説明

蛍光体、及びその製造方法

【課題】本発明は、高い量子収率の蛍光体、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】蛍光体は、カルコパイライト構造を有するI-III-VI族の元素それぞれ1種の元素からなる第1化合物からなるナノ蛍光粒子を分散させた溶液と、(b)金属塩を溶解した溶液とを混合し、加熱してナノ蛍光粒子を構成する元素を、金属塩の金属元素と置換して製造したナノ粒子である。蛍光体の量子収率は、室温で10〜40%である。蛍光粒子が550nm〜800nm波長の蛍光を発する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体、及びその製造方法に関する。詳しくは、生体関連物質の修飾・染色、照明、ディスプレイ等に用いる半導体ナノ粒子からなる蛍光体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体をナノメートルオーダーまで微細化すると量子サイズ効果が発現し、原子数の減少に伴いエネルギーバンドギャップが増大する。ナノメーターオーダーの半導体からなる半導体蛍光ナノ粒子は、半導体のバンドギャップエネルギーに相当する蛍光を発する。
【0003】
II-VI族半導体のCdSeナノ粒子は、その粒径を調節することで蛍光色を約500〜700nmの範囲で自由に調節でき、高い蛍光特性を有する(例えば、特許文献1)。CdSeナノ粒子に代表されるII-VI族半導体は、無機半導体であり、有機色素に比べて安定していること等から生化学分析用の蛍光タグ、照明やディスプレイ用等の蛍光材料としての応用の可能性が示唆されている。
【0004】
本発明の発明者等は、CdSeに物性の類似したカルコパイライト構造を有する化合物、特にCuInS2を、対象材料として着目し、ZnS等のII-VI族系化合物との複合化を図り、蛍光特性の評価を行い、蛍光量子収率10%以下の蛍光量子収率を持つ蛍光体に関する発明を行い、提案した(特許文献2)。I-III-VI系の化合物であるカルコパイライト型半導体は3元素系化合物であり、IV族、II-VI族およびIII-V族の半導体に比べて、元素選択の自由度が広く、利用環境や目的による制約を受けた場合の材料設計を行う点で利点がある。
【0005】
しかしながら、ZnS等のII-VI族半導体と複合を行っていないカルコパイライト系ナノ粒子自体に関しては、合成法の煩雑な単分子原料材料による合成例があるのみである(非特許文献1)。単分子原料を利用すれば、約4%の蛍光量子収率を持ち、粒子の外径2〜5nm程度のCuInS2のカルコパイライト型ナノ粒子が合成可能である。しかしながら、単分子原料の合成自体が複雑であり、工業的には、よりシンプルな合成法が望まれる。
【0006】
本発明の発明者等は、原料となる金属錯体溶液を加熱して合成する方法において、加熱方法を工夫することで、蛍光量子収率が6%以上のカルコパイライト系ナノ粒子を開発した。更に、このカルコパイライト系ナノ粒子、例えばCuInS2ナノ粒子をZnS等のバンドギャップの大きい材料で被覆することで、30%程度の高い蛍光量子収率をもつナノ粒子を開発した。(特許文献3)
【0007】
【特許文献1】特表2003−524147号
【特許文献2】PCT/JP2005/013185
【特許文献3】国際公開WO2007/060889号
【非特許文献1】S.L.Castro, S.G.Bailey, R.P.Raffaelle, K.K.Banger, and A.F.Hepp, J.Phys.Chem.B 2004, Vol.108, p12429-12435.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の特許文献3は、本願発明者の精力的な研究活動の成果である。本願発明の発明者等は、更に試行錯誤の末、カルコパイライト構造を有するI-III-VI族の化合物からなるナノ粒子の金属元素を別の金属元素で置換してナノ粒子が製造できる方法を発明した。固体材料は異種物質の固溶によって特性が変化することがある。特に半導体材料のバンドギャップなどの特性は著しく変化するため、積極的に異種物質を固溶させて特性を制御している。CuInS2ナノ粒子も、CuGaS2やAgInS2、ZnSなどを固溶させるとバンドギャップや蛍光波長等の特性が変化する(特許文献3を参照。)。
【0009】
この現象を利用することで蛍光波長を制御できるが、所望の蛍光波長をもつ固溶体粒子を製造するには、原料調製の段階で、固溶させる化合物の原料を混合して処理を行わなければならならず、製品の余剰生産を避けられない。
本発明は上述のような技術背景のもとになされたものであり、下記の目的を達成する。
本発明の目的は、カルコパイライト型半導体ナノ粒子で、粒子外径が0.5〜20nmの蛍光体、及びその製造方法を提供する。
【0010】
本発明の他の目的は、カルコパイライト構造を有する化合物からなるナノ粒子の特定の元素を他の元素で置換することで製造した蛍光体、及びその製造方法を提供する。この方法は、予め製造している基本となるナノ粒子を後処理することで、所望の特性をもつナノ粒子を製造するものであり、余剰生産を抑える手段となりうる。
【0011】
本発明の更に他の目的は、高い量子収率を持つ蛍光体、及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記目的を達成するため、次の手段を採る。
本発明は、蛍光体及びその製造方法に関する。
本発明の蛍光体は、ナノ蛍光粒子を分散させた溶液と、金属塩を溶解した溶液とを混合し、所定の熱温度で所定の加熱時間の間に加熱して、製造されたものである。ここで言うナノ蛍光粒子は、外径が0.5〜20.0nmの微粒子である。ナノ蛍光粒子は、既存の製造方法で、予め製造される。
【0013】
このナノ蛍光粒子は、カルコパイライト構造を有するI族元素、III族元素、VI族元素のそれぞれ1種からなる化合物からなることが好ましい。このナノ蛍光粒子は、CuInS2のナノ蛍光粒子であることが最も好ましい。本発明の蛍光体は、ナノ蛍光粒子を構成するI族元素及び/又はIII族元素を、金属塩の金属元素で置換する。蛍光量子収率は、励起光に対して、励起光を蛍光体に照射したときそれによって励起されて発する光波の割合を示すものである。
【0014】
金属塩は、II族の金属元素の金属塩であることが好ましく、蛍光体の蛍光量子収率が、室温で10.0%以上であることが好ましい。また、金属塩は、I族金属や遷移金属の金属塩であることが好ましい。蛍光粒子が発する蛍光の波長が550nmから800nmであることが好ましい。
【0015】
本発明の蛍光体は、ナノ蛍光粒子の金属が、金属塩の金属で置換される。よって、本発明の蛍光体は、その表面又は粒子全体が、金属塩の金属を固溶した微粒子になることが好ましい。また、ナノ蛍光粒子を分散させる溶媒及び金属塩を溶解する溶媒は、配位性溶媒又はそれを含む溶液であることが望ましい。
【0016】
この溶媒としては、オレイルアミンやオクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、トリブチルアミン、オクタデシルジメチルアミン等のアミン化合物、トリオクチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリフェニルホスフィン、トリオクチルホスフィンオキシド、トリオクチルホスファイト等のリン系化合物、オレイン酸、ラウリン酸、ステアリン酸等のカルボン酸系化合物、ドデカンチオール、オクタンチオール等のチオール系化合物が好ましい。
【実施例1】
【0017】
〔CuInS2とZnSの固溶体〕
本発明の蛍光体を製造した実施例1を示す。反応溶液の調整は、全てアルゴンガスを用いたアルゴン雰囲気下で行った。本実施例及び以下の他の実施例用にCuInS2ナノ粒子を用意した。このCuInS2ナノ粒子の基本的な特性は、下記の表1の加熱時間0分の行に示している通り、粒子径が3.5nm、蛍光ピーク波長が690nm、量子収率8.2%である。トリオクチルホスフィンにこのCuInS2ナノ粒子を分散させた溶液をA液(濃度0.02mmol/L)とし、ヨウ化亜鉛を溶解させたオレイルアミン溶液をB液(濃度:0.033 mol/L)とした。
【0018】
14mLのA液と0.7 mLのB液を混合し、温度120〜240℃で1分〜60分間加熱することで、CuInS2とZnSからなる固溶型複合粒子を合成した。得られた生成物はトルエンで希釈し吸収・蛍光スペクトルを測定した。図1のグラフには、アルゴン雰囲気下、温度180℃で0〜60分間加熱処理して生成した固溶型複合粒子の蛍光スペクトルの測定結果である。
【0019】
このグラフは、生成された蛍光体が発する光波の強度対スペクトルを図示している。図1のグラフの縦軸は蛍光強度を示し、横軸は波長を示している。蛍光強度は、任意相対値である(以下、同様である)。波長の単位はナノメーターである(以下、同様である)。このグラフから、加熱処理により、蛍光強度が増加するとともに、蛍光波長は短くなったことが分かる。
【0020】
表1は、温度180℃で、0〜60分間加熱して生成した結果を示している。蛍光波長の最大値は、約620〜690nmの範囲で制御が可能であった。なお、生成物はCuInS2とZnSの固溶型化合物である。表1の第1欄は本実施例の加熱時間を示している。第2欄は生成され粒子の組成比である。組成分析は、粒子一つ一つについて透過電子顕微鏡を用いてエネルギー分散型 X 線分光分析により行った。
【0021】
第3欄は生成された固溶型複合粒子の粒子径を示している。第4欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光波長を、第5欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光量子収率を示している。蛍光量子収率とは、粒子に吸収された光子の数により、蛍光中の光子の数を除したものである。この値は、量子収率が既知であるローダミンB等を標準物質として、その吸光度、及び蛍光強度の相対的な比較を元にして求めたものである。
【0022】
なお、吸光度は次のように定義される物理量である。吸光度Aは、入射光の強度をI、透過光の強度をIとすると、
A=−log(I/I) ...(式1)
で定義される。
【0023】
量子収率の測定に用いたローダミンBは、365nm励起の場合、73%の量子収率を有するものである。蛍光特性は、日本分光株式会社(所在地:東京都八王子市)製の分光蛍光光度計FP6600を用いて測定した(以下の他の実施例においても同様である。)。表1から、加熱により、粒子径はほとんど変わらない一方で、元素組成においてZnが増加しCuが減少していることが分かる。
【0024】
【表1】

【0025】
本実施例1の生成物のX線回折(XRD)測定をし、その結果を図2に示している。図2は加熱温度180℃、加熱時間0〜60分間の生成物の結果である。図2の横軸(X軸)直上の黒線は、バルクのCuInS2と、白線はZnSの回折線(JCPDSデータベースより)を示す。この図において、加熱により、回折線が高角度側へシフトしていることが分かる。これは、カルコパイライト型CuInS2にZnが固溶していることを示している。つまり、回折線がZnSの回折線に近くなることで、Znが固溶していることがわかる。
【実施例2】
【0026】
〔CuInS2とCdSの固溶体〕
反応溶液の調整は、全てアルゴンガスを用いたアルゴン雰囲気下で行った。トリオクチルホスフィンにCuInS2ナノ粒子を分散させた溶液をA液(濃度0.02mmol/L)とし、ヨウ化カドミウムを溶解させたオレイルアミン溶液をB液(濃度0.033 mol/L)とした。14mLのA液と0.7mLのB液を混合し、温度120〜240℃で1分〜60分間加熱することで、CuInS2とCdSからなる固溶型複合粒子を合成した。得られた生成物はトルエンで希釈し吸収・蛍光スペクトルを測定した。
【0027】
図3のグラフには、アルゴン雰囲気下、温度180℃で0〜60分間加熱処理して生成した固溶型複合粒子の蛍光スペクトルの測定結果である。このグラフは、生成された蛍光体が発する光波の強度対スペクトルを図示している。図3のグラフの縦軸は蛍光強度を示し、横軸は波長を示している。
【0028】
表2は、温度180℃で、0〜60分間加熱して生成した結果を示している。蛍光強度は加熱とともに増大し最大で36%以上に達した。なお、生成物はCuInS2とCdSの固溶型化合物である。表2の第1欄は本実施例の加熱時間を示している。第2欄は生成された固溶型複合粒子の組成比である。組成分析は、粒子ひとつひとつについて透過電子顕微鏡を用いてエネルギー分散型X線分光分析により行った。
【0029】
第3欄は生成された固溶型複合粒子の粒子径を示している。第4欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光波長を、第5欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光量子収率を示している。表から、加熱により、粒子径はほとんど変わらない一方で、元素組成においてCdが増加しCuとInが減少していることが分かる。
【0030】
【表2】

【0031】
本実施例2の生成物のX線回折(XRD)測定をし、その結果を図4に示している。図4は加熱温度180℃、加熱時間0〜60分間秒の生成物の結果である。図4の横軸(X軸)直上の黒線はバルクのCuInS2の回折線(JCPDSデータベースより)と、白線はCdSの回折線(JCPDSデータベースより)を示す。この図において、加熱により、回折線が低角度側へシフトしていることが分かる。これは、カルコパイライト型CuInS2にCdが固溶していることを示している。
【実施例3】
【0032】
〔CuInS2とMnSの固溶体〕
反応溶液の調整は、全てアルゴンガスを用いたアルゴン雰囲気下で行った。トリオクチルホスフィンにCuInS2ナノ粒子を分散させた溶液をA液(濃度0.02mmol/L)とし、ヨウ化マンガンを溶解させたオレイルアミン溶液をB液(濃度0.033 mol/L)とした。14mLのA液と0.7mLのB液を混合し、温度120〜240℃で1分〜60分間加熱することで、CuInS2とMnSからなる粒子を合成した。得られた生成物はトルエンで希釈し吸収・蛍光スペクトルを測定した。
【0033】
図5のグラフには、アルゴン雰囲気下、温度180℃で0〜60分間加熱処理して生成した固溶型複合粒子の蛍光スペクトルの測定結果である。このグラフは、生成された蛍光体が発する光波の強度対スペクトルを図示している。図5のグラフの縦軸は蛍光強度を示し、横軸は波長を示している。
【0034】
表3は、温度180℃で、0〜60分間加熱して生成した結果を示している。このグラフから、加熱処理により、蛍光波長は短くなったことが分かる。なお、生成物はCuInS2とMnSの固溶型化合物である。表3の第1欄は本実施例の加熱時間を示している。第2欄は生成された粒子の組成比である。組成分析は、粒子一つ一つについて透過電子顕微鏡を用いてエネルギー分散型 X 線分光分析により行った。
【0035】
第3欄は生成された固溶型複合粒子の粒子径を示している。第4欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光波長を、第5欄は生成された固溶型複合粒子の蛍光量子収率を示している。表3から、加熱により、粒子径はほとんど変わらない一方で、元素組成においてMnが増加しCuが減少していることが分かる。
【0036】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、実施例1の蛍光体の蛍光強度グラフを図示している。
【図2】図2は、実施例1の蛍光体のX線回折図を図示しているグラフである。
【図3】図3は、実施例2の蛍光体の蛍光強度グラフを図示している。
【図4】図4は、実施例2の蛍光体のX線回折図を図示しているグラフである。
【図5】図5は、実施例3の蛍光体の蛍光強度グラフを図示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)カルコパイライト構造を有するI族元素、III族元素、及びVI族元素のそれぞれ1種からなる第1化合物からなり、外径が0.5〜20.0nmのナノ蛍光粒子を分散させた溶液と、(b)金属塩を溶解した溶液とを混合し、所定の第1加熱温度で所定の第1加熱時間の間に加熱して前記ナノ蛍光粒子を構成する前記I族元素及び/又は前記III族元素を、前記金属塩の金属元素と反応させて置換して製造された蛍光粒子である
ことを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
請求項1に記載の蛍光体において、
前記金属元素は、II族の金属元素である
ことを特徴とする蛍光体。
【請求項3】
請求項2に記載の蛍光体において、
前記蛍光粒子の励起光によって励起される光波を発する蛍光量子収率が、室温で10.0%以上40.0%以下である
ことを特徴とする蛍光体。
【請求項4】
請求項1に記載の蛍光体において、
前記金属元素は、遷移金属である
ことを特徴とする蛍光体。
【請求項5】
請求項1に記載の蛍光体において、
前記蛍光粒子が発する蛍光波長が550nmから800nmである
ことを特徴とする蛍光体。
【請求項6】
(a)カルコパイライト構造を有するI族元素、III族元素、及びVI族族元素のそれぞれ1種からなる第1化合物からなり、外径が0.5〜20.0nmのナノ蛍光粒子を分散させた溶液と、(b)金属塩を溶解した溶液とを混合し、所定の第1加熱温度で所定の第1加熱時間の間に加熱して前記ナノ蛍光粒子を構成する前記I族元素及び/又は前記III族元素を、前記金属塩の金属元素と反応させて置換して蛍光粒子を製造する
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の蛍光体の製造方法において、
前記金属元素は、II族の金属元素である
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項8】
請求項6に記載の蛍光体の製造方法において、
励起光によって励起される光波を発する前記蛍光粒子の蛍光量子収率が、前記ナノ蛍光粒子の蛍光量子収率より、前記加熱処理により増加し、
前記蛍光粒子の蛍光量子収率は、室温で10.0%以上40.0%以下である
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の蛍光体の製造方法において、
前記金属元素は、遷移金属元素である
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。
【請求項10】
請求項6に記載の蛍光体において、
前記加熱時間を最適化することで、620nmから700nmの間の波長を持つ強度の蛍光波長を発する前記蛍光粒子を製造する
ことを特徴とする蛍光体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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