説明

船舶及びキャビテーション雑音の遮断方法

【課題】プロペラキャビテーション雑音の水中音響機器への伝播を、多大なエネルギーを要することなく低減する遮断方法を提供する。
【解決手段】船舶に、最短伝播平面と船体の外表面との交線に気体を吹き出すように構成されている回折波遮断機構が設けられる。最短伝播平面は、プロペラの表面のキャビテーションが発生する領域に規定された音源点8aと、水中音響機器に規定された受音点3aとを結ぶ直線を含む伝播平面のうち、伝播平面と船体2の外表面との交線12aと、交線12aの端と音源点8aを結ぶ線分12bと、交線12bの他の端と受音点3aとを結ぶ線分12cとからなる伝播経路12を最短にする伝播平面である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶及びそれに適用されるキャビテーション雑音の遮断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船用プロペラが船体後方の不均一な流れの中で作動すると、プロペラ周辺の海水が気化するキャビテーションと呼ばれる現象が発生することが知られている。キャビテーションは、船体の振動等の様々な問題を引き起こすため、船舶の設計においてはキャビテーションに対する対策を行うことが望ましい。例えば、特開2003−127980号公報は、キャビテーションによる泡が崩壊しきれずに再成長し、再び崩壊する過程を繰り返す、いわゆるバースティング現象が発生した場合に船体振動を低減させるために、プロペラとその上方に位置する船底外板との間に所定幅、所定厚さの気泡層を作り出すための空気放出孔を船尾に設ける技術を開示している。
【0003】
出願人が見出したキャビテーションに起因する他の問題の一つは、水中音響機器(例えば、ソナー)を装備した船舶においては、キャビテーションが主要な雑音源となって水中音響機器の使用の妨げになるということである。キャビテーションによりプロペラに発生した雑音(以下、「キャビテーション雑音」という。)は、水中を伝播して水中音響機器に到達する。このキャビテーション雑音は、水中における音響測定の妨げになる。
【0004】
この問題に対する対処方法としては、上記の特開2003−127980号公報に開示された技術と同様に、プロペラ周りに空気を吹き込むことでキャビテーション雑音を遮断するという手法が考えられるかもしれない。しかしながら、プロペラ周りに大量の空気を吹き込む必要があり、多大なエネルギーを要する。加えて、多量の空気がプロペラに流れ込むことで、さらなるキャビテーションの発生を引き起こす可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−127980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、少量の気体(例えば、空気)の吹き出しでキャビテーション雑音の水中音響機器への伝播を低減するための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の観点では、船舶が、船体と、船体を推進する推進力を発生するためのプロペラと、水中音響機器と、遮断機構とを備えている。プロペラの表面のキャビテーションが発生する領域に規定された音源点と、水中音響機器に規定された受音点とを結ぶ直線を含む伝播平面のうち、伝播平面と船体の外表面との交線と、該交線の端と音源点を結ぶ線分と、該交線の他の端と受音点とを結ぶ線分とからなる伝播経路を最短にする伝播平面を最短にするものを最短伝播平面としたとき、遮断機構が、最短伝播平面と船体の外表面との交線に気体を吹き出すように構成されている。
【0008】
遮断機構は、該気体がプロペラに到達しないように該気体を吹き出す事が好ましい。
【0009】
一実施形態では、吹き出される気体が圧縮空気であり、遮断機構が、圧縮空気を生成するコンプレッサーと、コンプレッサーから圧縮空気を受けて最短伝播平面と船体の外表面との交線に圧縮空気を吹き出す空気吹き出し部とを備えている。このとき、コンプレッサーによって生成された圧縮空気を空気吹き出し部に供給する送気管が、コンプレッサーから船体の外表面の上端に到達し、上端から船体の外表面に沿って延伸して空気吹き出し部に到達するような構造を有していてもよい。
【0010】
他の実施形態では、遮断機構が、プロペラを駆動する主機から抽出された圧縮空気を受けて最短伝播平面と船体の外表面との交線に圧縮空気を吹き出す空気吹き出し部を備えている。
【0011】
更に他の実施形態では、遮断機構が、船体の外表面に沿って配設された管状部材を備えている。管状部材の管端は、船舶の満載喫水線よりも上方に位置しており、管状部材には、船舶の軽荷喫水線より下方の位置に空気吹き出し口が設けられており、管端から取り入れられた空気が上記の気体として空気吹き出し口から吹き出される。
【0012】
本発明の更に他の観点では、船体と、船体を推進する推進力を発生するためのプロペラと、水中音響機器と、遮断機構とを備える船舶について、プロペラの表面のキャビテーションに起因するキャビテーション雑音の水中音響機器への伝搬を低減するための遮断方法が提供される。この遮断方法では、最短伝播平面と船体の外表面との交線に気体が吹き出される。ここで、最短伝播平面は、プロペラの表面のキャビテーションが発生する領域に規定された音源点と、水中音響機器に規定された受音点とを結ぶ直線を含む伝播平面のうち、伝播平面と船体の外表面との交線と、該交線の端と音源点を結ぶ線分と、該交線の他の端と受音点とを結ぶ線分とからなる伝播経路を最短にする伝播平面である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、少量の気体の吹き出しでキャビテーション雑音の水中音響機器への伝播を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態の船舶の構成を示す側面図である。
【図2】本発明の一実施形態における、回折波の伝播経路を示す図である。
【図3】プロペラの表面に定められた音源点の例を示す図である。
【図4】本発明の他の実施形態の船舶の構成を示す側面図である。
【図5A】本発明の更に他の実施形態の船舶の構成を示す側面図である。
【図5B】図5Aの船舶の構成を示す正面図である。
【図6A】本発明の更に他の実施形態の船舶の構成を示す側面図である。
【図6B】図6Aの船舶の構成を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明の一実施形態における船舶1の構造を示す概念図である。船舶1は、船体2を備えており、その船体2には、水中音響機器3と主機4とが搭載されている。水中音響機器3は、水中において音響測定を行うための機器であり、例えば、ソナーを含んでいてもよい。水中音響機器3は、船体2の船底の、中央から船首側の位置に設置されている。主機4は、プロペラ6が取り付けられたシャフト5を駆動してプロペラ6を回転させ、これにより船体2を推進する推進力を発生する。ここで、プロペラ6が回転するとキャビテーション雑音がプロペラ6に発生し、水中音響機器3の使用の妨げとなり得ることは、上述の通りである。
【0016】
本実施形態では、水中音響機器3が、プロペラ6に発生したキャビテーション雑音が、船体2によって遮られて直線経路では届かないような位置に配置されている。しかしながら、キャビテーション雑音の音波は船体2の外表面に沿って回折するから、キャビテーション雑音は船体2の外表面に沿った経路で水中音響機器3に到達し得る。船体2の外表面に沿って回折して水中音響機器3に到達するキャビテーション雑音の音波を、以下では、回折波7と呼ぶことにする。水中音響機器3を適正に動作させるためには、水中音響機器3に到達する回折波7を低減させることが望ましい。
【0017】
本実施形態では、水中音響機器3に到達する回折波7を低減させるために、回折波遮断機構20が用いられる。回折波遮断機構20は、回折波7の伝播経路に空気を吹き出し、この空気によって回折波7を遮断する。より具体的には、本実施形態の回折波遮断機構20は、コンプレッサー21と、送気管22と、空気吹き出し部23とを備えている。コンプレッサー21は、圧縮空気を生成し、送気管22を通じて空気吹き出し部23に供給する。空気吹き出し部23には供給された空気を噴き出す開口が設けられている。
【0018】
回折波遮断機構20の空気吹き出し部23が空気を吹き出す位置を適正に選択することは、より少ない空気で回折波7の伝播を低減する上で重要である。以下では、回折波遮断機構20の空気吹き出し部23が圧縮空気を吹き出す位置の選択について、図2、図3を参照しながら議論する。
【0019】
図2は、回折波7の伝播経路12を示す図である。図2において、音源点8aは、音源点8aとは、プロペラ6の表面のキャビテーションが発生する領域に規定された特定の点であり、受音点3aは、水中音響機器3に規定された特定の点である。
【0020】
図3は、音源点8aを詳細に示す図である。図3において、ハッチングで図示された領域は、キャビテーションが発生する領域(キャビテーション発生領域8)である。音源点8aは、プロペラ6が所定角度位置にある時点における、プロペラ6の表面のキャビテーション発生領域8の内部に任意に定められる。例えば、一実施形態においては、音源点8aは、プロペラ6が所定角度位置にある時点におけるキャビテーション発生領域8の内部にあり、且つ、シャフト5の中心軸5aと垂直な方向に規定された特定の直線Lの上にある位置として規定される。キャビテーションは、主としてプロペラ6の上部において発生するから、結果として、音源点8aは、プロペラ6の上部の領域に規定されることになる。直線Lは、プロペラ6の表面のキャビテーション発生領域8を通過するように任意に決定され得るが、直線Lは、音源点8aがキャビテーション発生領域8の中央付近になるように規定されることが好ましい、
【0021】
図2に戻り、本実施形態では、水中音響機器3が、音源点8aと受音点3aとを結ぶ直線11が船体2と交差するような位置に設けられる。これは、水中音響機器3が、プロペラ6に発生したキャビテーション雑音が、船体2によって遮られて直線経路では届かないような位置にあることを意味している。
【0022】
ここで、直線11を含む平面(以下、「伝播平面A」という。)を考える。以下、伝播平面Aは無数に存在するが、ある伝播平面Aの上における回折波7の伝播経路12は、船体2の外表面と伝播平面Aの交線12aと、交線12aの音源点8a側の端点12dと音源点8aとを結ぶ線分12bと、交線12aの受音点3a側の端点12eと音源点8aとを結ぶ線分12cとで構成される。このように伝播経路12を規定したとき、伝播経路12を最短にするような伝播平面Aが存在する。このような伝播平面Aを、以下では、最短伝播平面と定義し、また、最短伝播平面の上にある伝播経路12を最短伝播経路と定義する。
【0023】
空気吹き出し部23は、このように定義された最短伝播経路に含まれる、船体2の外表面と最短伝播平面の交線12aに空気を吹き出すような位置に設けられる。最短伝播経路は、音源点8aで発生したキャビテーション雑音が受音点3aに伝搬する場合にキャビテーション雑音の減衰が最小となる経路である。このような経路上にあり、且つ、船体2の外表面の上にある位置に空気を吹き出すことによって、より少量の空気で、効率的に受音点3aに到達するキャビテーション雑音を低減できる。少量の空気でキャビテーション雑音を低減することは、空気を吹き出すのに要するエネルギーを低減する上で有効であり、また、コンプレッサー21の容量を小さくできる点でも有利である。
【0024】
船体2の外表面と最短伝播平面の交線12aは、通常ある程度の長さがあり、したがって、空気吹き出し部23の位置には、ある程度の任意性がある。ただし、空気吹き出し部23は、吹き出した空気がプロペラ6に到達しないような位置に設けられることが望ましい。吹き出した空気がプロペラ6に到達すると、プロペラ6の駆動効率が低下する上、さらなるキャビテーションの発生を引き起こす可能性がある。空気吹き出し部23は、吹き出した空気がプロペラ6に到達しないような位置に設けられることにより、このような事態を避ける事ができる。
【0025】
回折波遮断機構20の構造は、様々に変更され得る。図4は、他の実施形態における回折波遮断機構20Aの構造を示す図である。図4の実施形態では、回折波遮断機構20Aが、主機4で使用される圧縮空気を、送気管22を用いて抽出して空気吹き出し部23に供給するように構成される。このような構成は、専用のコンプレッサー21を必要としない点で好適である。
【0026】
また、図5A、図5Bは、更に他の実施形態における回折波遮断機構20Bの構造を示す図である。図5A、図5Bの実施形態では、送気管22が、コンプレッサー21から船体2の外表面の上端に到達し、更に、外表面に沿って下降して空気吹き出し部23に到達するように配管されている。このような構造では、船舶1が建造された後に回折波遮断機構を設けることが可能になる。なお、本実施形態においても、図4の実施形態と同様に、送気管22がコンプレッサー21の代わりに主機4に接続されてもよい。この場合、主機4で使用される圧縮空気が、送気管22を用いて抽出されて空気吹き出し部23に供給される。
【0027】
また、図6A、図6Bは、更に他の実施形態における回折波遮断機構20Cの構造を示す図である。図6A、図6Bの実施形態では、回折波遮断機構20Cが、船体2の外表面に沿って配設された管状部材である空気導入突出部41を備えている。空気導入突出部41の管端41aは満載喫水線42aよりも上方に位置しており、また、空気導入突出部41には、軽荷喫水線42bより下方の位置に空気吹き出し口41bが設けられている。空気吹き出し口41bは、管端41aから取り入れられた空気を吹き出す開口であり、上述の最短伝播経路に含まれる、船体2の外表面と最短伝播平面の交線12aに空気を吹き出すような位置に設けられている。
【0028】
このような構造でも、船舶1が建造された後に回折波遮断機構を設けることが可能になり、また、図6A、図6Bの実施形態では、コンプレッサーが不必要になる点でも好適である。
【0029】
なお、以上には、本発明の実施形態が様々に説明されているが、本発明は上述の実施形態に限定されず、当業者に自明的な様々な変更がなされ得る。例えば、上記の実施形態では、空気(又は圧縮空気)が回折波遮断機構によって吹き出されるが、空気以外の気体を吹き出すことも可能である。ただし、水中音響機器に到達する回折波を遮断するために空気を吹き出す構成は、簡便に本発明を実施できる点で好適である。
【符号の説明】
【0030】
1:船舶
2:船体
3:水中音響機器
3a:受音点
4:主機
5:シャフト
5a:中心軸
6:プロペラ
7:回折波
8:キャビテーション発生領域
8a:音源点
L:直線
A:伝播平面
11:直線
12:伝播経路
12a:交線
12b、12c:線分
12d、12e:端点
20、20A、20B、20C:回折波遮断機構
21:コンプレッサー
22、32:送気管
23:空気吹き出し部
41:空気導入突出部
41a:管端
41b:空気吹き出し口
42a:満載喫水線
42b:軽荷喫水線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体と、
前記船体を推進する推進力を発生するためのプロペラと、
水中音響機器と、
遮断機構
とを備え、
前記プロペラの表面のキャビテーションが発生する領域に規定された音源点と、前記水中音響機器に規定された受音点とを結ぶ直線を含む伝播平面のうち、前記伝播平面と前記船体の外表面との交線と、前記交線の端と前記音源点を結ぶ線分と、前記交線の他の端と前記受音点とを結ぶ線分とからなる伝播経路を最短にするものを最短伝播平面としたとき、
前記遮断機構が、前記最短伝播平面と前記船体の外表面との交線に気体を吹き出すように構成されている
船舶。
【請求項2】
請求項1に記載の船舶であって、
前記遮断機構は、前記気体が前記プロペラに到達しないように前記気体を吹き出す
船舶。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の船舶であって、
前記気体は圧縮空気であり、
前記遮断機構は、
前記圧縮空気を生成するコンプレッサーと、
前記コンプレッサーから前記圧縮空気を受けて前記最短伝播平面と前記船体の外表面との交線に前記圧縮空気を吹き出す空気吹き出し部
とを備える
船舶。
【請求項4】
請求項3に記載の船舶であって、
前記遮断機構は、更に、前記コンプレッサーによって生成された前記圧縮空気を前記空気吹き出し部に供給する送気管を備え、
前記送気管は、前記コンプレッサーから前記船体の外表面の上端に到達し、前記上端から前記船体の外表面に沿って延伸して前記空気吹き出し部に到達する
船舶。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の船舶であって、
更に、前記プロペラを駆動する主機を備え、
前記遮断機構が、前記主機から抽出された圧縮空気を受けて前記最短伝播平面と前記船体の外表面との交線に前記圧縮空気を吹き出す空気吹き出し部を備える
船舶。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の船舶であって、
前記遮断機構が、前記船体の外表面に沿って配設された管状部材を備え、
前記管状部材の管端は、前記船舶の満載喫水線よりも上方に位置しており、
前記管状部材には、前記船舶の軽荷喫水線より下方の位置に空気吹き出し口が設けられており、
前記管端から取り入れられた空気が前記気体として前記空気吹き出し口から吹き出される
船舶。
【請求項7】
船体と、前記船体を推進する推進力を発生するためのプロペラと、水中音響機器と、遮断機構とを備える船舶において、前記プロペラの表面のキャビテーションに起因するキャビテーション雑音の前記水中音響機器への伝搬を低減するための遮断方法であって、
最短伝播平面と前記船体の外表面との交線に気体を吹き出すことを備えており、
前記最短伝播平面は、前記プロペラの表面のキャビテーションが発生する領域に規定された音源点と、前記水中音響機器に規定された受音点とを結ぶ直線を含む伝播平面のうち、前記伝播平面と前記船体の外表面との交線と、前記交線の端と前記音源点を結ぶ線分と、前記交線の他の端と前記受音点とを結ぶ線分とからなる伝播経路を最短にする伝播平面である
キャビテーション雑音の遮断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【公開番号】特開2012−91539(P2012−91539A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−237928(P2010−237928)
【出願日】平成22年10月22日(2010.10.22)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)