説明

表面修飾無機微粒子の製造方法および表面修飾無機微粒子

【課題】 無機微粒子の表面に、低分子有機物質を介し生体適合性有機物質の良好な被覆を形成する表面修飾無機微粒子の製造方法を提供する。
【解決手段】 クエン酸被覆無機微粒子を溶解度パラメータδが11〜13の非プロトン性極性有機溶媒中に分散させ、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を有機溶媒分散液に含有させ、クエン酸被覆無機微粒子に生体適合性有機物質を結合させることにより、クエン酸被覆無機微粒子を生体適合性有機物質で被覆する。このようにして、クエン酸を介して生体適合性有機物質が無機微粒子の表面によく結合させ、良好な表面被覆が形成できた。この表面修飾無機微粒子には、さらに生体に対し各種の機能を有する有機物質を結合させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内で使用でき、医療などの分野で有用な表面修飾無機微粒子の製造方法およびこの方法で製造された表面修飾無機微粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
生体適合性を有する有機物質で無機微粒子の表面を被覆し、生体内で使用可能にした有機物質被覆微粒子は医療の分野などで有用である。例えば無機微粒子がフェライト微粒子であり、その表面を生体適合性を有する有機物質で被覆したものは、例えばMRIの造影剤として用いられるようになった。このように微粒子を生体内で使用する場合には、以下に述べる理由から、表面の改質を行って表面の状態を制御し機能を付与することが強く望まれるようになった。
【0003】
MRI造影剤を中心として、生体内応用を目指したフェライト微粒子などの無機微粒子の研究が行われてきたが、肝臓などの網内皮系組織(reticulo-endothelial system,RES)以外の目的の臓器、部位に能動的に輸送したという報告はまだない。微粒子を目的の臓器、部位に能動的に輸送するためには、まず、生体内でRESに捕捉されない微粒子を構築する必要があり、その手法としては実際に生体物質と触れる面である表面の状態が重要であり、その表面の状態を制御する方法、すなわち微粒子の表面改質(表面修飾)が最も重要である。さらに次の段階として、生体に特異的に認識される物質の提示によって、目的の臓器、部位に輸送することができると考えられる。実際、ファージを用いた実験において表面提示トリペプチドの種類によって生体内で局在が生じていることが知られており、このことはトリペプチドの提示によって臓器、部位の特異性を出すことができることを示唆している。このような特定の物質を表面に提示する場合にも、表面改質の技術は非常に重要な役割を果たす。
【0004】
表面被覆に用いられる生体適合性有機物質としてこれまでに開示された物質は、糖、脂質、および低分子の有機物質のいずれかに分類できる。これらのうち、糖被覆(非特許文献1)の場合は、生体中で使用した場合の安全性がよく確認されており、臨床で用いられる段階に達している。しかしながら、糖被覆のフェライト微粒子を例えばMRIの造影剤として用いた場合、糖被覆のフェライト粒子は速やかに肝臓に取り込まれるので、肝臓以外の臓器の撮像用として用いるのは困難である。目的とする臓器での滞留時間を延ばすために、糖被覆の表面改質が提案されているが、糖の場合は、1)表面改質を行える反応性の高い部位が非常に少ない、2)水中でしか分散しないため、水分子による副反応が進んでしまう、しかも3)可逆的に凝集と分散を制御することができないため、精製が不十分となることから、改質が難しく、また表面改質されたとしても表面改質が不十分であるという問題点がある。また脂質被覆(非特許文献2)の場合には、安定な被覆は行えるが、磁性体と周辺水分子との間に疎水層ができる。このため、例えばMRIの造影剤に用いた場合、造影能が低く、汎用性に乏しいという問題点があった。
【0005】
さらに無機微粒子に対する低分子被覆として、クエン酸被覆(非特許文献3)をしたフェライト微粒子が開示ざれている。クエン酸被覆のフェライト微粒子は、粒径を小さく保てることから、血管中に保持されやすいことが報告されている。しかしながら、低分子被覆だけでは、多くの場合分散安定性が不十分であり、また、水中で電離し、電荷を有することにより分散しているものは、生体内でRESに捕捉され易いという問題点がある。このため、さらなる有機物質による表面修飾を行なって電荷による分散ではなく立体障害による分散安定化効果をもたせることや、生理活性機能、例えば粒子表面にペプチドなどの特定の有機物質を提示することによって臓器、部位の特異性を得ることなどが望まれる。
【0006】
特許文献1(特表2000−507197)には、鉄酸化物などの磁性体微粒子の表面を被覆し、これをMRIの増感剤に用いることが記載されている。この文献には、水中で鉄酸化物などの磁性体微粒子の表面を水中で脂肪族ジおよびポリカルボン酸などの低分子の有機物質で被覆し、これに分子量のより大きな有機物質を安定化物質として水中で被覆することが記載されている。
特許文献1:特表2000−507197号公報
非特許文献1:Saini, S. etal. Radiology 1987 年第162巻 217頁
非特許文献2:Method in enzymology 第373 巻175頁
非特許文献3:Matthias,T. et al. Radiology 2002年 第222 巻1号120頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
無機微粒子の表面にまず上記クエン酸のような低分子の有機物質の被覆を設け、この被覆を介して立体障害による分散安定化効果や生理活性を有する有機物質を結合すれば、無機微粒子の表面をこれらの有機物質で被覆することが容易になる。特許文献1に記載されているように、ポリカルボン酸などの低分子の有機物質の無機微粒子表面への被覆、およびこの低分子有機物質を被覆した無機微粒子をより分子量の大きい有機物質で被覆する工程は、無機微粒子を低分子の有機物質を含有させた水中に懸濁させ、また低分子有機物質で被覆された無機微粒子を立体障害安定化効果や生理活性機能を有する有機物質を含有させた水中に懸濁させることにより行われてきた。このような水中に微粒子を懸濁させた状態での被覆は、均一でむらのない被覆を得ることを目的としたものである。
【0008】
本発明者らは、こうした水中に微粒子を懸濁させることによって形成される低分子被覆に立体障害安定化効果や生理活性機能を有機物質を結合させて被覆する有機物質の被覆方法について詳細に検討を行った。その結果、水中では水分子による副反応によって表面改質反応が妨げられるため、低分子の有機物質被覆表面の官能基と立体障害安定化効果や生理活性機能を付加する有機物質と低分子の有機物質との間の十分な結合を得ることが困難であること、またこのために立体障害安定化効果や生理活性機能を付加する有機物質による微粒子の被覆は十分でなく、その結果、分散安定性や付加される生理活性が不十分になり易いという問題点があることを見出した。
【0009】
本発明はこのような問題点を解決し、無機微粒子の表面に被覆した低分子有機物質と生体適合性有機物質とをよく結合させ、この結合により無機微粒子の表面を生体適合性有機物質で被覆する表面修飾無機微粒子の製造方法、およびこの方法で製造された表面修飾無機微粒子を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の表面修飾無機微粒子の製造方法は、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中にクエン酸被覆無機微粒子を分散させ、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質をこの有機溶媒分散液に含有させ、このクエン酸被覆無機微粒子に生体適合性有機物質を結合させることにより、クエン酸被覆無機微粒子を生体適合性有機物質で被覆することを特徴とする。
【0011】
本発明において、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる有機溶媒を見出すための1つの指標として溶解度パラメータδがある。溶解度パラメータδが大きいものほど水との親和性が高く、クエン酸被覆無機微粒子の分散に有利であるという一般的な傾向がある。溶解度パラメータδは、溶媒のモル蒸発熱をΔH、モル体積をΔVとするとき、δ=(ΔH/ΔV)1/2により定義される量であって、ヒルデブランドの正則理論において導入された量である。
【0012】
また本発明において非プロトン性溶媒は、解離してプロトンを生じたり、分極によって水素がプロトンに似た性質を示すことのない溶媒であり、またプロトン性溶媒は、解離してプロトンを生じたり、分極によって水素がプロトンに似た性質を示す溶媒である。
【0013】
本発明者らは、クエン酸で被覆した無機微粒子の表面に、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を結合する際に、水を分散媒とした水中での結合では、すでに述べたように,安定した結合を得ることが困難であることを見出したことから、水を除去し、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中にクエン酸被覆無機微粒子を分散させ、この有機溶媒分散液にカルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を含有させることにより、クエン酸被覆無機微粒子に生体適合性有機物質を結合させ、生体適合性有機物質の被覆を得ることを試みた。その結果、生体適合性有機物質がクエン酸を介して無機微粒子に安定に結合し微粒子表面を被覆した無機微粒子を得ることができることを見出し、さらに研究を行って、本発明に到達することができた。
【0014】
本発明の表面修飾無機微粒子の製造方法は、水に懸濁した無機微粒子にクエン酸イオンを反応させて前記無機微粒子にクエン酸イオンを被覆し、水に前記クエン酸被覆無機微粒子が分散したクエン酸被覆無機微粒子の水分散液を得る工程と、このクエン酸被覆無機微粒子の水分散液に、水に溶解しクエン酸被覆無機微粒子を凝集させる有機溶媒を加えてクエン酸被覆無機微粒子を凝集させ、水および水に添加された有機溶媒を除去する工程と、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中にクエン酸被覆無機微粒子を分散させ、クエン酸被覆無機微粒子の非プロトン性極性有機溶媒分散液を得る工程と、クエン酸被覆無機微粒子の非プロトン性極性有機溶媒分散液に、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を含有させ、クエン酸被覆無機微粒子に生体適合性有機物質を結合させることにより、クエン酸被覆無機微粒子を生体適合性有機物質で被覆する工程と、未反応物質および前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子以外の反応生成物を除去することにより生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を精製する工程とを備えることができる。
【0015】
また本発明の表面修飾無機微粒子は、クエン酸被覆無機微粒子を、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中に分散させ、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質をこの有機溶媒分散液に含有させて、クエン酸被覆無機微粒子に生体適合性有機物質を結合させることにより、クエン酸被覆無機微粒子がこの生体適合性有機物質で被覆されていることを特徴とする。
【0016】
このようにして製造された表面修飾無機微粒子は、無機微粒子を被覆しているクエン酸と生体適合性有機物質との結合が良好であり、この生体適合性有機物質による無機微粒子被覆が良好である。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、クエン酸を介して生体適合性有機物質を無機微粒子の表面によく結合させ、良好な表面被覆を形成することができ、分散粒子の大きさが100nm未満であり、分散粒子の分布が単一ピークを示す表面修飾無機微粒子を製造することができるようになった。この表面修飾無機微粒子には、さらに生体に対し各種の機能を有する有機物質を結合させて用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
1.工程の流れ
次に図面を参照しながら本発明の実施の形態について述べる。図1は本発明に係る表面修飾無機微粒子の製造方法の一実施形態について、工程の流れ図を示したものである。
【0019】
図1において、無機微粒子11を懸濁工程12にて水13に懸濁し、無機微粒子懸濁水14を得る。この無機微粒子懸濁水14にクエン酸塩15を添加することにより、無機微粒子の表面をクエン酸イオンで被覆して分散させ、さらに被覆に使われなかったクエン酸塩および被覆によって生成した成分を例えば透析などによって除去して精製する工程16を経てクエン酸被覆無機微粒子の水分散液17を得る。なお、クエン酸塩15は、水13にあらかじめ添加しておくこともできる。
【0020】
精製の工程16では、クエン酸被覆無機微粒子の水分散液から、無機微粒子に結合していないクエン酸を除去する。この無機微粒子に結合していないクエン酸の除去には、透析またはカラムを用い、分散媒であるクエン酸を含んだ水を清浄な水で置換する方法を用いることができる。
【0021】
このクエン酸被覆無機微粒子の水分散液17に対し、凝集、水分・有機溶媒除去の工程18にて、水溶性でクエン酸被覆無機微粒子を凝集させる有機溶媒19を多量に加えることにより、クエン酸被覆無機微粒子を凝集させて回収し、水分とこの低極性有機溶媒とを除去し、クエン酸被覆無機微粒子20を得る。
【0022】
次にこのクエン酸被覆無機微粒子20に、クエン酸被覆無機微粒子を分散させる極性有機溶媒21を加え、分散工程22にて分散させ、クエン酸被覆無機微粒子の極性有機溶媒分散液23を得る。次に生体適合性有機物質被覆の工程24にて、このクエン酸被覆無機微粒子の極性有機溶媒分散液23に生体適合性有機物質25を加え、クエン酸被覆無機微粒子20と非プロトン性の極性有機溶媒22中で生体適合性有機物質25とを反応させ、クエン酸被覆無機微粒子20に生体適合性有機物質25を被覆する。この際に例えばジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)および1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド(EDC)など、カルボキシル基の反応を活性化するための活性化剤、およびトリエチルアミン(TEA)などの反応を補助する反応補助試薬を添加して反応を促進させることができる。なお、非プロトン性の極性有機溶媒21にあらかじめ生体適合性有機物質25を加えておくこともできる。さらに精製工程26にて目的外の成分を除いて精製し、生体適合性有機物質の被覆された表面修飾無機微粒子27を得る。
【0023】
上記活性化剤はクエン酸被覆無機微粒子の分散液に添加してクエン酸被覆無機微粒子に結合させ、分散液に含まれるクエン酸被覆無機微粒子に結合していない活性化剤を洗浄除去した後、生体適合性物質を添加し反応させることができる。こうすることにより、反応に用いられた活性化物質の量を定量して、クエン酸被覆無機微粒子に結合した生体適合性物質の量を得ることができ、この定量をクエン酸被覆無機微粒子に結合しクエン酸被覆無機微粒子を被覆する生体適合性物質の量の制御に用いることができる。また同方法により、カルボキシル基を含む生体適合性物質を重合させることなく、被覆することができる。
【0024】
この生体適合性有機物質の被覆された表面修飾無機微粒子27の精製には、生体適合性有機物質25が反応し被覆がなされたクエン酸被覆無機微粒子20を有する極性有機溶媒に対し共溶性を有しクエン酸被覆無機微粒子を凝集させる有機溶媒を加え、この生体適合性有機物質被覆無機微粒子を凝集させ、さらにこの低極性有機溶媒中で洗浄して回収する方法を用いることができる。
【0025】
この生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子27の精製26の工程には、生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を有する極性有機溶媒に、この生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を凝集させる単一組成の有機溶媒または混合組成の有機溶媒を加えて、この生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子の凝集物を得て有機溶媒を分離除去する操作と、この生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を分散する有機溶媒を用い、この被覆無機微粒子の凝集物を分散する操作とを用い、必要に応じてこれらの操作を繰り返すことにより、この被覆微粒子を精製する方法を用いる。
【0026】
図2は上記の工程の流れに伴ない無機微粒子が被覆され、精製される状況を模式的に示した図である。図2のAは、クエン酸被覆無機微粒子31が水中で負に帯電して分散した状況を示す。図2のBで溶媒が低極性の有機溶媒18に置換され、クエン酸被覆無機微粒子31が凝集塊33を形成した状況を示す。図2のCでは溶媒が極性有機溶媒21に置換されてクエン酸被覆無機微粒子31が分散されると共に、生体適合性有機物質34が添加され、この生体適合性有機物質34がクエン酸被覆無機微粒子31の表面と反応し、被覆が形成されつつある状況を示す。また図2のDでは、溶媒が低極性の有機溶媒18に置換され、生体適合性有機物質被覆無機微粒子35の凝集塊36が形成された状況を示す。さらに図2のEは、生体適合性有機物質被覆無機微粒子35が精製されて水13中に分散している状況を示す。
【0027】
2.有機低分子被覆物質:クエン酸
本発明においては、無機微粒子の表面に生体適合性有機物質の被覆を形成し安定に状態を維持するために、まず無機微粒子の表面を複数の官能基を有する低分子の有機物質で被覆し、この低分子の有機物質を介して無機微粒子の表面に生体適合性有機物質を結合させる。このような役割を果たす低分子の有機物質として、クエン酸が特に優れていることがわかった。クエン酸は無機微粒子の表面とよく結合し表面を被覆するとともに、生体適合性有機物質とよく結合し、良好な被覆を形成する。
【0028】
無機微粒子に過剰量のクエン酸を付与し、その表面にクエン酸を固着させ、その表面をクエン酸で被覆すると、1分子のクエン酸は3個のカルボキシル基を有しており、クエン酸のこれらカルボキシル基の多くは無機微粒子の表面と結合し、残りのカルボキシル基が粒子表面に存在するようになる。例えばフェライト微粒子の場合は、クエン酸のカルボキシル基の80〜92%がフェライト微粒子の表面に結合し、残りのカルボキシル基が微粒子の表面に分布している。この微粒子表面のカルボキシル基が生体適合性有機物質の有している官能基と反応して結合し、無機微粒子の生体適合性有機物質被覆が形成される。
【0029】
3.無機微粒子
生体適合性有機物質に被覆される上記無機微粒子11は、カルボキシル基を固着する表面を有しており、クエン酸によってよく被覆される無機微粒子である。例えばフェライトなどの酸化物の微粒子は、クエン酸によってよく被覆され、このクエン酸被覆を介して生体適合性有機物質によく被覆される。
【0030】
このほか、上記無機微粒子11は量子ドットであってもよい。量子ドットを診断用などの蛍光マーカーとして用いるためには、量子ドットが保護され化学的に安定であることのほかに、検出対象である生体物質と結合できる基を有することなどが求められる。このため、量子ドットに対し、適切なポリマー被覆がなされることが望ましく、上記の方法によれば、微粒子に対し良好で安定なポリマー被覆を形成したポリマー被覆微粒子を得ることができる。量子ドットの微粒子は、粒子サイズを選ぶことによって光マーカとしての蛍光の色を定めることができ、検出に適したた蛍光波長を得るために、微粒子の直径として2〜15nmの範囲の値を選ぶことが好ましい。このような量子ドットとして用いられる半導体として、例えばCdSやCdSe、ZnOあるいはZnSなどのZnのカルコゲン化物などを選択することができる。
【0031】
4.生体適合性有機物質
無機微粒子11の表面を被覆するクエン酸と結合し、無機微粒子11を被覆する生体適合性有機物質25には、カルボキシル基と結合可能な官能基を有し、分子量がクエン酸よりも大きい各種の重合物を用いることができる。
【0032】
生体適合性有機物質25には、末端にカルボキシル基と結合する官能基を有し生体適合性の各種有機物質を用いることができる。例えばポリエチレングリコールや修飾により一方の末端にアミノ基やメルカプト基などの官能基を設けたポリエチレングリコールを用いることができる。またポリプロピレングリコールや修飾により一方の末端にアミノ基やメルカプト基などの官能基を設けたポリエチレングリコールを好ましく用いることができる。このように鎖状の一方の末端にだけアミノ基などの官能基を有する有機物質は、この官能基がクエン酸のカルボキシル基と反応するので、水中で電荷を持たなくなるので、電荷を持つことによるRES捕捉の要件が解消する。
【0033】
これに対し、鎖状の両末端にアミノ基などの官能基を有する有機物質は、一方の端の官能基がクエン酸のカルボキシル基と反応しても、他方の端に官能基が残る可能性があり、これが水中で電荷を持ち、電荷を持つことになる。この鎖状の両末端にアミノ基などの官能基を有する有機物質をクエン酸被覆のカルボキシル基と反応させて残った官能基は、この被覆粒子にさらに生理活性物質などを結合するのに用いることができるものである。
【0034】
生体適合性有機物質25には、このほか、例えばpoloxamerやpoloxamimeなどの物質を用いることもできる。
【0035】
5.有機溶媒
表1には、上記被覆微粒子の分散や洗浄に用いられる有機溶媒を例示し、その極性の程度を示す一パラメータとして溶解性パラメータδ、プロトン性と非プロトン性、およびこれら溶媒中でのクエン酸被覆無機微粒子とPEG被覆されたクエン酸被覆無機微粒子の分散性を示した。
【表1】

【0036】
クエン酸被覆無機微粒子を分散させ、クエン酸被覆無機微粒子のカルボキシル基と生体適合性有機物質の有する官能基とを反応させ無機微粒子の生体適合性有機物質被覆を得る際に用いるのに適した有機溶媒として、表1からは非プロトン性で極性の程度を示す溶解性パラメータδがそれぞれ11.5と12.8でのジメチルホルムアミド(DMF)とジメチルスルホキシド(DMSO)を選択するとができる。クエン酸被覆無機微粒子を分散させる極性有機溶媒は、δの値が大きいことが一つの指標となる。例えばδの値が10以上であることが1つの指標となる。
【0037】
また水中に分散したクエン酸被覆無機微粒子の分散水に有機溶媒を加えて、クエン酸被覆無機微粒子を凝集させて精製し回収するために用いるプロトン性極性有機溶媒として、表1からはδがそれぞれ9.1と9.8のテトラヒドロフラン(THF)と1,4ジオキサンを選択することができる。
【0038】
さらにDMFやDMSOなどの非プロトン性極性有機溶媒に分散した生体適合性有機物質被覆無機微粒子を凝集させて精製するための有機溶媒として、この極性有機溶媒と溶け合う低極性有機溶媒である1,4ジオキサンとトリエチルアミン(TEA)などの低極性溶媒との混合溶媒を表1から選んで用いることができる。
【0039】
6.応用
このようにして、生体適合性有機物質によって表面被覆された無機微粒子は、その特徴を生かした各用途に用いることができる。例えば生体適合性有機物質としてポリエチレングリコールにより被覆した無機微粒子は、貪食性が比較的小さい。このため無機微粒子として例えばフェライト微粒子を用い、クエン酸で被覆し、これに上記の方法によりポリエチレングリコールを被覆したものは、MRIの造影剤として特に有用である。
【0040】
また、例えばZnOなどがポリエチレングリコールなどの生体適合物質によって表面被覆された量子ドットはマーカーとして有用である。
【0041】
さらに生体適合性有機物質によって表面被覆された無機微粒子には、生理活性物質として、核酸(DNA,RNA,PNA)、ペプチドおよびこれらの誘導体を結合させることができ、これらを結合した粒子を、各種の診断や治療に用いることができる。
【0042】
(実施例1)
1.フェライト粒子の作製
200mMのNaOHに、混合比1:2のFeClとFeClとの混合溶液を混合して沈殿させ、1時間反応させた後、超純水で洗浄し、余分な塩などを除いてフェライト微粒子を得た。
【0043】
2.フェライト微粒子のクエン酸被覆
フェライト微粒子の水中懸濁液中に、クエン酸三ナトリウム塩を濃度が20mMになるように添加した。1時間攪拌を行った後、透析を行って被覆に使われていないクエン酸ナトリウム塩などを除いた。
【0044】
3.クエン酸被覆フェライトの溶媒交換
水中に分散したクエン酸被覆フェライト微粒子に対し、1,4−ジオキサンを混合しフェライト微粒子を凝集させた。この凝集したフェライト微粒子を回収し、水と1,4−ジオキサンとを取り除いた。次にこのフェライト微粒子にジメチルスルホキシド(DMSO)を加えて分散させ、クエン酸被覆フェライト微粒子がDMSOに分散した分散液を得た。
【0045】
4.クエン酸被覆フェライト微粒子のPEG被覆化(表面改質反応)
DMSO中に分散させたクエン酸被覆フェライト微粒子に対し、活性化剤としてジシクロへキシカルボジイミド(DCC)、反応補助試薬としてトリエチルアミン(TEA)とともに片末端をプロピルアミノ化したポリエチレングリコールを、それそれ200mMになるように添加した。この液の攪拌を4日間行い、反応を行った。
【0046】
5.PEG被覆化フェライト微粒子の精製
反応後の分散液に対し、1,4−ジオキサンとTEAを混合し、反応後のフェライト微粒子を凝集させ磁石による磁場勾配を利用して回収し、有機溶媒を除去した。次にこのフェライト微粒子をDMSO中に分散させた後、再び1,4−ジオキサンとTEAとの混合溶液中で凝集させ磁石による磁場勾配を利用して回収し、有機溶媒を除去した。この凝集と分散の操作をもう一度行ってPEG被覆化フェライト微粒子を洗浄し精製した後、有機溶媒を十分に取り除いてから水中に分散させた。
【0047】
6.PEG被覆化フェライト微粒子の凝集粒径
このようにしてポリエチレングリコール被覆したフェライト微粒子を水中に懸濁した状態における懸濁粒子の粒径分布を図3に示した。図から粒径分布は35nm付近で最大値を示す。
【0048】
次にフェライト微粒子を懸濁させる水に緩衝剤を含有させて緩衝溶液とし、溶液のpHによる液中の粒径の変化を比較した結果を図4に示した。図に示した各pHにおける各3本の柱状グラフの左がクエン酸被覆のまま、右がクエン酸被覆に上記のポリエチレングリコール被覆したものであり、中央はポリエチレングリコールを添加せずにポリエチレングリコール被覆のプロセスを経たものである。
【0049】
被覆がクエン酸被覆だけの場合は、pHが7ではカルボキシル基の電荷による粒子間の反発力によって分散が保たれているが、pHが4と酸性の状態ではこの反発力が失われて凝集が生じている。これに対し、ポリエチレングリコール被覆した微粒子は、pHが4になっても凝集が防止されており、溶液中の粒径が小さく保たれている。
【0050】
次に上記において、片末端をプロピルアミノ化したポリエチレングリコールを両末端がプロピルアミノ化されたポリエチレングリコールに変えて同様のプロセスを経て、ポリエチレングリコール被覆されたフェライト微粒子を得た。このポリエチレングリコール被覆されたフェライト微粒子についても上記と同様に分散安定性が確認された。
【0051】
(実施例2)
DMSO中に分散したクエン酸被覆フェライト微粒子2mgに対し、1,4−ジオキサン1mlを添加し、微粒子を凝集させた。この凝集した微粒子を回収した。次にこのフェライト微粒子にジメチルスルホキシド(DMSO)200μlを加えて分散させ、これに活性化剤としてDCCの0.5M溶液200μlと、N−ヒドロキシスクシンイミド(HOSu)の1M溶液100μlとを加えて室温にて2時間攪拌した後、ジオキサンを用いた洗浄を5回行った。これに反応促進剤としてDMFを386μlとTEAを14μlとからなる混合液と、1MのPEGを100μlとを加え、3時間攪拌した。こうして分散液中でクエン酸被覆フェライト微粒子にPEGを反応させた。次にこれに1,4−ジオキサン2.5mlを添加してフェライト微粒子を凝集させ、この凝集したフェライト微粒子を磁石で吸引して沈降分離した。上清の液について高速液相クロマトグラフィー(HPLC)にかけて分析し、その量からPEG被覆されたフェライト微粒子におけるPEGの被着量を、フェライト1mgあたり54.1nmolと見積ることができた。
【0052】
他方、凝集させたPEG被覆フェライト微粒子は、実施例1と同じ操作によって精製した後、水中に分散させ、分散液を得た。
【産業上の利用可能性】
【0053】
生体適合性有機物質がクエン酸を介して表面によく結合し良好な表面被覆を有する表面修飾無機微粒子が、本発明の製造方法によって製造できるようになった。この粒子は例えばMRIの造影剤などとして、医療の分野などで有用であり、またこの表面修飾無機微粒子に生体に対し各種の機能を有する機能性有機物質を結合させることにより、さらに広い用途に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明に係る表面修飾無機微粒子の製造方法の一実施形態について、工程の流れ図を示したものである。
【図2】図1の工程の流れに伴う無機微粒子が被覆され、精製される状況を模式的に示した図である。
【図3】ポリエチレングリコールの被覆されたフェライト微粒子を水中に懸濁した際の懸濁粒子の粒径分布を示した図である。
【図4】フェライト微粒子を懸濁させる水に緩衝剤を含有させて緩衝溶液とすることにより溶液のpHを制御し、pHによる液中の粒径の変化を比較した結果を示した図である。
【符号の説明】
【0055】
11…無機微粒子、12…懸濁工程、13…水、14…無機微粒子の水懸濁液、15…クエン酸塩、16…精製する工程、17…クエン酸被覆無機微粒子の水分散液、18…凝集、水分・有機溶媒除去の工程、19…低極性の有機溶媒、20…クエン酸被覆無機微粒子、21…極性有機溶媒、22…分散工程、23…クエン酸被覆無機微粒子の極性有機溶媒分散液、24…生体適合性有機物質被覆の工程、25…クエン酸被覆無機微粒子の極性有機溶媒分散液、26…精製工程、27…生体適合性有機物質の被覆された表面修飾無機微粒子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中にクエン酸被覆無機微粒子を分散させ、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を前記極性有機溶媒分散液に含有させ、前記クエン酸被覆無機微粒子に前記生体適合性有機物質を結合させることにより、前記クエン酸被覆無機微粒子を前記生体適合性有機物質で被覆することを特徴とする表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項2】
水に懸濁した無機微粒子にクエン酸イオンを反応させて前記無機微粒子に前記クエン酸イオンを被覆し、水に前記クエン酸被覆無機微粒子が分散したクエン酸被覆無機微粒子の水分散液を得る工程と、
前記クエン酸被覆無機微粒子の水分散液に、水に溶解し前記クエン酸被覆無機微粒子を凝集させる有機溶媒を加えて前記クエン酸被覆無機微粒子を凝集させ、前記水および前記水に添加された前記有機溶媒を除去する工程と、
クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中に前記クエン酸被覆無機微粒子を分散させ、クエン酸被覆無機微粒子の非プロトン性極性有機溶媒分散液を得る工程と、
前記クエン酸被覆無機微粒子の非プロトン性極性有機溶媒分散液に、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を含有させ、前記クエン酸被覆無機微粒子に前記生体適合性有機物質を結合させることにより、前記クエン酸被覆無機微粒子を前記生体適合性有機物質で被覆する工程と、
未反応物質および前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子以外の反応生成物を除去することにより前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を精製する工程と
を備えたことを特徴とする表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項3】
前記表面修飾無機微粒子の製造方法が、前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を有する極性有機溶媒に、前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を凝集させる単一組成の有機溶媒または混合組成の有機溶媒を加えて前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を凝集させて回収し、残る有機溶媒を除去する操作と、前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を分散する有機溶媒を用い前記生体適合性有機物質で被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を再分散する操作とを備えた被覆無機微粒子を精製する工程を備えていることを特徴とする請求項1または2記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項4】
前記クエン酸被覆無機微粒子の水分散液から、前記無機微粒子に結合していないクエン酸を除去する工程を備えたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項5】
前記生体適合性有機物質が、ポリエチレングリコールおよびその誘導体からなる群から選ばれる少なくともいずれか1種であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項6】
前記生体適合性有機物質の被覆されたクエン酸被覆無機微粒子を有する前記極性有機溶媒に、前記生体適合性有機物質と結合可能な生理活性物質を添加し、前記生体適合性有機物質が被覆されたクエン酸被覆無機微粒子に、生理活性物質を結合させる工程をさらに備えたことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項7】
前記クエン酸被覆無機微粒子と前記生体適合性有機物質との結合に、前記クエン酸被覆無機微粒子のカルボキシル基を活性化させる活性化剤を用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項8】
前記活性化剤を前記クエン酸被覆無機微粒子の分散液に添加し、過剰の活性化剤を洗浄除去した後に前記生体適合性物質を添加する請求項7記載の表面修飾無機微粒子の製造方法。
【請求項9】
クエン酸被覆無機微粒子を分散させる非プロトン性極性有機溶媒中にクエン酸被覆無機微粒子を分散させ、カルボキシル基と結合可能な官能基を有する生体適合性有機物質を前記有機溶媒分散液に含有させ、前記クエン酸被覆無機微粒子に前記生体適合性有機物質を結合させることにより、前記クエン酸被覆無機微粒子が前記生体適合性有機物質で被覆されていることを特徴とする表面修飾無機微粒子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−282582(P2006−282582A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−104699(P2005−104699)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】