説明

船体の消磁コイル組合せ導出方法

【課題】船体磁気模型を製作することなく、船体内に設ける候補となる消磁コイルの中から選択した各消磁コイルに通電した場合の任意の調定面又は調定線における消磁状態を船舶設計段階からシミュレーションすることができ、これにより前記調定面又は調定線における船体外部磁場が最も小さくなる消磁コイルの組合せを導出することの可能な船体の消磁コイル組合せ導出方法を提供する。
【解決手段】船体の数値計算モデルを作成しST1、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの数値計算モデルを作成しST2、消磁対象となる調定面又は調定線を設定しST3、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの中のm本の消磁コイルの組合せST8の全てについて最適パラメータ探索法により消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dが最小となる最適消磁電流値を特定するST11。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の(例えば鋼鉄製の)船体内に設ける各消磁コイルに通電した場合の消磁状態をシミュレーションし、船体内に設ける消磁コイルの組合せを導出する、船体の消磁コイル組合せ導出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼鉄等の磁性体によって構成された船体を有する船舶の外部磁場は大別して、鋼材自身による永久磁場と、船体自身が地球磁場によって誘起される誘導磁場とから成り、これらが重畳して船体外部磁場を形成している。
【0003】
船舶から発生するこれら船体外部磁場を消磁するために船体内に設置される消磁コイルは、設置後に配置箇所の変更を行うことはできない。そのため、設計段階から船体外部磁場をできるだけ正確に見積もり、その船体外部磁場を最も効率的かつ効果的に消磁できるような消磁コイルの配置箇所を決定する必要がある。
【0004】
従来は、新造船舶の設計時に消磁コイルの配置箇所を決めるために、船体磁気模型を製作し、設置予定の本数以上の候補消磁コイルを模型内に設置し、模型の周辺磁場を計測し、消磁コイルの組合せの各々における消磁効果を検討し、実際に設置する消磁コイルの配置箇所を決定していた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の方法では、船体磁気模型の製作に、職人による高度な技術と高額な経費、長い製作期間が必要となる。また、船体磁気模型内に設置できる候補消磁コイルの数には限界があり、かつ船体形状や消磁コイル配置箇所の変更は実際の船舶と同様に不可能である。
【0006】
さらに、消磁の効果を評価するには、磁気模型の周辺磁場を計測する大規模な磁場計測装置が必要であり、船体磁気模型内の消磁コイルの消磁電流調定作業には技術者の労力と時間が多大にかかる。そのうえ、技術者の技量により消磁の効果に差が生じ、消磁状態の船体外部磁場は理想値とのずれが大きくなりがちである。
【0007】
さらに、磁場計測装置における磁気検出器の取付け可能位置には限りがある中で、その測定値をそのまま消磁電流の調定に用いるために、例えばより深深度の船体外部磁場や上方あるいは側方の船体外部磁場を対象とした消磁電流の調定を行うことはできない。
【0008】
本発明はこうした状況を認識してなされたものであり、その目的は、従来のように船体磁気模型を製作することなく、船体内に設ける候補となる消磁コイルの中から選択した各消磁コイルに通電した場合の任意の調定面又は調定線における消磁状態を船舶設計段階からシミュレーションすることができ、これにより前記調定面又は調定線における船体外部磁場が最も小さくなる消磁コイルの組合せを導出することの可能な、船体の消磁コイル組合せ導出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様は、船体の消磁コイル組合せ導出方法である。この方法は、
船体の数値計算モデルを作成するステップと、
前記船体内に設ける候補となるn本の消磁コイルの数値計算モデルを作成するステップと、
消磁対象となる調定面又は調定線を設定するステップと、
前記調定面又は調定線における各消磁コイル非通電時の船体外部磁場を数値シミュレーション法により推定するステップと、
前記調定面又は調定線における、各消磁コイルの発生する単位電流あたりの磁場である各消磁コイル効果磁場を、数値シミュレーション法により推定するステップと、
前記n本の消磁コイルの中からm本(m<n)を選択するステップと、
前記調定面又は調定線における前記選択したm本の消磁コイル通電時の船体外部磁場が最小となる消磁電流値を最適パラメータ探索法を用いて特定するステップとを有し、
前記選択するステップ及び前記特定するステップを、m本の消磁コイルの組合せを変更して複数回実行し、前記調定面又は調定線におけるm本の消磁コイル通電時の船体外部磁場が最も小さくなるm本の消磁コイルの組合せを導出することを特徴としている。
【0010】
ある態様の方法において、前記選択するステップ及び前記特定するステップを合計nm回実行してもよい。
【0011】
ある態様の方法において、前記n本の消磁コイルを複数のグループに分け、前記選択するステップでは各グループから所定数ずつ合計m本の消磁コイルを選択してもよい。
【0012】
ある態様の方法において、前記数値シミュレーション法が積分方程式法であるとよい。
【0013】
ある態様の方法において、前記数値シミュレーション法が有限要素法であるとよい。
【0014】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が遺伝的アルゴリズムであるとよい。
【0015】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が最急降下法であるとよい。
【0016】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が焼き鈍し法であるとよい。
【0017】
ある態様の方法において、前記最適パラメータ探索法が最小2乗法であるとよい。
【0018】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現をシステムやプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、候補となる消磁コイルの数値計算モデルを作成し、消磁対象となる調定面又は調定線を設定し、候補となる消磁コイルの中から複数パターンの消磁コイルの組合せを選択して、それぞれの組合せについて最適パラメータ探索法により最適な消磁電流値を特定するので、従来のように船体磁気模型を製作することなく、船体内に設ける各消磁コイルに通電した場合の任意の調定面又は調定線における消磁状態を船舶設計段階からシミュレーションすることができ、これにより最終的に前記調定面又は調定線における船体外部磁場が最も小さくなる消磁コイルの組合せを導出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態に係る船体の消磁コイル組合せ導出方法の手順説明図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態を詳述する。なお、各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理等には同一の符号を付し、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は発明を限定するものではなく例示であり、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0022】
図1は、本発明の実施の形態に係る船体の消磁コイル組合せ導出方法の手順説明図である。以下の各ステップは、基本的に、コンピュータとソフトウェアの協働によって実現される。
【0023】
始めに、積分方程式法や有限要素法等の数値シミュレーション法に対応した船体3次元計算モデルを作成する(ST1)。また、実際の設置予定本数よりも多いn本の候補消磁コイルC1〜Cnの数値計算モデルを作成する(ST2)。次に、消磁をしたい調定面又は調定線を設定する(ST3)。なお、この調定面又は調定線は、船体下部だけではなく、上部、前部、後部、右部、左部その他についても任意に設定可能である。続いて、積分方程式法や有限要素法等の数値シミュレーション法により、ST3で設定した調定面又は調定線における各消磁コイル非通電時(非消磁状態)の船体外部磁場ベクトルHN/Dを推定計算する(ST4)。同様に数値シミュレーションにより前記調定面又は調定線における、各消磁コイルの発生する単位電流あたりの磁場である各消磁コイル効果磁場ベクトルHC1〜HCnを推定計算する(ST5)。
【0024】
次に、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの中から選択する消磁コイルの数mを設定する(ST6)。このとき、当然であるが選択消磁コイル数mは候補消磁コイル数n未満となる。また、選択したm本の消磁コイル通電時(消磁状態)の船体外部磁場ベクトルHF/Dの推定計算値を格納するための変数HF/D_MINに初期値Kを代入する(ST7)。なお、この初期値Kは、後述のステップで求める船体外部磁場ベクトルHF/Dの推定計算値よりも大きい任意の値である。
【0025】
続いて、n本の候補消磁コイルの中から選び出すm本の消磁コイルの組合せを設定する(ST8)。ちなみに上記の組合せ総数は、nm通りになる。ここで、n本の消磁コイルの電流値をそれぞれiC1〜iCnとすると、ST3で設定した調定面又は調定線における、選択したm本の消磁コイル通電時(消磁状態)の船体外部磁場ベクトルHF/Dは、
【数1】

となる。
【0026】
以降、上記式1で示される消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dが最小となるようなm個の電流値iCmを遺伝的アルゴリズム(GA:GeneticAlgorithms)や最急降下法、焼き鈍し法、最小2乗法等の最適パラメータ探索法で求めることになる。いずれも公知の手法のため詳細な説明は省略するが、ここでは一例として、最急降下法を用いた場合の適応例を記述する。
【0027】
まず、m本の消磁コイルの各電流値iCmを仮設定する(ST9)。次に、仮設定した電流値における消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dを式1により算出する(ST10)。その消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dの例えば最大値を記憶しておき、その値が徐々に少なくなり、最後に収束するまで各消磁コイルの電流値を少しずつ変化させ、収束したときの電流値が最適消磁電流値となり、ST8で選択したm本の消磁コイルの組合せにおける最適な消磁電流値と消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dが特定される(ST11)。なお、船体外部磁場ベクトルHF/Dが最小とは、例えば、船体外部磁場ベクトルHF/Dのx成分,y成分もしくはz成分のいずれか又はそれら3成分の2乗平均の、ST3で設定した調定面又は調定線における平均値ないし最大値が最小であることをいう。
【0028】
次に、ST12においてHF/D<HF/D_MINであるときは、HF/D_MINにHF/Dを代入し(ST13)、そのときのm本の消磁コイルの組合せと最適消磁電流値を記憶する(ST14)。次に、全ての消磁コイルの組合せで最適な消磁電流値を計算したかを判定し(ST15)、未計算の組合せがあればST8〜ST15を再度実施し、なければ消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dが最も小さくなったm本の消磁コイルの組合せとそのときの最適消磁電流値及び船体外部磁場ベクトルHF/Dを出力する(ST17)。
【0029】
なお、ST4における非消磁状態の船体外部磁場ベクトルHN/Dの推定計算に関し、積分方程式法又は有限要素法といった数値解析手法では船体の数値計算モデルを作成して船体に地磁気が印加されることによる誘導磁気を計算することが可能である一方、船体の有する永久磁気についてはどのように計算するかが問題となる。しかし、実際には、船体には永久磁気を除去する脱磁処理(船体に幾巻きかの胴巻輪線を装着してそれらに電流の極性を正負に変えながらその大きさを漸減して通電する(つまり磁場を印加する)脱磁処理)が施されるので、船体の永久磁気はゼロとして船体外部磁場ベクトルHN/Dを推定計算することが可能である。あるいは、脱磁処理後の残留永久磁気をシミュレーションで推定計算し、その計算値を船体の永久磁気の値として船体外部磁場ベクトルHN/Dを推定計算してもよい。
【0030】
本実施の形態によれば、下記の効果を奏することができる。
【0031】
(1) 船体の数値計算モデルを作成し、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの数値計算モデルを作成し、消磁対象となる調定面又は調定線を設定し、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの中のm本の消磁コイルの組合せの全てについて最適パラメータ探索法により消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dが最小となる最適消磁電流値を特定するので、従来のように船体磁気模型を製作することなく、船体内に設ける各消磁コイルに通電した場合の任意の調定面又は調定線における消磁状態を船舶設計段階からコンピュータによりシミュレーションすることができ、これにより最終的に前記調定面又は調定線における船体外部磁場ベクトルHF/Dが最も小さくなるm本の消磁コイルの組合せとその場合の最適消磁電流値、消磁状態の船体外部磁場ベクトルHF/Dを導出することが可能となる。
【0032】
(2) 消磁コイル配置箇所の決定(計算)においては、船体の設計図があれば船体数値計算モデルの作成は船体磁気模型の製作より容易である。したがって、船体磁気模型の製作のための職人による高度な技術と高額な経費、長い製作期間が必要なく、消磁コイル配置箇所の決定のための時間及びコストを節約できる。
【0033】
(3) 候補消磁コイルの数には理論上制限がなく、船体数値計算モデルの形状や候補消磁コイルの配置変更が容易である。
【0034】
(4) 消磁の効果の評価においては、消磁電流調定が全て自動化され、船体磁気模型内の消磁コイルの消磁電流調定作業が不要なため、時間が短縮され、技量によらず誰でも簡単に様々な消磁コイル配置を短時間で試すことが可能となる。また、候補消磁コイルのモデルを同じにすれば技術者の技量により消磁の効果に差が生じることもない。さらに、消磁の効果を評価するために大規模な磁場計測装置は不要である。
【0035】
(5) コンピュータによるシミュレーションのため、より深深度の船体外部磁場や上方あるいは側方の船体外部磁場を対象とした消磁電流の調定を行うことができる。
【0036】
以上、実施の形態を例に本発明を説明したが、実施の形態の各構成要素や各処理プロセスには請求項に記載の範囲で種々の変形が可能であることは当業者に理解されるところである。以下、変形例について触れる。
【0037】
実施の形態で説明したように、n本の候補消磁コイルC1〜Cnの中から選び出すm本の消磁コイルの組合せ総数はnm通りあるが、変形例では候補消磁コイルC1〜Cnを複数のグループに分けて組合せ数を減らしてもよい。例えば、船体全体に及ぶように敷設する首尾線方向、横方向、垂直方向の磁場を発生する消磁コイルの各グループと、船首付近等の局所的な外部磁場を消磁するために敷設する消磁コイルのグループ等に分け、各グループから所定数ずつ合計m本の消磁コイルを選択するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0038】
1〜Cn 消磁コイル
C1〜iCn 消磁電流値
C1〜HCn 消磁コイル効果磁場ベクトル
N/D 船体外部磁場ベクトル(非消磁状態)
F/D 船体外部磁場ベクトル(消磁状態)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の数値計算モデルを作成するステップと、
前記船体内に設ける候補となるn本の消磁コイルの数値計算モデルを作成するステップと、
消磁対象となる調定面又は調定線を設定するステップと、
前記調定面又は調定線における各消磁コイル非通電時の船体外部磁場を数値シミュレーション法により推定するステップと、
前記調定面又は調定線における、各消磁コイルの発生する単位電流あたりの磁場である各消磁コイル効果磁場を、数値シミュレーション法により推定するステップと、
前記n本の消磁コイルの中からm本(m<n)を選択するステップと、
前記調定面又は調定線における前記選択したm本の消磁コイル通電時の船体外部磁場が最小となる消磁電流値を最適パラメータ探索法を用いて特定するステップとを有し、
前記選択するステップ及び前記特定するステップを、m本の消磁コイルの組合せを変更して複数回実行し、前記調定面又は調定線におけるm本の消磁コイル通電時の船体外部磁場が最も小さくなるm本の消磁コイルの組合せを導出することを特徴とする、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記選択するステップ及び前記特定するステップを合計nm回実行する、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法において、前記n本の消磁コイルを複数のグループに分け、前記選択するステップでは各グループから所定数ずつ合計m本の消磁コイルを選択する、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の方法において、前記数値シミュレーション法が積分方程式法である、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の方法において、前記数値シミュレーション法が有限要素法である、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法において、前記最適パラメータ探索法が遺伝的アルゴリズムである、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項7】
請求項1から5のいずれかに記載の方法において、前記最適パラメータ探索法が最急降下法である、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項8】
請求項1から5のいずれかに記載の方法において、前記最適パラメータ探索法が焼き鈍し法である、船体の消磁コイル組合せ導出方法。
【請求項9】
請求項1から5のいずれかに記載の方法において、前記最適パラメータ探索法が最小2乗法である、船体の消磁コイル組合せ導出方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−111085(P2011−111085A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270874(P2009−270874)
【出願日】平成21年11月28日(2009.11.28)
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)