.日本−北米」、「2.日本−豪州」、「3.日本−東南アジア」等の就航ルートパターンを示すいずれかのフラグが立てられる。更に、第3クラス分類として、当該機体の運航期間に係るフラグが立てられる。
【0057】
このように、第1〜第3クラス分類について各フラグが付加された複数の被診断データファイルは、第1記憶部26に格納される(図5のステップSA4)。
次に、正常データ抽出部28により、第1記憶部26に格納されているクラス分類済みの診断データファイルから正常のデータセットのみが抽出されて正常データファイルが作成され、第2記憶部29に格納される(図5のステップSA5)。この正常データファイルも機体ID別に作成される。
【0058】
次に、診断ファイル構築部30により第1記憶部26の診断データファイルの全部または一部のデータセットが抽出されて、診断用の被診断データファイルが構築されるとともに、第2記憶部29の正常データファイルの全部または一部のデータセットが抽出されて診断用の正常データファイル(以下「基準データファイル」という)が構築される(図5のステップSA6)。
【0059】
例えば、本実施形態では、飛行パターンのクラス分類毎に健全性診断を行うので、診断ファイル構築部29は、まず、第1記憶部26に格納されている診断対象の被診断データファイルの中から、第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」を示すデータセットを全て抽出し、診断用の「被診断データファイル」を構築する。
【0060】
また、診断ファイル構築部29は、第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」を示すデータセットを第2記憶部29から全て抽出し、「基準データファイル」を構築する。このとき、診断対象の正常データファイルから第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」を示すデータセットを抽出することとしてもよいし、機体ID、機種等を問わずに、第2記憶部29に格納されている全ての正常データファイルの中から第1クラス分類が「1.離陸前の駐機」を示すデータセットを抽出することとしてもよい。
【0061】
このようにして、診断用の「診断データファイル」と「基準データファイル」が構築されると、指標値算出部30により健全性指標値の算出処理が行われる(図5のステップSA7)。
以下、健全性指標値の算出処理について図6を参照して説明する。
【0062】
〔データの規格化〕
まず、指標値算出部31は、データの規格化処理を実行する(図6のステップSB1)。
例えば、診断ファイル構築部30において設定された基準データファイルの計測時間数をi、特性項目数をjとすると、基準データファイルは、i行j列の行列をなす。
【0063】
基準データの規格化の理由は、統計処理において、異なった特性項目間(計測物理量間)の特性値を公平に扱うためである。そのため、各行、各列によって識別される特性値xijを以下の(1)、(2)式に基づいて算出した平均値m及び標準偏差σを用いて規格化する処理を行う。特性値xijの規格化後の値は、正規格値Xijとして表され、以下の(3)式で求められる。
なお、以下の説明においては、図7に示すように、n行k列のデータファイルを想定して説明する。
【0064】
【数1】

【0065】
同様に、指標値算出部31は、基準データファイルと同様の演算を行うことにより、「被診断データファイル」についても規格化を行う。規格化のために用いる平均値m及び標準偏差σは、上記式(1)、(2)で算出された「基準データファイル」の値を用いる。この結果、「被診断データファイル」の各特性値yijを規格化した特性規格値Yijが以下の(4)式により算出される。
【0066】
【数2】

【0067】
指標値算出部31は、「基準データファイル」、「被診断データファイル」の各特性値を規格化後の特性規格値に置き換えることで、それぞれのデータファイルを再構築する。
【0068】
〔相関行列の算出〕
次に、指標値算出部31は、基準データファイルの特性規格値Xijを用いて、相関行列R=(rij)を計算する(図6のステップSB2)。相関行列Rは以下の(5)式を用いて導出される。相関行列は対角成分が1であるk次行列となる。
【0069】
【数3】

【0070】
ここで、相関行列を求めるための具体的な説明を行う。基準データファイルの特性規格値Xijの特性項目jの種類がk個(k列)ある場合、その相関組み合わせ数は、k×kである。一例として、基準データファイルの特性項目数jがk=200種類(列)あった場合、その相関組み合わせは200×200=40000通りであり、それは同時に200×200の正則行列の特性となる。正則行列の対角成分は、同じ特性項目同士の相関であるため、必然的に1となる性質を有している。また、対角線以外の相関係数は、rpq=rqpとなり、その値は対角線を挟んで対称等しくなる。
【0071】
〔相関行列の逆行列の算出〕
続いて、指標値算出部31は、以下の(6)式を用いて、基準データファイルの相関行列Rの逆行列A=R-1を算出する(図6のステップSB3)。
【0072】
【数4】

【0073】
〔マハラノビス距離の算出〕
次に、上記(6)式で求められた基準データファイルの相関逆行列Aと、規格化後の被診断データファイルの各特性規格値Yijを用いてマハラノビス距離D2(以下「MD値」という)を求める(図6のステップSB4)。MD値D2は、以下の(7)式を用いて算出される。
【0074】
ここで、kは、「被診断データファイル」の特性項目数、つまり、列の数であり、MD値は「被診断データファイル」のデータセット毎(行毎)に算出される。
【0075】
【数5】

【0076】
ここで、ある計測時間のMD値を計算する場合は、規格化された「被診断データファイル」のある計測時間に相当するデータ行i(iは1〜nのいずれか)番目を指定して、そのi行の各列の値であるYi1からYikを式(7)に代入して計算する。このようにして、「被診断データファイル」の行の数、換言すると、データセットの数だけMD値が求められる。
このようにして、診断対象の「1.離陸前の駐機」のMD値が求められると、この算出結果は、異常判定部32に出力される。異常判定部32は、入力された各MD値D2と予め設定されている閾値(任意に設定可能な値であり、例えば、3)とをそれぞれ比較し、MD値D2が閾値よりも大きいか否かを判定する(図5のステップSA8)。この結果、閾値よりも大きいMD値D2が所定割合以上存在した場合には、診断対象の機体が異常状態であるとして、異常信号を出力する。これにより、通知部33により、機体の異常がユーザに通知される(図5のステップSA9)。
【0077】
一方、ステップSA8において、閾値を越えるMD値D2が所定割合以下であった場合には、本機体の状態は正常であるとして、図5のステップSA1に戻り、次の運行工程である「2.タキシング」に関する被診断データファイルと基準データファイルとが診断ファイル構築部30によって構築され、この構築された被診断データファイルと基準データファイルとを用いて、診断対象の「2.離陸前のタキシング」に係る健全性診断処理が行われる。
【0078】
そして、同様の処理が「3.離陸」〜「7.着陸後の駐機」についても行われることにより、例えば、図8に示すような診断結果が得られ、表示部に表示される。図8は、診断対象である航空機の1回の飛行パターンにおける運行時間に対するMD値を示した図であり、横軸に運行時間が、縦軸にMD値が示されている。また、図8において、各カッコ内の数字は、それぞれ第1クラス分類の識別番号を示している。図8では、「4.巡航」のときに、MD値が閾値以上となっており、異常が発生していることがわかる。
【0079】
以上、説明してきたように、本実施形態に係る航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラムによれば、クラス分類された実測値である「基準データファイル」との比較にて、航空機の健全性をMD値にて定量的に判定できるため、経験や知見に基づく定性的な評価に代えて、適切な評価を実現することが可能となる。
【0080】
なお、上記実施形態においては、複数の航空機の計測データファイルを収集し、これらのデータを用いて各航空機の健全性を診断する場合について述べたが、自機の計測データファイル及びフライトルートデータファイルのみを用いて健全性診断を行うこととしてもよい。このように、自機のデータのみを用いることにすれば、取り扱うデータ量を少なくすることができるとともに、リアルタイムによる健全性診断が可能となる。
【0081】
つまり、自機のデータのみを用いることとすれば、他の航空機とのデータのやり取りが不要となるため、例えば、航空機の健全性診断装置10を機体に搭載することが可能となる。このようにすることで、リアルタイムに健全性診断が行われ、着陸後には健全性診断結果に基づき速やかにメンテナンス等を実施することが可能となる。これにより、地上におけるメンテナンス時間を短縮することができ、高効率で機体を運用させることが可能となる。
【0082】
更に、飛行中における健全性診断が可能となるため、例えば、鳥衝突、乱気流に起因する突発的な損傷を受けた場合には、その時点で異常を検知することが可能となる。従って、飛行中に無線、衛星通信等の手段により機外の関係する整備場、指揮所等にその旨を通知しておくことで、着陸後における修理を迅速に執り行うことが可能となる。
【0083】
また、上述した実施形態においては、第1記憶部26に格納されているデータを用いて第2記憶部29に格納する正常データを作成していたが、第2記憶部29に格納される正常データについては、この例に限定されることはない。例えば、所定のシミュレーションソフトウェア等によって演算された正常データを用いることとしてもよい。
【0084】
また、上記実施形態においては、図5に示すように、ステップSA1からステップSA9までの処理を一連の処理として説明したが、正常データファイルの生成処理まで、つまり、第1記憶部26にデータを格納する処理及び第2記憶部29にデータを格納する処理を航空機の健全性を診断するために必要となる前処理として取り扱い、基準データファイル及び被診断データファイルの設定以降の処理、具体的には、図5のステップSA6からステップSA9の処理については、航空機の健全性を診断する本処理として取り扱ってもよい。そして、前処理と本処理とは、時間差があってもよく、また、異なるコンピュータによって実現されることとしてもよい。
【0085】
また、上述の説明では、運行パターンに関するクラス分類である第1クラス分類が、被診断データファイルと同一の正常データを第2記憶部29から抽出して「基準データファイル」を構築したが、これに代えて、例えば、診断対象と同じ機種であって、かつ、第1クラス分類が同一である正常データを第2記憶部29から抽出して、「基準データファイル」を構築してもよい。
【0086】
また更に、診断対象と同じ機種であって、且つ、診断対象と飛行回数が近く、即ち、診断対象と第3クラス分類が同一であり、且つ、診断対象と第1クラス分類が同一である正常データのみを第2記憶部29から抽出して基準データファイルを構築することとしてもよい。例えば、図9に示すように、運行期間(飛行回数)が異なると、荷重の蓄積も多くなることから機体の歪み特性等が変化し、基準空間が徐々に移動することとなる(N=3000の基準空間を参照)。従って、診断対象と同じまたは似たような環境・状態にある他の航空機の基準データを抽出して基準データファイルを構築することで、健全性の診断精度を更に高めることが可能となる。
【0087】
また、診断対象と同じ機種であって、かつ、第3クラス分類が同一であり、かつ、第1クラス分類が同一であり、かつ、就航ルートが同じである、換言すると、第2クラス分類が同一である正常データのみを第2記憶部29から抽出して、基準データファイルを構築することとしてもよい。このように、就航ルートも加味することで、診断精度をより高めることが可能となる。
【0088】
また、上述のように、クラス分類にこだわらずに、第2記憶部29に格納されている正常データを全て抽出して基準データファイルを構築することとしてもよい。このように、あらゆる状態における正常データを用いて基準データファイルを構築することにより、あらゆる機種、運行状況を考慮して、広い観点から対象機体の健全性を診断することが可能となる。
【0089】
上記の如く、本発明において、基準データファイルを構築する際の正常データの抽出条件については、任意に設定できるものであり、第1クラス分類、第2クラス分類、第3クラス分類(機種)を考慮して任意に設定することができる。そして、本発明では、基準空間が変化する要因となる運行工程、就航ルート、運行期間に基づいてクラス分けを行うので、各データセットを適切なクラスに分割することができ、精度の高い健全性診断を実現させることができる。
【0090】
また、本実施形態では、クラス分類部25において、被診断データファイルを生成していたが、これに代えて、データ生成部23において被診断データファイルの生成を行い、クラス分類部25において該被診断データファイルに対するクラス分類のフラグ付けを行うこととしてもよい。
【0091】
また、本実施形態では、正常データ抽出部28によって自動的に正常データファイルが生成される場合について述べたが、第2記憶部29に格納される正常データファイルの生成方法については特に限定されない。
例えば、作業者が判別条件に合致するデータセットを被診断データファイルの中から抽出することとしてもよい。また、第1記憶部26に格納されている被診断データファイルではなく、フライトデータベース22及び計測データベース21に格納されているそれぞれのデータに基づいて、他のシミュレーション装置、或いは、作業者自身が正常データファイルを作成することとしてもよい。つまり、第2記憶部29には、マハラノビス・タグチメソッドにおける単位空間を生成するために必要となるデータが格納されていればよく、その生成手法については特に限定されない。
【0092】
〔第2の実施形態〕
次に、本発明の第2の実施形態に係る健全性診断装置について説明する。
上述した第1の実施形態に係る健全性診断装置において、異常判定部31によって異常が検知された場合、どの特性項目がその異常状態に関与しているのか、または関与してないのかを定量的に特定する必要性が出てくる。本実施形態は、その要求に鑑み提案されたものである。
【0093】
本実施形態では、上述した第1の実施形態に係る健全性診断装置において、図10に示すように、異常判定部32によって異常が判定された場合に、その異常の要因分析を行う要因分析部(要因分析手段)50を更に備えている。以下、本実施形態の健全性診断装置について、第1の実施形態と共通する点については説明を省略し、異なる点である「要因効果解析」について主に説明する。
【0094】
本実施形態の「要因効果解析」とは、例えば、診断データを構成する特性項目が200項目あったとして、そのうちのどの特性項目がMD値の長短に影響を及ぼしているかを定量的に解析し、図11のように要因効果解析の出力値であるSN比利得の大小でランクアップ表示することである。
【0095】
以下、図12を用いて要因効果の指標値である各特性項目のSN比利得の算出方法について説明する。説明の便宜上、図12では特性項目が5種類の場合を例に挙げ、その5種類の各特性項目を「使う○」、「使わない×」の2水準の直交表に割り付けて、その5種類の特性項目の「使う○」、「使わない×」の12通りの組み合わせ条件(直交表の行No.)に合わせて、それぞれの条件でMD値の算出処理(図6参照)を行い、5個の特性項目からなる被診断データファイルにおける各データセットのMD値を算出する。
【0096】
例えば、異常判定部32で被診断データファイルの異常と判定された計測時間区間に係るデータ行数が2行であった場合、各行に対して、それぞれ12通りの特性項目の「使う○」、「使わない×」の場合分けでMD値が算出される。結果として、12通り×2個のMD値D2(1)、D2(2)が図12の直交表の右端に算出結果として追加される。これらのMD値D2(1)、D2(2)から以下の(8)式を用いて、12通りの組み合わせのSN比ηを算出する。
【0097】
【数6】

【0098】
ここで、nは要因効果対象のデータ数(行数)であり、本例ではn=2である。
式(8)で算出された12通りのSN比η〜η12の結果は、図13のように、直交表の右端に追加される。これで要因効果の各特性項目(特性項目1から特性項目5)についてのSN比利得を算出する準備が整ったこととなる。
具体的には、航空機の特性項目に併せて考えれば、例えば、「特性項目1=高度」、「特性項目2=対地速度」、「特性項目3=気圧」、「特性項目4=温度」、「特性項目5=左主翼歪み」等のように、当てはめて考えて良い。
【0099】
以下、要因分析部50によって行われる、上記SN比の算出、並びに、SN比を用いた要因分析について詳しく説明する。
【0100】
〔SN比の算出〕
以下の式に表されるように、異常診断データファイルにおける要因効果分析で求める特性項目1〜5のSN比利得ηc1〜ηc5とは、その特性項目を使った組み合わせの時(○)のSN比と使わなかった組み合わせの時(×)のSN比の差分である。
【0101】
【数7】

【0102】
これにより、SN比利得が大きい特性値ほど、異常に関与している可能性が高いことが判定できる。上記式に代入するηc(○、×)の値は、図13の補助表一覧にあるSN比の値を図12の直交表での計算値を用いて、それぞれの平均値を用いる。
【0103】
〔要因分析〕
要因分析部50は、各特性項目に対する要因効果の寄与率を式(9)の利得に基づいて定量化することで、被診断データファイルの複数ある特性項目から異常の要因に寄与している可能性の高い特性項目を選定し、この要因効果の結果を通知部33に出力する。これにより、通知部33によって要因分析部50の解析結果がユーザに通知される。
【0104】
図11は、要因分析結果を示す表示画面の一例を示した図である。利得が大きな値を示す特性項目ほど、今回検出された異常発生の要因となり得ることを示している。
【0105】
以上説明してきたように、本実施形態に係る航空機の健全性診断装置及び方法並びにプログラムによれば、航空機の状態異常が検出された場合に、その異常の要因となる可能性の高い特性項目を分析し、その分析結果をユーザに通知することが可能となる。これにより、異常発生に対する適切な対応を速やかにとることが可能となる。
【0106】
なお、上述した要因分析部50によって求められた要因分析結果を、メンテナンスやアフターサービスなどに採用することとしてもよい。このように、要因分析結果を二次的に利用することにより、異常の前兆を発見することが可能となるので、機器の交換等の重大な異常の発生を未然に防ぐことが可能となる。これにより、異常発生に起因する航空機の運行効率の低減を防止することが可能となるとともに、保全費を削減させることが可能となる。
【0107】
〔第3の実施形態〕
次に、本発明の第3の実施形態に係る航空機の健全性診断装置について説明する。
上述した各実施形態においては、基準データファイルとして正常データファイルを用いていた。本実施形態では、これに代えて、基準データファイルとして異常データファイルを用いることにより、上述したMD値を算出する。そして、このMD値が所定の閾値よりも小さかった場合に、異常が発生していると判定する。
【0108】
このように、異常データファイルを基準データファイルとして用いることにより、例えば、多様な異常・故障状態を単位空間において分別してMD値を算出することで、上述した第2の実施形態のように、要因効果分析を行うことなく、どの特性項目の被診断データがどのような異常を示しているのかを容易に特定することが可能となる。
【0109】
〔第4の実施形態〕
次に、本発明の第4の実施形態に係る航空機の健全性診断装置について説明する。
本実施形態に係る航空機の健全性診断装置では、上述した第1の実施形態において指標値算出部31によって算出されたMD値の時間的推移に基づいて診断対象のメンテナンス時期並びにリタイア時期を決定する。例えば、図14に示すように、横軸を運行回数、縦軸を平均MD値とし、機体ID毎にMD値の時間的推移を求める。このように、横軸に運行回数をとることにより、各機体の経年劣化の様子が把握できる。また、オーバーオール点検時期を示す閾値Xと、リタイア時期を示す閾値Yとを設定し、MD値が閾値Xを超えた時点でオーバーオール点検を行うこととし、閾値Yを超えた時点で当該機体を処分する。
【0110】
このように、MD値に基づいて、メンテナンス時期やリタイア時期を決定することで、機体毎に適切なメンテナンス時期等を設定することが可能となる。また、就航ルートによって荷重の受け方が異なるため、就航ルートに応じてMD値の傾きが異なる。従って、例えば、風が強く、荷重を受けやすい就航ルートに適用することにより、MD値の傾きが急激に増加したり、また、何度か機体メンテナンスを行うことにより、荷重に対する耐性が初就航時に比べて低下してきた場合には、MD値の傾きがゆるい、つまり、荷重を受けにくい穏やかな就航ルートに変更することで、機体が寿命を迎えるまで、機体を効率的に利用することが可能となる。
【0111】
〔第5の実施形態〕
次に、本発明の第5の実施形態に係る航空機の健全性診断装置について説明する。
本実施形態に係る航空機の健全性診断装置では、MT法を用いずに健全性異常の発生を検知する点で上述した各実施形態に係る健全性診断装置と異なる。
以下、本実施形態に係る健全性診断装置について説明する。
【0112】
本実施形態に係る健全性診断装置では、機体構造の複数の主要部に歪み(荷重)を計測する荷重計測計を設け、これらの荷重計測計によって計測された荷重の比率が初期段階における値に比べて所定値以上変化した場合に、この部位に何らかの損傷による異常が発生したことを検知する。
例えば、図15に示すように、主翼の付け根部分に対象部位を2箇所設定し、これらの対象部位における荷重の比率を算出する。図16に運行時間に対する荷重比率A/Bの時系列変化を示す。運行当初の荷重比率A/Bを基準値とし、この基準よりも所定範囲以上変化した場合に、異常発生と判断する。
【0113】
また、上述のように、異常発生が検知された場合には、MT法を用いて異常の原因を特定する。例えば、主翼の異常原因として、複合材のき裂、損傷、剥離等が考えられる。そこで、このような損傷形態を人工的に作成し、そのときの荷重データを取得する。続いて、このようにして取得した各損傷形態に係る荷重データからなるデータファイルを用いて、上記MT法における「基準データファイル」をそれぞれ損傷形態毎に構築するとともに、実際の荷重データを用いて上記「被診断データファイル」を構築し、この被診断データファイルを損傷形態毎の「基準データファイル」と比較することにより、MD値を求める。そして、各損傷形態において、MD値が最も小さい値を示したときの損傷形態を今回の損傷形態であると特定する。このように、MD法を用いることで損傷形態を容易に特定することができる。
【0114】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る航空機の健全性診断装置のハード構成を示した図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る航空機の健全性診断装置の機能を展開して示した機能ブロック図である。
【図3】計測データベース内に格納される計測データファイルについて説明するための図である。
【図4】被診断データファイルの一例を示した図である。
【図5】本発明の第1の実施形態における航空機の健全性診断装置の動作フローを示したフローチャートである。
【図6】健全性指標値の算出処理の手順を示したフローチャートである。
【図7】マハラノビス距離の算出処理で用いられる各データについて説明するための説明図である。
【図8】健全性指標値の評価結果の一例を示した図である。
【図9】運行期間の違いによる基準空間の変化について説明するための図である。
【図10】本発明の第2の実施形態に係る航空機の健全性診断装置の機能を展開して示した機能ブロック図である。
【図11】要因分析結果の一例を示した図である。
【図12】本発明の第2の実施形態で用いられる2水準の直交表の一例を示した図である。
【図13】図12に示した2水準の直交表に、MD値及びSN比利得が追記された図である。
【図14】MD値の時間的推移を示した図である。
【図15】荷重センサを設置する対象部位の一例を示した図である。
【図16】本発明の第5の実施形態に係る航空機の健全性診断装置に係る異常検知について示した図である。
【符号の説明】
【0116】
11 CPU
12 主記憶装置
13 補助記憶装置
14 入力装置
15 出力装置
16 通信装置
10 航空機の健全性診断装置
21 計測データベース
22 フライトデータベース
23 データ生成部
24 クラス分類定義部
25 クラス分類部
26 第1記憶部
27 正常データ条件定義部
28 正常データ抽出部
29 第2記憶部
30 診断ファイル構築部
31 指標値算出部
32 異常判定部
33 通知部
50 要因分析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断する航空機の健全性診断装置であって、
計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納されているとともに、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットには、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報が付与されて格納されている第1記憶手段と、
計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納されているとともに、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットには、前記クラス分類を示す識別情報が付与されており、かつ、前記データセットを構成する特定の前記特性項目の特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属している第2記憶手段と、
前記第1記憶手段から診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2記憶手段から前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する診断ファイル構築手段と、
前記診断ファイル構築部によって構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する指標値算出手段と、
前記指標値算出手段によって算出された健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する評価手段と、
前記評価手段による評価結果を通知する通知手段と
を備える航空機の健全性診断装置。
【請求項2】
前記クラス分類は、1回の飛行パターンを複数の工程に分けたときの飛行工程に基づいて決定される請求項1に記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項3】
前記クラス分類は、運行期間または飛行回数に応じて決定される請求項1に記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項4】
前記クラス分類は、就航ルートに応じて決定される請求項1に記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項5】
前記第2記憶手段に格納される複数の前記データセットは、前記第1記憶手段に格納されている複数のデータセットのうち、前記特定の特性項目に係る特性値が予め設定されている基準範囲に属するデータセットのみが抽出されたものである請求項1から請求項4のいずれかに記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項6】
前記指標値算出手段は、前記診断ファイル構築手段によって設定された前記基準データファイルの特性分布を求めるとともに、前記被診断データファイルの特性分布を求め、互いの特性分布が乖離している距離を定量的に求めることで前記健全性指標値を算出する請求項1から請求項5のいずれかに記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項7】
前記指標値算出手段により算出される前記健全性指標値は、マハラノビス・タグチメソッドを用いて算出されるマハラノビス距離である請求項6に記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項8】
前記評価手段によって異常が発生していると評価された場合に、その異常の要因分析を行う要因分析手段を備える請求項1から請求項7のいずれかに記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項9】
前記指標値算出手段により算出される前記健全性指標値の推移に基づいて、航空機のメンテナンス時期を決定する請求項1から請求項8のいずれかに記載の航空機の健全性診断装置。
【請求項10】
航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断する航空機の健全性診断方法であって、
計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納された第1データファイルを作成する過程と、
前記第1データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報を付与する過程と、
特定の特性項目に関する特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属しているとともに、各特性項目の特性値が計測時間に関連付けられている第2データファイルを作成する過程と、
前記第2データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、前記クラス分類を示す識別情報を付与する過程と、
前記第1データファイルから診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2データファイルから前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する過程と、
構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する過程と、
前記健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する過程と、
前記評価結果を通知する過程と
を有する航空機の健全性診断方法。
【請求項11】
航空機に設けられた複数のセンサによって計測された計測データに基づいて作成される特性値を用いて、前記航空機の健全性を診断するのに使用される航空機の健全性診断プログラムであって、
計測時間に関連付けられた複数の特性値が特性項目別に格納された第1データファイルを作成する処理と、
前記第1データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、フライト状況に応じて決定されるクラス分類を示す識別情報を付与する処理と、
特定の特性項目に関する特性値が予め定義されている所定の基準範囲に属しているとともに、各特性項目の特性値が計測時間に関連付けられている第2データファイルを作成する処理と、
前記第2データファイルにおいて、同じ計測時間に関連付けられている特性値を一つのデータセットとした場合に、該データセットに、前記クラス分類を示す識別情報を付与する処理と、
前記第1データファイルから診断に用いる複数の前記データセットを抽出して被診断データファイルを構築するとともに、前記第2データファイルから前記被診断データファイルと比較される複数の前記データセットを前記クラス分類に基づいて抽出して基準データファイルを構築する処理と、
構築された前記被診断データファイル及び前記基準データファイルを元に、統計的演算手法を用いて、前記航空機の健全性を示す健全性指標値を算出する処理と、
前記健全性指標値に基づいて、前記航空機の健全性を評価する処理と、
前記評価結果を通知する処理と
をコンピュータに実行させるための航空機の健全性診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−274588(P2009−274588A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127701(P2008−127701)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)経済産業省委託「次世代航空機用構造部材創製・加工技術開発」に係る「光相関ブリルアン散乱計測法による航空機構造センシング技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)