説明

表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法

【課題】本発明の目的は、アルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が不要であり、かつ、表面処理溶液で連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材が得られるアルミニウム合金材の製造方法を提供することにある。
【解決手段】アルミニウム合金材の製造方法であって、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程と、を備えたことを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車用、特に自動車パネルに使用されて好適な、化成処理時の水濡れ安定性、塗装性、接着耐久性、溶接安定性などの、表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周知の通り、従来から、自動車、船舶、航空機あるいは車両などの輸送機、機械、電気製品、建築、構造物、光学機器、器物の部材や部品用として、各種アルミニウム合金材(以下、アルミニウムをAlとも言う)が、合金毎の各特性に応じて汎用されている。
【0003】
近年、排気ガス等による地球環境問題に対して、自動車車体の軽量化による燃費の向上が追求されている。このため、従来使用されていた鉄鋼材料に代わって、比重が鉄の約1/3であり、優れたエネルギー吸収性を有するアルミニウム材料の自動車車体への使用が増加している。
【0004】
アルミニウム合金を自動車パネルとして用いる場合には、成形性、溶接性、接着性、化成処理性、塗装後の耐食性、美観等が要求される。アルミニウム合金を用いて自動車パネルを製造する方法は、1)成形(所定寸法への切り出し、所定形状へのプレス成形)、2)接合(溶接および/または接着)、3)化成処理(洗浄剤による脱脂→コロイダルチタン酸塩処理等よる表面調整→リン酸亜鉛処理)、4)塗装(電着塗装による下塗り→中塗り→上塗り)、であり、従来の鋼板を用いる場合と基本的に同じである。
【0005】
一方で、自動車部品のモジュール化が進行しつつあり、アルミニウム合金板自体が製造されてから、上述の自動車パネルから車体製造工程に入るまでの期間がこれまでより長くなる傾向がある。
【0006】
自動車部品のモジュール化とは、自動車メーカにおいて車体に直接取り付けていた個々の部品を、部品会社において事前にサブアセンブリーしてから車体に取り付ける方法である。自動車メーカにおける難作業を簡素化して生産効率を上げることが主な目的である。生産工程の短縮、仕掛品を削減する効果もある。部品会社の負担は増加するが、自動車会社と部品会社の全体としてのコスト低減に効果があり、結果的に自動車のコスト削減に寄与している。
【0007】
自動車用アルミニウム合金板の搬送経路は、これまで軽圧メーカから自動車メーカへの直納方式が主流であった。しかし、モジュール化が進めば部品会社経由とならざるを得ず、アルミニウム合金板自体が製造されてから上述の製造工程に入るまでの期間が、どうしてもこれまでより長くなる。
【0008】
しかし、このような場合に、どうしてもアルミニウム合金板の表面特性が経時変化し、接着性、化成処理性、塗装性へ悪影響を及ぼすことが問題となっている。なかでも、経時変化に伴い化成処理時の脱脂性が悪化し、化成処理皮膜が付着し難くなり、結果的に耐食性に影響を及ぼすことが知られている。
【0009】
このため、従来からマグネシウムを含有するアルミニウム合金表面のマグネシウム(以下、マグネシウムをMgとも言う)を除去することにより、化成処理性等を向上させることに注力している(特許文献1〜4参照)。
【0010】
また、特に脱脂後の水濡れ性と接着性に優れたアルミニウム合金板を得るために、アルミニウム合金板の表面皮膜のMg量とOH量を調整し、表面調整後14日以内に防錆油を塗布した自動車ボディーシート用アルミニウム合金板も提案されている(特許文献5参照)。
【0011】
さらに、特性の経時変化の少ないアルミニウム合金板とするために、Mgを2〜10重量%含有するアルミニウム合金板の金属アルミニウム基体と、該基体上に形成されたアルミニウムのリン酸塩皮膜と、リン酸塩皮膜上に形成された酸化アルミニウム膜とを具備する自動車ボディー用アルミニウム合金板が提案されている(特許文献6参照) 。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平06−256980号公報(全文)
【特許文献2】特開平06−256881号公報(全文)
【特許文献3】特開平04−214835号公報(全文)
【特許文献4】特開平02−115385号公報(全文)
【特許文献5】特開2006−200007号公報(全文)
【特許文献6】特許第2744697号公報(全文)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記特許文献1〜4では、冷間圧延後にアルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が必要になるばかりか、このようなマグネシウムの除去だけでは、表面特性の経時変化が少ない表面安定性に優れたものが得られるものではない。
【0014】
また、上記特許文献5のように、表面調整後14日以内に単に防錆油を塗布して表面を保護するだけでは、表面特性の経時変化が少ない表面安定性に優れたものが得られるものではない。
【0015】
また、上記特許文献6では、その実施例において、サンプル作製後一週間放置した材料を基準として比較評価を行っている。しかし、前述したアルミニウム合金の表面特性の経時変化は、サンプル作製直後から一週間程度までの変化量が最も大きく、その後の変化は比較的少ない。したがって、上記特許文献6に示された評価結果をもって、目的とする表面特性の安定性が保証されたことにはならない。
【0016】
特に、アルミニウム合金材には、表面特性の経時変化に対する表面安定性として、自動車用などの用途では、化成処理時の水濡れ安定性、塗装性、接着耐久性、溶接安定性などが求められる。より具体的には、例えばアルミニウム合金材の製造において、表面処理溶液で連続的な表面処理が行なわれたとしても、処理性が劣化せず、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材が求められる。
【0017】
本発明の目的は、上記課題を解決するものであり、アルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が不要であり、かつ、表面処理溶液で連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材が得られるアルミニウム合金材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に記載の発明は、アルミニウム合金材の製造方法であって、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程と、を備えたことを特徴とする表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法である。
【0019】
請求項2に記載の発明は、
Mg:0.25質量%以上を含有するアルミニウム合金を溶解、鋳造して鋳塊を製造する溶解鋳造工程と、
前記溶解鋳造工程で製造された鋳塊に均質化熱処理を施す均熱工程と、
前記均熱工程で熱処理された鋳塊に、熱間圧延および冷間圧延を施して、アルミニウム合金板を製造する圧延工程と、
前記圧延工程で熱間圧延および冷間圧延されたアルミニウム合金板に、溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程と、
前記溶体化工程で溶体化処理および焼き入れ処理が施されたアルミニウム合金板に、予備時効処理を施す予備時効工程と、を含むことを特徴するアルミニウム合金板の製造方法であって、
Mg含有アルミニウム合金材の溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程において、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程を経て製造されたリン酸二水素塩水溶液を冷却水として使用することを特徴とする表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明の請求項1に記載の発明は、アルミニウム合金材の製造方法であって、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程と、を備えた構成であるため、アルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が不要であり、かつ、前記調整されたリン酸二水素塩水溶液で連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材を製造することができる。
【0021】
また、本発明の請求項2に記載の発明は、Mg含有アルミニウム合金材の溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程を有したアルミニウム合金板の製造方法であって、Mg含有アルミニウム合金材の溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程で、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程を経て製造されたリン酸二水素塩水溶液を冷却水として使用する構成であるため、熱処理工程において、Mg含有アルミニウム合金材が高温に保持され、Mg含有アルミニウム合金材の表面と前記リン酸二水素塩水溶液中の薬剤との反応性が向上するばかりか、前記リン酸二水素塩水溶液で連続的な熱処理が行われた場合に、処理性が劣化しない。したがって、薬剤濃度を低減させることができるばかりか、Mg含有アルミニウム合金材製造のさらなるコストダウンにも寄与する。また、従来の製造工程のような冷間圧延し冷却した後に改めてアルミニウム合金板の表面のMgを除去する酸洗浄が必要なくなる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法を用いて得られたアルミニウム合金材の表面性状を考察するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について、実施形態を例示しつつ、さらに詳細に説明する。
【0024】
(本発明に係る表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法)
本発明に係る表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法は、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程と、を備えたことを特徴とする。これにより、アルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が不要であり、かつ、前記調整されたリン酸二水素塩水溶液で連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材を製造することができる。
【0025】
以下に、上記構成に至った理由について詳述する。
【0026】
本発明者らは、近年アルミニウム合金材が製造メーカの工場から出荷され、化成処理等が行われるまでの全期間が長くなってきていることに着目した。また、アルミニウム合金材の製造のコストダウンを図るためには、表面処理溶液を用いて連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化しないことが必要になることにも着目した。
【0027】
しかし、連続的に表面処理する場合、薬剤の消費、薬液の水分の蒸発や経時による化学平衡状態の変化の影響などにより、処理溶液であるリン酸二水素塩水溶液の有効濃度も刻々と変化し、さまざまな化学平衡状態が成立し得る。このように、さまざまな化学平衡状態が成立し得るリン酸二水素塩水溶液の状態を薬剤の初期添加濃度とpHだけで制御することは難しく、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる狙いの表面状態を形成することが困難になる場合がある。そこで、pHに加えて、第2のパラメータとしてリン酸二水素塩水溶液の電気伝導度に着目し、上記条件を満足可能なアルミニウム合金材の製造方法を鋭意検討した。
【0028】
その結果、例えばリン酸二水素塩水溶液のpHが2以上4以下に保たれた場合であっても、連続的な表面処理を行い、処理性が劣化してくると、薬液としてのリン酸二水素塩水溶液の化学平衡状態がずれ、このずれがリン酸二水素塩水溶液の電気伝導度の上昇となって現れてくることをはじめて見出した。すなわち、リン酸二水素塩水溶液のpHが2以上4以下であっても、経時により化学平衡状態が初期状態からずれて、電気伝導度が4.0mS/cmより大きくなった場合は、目的とする処理性が得られず、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる狙いの表面状態を形成できないことを見出した。また、リン酸二水素塩水溶液の水分の蒸発による濃縮や濃度を保持するために希釈を繰り返し、電気伝導度が0.10mS/cm未満となった場合も、目的とする処理性が得られず、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる狙いの表面状態を形成できないことを見出した。なお、リン酸二水素塩水溶液の電気伝導度の測定にあたっては、通常の液体の電気伝導度を測定するための電気伝導度計(例えば、Eutech Instruments社製のECtestr11+)を用いて行えばよい。
【0029】
以上のように、上記目的を達成できたのは、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程とを備えたため、アルミニウム合金表面のマグネシウムの除去が不要であり、かつ、前記調整されたリン酸二水素塩水溶液で連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、図1に示すようなアルミニウム合金材表面の性状が常に得られたものと推定している。すなわち、図1において、Mgを含有するアルミニウム合金材(ここでは、アルミニウム合金を単にアルミ合金と称し、その表面に例えばMg−Oxがすでに存在しているものまで含めてアルミニウム合金材という)の表面をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整されたリン酸二水素塩水溶液(例えば、リン酸二水素アルミニウム水溶液)で連続的に表面処理しても、常に、このアルミニウム合金材の表面に水和したリン酸塩の層が形成され、この水和したリン酸塩もしくはリン酸水素塩の層がアルミニウム合金材との間で、酸素(−O−)を介して強固な化学結合を有し、一方でアルミニウム合金材と反対側には、OH基が残存し、保湿成分となり、例えばプレス油中のエステル成分の吸着を阻害しているものと考えられる。
【0030】
このように、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整されたリン酸二水素塩水溶液を用い連続的に表面処理するのであれば、常に、Mg含有アルミニウム合金材表面に、リン濃度が2.0原子%以上である水和したリン酸塩もしくはリン酸水素塩が形成され、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたMg含有アルミニウム合金材が提供できる。
【0031】
以下に本発明に係る表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法を詳述する。
【0032】
(Al合金)
本発明で用いるAl合金は、Al合金材の用途に応じて、圧延板、圧延箔、押出形材、鍛造材、鋳造材などの種々の製造方法にて製造された、AA、JISに規定される、または、JISに近似する種々のAl合金が使用できるが、Mgを含有することを必須要件とする。この場合、Mgの含有量は0.25重量%以上含有することが望ましい。これよりMgの含有量が少ないAl合金の場合は本願発明が解決しようとする課題は発現しない。
【0033】
Mgの含有量の上限については特に制限を設けるものではないが、構造用部材として用いられる場合の種々の特性のバランスを勘案すれば、5.5質量%までが好適である。
【0034】
具体例を挙げると、自動車用に用いる場合では、0.2%耐力が100MPa以上の高強度のアルミニウム合金材が好ましい。このような特性を満足するアルミニウム合金としては、通常、この種構造部材用途に汎用される、5000系、6000系、7000系等の耐力が比較的高い汎用合金であって、必要により調質されたアルミニウム合金が好適に用いられる。優れた時効硬化能や合金元素量が比較的少なくスクラップのリサイクル性や成形性にも優れている点では、6000系アルミニウム合金を用いることが好ましい。
【0035】
(水和したリン酸塩)
本発明のリン酸二水素塩とは、塩中にリン酸二水素(H2 PO4 を含有する塩の総称である。このリン酸二水素塩は、好ましくは、Al、K、Ca、Mn、Liから選ばれる少なくとも一つの金属の塩である。より好ましくは、Alが選択される。
【0036】
なお、アルミニウム合金材表面には、必然的にアルミニウムの酸化皮膜が形成されており、本発明の水和したリン酸塩は、このアルミニウムの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在する。したがって、本発明でいう、アルミニウム合金材表面に水和したリン酸塩を有するとは、具体的には、このような表面状態を言う。
【0037】
(水和したリン酸塩のアルミニウム合金材表面への付着方法)
これら水和したリン酸塩のアルミニウム合金材表面への付着は、アルミニウム合金材の製造工程中、あるいは製造工程外における、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整されたリン酸二水素塩水溶液による処理(以下、総称してリン酸水素塩処理ともいう)によって行うことができる。アルミニウム合金材の製造工程中では、例えば溶体化処理や焼鈍などの熱処理後の冷却水、焼き入れ処理時の冷却水、あるいは洗浄工程における洗浄水を、これらリン酸二水素塩を含有する(溶解させた)水溶液(以下、総称してリン酸二水素塩水溶液という)とすることで連続的な表面処理が可能である。
【0038】
また、下記本発明のアルミニウム合金材の製造工程(本発明の製造工程と称す)のように、溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程で冷却水として上記pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整されたリン酸二水素塩水溶液を使用し連続的に表面処理した場合、アルミニウム合金材が高温に保持されているため、アルミニウム合金材の表面とリン酸二水素塩水溶液中の薬剤との反応性が向上し、アルミニウム合金材の表面のリン濃度が高まる。したがって、下記従来のアルミニウム合金材の製造工程(従来の製造工程と称す)では、冷却後に改めて酸洗浄が必要であったが、この酸洗浄が不要となるばかりか、リン酸二水素塩水溶液中の薬剤の濃度を低減できる。よって、アルミニウム合金材製造のコストダウンを図ることができる。また、このような本発明のアルミニウム合金材の製造方法を採用することで、冷間圧延後にアルミニウム合金材の表面のマグネシウムを除去することなく、表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材が得られる。
本発明の製造工程:
鋳塊→均熱→熱延→冷延→溶体化→焼き入れ(リン酸二水素塩水溶液)→予備時効
従来の製造工程:
鋳塊→均熱→熱延→冷延→溶体化→焼き入れ(工業用水)→予備時効→酸洗浄
【0039】
上記リン酸二水素塩水溶液の温度は室温で可能であるが、加温するなどしても良い。また、処理時間は、特に限定されるものではなく、水溶液の濃度や温度などの他の処理条件、あるいはアルミニウム合金材表面への所望の付着量によって適宜選択すればよい。例えば、薬剤としてリン酸二水素アルミニウム{Al(H2 PO4}を用い、その水溶液濃度が1〜10g/L(ここに、「L」はリットルを意味する)の場合は、アルミニウム合金材をこれらの水溶液中に1〜10秒間浸漬またはスプレーすればよい。また、本発明にあっては、水溶液濃度が1〜10g/Lの場合は、リン酸二水素塩水溶液のpHが2以上4以下で、かつ電気伝導度が0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下になるように調整されていればよい。
【0040】
なお、水和したリン酸塩のアルミニウム合金材表面への付着に際して、エッチングを伴う洗浄などの前処理によって、アルミニウム合金材表面に既に形成されているアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去する必要性は一切ない。ただ、上記したアルミニウム合金材の製造工程中で、例えば工程の別の目的によって、前処理により、アルミニウム合金材表面のアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去した後で、水和したリン酸塩をアルミニウム合金材表面へ付着させることは当然許容される。この場合でも、すぐにアルミニウムの酸化皮膜がアルミニウム合金材表面に形成されるため、本発明の水和したリン酸塩は、このアルミニウムの酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在乃至散在する。
【実施例】
【0041】
以下に本発明の実施例を説明する。6000系の6022規格のアルミニウム合金冷延板(板厚1mm)で、長さ70mm×幅150mmの試験片を用いた。この6022規格のアルミニウム合金板は、Mg:0.55質量%、Si:0.95質量%を含み、0.2%耐力が230MPaである。なお、試験片表面に既に形成されているアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムの除去を目的とする前処理は実施しない。
【0042】
このようなアルミニウム合金の試験片に対して、薬剤としてリン酸二水素アルミニウム{Al(H2 PO4}を用い、試験片を浸漬する初期水溶液濃度が1g/L、10g/Lとなるようにしたものをそれぞれ作製した。これらを実施例1、2とする(下記表1参照)。この時の水溶液のpHは、それぞれ3.4、2.4で、電気伝導度は、それぞれ1.0mS/cm、3.0mS/cmであった。
【表1】

【0043】
また、初期水溶液濃度が1g/L(実施例1相当)で水の蒸発による濃縮、水溶液濃度保持のために薬液の追加添加が行われたものを実施例3とする(上記表1参照)。この時の水溶液のpHは、3.6で、電気伝導度は、0.10mS/cmであった。
【0044】
また、初期水溶液濃度が10g/L(実施例2相当)の溶液を3ヶ月間静置したものを実施例4とする(上記表1参照)。この時の水溶液のpHは、2.3で、電気伝導度は、3.8mS/cmであった。
【0045】
また、初期水溶液濃度が1g/L(実施例1相当)で水の蒸発による濃縮、水溶液濃度保持のために薬液の追加添加が繰り返され、pHが3.8で、電気伝導度が0.05mS/cmとなった溶液に対して、薬剤を追加し、pHが3.6で、電気伝導度が、0.30mS/cmまで回復したものを実施例5とする(上記表1参照)。これは、処理性が回復している。
【0046】
また、初期水溶液濃度が10g/L(実施例2相当)の溶液を半年間静置し、pHが2.1で、電気伝導度が4.6mS/cmとなった溶液に対して、水と薬液を添加し、pHが2.3で、電気伝導度が3.6mS/cmまで回復したものを実施例6とする(上記表1参照)。これは、処理性が回復している。上記実施例1〜6においては、いずれも試験片の浸漬時間を10秒とした。
【0047】
また、比較のために上記薬剤を用いた水溶液に試験片を浸漬しないもの、初期水溶液濃度が0.1g/Lのものをそれぞれ作製した。これらを比較例1、2とする(下記表2参照)。比較例2の水溶液のpHは6.4で、電気伝導度は0.4mS/cmであった。
【表2】

【0048】
また、初期水溶液濃度が1g/L(実施例1相当)で水の蒸発による濃縮、水溶液濃度保持のために薬液の追加添加が繰り返されものを比較例3とする(上記表2参照)。この時の水溶液のpHは3.8で、電気伝導度は0.05mS/cmであった。これは、処理性が低下している。
【0049】
また、初期水溶液濃度が10g/L(実施例2相当)の溶液を半年間静置したものを比較例4とする(上記表2参照)。この時の水溶液のpHは2.1で、電気伝導度は4.6mS/cmであった。これは、処理性が低下している。
【0050】
また、初期水溶液濃度が1g/L(実施例1相当)で水の蒸発による濃縮、水溶液濃度保持のために薬液の追加添加が繰り返され、pHが3.8で、電気伝導度が0.05mS/cmとなった溶液に対して、薬剤を投入し、pHが3.7で、電気伝導度が0.08mS/cmまで回復したものを比較例5とする(上記表2参照)。これは、処理性が低下したままである。
【0051】
また、初期水溶液濃度が10g/L(実施例2相当)の溶液を半年間静置し、pHが2.1で、電気伝導度が4.6mS/cmとなった溶液に対して、水と薬液を投入し、pHが2.2で、電気伝導度が4.2mS/cmまで回復したものを比較例6とする(上記表2参照)。これは、処理性が低下したままである。上記比較例1〜6においては、いずれも試験片の浸漬時間を10秒とした。
【0052】
また、上記所定のリン酸水素塩処理が完了した実施例1〜6と比較例1〜6の試験片の表面を、X線光電子分光分析法で分析した。測定方法および条件は、以下の通りである。ここで、表面のリン濃度は、最表面を除き、表面から深さ200nmまでの深さ方向の組成を分析してリン濃度(原子%)分析値の最高値を基板表層のリン濃度(原子%)と定義した。最表面の状態は汚れにより正確な数値が得られないためである。
(測定方法および条件)
装置 : Physical Electronics社製 QuanteraSXM
全自動走査型X線光電子分光装置
X線源 : 単色化AlKa
X線出力: 43.7W
X線ビーム径 : 200μm
光電子取り出し角 : 45°
Arスパッタ速度 : SiO換算で約4.6nm/分
【0053】
なお、表面リン濃度の測定方法はX線光電子分光分析法(XPS)に限定するものではなく、XPS以外に例えば蛍光X線や高周波グロー放電発光表面分析(GDS)等の分析手法を用いることができる。
【0054】
その結果、実施例の表面リン濃度は上記表1に示すように、実施例1、2、3、4、5及び6に関して、それぞれ2.2〜3.6、2.4〜4.5、2.2〜3.0、2.3〜3.8、2.3〜3.4及び2.3〜4.0であった。また、比較例の表面リン濃度は上記表2に示すように、比較例1、2、3、4、5及び6に関しては、それぞれ0.6〜1.2、1.3〜1.6、1.2〜1.6、1.3〜1.7、1.5〜1.7及び1.6〜1.8であった。
【0055】
次に、上記リン酸二水素塩水溶液で処理された試験片(実施例1〜6、比較例2〜6)と上記リン酸二水素塩水溶液で処理されない試験片(比較例1)を例えばエステル成分としてオレイン酸エチルを含有するプレス油に浸漬させた。
【0056】
次に、上記エステル成分を含有するプレス油が塗布された試験片の表面の経時安定性について調べるために、以下のような試験を行った。上記エステル成分を含有するプレス油が塗布されたままのものを15〜35℃で50〜90%RHの環境室内に6ヶ月放置した。そして、6ヶ月後に、自動車用の市販弱アルカリ脱脂液(温度40℃)に2分間浸漬した際の、試験片の面積に対する水濡れ面積率(片側のみ)を測定した(良好な程、高い数値となる)。これにより、化成処理時の水濡れ性(安定した化成処理性)を評価できる。その結果、実施例1〜6の水濡れ面積率は、いずれも基準の90%をクリアした(上記表1参照)。これは、前述の自動車部品のモジュール化などにより、湿潤環境に放置、あるいは放置期間が長期化しても、アルミニウム合金材の表面特性が経時変化せずに安定であることを示している。しかし、比較例1、2、3、4、5及び6の水濡れ面積率は、それぞれ0%、33%、47%、45%、65%及び62%(上記表2参照)と基準の90%を大きく下回った。これは、アルミニウム合金材の表面特性が経時変化することを示している。
【0057】
以上のように、アルミニウム合金材を製造するにあたって、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度が0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整されたリン酸二水素塩水溶液を用いて、連続的にアルミニウム合金材の表面を処理したならば、アルミニウム合金材表面に、リン濃度が2.0原子%以上である水和したリン酸塩もしくはリン酸水素塩を有するようにできる。すなわち、前記調整されたリン酸二水素塩水溶液を用い連続的な表面処理が行なわれた場合にも、処理性が劣化せず、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる表面特性の経時変化に対する表面安定性に優れたアルミニウム合金材が得られるものと考えられる。
【0058】
本実施例においては、上述した実施例1〜6のようにリン酸二水素塩水溶液として、リン酸二水素アルミニウムを薬剤に用いた例について説明したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、塩中にリン酸二水素を含有する塩であれば構わない。この塩中にリン酸二水素を含有する塩の水溶液で、pHを2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整し、この水溶液でアルミニウム合金材の表面を連続的に処理するならば、処理性が劣化せず、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる表面安定性に優れたアルミニウム合金材を製造することができる。
【0059】
なお、本実施例においては、6000系の6022規格のアルミニウム合金を用いた例について説明したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、5000系、7000系等の耐力が比較的高い汎用合金であって、必要により調質されたアルミニウム合金を用いることも可能である。
【0060】
また、本実施例においては、アルミニウム合金材の化成処理時の水濡れ性を例に詳細に説明したが、本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法を採用したならば、必ずしもこの特性に優れるだけではなく、これ以外の塗装性、接着耐久性、溶接安定性などに関する表面特性の経時変化に対する表面安定性にも優れる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金材の製造方法であって、リン酸二水素塩水溶液をpHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程と、該調整されたリン酸二水素塩水溶液でアルミニウム合金材を処理する工程と、を備えたことを特徴とする表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法。
【請求項2】
Mg:0.25質量%以上を含有するアルミニウム合金を溶解、鋳造して鋳塊を製造する溶解鋳造工程と、
前記溶解鋳造工程で製造された鋳塊に均質化熱処理を施す均熱工程と、
前記均熱工程で熱処理された鋳塊に、熱間圧延および冷間圧延を施して、アルミニウム合金板を製造する圧延工程と、
前記圧延工程で熱間圧延および冷間圧延されたアルミニウム合金板に、溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程と、
前記溶体化工程で溶体化処理および焼き入れ処理が施されたアルミニウム合金板に、予備時効処理を施す予備時効工程と、を含むことを特徴するアルミニウム合金板の製造方法であって、
Mg含有アルミニウム合金材の溶体化処理および焼き入れ処理を施す溶体化工程において、pHが2以上4以下に、かつ電気伝導度を0.10mS/cm以上4.0mS/cm以下に調整する工程を経て製造されたリン酸二水素塩水溶液を冷却水として使用することを特徴とする表面安定性に優れたアルミニウム合金材の製造方法。

【図1】
image rotate