融合蛋白質
【課題】自己抗体を特異的に抑制することができ、自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防または治療することができ、しかもその発現量が工業的に十分である新しい融合蛋白質を提供する。
【解決手段】自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質。
【解決手段】自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己抗体を中和し、且つ自己抗体の産生を阻害することによって、重症筋無力症などの自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防・治療することができる融合蛋白質に関し、特に、予防・治療のために必要で十分な強い機能を有し、且つ安定な構造を保ったまま発現して細胞外へ分泌されることから、工業的な生産にも対応できる融合蛋白質に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫系は、本来、最近やウイルスなどの自己と異なる異物を認識し排除するための役割を有するが、先天的あるいは後天的な異常により、自己の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃を加えてしまうことがある。自己免疫疾患は、この様な状態によって生ずる疾患の総称であり、この中でも自己抗体(自己の細胞や組織を抗原として認識する抗体)が自己抗原(自己の細胞や組織)と反応することで生ずる疾患を「自己抗体性自己免疫疾患」と称している。自己抗体性自己免疫疾患としては、例えば、重症筋無力症、自己免疫性溶血性貧血、特発性血小板減少性紫斑病、自己免疫性好中球減少症、抗TSH抗体が原因の甲状腺機能亢進症や橋本病、自己抗体性急性脳炎、非ヘルペス性辺縁系脳炎などが挙げられる。
【0003】
自己抗体性自己免疫疾患の治療方法としては、ステロイド剤や免疫抑制剤の投与が従来多く行われている。しかし、これらの薬剤療法はいずれも、疾患の根本的原因である自己抗体を特異的に抑制するものではなく、免疫反応全体を一般的に抑制するものであるため、特異性が無く、QOL(Quality of Life)的にも十分効果的な治療方法とは言えない。
【0004】
自己抗体性自己免疫疾患の代表例の一つである重症筋無力症についても、それを根本から治療するための既存の治療薬はなく、上述のステロイド剤や免疫抑制剤の他、コリンエステラーゼ阻害薬、血漿交換療法、静注用免疫グロブリン製剤や胸腺摘出術が行われている(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、および非特許文献4参照)。
【0005】
このうち、コリンエステラーゼ阻害薬の使用についてはその容量設定が難しく、副作用が生じたときのために硫酸アトロピン静注、あるいは気道確保が必要となることもあり得る。また、大量長期投与においてはその効果が低下し、さらに、場合によってはコリン作動性クリーゼが生ずる場合もあり、問題視されている。本薬剤は、治療を目的とするものではなく日々の症状に対する対症療法であり、基本的に効果が現れる最低限の量を使用し、長期投与は極力避けるべきとされる。
【0006】
ステロイド剤については、副作用が問題視されており、副作用の管理は大変重要とされる。また、この薬剤の長期連用は難しく、非ステロイド系の免疫抑制剤である、タクロリムスやサイクロスポリンなど薬剤を交えながらコントロールする必要がある。しかしながら、本薬剤においても先述したように対症療法でしかなく、根本的な治療薬ではない。
【0007】
胸腺摘出術については、一定の効果を上げているものの、摘出術に対する患者の不安感や費用面の問題があり、更には、免疫機能が未発達な小児や免疫不全患者などには適応できないという問題がある。また、一定の効果を上げているものの、効果が認められるまでには十年単位の長い年月を必要とし、効果が認められるまでは、他の対症療法を併用して行うしかない。更に、効果が認められる患者は50%に満たないという問題点もある。
【0008】
血漿交換療法については、1回の処置に100万円以上の多額な費用が発生する一方、包括医療制度により重症筋無力症の治療費として補助される金額は60万円程度であり、医療現場での負担も大きい。しかも、その効果は、1ヶ月程度しか持続しないという問題がある。
【0009】
近年、重症筋無力症の治療方法として、ガンマグロブリン製剤の有効性が確認され、一部の製薬メーカーにおいては臨床試験も行っている。しかし、ガンマグロブリン製剤はヒト血漿由来の生物学的製剤であり、未知のウイルスなどによる感染リスク等が考えられる。また、ガンマグロブリン製剤の投与量は大量投与(400mg/kg、5日間連続投与)であり、患者や医療現場における負担は相当大きいものと予想される。一方、その効果は血漿交換療法と同程度、または若干長い程度にすぎないとされている。
【0010】
以上、重症筋無力症の治療上の問題点は、低分子薬物治療については一時的な対症療法に過ぎないことであり、また、血漿交換療法、ガンマグロブリン製剤や胸腺摘出術についても効果や費用等の問題点が残っている。
【0011】
上述の問題点から、重症筋無力症の原因とされる抗アセチルコリン受容体自己抗体のみに反応する抗体を組換え蛋白質において作製することができれば、患者に負担をかけない少量の投与量において、有効な効果が期待されると考えた。そこで、抗アセチルコリン受容体自己抗体を中和するためのイディオタイプ抗体に代わるものとして、本発明者らはnAChRα1サブユニットN末端側細胞外領域と抗体重鎖定常領域との融合蛋白質を作製した。この融合蛋白質は自己抗体を中和し、さらには自己抗体の産生細胞を傷害する活性があったことから、自己抗体性自己免疫疾患の一つである重症筋無力症に対して非常に有効であると判断された。しかしながら、この融合蛋白質は発現量が低く、工業的生産を行うには困難な状況にあった。(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第4495776号
【0013】
【非特許文献1】日本臨床 66巻6号 第1155頁〜第1157頁 重症筋無力症治験研究動向
【非特許文献2】神経治療 Vol.25 No.6 第689頁〜第692頁 免疫グロブリン大量療法
【非特許文献3】厚生省特定疾患免疫性神経疾患調査研究班.平成7年報告書「重症筋無力症(Myasthenia gravis:MG)の治療ガイドライン」
【非特許文献4】第4回MGフォーラム記念講演「日本における重症筋無力症治療と予後の現況」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、自己抗体を特異的に抑制することができ、自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防または治療することができ、しかもその発現量が工業的に十分である新しい融合蛋白質およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の特許文献1の融合蛋白質は、自己抗体の産生阻害、並びに、産生された自己抗体の中和の2点において、重症筋無力症の治療薬として効果を期待できるものである。しかしながら、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域との融合蛋白質では、構造の立体的障害が原因と考えられる、発現量の少なさ、並びに発現蛋白質の純度等が問題であった。
【0016】
そこで、本発明者らは、融合蛋白質の発現量、並びに発現蛋白質の純度向上のため、様々な検討を行ったところ、特許文献1の融合蛋白質では、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域の各々が複雑な構造であるため、それらの立体障害により融合蛋白質発現中に誤ったジスルフィド結合が生じ、結果として十分な純度、および発現量が得られなかったと考えられた。そして、それを解決する手段として、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域との間にフレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質を考案した。つまり、フレキシブルなリンカーペプチドを挿入することで、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域の各々の構造が安定な本来の構造を保ったものとなると考えた。そして、各領域が安定的な構造を形成することにより、細胞外への分泌効果が促進され、結果としてより多くの融合蛋白質を産生でき、また、融合蛋白質自体の安定性が増すことで、分解体の比率を著しく減少させることができ、純度の向上が可能となると考えた。そこで、本発明者らは、このフレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質を作製し、この融合蛋白質が、従来のリンカーペプチド無しの融合蛋白質と比較して、発現量が大幅に向上し、且つ発現蛋白質の純度も著しく向上することを見いだした。さらに、フレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質は、従来のリンカーペプチド無しの融合蛋白質よりも自己抗体の中和効果が著しく増強し、また自己抗体産生細胞を特異的に抑制する効果も強いことを見出した。また、抗体重鎖定常領域(A)はN末端側よりC末端側に位置する方が細胞傷害活性がより強く発揮することを見出した。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明の完成に至った。
【0017】
即ち、本発明によれば、自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質が提供される。
【0018】
また、本発明によれば、上記融合蛋白質をコードするDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることを特徴とする上記融合蛋白質の製造方法、及び上記融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物が提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体性自己免疫疾患の患者の体内に存在する自己抗体を中和し、かつ自己抗体の産生を阻害することによって、自己抗体を特異的に抑制することができる。また、本発明の融合蛋白質は、発現量及び純度が高く、医薬として、実生産規模で提供することができる。従って、本発明の融合蛋白質を使用すれば、重症筋無力症を始めとする種々の自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防・治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施例で作製した融合蛋白質α1−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図2】図2は、実施例で作製した融合蛋白質α1−L−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図3】図3は、実施例で作製した融合蛋白質α1−L2−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図4】図4は、実施例で作製した融合蛋白質Fc−L2−α1を発現させるための領域模式図である。
【図5】図5は、一過性発現後に精製した融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcの還元状態に於けるSDS−PAGE後の銀染色像(左側)、およびウェスタンブロッティング像(右側)を示す。
【図6】図6は、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−FcのProtein A、およびα−ブンガロトキシンに対する結合能を示す。◆が融合蛋白質α1−Fcの、▲が融合蛋白質α1−L−Fcの結果を示す。
【図7】図7は、抗nAChRα1サブユニット自己抗体に対する、融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcの結合能を示す。◆が融合蛋白質α1−Fcの、▲が融合蛋白質α1−L−Fcの結果を示す。
【図8A】図8Aは、ハイブリドーマMab35細胞への融合蛋白質α1−Fcの結合を示す。融合蛋白質の添加濃度は図に示す。
【図8B】図8Bは、ハイブリドーマMab35細胞への融合蛋白質α1−L−Fcの結合を示す。融合蛋白質の添加濃度は図に示す。
【図9】図9は、1μg/mLの自己抗体mAb35のTE671細胞との結合に対する、100μg/mLの融合蛋白質α1−Fcの結合阻害活性(左側)、および同濃度に於ける融合蛋白質α1−L−Fcの結合阻害活性(右側)を示す。
【図10】図10は、自己抗体mAb35により誘発した重症筋無力症様症状の、融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcによる改善効果を示す。横軸は時間を、縦軸は重症筋無力症様症状のスコアを示す。●は生理的食塩水投与群、◆は静注用グロブリン製剤投与群、△および▲は融合蛋白質α1−Fc投与群、□および■は融合蛋白質α1−L−Fc投与群を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結された構造を有する。
【0022】
蛋白質(X)は、自己抗体に対する自己抗原、またはその一部に相当し、患者の自己抗原の代わりに自己抗体と結合する囮(デコイ)としての役割を有する。即ち、本発明の融合蛋白質が自己抗体性自己免疫疾患の患者に投与されると、患者の体内の自己抗体は、融合蛋白質のうち蛋白質(X)の部分を自己抗原として認識してこの部分に結合する。結合した自己抗体は、患者の体内に本来存在する自己抗原ともはや結合することができないので、この方法によって自己抗体を中和することができ、自己抗体と患者の自己抗原との結合による自己免疫疾患の症状の発生を抑制することができる。自己抗体は、特定の一つの抗体ではなく種々の抗体群から成り立っているが、いずれの抗体も自己抗原を認識する機能を有する点では共通する。従って、自己抗原の囮となる本発明の融合蛋白質を使用すれば、種々の抗体群に対して個別の融合蛋白質を作成しなくても、一つの融合蛋白質で種々の抗体群を中和することができる。
【0023】
ここで定義する「抗体」とはIgA、IgD、IgE、IgG、IgMの各クラスの抗体、並びに各サブクラスの抗体全てを意味する。また、「抗体定常領域」とは、各クラスの抗体、または各サブクラスの抗体、または/および、それら抗体重鎖定常領域を組み合わせたものをも意味する。なお、抗体重鎖定常領域に付加する糖鎖構造は特に限定されるものではない。
【0024】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体の囮となる蛋白質(X)に加えて、抗体重鎖定常領域のフラグメントを含む蛋白質(A)も含む。この蛋白質(A)は、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)を発揮する役割を有する。自己抗体は、血中のB細胞で産生されるが、このB細胞の表面には、自己抗体と同じ抗原結合部位を持つ細胞表面提示型の抗体がB細胞受容体として存在している。従って、本発明の融合蛋白質が患者に投与されると、そのうちの一部は患者の体内の自己抗体と上述のように結合するが、残りは、自己抗体を産生するB細胞の表面の抗体(B細胞受容体)に結合する。B細胞受容体に本発明の融合蛋白質が結合すると、NK細胞などのエフェクター細胞がそのFc受容体を介して融合蛋白質中の蛋白質(A)に結合し、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)を発揮し、融合蛋白質に結合したB細胞を傷害、自己抗体の産生を抑制する。このように、本発明によれば、体内に存在する自己抗体を中和して自己抗体の自己抗原への結合を阻害するのみならず、自己抗体の産生源である特異的B細胞をも選択的に傷害することができる。従って、本発明の融合蛋白質は、自己抗体の産生阻害、および産生された自己抗体の中和という二つの方法で、自己抗体性自己免疫疾患を予防または治療することができる。
【0025】
本発明の融合蛋白質は、1個以上のアミノ酸からなるフレキシブルなリンカーペプチド(L)を含む。かかるリンカーペプチドを挿入することにより、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域のそれぞれの構造が安定的な構造をとり、融合蛋白質全体が安定的なものとなる。
【0026】
本発明では、受容体蛋白質(X)とリンカーペプチド(L)、抗体重鎖定常領域(A)は、N末端からC末端に向かって、(X)−(L)−(A)の順に並ぶことを特徴とする。理論的には、抗体重鎖定常領域(A)はN末端側、またはC末端側のいずれかの側に位置することが考えられるが、本発明者らは、抗体重鎖定常領域(A)の持つ抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)をより効果的に発揮するためには、受容体との結合の際に立体的障害の少ないC末端側に抗体重鎖定常領域(A)を配置するべきであることを見出している。また、受容体蛋白質(X)をN末端に位置することでデコイとしての効果も強く発揮できると想定される。
【0027】
本発明の融合蛋白質中の蛋白質(X)は、予防または治療対象の自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体に対する自己抗原またはその一部に相当し、予防または治療対象の自己免疫疾患に応じて決まる。例えば、重症筋無力症の予防・治療の場合、重症筋無力症は、神経−筋接合部において、神経伝達物質であるアセチルコリンの筋肉側における受け皿であるニコチン性アセチルコリン受容体(自己抗原)に抗ニコチン性アセチルコリン受容体抗体(自己抗体)が結合してアセチルコリンの神経・筋伝達を阻害することによって生じる疾患であるので、蛋白質(X)は、自己抗原であるニコチン性アセチルコリン受容体であることができる。同様に、自己免疫性溶血性貧血の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、赤血球表面マーカーであることができ、特発性血小板減少性紫斑病の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、血小板表面マーカーであることができ、自己免疫性好中球減少症の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、好中球表面マーカーであることができ、抗TSH抗体が原因の甲状腺機能亢進症や原発性甲状腺機能低下症(橋本病)の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、TSHであることができ、自己抗体性脳炎・脳症の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、NMDA受容体、AMPA受容体などであることができる。
【0028】
なお、蛋白質(X)は、これらの受容体やマーカー全体である必要はなく、自己抗体の認識部位を含んでさえいればその一部であってもよい。例えば、重症筋無力症の場合、上述のニコチン性アセチルコリン受容体は、4種類のサブユニットからなる5量体蛋白質であり、自己抗体の認識部位は、その中でもα1サブユニットのアイソフォーム1(骨格筋でのみ発現されるアイソフォームであり、配列番号13で示される)、アイソフォーム2(骨格筋、脳、心臓、腎臓、肺臓で発現されるアイソフォームであり、配列番号14で示される)のN末端細胞外領域に存在する。従って、重症筋無力症の場合、蛋白質(X)は、ニコチン性アセチルコリン受容体α1(nAChRα1)サブユニットまたはその一部であることができ、より具体的にはnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2、またはそれらの一部であることができ、さらに具体的にはnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2のN末端細胞外領域のアミノ酸配列からなることができる。
【0029】
これらのアミノ酸配列には、その相同性が損なわれない範囲で、1個または数個(例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜7個)のアミノ酸が欠失、付加、および/または置換されていてもよい。その範囲としては、例えば、70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上の配列の同一性を有するものが挙げられる。アミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用いて、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)で計算することができる。具体的には、このような欠失、付加、および/または置換が導入されたアミノ酸配列は、例えばサイトダイレクテドミュータジェネシスキット(タカラバイオ製)や、QuickChange Site−Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE製)等の市販キットを用いて対応するDNA配列を置換することにより容易に得ることができる。また、人工遺伝子合成技術によって直接作製することもできる。
【0030】
本発明の融合蛋白質中の蛋白質(A)は、抗体重鎖定常領域のフラグメントを含む蛋白質であり、例えば抗体重鎖のヒンジ領域以下(Fc領域)、抗体重鎖CH1領域以下またはそれらの一部であることができる。「抗体」とは、IgA、IgD、IgE、IgG、IgM全てのクラスを含み、更には、全てのサブクラスをも含む。「抗体重鎖定常領域」とは、上記の各クラス、または各サブクラス、またはそれら重鎖定常領域の組み合わせであっても良い。抗体重鎖のヒンジ領域以下(Fc領域)としては、具体的には例えばヒト抗体IgG1の場合、配列番号11または配列番号12のアミノ酸配列を挙げることができる。配列番号11、12はいずれもヒト抗体IgG1のFc領域の配列であり、配列番号11は、アジア人に多いタイプ、配列番号12は、欧米人に多いタイプである。
【0031】
本発明の融合蛋白質中のペプチドリンカー(L)は1個以上のアミノ酸からなり、好ましくは5〜45個、さらに好ましくは10〜20個からなり、最も好ましくは16個のアミノ酸からなる。このペプチドリンカーは、Gly−SerエレメントまたはSer−Glyを含むことができる。
【0032】
ペプチドリンカー(L)の具体例としては、
式(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n,
式Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser) n,
式Gly−Ser(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n,
式(Ser−Ser−Ser−Ser−Gly)n,または
式(Ser−Ser−Ser−Ser−Gly)n−Ser−Pro
(式中、nは、1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列を含むものを挙げることができる。
これらの中でも、一番目及び二番目の式で表わされるアミノ酸配列が好ましい。また、式中の繰り返し数nは3であることが好ましい。
【0033】
また、ペプチドリンカー(L)の別の具体例としては、アミノ酸Glyおよび/またはアミノ酸Serを基本とする構造を有する配列を含むペプチドリンカー(例えば、Gly−Gly−Ser−Ser−Arg−Gly−Gly、Gly−Gly−Ser−Ser−Arg−Ser−Ser−Ser−Ser−Gly−Gly−Gly−Gly−Ser−Gly−Gly−Gly−Gly、またはGlu−Phe−Gly−Gly−Gly−Gly−Glyを有する配列を含むもの)を挙げることができる。
【0034】
また、ペプチドリンカー(L)のさらに別の具体例としては、以下のアミノ酸配列をとるもの、またはこの配列を基本として改良を加えたアミノ酸配列を含むペプチドリンカーを挙げることができる。
A)Asp−Ala−Ala−Ala−Lys−Glu−Ala−Ala−Ala−Lys−Asp−Ala−Ala−Ala−Arg−Glu−Ala−Ala−Ala−Arg−Asp−Ala−Ala−Ala−Lys
B)Asn−Val−Asp−His−Lys−Pro−Ser−Asn−Thr−Lys−Val−Asp−Lys−Arg
【0035】
本発明の融合蛋白質の具体例としては、例えば配列番号10のアミノ酸配列からなる蛋白質が挙げられる。この融合蛋白質は、N末端側からC末端へ、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結された融合蛋白質であり、蛋白質(X)がnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域のアミノ酸配列の第1位〜第210位のアミノ酸からなるアミノ酸配列、リンカーペプチド(L)がPro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3、蛋白質(A)が配列番号11のアミノ酸配列に相当する。この融合蛋白質のアミノ酸配列も、上述の通り、その相同性が損なわれない範囲で、1個または数個(例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜7個、特に好ましくは1〜3個)のアミノ酸が欠失、付加、または/および置換されていてもよい。
【0036】
本発明の融合蛋白質は、従来公知の遺伝子工学的手法によって製造することができ、例えば、蛋白質(X)をコードするDNA、リンカーペプチド(L)および蛋白質(A)をコードするDNAを必要によりそれぞれ増幅しておき、これらのDNAを相互に結合し、得られたDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることによって製造することができる。DNAの増幅は、例えばPCR法によって行うことができ、増幅したDNAの結合は、例えばOverlap extension PCR法によって行うことができる。また、発現させようとする融合蛋白質のアミノ酸配列を設計し、人工合成遺伝子を直接作成することもできる。発現ベクターは、発現効率を向上させるためのCMVやSV40等のプロモーターや、発現された融合蛋白質を培養上清より容易に回収するため、抗体重鎖シグナル配列、抗体κ鎖シグナル配列などの分泌シグナル配列を備えていることが好ましい。また、発現蛋白質量を向上させるため、転写開始コドンの上流にkozak配列を挿入することが好ましい。本融合蛋白質の場合、N末端側に膜蛋白質であるnAChRα1サブユニットを備えており、且つ、本膜蛋白質はN末端側に細胞外領域が存在するため、nAChRα1サブユニットのオリジナルのシグナル配列を用いることで、発現蛋白質とシグナル配列の相性が良く、良好な分泌発現がなされる。発現宿主細胞としては、例えば哺乳類細胞、酵母、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、細菌細胞(大腸菌など)などを使用することができ、その中でも動物細胞、特にCHO細胞、HEK293細胞などが好ましい。また、融合蛋白質を発現させる核酸配列を染色体上に組み換えることで、トランスジェニック動物としての発現も可能である。発現させた融合蛋白質は、常法により採取し、Protein Aカラム等を用いて精製すればよい。
【0037】
次に、本発明の融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物について説明する。かかる組成物の具体的な製剤形態としては、注射剤、粘膜吸収剤等を挙げることができる。注射剤の場合は、上述のようにして得られた本発明の融合蛋白質に糖類、ポリオール、アルブミン、界面活性剤等の安定化剤、塩類等の等張化剤等を添加し、凍結乾燥して保存しておき、使用時に注射用水に溶解して投与すればよい。凍結乾燥品中の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.01〜200mg/g、好ましくは0.1〜100mg/gである。また、溶解された注射剤中の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.01〜200mg/mL、好ましくは0.1〜100mg/mLである。注射剤の場合の投与方法としては、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与等が挙げられる。粘膜吸収剤の場合は、例えば、本発明の融合蛋白質を賦形剤や安定化剤とともに剤型化することで、徐放性の粘膜吸収剤として製剤化し、口腔粘膜、鼻粘膜、眼瞼下等より投与すればよい。粘膜吸収剤の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.1〜300mg/mL、好ましくは0.5〜100mg/mLである。本発明の組成物の投与量は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重等により異なるが、通常成人一日当たり10μg/kg〜50mg/kgである。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
(1)α1−Fc融合蛋白質(比較例)の発現ベクターの構築
既知のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)α1サブユニットのアイソフォーム1蛋白質配列情報(Accession番号:P02708−2)をもとにnAChRα1サブユニットシグナル配列からN末端細胞外領域の配列を抽出し、また、ヒト抗体IgG1定常領域の蛋白質配列情報(Accession番号:P01857)をもとにヒンジ領域以下、即ちFc領域を抽出し、両者を融合した462残基の蛋白質配列を設計した。
【0040】
チャイニーズハムスター卵母細胞(CHO細胞)を用いて融合蛋白質の発現を行うため、CHO細胞に適した核酸配列への最適化を行った後、5’側に制限酵素認識配列とkozak配列を付加し、一方、3’側には終止コドンと制限酵素認識配列を付加した核酸配列を人工遺伝子合成技術によって作製した(配列番号1)。
【0041】
得られた人工合成遺伝子を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とからなる融合蛋白質α1−Fc(配列番号2)を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1Fcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図1に示す。
【0042】
(2)α1−L−Fc融合蛋白質(本発明例)の発現ベクターの構築
(1)で作製した人工合成遺伝子を鋳型に、配列番号1のkozak配列を含むnAChRα1サブユニット領域について、配列番号3のプライマーと、フレキシブルリンカー(L)(Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)をコードする核酸配列を付加した配列番号4のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社の「KOD−Plus−Neo」(カタログ番号:KOD−401)を用いてPCR法によって核酸増幅を行い、配列番号5の核酸配列を得た。
【0043】
一方、抗体IgG1 Fc領域についても配列番号1の人工合成遺伝子を鋳型にフレキシブルリンカー配列をコードする核酸配列を付加した配列番号6のプライマーと、配列番号7のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社のKOD−Plus−Neoを用いてPCR法によって核酸増幅を行い、配列番号8の核酸配列を得た。
【0044】
配列番号5、及び、配列番号8の混合液を鋳型に、配列番号3のプライマーと配列番号7のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社のKOD−Plus−Neoを用いてOverlap extension PCR法によって核酸増幅を行い、配列番号9の核酸配列を得た。
【0045】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とをフレキシブルリンカー配列(L)によって繋ぎ合わせた融合蛋白質α1−L−Fc(配列番号10)を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1LFcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図2に示す。
【0046】
(3)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの一過性発現の確認
(1)および(2)で作成した融合蛋白質発現ベクターpEE12.4−A1Fc、pEE12.4−A1LFcをインビトロジェン社の発現系「Free Style MAX 293 Expression System」(カタログ番号:K9000−10)を用い、HEK293細胞に導入して融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを発現させ、GEヘルスケア社の精製カラム「HiTrap Protein A HP Column」(カタログ番号:17−0402−01)を用いて精製し、融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを得た。
【0047】
各融合蛋白質の発現確認は、SDS−PAGE後、銀染色並びにウェスタンブロッティングにより行った。ウェスタンブロッティングにはHRP標識ヒトIgG抗体を用いた。その結果を図5に示す。図5中の矢印で示すバンドが、融合蛋白質に相当する。本結果より、フレキシブルリンカー(L)を挿入することにより、融合蛋白質の発現量が著しく上昇したことが確認された。
【0048】
(4)α1−L2−Fc融合蛋白質(本発明例)の発現ベクターの構築
(2)で作製したα1−L−Fcのフレキシブルリンカー(L)(Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)をフレキシブルリンカー(L2)((Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)に変更した融合蛋白質α1−L2−Fc(配列番号15)を発現させるためのベクターを作製した。
【0049】
融合蛋白質をコードする遺伝子配列の作成は、人工合成遺伝子(配列番号1)を鋳型に、(2)の配列番号4、6のプライマーを配列番号16、17に置き換え、同様のPCR法により作製した(配列番号18)。
【0050】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とをフレキシブルリンカー配列(L2)にて繋ぎ合わせた融合蛋白質α1−L2−Fcを分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1L2Fcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図3に示す。
【0051】
(5)Fc−L2−α1融合蛋白質(比較例)の発現ベクターの構築
(4)で作製したα1−L2−FcのnAChRα1サブユニットと抗体重鎖定常領域をフレキシブルリンカー(L2)を挟んで(4)とは逆の順番で融合した融合蛋白質Fc−L2−α1(配列番号19)を発現させるためのベクターを作製した。
【0052】
ベクターの作成は、(2)や(4)と同様に、配列番号1の人工合成遺伝子を鋳型にPCR法により行った。
【0053】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とをフレキシブルリンカー配列(L2)によって繋ぎ合わせた融合蛋白質Fc−L2−α1を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−FcL2A1を構築した。蛋白質発現領域の模式図を図4に示す。
【0054】
(6)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L−α1の安定発現株の構築
(1)、(2)、(4)、および(5)で作成した融合蛋白質発現ベクターpEE12.4−A1Fc、pEE12.4−A1LFc、pEE12.4−A1L2Fc、およびpEE12.4−FcL2A1の各々を、エレクトロポーレーション法によりCHO−K1細胞に導入し、メチオニンスルフォキシミン(MSX)選択下で培養を行い、クローン化することにより、形質転換体を取得した。得られた形質転換体(以下、各々「α1−Fc発現細胞」、「α1−L−Fc発現細胞」、「α1−L2−Fc発現細胞」、および「Fc−L2−α1発現細胞」と略称する)を、以下の実験に供した。
【0055】
(7)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L2−α1の発現培養
(6)で作成したα1−Fc発現細胞、α1−L−Fc発現細胞、α1−L−2−Fc発現細胞、およびFc−L2−α1発現細胞をインビトロジェン社の「CD−CHO培地」(カタログ番号:12490−025)9Lを初発培地として培養し、各々の蛋白質を生産させた。培養条件は、pH:7.1、37℃とし、培養5日目から9日目にかけてインビトロジェン社の「CHO CD EfficientFeedB」(カタログ番号:A1024−01)を50mL/L/Dayで添加し、10日間培養を行った。融合蛋白質発現培養上清は3500G、5分間の遠心により培養細胞を沈殿させ、上清を回収することで得た。
【0056】
(8)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L2−α1の精製、ならびに発現量の算出
(7)で得られた各々の融合蛋白質発現培養上清について、0.45μmのフィルターで濾過処理した後の溶液をGEヘルスケア社の「Mab select SuRe」(カタログ番号:11−0026−01)に負荷し、10カラム容量のPBSにて洗浄した後、2.5カラム容量の20mMクエン酸緩衝液(pH=3.0)にて溶出させるとともに、溶出液量の1/10の1M Tris−HCl(pH=9.0)にて即時中和を行うことで融合蛋白質を精製した。得られた溶出液を日本ミリポア社の「Amicon Ultra−15,Ultracel−50K」(カタログ番号:UFC905024)にて濃縮し、PBSへの置換を行った後、0.22μmの無菌濾過膜にて濾過処理を行い、以下の実験に供した。
【0057】
得られた溶出画分の280nmにおける吸光度(OD280)を測定し、各々の融合蛋白質の吸光係数(α1−Fc:0.57mg/mL/OD280、α1−L−Fc:0.59mg/mL/OD280、α1−L2−Fc:0.59mg/mL/OD280、Fc−L2−α1:0.59mg/mL/OD280)、溶出液量、培養液量を用いて、各発現株について、培養液1L当たりの融合蛋白質の発現量を算出した。
【0058】
その結果、融合蛋白質の発現量は、α1−Fc発現細胞については72mg/L、α1−L−Fc発現細胞については1587mg/L、α1−L2−Fc発現細胞については1249mg/L、Fc−L2−α1発現細胞については356mg/Lであり、融合蛋白質の結合部位にフレキシブルリンカーペプチドを挿入することにより発現量が格段に向上されることが確認された。中でもPro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3をフレキシブルペプチドリンカーとして用いた融合蛋白質発現株が優れていた。
【0059】
(9)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcのα−BTXに対する結合能の確認
(8)で得られた融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcについて、ELISA法を用いてα−ブンガロトキシン(以下、α−BTX)とProtein Aの結合能について確認を行った。α−BTXは、α1ドメインと結合し、神経伝達を阻害する作用を有する物質である。従って、融合蛋白質のα−BTXに対する結合能を確認することにより、融合蛋白質のα1ドメインの構造が正しく形成されているかどうかを確認することができる。また、Protein Aは、Fcを介して融合蛋白質をプレートへ固定する。従って、この実験の主目的は、上述の通り融合蛋白質のα1ドメイン構造の形成の確認にあるが、この実験では、融合蛋白質のFcとしての構造が保持されているかどうかも確認することができる。
【0060】
ナルジェヌンク社の「C8 MAXISORP NUNC−IMMUNOMODULE」(カタログ番号:445101)にICN Biochemicals社の「Protein A」(カタログ番号:987015)を1μg/mLの濃度で固相化した後、1%BSA添加のPBSにてブロッキングを行い、(8)にて作成した各融合蛋白質を4倍ずつ希釈したものをサンプルとして添加し、更に洗浄後、インビトロジェン社の「α−bungarotoxin,biotin−XX」(カタログ番号:B1196)を1μg/mLで添加し、最終的にICN Biochemicals社の「PEROXIDASE−AVIDIN」(カタログ番号:191370)で反応させた。検出にはフナコシ社の「TMB solution」(カタログ番号:N301)を基質として反応させ、1%硫酸溶液にて反応を停止させた。その後、波長450nmでの吸光度を測定した。
【0061】
その結果を図6に示す。いずれの融合蛋白質についても濃度依存的な反応が認められた。この結果より、各融合蛋白質はα−BTXと結合し、且つ、Protein Aとも結合することが確認された。即ち、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fcともに、nAChRα1サブユニット細胞外領域、及び、Fcとしての構造を保持していることが確認された。なお、融合蛋白質の両者を比較すると融合蛋白質α−L−Fcについて、α−BTXとの結合曲線が低濃度側へ著しくシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを挿入することにより、蛋白質濃度あたりの結合力が約100倍以上向上されると判断された。この結果は、フレキシブルリンカーペプチドの挿入により、目的の融合蛋白質の構造的安定性が増し、純度が高くなっていることを示唆している。
【0062】
(10)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの抗nAChR自己抗体に対する結合能の確認
ATCCより入手したラット抗nAChR(α1サブユニット)自己抗体産生ハイブリドーマMab35(TIB−175)(以下、「Mab35細胞」と略称する)をインビトロジェン社の「Hybridoma−SFM」(カタログ番号:12045−01)で培養し、培養上清をGEヘルスケア社の「HiTrap Protein G HP Column」(カタログ番号:17−0405−01)で処理することにより、抗nAChR自己抗体であるモノクローナル抗体(以下、「mAb35」と略称する)を得た。
【0063】
得られたmAb35を1μg/mLの濃度でナルジェヌンク社のC8 MAXISORP NUNC−IMMUNOMODULEに固相化し、1%BSA添加PBSでブロッキングした後、(8)で作成した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを4倍希釈系列したものを添加し、最終的にHRP標識抗ヒトIgG1 Fc抗体で反応を行った。検出にはフナコシ社のTMB solutionを基質として反応させ、1%硫酸溶液にて反応を停止させた後、波長450nmでの吸光度を測定した。
【0064】
その結果を図7に示す。融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fcともに濃度依存的な反応が認められた。また、両者を比較すると融合蛋白質α1−L−Fcについて、自己抗体との結合曲線が著しく低濃度側へシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、蛋白質濃度あたりの結合力(比活性)が約100倍以上向上すると判断された。この結果は、フレキシブルリンカーペプチドの挿入により、目的の融合蛋白質の発現量のみならず、構造的安定性も向上し、自己抗体との反応性が著しく向上したことを示唆している。
【0065】
(11)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの自己抗体産生細胞に対する結合能の確認
自己抗体は生体内ではB細胞で産生され、自己抗体産生B細胞の細胞表面には、自己抗体と同じ抗体が細胞膜上にB細胞受容体として提示されている。即ち、(10)で使用したハイブリドーマMab35細胞膜上には、B細胞と同様にmAb35抗体が提示されていると考えられる。
【0066】
そこで、HBSS/BSAで洗浄した2×105個のMab35細胞に、(8)で作成した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを10ng/mL〜1mg/mLの範囲で10倍希釈したものをサンプルとして反応させた後、検出試薬としてPE標識抗ヒトIgG抗体を添加し、Beckman−Coulter社の「Cytomics FC500」を用いて検出を行った。
【0067】
その結果を図8Aおよび図8Bに示す。各融合蛋白質ともに濃度依存的に右側にシフトしていることから、Mab35細胞と濃度依存的に結合していることが確認された。なお、融合蛋白質α1−L−Fcはより大きくシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、自己抗体産生細胞に対する結合能が約100倍以上向上することが確認された。
【0068】
(12)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcのデコイとしての作用の確認
ATCCより入手したヒト神経芽腫細胞(TE−671)(以下、「TE671細胞」と略称する)にはヒト筋肉細胞同様のnAChRα1サブユニットが存在する。そこで、TE671細胞に対する自己抗体mAb35の結合に対して、(8)で作製した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの結合阻害活性についての確認を行った。
【0069】
HBSS/BSAで洗浄した2×105個のTE671細胞に、融合蛋白質α1−Fc、またはα1−L−Fcを100μg/mL添加した。なお、コントロールには融合蛋白質不含のHBSS/BSAを添加した。更に、mAb35抗体1μg/mLを添加した後、検出試薬としてPE標識ラットIgG抗体を添加し、「Cytomics FC500」を用いて検出を行った。
【0070】
その結果を図9に示す。融合蛋白質α1−Fcを用いた場合は100μg/mLの濃度において若干の阻害効果しか認められていないが、融合蛋白質α1−L−Fcを用いた場合は100μg/mLの濃度において十分な阻害活性が認められた。この結果より、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、著しい阻害活性の向上が確認された。
【0071】
(13)融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fc、および融合蛋白質Fc−L2−α1のADCC活性の確認
2×105個のMab35細胞をHBSS/BSAで洗浄した後、同仁社の蛍光色素「Calcein−AM」(カタログ番号:C326)を10μMとなるように添加したHBSS/BSAで37℃、30分間インキュベーションを行い、細胞内にCalcein−AMを取り込ませた。次に、これらのMab35細胞を96穴プレートに10000個/ウェルとなるように分注し、(8)で作成した融合蛋白質α1−L−Fcまたはコントロール抗体等(アバスチンまたはエンブレル)と、ATCCより入手したヒトナチュラルキラー細胞NK92(CRL−2407)(以下、「NK92細胞」と略称する)を様々な濃度で添加し、37℃で4時間インキュベーションを行った。インキュベーション後、×300Gで5分間遠心することで細胞を沈殿させ、上清の蛍光を測定(Ex=485nm、Em=540nm)した。その結果、NK92細胞のみを添加した群(抗体等無添加)においても極弱い濃度依存的な細胞傷害活性(ナチュラルキリング)が認められたものの、融合蛋白質α1−L−Fc投与群においては、最大で約73%の強い細胞傷害活性が認められ、ターゲット細胞(T)であるMab35細胞に対しエフェクター細胞(E)であるNK92細胞を25倍添加したものにおいて強い細胞傷害活性が認められた(データは示さず)。以上の予備実験の結果より、E/T比=25の条件で、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fc、および融合蛋白質Fc−L2−α1の細胞傷害活性を比較した。
【0072】
その結果、融合蛋白質α1−Fcで51.8%、融合蛋白質α1−L−Fcで73.2%、融合蛋白質Fc−L2−α1で32.9%の細胞傷害活性が認められた。一方、抗体無添加群で17.9%、アバスチン添加群で12.5%、エンブレル添加群で6.9%の細胞傷害活性が認められた。
【0073】
これらの結果より、抗体重鎖定常領域は、N末端側に位置するよりC末端側に位置する方が、高い細胞傷害活性を有することが確認された。また、抗体重鎖定常領域をC末端側に位置したものでも、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、細胞傷害活性が更に向上することが確認された。
【0074】
(4)重症筋無力症に対するvivoの確認
実験用に11週齢の雌性Lewisラット(日本エスエルシー社製)を36匹準備した。重症筋無力症の動物モデルとして自己抗体誘発ラットモデルを使用した。全てのラットに対して、ハイブリドーマMab35が産生するラットnAChRに対する自己抗体であるmAb35を1.25mg/kgで腹腔内投与することで病態を誘発した。以下の各物質はmAb35投与の4、12、24及び32時間後に静脈内投与した。対照群にはPBSを1回あたり1mL投与した(対照群、6匹)。(8)で調製したα1−L−Fcは1回あたり2.5mg/ラット(α1−L−Fc 2.5、6匹)または10mg/ラット(α1−L−Fc 10、6匹)の用量で投与した。同様に(8)で調整したα1−Fcは、1回あたり2.5mg/ラット(α1−Fc 2.5、6匹)または10mg/ラット(α1−Fc 10、6匹)の用量で投与した。また、静注用人免疫グロブリン製剤である献血ヴェノグロブリンIH5%静注(田辺三菱製薬社製)を1回あたり80mg/ラットの用量で投与した(IVIG、6匹)。
【0075】
病態誘発後96時間までの期間、筋症状スコア(MG Score)を評価した。筋症状スコアは、0点:異常なし、1点:前肢の握力低下、2点:前肢の握力消失、3点:前肢の握力消失に加えて、後肢の筋力低下・歩行障害、4点:前肢の握力消失に加えて、後肢の麻痺とした。筋症状スコアの統計学的解析は、対照群と各物質投与群の比較をSteel検定(SAS前臨床パッケージVersion 5.00.010720、Windows(登録商標)版 SASシステムリリース8.02TSレベル02M0(SASインスティチュートジャパン))で行った。結果は平均±標準誤差で示し、危険率5%未満(*)を有意差ありと判定した。
【0076】
結果を表1及び図10に示す。図10はmAb35誘発ラット重症筋無力症モデルにおけるα1−L−Fc及びα1−Fcの効果を示すものである。図10に示すとおり、対照群では病態誘発24時間後から筋症状スコアが増加し、56時間で最大となり、その後は減少する変化が観察された。α1−L−Fc及びα1−Fcは筋症状スコアの増加を抑制し、これらの抑制は用量に応じた抑制である傾向が示された。表1には対照群の筋症状スコアが最大となった病態誘発56時間の平均スコアを示す。α1−L−Fc及びα1−Fcはいずれも1回あたり10mg/ラットの投与で筋症状を有意に抑制することが示された。
【0077】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、自己抗体の産生阻害、および産生された自己抗体の中和という二つの方法で、自己抗体性自己免疫疾患を予防または治療することができる融合蛋白質を、医薬として実生産規模で提供することができる。従って、本発明の融合蛋白質は、重症筋無力症を始めとする種々の自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防または治療するために広く利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0079】
配列番号3,4,6,7,16,17は、プライマーの配列である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己抗体を中和し、且つ自己抗体の産生を阻害することによって、重症筋無力症などの自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防・治療することができる融合蛋白質に関し、特に、予防・治療のために必要で十分な強い機能を有し、且つ安定な構造を保ったまま発現して細胞外へ分泌されることから、工業的な生産にも対応できる融合蛋白質に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫系は、本来、最近やウイルスなどの自己と異なる異物を認識し排除するための役割を有するが、先天的あるいは後天的な異常により、自己の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃を加えてしまうことがある。自己免疫疾患は、この様な状態によって生ずる疾患の総称であり、この中でも自己抗体(自己の細胞や組織を抗原として認識する抗体)が自己抗原(自己の細胞や組織)と反応することで生ずる疾患を「自己抗体性自己免疫疾患」と称している。自己抗体性自己免疫疾患としては、例えば、重症筋無力症、自己免疫性溶血性貧血、特発性血小板減少性紫斑病、自己免疫性好中球減少症、抗TSH抗体が原因の甲状腺機能亢進症や橋本病、自己抗体性急性脳炎、非ヘルペス性辺縁系脳炎などが挙げられる。
【0003】
自己抗体性自己免疫疾患の治療方法としては、ステロイド剤や免疫抑制剤の投与が従来多く行われている。しかし、これらの薬剤療法はいずれも、疾患の根本的原因である自己抗体を特異的に抑制するものではなく、免疫反応全体を一般的に抑制するものであるため、特異性が無く、QOL(Quality of Life)的にも十分効果的な治療方法とは言えない。
【0004】
自己抗体性自己免疫疾患の代表例の一つである重症筋無力症についても、それを根本から治療するための既存の治療薬はなく、上述のステロイド剤や免疫抑制剤の他、コリンエステラーゼ阻害薬、血漿交換療法、静注用免疫グロブリン製剤や胸腺摘出術が行われている(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、および非特許文献4参照)。
【0005】
このうち、コリンエステラーゼ阻害薬の使用についてはその容量設定が難しく、副作用が生じたときのために硫酸アトロピン静注、あるいは気道確保が必要となることもあり得る。また、大量長期投与においてはその効果が低下し、さらに、場合によってはコリン作動性クリーゼが生ずる場合もあり、問題視されている。本薬剤は、治療を目的とするものではなく日々の症状に対する対症療法であり、基本的に効果が現れる最低限の量を使用し、長期投与は極力避けるべきとされる。
【0006】
ステロイド剤については、副作用が問題視されており、副作用の管理は大変重要とされる。また、この薬剤の長期連用は難しく、非ステロイド系の免疫抑制剤である、タクロリムスやサイクロスポリンなど薬剤を交えながらコントロールする必要がある。しかしながら、本薬剤においても先述したように対症療法でしかなく、根本的な治療薬ではない。
【0007】
胸腺摘出術については、一定の効果を上げているものの、摘出術に対する患者の不安感や費用面の問題があり、更には、免疫機能が未発達な小児や免疫不全患者などには適応できないという問題がある。また、一定の効果を上げているものの、効果が認められるまでには十年単位の長い年月を必要とし、効果が認められるまでは、他の対症療法を併用して行うしかない。更に、効果が認められる患者は50%に満たないという問題点もある。
【0008】
血漿交換療法については、1回の処置に100万円以上の多額な費用が発生する一方、包括医療制度により重症筋無力症の治療費として補助される金額は60万円程度であり、医療現場での負担も大きい。しかも、その効果は、1ヶ月程度しか持続しないという問題がある。
【0009】
近年、重症筋無力症の治療方法として、ガンマグロブリン製剤の有効性が確認され、一部の製薬メーカーにおいては臨床試験も行っている。しかし、ガンマグロブリン製剤はヒト血漿由来の生物学的製剤であり、未知のウイルスなどによる感染リスク等が考えられる。また、ガンマグロブリン製剤の投与量は大量投与(400mg/kg、5日間連続投与)であり、患者や医療現場における負担は相当大きいものと予想される。一方、その効果は血漿交換療法と同程度、または若干長い程度にすぎないとされている。
【0010】
以上、重症筋無力症の治療上の問題点は、低分子薬物治療については一時的な対症療法に過ぎないことであり、また、血漿交換療法、ガンマグロブリン製剤や胸腺摘出術についても効果や費用等の問題点が残っている。
【0011】
上述の問題点から、重症筋無力症の原因とされる抗アセチルコリン受容体自己抗体のみに反応する抗体を組換え蛋白質において作製することができれば、患者に負担をかけない少量の投与量において、有効な効果が期待されると考えた。そこで、抗アセチルコリン受容体自己抗体を中和するためのイディオタイプ抗体に代わるものとして、本発明者らはnAChRα1サブユニットN末端側細胞外領域と抗体重鎖定常領域との融合蛋白質を作製した。この融合蛋白質は自己抗体を中和し、さらには自己抗体の産生細胞を傷害する活性があったことから、自己抗体性自己免疫疾患の一つである重症筋無力症に対して非常に有効であると判断された。しかしながら、この融合蛋白質は発現量が低く、工業的生産を行うには困難な状況にあった。(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第4495776号
【0013】
【非特許文献1】日本臨床 66巻6号 第1155頁〜第1157頁 重症筋無力症治験研究動向
【非特許文献2】神経治療 Vol.25 No.6 第689頁〜第692頁 免疫グロブリン大量療法
【非特許文献3】厚生省特定疾患免疫性神経疾患調査研究班.平成7年報告書「重症筋無力症(Myasthenia gravis:MG)の治療ガイドライン」
【非特許文献4】第4回MGフォーラム記念講演「日本における重症筋無力症治療と予後の現況」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、自己抗体を特異的に抑制することができ、自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防または治療することができ、しかもその発現量が工業的に十分である新しい融合蛋白質およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の特許文献1の融合蛋白質は、自己抗体の産生阻害、並びに、産生された自己抗体の中和の2点において、重症筋無力症の治療薬として効果を期待できるものである。しかしながら、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域との融合蛋白質では、構造の立体的障害が原因と考えられる、発現量の少なさ、並びに発現蛋白質の純度等が問題であった。
【0016】
そこで、本発明者らは、融合蛋白質の発現量、並びに発現蛋白質の純度向上のため、様々な検討を行ったところ、特許文献1の融合蛋白質では、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域の各々が複雑な構造であるため、それらの立体障害により融合蛋白質発現中に誤ったジスルフィド結合が生じ、結果として十分な純度、および発現量が得られなかったと考えられた。そして、それを解決する手段として、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域との間にフレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質を考案した。つまり、フレキシブルなリンカーペプチドを挿入することで、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域の各々の構造が安定な本来の構造を保ったものとなると考えた。そして、各領域が安定的な構造を形成することにより、細胞外への分泌効果が促進され、結果としてより多くの融合蛋白質を産生でき、また、融合蛋白質自体の安定性が増すことで、分解体の比率を著しく減少させることができ、純度の向上が可能となると考えた。そこで、本発明者らは、このフレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質を作製し、この融合蛋白質が、従来のリンカーペプチド無しの融合蛋白質と比較して、発現量が大幅に向上し、且つ発現蛋白質の純度も著しく向上することを見いだした。さらに、フレキシブルなリンカーペプチドを挿入した融合蛋白質は、従来のリンカーペプチド無しの融合蛋白質よりも自己抗体の中和効果が著しく増強し、また自己抗体産生細胞を特異的に抑制する効果も強いことを見出した。また、抗体重鎖定常領域(A)はN末端側よりC末端側に位置する方が細胞傷害活性がより強く発揮することを見出した。これらの知見に基づき、本発明者らは本発明の完成に至った。
【0017】
即ち、本発明によれば、自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質が提供される。
【0018】
また、本発明によれば、上記融合蛋白質をコードするDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることを特徴とする上記融合蛋白質の製造方法、及び上記融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物が提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体性自己免疫疾患の患者の体内に存在する自己抗体を中和し、かつ自己抗体の産生を阻害することによって、自己抗体を特異的に抑制することができる。また、本発明の融合蛋白質は、発現量及び純度が高く、医薬として、実生産規模で提供することができる。従って、本発明の融合蛋白質を使用すれば、重症筋無力症を始めとする種々の自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防・治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施例で作製した融合蛋白質α1−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図2】図2は、実施例で作製した融合蛋白質α1−L−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図3】図3は、実施例で作製した融合蛋白質α1−L2−Fcを発現させるための領域模式図である。
【図4】図4は、実施例で作製した融合蛋白質Fc−L2−α1を発現させるための領域模式図である。
【図5】図5は、一過性発現後に精製した融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcの還元状態に於けるSDS−PAGE後の銀染色像(左側)、およびウェスタンブロッティング像(右側)を示す。
【図6】図6は、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−FcのProtein A、およびα−ブンガロトキシンに対する結合能を示す。◆が融合蛋白質α1−Fcの、▲が融合蛋白質α1−L−Fcの結果を示す。
【図7】図7は、抗nAChRα1サブユニット自己抗体に対する、融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcの結合能を示す。◆が融合蛋白質α1−Fcの、▲が融合蛋白質α1−L−Fcの結果を示す。
【図8A】図8Aは、ハイブリドーマMab35細胞への融合蛋白質α1−Fcの結合を示す。融合蛋白質の添加濃度は図に示す。
【図8B】図8Bは、ハイブリドーマMab35細胞への融合蛋白質α1−L−Fcの結合を示す。融合蛋白質の添加濃度は図に示す。
【図9】図9は、1μg/mLの自己抗体mAb35のTE671細胞との結合に対する、100μg/mLの融合蛋白質α1−Fcの結合阻害活性(左側)、および同濃度に於ける融合蛋白質α1−L−Fcの結合阻害活性(右側)を示す。
【図10】図10は、自己抗体mAb35により誘発した重症筋無力症様症状の、融合蛋白質α1−Fc、および融合蛋白質α1−L−Fcによる改善効果を示す。横軸は時間を、縦軸は重症筋無力症様症状のスコアを示す。●は生理的食塩水投与群、◆は静注用グロブリン製剤投与群、△および▲は融合蛋白質α1−Fc投与群、□および■は融合蛋白質α1−L−Fc投与群を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結された構造を有する。
【0022】
蛋白質(X)は、自己抗体に対する自己抗原、またはその一部に相当し、患者の自己抗原の代わりに自己抗体と結合する囮(デコイ)としての役割を有する。即ち、本発明の融合蛋白質が自己抗体性自己免疫疾患の患者に投与されると、患者の体内の自己抗体は、融合蛋白質のうち蛋白質(X)の部分を自己抗原として認識してこの部分に結合する。結合した自己抗体は、患者の体内に本来存在する自己抗原ともはや結合することができないので、この方法によって自己抗体を中和することができ、自己抗体と患者の自己抗原との結合による自己免疫疾患の症状の発生を抑制することができる。自己抗体は、特定の一つの抗体ではなく種々の抗体群から成り立っているが、いずれの抗体も自己抗原を認識する機能を有する点では共通する。従って、自己抗原の囮となる本発明の融合蛋白質を使用すれば、種々の抗体群に対して個別の融合蛋白質を作成しなくても、一つの融合蛋白質で種々の抗体群を中和することができる。
【0023】
ここで定義する「抗体」とはIgA、IgD、IgE、IgG、IgMの各クラスの抗体、並びに各サブクラスの抗体全てを意味する。また、「抗体定常領域」とは、各クラスの抗体、または各サブクラスの抗体、または/および、それら抗体重鎖定常領域を組み合わせたものをも意味する。なお、抗体重鎖定常領域に付加する糖鎖構造は特に限定されるものではない。
【0024】
本発明の融合蛋白質は、自己抗体の囮となる蛋白質(X)に加えて、抗体重鎖定常領域のフラグメントを含む蛋白質(A)も含む。この蛋白質(A)は、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)を発揮する役割を有する。自己抗体は、血中のB細胞で産生されるが、このB細胞の表面には、自己抗体と同じ抗原結合部位を持つ細胞表面提示型の抗体がB細胞受容体として存在している。従って、本発明の融合蛋白質が患者に投与されると、そのうちの一部は患者の体内の自己抗体と上述のように結合するが、残りは、自己抗体を産生するB細胞の表面の抗体(B細胞受容体)に結合する。B細胞受容体に本発明の融合蛋白質が結合すると、NK細胞などのエフェクター細胞がそのFc受容体を介して融合蛋白質中の蛋白質(A)に結合し、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)を発揮し、融合蛋白質に結合したB細胞を傷害、自己抗体の産生を抑制する。このように、本発明によれば、体内に存在する自己抗体を中和して自己抗体の自己抗原への結合を阻害するのみならず、自己抗体の産生源である特異的B細胞をも選択的に傷害することができる。従って、本発明の融合蛋白質は、自己抗体の産生阻害、および産生された自己抗体の中和という二つの方法で、自己抗体性自己免疫疾患を予防または治療することができる。
【0025】
本発明の融合蛋白質は、1個以上のアミノ酸からなるフレキシブルなリンカーペプチド(L)を含む。かかるリンカーペプチドを挿入することにより、受容体蛋白質と抗体重鎖定常領域のそれぞれの構造が安定的な構造をとり、融合蛋白質全体が安定的なものとなる。
【0026】
本発明では、受容体蛋白質(X)とリンカーペプチド(L)、抗体重鎖定常領域(A)は、N末端からC末端に向かって、(X)−(L)−(A)の順に並ぶことを特徴とする。理論的には、抗体重鎖定常領域(A)はN末端側、またはC末端側のいずれかの側に位置することが考えられるが、本発明者らは、抗体重鎖定常領域(A)の持つ抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)をより効果的に発揮するためには、受容体との結合の際に立体的障害の少ないC末端側に抗体重鎖定常領域(A)を配置するべきであることを見出している。また、受容体蛋白質(X)をN末端に位置することでデコイとしての効果も強く発揮できると想定される。
【0027】
本発明の融合蛋白質中の蛋白質(X)は、予防または治療対象の自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体に対する自己抗原またはその一部に相当し、予防または治療対象の自己免疫疾患に応じて決まる。例えば、重症筋無力症の予防・治療の場合、重症筋無力症は、神経−筋接合部において、神経伝達物質であるアセチルコリンの筋肉側における受け皿であるニコチン性アセチルコリン受容体(自己抗原)に抗ニコチン性アセチルコリン受容体抗体(自己抗体)が結合してアセチルコリンの神経・筋伝達を阻害することによって生じる疾患であるので、蛋白質(X)は、自己抗原であるニコチン性アセチルコリン受容体であることができる。同様に、自己免疫性溶血性貧血の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、赤血球表面マーカーであることができ、特発性血小板減少性紫斑病の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、血小板表面マーカーであることができ、自己免疫性好中球減少症の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、好中球表面マーカーであることができ、抗TSH抗体が原因の甲状腺機能亢進症や原発性甲状腺機能低下症(橋本病)の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、TSHであることができ、自己抗体性脳炎・脳症の予防・治療の場合、蛋白質(X)は、NMDA受容体、AMPA受容体などであることができる。
【0028】
なお、蛋白質(X)は、これらの受容体やマーカー全体である必要はなく、自己抗体の認識部位を含んでさえいればその一部であってもよい。例えば、重症筋無力症の場合、上述のニコチン性アセチルコリン受容体は、4種類のサブユニットからなる5量体蛋白質であり、自己抗体の認識部位は、その中でもα1サブユニットのアイソフォーム1(骨格筋でのみ発現されるアイソフォームであり、配列番号13で示される)、アイソフォーム2(骨格筋、脳、心臓、腎臓、肺臓で発現されるアイソフォームであり、配列番号14で示される)のN末端細胞外領域に存在する。従って、重症筋無力症の場合、蛋白質(X)は、ニコチン性アセチルコリン受容体α1(nAChRα1)サブユニットまたはその一部であることができ、より具体的にはnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2、またはそれらの一部であることができ、さらに具体的にはnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2のN末端細胞外領域のアミノ酸配列からなることができる。
【0029】
これらのアミノ酸配列には、その相同性が損なわれない範囲で、1個または数個(例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜7個)のアミノ酸が欠失、付加、および/または置換されていてもよい。その範囲としては、例えば、70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上の配列の同一性を有するものが挙げられる。アミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用いて、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)で計算することができる。具体的には、このような欠失、付加、および/または置換が導入されたアミノ酸配列は、例えばサイトダイレクテドミュータジェネシスキット(タカラバイオ製)や、QuickChange Site−Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE製)等の市販キットを用いて対応するDNA配列を置換することにより容易に得ることができる。また、人工遺伝子合成技術によって直接作製することもできる。
【0030】
本発明の融合蛋白質中の蛋白質(A)は、抗体重鎖定常領域のフラグメントを含む蛋白質であり、例えば抗体重鎖のヒンジ領域以下(Fc領域)、抗体重鎖CH1領域以下またはそれらの一部であることができる。「抗体」とは、IgA、IgD、IgE、IgG、IgM全てのクラスを含み、更には、全てのサブクラスをも含む。「抗体重鎖定常領域」とは、上記の各クラス、または各サブクラス、またはそれら重鎖定常領域の組み合わせであっても良い。抗体重鎖のヒンジ領域以下(Fc領域)としては、具体的には例えばヒト抗体IgG1の場合、配列番号11または配列番号12のアミノ酸配列を挙げることができる。配列番号11、12はいずれもヒト抗体IgG1のFc領域の配列であり、配列番号11は、アジア人に多いタイプ、配列番号12は、欧米人に多いタイプである。
【0031】
本発明の融合蛋白質中のペプチドリンカー(L)は1個以上のアミノ酸からなり、好ましくは5〜45個、さらに好ましくは10〜20個からなり、最も好ましくは16個のアミノ酸からなる。このペプチドリンカーは、Gly−SerエレメントまたはSer−Glyを含むことができる。
【0032】
ペプチドリンカー(L)の具体例としては、
式(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n,
式Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser) n,
式Gly−Ser(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n,
式(Ser−Ser−Ser−Ser−Gly)n,または
式(Ser−Ser−Ser−Ser−Gly)n−Ser−Pro
(式中、nは、1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列を含むものを挙げることができる。
これらの中でも、一番目及び二番目の式で表わされるアミノ酸配列が好ましい。また、式中の繰り返し数nは3であることが好ましい。
【0033】
また、ペプチドリンカー(L)の別の具体例としては、アミノ酸Glyおよび/またはアミノ酸Serを基本とする構造を有する配列を含むペプチドリンカー(例えば、Gly−Gly−Ser−Ser−Arg−Gly−Gly、Gly−Gly−Ser−Ser−Arg−Ser−Ser−Ser−Ser−Gly−Gly−Gly−Gly−Ser−Gly−Gly−Gly−Gly、またはGlu−Phe−Gly−Gly−Gly−Gly−Glyを有する配列を含むもの)を挙げることができる。
【0034】
また、ペプチドリンカー(L)のさらに別の具体例としては、以下のアミノ酸配列をとるもの、またはこの配列を基本として改良を加えたアミノ酸配列を含むペプチドリンカーを挙げることができる。
A)Asp−Ala−Ala−Ala−Lys−Glu−Ala−Ala−Ala−Lys−Asp−Ala−Ala−Ala−Arg−Glu−Ala−Ala−Ala−Arg−Asp−Ala−Ala−Ala−Lys
B)Asn−Val−Asp−His−Lys−Pro−Ser−Asn−Thr−Lys−Val−Asp−Lys−Arg
【0035】
本発明の融合蛋白質の具体例としては、例えば配列番号10のアミノ酸配列からなる蛋白質が挙げられる。この融合蛋白質は、N末端側からC末端へ、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結された融合蛋白質であり、蛋白質(X)がnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域のアミノ酸配列の第1位〜第210位のアミノ酸からなるアミノ酸配列、リンカーペプチド(L)がPro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3、蛋白質(A)が配列番号11のアミノ酸配列に相当する。この融合蛋白質のアミノ酸配列も、上述の通り、その相同性が損なわれない範囲で、1個または数個(例えば1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜7個、特に好ましくは1〜3個)のアミノ酸が欠失、付加、または/および置換されていてもよい。
【0036】
本発明の融合蛋白質は、従来公知の遺伝子工学的手法によって製造することができ、例えば、蛋白質(X)をコードするDNA、リンカーペプチド(L)および蛋白質(A)をコードするDNAを必要によりそれぞれ増幅しておき、これらのDNAを相互に結合し、得られたDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることによって製造することができる。DNAの増幅は、例えばPCR法によって行うことができ、増幅したDNAの結合は、例えばOverlap extension PCR法によって行うことができる。また、発現させようとする融合蛋白質のアミノ酸配列を設計し、人工合成遺伝子を直接作成することもできる。発現ベクターは、発現効率を向上させるためのCMVやSV40等のプロモーターや、発現された融合蛋白質を培養上清より容易に回収するため、抗体重鎖シグナル配列、抗体κ鎖シグナル配列などの分泌シグナル配列を備えていることが好ましい。また、発現蛋白質量を向上させるため、転写開始コドンの上流にkozak配列を挿入することが好ましい。本融合蛋白質の場合、N末端側に膜蛋白質であるnAChRα1サブユニットを備えており、且つ、本膜蛋白質はN末端側に細胞外領域が存在するため、nAChRα1サブユニットのオリジナルのシグナル配列を用いることで、発現蛋白質とシグナル配列の相性が良く、良好な分泌発現がなされる。発現宿主細胞としては、例えば哺乳類細胞、酵母、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、細菌細胞(大腸菌など)などを使用することができ、その中でも動物細胞、特にCHO細胞、HEK293細胞などが好ましい。また、融合蛋白質を発現させる核酸配列を染色体上に組み換えることで、トランスジェニック動物としての発現も可能である。発現させた融合蛋白質は、常法により採取し、Protein Aカラム等を用いて精製すればよい。
【0037】
次に、本発明の融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物について説明する。かかる組成物の具体的な製剤形態としては、注射剤、粘膜吸収剤等を挙げることができる。注射剤の場合は、上述のようにして得られた本発明の融合蛋白質に糖類、ポリオール、アルブミン、界面活性剤等の安定化剤、塩類等の等張化剤等を添加し、凍結乾燥して保存しておき、使用時に注射用水に溶解して投与すればよい。凍結乾燥品中の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.01〜200mg/g、好ましくは0.1〜100mg/gである。また、溶解された注射剤中の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.01〜200mg/mL、好ましくは0.1〜100mg/mLである。注射剤の場合の投与方法としては、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与等が挙げられる。粘膜吸収剤の場合は、例えば、本発明の融合蛋白質を賦形剤や安定化剤とともに剤型化することで、徐放性の粘膜吸収剤として製剤化し、口腔粘膜、鼻粘膜、眼瞼下等より投与すればよい。粘膜吸収剤の本発明の融合蛋白質の含有量は特に限定されないが、例えば0.1〜300mg/mL、好ましくは0.5〜100mg/mLである。本発明の組成物の投与量は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重等により異なるが、通常成人一日当たり10μg/kg〜50mg/kgである。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
(1)α1−Fc融合蛋白質(比較例)の発現ベクターの構築
既知のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)α1サブユニットのアイソフォーム1蛋白質配列情報(Accession番号:P02708−2)をもとにnAChRα1サブユニットシグナル配列からN末端細胞外領域の配列を抽出し、また、ヒト抗体IgG1定常領域の蛋白質配列情報(Accession番号:P01857)をもとにヒンジ領域以下、即ちFc領域を抽出し、両者を融合した462残基の蛋白質配列を設計した。
【0040】
チャイニーズハムスター卵母細胞(CHO細胞)を用いて融合蛋白質の発現を行うため、CHO細胞に適した核酸配列への最適化を行った後、5’側に制限酵素認識配列とkozak配列を付加し、一方、3’側には終止コドンと制限酵素認識配列を付加した核酸配列を人工遺伝子合成技術によって作製した(配列番号1)。
【0041】
得られた人工合成遺伝子を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とからなる融合蛋白質α1−Fc(配列番号2)を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1Fcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図1に示す。
【0042】
(2)α1−L−Fc融合蛋白質(本発明例)の発現ベクターの構築
(1)で作製した人工合成遺伝子を鋳型に、配列番号1のkozak配列を含むnAChRα1サブユニット領域について、配列番号3のプライマーと、フレキシブルリンカー(L)(Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)をコードする核酸配列を付加した配列番号4のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社の「KOD−Plus−Neo」(カタログ番号:KOD−401)を用いてPCR法によって核酸増幅を行い、配列番号5の核酸配列を得た。
【0043】
一方、抗体IgG1 Fc領域についても配列番号1の人工合成遺伝子を鋳型にフレキシブルリンカー配列をコードする核酸配列を付加した配列番号6のプライマーと、配列番号7のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社のKOD−Plus−Neoを用いてPCR法によって核酸増幅を行い、配列番号8の核酸配列を得た。
【0044】
配列番号5、及び、配列番号8の混合液を鋳型に、配列番号3のプライマーと配列番号7のプライマーを添加し、DNAポリメラーゼとしてTOYOBO社のKOD−Plus−Neoを用いてOverlap extension PCR法によって核酸増幅を行い、配列番号9の核酸配列を得た。
【0045】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とをフレキシブルリンカー配列(L)によって繋ぎ合わせた融合蛋白質α1−L−Fc(配列番号10)を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1LFcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図2に示す。
【0046】
(3)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの一過性発現の確認
(1)および(2)で作成した融合蛋白質発現ベクターpEE12.4−A1Fc、pEE12.4−A1LFcをインビトロジェン社の発現系「Free Style MAX 293 Expression System」(カタログ番号:K9000−10)を用い、HEK293細胞に導入して融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを発現させ、GEヘルスケア社の精製カラム「HiTrap Protein A HP Column」(カタログ番号:17−0402−01)を用いて精製し、融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを得た。
【0047】
各融合蛋白質の発現確認は、SDS−PAGE後、銀染色並びにウェスタンブロッティングにより行った。ウェスタンブロッティングにはHRP標識ヒトIgG抗体を用いた。その結果を図5に示す。図5中の矢印で示すバンドが、融合蛋白質に相当する。本結果より、フレキシブルリンカー(L)を挿入することにより、融合蛋白質の発現量が著しく上昇したことが確認された。
【0048】
(4)α1−L2−Fc融合蛋白質(本発明例)の発現ベクターの構築
(2)で作製したα1−L−Fcのフレキシブルリンカー(L)(Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)をフレキシブルリンカー(L2)((Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3)に変更した融合蛋白質α1−L2−Fc(配列番号15)を発現させるためのベクターを作製した。
【0049】
融合蛋白質をコードする遺伝子配列の作成は、人工合成遺伝子(配列番号1)を鋳型に、(2)の配列番号4、6のプライマーを配列番号16、17に置き換え、同様のPCR法により作製した(配列番号18)。
【0050】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とをフレキシブルリンカー配列(L2)にて繋ぎ合わせた融合蛋白質α1−L2−Fcを分泌発現させるためのベクターpEE12.4−A1L2Fcを構築した。蛋白質発現領域の模式図を図3に示す。
【0051】
(5)Fc−L2−α1融合蛋白質(比較例)の発現ベクターの構築
(4)で作製したα1−L2−FcのnAChRα1サブユニットと抗体重鎖定常領域をフレキシブルリンカー(L2)を挟んで(4)とは逆の順番で融合した融合蛋白質Fc−L2−α1(配列番号19)を発現させるためのベクターを作製した。
【0052】
ベクターの作成は、(2)や(4)と同様に、配列番号1の人工合成遺伝子を鋳型にPCR法により行った。
【0053】
得られた核酸増幅産物を制限酵素によって処理し、動物細胞用の発現ベクターであるpEE12.4のhCMV−MIEプロモーター支配下に挿入し、ヒト抗体IgG1重鎖Fc領域とヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1のN末端細胞外領域とをフレキシブルリンカー配列(L2)によって繋ぎ合わせた融合蛋白質Fc−L2−α1を分泌発現させるためのベクターpEE12.4−FcL2A1を構築した。蛋白質発現領域の模式図を図4に示す。
【0054】
(6)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L−α1の安定発現株の構築
(1)、(2)、(4)、および(5)で作成した融合蛋白質発現ベクターpEE12.4−A1Fc、pEE12.4−A1LFc、pEE12.4−A1L2Fc、およびpEE12.4−FcL2A1の各々を、エレクトロポーレーション法によりCHO−K1細胞に導入し、メチオニンスルフォキシミン(MSX)選択下で培養を行い、クローン化することにより、形質転換体を取得した。得られた形質転換体(以下、各々「α1−Fc発現細胞」、「α1−L−Fc発現細胞」、「α1−L2−Fc発現細胞」、および「Fc−L2−α1発現細胞」と略称する)を、以下の実験に供した。
【0055】
(7)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L2−α1の発現培養
(6)で作成したα1−Fc発現細胞、α1−L−Fc発現細胞、α1−L−2−Fc発現細胞、およびFc−L2−α1発現細胞をインビトロジェン社の「CD−CHO培地」(カタログ番号:12490−025)9Lを初発培地として培養し、各々の蛋白質を生産させた。培養条件は、pH:7.1、37℃とし、培養5日目から9日目にかけてインビトロジェン社の「CHO CD EfficientFeedB」(カタログ番号:A1024−01)を50mL/L/Dayで添加し、10日間培養を行った。融合蛋白質発現培養上清は3500G、5分間の遠心により培養細胞を沈殿させ、上清を回収することで得た。
【0056】
(8)融合蛋白質α1−Fc、α1−L−Fc、α1−L2−Fc、およびFc−L2−α1の精製、ならびに発現量の算出
(7)で得られた各々の融合蛋白質発現培養上清について、0.45μmのフィルターで濾過処理した後の溶液をGEヘルスケア社の「Mab select SuRe」(カタログ番号:11−0026−01)に負荷し、10カラム容量のPBSにて洗浄した後、2.5カラム容量の20mMクエン酸緩衝液(pH=3.0)にて溶出させるとともに、溶出液量の1/10の1M Tris−HCl(pH=9.0)にて即時中和を行うことで融合蛋白質を精製した。得られた溶出液を日本ミリポア社の「Amicon Ultra−15,Ultracel−50K」(カタログ番号:UFC905024)にて濃縮し、PBSへの置換を行った後、0.22μmの無菌濾過膜にて濾過処理を行い、以下の実験に供した。
【0057】
得られた溶出画分の280nmにおける吸光度(OD280)を測定し、各々の融合蛋白質の吸光係数(α1−Fc:0.57mg/mL/OD280、α1−L−Fc:0.59mg/mL/OD280、α1−L2−Fc:0.59mg/mL/OD280、Fc−L2−α1:0.59mg/mL/OD280)、溶出液量、培養液量を用いて、各発現株について、培養液1L当たりの融合蛋白質の発現量を算出した。
【0058】
その結果、融合蛋白質の発現量は、α1−Fc発現細胞については72mg/L、α1−L−Fc発現細胞については1587mg/L、α1−L2−Fc発現細胞については1249mg/L、Fc−L2−α1発現細胞については356mg/Lであり、融合蛋白質の結合部位にフレキシブルリンカーペプチドを挿入することにより発現量が格段に向上されることが確認された。中でもPro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)3をフレキシブルペプチドリンカーとして用いた融合蛋白質発現株が優れていた。
【0059】
(9)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcのα−BTXに対する結合能の確認
(8)で得られた融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcについて、ELISA法を用いてα−ブンガロトキシン(以下、α−BTX)とProtein Aの結合能について確認を行った。α−BTXは、α1ドメインと結合し、神経伝達を阻害する作用を有する物質である。従って、融合蛋白質のα−BTXに対する結合能を確認することにより、融合蛋白質のα1ドメインの構造が正しく形成されているかどうかを確認することができる。また、Protein Aは、Fcを介して融合蛋白質をプレートへ固定する。従って、この実験の主目的は、上述の通り融合蛋白質のα1ドメイン構造の形成の確認にあるが、この実験では、融合蛋白質のFcとしての構造が保持されているかどうかも確認することができる。
【0060】
ナルジェヌンク社の「C8 MAXISORP NUNC−IMMUNOMODULE」(カタログ番号:445101)にICN Biochemicals社の「Protein A」(カタログ番号:987015)を1μg/mLの濃度で固相化した後、1%BSA添加のPBSにてブロッキングを行い、(8)にて作成した各融合蛋白質を4倍ずつ希釈したものをサンプルとして添加し、更に洗浄後、インビトロジェン社の「α−bungarotoxin,biotin−XX」(カタログ番号:B1196)を1μg/mLで添加し、最終的にICN Biochemicals社の「PEROXIDASE−AVIDIN」(カタログ番号:191370)で反応させた。検出にはフナコシ社の「TMB solution」(カタログ番号:N301)を基質として反応させ、1%硫酸溶液にて反応を停止させた。その後、波長450nmでの吸光度を測定した。
【0061】
その結果を図6に示す。いずれの融合蛋白質についても濃度依存的な反応が認められた。この結果より、各融合蛋白質はα−BTXと結合し、且つ、Protein Aとも結合することが確認された。即ち、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fcともに、nAChRα1サブユニット細胞外領域、及び、Fcとしての構造を保持していることが確認された。なお、融合蛋白質の両者を比較すると融合蛋白質α−L−Fcについて、α−BTXとの結合曲線が低濃度側へ著しくシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを挿入することにより、蛋白質濃度あたりの結合力が約100倍以上向上されると判断された。この結果は、フレキシブルリンカーペプチドの挿入により、目的の融合蛋白質の構造的安定性が増し、純度が高くなっていることを示唆している。
【0062】
(10)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの抗nAChR自己抗体に対する結合能の確認
ATCCより入手したラット抗nAChR(α1サブユニット)自己抗体産生ハイブリドーマMab35(TIB−175)(以下、「Mab35細胞」と略称する)をインビトロジェン社の「Hybridoma−SFM」(カタログ番号:12045−01)で培養し、培養上清をGEヘルスケア社の「HiTrap Protein G HP Column」(カタログ番号:17−0405−01)で処理することにより、抗nAChR自己抗体であるモノクローナル抗体(以下、「mAb35」と略称する)を得た。
【0063】
得られたmAb35を1μg/mLの濃度でナルジェヌンク社のC8 MAXISORP NUNC−IMMUNOMODULEに固相化し、1%BSA添加PBSでブロッキングした後、(8)で作成した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを4倍希釈系列したものを添加し、最終的にHRP標識抗ヒトIgG1 Fc抗体で反応を行った。検出にはフナコシ社のTMB solutionを基質として反応させ、1%硫酸溶液にて反応を停止させた後、波長450nmでの吸光度を測定した。
【0064】
その結果を図7に示す。融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fcともに濃度依存的な反応が認められた。また、両者を比較すると融合蛋白質α1−L−Fcについて、自己抗体との結合曲線が著しく低濃度側へシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、蛋白質濃度あたりの結合力(比活性)が約100倍以上向上すると判断された。この結果は、フレキシブルリンカーペプチドの挿入により、目的の融合蛋白質の発現量のみならず、構造的安定性も向上し、自己抗体との反応性が著しく向上したことを示唆している。
【0065】
(11)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの自己抗体産生細胞に対する結合能の確認
自己抗体は生体内ではB細胞で産生され、自己抗体産生B細胞の細胞表面には、自己抗体と同じ抗体が細胞膜上にB細胞受容体として提示されている。即ち、(10)で使用したハイブリドーマMab35細胞膜上には、B細胞と同様にmAb35抗体が提示されていると考えられる。
【0066】
そこで、HBSS/BSAで洗浄した2×105個のMab35細胞に、(8)で作成した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcを10ng/mL〜1mg/mLの範囲で10倍希釈したものをサンプルとして反応させた後、検出試薬としてPE標識抗ヒトIgG抗体を添加し、Beckman−Coulter社の「Cytomics FC500」を用いて検出を行った。
【0067】
その結果を図8Aおよび図8Bに示す。各融合蛋白質ともに濃度依存的に右側にシフトしていることから、Mab35細胞と濃度依存的に結合していることが確認された。なお、融合蛋白質α1−L−Fcはより大きくシフトしていることから、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、自己抗体産生細胞に対する結合能が約100倍以上向上することが確認された。
【0068】
(12)融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcのデコイとしての作用の確認
ATCCより入手したヒト神経芽腫細胞(TE−671)(以下、「TE671細胞」と略称する)にはヒト筋肉細胞同様のnAChRα1サブユニットが存在する。そこで、TE671細胞に対する自己抗体mAb35の結合に対して、(8)で作製した融合蛋白質α1−Fcおよび融合蛋白質α1−L−Fcの結合阻害活性についての確認を行った。
【0069】
HBSS/BSAで洗浄した2×105個のTE671細胞に、融合蛋白質α1−Fc、またはα1−L−Fcを100μg/mL添加した。なお、コントロールには融合蛋白質不含のHBSS/BSAを添加した。更に、mAb35抗体1μg/mLを添加した後、検出試薬としてPE標識ラットIgG抗体を添加し、「Cytomics FC500」を用いて検出を行った。
【0070】
その結果を図9に示す。融合蛋白質α1−Fcを用いた場合は100μg/mLの濃度において若干の阻害効果しか認められていないが、融合蛋白質α1−L−Fcを用いた場合は100μg/mLの濃度において十分な阻害活性が認められた。この結果より、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、著しい阻害活性の向上が確認された。
【0071】
(13)融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fc、および融合蛋白質Fc−L2−α1のADCC活性の確認
2×105個のMab35細胞をHBSS/BSAで洗浄した後、同仁社の蛍光色素「Calcein−AM」(カタログ番号:C326)を10μMとなるように添加したHBSS/BSAで37℃、30分間インキュベーションを行い、細胞内にCalcein−AMを取り込ませた。次に、これらのMab35細胞を96穴プレートに10000個/ウェルとなるように分注し、(8)で作成した融合蛋白質α1−L−Fcまたはコントロール抗体等(アバスチンまたはエンブレル)と、ATCCより入手したヒトナチュラルキラー細胞NK92(CRL−2407)(以下、「NK92細胞」と略称する)を様々な濃度で添加し、37℃で4時間インキュベーションを行った。インキュベーション後、×300Gで5分間遠心することで細胞を沈殿させ、上清の蛍光を測定(Ex=485nm、Em=540nm)した。その結果、NK92細胞のみを添加した群(抗体等無添加)においても極弱い濃度依存的な細胞傷害活性(ナチュラルキリング)が認められたものの、融合蛋白質α1−L−Fc投与群においては、最大で約73%の強い細胞傷害活性が認められ、ターゲット細胞(T)であるMab35細胞に対しエフェクター細胞(E)であるNK92細胞を25倍添加したものにおいて強い細胞傷害活性が認められた(データは示さず)。以上の予備実験の結果より、E/T比=25の条件で、融合蛋白質α1−Fc、融合蛋白質α1−L−Fc、および融合蛋白質Fc−L2−α1の細胞傷害活性を比較した。
【0072】
その結果、融合蛋白質α1−Fcで51.8%、融合蛋白質α1−L−Fcで73.2%、融合蛋白質Fc−L2−α1で32.9%の細胞傷害活性が認められた。一方、抗体無添加群で17.9%、アバスチン添加群で12.5%、エンブレル添加群で6.9%の細胞傷害活性が認められた。
【0073】
これらの結果より、抗体重鎖定常領域は、N末端側に位置するよりC末端側に位置する方が、高い細胞傷害活性を有することが確認された。また、抗体重鎖定常領域をC末端側に位置したものでも、フレキシブルリンカーペプチドを内部挿入することにより、細胞傷害活性が更に向上することが確認された。
【0074】
(4)重症筋無力症に対するvivoの確認
実験用に11週齢の雌性Lewisラット(日本エスエルシー社製)を36匹準備した。重症筋無力症の動物モデルとして自己抗体誘発ラットモデルを使用した。全てのラットに対して、ハイブリドーマMab35が産生するラットnAChRに対する自己抗体であるmAb35を1.25mg/kgで腹腔内投与することで病態を誘発した。以下の各物質はmAb35投与の4、12、24及び32時間後に静脈内投与した。対照群にはPBSを1回あたり1mL投与した(対照群、6匹)。(8)で調製したα1−L−Fcは1回あたり2.5mg/ラット(α1−L−Fc 2.5、6匹)または10mg/ラット(α1−L−Fc 10、6匹)の用量で投与した。同様に(8)で調整したα1−Fcは、1回あたり2.5mg/ラット(α1−Fc 2.5、6匹)または10mg/ラット(α1−Fc 10、6匹)の用量で投与した。また、静注用人免疫グロブリン製剤である献血ヴェノグロブリンIH5%静注(田辺三菱製薬社製)を1回あたり80mg/ラットの用量で投与した(IVIG、6匹)。
【0075】
病態誘発後96時間までの期間、筋症状スコア(MG Score)を評価した。筋症状スコアは、0点:異常なし、1点:前肢の握力低下、2点:前肢の握力消失、3点:前肢の握力消失に加えて、後肢の筋力低下・歩行障害、4点:前肢の握力消失に加えて、後肢の麻痺とした。筋症状スコアの統計学的解析は、対照群と各物質投与群の比較をSteel検定(SAS前臨床パッケージVersion 5.00.010720、Windows(登録商標)版 SASシステムリリース8.02TSレベル02M0(SASインスティチュートジャパン))で行った。結果は平均±標準誤差で示し、危険率5%未満(*)を有意差ありと判定した。
【0076】
結果を表1及び図10に示す。図10はmAb35誘発ラット重症筋無力症モデルにおけるα1−L−Fc及びα1−Fcの効果を示すものである。図10に示すとおり、対照群では病態誘発24時間後から筋症状スコアが増加し、56時間で最大となり、その後は減少する変化が観察された。α1−L−Fc及びα1−Fcは筋症状スコアの増加を抑制し、これらの抑制は用量に応じた抑制である傾向が示された。表1には対照群の筋症状スコアが最大となった病態誘発56時間の平均スコアを示す。α1−L−Fc及びα1−Fcはいずれも1回あたり10mg/ラットの投与で筋症状を有意に抑制することが示された。
【0077】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、自己抗体の産生阻害、および産生された自己抗体の中和という二つの方法で、自己抗体性自己免疫疾患を予防または治療することができる融合蛋白質を、医薬として実生産規模で提供することができる。従って、本発明の融合蛋白質は、重症筋無力症を始めとする種々の自己抗体性自己免疫疾患を効果的に予防または治療するために広く利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0079】
配列番号3,4,6,7,16,17は、プライマーの配列である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質。
【請求項2】
リンカーペプチド(L)が、式(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n(式中、nは1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列または式Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n(式中、nは1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列を含むことを特徴とする請求項1に記載の融合蛋白質。
【請求項3】
蛋白質(X)が、ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)のα1サブユニット、またはその一部であることを特徴とする請求項1または2に記載の融合蛋白質。
【請求項4】
蛋白質(X)がヒトnAChRα1サブユニットの配列番号13のアミノ酸配列からなるアイソフォーム1および/または配列番号14のアミノ酸配列からなるアイソフォーム2であるか、またはそれらの一部、またはこれらのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項5】
蛋白質(X)がヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2のN末端細胞外領域のアミノ酸配列からなるか、またはこのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項6】
蛋白質(A)が、抗体重鎖のヒンジ領域以下、抗体重鎖CH1領域以下、またはそれらの一部もしくはそれらの一部の組み合わせを含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項7】
蛋白質(A)が、ヒト抗体IgGの重鎖定常領域、またはIgGサブユニットの重鎖定常領域の一部の組み合わせを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項8】
蛋白質(A)が、配列番号11または配列番号12のアミノ酸配列からなるか、またはこのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項9】
融合蛋白質が配列番号10のアミノ酸配列からなるか、または配列番号10のアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項10】
請求項に1〜9のいずれか一項に記載の融合蛋白質をコードするDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の融合蛋白質の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれかに記載の融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物。
【請求項1】
自己抗体性自己免疫疾患の原因となる自己抗体によって認識される部位を含む蛋白質(X)と抗体重鎖定常領域の抗体依存性細胞傷害活性を発揮するフラグメントを含む蛋白質(A)とが、1個以上のアミノ酸からなるリンカーペプチド(L)を介して連結されている融合蛋白質であって、N末端からC末端に向かって、蛋白質(X)、リンカーペプチド(L)、蛋白質(A)の順にペプチド結合により連結されていることを特徴とする融合蛋白質。
【請求項2】
リンカーペプチド(L)が、式(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n(式中、nは1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列または式Pro−(Gly−Gly−Gly−Gly−Ser)n(式中、nは1〜8の整数である)で表わされるアミノ酸配列を含むことを特徴とする請求項1に記載の融合蛋白質。
【請求項3】
蛋白質(X)が、ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)のα1サブユニット、またはその一部であることを特徴とする請求項1または2に記載の融合蛋白質。
【請求項4】
蛋白質(X)がヒトnAChRα1サブユニットの配列番号13のアミノ酸配列からなるアイソフォーム1および/または配列番号14のアミノ酸配列からなるアイソフォーム2であるか、またはそれらの一部、またはこれらのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項5】
蛋白質(X)がヒトnAChRα1サブユニットのアイソフォーム1および/またはアイソフォーム2のN末端細胞外領域のアミノ酸配列からなるか、またはこのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項6】
蛋白質(A)が、抗体重鎖のヒンジ領域以下、抗体重鎖CH1領域以下、またはそれらの一部もしくはそれらの一部の組み合わせを含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項7】
蛋白質(A)が、ヒト抗体IgGの重鎖定常領域、またはIgGサブユニットの重鎖定常領域の一部の組み合わせを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項8】
蛋白質(A)が、配列番号11または配列番号12のアミノ酸配列からなるか、またはこのアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項9】
融合蛋白質が配列番号10のアミノ酸配列からなるか、または配列番号10のアミノ酸配列において1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、付加および/もしくは置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の融合蛋白質。
【請求項10】
請求項に1〜9のいずれか一項に記載の融合蛋白質をコードするDNAを細胞発現ベクターに挿入し、このベクターを宿主細胞に導入して融合蛋白質を発現させることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の融合蛋白質の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれかに記載の融合蛋白質を有効成分として含有することを特徴とする自己抗体性自己免疫疾患の予防・治療用組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図10】
【図5】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図10】
【図5】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【公開番号】特開2012−219082(P2012−219082A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−88762(P2011−88762)
【出願日】平成23年4月13日(2011.4.13)
【特許番号】特許第4857396号(P4857396)
【特許公報発行日】平成24年1月18日(2012.1.18)
【出願人】(000231648)日本製薬株式会社 (17)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月13日(2011.4.13)
【特許番号】特許第4857396号(P4857396)
【特許公報発行日】平成24年1月18日(2012.1.18)
【出願人】(000231648)日本製薬株式会社 (17)
【Fターム(参考)】
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