薬剤噴霧装置
【課題】被験者等の状態にかかわらず、目的部位に薬剤を確実かつ均一に投与することができる薬剤噴霧装置を提供する。
【解決手段】薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置1は、目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能なマウスピース10と、マウスピース10に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路13と、各々の複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、薬剤流路13と連通して設けられ、薬剤流路に薬液を供給する薬液供給部30と、薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部40とを備えることを特徴とする。
【解決手段】薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置1は、目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能なマウスピース10と、マウスピース10に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路13と、各々の複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、薬剤流路13と連通して設けられ、薬剤流路に薬液を供給する薬液供給部30と、薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部40とを備えることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者等の所定の部位に薬剤を含む薬液を噴霧するための薬剤噴霧装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、内視鏡検査を行う際には被験者の口部にほぼ筒状のマウスピースが装着される。被験者の口部に装着されたマウスピースは、被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。そして、マウスピースに設けられた貫通孔内に内視鏡の挿入部が挿入される。このとき、内視鏡の挿入部は、マウスピースの貫通孔の内周面に摺接し、当該内周面に沿う状態でガイドされて体内に送り込まれる。
上述のマウスピースは、内視鏡の挿入部を口から体内に挿入するにあたり、
(1)被験者の口をあけた状態に保つこと
(2)内視鏡検査中に、被験者が負荷を感じる等の理由で歯を噛み締めた際、内視鏡を保護することの2つを大きな目的として装着されるものであり、臨床現場で広く用いられている。
【0003】
また、通常は、内視鏡挿入時の被験者の負担をより低減するために、上述のマウスピースの装着前に、定量噴霧式表面麻酔剤等が手動式のポンプスプレーにより咽喉部に噴霧投与されることが多い。
このような場合に使用される薬剤噴霧装置や噴霧方法は様々あるが、一例として、特許文献1に記載の薬液の噴霧投与方法が開示されている。
【0004】
図11は特許文献1に記載の薬剤噴霧装置を示す図である。この薬剤噴霧装置は、薬液を体内の標的部位にデリバリーするカテーテル120を備えたカテーテルアセンブリー110である。カテーテルアセンブリー110における付勢機構としては、例えば加圧ガス、真空、求心力、プランジャー、電位の傾き等を用いたものが採用可能である。付勢機構として電位の傾きを利用したものを用いる場合、カテーテル120は、図11に示すように、全長にわたる内腔と、活性電極を含む近位端130と、対極とノズル180とを含む遠位端135、及び電気エネルギー源としての電池またはパルス発生器等を有する構成をとる。そして、当該電気エネルギー源に活性電極と対極が接続されている。
【0005】
帯電された薬液は、活性電極を経てデリバリーされ、活性電極と対極の回路により形成される電位の傾きに沿って移動し、カテーテル120のノズル180を通って標的部位に至る。例えば送達される薬液がプラスに帯電している場合には、アノードが活性電極となりカソードが対極となって電気回路を完成させ、デリバリーされる薬液がマイナスに帯電している場合には、カソードが活性電極となりアノードが対極となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2006−527023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般的な霧吹き式の定量噴霧式表面麻酔剤を咽喉部に噴霧投与した場合、気体圧力を用いる噴射方式のため、麻酔薬がある一点に比較的集中して投与される。このため、内視鏡挿入時に負荷を生じさせる部位、すなわち、内視鏡と生体との接触位置に対して、複数回に分けて投与することが必要となる。また、集中投与された麻酔薬は投与位置から重力方向に垂れやすくなり、周辺部位にも負荷低減に寄与しない麻酔作用を引き起こす場合がある。
また、内視鏡挿入時の負荷を感じる部位は咽喉部の広い範囲に点在し、麻酔薬を均一に投与することが重要とされているが、上述の定量噴霧式表面麻酔剤によりその位置を特定しながら確実に麻酔することは容易な事ではないため、負荷低減効果が充分に得られない場合があるという問題がある。
【0008】
一方、特許文献1に記載の薬剤噴霧装置は、比較的広い範囲に噴霧することも可能であるが、噴霧された薬液の微粒子は非常に小さいため、粘膜等の生体表面に付着せずに舞い上がりやすい。このように薬液の微粒子が舞い上がると、呼気動作により口腔外に排出されやすいため、充分な効果が得られない場合がある。また、電位差を用いる場合は、近位端130の活性電極と遠位端135の対極との間に電位差が設けられているに過ぎないため、遠位端135のノズル180から放出された治療薬は、電位の傾きの作用を受けない。したがって、放出された薬剤は方向性を失いやすくなって目的部位に付着しないことがある結果、薬剤の投与が不均一になりやすいという問題がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みて成されたものであり、被験者等の状態にかかわらず、目的部位に薬剤を確実かつ均一に投与することができる薬剤噴霧装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、前記本体に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路と、各々の前記複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、前記薬剤流路と連通して設けられ、前記薬剤流路に前記薬液を供給する薬液供給部と、前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部とを備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、薬液供給部により供給される薬液は、電圧印加部により電圧が印加された状態で薬剤流路の複数の分岐流路を経て、それぞれの噴霧口に導かれる。よって、複数の分岐流路の内部の薬液は生体との間で所定の電位差を有しているので、複数の噴霧口の薬液と生体の内部との間に電気力線が形成されるとともに、複数の噴霧口から薬液が帯電した状態で噴霧される。噴霧されて微粒子となった薬液は、電気力線によって確実に目的部位まで到達して投与される。このとき、複数の噴霧口から噴霧される薬液の液体微粒子は、いずれも一本に合流された薬剤流路を通って供給されるため、同一の大きさかつ同一極性の電圧が印加される。その結果、噴霧された液体微粒子どうしの反発が高頻度に発生し、広い範囲に均一に薬剤が噴霧投与される。さらに、本体が目的部位に対して位置決めされた状態で保持されることによって、薬剤流路及び噴霧口が目的部位に対して位置決めされた状態で保持できるので、薬液の噴霧方向が安定されて、より確実に薬液が投与される。
【0012】
前記本体は、内視鏡の挿入部が挿通されて前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔を有し、筒状に形成されたマウスピースであり、前記薬剤流路は、前記貫通孔の周囲の壁面を貫通して設けられ、前記噴霧口は前記壁面の端面に開口していてもよい。この場合、薬液を口腔内の目的部位に確実かつ均一に投与するとともに、本体の貫通孔に内視鏡の挿入部を挿通させて、生体の内部を観察することができる。
【0013】
前記噴霧口の少なくとも一つは、自身の軸線が連通する前記分岐流路の軸線と角度をなして斜めに延びるように形成されてもよい。この場合、より広い範囲に確実かつ均一に薬液を投与することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、被験者等の状態にかかわらず、目的部位に薬剤を確実かつ均一に投与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】内視鏡挿入前における麻酔薬投与位置を示す概略図である。
【図2】本発明の第1実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図3】同薬剤噴霧装置のマウスピースの側面断面図、正面図、背面図、及び平面図を示す図である。
【図4】同薬剤噴霧装置の薬剤噴霧機構の構成を示す図である。
【図5】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を示す図である。
【図6】本発明の第2実施形態の薬剤噴霧装置のマウスピースを示す図である。
【図7】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を上方から見た状態を示す図である。
【図8】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を側方から見た状態を示す図である。
【図9】本発明の第3実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図10】同薬剤噴霧装置のマウスピースを開口部側から見た状態を示す図である。
【図11】従来の薬剤噴霧装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1実施形態について図1から図5を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置1は、内視鏡挿入時に使用されるマウスピースと、内視鏡挿入時の被験者等の負荷を低減させるための麻酔薬(薬剤)を含む薬液を噴霧投与可能な薬剤噴霧機構とが一体となった構成をとっている。
【0017】
図1は、内視鏡挿入前における一般的な麻酔薬投与位置を示す概略図である。図1に示すように、口腔内に挿入された内視鏡と接触することにより患者が負荷を感じる部位は、舌根部を含む口腔内の奥及び咽喉部T等を含む比較的広い領域Aであり、麻酔薬を当該領域Aの一領域でなく、概ねまんべんなく投与することで被験者等の負荷がより好適に低減されると考えられる。すなわち、本実施形態における目的部位は、この領域Aの粘膜表面である。
【0018】
図2は、薬剤噴霧装置1が被験者Pに装着された状態を示す図である。図2に示すように、薬剤噴霧装置1は、被験者Pに装着されるマウスピース(本体)10と、マウスピース10に取り付けられた薬剤噴霧機構20とを備えている。
【0019】
マウスピース10は、被験者Pの口部に装着されるものであり、被験者Pが噛むことによって被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。マウスピース10は、内視鏡を被験者Pの内部に挿入可能とするために、内視鏡の挿入部を挿通可能な貫通孔11を有する筒状に形成されている。すなわち、内視鏡の挿入部はマウスピース10の貫通孔11の内面に摺接し、当該内面によってガイドされつつ体内に送り込まれる。
マウスピース10の材質は軽量化のため樹脂材料が好ましいが、被験者Pの歯の噛み締めから内視鏡を保護できる程度の剛性を有することが必要である。具体的には、耐薬品性のある医療用プラスチック(ポリサルフォン、ポリメチルペンテン、TPX(登録商標)等)の材質を好適に採用することができる。
【0020】
図3は、マウスピース10の側面断面図を中心として、左右に正面図および背面図、下方に平面図をそれぞれ示す図である。貫通孔11を取り囲むマウスピース10の壁面12のうち、被験者Pが装着した際に上半分に位置する部分には、所定の径を有して貫通孔11と平行(略平行を含む)に貫通して設けられた薬剤流路13が形成されている。
【0021】
薬剤流路13の第1の端部は1つの開口13Aを有し、薬剤供給機構20と接続されて口腔内に噴霧される薬液が供給される。そして、薬剤流路13は、図3の平面図に破線で示すように壁面12の内部で一本の流路から複数の分岐流路13Cに分岐している。薬剤流路13の第2の端部には、複数の分岐流路13Cに連通して設けられた複数の噴霧口13Bが、貫通孔11の周囲に等間隔で整列して開口している。噴霧口13Bの径は、薬剤流路13の径よりも小さく設定されている。薬剤流路13、開口13A、及び噴霧口13Bの径は、投与する薬剤の粘度や投与量等によって適宜決定されてよい。例えば、本実施形態では、分岐流路13Cを含む薬剤流路13及び開口13Aの径は1ミリメートル(mm)、各噴霧口13Bの径は0.1mmに設定されている。
【0022】
図4は、薬剤噴霧機構20の構成を示す図である。薬剤噴霧機構20は、マウスピース10の分岐流路13Cに薬液を供給するための薬液供給部30と、薬液供給部30から供給される薬液に電圧を印加して、薬液の噴霧後の挙動を制御するための電圧発生部40とを備えている。薬液供給部30及び電圧発生部40は、取り扱いを容易にするために、ケース21に収容されている。
【0023】
薬液供給部30は、薬剤を含む液体である薬液Dが充填されたシリンジ31と、シリンジ31と薬剤流路13とを接続する配管34とを備えている。本実施形態では、薬液Dとして咽喉部を麻酔するための麻酔薬が充填されている。シリンジ31は、シリンダ32とピストン33とからなる公知の構成を有する。配管34はコネクタ35(図2参照)を介して薬剤流路13と接続される。したがって、ピストン33をシリンダ32に押し込むことによって、シリンダ32内の薬液Dを、配管34を経由して薬剤流路13に供給することができる。シリンジ31として、薬液Dが充填された状態で販売されたものをケース21に取り付けて使用し、使用時ごとに交換するようにしてもよい。
【0024】
電圧発生部40は、電源41と、電源41の電圧を所定の電圧まで昇圧する電圧発生回路42と、電圧発生回路42で発生した電圧を薬液Dに印加する電圧印加部43とを備えている。
電源41は公知の各種の電源を使用することができる。本実施形態では持ち運び性を考慮し、電池が使用されている。
【0025】
電圧発生回路42は、圧電方式又は巻線方式等の高圧トランスにより電源41の電圧を所定の値の高電圧まで昇圧させるものである。電圧の所定値は、薬剤の種類等によって適宜設定されてよい。本実施形態では、例えば約5キロボルト(kV)まで昇圧される。
電圧発生回路42は、スイッチ44によってオンオフが制御され、高電圧の発生の有無が制御される。必要に応じて、電圧の大きさを調整したり、極性を変更したりするスイッチがさらに設けられても良い。
【0026】
電圧発生回路42からは、図示しないグランド線がケース21の外部に引き出されている。グランド線は、被験者Pの生体の一部と電気的に接触して当該生体を0V電位とする。グランド線の接触部位は特に限定されないが、例えば、指等に取り付けることが可能である。グランド線を被験者Pに接触させることによって、生体内の投与される目的部位はグランドとなり、電圧発生部40によって電圧が印加される薬液Dとは電位を異にすることとなる。このため、後述するように、薬液Dを目的部位に好適に到達させることができる。
【0027】
電圧発生回路42の内部には、必要に応じて、高電圧に対する各種の安全性対策のための機構が設けられてもよい。具体例としては、各種の高抵抗回路や過電流検出回路等を挙げることができる。
例えば、高抵抗回路を採用する場合は、後述する電極コンタクト部材45に、スパークや生体への電撃を防止する保護用の高抵抗を直列に配置してもよい。また、過電流検出回路を採用する場合は、電圧発生回路42から電圧印加部43に高電圧が供給された際に流れる電流を検出し、電流値が所定の設定値以上になったときに電圧発生回路42を停止させ、高電圧の発生を停止させるように構成してもよい。なお、被験者等への安全性を加味すると、過電流検出回路における設定値は、好ましくは約100マイクロアンペア(μA)以下、少なくとも約10μA以下に設定されるのが好ましい。
このほか、シリンジ31内の薬液Dがなくなると(例えばピストン33が限界までシリンダ32に押し込まれると)電圧発生回路42における高電圧の発生が停止されるように、図示しない検出センサが設けられても良い。この場合、電圧発生回路42は、薬液Dを送液中にのみ高電圧を発生させて電圧印加部43に高電圧を供給することによって安全性が高められる。
【0028】
電圧印加部43は、電圧発生回路42と電気的に接続された電極コンタクト部材45と、電極コンタクト部材45と接触可能に配置され、薬液Dに電圧を印加する印加電極46とを備えている。
電極コンタクト部材45は、印加電極46における高電圧の印加を集中させるために、印加方向に先細な針形状を有するものが好ましく、材質としては、例えばステンレス等を好適に使用することができる。このほか、一般的な電気接触子の金メッキされたコンタクトプローブ等を電極コンタクト部材45として使用してもよい。
【0029】
印加電極46は、電圧発生回路42から電極コンタクト部材45を介して供給された高電圧を噴霧される薬液Dに印加する電極であり、シリンジ31と配管34との間に、薬液Dと電気的に接触可能に配置されている。より具体的には、印加電極46は、円管形状をなし、内部に薬液Dが通るための貫通穴が形成されて、シリンジ31と配管34とを、水密を確保しつつ接続するように接合されている。水密を確保するために、シリンジ31及び配管34と接続される端部にゴム製のパッキン等が設けられてもよい。印加電極46を形成する材料としては、導電性の金属、導電性樹脂、導電性膜が形成された樹脂等を使用することができ、例えば耐蝕性ステンレス等を好適に採用することができる。
【0030】
印加電極46は、薬剤流路13や配管34内の薬液Dを介して各噴霧口13B付近の薬液Dに高電圧を印加する。これにより薬液Dは、帯電され且つ霧化状の同電位の微粒子(液体微粒子)として各噴霧口13Bから噴霧される。その際、印加された高電圧がプラス側極性の場合は、液体微粒子はプラス側極性に帯電し、高電圧がマイナス側極性の場合は、液体微粒子はマイナス側極性に帯電する。一方が複数の噴霧口13Bとして開口した薬剤流路13は、コネクタ35側で1つの開口13Aとなるように合流しているため、各噴霧口13Bから噴霧される薬液Dの液体微粒子は、すべて同一の極性に帯電する。
一般に被験者P等の生体は0V近傍になっており、また本実施形態では上述のグランド線によって生体は0Vになっているため、噴霧された薬液Dの液体微粒子とは電位が異なる。したがって、薬液Dの液体微粒子は、いずれの極性に帯電した場合であっても、積極的に電位の異なる部位である目的部位に引き寄せられて付着する。
【0031】
印加電極46は、電極コンタクト部材45及びケース21に対して着脱自在とするのが好ましい。このようにすると、使用時に薬液Dと接触した印加電極46を使い捨てとすることによって、噴霧される薬液Dの衛生度をより高めることができる。
【0032】
上記のように構成された薬剤噴霧装置1の使用時の動作について説明する。以下では、薬剤噴霧装置1を用いて被験者Pに対して内視鏡挿入前の咽喉部麻酔を行う例を説明し、薬液Dとして液体の麻酔薬D1を用いる。
【0033】
まず、ユーザは、所望量の麻酔薬D1が充填されたシリンジ31を準備する。次に、ケース21内に印加電極46を取り付け、印加電極46を介してシリンジ31と配管34とを接続し、さらに、配管34とマウスピース10とをコネクタ35で接続する。
【0034】
次にユーザは、噴霧口13Bが口内に位置するようにマウスピース10を被験者Pにくわえさせ、歯で噛むように挟持して保持させる。これにより、薬剤流路13の噴霧口13Bが、口腔内において所定の位置、具体的には麻酔薬D1を到達させたい咽喉部粘膜等が位置する目的部位に向くように位置決めされる。
【0035】
被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、ユーザはシリンジのピストン33を徐々にシリンダ32に押し込みつつ、電圧発生部40のスイッチ44をオンにする。すると、電圧発生回路42から発生した高電圧が、電極コンタクト部材45を介して印加電極46に供給される。この高電圧は、印加電極46によって、薬剤流路13を通って噴霧口13B付近に到達した麻酔薬D1に印加される。そして、麻酔薬D1は、同電位かつ同一極性に帯電した液体微粒子として複数の噴霧口13Bから噴霧される。
【0036】
より詳しく説明すると、噴霧口13Bに位置する麻酔薬D1は、外部の空気との間に液体と気体における界面を形成している。この界面に電圧が作用すると、界面は麻酔薬D1の表面に働く静電気力によって電気流体力学的に不安定になり、不安定点が発生する。この不安定点から帯電した霧化状態の液体微粒子が噴霧される。また界面に高電圧が作用し、噴霧口13Bにおける界面の電荷密度が臨界値に達すると、図2に示すように、麻酔薬D1が噴霧口13Bから糸状の柱、すなわち液糸14として伸び、伸縮する。このとき、液糸14の先端から、麻酔薬D1が多数の液体微粒子として順次分裂する。印加される電圧の値が大きくなると、細い液糸14における界面はさらに不安定になり、多数の不安定点が同時に発生する。麻酔薬D1は、これら不安定点から、帯電した完全な霧化状態の液体微粒子DPとして複数の噴霧口13Bから噴霧される。
【0037】
図5は、麻酔薬D1が噴霧されている状態のマウスピース10を示す平面図である。電圧発生部40で発生した高電圧が麻酔薬D1に印加されると、上述のように各噴霧口13B付近の麻酔薬D1と被験者Pの口腔内の目的部位との間には電位差が生じる。このとき各噴霧口13Bから口腔内の咽喉部に向かって図5にしめすような電気力線L1が形成される。
同一電位に帯電している麻酔薬D1の液体微粒子DPは、各噴霧口13Bから生じた電気力線L1に従って、電気力線L1が形成された範囲内において麻酔薬D1と異なる電位を有する目的部位に向けて口腔内を飛行し、電位が0Vである咽喉部Tの粘膜表面等に確実に付着することによって麻酔薬D1が目的部位に選択的に投与される。
【0038】
各噴霧口13Bは比較的小さい所定間隔で整列配置されているため、噴霧された液体微粒子DPは接近された状態で飛行し、各々の電気力線L1に沿って移動するために衝突しそうな挙動をとる場合がある。しかし、各噴霧口13Bから噴霧される液体微粒子DPは、すべて同一極性を有するために口腔内の空間でお互いに反発して一定の距離を保つ。したがって、口腔内で液体微粒子DPどうしが結合して液体微粒子DPの大きさが変化することはなく、目的部位に均一に麻酔薬が投与される。
【0039】
さらに、液体微粒子DPどうしの反発によって、一部の液体微粒子DPは、各噴霧口13Bから形成される電気力線L1の範囲外へ飛び出すため、実際に液体微粒子DPが噴霧される範囲は、図5に二点鎖線L2で示される範囲となる。電気力線L1の範囲外へ飛び出した液体微粒子DPも最終的には電位の異なる粘膜等の生体表面に引き寄せられて付着するため、実際には各電気力線L1の生体表面上の総面積よりも広い領域に麻酔薬D1が投与される。
【0040】
麻酔薬D1の投与が終わったら、ユーザはスイッチ44をオフにして電圧の発生を止め、シリンジ31の操作を止める。その後、マウスピース10の貫通孔11から図示しない内視鏡の挿入部を体腔内に挿入して、検査や処置等の所望の手技を行う。薬剤噴霧機構20は、内視鏡の挿入前にマウスピース10から取り外してもよいし、薬剤噴霧機構20を接続したまま内視鏡の挿入を行っても構わない。さらには、シリンジ31、配管34、印加電極46等を交換して、他の有効成分を含む薬液を投与してもよい。
【0041】
本実施形態の薬剤噴霧装置1によれば、同一極性に帯電された薬液Dの液体微粒子DPが、マウスピース10に設けられた薬剤流路13の複数の噴霧口13Bから噴霧される。そのため、液体微粒子DPは反発作用により比較的均一に分散し、その位置関係を保ったまま目的部位に存在する咽喉部粘膜等の生体表面に付着する。したがって、液体微粒子DPが舞い上がったり(ドライフォグ現象)、呼気動作の気流に乗って体外に排出されたりせず、生体表面に局所的に麻酔薬D1が集中投与されることがない。その結果、投与された麻酔薬D1は、重力方向に垂れることがなく均一に投与されて、内視鏡挿入時の負担軽減に寄与しない舌部等への麻酔薬D1の無用な投与を少なくすることができるとともに、投与されずに排出される麻酔薬D1も減らすことができるので、薬液の総投与量をより少なくすることができる。これは、麻酔薬D1のように全身に作用する薬剤が使用される際には、特に安全性に大きく寄与するものである。
【0042】
また、被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、配管34をマウスピース10の薬剤流路13に接続して、薬液を薬剤流路13に導くことにより、被験者Pの口腔内に薬液を容易に導入することができる。また、薬剤流路13及び噴霧口13Bは、被験者P等が保持するマウスピース10に位置決めされた状態で設けられているので、所定の状態で被験者Pがマウスピース10を保持することによって、薬剤流路13及び噴霧口13Bを口腔内の所定の位置に位置決めすることができる。したがって、マウスピース10における薬剤流路13及び噴霧口13Bの形成態様を適宜変更することによって、任意の目的部位に各噴霧口13Bが対向し、かつ、当該目的部位までの距離も所定範囲に定まる。その結果、目的部位に向かって的確に薬液を投与することができる。
【0043】
さらに、複数の噴霧口13Bが、マウスピース10の貫通孔11とおおむね同一の距離を保ちつつ所定間隔で整列配置されているため、噴霧された液体微粒子DPどうしの反発が起こりやすい。その結果、噴霧口13Bと目的部位との間に発生する電気力線L1の範囲を超えた範囲に均一性を大きく損なわずに薬液を投与することができる。したがって、広い範囲に対しても均一に薬剤を投与することができる。
【0044】
なお、本実施形態においては、図3に示すように、貫通孔11の上側にのみ薬剤流路13及び噴霧口13Bが形成されている。これは、内視鏡と接触しても苦痛を感じない舌部への無用な投与を削減するためであるが、薬剤流路13及び噴霧口13Bの形成位置はこれには限定されず、投与する薬剤や目的部位等に応じて適宜変更することが可能である。
【0045】
さらに、薬剤噴霧装置1は、噴霧時に気体圧力を使用しないため、噴霧口13Bから薬液Dが垂れて咽喉部以外の部位に付着することも防止することができる。また、超音波やメッシュを用いずに高電圧を用いるため、多少の大きさ(例えば粒子径が10μm程度)の固形成分であれば、容易に帯電した霧化状態の液体微粒子DPとして噴霧できる。したがって、薬剤噴霧装置1が噴霧可能な薬液Dは、溶液に限られず、上述の粒子径の薬剤が溶媒に分散したようなものも適用可能である。
【0046】
液体微粒子DPの径は、印加電圧の大きさを変えることによって、一定範囲で変化させることができる。したがって、投与する薬剤の種類や、目的部位等に応じて、噴霧される液体微粒子DPを任意の粒子径に設定することが可能である。
本実施形態においては、液体微粒子DPの径が10μm以下となると、粘膜に付着せずに口腔内を浮遊しやすくなり、その結果気管や肺内に流入して定着しやすくなる。このような薬剤動態を低減するためには、液体微粒子DPの径は比較的大きく設定されるのが好ましい。例えば、噴霧口13Bの直径が0.1mm前後、印加電圧がプラス5kV前後の場合、液体微粒子DPの径は概ね50μm以上となり、気管や肺内への流入を抑制して、目的部位である咽喉部等の粘膜に均一に投与することができる。
【0047】
さらに、麻酔薬D1に電圧を印加する印加電極46は、被験者Pから離れたケース21内に配置されているので、薬剤噴霧装置1を安全に使用することができる。本実施形態の薬剤噴霧装置1ではこのような利点があるが、それを考慮しなければ、印加電極46は、すべての噴霧口から噴霧される薬液に同一の大きさかつ同一極性の電圧を印加できるという条件を満たすいかなる場所に設けられても構わない。
【0048】
次に、本発明の第2実施形態について、図6から図8を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置51と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、噴霧口の形成態様である。なお、以降の実施形態において、上述の薬剤噴霧装置と共通する構成要素については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0049】
図6は、薬剤噴霧装置51のマウスピース10の噴霧口側の端面を示す図である。薬剤流路13は、第1実施形態と同様に形成されているが、各噴霧口52は、連通された分岐流路13Cの軸線とそれぞれ所定の角度をなすように傾斜して設けられている。そのため、各噴霧口52の分岐流路13C側の開口(不図示)は分岐流路13Cと概ね同軸であるが、マウスピース10の外部に開く開口は、各分岐流路13Cの軸線上からオフセットされた位置に形成されている。
【0050】
具体的には、マウスピース10が被験者Pに保持された状態で貫通孔11の上側に位置する噴霧口52については、図6に示すように、分岐流路13Cの軸線に対して上側にオフセットされた開口52Aと下側にオフセットされた開口52Bとが交互に形成されている。そして、上記状態で貫通孔11の左右に位置する開口52Cは、分岐流路13Cの軸線に対して下側かつ貫通孔11と離間する方向にオフセットされて配置されている。
【0051】
図7は、薬剤噴霧装置51動作時の液糸14及び発生する電気力線L3を上方から見た状態を示す図であり、図8は、液糸14及び電気力線L3を側方から見た図である。なお、図を見やすくするため、薬剤噴霧機構20は省略して示している。各噴霧口52から伸びる薬液Dの液糸14は、貫通孔11に対して、上下方向又は左右方向に角度をなして延びている。したがって、電気力線L3によってカバーされる領域は、薬剤噴霧装置1よりも広くなる。加えて、上述した液体微粒子DPどうしの反発は同様に発生するため、二点鎖線L4で示される実際の噴霧領域はさらに広くなる。
【0052】
本実施形態の薬剤噴霧装置51においても、薬剤噴霧装置1と同様、目的部位に確実に薬液を投与することができる。
さらに、各噴霧口52が薬剤流路13の分岐流路13Cと所定の角度をなして斜めに延びるように形成されているので、液糸14及び電気力線L3のカバー範囲がより広くなり、より広い範囲に均一に薬液を投与することができる。
【0053】
本実施形態では、目的部位である領域Aの一部が咽喉部Tの奥に位置しているので、開口が分岐流路13Cの軸線に対して下方向にオフセットした噴霧口が多めに配置されているが、噴霧口の態様はこれには限定されない。各噴霧口52の向きは、目的部位の位置等に応じて、適宜変更されてよい。
また、本実施形態では、噴霧口の薬剤流路側の開口を分岐流路と同軸に配置し、マウスピースの外部に開く開口の位置を分岐流路の軸線からオフセットさせることによって噴霧口を傾斜させる例を説明したが、これ以外の方法で噴霧口を分岐流路に対して傾斜させてもよい。例えば、マウスピースの外部に開く開口を分岐流路と同軸に配置し、分岐流路側の開口を分岐流路の軸線からオフセットさせた位置に形成してもよい。さらに、噴霧口及び分岐流路が貫通孔と平行でなく、貫通孔と角度をなすように形成されてもよいし、一部の噴霧口だけが傾斜して形成され、残りは分岐流路と同軸に形成されてもよい。
【0054】
次に、本発明の第3実施形態について、図9及び図10を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置61と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、マウスピースの形状である。
【0055】
図9は、薬剤噴霧装置61が被験者Pに装着された状態を示す図である。なお、薬剤噴霧機構20は第1実施形態のものと同様であるので省略している。マウスピース62は、被験者Pが保持した際に口腔内に位置する端部のうち、一部が口腔内の奥に向かって突出する延出部63となっている。
【0056】
図10は、マウスピース62を突出部63側から見た図である。噴霧口52の形状は、第2実施形態のものと概ね同様であり、いずれの噴霧口の開口も延出部63の端面に形成されている。すなわち、薬剤噴霧装置61の薬剤流路13は、第1及び第2実施形態におけるものよりも長い。
【0057】
上記のように構成された薬剤噴霧装置61を使用して内視鏡挿入前の咽喉部麻酔を行う場合は、図9に示すように、延出部63が口腔内の上側に来るように被験者Pにマウスピース62を保持してもらい、麻酔薬D1を噴霧投与する。
【0058】
本実施形態の薬剤噴霧装置61によっても、目的部位に確実に薬剤を投与することができる。マウスピース62が延出部63を有し、噴霧口52の開口が延出部63の端面に形成されているため、麻酔薬D1の液体微粒子DPは上述の各実施形態の薬剤噴霧装置を使用した場合よりも狭い範囲に付着することになるが、噴霧される範囲内においては麻酔薬D1を均一に投与することができる。
さらに、噴霧口52が咽喉部Tにより接近しているため、咽喉部奥の気管部位周辺にも積極的に麻酔薬D1を到達させ、より効果的に咽喉部麻酔を行うことができる。
【0059】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上述の各実施形態では、薬剤として麻酔薬が使用される例を説明したが、使用する薬剤は当然これには限定されず、薬液として調製可能な薬剤であれば各種の薬剤を適用可能である。
【0060】
また、薬剤流路を目的部位に対して位置決めするものも、上述したマウスピースに限定されず、例えば、所定の部位に取り付けるホルダ等の他の形状のものでも良い。薬剤流路も、必ずしも上述したもののように壁面を貫通するように設けられなくてもよく、本体に対して位置決めされ、本体を被験者等が保持することによって薬剤流路が目的部位に対して位置決め可能な構成であればよい。
【0061】
また、上述の実施例では特に言及しなかったが、上述の各実施形態の薬剤噴霧装置は、噴霧口からの噴霧に電界を用いているので、液体微粒子DPを付着させるための電源等の消費電力を少なくすることができる。さらに、高電圧を直流成分として薬液に印加せず、短いパルス状に複数印加する(例えば、パルス幅100ミリ秒、10ヘルツにて印加する)ことにより、さらに、薬剤噴霧装置の消費電力を低下させることができる。
【符号の説明】
【0062】
1、51、61 薬剤噴霧装置
10、62 マウスピース(本体)
11 貫通孔
12 壁面
13 薬剤流路
13B、52 噴霧口
13C 分岐流路
30 薬液供給部
40 電圧発生部
D 薬液
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者等の所定の部位に薬剤を含む薬液を噴霧するための薬剤噴霧装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、内視鏡検査を行う際には被験者の口部にほぼ筒状のマウスピースが装着される。被験者の口部に装着されたマウスピースは、被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。そして、マウスピースに設けられた貫通孔内に内視鏡の挿入部が挿入される。このとき、内視鏡の挿入部は、マウスピースの貫通孔の内周面に摺接し、当該内周面に沿う状態でガイドされて体内に送り込まれる。
上述のマウスピースは、内視鏡の挿入部を口から体内に挿入するにあたり、
(1)被験者の口をあけた状態に保つこと
(2)内視鏡検査中に、被験者が負荷を感じる等の理由で歯を噛み締めた際、内視鏡を保護することの2つを大きな目的として装着されるものであり、臨床現場で広く用いられている。
【0003】
また、通常は、内視鏡挿入時の被験者の負担をより低減するために、上述のマウスピースの装着前に、定量噴霧式表面麻酔剤等が手動式のポンプスプレーにより咽喉部に噴霧投与されることが多い。
このような場合に使用される薬剤噴霧装置や噴霧方法は様々あるが、一例として、特許文献1に記載の薬液の噴霧投与方法が開示されている。
【0004】
図11は特許文献1に記載の薬剤噴霧装置を示す図である。この薬剤噴霧装置は、薬液を体内の標的部位にデリバリーするカテーテル120を備えたカテーテルアセンブリー110である。カテーテルアセンブリー110における付勢機構としては、例えば加圧ガス、真空、求心力、プランジャー、電位の傾き等を用いたものが採用可能である。付勢機構として電位の傾きを利用したものを用いる場合、カテーテル120は、図11に示すように、全長にわたる内腔と、活性電極を含む近位端130と、対極とノズル180とを含む遠位端135、及び電気エネルギー源としての電池またはパルス発生器等を有する構成をとる。そして、当該電気エネルギー源に活性電極と対極が接続されている。
【0005】
帯電された薬液は、活性電極を経てデリバリーされ、活性電極と対極の回路により形成される電位の傾きに沿って移動し、カテーテル120のノズル180を通って標的部位に至る。例えば送達される薬液がプラスに帯電している場合には、アノードが活性電極となりカソードが対極となって電気回路を完成させ、デリバリーされる薬液がマイナスに帯電している場合には、カソードが活性電極となりアノードが対極となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2006−527023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般的な霧吹き式の定量噴霧式表面麻酔剤を咽喉部に噴霧投与した場合、気体圧力を用いる噴射方式のため、麻酔薬がある一点に比較的集中して投与される。このため、内視鏡挿入時に負荷を生じさせる部位、すなわち、内視鏡と生体との接触位置に対して、複数回に分けて投与することが必要となる。また、集中投与された麻酔薬は投与位置から重力方向に垂れやすくなり、周辺部位にも負荷低減に寄与しない麻酔作用を引き起こす場合がある。
また、内視鏡挿入時の負荷を感じる部位は咽喉部の広い範囲に点在し、麻酔薬を均一に投与することが重要とされているが、上述の定量噴霧式表面麻酔剤によりその位置を特定しながら確実に麻酔することは容易な事ではないため、負荷低減効果が充分に得られない場合があるという問題がある。
【0008】
一方、特許文献1に記載の薬剤噴霧装置は、比較的広い範囲に噴霧することも可能であるが、噴霧された薬液の微粒子は非常に小さいため、粘膜等の生体表面に付着せずに舞い上がりやすい。このように薬液の微粒子が舞い上がると、呼気動作により口腔外に排出されやすいため、充分な効果が得られない場合がある。また、電位差を用いる場合は、近位端130の活性電極と遠位端135の対極との間に電位差が設けられているに過ぎないため、遠位端135のノズル180から放出された治療薬は、電位の傾きの作用を受けない。したがって、放出された薬剤は方向性を失いやすくなって目的部位に付着しないことがある結果、薬剤の投与が不均一になりやすいという問題がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みて成されたものであり、被験者等の状態にかかわらず、目的部位に薬剤を確実かつ均一に投与することができる薬剤噴霧装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、前記本体に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路と、各々の前記複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、前記薬剤流路と連通して設けられ、前記薬剤流路に前記薬液を供給する薬液供給部と、前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部とを備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、薬液供給部により供給される薬液は、電圧印加部により電圧が印加された状態で薬剤流路の複数の分岐流路を経て、それぞれの噴霧口に導かれる。よって、複数の分岐流路の内部の薬液は生体との間で所定の電位差を有しているので、複数の噴霧口の薬液と生体の内部との間に電気力線が形成されるとともに、複数の噴霧口から薬液が帯電した状態で噴霧される。噴霧されて微粒子となった薬液は、電気力線によって確実に目的部位まで到達して投与される。このとき、複数の噴霧口から噴霧される薬液の液体微粒子は、いずれも一本に合流された薬剤流路を通って供給されるため、同一の大きさかつ同一極性の電圧が印加される。その結果、噴霧された液体微粒子どうしの反発が高頻度に発生し、広い範囲に均一に薬剤が噴霧投与される。さらに、本体が目的部位に対して位置決めされた状態で保持されることによって、薬剤流路及び噴霧口が目的部位に対して位置決めされた状態で保持できるので、薬液の噴霧方向が安定されて、より確実に薬液が投与される。
【0012】
前記本体は、内視鏡の挿入部が挿通されて前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔を有し、筒状に形成されたマウスピースであり、前記薬剤流路は、前記貫通孔の周囲の壁面を貫通して設けられ、前記噴霧口は前記壁面の端面に開口していてもよい。この場合、薬液を口腔内の目的部位に確実かつ均一に投与するとともに、本体の貫通孔に内視鏡の挿入部を挿通させて、生体の内部を観察することができる。
【0013】
前記噴霧口の少なくとも一つは、自身の軸線が連通する前記分岐流路の軸線と角度をなして斜めに延びるように形成されてもよい。この場合、より広い範囲に確実かつ均一に薬液を投与することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、被験者等の状態にかかわらず、目的部位に薬剤を確実かつ均一に投与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】内視鏡挿入前における麻酔薬投与位置を示す概略図である。
【図2】本発明の第1実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図3】同薬剤噴霧装置のマウスピースの側面断面図、正面図、背面図、及び平面図を示す図である。
【図4】同薬剤噴霧装置の薬剤噴霧機構の構成を示す図である。
【図5】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を示す図である。
【図6】本発明の第2実施形態の薬剤噴霧装置のマウスピースを示す図である。
【図7】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を上方から見た状態を示す図である。
【図8】同薬剤噴霧装置から噴霧された薬液の挙動を側方から見た状態を示す図である。
【図9】本発明の第3実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図10】同薬剤噴霧装置のマウスピースを開口部側から見た状態を示す図である。
【図11】従来の薬剤噴霧装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1実施形態について図1から図5を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置1は、内視鏡挿入時に使用されるマウスピースと、内視鏡挿入時の被験者等の負荷を低減させるための麻酔薬(薬剤)を含む薬液を噴霧投与可能な薬剤噴霧機構とが一体となった構成をとっている。
【0017】
図1は、内視鏡挿入前における一般的な麻酔薬投与位置を示す概略図である。図1に示すように、口腔内に挿入された内視鏡と接触することにより患者が負荷を感じる部位は、舌根部を含む口腔内の奥及び咽喉部T等を含む比較的広い領域Aであり、麻酔薬を当該領域Aの一領域でなく、概ねまんべんなく投与することで被験者等の負荷がより好適に低減されると考えられる。すなわち、本実施形態における目的部位は、この領域Aの粘膜表面である。
【0018】
図2は、薬剤噴霧装置1が被験者Pに装着された状態を示す図である。図2に示すように、薬剤噴霧装置1は、被験者Pに装着されるマウスピース(本体)10と、マウスピース10に取り付けられた薬剤噴霧機構20とを備えている。
【0019】
マウスピース10は、被験者Pの口部に装着されるものであり、被験者Pが噛むことによって被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。マウスピース10は、内視鏡を被験者Pの内部に挿入可能とするために、内視鏡の挿入部を挿通可能な貫通孔11を有する筒状に形成されている。すなわち、内視鏡の挿入部はマウスピース10の貫通孔11の内面に摺接し、当該内面によってガイドされつつ体内に送り込まれる。
マウスピース10の材質は軽量化のため樹脂材料が好ましいが、被験者Pの歯の噛み締めから内視鏡を保護できる程度の剛性を有することが必要である。具体的には、耐薬品性のある医療用プラスチック(ポリサルフォン、ポリメチルペンテン、TPX(登録商標)等)の材質を好適に採用することができる。
【0020】
図3は、マウスピース10の側面断面図を中心として、左右に正面図および背面図、下方に平面図をそれぞれ示す図である。貫通孔11を取り囲むマウスピース10の壁面12のうち、被験者Pが装着した際に上半分に位置する部分には、所定の径を有して貫通孔11と平行(略平行を含む)に貫通して設けられた薬剤流路13が形成されている。
【0021】
薬剤流路13の第1の端部は1つの開口13Aを有し、薬剤供給機構20と接続されて口腔内に噴霧される薬液が供給される。そして、薬剤流路13は、図3の平面図に破線で示すように壁面12の内部で一本の流路から複数の分岐流路13Cに分岐している。薬剤流路13の第2の端部には、複数の分岐流路13Cに連通して設けられた複数の噴霧口13Bが、貫通孔11の周囲に等間隔で整列して開口している。噴霧口13Bの径は、薬剤流路13の径よりも小さく設定されている。薬剤流路13、開口13A、及び噴霧口13Bの径は、投与する薬剤の粘度や投与量等によって適宜決定されてよい。例えば、本実施形態では、分岐流路13Cを含む薬剤流路13及び開口13Aの径は1ミリメートル(mm)、各噴霧口13Bの径は0.1mmに設定されている。
【0022】
図4は、薬剤噴霧機構20の構成を示す図である。薬剤噴霧機構20は、マウスピース10の分岐流路13Cに薬液を供給するための薬液供給部30と、薬液供給部30から供給される薬液に電圧を印加して、薬液の噴霧後の挙動を制御するための電圧発生部40とを備えている。薬液供給部30及び電圧発生部40は、取り扱いを容易にするために、ケース21に収容されている。
【0023】
薬液供給部30は、薬剤を含む液体である薬液Dが充填されたシリンジ31と、シリンジ31と薬剤流路13とを接続する配管34とを備えている。本実施形態では、薬液Dとして咽喉部を麻酔するための麻酔薬が充填されている。シリンジ31は、シリンダ32とピストン33とからなる公知の構成を有する。配管34はコネクタ35(図2参照)を介して薬剤流路13と接続される。したがって、ピストン33をシリンダ32に押し込むことによって、シリンダ32内の薬液Dを、配管34を経由して薬剤流路13に供給することができる。シリンジ31として、薬液Dが充填された状態で販売されたものをケース21に取り付けて使用し、使用時ごとに交換するようにしてもよい。
【0024】
電圧発生部40は、電源41と、電源41の電圧を所定の電圧まで昇圧する電圧発生回路42と、電圧発生回路42で発生した電圧を薬液Dに印加する電圧印加部43とを備えている。
電源41は公知の各種の電源を使用することができる。本実施形態では持ち運び性を考慮し、電池が使用されている。
【0025】
電圧発生回路42は、圧電方式又は巻線方式等の高圧トランスにより電源41の電圧を所定の値の高電圧まで昇圧させるものである。電圧の所定値は、薬剤の種類等によって適宜設定されてよい。本実施形態では、例えば約5キロボルト(kV)まで昇圧される。
電圧発生回路42は、スイッチ44によってオンオフが制御され、高電圧の発生の有無が制御される。必要に応じて、電圧の大きさを調整したり、極性を変更したりするスイッチがさらに設けられても良い。
【0026】
電圧発生回路42からは、図示しないグランド線がケース21の外部に引き出されている。グランド線は、被験者Pの生体の一部と電気的に接触して当該生体を0V電位とする。グランド線の接触部位は特に限定されないが、例えば、指等に取り付けることが可能である。グランド線を被験者Pに接触させることによって、生体内の投与される目的部位はグランドとなり、電圧発生部40によって電圧が印加される薬液Dとは電位を異にすることとなる。このため、後述するように、薬液Dを目的部位に好適に到達させることができる。
【0027】
電圧発生回路42の内部には、必要に応じて、高電圧に対する各種の安全性対策のための機構が設けられてもよい。具体例としては、各種の高抵抗回路や過電流検出回路等を挙げることができる。
例えば、高抵抗回路を採用する場合は、後述する電極コンタクト部材45に、スパークや生体への電撃を防止する保護用の高抵抗を直列に配置してもよい。また、過電流検出回路を採用する場合は、電圧発生回路42から電圧印加部43に高電圧が供給された際に流れる電流を検出し、電流値が所定の設定値以上になったときに電圧発生回路42を停止させ、高電圧の発生を停止させるように構成してもよい。なお、被験者等への安全性を加味すると、過電流検出回路における設定値は、好ましくは約100マイクロアンペア(μA)以下、少なくとも約10μA以下に設定されるのが好ましい。
このほか、シリンジ31内の薬液Dがなくなると(例えばピストン33が限界までシリンダ32に押し込まれると)電圧発生回路42における高電圧の発生が停止されるように、図示しない検出センサが設けられても良い。この場合、電圧発生回路42は、薬液Dを送液中にのみ高電圧を発生させて電圧印加部43に高電圧を供給することによって安全性が高められる。
【0028】
電圧印加部43は、電圧発生回路42と電気的に接続された電極コンタクト部材45と、電極コンタクト部材45と接触可能に配置され、薬液Dに電圧を印加する印加電極46とを備えている。
電極コンタクト部材45は、印加電極46における高電圧の印加を集中させるために、印加方向に先細な針形状を有するものが好ましく、材質としては、例えばステンレス等を好適に使用することができる。このほか、一般的な電気接触子の金メッキされたコンタクトプローブ等を電極コンタクト部材45として使用してもよい。
【0029】
印加電極46は、電圧発生回路42から電極コンタクト部材45を介して供給された高電圧を噴霧される薬液Dに印加する電極であり、シリンジ31と配管34との間に、薬液Dと電気的に接触可能に配置されている。より具体的には、印加電極46は、円管形状をなし、内部に薬液Dが通るための貫通穴が形成されて、シリンジ31と配管34とを、水密を確保しつつ接続するように接合されている。水密を確保するために、シリンジ31及び配管34と接続される端部にゴム製のパッキン等が設けられてもよい。印加電極46を形成する材料としては、導電性の金属、導電性樹脂、導電性膜が形成された樹脂等を使用することができ、例えば耐蝕性ステンレス等を好適に採用することができる。
【0030】
印加電極46は、薬剤流路13や配管34内の薬液Dを介して各噴霧口13B付近の薬液Dに高電圧を印加する。これにより薬液Dは、帯電され且つ霧化状の同電位の微粒子(液体微粒子)として各噴霧口13Bから噴霧される。その際、印加された高電圧がプラス側極性の場合は、液体微粒子はプラス側極性に帯電し、高電圧がマイナス側極性の場合は、液体微粒子はマイナス側極性に帯電する。一方が複数の噴霧口13Bとして開口した薬剤流路13は、コネクタ35側で1つの開口13Aとなるように合流しているため、各噴霧口13Bから噴霧される薬液Dの液体微粒子は、すべて同一の極性に帯電する。
一般に被験者P等の生体は0V近傍になっており、また本実施形態では上述のグランド線によって生体は0Vになっているため、噴霧された薬液Dの液体微粒子とは電位が異なる。したがって、薬液Dの液体微粒子は、いずれの極性に帯電した場合であっても、積極的に電位の異なる部位である目的部位に引き寄せられて付着する。
【0031】
印加電極46は、電極コンタクト部材45及びケース21に対して着脱自在とするのが好ましい。このようにすると、使用時に薬液Dと接触した印加電極46を使い捨てとすることによって、噴霧される薬液Dの衛生度をより高めることができる。
【0032】
上記のように構成された薬剤噴霧装置1の使用時の動作について説明する。以下では、薬剤噴霧装置1を用いて被験者Pに対して内視鏡挿入前の咽喉部麻酔を行う例を説明し、薬液Dとして液体の麻酔薬D1を用いる。
【0033】
まず、ユーザは、所望量の麻酔薬D1が充填されたシリンジ31を準備する。次に、ケース21内に印加電極46を取り付け、印加電極46を介してシリンジ31と配管34とを接続し、さらに、配管34とマウスピース10とをコネクタ35で接続する。
【0034】
次にユーザは、噴霧口13Bが口内に位置するようにマウスピース10を被験者Pにくわえさせ、歯で噛むように挟持して保持させる。これにより、薬剤流路13の噴霧口13Bが、口腔内において所定の位置、具体的には麻酔薬D1を到達させたい咽喉部粘膜等が位置する目的部位に向くように位置決めされる。
【0035】
被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、ユーザはシリンジのピストン33を徐々にシリンダ32に押し込みつつ、電圧発生部40のスイッチ44をオンにする。すると、電圧発生回路42から発生した高電圧が、電極コンタクト部材45を介して印加電極46に供給される。この高電圧は、印加電極46によって、薬剤流路13を通って噴霧口13B付近に到達した麻酔薬D1に印加される。そして、麻酔薬D1は、同電位かつ同一極性に帯電した液体微粒子として複数の噴霧口13Bから噴霧される。
【0036】
より詳しく説明すると、噴霧口13Bに位置する麻酔薬D1は、外部の空気との間に液体と気体における界面を形成している。この界面に電圧が作用すると、界面は麻酔薬D1の表面に働く静電気力によって電気流体力学的に不安定になり、不安定点が発生する。この不安定点から帯電した霧化状態の液体微粒子が噴霧される。また界面に高電圧が作用し、噴霧口13Bにおける界面の電荷密度が臨界値に達すると、図2に示すように、麻酔薬D1が噴霧口13Bから糸状の柱、すなわち液糸14として伸び、伸縮する。このとき、液糸14の先端から、麻酔薬D1が多数の液体微粒子として順次分裂する。印加される電圧の値が大きくなると、細い液糸14における界面はさらに不安定になり、多数の不安定点が同時に発生する。麻酔薬D1は、これら不安定点から、帯電した完全な霧化状態の液体微粒子DPとして複数の噴霧口13Bから噴霧される。
【0037】
図5は、麻酔薬D1が噴霧されている状態のマウスピース10を示す平面図である。電圧発生部40で発生した高電圧が麻酔薬D1に印加されると、上述のように各噴霧口13B付近の麻酔薬D1と被験者Pの口腔内の目的部位との間には電位差が生じる。このとき各噴霧口13Bから口腔内の咽喉部に向かって図5にしめすような電気力線L1が形成される。
同一電位に帯電している麻酔薬D1の液体微粒子DPは、各噴霧口13Bから生じた電気力線L1に従って、電気力線L1が形成された範囲内において麻酔薬D1と異なる電位を有する目的部位に向けて口腔内を飛行し、電位が0Vである咽喉部Tの粘膜表面等に確実に付着することによって麻酔薬D1が目的部位に選択的に投与される。
【0038】
各噴霧口13Bは比較的小さい所定間隔で整列配置されているため、噴霧された液体微粒子DPは接近された状態で飛行し、各々の電気力線L1に沿って移動するために衝突しそうな挙動をとる場合がある。しかし、各噴霧口13Bから噴霧される液体微粒子DPは、すべて同一極性を有するために口腔内の空間でお互いに反発して一定の距離を保つ。したがって、口腔内で液体微粒子DPどうしが結合して液体微粒子DPの大きさが変化することはなく、目的部位に均一に麻酔薬が投与される。
【0039】
さらに、液体微粒子DPどうしの反発によって、一部の液体微粒子DPは、各噴霧口13Bから形成される電気力線L1の範囲外へ飛び出すため、実際に液体微粒子DPが噴霧される範囲は、図5に二点鎖線L2で示される範囲となる。電気力線L1の範囲外へ飛び出した液体微粒子DPも最終的には電位の異なる粘膜等の生体表面に引き寄せられて付着するため、実際には各電気力線L1の生体表面上の総面積よりも広い領域に麻酔薬D1が投与される。
【0040】
麻酔薬D1の投与が終わったら、ユーザはスイッチ44をオフにして電圧の発生を止め、シリンジ31の操作を止める。その後、マウスピース10の貫通孔11から図示しない内視鏡の挿入部を体腔内に挿入して、検査や処置等の所望の手技を行う。薬剤噴霧機構20は、内視鏡の挿入前にマウスピース10から取り外してもよいし、薬剤噴霧機構20を接続したまま内視鏡の挿入を行っても構わない。さらには、シリンジ31、配管34、印加電極46等を交換して、他の有効成分を含む薬液を投与してもよい。
【0041】
本実施形態の薬剤噴霧装置1によれば、同一極性に帯電された薬液Dの液体微粒子DPが、マウスピース10に設けられた薬剤流路13の複数の噴霧口13Bから噴霧される。そのため、液体微粒子DPは反発作用により比較的均一に分散し、その位置関係を保ったまま目的部位に存在する咽喉部粘膜等の生体表面に付着する。したがって、液体微粒子DPが舞い上がったり(ドライフォグ現象)、呼気動作の気流に乗って体外に排出されたりせず、生体表面に局所的に麻酔薬D1が集中投与されることがない。その結果、投与された麻酔薬D1は、重力方向に垂れることがなく均一に投与されて、内視鏡挿入時の負担軽減に寄与しない舌部等への麻酔薬D1の無用な投与を少なくすることができるとともに、投与されずに排出される麻酔薬D1も減らすことができるので、薬液の総投与量をより少なくすることができる。これは、麻酔薬D1のように全身に作用する薬剤が使用される際には、特に安全性に大きく寄与するものである。
【0042】
また、被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、配管34をマウスピース10の薬剤流路13に接続して、薬液を薬剤流路13に導くことにより、被験者Pの口腔内に薬液を容易に導入することができる。また、薬剤流路13及び噴霧口13Bは、被験者P等が保持するマウスピース10に位置決めされた状態で設けられているので、所定の状態で被験者Pがマウスピース10を保持することによって、薬剤流路13及び噴霧口13Bを口腔内の所定の位置に位置決めすることができる。したがって、マウスピース10における薬剤流路13及び噴霧口13Bの形成態様を適宜変更することによって、任意の目的部位に各噴霧口13Bが対向し、かつ、当該目的部位までの距離も所定範囲に定まる。その結果、目的部位に向かって的確に薬液を投与することができる。
【0043】
さらに、複数の噴霧口13Bが、マウスピース10の貫通孔11とおおむね同一の距離を保ちつつ所定間隔で整列配置されているため、噴霧された液体微粒子DPどうしの反発が起こりやすい。その結果、噴霧口13Bと目的部位との間に発生する電気力線L1の範囲を超えた範囲に均一性を大きく損なわずに薬液を投与することができる。したがって、広い範囲に対しても均一に薬剤を投与することができる。
【0044】
なお、本実施形態においては、図3に示すように、貫通孔11の上側にのみ薬剤流路13及び噴霧口13Bが形成されている。これは、内視鏡と接触しても苦痛を感じない舌部への無用な投与を削減するためであるが、薬剤流路13及び噴霧口13Bの形成位置はこれには限定されず、投与する薬剤や目的部位等に応じて適宜変更することが可能である。
【0045】
さらに、薬剤噴霧装置1は、噴霧時に気体圧力を使用しないため、噴霧口13Bから薬液Dが垂れて咽喉部以外の部位に付着することも防止することができる。また、超音波やメッシュを用いずに高電圧を用いるため、多少の大きさ(例えば粒子径が10μm程度)の固形成分であれば、容易に帯電した霧化状態の液体微粒子DPとして噴霧できる。したがって、薬剤噴霧装置1が噴霧可能な薬液Dは、溶液に限られず、上述の粒子径の薬剤が溶媒に分散したようなものも適用可能である。
【0046】
液体微粒子DPの径は、印加電圧の大きさを変えることによって、一定範囲で変化させることができる。したがって、投与する薬剤の種類や、目的部位等に応じて、噴霧される液体微粒子DPを任意の粒子径に設定することが可能である。
本実施形態においては、液体微粒子DPの径が10μm以下となると、粘膜に付着せずに口腔内を浮遊しやすくなり、その結果気管や肺内に流入して定着しやすくなる。このような薬剤動態を低減するためには、液体微粒子DPの径は比較的大きく設定されるのが好ましい。例えば、噴霧口13Bの直径が0.1mm前後、印加電圧がプラス5kV前後の場合、液体微粒子DPの径は概ね50μm以上となり、気管や肺内への流入を抑制して、目的部位である咽喉部等の粘膜に均一に投与することができる。
【0047】
さらに、麻酔薬D1に電圧を印加する印加電極46は、被験者Pから離れたケース21内に配置されているので、薬剤噴霧装置1を安全に使用することができる。本実施形態の薬剤噴霧装置1ではこのような利点があるが、それを考慮しなければ、印加電極46は、すべての噴霧口から噴霧される薬液に同一の大きさかつ同一極性の電圧を印加できるという条件を満たすいかなる場所に設けられても構わない。
【0048】
次に、本発明の第2実施形態について、図6から図8を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置51と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、噴霧口の形成態様である。なお、以降の実施形態において、上述の薬剤噴霧装置と共通する構成要素については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0049】
図6は、薬剤噴霧装置51のマウスピース10の噴霧口側の端面を示す図である。薬剤流路13は、第1実施形態と同様に形成されているが、各噴霧口52は、連通された分岐流路13Cの軸線とそれぞれ所定の角度をなすように傾斜して設けられている。そのため、各噴霧口52の分岐流路13C側の開口(不図示)は分岐流路13Cと概ね同軸であるが、マウスピース10の外部に開く開口は、各分岐流路13Cの軸線上からオフセットされた位置に形成されている。
【0050】
具体的には、マウスピース10が被験者Pに保持された状態で貫通孔11の上側に位置する噴霧口52については、図6に示すように、分岐流路13Cの軸線に対して上側にオフセットされた開口52Aと下側にオフセットされた開口52Bとが交互に形成されている。そして、上記状態で貫通孔11の左右に位置する開口52Cは、分岐流路13Cの軸線に対して下側かつ貫通孔11と離間する方向にオフセットされて配置されている。
【0051】
図7は、薬剤噴霧装置51動作時の液糸14及び発生する電気力線L3を上方から見た状態を示す図であり、図8は、液糸14及び電気力線L3を側方から見た図である。なお、図を見やすくするため、薬剤噴霧機構20は省略して示している。各噴霧口52から伸びる薬液Dの液糸14は、貫通孔11に対して、上下方向又は左右方向に角度をなして延びている。したがって、電気力線L3によってカバーされる領域は、薬剤噴霧装置1よりも広くなる。加えて、上述した液体微粒子DPどうしの反発は同様に発生するため、二点鎖線L4で示される実際の噴霧領域はさらに広くなる。
【0052】
本実施形態の薬剤噴霧装置51においても、薬剤噴霧装置1と同様、目的部位に確実に薬液を投与することができる。
さらに、各噴霧口52が薬剤流路13の分岐流路13Cと所定の角度をなして斜めに延びるように形成されているので、液糸14及び電気力線L3のカバー範囲がより広くなり、より広い範囲に均一に薬液を投与することができる。
【0053】
本実施形態では、目的部位である領域Aの一部が咽喉部Tの奥に位置しているので、開口が分岐流路13Cの軸線に対して下方向にオフセットした噴霧口が多めに配置されているが、噴霧口の態様はこれには限定されない。各噴霧口52の向きは、目的部位の位置等に応じて、適宜変更されてよい。
また、本実施形態では、噴霧口の薬剤流路側の開口を分岐流路と同軸に配置し、マウスピースの外部に開く開口の位置を分岐流路の軸線からオフセットさせることによって噴霧口を傾斜させる例を説明したが、これ以外の方法で噴霧口を分岐流路に対して傾斜させてもよい。例えば、マウスピースの外部に開く開口を分岐流路と同軸に配置し、分岐流路側の開口を分岐流路の軸線からオフセットさせた位置に形成してもよい。さらに、噴霧口及び分岐流路が貫通孔と平行でなく、貫通孔と角度をなすように形成されてもよいし、一部の噴霧口だけが傾斜して形成され、残りは分岐流路と同軸に形成されてもよい。
【0054】
次に、本発明の第3実施形態について、図9及び図10を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置61と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、マウスピースの形状である。
【0055】
図9は、薬剤噴霧装置61が被験者Pに装着された状態を示す図である。なお、薬剤噴霧機構20は第1実施形態のものと同様であるので省略している。マウスピース62は、被験者Pが保持した際に口腔内に位置する端部のうち、一部が口腔内の奥に向かって突出する延出部63となっている。
【0056】
図10は、マウスピース62を突出部63側から見た図である。噴霧口52の形状は、第2実施形態のものと概ね同様であり、いずれの噴霧口の開口も延出部63の端面に形成されている。すなわち、薬剤噴霧装置61の薬剤流路13は、第1及び第2実施形態におけるものよりも長い。
【0057】
上記のように構成された薬剤噴霧装置61を使用して内視鏡挿入前の咽喉部麻酔を行う場合は、図9に示すように、延出部63が口腔内の上側に来るように被験者Pにマウスピース62を保持してもらい、麻酔薬D1を噴霧投与する。
【0058】
本実施形態の薬剤噴霧装置61によっても、目的部位に確実に薬剤を投与することができる。マウスピース62が延出部63を有し、噴霧口52の開口が延出部63の端面に形成されているため、麻酔薬D1の液体微粒子DPは上述の各実施形態の薬剤噴霧装置を使用した場合よりも狭い範囲に付着することになるが、噴霧される範囲内においては麻酔薬D1を均一に投与することができる。
さらに、噴霧口52が咽喉部Tにより接近しているため、咽喉部奥の気管部位周辺にも積極的に麻酔薬D1を到達させ、より効果的に咽喉部麻酔を行うことができる。
【0059】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上述の各実施形態では、薬剤として麻酔薬が使用される例を説明したが、使用する薬剤は当然これには限定されず、薬液として調製可能な薬剤であれば各種の薬剤を適用可能である。
【0060】
また、薬剤流路を目的部位に対して位置決めするものも、上述したマウスピースに限定されず、例えば、所定の部位に取り付けるホルダ等の他の形状のものでも良い。薬剤流路も、必ずしも上述したもののように壁面を貫通するように設けられなくてもよく、本体に対して位置決めされ、本体を被験者等が保持することによって薬剤流路が目的部位に対して位置決め可能な構成であればよい。
【0061】
また、上述の実施例では特に言及しなかったが、上述の各実施形態の薬剤噴霧装置は、噴霧口からの噴霧に電界を用いているので、液体微粒子DPを付着させるための電源等の消費電力を少なくすることができる。さらに、高電圧を直流成分として薬液に印加せず、短いパルス状に複数印加する(例えば、パルス幅100ミリ秒、10ヘルツにて印加する)ことにより、さらに、薬剤噴霧装置の消費電力を低下させることができる。
【符号の説明】
【0062】
1、51、61 薬剤噴霧装置
10、62 マウスピース(本体)
11 貫通孔
12 壁面
13 薬剤流路
13B、52 噴霧口
13C 分岐流路
30 薬液供給部
40 電圧発生部
D 薬液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、
前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、
前記本体に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路と、
各々の前記複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、
前記薬剤流路と連通して設けられ、前記薬剤流路に前記薬液を供給する薬液供給部と、
前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部と、
を備えることを特徴とする薬剤噴霧装置。
【請求項2】
前記本体は、内視鏡の挿入部が挿通されて前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔を有し、筒状に形成されたマウスピースであり、
前記薬剤流路は、前記貫通孔の周囲の壁面を貫通して設けられ、前記噴霧口は前記壁面の端面に開口していることを特徴とする請求項1に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項3】
前記噴霧口の少なくとも一つは、自身の軸線が連通する前記分岐流路の軸線と角度をなして斜めに延びるように形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項1】
薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、
前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、
前記本体に位置決めされた状態で設けられ、一方の端部は分岐して複数の分岐流路となり、他方の端部は一本に合流された薬剤流路と、
各々の前記複数の分岐流路の端部に連通して設けられた複数の噴霧口と、
前記薬剤流路と連通して設けられ、前記薬剤流路に前記薬液を供給する薬液供給部と、
前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部と、
を備えることを特徴とする薬剤噴霧装置。
【請求項2】
前記本体は、内視鏡の挿入部が挿通されて前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔を有し、筒状に形成されたマウスピースであり、
前記薬剤流路は、前記貫通孔の周囲の壁面を貫通して設けられ、前記噴霧口は前記壁面の端面に開口していることを特徴とする請求項1に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項3】
前記噴霧口の少なくとも一つは、自身の軸線が連通する前記分岐流路の軸線と角度をなして斜めに延びるように形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の薬剤噴霧装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−240191(P2010−240191A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92851(P2009−92851)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
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