葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質およびそれをコードする遺伝子
【課題】C4光合成回路に深く関与する葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質(TP1)およびそれをコードする遺伝子を提供する。
【解決手段】TP1として、特定のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびこれらのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質。また、上記TP1をコードする領域を含む遺伝子として、特定の塩基配列からなるDNA、およびこれらの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
【解決手段】TP1として、特定のアミノ酸配列からなるタンパク質、およびこれらのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質。また、上記TP1をコードする領域を含む遺伝子として、特定の塩基配列からなるDNA、およびこれらの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、葉緑体へのピルビン酸の輸送に関わるタンパク質およびそれをコードする遺伝子、ならびにそれらの用途に関する。
【背景技術】
【0002】
トウモロコシ、コウリャン、サトウキビ、キビ、ヒエなどの主要穀物や雑穀の一部は、「C4光合成回路」とよばれる代謝回路を有しており、これらの作物以外にも、田畑の主要強雑草にはC4光合成回路を有するものが多い(世界の10大雑草のうち8種が有している)。そして、植物の基本的な代謝産物であるピルビン酸はC4光合成回路に深く関与しており、葉緑体における脂肪酸合成、イソプレノイド(IPP)合成、分岐鎖アミノ酸合
成などの初発物質としても重要である。
【0003】
C4光合成回路は、葉肉細胞と維管束鞘細胞との分業で成立しており、この二つの細胞の間での代謝によって、二酸化炭素を高濃度に濃縮できる機構を達成し、C3植物の約2倍の光合成活性を示す(図1参照)。葉肉細胞において、取り込まれた二酸化炭素はホスホエノールピルビン酸(PEP)と反応してオキサロ酢酸となりさらにリンゴ酸あるいはアスパラギン酸に変換され、維管束鞘細胞へと運搬される。C4植物は、維管束鞘細胞に
おける主たる脱炭酸酵素がNADP+−マリックエンザイム(NADP+−ME)か、NAD+−マリックエンザイム(NAD+−ME)あるいはPEPカルボキシナーゼ(PCK)であるかにより3群に分類されるが、これらすべてのC4回路について、維管束鞘細胞での脱炭酸反応後に生じるピルビン酸は、ふたたび葉肉細胞の葉緑体内に移動し、炭素回路として完結することが知られている。しかし、このようなピルビン酸の輸送機構に関与する「ピルビン酸輸送体」は、その存在こそ示唆されていたものの、分子的実体は不明であった。
【0004】
なお、植物の葉肉細胞における葉緑体へのピルビン酸の取り込みは、ナトリウムイオンまたは水素イオンの存在により促進されることが知られており、この違いにより、関与しているピルビン酸輸送体も異なるものと考えられる。たとえば、トウモロコシ(Zea mays
L.)やソルガム(Sorghum bicolor (L.) Moench)など、NADP+−ME型C4植物の一部は水素イオン依存型であるが、NADP+−ME型C4植物でもタイヌビエ(Echinochloa crus-galli (L.) Beauv.)はナトリウムイオン依存型であり、NAD+−ME型C4植物のキビ(Panicum miliaceum L.)など、その他の多くのC4植物もナトリウムイオン依存型である(非特許文献1)。また、C3植物のピルビン酸輸送能はC4植物と比較すると極めて低く、エンドウの葉においてはきわめて低い値が測定され、アブラナ(Brassica napa)の発達中の種子においても輸送活性の測定はなされているものの、詳細な生化
学的解析はなされていない。
【非特許文献1】Naohiro Aoki, Jun-ichi Ohnishi and Ryuzo Kanai (1992): Two Different Mechanisms for Transport of Pyruvate into Mesophyll Chloroplasts of C4 Plants - a Comparative Study. Plant Cell Physiol. 33(6), 805-809.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、C4光合成回路に深く関与する葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質およびそれをコードする遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、フラベリア属の植物のC3種(Flaveria pringlei等)およびC4種(F.
trinervia等)を対象として、遺伝子発現量に差のある遺伝子を抽出する一手法である「
ディファレンシャル+/−法」を用いて、トランスクリプトーム解析を行った。その結果、C4種で多く発現していた複数の遺伝子の中から、葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質をコードしていると想定される遺伝子を見出し、ピルビン酸輸送活性に関する検証を通じてそのタンパク質の機能を推定できたことにより、本発明を完成させるに至った。
【0007】
BLASTサーチによる相同性検索の結果、上記FtTP1遺伝子に類似する配列の遺伝子は、C3植物のシロイヌナズナ、トマト(Lycopersicon esculentum)およびイネ(Oryza
sativa)にも存在していた。これらの遺伝子(シロイヌナズナ:At2g26900)がコードするタンパク質の具体的な機能はこれまで不明であったが、本発明の実験により葉緑体ピルビン酸輸送機能を有するタンパク質であることが明らかとなった。さらに驚くべきことに、シロイヌナズナでは、これらの遺伝子は生育の初期段階においてのみ発現することも明らかとなった。また、C4植物であっても、トウモロコシ等の水素イオン依存型ピルビン酸輸送能を有する植物には、上記遺伝子は存在しないことも明らかになった。
【0008】
本発明は、下記(I)〜(V)のいずれかに該当する葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質を提供する。
(I) 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(II) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(III) 配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(IV) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(V) 上記(I)〜(IV)のいずれかのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有する範囲で、アミノ酸の欠失、置換もしくは付加のいずれか1種以上により修飾されたアミノ酸配列からなり、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質。
【0009】
あわせて、本発明は、配列番号9で表されるアミノ酸配列からなるペプチド(上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質の一部)を抗原として得られた抗ペプチド抗体を提供する。
また、本発明は、たとえば下記(i)〜(v)のいずれかに該当するような、上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質をコードする領域を含む遺伝子を提供する。
【0010】
(i) 配列番号5で表される塩基配列からなるDNA;
(ii) 配列番号6で表される塩基配列からなるDNA;
(iii) 配列番号7で表される塩基配列からなるDNA;
(iv) 配列番号8で表される塩基配列からなるDNA;
(v) 上記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質をコードする領域を含むDNA。
【0011】
さらに、本発明は、上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸輸送活性を測定する工程を含む、当該タンパク質の活性阻害物質のスクリーニング方法を提供する。このような方法は、特に、除草剤の有効成分として使用しうる活性阻害物質をスクリーニングするために好適である。
【0012】
なお、本明細書において、葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質を「TP1」と総称し、特にF. trinerviaのTP1を「FtTP1」、シロイヌナズナのTP1を「AtTP1」、イネのTP1を「OsTP1」、トマトのTP1を「LeTP1」、また、これらのタンパク質をコードする遺伝子を「TP1遺伝子」等と記載する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により提供される、TP1タンパク質およびそれに関する遺伝子、DNA、抗体
等は、葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質に関する研究開発に極めて大きく貢献するものと考えられる。
【0014】
特に、本発明のTP1遺伝子は、発芽直後のC3植物および所定のC4植物のみで発現し、成長したC3植物では発現せず、またトウモロコシ等のC4植物は当該遺伝子を有さないという特徴を有する。したがって、TP1活性阻害剤をスクリーニングすることにより、栽培作物の成長に悪影響を及ぼすことなく強雑草のみを枯死させ、また葉緑体をもたないヒトや動物等への危害のおそれのない、極めて有用性の高い除草剤の開発に途が開かれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質およびその遺伝子
配列番号5、6、7および8で表されるDNAは、それぞれ、フラベリア属のC4種(F. trinervia)、シロイヌナズナ(A. tahliana)、イネ(O. sativa)、トマト(L. esculentum)に由来するものであり、それぞれ、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるFtTP1、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるAtTP1、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるOsTP1、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるLeTP1をコードする領域を含む遺伝子である。
【0016】
TP1遺伝子がコードするタンパク質は、ナトリウム依存的な葉緑体ピルビン酸輸送機能を担う。このことは、後述の実施例に示すように、若芽期(子葉と第一、第二本葉)のシロイヌナズナの野生株が有するナトリウムイオン依存型の葉緑体へのピルビン酸輸送活性がTP1遺伝子破壊株において消失すること、TP1遺伝子を過剰発現させたタバコの当該輸送活性が野生型よりも増大すること、ならびに、実際にC4植物の昼の葉でTP1遺伝子が高く発現すること、TP1タンパク質が葉肉細胞の葉緑体に局在するようになることなどから、強く推定することができる。なお、本発明の葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質は、葉緑体の内膜の膜タンパク質であると強く予測される。
【0017】
このようなTP1遺伝子は、C4植物の葉において発現量が多く、一方C3植物の完全展開した葉ではほとんど発現しないことから、後述の実施例に示すような、同属のC3種およびC4種の植物を対象としたディファレンシャルスクリーニングにより得ることができる。
【0018】
上記ディファレンシャルスクリーニングや、それに伴うmRNAの抽出、cDNAの作製その他の操作は、公知の手法に従って行うことができ、特に制限されるものではない。その一態様は、後述の実施例で説明するようなものである。
【0019】
また、上記のようにして得られたFtTP1遺伝子等をもとにしてDNAプローブを合成し、これを用いて他の植物等cDNAライブラリまたはゲノムライブラリのスクリーニングを行うことにより、それらのTP1遺伝子を取得することができる。
【0020】
本発明のTP1遺伝子を含むDNAは天然に由来するものに限られず、化学的合成によるDNA、あるいはTP1遺伝子を利用したPCR産物なども含まれ、そのDNAは、センス鎖単独の1本鎖DNAとして存在しても、センス鎖およびアンチセンス鎖からなる2本鎖DNAとして存在してもよい。また、TP1タンパク質をコードする塩基配列(TP1遺伝子)の他、転写制御のための領域(エンハンサー、プロモーター等)や非翻訳領域を含んでいてもよい。
【0021】
図2は、FtTP1、AtTP1およびOsTP1のアミノ酸配列を比較した図である。これら3種およびLeTP1(図に示さず。)のタンパク質のアミノ酸配列は全体として70%前後の相同性を有しているが、特にFtTP1のN末端側から約100番目以降に相当する部分について高度に保存されており、この部分が当該タンパク質の活性に重要である可能性がある。したがって、上記4種のアミノ酸配列と70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列、さらに好ましくは1個または数個のみ異なるアミノ酸配列を有するタンパク質であって、特に上記4種のアミノ酸配列の相同性が保持されている部分は同一であるものは、葉緑体にピルビン酸を輸送する機能を有すると考えられる。
【0022】
また、配列番号5〜8で表される塩基配列からなるDNAの他、これらのいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAも、TP1遺伝子をコードしうるDNAである。ここで「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され非特異的なものは形成されない条件をいい、ナトリウム濃度が150〜900mM、好ましくは600〜900mM、かつ、温度が60〜68℃、好ましくは65℃の条件をいう。
【0023】
スクリーニング方法
本発明により提供されるTP1を用いることにより、その機能に影響を与える物質のスクリーニングが可能となる。
【0024】
たとえば、TP1および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸取込速度を測定し、通常の葉緑体のピルビン酸取込速度と比較してその影響を評価することにより、TP1の活性阻害物質をスクリーニングすることができる。
【0025】
また、このようなスクリーニングにより得られたTP1活性阻害作用の強い物質は、除草剤の有効成分として有用である。たとえば、葉緑体内のピルビン酸を初発とする一連の代謝のうち、分岐鎖アミノ酸合成に関わるアセト乳酸合成酵素阻害剤が除草剤としてすでに使用されている。しかし、ピルビン酸輸送はこれよりも代謝的上位に位置し、また、ピルビン酸を初発とする他の代謝にも影響すると考えられるので、アセト乳酸合成酵素阻害剤以上の薬効が期待できる。
【0026】
なお、上記スクリーニング方法に関連するステップとして、TP1のアミノ酸配列の情報に基づき、タンパク質の二次構造(ドメイン、モチーフ)、高次構造、その他の構造上の特徴をコンピュータ等を用いて解析することにより、TP1の活性阻害物質となりうる化合物の絞り込みを行うこともできる。
【0027】
抗ペプチド抗体
本発明は、一つの側面として、TP1に特異的に結合する抗体を提供する。かかる抗体は、TP1を抗原として、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を作製するための公知の方法により得られる。たとえば、配列番号9で表されるアミノ酸配列(FtTP1のC末端側1〜12番目のアミノ酸配列)からなるペプチドを抗原として得られる抗体は、TP1との特異的な結合性に優れ、各種の分析に使用することができるものである。
【実施例】
【0028】
FtTP1遺伝子のクローニング
ディファレンシャルスクリーニングには、cDNAライブラリーとしてF. trinervia全葉cDNAライブラリーを用いた。プローブには、F. pringlei全葉RNA由来のプローブおよびF. trinervia全葉RNA由来のプローブの異なる二種類のプローブを用いた。プローブの作製法
は後述する。具体的なスクリーニング方法は以下の通りである。このライブラリーはλgt10ファージに組み込まれた状態にあり、大腸菌(NM514)に感染させ、9cm×12cmのプレート1枚につき約1,000クローンとなるようにプラークを成育させ、総計9,000クローンとなるよう調製したプレートを用意した。これらのプレートからファージをナイロンメンブレンに移し取り、2組の同一メンブレンを作製した。メンブレンにはAmersham Pharmacia社のHybondN+を用い、メンブレンの調製およびハイブリダイゼーションの手順はHybondN+メンブレンのプロトコールに従った。方法は以下の通りである。まず、ファージを生育させた寒天培地にHybondN+メンブレンを置き、30秒間 (2枚目は1分間) 接着させた後にメンブレンをはがし、プラーク側を上にして変性溶液 (1.5 M NaCl, 0.5 M NaOH)に浸したろ紙上に7分間置いた。次に、中和溶液 (1.5 M NaCl, 0.5 M Tris-HCl (pH7.2), 1 mM EDTA) に浸したろ紙上に3分間置いて、2×SSPE (0.36 M NaCl, 20 mM リン酸ナトリウム(pH7.7), 2 mM EDTA)で洗浄した。その後、0.4M NaOHに浸したろ紙上に20分間置いてファージDNAをメンブレンに固定し、2×SSPEで洗浄した。ハイブリバック(コスモ・バイオ)に、そのメンブレンとハイブリダイゼーション溶液 (5×SSPE, 5×Denhardt, 0.5% SDS, 20 mg/mlサケ精子DNA) を加えて60℃で1時間以上のプレハイブリダイゼーションを行った。さらに、poly (A)+RNAを鋳型として合成した標識一本鎖cDNAのプローブを加えて、65℃で2日間、ゆっくり振とうしながらハイブリダイゼーションを行った。
【0029】
プローブとして用いた標識一本鎖cDNAは、poly (A)+RNA(後述) 1.5 μgを鋳型とし、Amersham Pharmacia 社の[α-32P] dCTPを用い、BIO-RAD社のM-MuLV Reverse Transcriptaseにより合成した。逆転写反応後、Sephadex-G50 spun columnに通し未反応の[α-32P] dCTPを取り除き、フェノール/クロロホルム抽出とエタノール沈殿を行って精製し、200 μlの滅菌水に溶解した。合成したプローブの比放射活性は、F. trinervia mRNAより調製したプローブが4.2×108cpm/μg、F. pringlei mRNA より調製したプローブが2.4×108 cpm/μgであった。これらのプローブは、およそ106cpm/mlの濃度で使用した。
【0030】
メンブレンの洗浄は、400 mlの洗浄液I (2×SSPE、0.1% SDS) で60℃、15分間の処理を一回、洗浄液II (0.2×SSPE、0.1% SDS) で60℃、15分間の処理を一回、振とうしながら
行った。洗浄終了後、Fuji Film社のイメージングプレートに16時間メンブレンを密着さ
せ、バイオイメージングアナライザーBAS2000を用いて画像化することで放射活性を解析
した。F. trinervia mRNAプローブにより強いシグナルを同定後、それらに対応するファ
ージプラークをプレートから回収した。この後、ディファレンシャルスクリーニングに用いたメンブレンを脱プローブし、C4型酵素の代表的なものである、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PpcA)、ピルビン酸ジキナーゼ(PPDK)およびNADP-マリックエンザ
イム(NADP-ME)の部分配列をPolymerase Chain Reaction (PCR)法により増幅し、得られたDNA断片を鋳型として作成した標識プローブにて、先と同様の条件でハイブリダイゼーシ
ョンを行った。PCRはTaKaRaのEx taqを用いた。イメージングプレートによって読み取っ
たC4型酵素のシグナルを、ディファレンシャルスクリーニングで得られたC4高発現シグナルと比較し、高発現シグナルとして単離できていたことを確認した。以降、C4型酵素のシグナルは解析からはずしておいた。
【0031】
一連の手順によりC4種の方において特異的なシグナルを呈した126のクローンを単離し、さらにこれらを互いの相同性に基づいて26グループに分類した。塩基配列決定は、PE Applied Biosystem社のABI PRISMTM 310自動シークエンス解析装置を用いて行った。
これは蛍光色素でラベルしたDNA断片の移動度によって塩基配列を決定する方法である。
塩基配列決定のための試料調製反応にはABI社 PRIMTM Dye Terminator Cycle Sequencing
Ready Reaction Kitを使用した。まず、4種類の蛍光標識したジデオキシヌクレオチドやTaq polymeraseを含む反応混液(Terminator Ready Reaction Mix 4 μl、template 0.2
μg、primer 1.6 pmol, 滅菌蒸留水 2.4 μl) 10 μlに20 μlのミネラルオイルを重層し、PCR反応を行った。PCRにはTaKaRa社 PCR Thermal Cycler を用い、96℃ 30秒、50℃ 15秒、60℃4分間のサイクルを25回繰り返した。反応後のサンプルはEthanol Precipitation
Protocol 2に従い精製し、ABI PRISMTM 310による自動解析を行った。DNA塩基配列の解
析にはSDCソフトウエア開発株式会社製GENETYX Macを用いた。
【0032】
続いて、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)による相同性検索を行っ
たところ、上記クローンの内の一つに、ピルビン酸輸送体と想定されうる“bile acid sodium symporter family protein”類縁タンパク質(これをFtTP1と名付けた)をコードする遺伝子を発見した。また、この遺伝子に類似する配列の遺伝子は、シロイヌナズナおよびイネにも存在することもわかった。これら3種のTP1を図2に示す。
【0033】
上述のディファレンシャルスクリーニングが機能していることを、マーカー遺伝子PpcA(上記クローンの一つで、すでにC4植物について公知の遺伝子)やその他のクローンと共に確認した。
【0034】
グループ化を経て遺伝子配列解析を済ませたクローンについて、ノーザンハイブリダイゼーションを行い、ディファレンシャルスクリーニングの精度を確認した。C4種、C3種
とともに中間種F. ramosissimaにおける発現も調査した。プローブに用いたDNA断片は、cDNAライブラリーより単離したそれぞれのクローンの挿入cDNA全域を、主として使用した
。各RNA10 μgを1% ホルムアルデヒドゲル電気泳動にかけた。同時にRNA ladder marker (0.24-9.5 kb)(GIBCO BRL社)を泳動し、泳動後、エチジウムブロマイドで染色することでmRNAのサイズを決定するのに使用した。メンブレンはスクリーニングと同様にHybond N+
メンブレンを使用した。ゲルからメンブレンへのRNAの転写及び、ハイブリダイゼーショ
ンの手順についてはそのプロトコールに従い、20×SSPEで12時間転写後、0.05N NaOHをしみこませたワットマン3MM濾紙上に メンブレンを5分間おくことでメンブレンにRNAを固定した。アルカリ処理の後は10〜60秒間、2×SSPE内で振盪し、中和した。
【0035】
ハイブリダイゼーション溶液(5×SSPE、5×Denhardt溶液、0.5% SDS)を1 ml/20 cm2メ
ンブレンになるように用意し、それに最終濃度20 mg/ml となるように熱変性したサケ精
子 DNAを加え、ハイブリバックにその溶液とメンブレンを浸し、60℃で1時間以上放置し
た。その間にAmersham社の[α-32P] dCTP とMegaprime DNA labelling systemを用いて、12.5 ngの鋳型DNA断片よりプローブを調製した。このプローブをハイブリダイゼーション溶液に加え、ゆっくり振盪しながらハイブリダイゼーション(60℃で一晩以上)を行った。ハイブリダイゼーション後は、上記と同様の条件で洗浄を行った。処理後のメンブレンに結合している放射能をイメージアナライザーにより測定し、相対値として解析した。また一度使用したメンブレンは100℃の0.5% (w/v) SDS 溶液に浸し、室温になるまで放置することで脱プローブし再使用した。
【0036】
FtTP1遺伝子の発現の様子
FtTP1遺伝子の植物における発現を確認するため、下記の実験を行った。
・RNAゲルブロッティング
FtTP1の発現を調査するために、明期および暗期の葉とともに、根あるいは茎から調製したRNAを用いた。解析の手順・条件は先に示したとおりである。
【0037】
結果は図3に示すとおりである。上記実験により、FtTP1はC4種(F. trienervia)の昼の葉で発現量の多いことが分かった。
・In situ hybridization
より詳細な組織特異的発現を調査するために、in situ hybridizationを行った。まず
発現組織観察のための葉のサンプル調整から説明する。葉組織を解剖ばさみで5 mm×5 mm程度に切り取り、直ちに 20 ml のガラスバイアルに入れた15 ml のホルムアルデヒド固
定液に浸潤させた。固定液を 0.05 M Na-P bufferに置換して30分間緩やかに振盪し、洗
浄を行った。この洗浄を2回行った後、エタノールシリーズで、室温で緩やかに振盪しながら脱水し100% t-ブタノールに置換した。この後、60℃の温度条件化で液状化したパラ
フィン (Paraplast, OXFORD) を重層し、t-ブタノールを蒸発させパラフィン固定サンプ
ルとした。
【0038】
パラフィン包埋ブロックに対してミクロトームを用いて10 μmの厚さで連続切片を切り出し、パラフィンリボンを製作した。
ハイブリダイゼーションに用いるスライドグラスを、連続する切片を貼り付けた 2 枚
を 1 組として光学顕微鏡下で選び出し、60℃のホットプレート上に並べてパラフィンを
溶解させ、100% キシレンに 10 分間 2 回浸し、パラフィンを溶解させた。次にキシレンをエタノールに置き換え(50% キシレン/エタノール 5 分、100% エタノール 5 分 2 回
)、1 時間減圧乾燥させた後、エタノール下降系列(100、90、70、50、30% エタノール
各 2 分)と滅菌水 5 分 2 回の処理でエタノールを水に置換した。次に、プローブの組
織浸透性を高めるために Proteinase K 処理を行った。処理液 (100 mM Tris-HCl, 50 mM
EDTA-2Na, 5 mg/ml Proteinase K, pH 7.5) をまず37℃のウォーターバス (YAMATO SCIENTIFIC) で20分自己消化させ、その中にスライドグラスを浸して 30 分間処理した。処理後、室温、滅菌水で 5 分ずつ 3 回洗浄し、続いて再固定液 (4% PFA, 10 mM Na-P buffer) で 10 分間再固定を行い、滅菌水で 5 分ずつ 3 回洗浄した。さらにプローブの非特異的吸着を減少させるため、アセチル化液 (0.1 M triethanolamine, 0.25% acetic anhydride) で10分間、組織片のアセチル化処理を行い、2×SSPE (20 mM NaH2PO4, 0.3 M NaCl, 2 mM EDTA-2Na, pH7.4) で5分間ずつ2回洗浄後、エタノール上昇系列 (30、50、70、90% エタノール各2分)、100% エタノール5分間 2回の処理で脱水し、1時間減圧乾燥させた。
【0039】
スライドグラス1枚あたり200 μl のハイブリダイゼーション溶液 (50% formamide, 300 mM NaCl, 10 mM Tris-HCl, 1 mM EDTA-2Na, 1×Denhardt solution、60 mM DTT、1 mg/ml yeast tRNA、500 μg/ml poly (A)、10% dextran sulfate, pH 7.5) を調製し、ここに80℃で5分間加熱した後、氷上で急冷して変性させたプローブ6 μlを加えた。50% formamide、2×SSC (0.3 M NaCl, 30 mM Citrate-3Na)を湿潤液とした湿潤箱にスライドグラスを並べ、スライドグラス 1 枚あたり約180 μlのハイブリダイゼーション溶液を切片上にのせた。2枚1組のスライドグラスに対し、片方にはセンス、もう片方にはアンチセンスのプローブをのせた。その後、液がスライドグラス全体にいきわたるようにカバーグラスをかけた。湿潤箱を密閉して、50℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。
【0040】
その後、スライドグラスを染色用ラックにセットし、染色壺に入れた溶液で洗浄した。まず、50℃のウォーターバスで15 分間、4×SSCで洗浄し、ずれてきたカバーガラスを、
サンプルがはがれないように丁寧に取り除いた。その後、50℃で5 分間ずつ 3 回、4×SSCによる洗浄を繰り返した。次に、一本鎖の RNA を分解するために RNase 処理を行った。RNase Buffer (16.2 mM Tris-HCl、5 mM EDTA-2Na、500 mM NaCl, pH7.5)にRNase A を20 μg/mlの濃度となるよう添加し、37℃のウォーターバスで30 分間インキュベートした。その後、RNase bufferで37℃、15 分間ずつ 3 回洗浄し、さらに0.5×SSCを用いて50℃、20分間ずつ2回、Buffer1 (100 mM Tris-HCl、150 mM NaCl, pH 7.5) を用いて、スターラーで穏やかに撹拌しながら室温で5分間ずつ2回洗浄した。
【0041】
Buffer1 から取り出したスライドグラスを、蒸留水を湿潤液とした湿室に並べ、ブロッキング液 (50% Normal rabbit serum, 50 mM Tris-HCl, 75 mM NaCl, 0.5% Tween 20, pH
7.5)を1枚あたり約200 μlのせ、室温で30分間インキュベートしブロッキングを行った。スライドグラスを傾けてブロッキング液を軽く拭き取り、一枚あたり500 μlのAnti-DIG Alkaline Phosphatase (AP) 溶液 (0.1% BSA, 100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.375 U Anti-DIG-AP (Roche Diagnostics), pH 7.5) をのせ、室温で2時間抗体反応を行った。反応終了後、洗ビンを利用してスライドグラスを 1 枚ずつBuffer1で洗浄し、続いて染色壺内にBuffer1 を入れスターラーで撹拌しながら 10 分間ずつ 3 回、さらに Buffer3 (100 mM Tris-HCl, 100 mM NaCl, 50 mM MgCl2, pH 9.5) で5分間洗浄した。
【0042】
洗浄終了後、滅菌水で湿らせた新しい湿室にスライドグラスを並べ、発色反応液(Buffer3 10 mlに対し、NBT/BCIP stock solution (DIG nucleic acid detection kit, Boehringer Mannheim) を200 μl加えたもの)をスライドグラス1枚あたり約500 μlのせてふたをし、遮光して発色させた。発色の状態は顕微鏡で観察した。発色が観察されたらセンスプローブとアンチセンスプローブによって標識した1 組のスライドグラスを同時に、TEで、その後滅菌水でそれぞれ 5 分間洗浄して発色反応を止めた。その後、エタノール上昇系列で脱水し、エタノールからキシレンに置き換えて(100% エタノール 5 分ずつ 2 回、キシレン 5 分ずつ 2 回)、カバーグラスをマウントした。封入剤はENTELLAN neu (MERCK) を用い、通気性の良い場所で一晩乾燥させ、光学顕微鏡下で観察を行った。
【0043】
結果は図4に示すとおりである。上記実験により、FtTP1はC4種(F. trienervia)の葉肉細胞で発現していることが分かった。
・GFPによる蛍光標識
FtNBAT-:GFPコンストラクトの作成: 遺伝子導入用のプラスミドは、pUC18マルチクローニングサイトにカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、synthetic green fluorescent protein(sGFP:S65T)遺伝子、noparine syntase (nos) 3ターミネーターを挿入したものを使用した。導入遺伝子はFtTP1 coding regionを用い、PCRによりFtTP1内のNco Iサイトに部位変異を導入し、両端にNco Iサイトを付加した。ただし今回はFtTP1のストップコドンを変換し翻訳がそこで終結しないように、さらにsGFPとの読み枠がずれないようにプライマーを設計した。
【0044】
A :CTTCccatggCGTCTATTTCAAGTATTG (ccatgg: Nco Iサイト)
C-f :GTTTAAGGAATCCgTGGACTGTAGGTGTAG (mutation: A → g)
C-r :CTACACCTACAGTCCAcGGATTCCTTAAAC (mutation: T → c)
F :GCccatggACTCCTTGAAATCATCTTTGTC (ccatgg: Nco Iサイト)
遺伝子の植物葉への導入はBio-Rad Biolistic (登録商標) PDS-1000/He Particle Delivery System (Bio-Rad)を用い、そのプロトコールに従い行った。タングステン粒子を70% EtOHで洗浄し、滅菌水で3回以上すすいだ。最後に滅菌済み50%グリセロールで60 mg/mlになるよう懸濁した。処理したタングステン粒子1.5 mgに5 μg plasmid, 0.625 mM CaCl2, 10 mM spermidine (3shot分)をボルテクスにより激しく撹拌しながら加え、そのまま3分間攪拌した。軽く遠心し上清を除き、70%、100%エタノールにより順次すすぎ、100%エタノール30 μlに懸濁した。一回分10 μlをマクロキャリアーに滴下し、風乾させてから植物体に打ち込んだ。ラプチャーディスクは1350 PSIを用い、チャンバー内真空度28 inch Hg、ストッピングプレートとサンプルまでの距離は4 cmでタングステン粒子を発射した。遺伝子を導入する組織は、温室で約4週間生育させたタバコ葉を用いた。葉を3 cm四方に切り、MSプレート(1×Murashige-Skoog、1% (w/v) agar)に密着させて導入および、発現誘導を行った。遺伝子導入後、25℃、暗所で一晩培養し観察した。GFP蛍光は培養後に、蛍光顕微鏡(Nikon社 ECLIPSE E600)を用い、励起波長490 nm、観察蛍光波長520 nmまたは520-560 nmで観察した。
【0045】
結果は図5に示すとおりである。上記実験により、タバコの葉でもFtTP1は葉緑体に運ばれることが分かり、このタンパク質が葉緑体への物質輸送に関与することが示された。
【0046】
抗ペプチド抗体を利用したFtTP1の検出
C4植物種におけるTP1の一般性を調べる目的で、TP1の一部を抗原とする抗ペプチド抗体を作製し、前述のF. trienerviaの他、フウチョウソウ(Cleome gynandra)、トウモロコシ(Zea mays)、キビ(Panicum miliaceum)等のC4植物、ならびに対照とし
て前述のF. pringleiの他、セイヨウフウチョウソウ(Cleome spinosa)、イネ(Oryza s
ativa)等のC3植物を対象に、この抗体の交差するタンパク質の有無を検証した。
【0047】
抗原領域は、図2において蛍光標識した、種間の保存性が高いC末端側の荷電領域に定めた。抗ペプチド抗体は、ペプチド研究所に依頼し、ウサギに免疫する汎用性のある手法によって作成した。
【0048】
結果は図6に示すとおりである。上記実験において、C4のうちナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送能を有するフウチョウソウおよびキビと高い交差性を示す一方、水素イオン依存的ピルビン酸輸送能を有するトウモロコシに交差性は現れなかった。このことから、TP1がナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送能を示す実体であることを推察させる。なお、上記交差性は、単子葉(monocot)、双子葉(dicot)にかかわらず示された。
【0049】
続いて、同じく上記抗ペプチド抗体を用いて、この抗体に交差性を示すタンパク質の局在性を調査するための免疫組織化学的分析を行った。
手法はin situ hybridizationの項目に従い作成したパラフィン切片に対して抗原抗体
反応を施すことによった。抗体の存在は、ヤギ抗ウサギ抗体を2次抗体に用い、金コロイ
ド銀増感法によった。
【0050】
結果は図7に示すとおりである。上記抗ペプチド抗体に交差性を示すタンパク質(すなわちTP1)は葉肉細胞の葉緑体に局在することが示された。
シロイヌナズナにおけるTP1遺伝子の発現
C3植物であるシロイヌナズナにおけるTP1遺伝子の発現の様子を調査するため、下記の実験を行った。
【0051】
シロイヌナズナ形質転換にはpBI101-GUS-nosTベクターを用い、β-glucuronidase (GUS) 遺伝子の上流にAtTP1 (At2g26900) の翻訳開始Metから数えて上流2kbを導入した。
まず、シロイヌナズナのゲノム情報からAtTP1上流領域の塩基配列情報を得た。そこで
、シロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型とし、AtTP1の開始コドンの直前から上流約2 kbをPCRにより増幅した。プライマーは、5’末端側にHind IIIサイト、3’末端側にXba Iサイトを導入するように設計した。PCR反応にはテンプレート3 ng とExtaq polymeraseを用い、反応条件は変性が94℃/30秒間、アニーリングは55℃/2分間、伸長が72℃/1分間で35サイクル行った。使用したプライマーの配列を以下に記す。
【0052】
M: 5’- CGaagcttGGCCTGTTTTGATCAAAATCA -3’ (aagctt:Hind IIIサイト)
N: 5’- CGtctagaGTTTTGATCAAAAGGGTTTTAG -3’ (tctaga:Xba Iサイト)
PCRで増幅した産物をHind III/ Xba Iで制限酵素処理した後、アガロースゲル電気泳動にかけ分離した。完全に分離した後ゲルより切り出し、 MagExtractor (TOYOBO) を用い
て精製し、定法に従ってサブクローニング産物を得た。このサブクローニング産物をHind
III/ Xba I消化し上記の方法でアガロースゲルより回収した。これを、Hind III/ Xba I消化し同様に回収したpBI101ベクターのGUS遺伝子上流に導入した。
【0053】
アグロバクテリウムAgrobacterium tumefaciensの系統としてGV3101::pMP90を使用し形質転換アグロバクテリアを用意し、汎用されている減圧浸潤法によりシロイヌナズナへ形質転換した。最終的には導入遺伝子が1コピーで、それがホモになった系統を得た。GUS活性の解析には、whole-mount GUS staining を行った。個体全体を直ちにGUS staining buffer (0.3% Triton X-100, 1.9 mM 5-bromo-4-chloro-3-indoyl-β- D-glucronide, 0.5 mM potassium ferricyanide, 0.5mM potassium ferrocyanide, 100 mM phosphate buffer, pH 7.0) に浸潤させた。デシケーターに入れ、400 mmHgで1時間減圧した。その後、ゆっくりと減圧を解除し、37℃で24時間インキュベートした。その後、GUS staining bufferを取り除き、75%エタノールで1回サンプルを洗浄することで反応を停止させた後、新たな75%エタノール中にサンプルを浸潤し、4℃、24時間インキュベートして、クロロフィルを溶出させ、脱色した。
【0054】
結果は図8および9に示すとおりである。シロイヌナズナの第一・第二本葉は青く発色し、AtTP1遺伝子が発現していることが示されている。一方、第3本葉(図9枠線内)および根は青く発色しておらず、AtTP1遺伝子は第3本葉以降の成長段階では発現しないことが示唆されている。
【0055】
つづいて、上述のような限定的な発現の時期にTP1タンパク質が存在しているかを、前述の抗ペプチド抗体を用いて検討した。
ここで、シロイヌナズナAtTP1遺伝子について、T−DNAの挿入による、独立した2種類の当該遺伝子破壊株が存在することが、前述のBLAST検索により分かっている(SALK_098692およびSALK_101808)。これらの変異種および野生型を対象としてAtTP1のmRNAおよびタンパク質の検出を行った。
【0056】
第一第二本葉を展開させ始めた個体から、タンパク質あるいはRNAを抽出し、TP1抗体によってあるいは放射標識したAtTP1遺伝子断片を用いて、それぞれを検出した。
【0057】
結果は図10に示すとおりである。発芽期の野生型ではAtTP1のmRNA、タンパク質のいずれも検出されたが、2種の破壊株では、AtTP1のmRNA、タンパク質のいずれも検出されず、AtTP1の遺伝子が破壊されていることが確認された。
【0058】
ピルビン酸輸送活性の測定
TP1が葉緑体へのピルビン酸輸送機能を担うタンパク質であることを、以下に示す2つの実験により証明した。
【0059】
上記生育段階にあるシロイヌナズナや野生株あるいは遺伝子破壊株から単離葉緑体を調製し、シリコン二重層法により放射標識したピルビン酸輸送活性を調査した。二重層のうち中間層にナトリウムを50mM含むあるいは含まない溶液を用意することで、ナトリウムイオンの要求性を検討することができる。手順は、先に示した非特許文献に記載のとおりである。
【0060】
結果は図11に示すとおりである。野生株ではナトリウムイオン依存的なピルビン酸輸送活性が見られたが、破壊株ではそれが消滅しており、AtTP1が葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質であることが示された。
【0061】
次に、前述のGFP遺伝子を融合させたFtTP1を導入したタバコの形質転換体(FtT
P1が過剰発現している)を用いて、これと同時期(約7日齢)のタバコと、ピルビン酸
輸送活性を比較した。葉緑体の調製、およびピルビン酸の取込速度の測定は、上記シロイヌナズナについての実験と同様にして行った。
【0062】
結果は図12に示すとおりである。形質転換体(G2)では、ナトリウムイオン依存的にピルビン酸輸送活性が増大することが観察され、FtTP1の過剰発現が反映されているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】C3およびC4光合成回路の模式図。
【図2】FtTP1、AtTP1およびOsTP1のアミノ酸配列の比較。
【図3】FtTP1のRNAブロッティング。C4種の昼の葉での発現量が多いことがわかる。
【図4】FtTP1のIn Situ hybridization。葉肉細胞で発現していることがわかる。
【図5】タバコの葉におけるTP1::GFP遺伝子の発現。葉緑体の局在しており、TP1が葉緑体内への物質輸送に寄与することを示している。
【図6】抗ペプチド抗体を用いた交差性試験。ナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送活性を示すC4種と高い交差性を示している。
【図7】ImmunohistochemistryによるTP1の検出。葉肉細胞の葉緑体に局在している。
【図8】GUS遺伝子を導入したシロイヌナズナの出芽期における、AtTP1遺伝子の発現の様子。
【図9】GUS遺伝子を導入したシロイヌナズナにおける、AtTP1遺伝子の発現の様子。第一・第二本葉は青く発色しているが、第3本葉(枠線内)および根では発色していない。
【図10】シロイヌナズナの野生株および破壊株についての、AtTP1のmRNAおよびタンパク質の検出実験。野生型のみ両方とも検出された。
【図11】シロイヌナズナの葉緑体へのピルビン酸取込速度の測定。野生型ではナトリウムイオン依存的にピルビン酸輸送活性が増大しているが、破壊株ではそれが見られない。
【図12】タバコの葉緑体へのピルビン酸取込速度の測定。FtTP1過剰発現植物ではピルビン酸輸送活性が高まっている。
【技術分野】
【0001】
本発明は、葉緑体へのピルビン酸の輸送に関わるタンパク質およびそれをコードする遺伝子、ならびにそれらの用途に関する。
【背景技術】
【0002】
トウモロコシ、コウリャン、サトウキビ、キビ、ヒエなどの主要穀物や雑穀の一部は、「C4光合成回路」とよばれる代謝回路を有しており、これらの作物以外にも、田畑の主要強雑草にはC4光合成回路を有するものが多い(世界の10大雑草のうち8種が有している)。そして、植物の基本的な代謝産物であるピルビン酸はC4光合成回路に深く関与しており、葉緑体における脂肪酸合成、イソプレノイド(IPP)合成、分岐鎖アミノ酸合
成などの初発物質としても重要である。
【0003】
C4光合成回路は、葉肉細胞と維管束鞘細胞との分業で成立しており、この二つの細胞の間での代謝によって、二酸化炭素を高濃度に濃縮できる機構を達成し、C3植物の約2倍の光合成活性を示す(図1参照)。葉肉細胞において、取り込まれた二酸化炭素はホスホエノールピルビン酸(PEP)と反応してオキサロ酢酸となりさらにリンゴ酸あるいはアスパラギン酸に変換され、維管束鞘細胞へと運搬される。C4植物は、維管束鞘細胞に
おける主たる脱炭酸酵素がNADP+−マリックエンザイム(NADP+−ME)か、NAD+−マリックエンザイム(NAD+−ME)あるいはPEPカルボキシナーゼ(PCK)であるかにより3群に分類されるが、これらすべてのC4回路について、維管束鞘細胞での脱炭酸反応後に生じるピルビン酸は、ふたたび葉肉細胞の葉緑体内に移動し、炭素回路として完結することが知られている。しかし、このようなピルビン酸の輸送機構に関与する「ピルビン酸輸送体」は、その存在こそ示唆されていたものの、分子的実体は不明であった。
【0004】
なお、植物の葉肉細胞における葉緑体へのピルビン酸の取り込みは、ナトリウムイオンまたは水素イオンの存在により促進されることが知られており、この違いにより、関与しているピルビン酸輸送体も異なるものと考えられる。たとえば、トウモロコシ(Zea mays
L.)やソルガム(Sorghum bicolor (L.) Moench)など、NADP+−ME型C4植物の一部は水素イオン依存型であるが、NADP+−ME型C4植物でもタイヌビエ(Echinochloa crus-galli (L.) Beauv.)はナトリウムイオン依存型であり、NAD+−ME型C4植物のキビ(Panicum miliaceum L.)など、その他の多くのC4植物もナトリウムイオン依存型である(非特許文献1)。また、C3植物のピルビン酸輸送能はC4植物と比較すると極めて低く、エンドウの葉においてはきわめて低い値が測定され、アブラナ(Brassica napa)の発達中の種子においても輸送活性の測定はなされているものの、詳細な生化
学的解析はなされていない。
【非特許文献1】Naohiro Aoki, Jun-ichi Ohnishi and Ryuzo Kanai (1992): Two Different Mechanisms for Transport of Pyruvate into Mesophyll Chloroplasts of C4 Plants - a Comparative Study. Plant Cell Physiol. 33(6), 805-809.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、C4光合成回路に深く関与する葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質およびそれをコードする遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、フラベリア属の植物のC3種(Flaveria pringlei等)およびC4種(F.
trinervia等)を対象として、遺伝子発現量に差のある遺伝子を抽出する一手法である「
ディファレンシャル+/−法」を用いて、トランスクリプトーム解析を行った。その結果、C4種で多く発現していた複数の遺伝子の中から、葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質をコードしていると想定される遺伝子を見出し、ピルビン酸輸送活性に関する検証を通じてそのタンパク質の機能を推定できたことにより、本発明を完成させるに至った。
【0007】
BLASTサーチによる相同性検索の結果、上記FtTP1遺伝子に類似する配列の遺伝子は、C3植物のシロイヌナズナ、トマト(Lycopersicon esculentum)およびイネ(Oryza
sativa)にも存在していた。これらの遺伝子(シロイヌナズナ:At2g26900)がコードするタンパク質の具体的な機能はこれまで不明であったが、本発明の実験により葉緑体ピルビン酸輸送機能を有するタンパク質であることが明らかとなった。さらに驚くべきことに、シロイヌナズナでは、これらの遺伝子は生育の初期段階においてのみ発現することも明らかとなった。また、C4植物であっても、トウモロコシ等の水素イオン依存型ピルビン酸輸送能を有する植物には、上記遺伝子は存在しないことも明らかになった。
【0008】
本発明は、下記(I)〜(V)のいずれかに該当する葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質を提供する。
(I) 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(II) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(III) 配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(IV) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(V) 上記(I)〜(IV)のいずれかのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有する範囲で、アミノ酸の欠失、置換もしくは付加のいずれか1種以上により修飾されたアミノ酸配列からなり、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質。
【0009】
あわせて、本発明は、配列番号9で表されるアミノ酸配列からなるペプチド(上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質の一部)を抗原として得られた抗ペプチド抗体を提供する。
また、本発明は、たとえば下記(i)〜(v)のいずれかに該当するような、上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質をコードする領域を含む遺伝子を提供する。
【0010】
(i) 配列番号5で表される塩基配列からなるDNA;
(ii) 配列番号6で表される塩基配列からなるDNA;
(iii) 配列番号7で表される塩基配列からなるDNA;
(iv) 配列番号8で表される塩基配列からなるDNA;
(v) 上記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質をコードする領域を含むDNA。
【0011】
さらに、本発明は、上記葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸輸送活性を測定する工程を含む、当該タンパク質の活性阻害物質のスクリーニング方法を提供する。このような方法は、特に、除草剤の有効成分として使用しうる活性阻害物質をスクリーニングするために好適である。
【0012】
なお、本明細書において、葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質を「TP1」と総称し、特にF. trinerviaのTP1を「FtTP1」、シロイヌナズナのTP1を「AtTP1」、イネのTP1を「OsTP1」、トマトのTP1を「LeTP1」、また、これらのタンパク質をコードする遺伝子を「TP1遺伝子」等と記載する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により提供される、TP1タンパク質およびそれに関する遺伝子、DNA、抗体
等は、葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質に関する研究開発に極めて大きく貢献するものと考えられる。
【0014】
特に、本発明のTP1遺伝子は、発芽直後のC3植物および所定のC4植物のみで発現し、成長したC3植物では発現せず、またトウモロコシ等のC4植物は当該遺伝子を有さないという特徴を有する。したがって、TP1活性阻害剤をスクリーニングすることにより、栽培作物の成長に悪影響を及ぼすことなく強雑草のみを枯死させ、また葉緑体をもたないヒトや動物等への危害のおそれのない、極めて有用性の高い除草剤の開発に途が開かれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
葉緑体ピルビン酸輸送体タンパク質およびその遺伝子
配列番号5、6、7および8で表されるDNAは、それぞれ、フラベリア属のC4種(F. trinervia)、シロイヌナズナ(A. tahliana)、イネ(O. sativa)、トマト(L. esculentum)に由来するものであり、それぞれ、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるFtTP1、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるAtTP1、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるOsTP1、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるLeTP1をコードする領域を含む遺伝子である。
【0016】
TP1遺伝子がコードするタンパク質は、ナトリウム依存的な葉緑体ピルビン酸輸送機能を担う。このことは、後述の実施例に示すように、若芽期(子葉と第一、第二本葉)のシロイヌナズナの野生株が有するナトリウムイオン依存型の葉緑体へのピルビン酸輸送活性がTP1遺伝子破壊株において消失すること、TP1遺伝子を過剰発現させたタバコの当該輸送活性が野生型よりも増大すること、ならびに、実際にC4植物の昼の葉でTP1遺伝子が高く発現すること、TP1タンパク質が葉肉細胞の葉緑体に局在するようになることなどから、強く推定することができる。なお、本発明の葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質は、葉緑体の内膜の膜タンパク質であると強く予測される。
【0017】
このようなTP1遺伝子は、C4植物の葉において発現量が多く、一方C3植物の完全展開した葉ではほとんど発現しないことから、後述の実施例に示すような、同属のC3種およびC4種の植物を対象としたディファレンシャルスクリーニングにより得ることができる。
【0018】
上記ディファレンシャルスクリーニングや、それに伴うmRNAの抽出、cDNAの作製その他の操作は、公知の手法に従って行うことができ、特に制限されるものではない。その一態様は、後述の実施例で説明するようなものである。
【0019】
また、上記のようにして得られたFtTP1遺伝子等をもとにしてDNAプローブを合成し、これを用いて他の植物等cDNAライブラリまたはゲノムライブラリのスクリーニングを行うことにより、それらのTP1遺伝子を取得することができる。
【0020】
本発明のTP1遺伝子を含むDNAは天然に由来するものに限られず、化学的合成によるDNA、あるいはTP1遺伝子を利用したPCR産物なども含まれ、そのDNAは、センス鎖単独の1本鎖DNAとして存在しても、センス鎖およびアンチセンス鎖からなる2本鎖DNAとして存在してもよい。また、TP1タンパク質をコードする塩基配列(TP1遺伝子)の他、転写制御のための領域(エンハンサー、プロモーター等)や非翻訳領域を含んでいてもよい。
【0021】
図2は、FtTP1、AtTP1およびOsTP1のアミノ酸配列を比較した図である。これら3種およびLeTP1(図に示さず。)のタンパク質のアミノ酸配列は全体として70%前後の相同性を有しているが、特にFtTP1のN末端側から約100番目以降に相当する部分について高度に保存されており、この部分が当該タンパク質の活性に重要である可能性がある。したがって、上記4種のアミノ酸配列と70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列、さらに好ましくは1個または数個のみ異なるアミノ酸配列を有するタンパク質であって、特に上記4種のアミノ酸配列の相同性が保持されている部分は同一であるものは、葉緑体にピルビン酸を輸送する機能を有すると考えられる。
【0022】
また、配列番号5〜8で表される塩基配列からなるDNAの他、これらのいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAも、TP1遺伝子をコードしうるDNAである。ここで「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され非特異的なものは形成されない条件をいい、ナトリウム濃度が150〜900mM、好ましくは600〜900mM、かつ、温度が60〜68℃、好ましくは65℃の条件をいう。
【0023】
スクリーニング方法
本発明により提供されるTP1を用いることにより、その機能に影響を与える物質のスクリーニングが可能となる。
【0024】
たとえば、TP1および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸取込速度を測定し、通常の葉緑体のピルビン酸取込速度と比較してその影響を評価することにより、TP1の活性阻害物質をスクリーニングすることができる。
【0025】
また、このようなスクリーニングにより得られたTP1活性阻害作用の強い物質は、除草剤の有効成分として有用である。たとえば、葉緑体内のピルビン酸を初発とする一連の代謝のうち、分岐鎖アミノ酸合成に関わるアセト乳酸合成酵素阻害剤が除草剤としてすでに使用されている。しかし、ピルビン酸輸送はこれよりも代謝的上位に位置し、また、ピルビン酸を初発とする他の代謝にも影響すると考えられるので、アセト乳酸合成酵素阻害剤以上の薬効が期待できる。
【0026】
なお、上記スクリーニング方法に関連するステップとして、TP1のアミノ酸配列の情報に基づき、タンパク質の二次構造(ドメイン、モチーフ)、高次構造、その他の構造上の特徴をコンピュータ等を用いて解析することにより、TP1の活性阻害物質となりうる化合物の絞り込みを行うこともできる。
【0027】
抗ペプチド抗体
本発明は、一つの側面として、TP1に特異的に結合する抗体を提供する。かかる抗体は、TP1を抗原として、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を作製するための公知の方法により得られる。たとえば、配列番号9で表されるアミノ酸配列(FtTP1のC末端側1〜12番目のアミノ酸配列)からなるペプチドを抗原として得られる抗体は、TP1との特異的な結合性に優れ、各種の分析に使用することができるものである。
【実施例】
【0028】
FtTP1遺伝子のクローニング
ディファレンシャルスクリーニングには、cDNAライブラリーとしてF. trinervia全葉cDNAライブラリーを用いた。プローブには、F. pringlei全葉RNA由来のプローブおよびF. trinervia全葉RNA由来のプローブの異なる二種類のプローブを用いた。プローブの作製法
は後述する。具体的なスクリーニング方法は以下の通りである。このライブラリーはλgt10ファージに組み込まれた状態にあり、大腸菌(NM514)に感染させ、9cm×12cmのプレート1枚につき約1,000クローンとなるようにプラークを成育させ、総計9,000クローンとなるよう調製したプレートを用意した。これらのプレートからファージをナイロンメンブレンに移し取り、2組の同一メンブレンを作製した。メンブレンにはAmersham Pharmacia社のHybondN+を用い、メンブレンの調製およびハイブリダイゼーションの手順はHybondN+メンブレンのプロトコールに従った。方法は以下の通りである。まず、ファージを生育させた寒天培地にHybondN+メンブレンを置き、30秒間 (2枚目は1分間) 接着させた後にメンブレンをはがし、プラーク側を上にして変性溶液 (1.5 M NaCl, 0.5 M NaOH)に浸したろ紙上に7分間置いた。次に、中和溶液 (1.5 M NaCl, 0.5 M Tris-HCl (pH7.2), 1 mM EDTA) に浸したろ紙上に3分間置いて、2×SSPE (0.36 M NaCl, 20 mM リン酸ナトリウム(pH7.7), 2 mM EDTA)で洗浄した。その後、0.4M NaOHに浸したろ紙上に20分間置いてファージDNAをメンブレンに固定し、2×SSPEで洗浄した。ハイブリバック(コスモ・バイオ)に、そのメンブレンとハイブリダイゼーション溶液 (5×SSPE, 5×Denhardt, 0.5% SDS, 20 mg/mlサケ精子DNA) を加えて60℃で1時間以上のプレハイブリダイゼーションを行った。さらに、poly (A)+RNAを鋳型として合成した標識一本鎖cDNAのプローブを加えて、65℃で2日間、ゆっくり振とうしながらハイブリダイゼーションを行った。
【0029】
プローブとして用いた標識一本鎖cDNAは、poly (A)+RNA(後述) 1.5 μgを鋳型とし、Amersham Pharmacia 社の[α-32P] dCTPを用い、BIO-RAD社のM-MuLV Reverse Transcriptaseにより合成した。逆転写反応後、Sephadex-G50 spun columnに通し未反応の[α-32P] dCTPを取り除き、フェノール/クロロホルム抽出とエタノール沈殿を行って精製し、200 μlの滅菌水に溶解した。合成したプローブの比放射活性は、F. trinervia mRNAより調製したプローブが4.2×108cpm/μg、F. pringlei mRNA より調製したプローブが2.4×108 cpm/μgであった。これらのプローブは、およそ106cpm/mlの濃度で使用した。
【0030】
メンブレンの洗浄は、400 mlの洗浄液I (2×SSPE、0.1% SDS) で60℃、15分間の処理を一回、洗浄液II (0.2×SSPE、0.1% SDS) で60℃、15分間の処理を一回、振とうしながら
行った。洗浄終了後、Fuji Film社のイメージングプレートに16時間メンブレンを密着さ
せ、バイオイメージングアナライザーBAS2000を用いて画像化することで放射活性を解析
した。F. trinervia mRNAプローブにより強いシグナルを同定後、それらに対応するファ
ージプラークをプレートから回収した。この後、ディファレンシャルスクリーニングに用いたメンブレンを脱プローブし、C4型酵素の代表的なものである、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PpcA)、ピルビン酸ジキナーゼ(PPDK)およびNADP-マリックエンザ
イム(NADP-ME)の部分配列をPolymerase Chain Reaction (PCR)法により増幅し、得られたDNA断片を鋳型として作成した標識プローブにて、先と同様の条件でハイブリダイゼーシ
ョンを行った。PCRはTaKaRaのEx taqを用いた。イメージングプレートによって読み取っ
たC4型酵素のシグナルを、ディファレンシャルスクリーニングで得られたC4高発現シグナルと比較し、高発現シグナルとして単離できていたことを確認した。以降、C4型酵素のシグナルは解析からはずしておいた。
【0031】
一連の手順によりC4種の方において特異的なシグナルを呈した126のクローンを単離し、さらにこれらを互いの相同性に基づいて26グループに分類した。塩基配列決定は、PE Applied Biosystem社のABI PRISMTM 310自動シークエンス解析装置を用いて行った。
これは蛍光色素でラベルしたDNA断片の移動度によって塩基配列を決定する方法である。
塩基配列決定のための試料調製反応にはABI社 PRIMTM Dye Terminator Cycle Sequencing
Ready Reaction Kitを使用した。まず、4種類の蛍光標識したジデオキシヌクレオチドやTaq polymeraseを含む反応混液(Terminator Ready Reaction Mix 4 μl、template 0.2
μg、primer 1.6 pmol, 滅菌蒸留水 2.4 μl) 10 μlに20 μlのミネラルオイルを重層し、PCR反応を行った。PCRにはTaKaRa社 PCR Thermal Cycler を用い、96℃ 30秒、50℃ 15秒、60℃4分間のサイクルを25回繰り返した。反応後のサンプルはEthanol Precipitation
Protocol 2に従い精製し、ABI PRISMTM 310による自動解析を行った。DNA塩基配列の解
析にはSDCソフトウエア開発株式会社製GENETYX Macを用いた。
【0032】
続いて、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)による相同性検索を行っ
たところ、上記クローンの内の一つに、ピルビン酸輸送体と想定されうる“bile acid sodium symporter family protein”類縁タンパク質(これをFtTP1と名付けた)をコードする遺伝子を発見した。また、この遺伝子に類似する配列の遺伝子は、シロイヌナズナおよびイネにも存在することもわかった。これら3種のTP1を図2に示す。
【0033】
上述のディファレンシャルスクリーニングが機能していることを、マーカー遺伝子PpcA(上記クローンの一つで、すでにC4植物について公知の遺伝子)やその他のクローンと共に確認した。
【0034】
グループ化を経て遺伝子配列解析を済ませたクローンについて、ノーザンハイブリダイゼーションを行い、ディファレンシャルスクリーニングの精度を確認した。C4種、C3種
とともに中間種F. ramosissimaにおける発現も調査した。プローブに用いたDNA断片は、cDNAライブラリーより単離したそれぞれのクローンの挿入cDNA全域を、主として使用した
。各RNA10 μgを1% ホルムアルデヒドゲル電気泳動にかけた。同時にRNA ladder marker (0.24-9.5 kb)(GIBCO BRL社)を泳動し、泳動後、エチジウムブロマイドで染色することでmRNAのサイズを決定するのに使用した。メンブレンはスクリーニングと同様にHybond N+
メンブレンを使用した。ゲルからメンブレンへのRNAの転写及び、ハイブリダイゼーショ
ンの手順についてはそのプロトコールに従い、20×SSPEで12時間転写後、0.05N NaOHをしみこませたワットマン3MM濾紙上に メンブレンを5分間おくことでメンブレンにRNAを固定した。アルカリ処理の後は10〜60秒間、2×SSPE内で振盪し、中和した。
【0035】
ハイブリダイゼーション溶液(5×SSPE、5×Denhardt溶液、0.5% SDS)を1 ml/20 cm2メ
ンブレンになるように用意し、それに最終濃度20 mg/ml となるように熱変性したサケ精
子 DNAを加え、ハイブリバックにその溶液とメンブレンを浸し、60℃で1時間以上放置し
た。その間にAmersham社の[α-32P] dCTP とMegaprime DNA labelling systemを用いて、12.5 ngの鋳型DNA断片よりプローブを調製した。このプローブをハイブリダイゼーション溶液に加え、ゆっくり振盪しながらハイブリダイゼーション(60℃で一晩以上)を行った。ハイブリダイゼーション後は、上記と同様の条件で洗浄を行った。処理後のメンブレンに結合している放射能をイメージアナライザーにより測定し、相対値として解析した。また一度使用したメンブレンは100℃の0.5% (w/v) SDS 溶液に浸し、室温になるまで放置することで脱プローブし再使用した。
【0036】
FtTP1遺伝子の発現の様子
FtTP1遺伝子の植物における発現を確認するため、下記の実験を行った。
・RNAゲルブロッティング
FtTP1の発現を調査するために、明期および暗期の葉とともに、根あるいは茎から調製したRNAを用いた。解析の手順・条件は先に示したとおりである。
【0037】
結果は図3に示すとおりである。上記実験により、FtTP1はC4種(F. trienervia)の昼の葉で発現量の多いことが分かった。
・In situ hybridization
より詳細な組織特異的発現を調査するために、in situ hybridizationを行った。まず
発現組織観察のための葉のサンプル調整から説明する。葉組織を解剖ばさみで5 mm×5 mm程度に切り取り、直ちに 20 ml のガラスバイアルに入れた15 ml のホルムアルデヒド固
定液に浸潤させた。固定液を 0.05 M Na-P bufferに置換して30分間緩やかに振盪し、洗
浄を行った。この洗浄を2回行った後、エタノールシリーズで、室温で緩やかに振盪しながら脱水し100% t-ブタノールに置換した。この後、60℃の温度条件化で液状化したパラ
フィン (Paraplast, OXFORD) を重層し、t-ブタノールを蒸発させパラフィン固定サンプ
ルとした。
【0038】
パラフィン包埋ブロックに対してミクロトームを用いて10 μmの厚さで連続切片を切り出し、パラフィンリボンを製作した。
ハイブリダイゼーションに用いるスライドグラスを、連続する切片を貼り付けた 2 枚
を 1 組として光学顕微鏡下で選び出し、60℃のホットプレート上に並べてパラフィンを
溶解させ、100% キシレンに 10 分間 2 回浸し、パラフィンを溶解させた。次にキシレンをエタノールに置き換え(50% キシレン/エタノール 5 分、100% エタノール 5 分 2 回
)、1 時間減圧乾燥させた後、エタノール下降系列(100、90、70、50、30% エタノール
各 2 分)と滅菌水 5 分 2 回の処理でエタノールを水に置換した。次に、プローブの組
織浸透性を高めるために Proteinase K 処理を行った。処理液 (100 mM Tris-HCl, 50 mM
EDTA-2Na, 5 mg/ml Proteinase K, pH 7.5) をまず37℃のウォーターバス (YAMATO SCIENTIFIC) で20分自己消化させ、その中にスライドグラスを浸して 30 分間処理した。処理後、室温、滅菌水で 5 分ずつ 3 回洗浄し、続いて再固定液 (4% PFA, 10 mM Na-P buffer) で 10 分間再固定を行い、滅菌水で 5 分ずつ 3 回洗浄した。さらにプローブの非特異的吸着を減少させるため、アセチル化液 (0.1 M triethanolamine, 0.25% acetic anhydride) で10分間、組織片のアセチル化処理を行い、2×SSPE (20 mM NaH2PO4, 0.3 M NaCl, 2 mM EDTA-2Na, pH7.4) で5分間ずつ2回洗浄後、エタノール上昇系列 (30、50、70、90% エタノール各2分)、100% エタノール5分間 2回の処理で脱水し、1時間減圧乾燥させた。
【0039】
スライドグラス1枚あたり200 μl のハイブリダイゼーション溶液 (50% formamide, 300 mM NaCl, 10 mM Tris-HCl, 1 mM EDTA-2Na, 1×Denhardt solution、60 mM DTT、1 mg/ml yeast tRNA、500 μg/ml poly (A)、10% dextran sulfate, pH 7.5) を調製し、ここに80℃で5分間加熱した後、氷上で急冷して変性させたプローブ6 μlを加えた。50% formamide、2×SSC (0.3 M NaCl, 30 mM Citrate-3Na)を湿潤液とした湿潤箱にスライドグラスを並べ、スライドグラス 1 枚あたり約180 μlのハイブリダイゼーション溶液を切片上にのせた。2枚1組のスライドグラスに対し、片方にはセンス、もう片方にはアンチセンスのプローブをのせた。その後、液がスライドグラス全体にいきわたるようにカバーグラスをかけた。湿潤箱を密閉して、50℃で一晩ハイブリダイゼーションを行った。
【0040】
その後、スライドグラスを染色用ラックにセットし、染色壺に入れた溶液で洗浄した。まず、50℃のウォーターバスで15 分間、4×SSCで洗浄し、ずれてきたカバーガラスを、
サンプルがはがれないように丁寧に取り除いた。その後、50℃で5 分間ずつ 3 回、4×SSCによる洗浄を繰り返した。次に、一本鎖の RNA を分解するために RNase 処理を行った。RNase Buffer (16.2 mM Tris-HCl、5 mM EDTA-2Na、500 mM NaCl, pH7.5)にRNase A を20 μg/mlの濃度となるよう添加し、37℃のウォーターバスで30 分間インキュベートした。その後、RNase bufferで37℃、15 分間ずつ 3 回洗浄し、さらに0.5×SSCを用いて50℃、20分間ずつ2回、Buffer1 (100 mM Tris-HCl、150 mM NaCl, pH 7.5) を用いて、スターラーで穏やかに撹拌しながら室温で5分間ずつ2回洗浄した。
【0041】
Buffer1 から取り出したスライドグラスを、蒸留水を湿潤液とした湿室に並べ、ブロッキング液 (50% Normal rabbit serum, 50 mM Tris-HCl, 75 mM NaCl, 0.5% Tween 20, pH
7.5)を1枚あたり約200 μlのせ、室温で30分間インキュベートしブロッキングを行った。スライドグラスを傾けてブロッキング液を軽く拭き取り、一枚あたり500 μlのAnti-DIG Alkaline Phosphatase (AP) 溶液 (0.1% BSA, 100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.375 U Anti-DIG-AP (Roche Diagnostics), pH 7.5) をのせ、室温で2時間抗体反応を行った。反応終了後、洗ビンを利用してスライドグラスを 1 枚ずつBuffer1で洗浄し、続いて染色壺内にBuffer1 を入れスターラーで撹拌しながら 10 分間ずつ 3 回、さらに Buffer3 (100 mM Tris-HCl, 100 mM NaCl, 50 mM MgCl2, pH 9.5) で5分間洗浄した。
【0042】
洗浄終了後、滅菌水で湿らせた新しい湿室にスライドグラスを並べ、発色反応液(Buffer3 10 mlに対し、NBT/BCIP stock solution (DIG nucleic acid detection kit, Boehringer Mannheim) を200 μl加えたもの)をスライドグラス1枚あたり約500 μlのせてふたをし、遮光して発色させた。発色の状態は顕微鏡で観察した。発色が観察されたらセンスプローブとアンチセンスプローブによって標識した1 組のスライドグラスを同時に、TEで、その後滅菌水でそれぞれ 5 分間洗浄して発色反応を止めた。その後、エタノール上昇系列で脱水し、エタノールからキシレンに置き換えて(100% エタノール 5 分ずつ 2 回、キシレン 5 分ずつ 2 回)、カバーグラスをマウントした。封入剤はENTELLAN neu (MERCK) を用い、通気性の良い場所で一晩乾燥させ、光学顕微鏡下で観察を行った。
【0043】
結果は図4に示すとおりである。上記実験により、FtTP1はC4種(F. trienervia)の葉肉細胞で発現していることが分かった。
・GFPによる蛍光標識
FtNBAT-:GFPコンストラクトの作成: 遺伝子導入用のプラスミドは、pUC18マルチクローニングサイトにカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、synthetic green fluorescent protein(sGFP:S65T)遺伝子、noparine syntase (nos) 3ターミネーターを挿入したものを使用した。導入遺伝子はFtTP1 coding regionを用い、PCRによりFtTP1内のNco Iサイトに部位変異を導入し、両端にNco Iサイトを付加した。ただし今回はFtTP1のストップコドンを変換し翻訳がそこで終結しないように、さらにsGFPとの読み枠がずれないようにプライマーを設計した。
【0044】
A :CTTCccatggCGTCTATTTCAAGTATTG (ccatgg: Nco Iサイト)
C-f :GTTTAAGGAATCCgTGGACTGTAGGTGTAG (mutation: A → g)
C-r :CTACACCTACAGTCCAcGGATTCCTTAAAC (mutation: T → c)
F :GCccatggACTCCTTGAAATCATCTTTGTC (ccatgg: Nco Iサイト)
遺伝子の植物葉への導入はBio-Rad Biolistic (登録商標) PDS-1000/He Particle Delivery System (Bio-Rad)を用い、そのプロトコールに従い行った。タングステン粒子を70% EtOHで洗浄し、滅菌水で3回以上すすいだ。最後に滅菌済み50%グリセロールで60 mg/mlになるよう懸濁した。処理したタングステン粒子1.5 mgに5 μg plasmid, 0.625 mM CaCl2, 10 mM spermidine (3shot分)をボルテクスにより激しく撹拌しながら加え、そのまま3分間攪拌した。軽く遠心し上清を除き、70%、100%エタノールにより順次すすぎ、100%エタノール30 μlに懸濁した。一回分10 μlをマクロキャリアーに滴下し、風乾させてから植物体に打ち込んだ。ラプチャーディスクは1350 PSIを用い、チャンバー内真空度28 inch Hg、ストッピングプレートとサンプルまでの距離は4 cmでタングステン粒子を発射した。遺伝子を導入する組織は、温室で約4週間生育させたタバコ葉を用いた。葉を3 cm四方に切り、MSプレート(1×Murashige-Skoog、1% (w/v) agar)に密着させて導入および、発現誘導を行った。遺伝子導入後、25℃、暗所で一晩培養し観察した。GFP蛍光は培養後に、蛍光顕微鏡(Nikon社 ECLIPSE E600)を用い、励起波長490 nm、観察蛍光波長520 nmまたは520-560 nmで観察した。
【0045】
結果は図5に示すとおりである。上記実験により、タバコの葉でもFtTP1は葉緑体に運ばれることが分かり、このタンパク質が葉緑体への物質輸送に関与することが示された。
【0046】
抗ペプチド抗体を利用したFtTP1の検出
C4植物種におけるTP1の一般性を調べる目的で、TP1の一部を抗原とする抗ペプチド抗体を作製し、前述のF. trienerviaの他、フウチョウソウ(Cleome gynandra)、トウモロコシ(Zea mays)、キビ(Panicum miliaceum)等のC4植物、ならびに対照とし
て前述のF. pringleiの他、セイヨウフウチョウソウ(Cleome spinosa)、イネ(Oryza s
ativa)等のC3植物を対象に、この抗体の交差するタンパク質の有無を検証した。
【0047】
抗原領域は、図2において蛍光標識した、種間の保存性が高いC末端側の荷電領域に定めた。抗ペプチド抗体は、ペプチド研究所に依頼し、ウサギに免疫する汎用性のある手法によって作成した。
【0048】
結果は図6に示すとおりである。上記実験において、C4のうちナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送能を有するフウチョウソウおよびキビと高い交差性を示す一方、水素イオン依存的ピルビン酸輸送能を有するトウモロコシに交差性は現れなかった。このことから、TP1がナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送能を示す実体であることを推察させる。なお、上記交差性は、単子葉(monocot)、双子葉(dicot)にかかわらず示された。
【0049】
続いて、同じく上記抗ペプチド抗体を用いて、この抗体に交差性を示すタンパク質の局在性を調査するための免疫組織化学的分析を行った。
手法はin situ hybridizationの項目に従い作成したパラフィン切片に対して抗原抗体
反応を施すことによった。抗体の存在は、ヤギ抗ウサギ抗体を2次抗体に用い、金コロイ
ド銀増感法によった。
【0050】
結果は図7に示すとおりである。上記抗ペプチド抗体に交差性を示すタンパク質(すなわちTP1)は葉肉細胞の葉緑体に局在することが示された。
シロイヌナズナにおけるTP1遺伝子の発現
C3植物であるシロイヌナズナにおけるTP1遺伝子の発現の様子を調査するため、下記の実験を行った。
【0051】
シロイヌナズナ形質転換にはpBI101-GUS-nosTベクターを用い、β-glucuronidase (GUS) 遺伝子の上流にAtTP1 (At2g26900) の翻訳開始Metから数えて上流2kbを導入した。
まず、シロイヌナズナのゲノム情報からAtTP1上流領域の塩基配列情報を得た。そこで
、シロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型とし、AtTP1の開始コドンの直前から上流約2 kbをPCRにより増幅した。プライマーは、5’末端側にHind IIIサイト、3’末端側にXba Iサイトを導入するように設計した。PCR反応にはテンプレート3 ng とExtaq polymeraseを用い、反応条件は変性が94℃/30秒間、アニーリングは55℃/2分間、伸長が72℃/1分間で35サイクル行った。使用したプライマーの配列を以下に記す。
【0052】
M: 5’- CGaagcttGGCCTGTTTTGATCAAAATCA -3’ (aagctt:Hind IIIサイト)
N: 5’- CGtctagaGTTTTGATCAAAAGGGTTTTAG -3’ (tctaga:Xba Iサイト)
PCRで増幅した産物をHind III/ Xba Iで制限酵素処理した後、アガロースゲル電気泳動にかけ分離した。完全に分離した後ゲルより切り出し、 MagExtractor (TOYOBO) を用い
て精製し、定法に従ってサブクローニング産物を得た。このサブクローニング産物をHind
III/ Xba I消化し上記の方法でアガロースゲルより回収した。これを、Hind III/ Xba I消化し同様に回収したpBI101ベクターのGUS遺伝子上流に導入した。
【0053】
アグロバクテリウムAgrobacterium tumefaciensの系統としてGV3101::pMP90を使用し形質転換アグロバクテリアを用意し、汎用されている減圧浸潤法によりシロイヌナズナへ形質転換した。最終的には導入遺伝子が1コピーで、それがホモになった系統を得た。GUS活性の解析には、whole-mount GUS staining を行った。個体全体を直ちにGUS staining buffer (0.3% Triton X-100, 1.9 mM 5-bromo-4-chloro-3-indoyl-β- D-glucronide, 0.5 mM potassium ferricyanide, 0.5mM potassium ferrocyanide, 100 mM phosphate buffer, pH 7.0) に浸潤させた。デシケーターに入れ、400 mmHgで1時間減圧した。その後、ゆっくりと減圧を解除し、37℃で24時間インキュベートした。その後、GUS staining bufferを取り除き、75%エタノールで1回サンプルを洗浄することで反応を停止させた後、新たな75%エタノール中にサンプルを浸潤し、4℃、24時間インキュベートして、クロロフィルを溶出させ、脱色した。
【0054】
結果は図8および9に示すとおりである。シロイヌナズナの第一・第二本葉は青く発色し、AtTP1遺伝子が発現していることが示されている。一方、第3本葉(図9枠線内)および根は青く発色しておらず、AtTP1遺伝子は第3本葉以降の成長段階では発現しないことが示唆されている。
【0055】
つづいて、上述のような限定的な発現の時期にTP1タンパク質が存在しているかを、前述の抗ペプチド抗体を用いて検討した。
ここで、シロイヌナズナAtTP1遺伝子について、T−DNAの挿入による、独立した2種類の当該遺伝子破壊株が存在することが、前述のBLAST検索により分かっている(SALK_098692およびSALK_101808)。これらの変異種および野生型を対象としてAtTP1のmRNAおよびタンパク質の検出を行った。
【0056】
第一第二本葉を展開させ始めた個体から、タンパク質あるいはRNAを抽出し、TP1抗体によってあるいは放射標識したAtTP1遺伝子断片を用いて、それぞれを検出した。
【0057】
結果は図10に示すとおりである。発芽期の野生型ではAtTP1のmRNA、タンパク質のいずれも検出されたが、2種の破壊株では、AtTP1のmRNA、タンパク質のいずれも検出されず、AtTP1の遺伝子が破壊されていることが確認された。
【0058】
ピルビン酸輸送活性の測定
TP1が葉緑体へのピルビン酸輸送機能を担うタンパク質であることを、以下に示す2つの実験により証明した。
【0059】
上記生育段階にあるシロイヌナズナや野生株あるいは遺伝子破壊株から単離葉緑体を調製し、シリコン二重層法により放射標識したピルビン酸輸送活性を調査した。二重層のうち中間層にナトリウムを50mM含むあるいは含まない溶液を用意することで、ナトリウムイオンの要求性を検討することができる。手順は、先に示した非特許文献に記載のとおりである。
【0060】
結果は図11に示すとおりである。野生株ではナトリウムイオン依存的なピルビン酸輸送活性が見られたが、破壊株ではそれが消滅しており、AtTP1が葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質であることが示された。
【0061】
次に、前述のGFP遺伝子を融合させたFtTP1を導入したタバコの形質転換体(FtT
P1が過剰発現している)を用いて、これと同時期(約7日齢)のタバコと、ピルビン酸
輸送活性を比較した。葉緑体の調製、およびピルビン酸の取込速度の測定は、上記シロイヌナズナについての実験と同様にして行った。
【0062】
結果は図12に示すとおりである。形質転換体(G2)では、ナトリウムイオン依存的にピルビン酸輸送活性が増大することが観察され、FtTP1の過剰発現が反映されているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】C3およびC4光合成回路の模式図。
【図2】FtTP1、AtTP1およびOsTP1のアミノ酸配列の比較。
【図3】FtTP1のRNAブロッティング。C4種の昼の葉での発現量が多いことがわかる。
【図4】FtTP1のIn Situ hybridization。葉肉細胞で発現していることがわかる。
【図5】タバコの葉におけるTP1::GFP遺伝子の発現。葉緑体の局在しており、TP1が葉緑体内への物質輸送に寄与することを示している。
【図6】抗ペプチド抗体を用いた交差性試験。ナトリウムイオン依存的ピルビン酸輸送活性を示すC4種と高い交差性を示している。
【図7】ImmunohistochemistryによるTP1の検出。葉肉細胞の葉緑体に局在している。
【図8】GUS遺伝子を導入したシロイヌナズナの出芽期における、AtTP1遺伝子の発現の様子。
【図9】GUS遺伝子を導入したシロイヌナズナにおける、AtTP1遺伝子の発現の様子。第一・第二本葉は青く発色しているが、第3本葉(枠線内)および根では発色していない。
【図10】シロイヌナズナの野生株および破壊株についての、AtTP1のmRNAおよびタンパク質の検出実験。野生型のみ両方とも検出された。
【図11】シロイヌナズナの葉緑体へのピルビン酸取込速度の測定。野生型ではナトリウムイオン依存的にピルビン酸輸送活性が増大しているが、破壊株ではそれが見られない。
【図12】タバコの葉緑体へのピルビン酸取込速度の測定。FtTP1過剰発現植物ではピルビン酸輸送活性が高まっている。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(I)〜(V)のいずれかに該当する葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質。
(I) 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(II) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(III) 配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(IV) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(V) 上記(I)〜(IV)のいずれかのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有する範囲で、アミノ酸の欠失、置換もしくは付加のいずれか1種以上により修飾されたアミノ酸配列からなり、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
下記(i)〜(v)のいずれかに該当する、請求項1に記載のタンパク質をコードする領域を含む遺伝子。
(i) 配列番号5で表される塩基配列からなるDNA
(ii) 配列番号6で表される塩基配列からなるDNA
(iii) 配列番号7で表される塩基配列からなるDNA
(iv) 配列番号8で表される塩基配列からなるDNA
(v) 上記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質をコードする領域を含むDNA
【請求項4】
請求項1に記載のタンパク質および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸輸送活性を測定する工程を含む、請求項1に記載のタンパク質の活性阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記活性阻害物質が除草剤の有効成分として使用しうるものである、請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
配列番号9で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを抗原として得られた抗ペプチド抗体。
【請求項1】
下記(I)〜(V)のいずれかに該当する葉緑体ピルビン酸輸送タンパク質。
(I) 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(II) 配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(III) 配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(IV) 配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(V) 上記(I)〜(IV)のいずれかのアミノ酸配列と70%以上の相同性を有する範囲で、アミノ酸の欠失、置換もしくは付加のいずれか1種以上により修飾されたアミノ酸配列からなり、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
下記(i)〜(v)のいずれかに該当する、請求項1に記載のタンパク質をコードする領域を含む遺伝子。
(i) 配列番号5で表される塩基配列からなるDNA
(ii) 配列番号6で表される塩基配列からなるDNA
(iii) 配列番号7で表される塩基配列からなるDNA
(iv) 配列番号8で表される塩基配列からなるDNA
(v) 上記(i)〜(iv)のいずれかの塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、葉緑体ピルビン酸輸送能を有するタンパク質をコードする領域を含むDNA
【請求項4】
請求項1に記載のタンパク質および候補物質の存在下に、葉緑体のピルビン酸輸送活性を測定する工程を含む、請求項1に記載のタンパク質の活性阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記活性阻害物質が除草剤の有効成分として使用しうるものである、請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
配列番号9で表されるアミノ酸配列からなるペプチドを抗原として得られた抗ペプチド抗体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
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【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−22170(P2009−22170A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−185699(P2007−185699)
【出願日】平成19年7月17日(2007.7.17)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年7月17日(2007.7.17)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】
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