説明

袖付き衣類

【課題】手先を暖かい状態に保つことができ、その一方で体幹に対する保温効果が過度になることを十分に防止することができ、着用者の快適性を維持することができる袖付き衣類を提供する。
【解決手段】肘を越える長さを有する筒状の袖を有する衣類であって、前記袖は、保温率が30〜50%とされた保温部と、保温率が30%未満である本体部を備え、前保温部を、少なくとも着用者の肘窩を含む前肘部を覆う領域に設けている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、袖付き衣類に関し、詳しくは、手先の温度低下を防ぐことができる袖付き衣類に関し、特に、睡眠時において寝具の下に着用するのに好適な肌着である。
【背景技術】
【0002】
気温の低い時期には、手先の冷えが睡眠の阻害要因となることがある。これは、就寝時に手先等の末梢の血管が拡張して暖まった状態で且つ体幹の温度が低い状態に保持されるとスムーズに睡眠できるとともに深い睡眠が得られるが、手先が冷えて末梢の血管が収縮した状態ではスムーズに睡眠することができず且つ深い睡眠を得にくいことに因る。
睡眠時において手先の冷えを感じると、寝具の下に肌着を着用して就寝したり、就寝前にお風呂で体を温めたりする場合がある。
また、睡眠時以外でも、冬期の外出時等においては、特に露出している手先が冷える場合がある。
【0003】
睡眠時に手先の冷えを防止するため保温肌着を着用したり、肌着を重ね着すると、体幹温度が高くなり暑苦しいことより深い睡眠が得られない。また、重ね着をすると、ダブついて着用感が悪くなり、かつ、動きづらくなったり、肩こりが生じやすくなる。
前記保温用の肌着は、保温率の高い素材を用いたり、素材を厚くしたり、さらには起毛することにより、通常、肌着全体を暖かくしており、冬季等において身体全体の保温を図る場合に好適なものとなる。しかし、特に外部に露出される手先に冷えを解消するため、保温肌着を着用すると全体的に暑すぎる傾向となる。
手先の冷えを防止するため、手袋を着用することは冬季に行われているが、睡眠時の手先の冷えを防止するために手袋を着用することは違和感があり、かつ、逆に手袋を着用したまま睡眠すると、暑苦しくなり過ぎる場合が多い。
【0004】
従来、実開昭63−42105号公報(特許文献1)において、リュウマチや神経痛等による関節の疼痛を和らげるため、図7に示すように、編地からなる下着本体1の肘部分の内側全体(内周面)に筒状編地3を一体的に設け、内側の筒状編地3にサポータの機能を付与している。
しかしながら、特許文献1には、下着本体および筒状編地の適切な保温率については開示されていない。関節の疼痛を和らげるには、筒状編地の保温率が高い方が望ましいが、保温率が高すぎると編地が厚くなり過ぎて、着心地が悪くなる問題がある。
【0005】
【特許文献1】実開昭63−42105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記問題に鑑みてなされたもので、手先を暖かい状態に保つことができ、その一方で体幹に対する保温効果が過度になることを十分に防止することができ、着用者の快適性を維持することができる袖付き衣類を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明は、
肘を越える長さを有する筒状の袖を有する衣類であって、
前記袖は、保温率が30〜50%とされた保温部と、保温率が30%未満である本体部を備え、
前記保温部を、少なくとも着用者の肘窩を含む前肘部を覆う領域に設けていることを特徴とする袖付き衣類を提供している。
【0008】
前記した手先の冷えの問題に対して、本発明者は、生理的データを取るため、手先を含む身体各部の体表面温度を赤外放射温度計を用いた赤外線熱画像で測定するとともに、モニターの主観的反応に着目して鋭意研究実験を重ねた。
その結果、人体の上肢及びその周辺部において熱の逃げやすい部位は、脇部、前肘部、手首部の3箇所であることを知見した。
前記した熱が逃げ易く冷えが生じる部位は、皮膚表面近くに血管が流れており、これらの血管は、覆われている脂肪や筋肉が少ないため、保温しない状態では、ここを通過する血管から熱が逃げ、血液温度が低下する。その結果、この部位を通る血管と連続する手先の末梢血管に暖かい血液が流れず冷えが発生する。
特に、前記部位のうち、脇部が本来最も熱が逃げやすい部位ではあるが、通常の動作時において開放されておらず、かつ、被服で覆われているため、熱が逃げにくい。
そこで、熱を逃がさないためには、前肘部と手首部を保温することが考えられるが、手首部のみを保温した場合には、前肘部で血液温度がすでに低下しており、末梢血管に温かい血液を送ることができない。また、前肘部と手首部の両部を保温した場合には、血液温度の低下が小さく、手先が暑くなりすぎるという問題が発生する。
前記結果より、前記脇部と手首の間の前肘部を保温することで、この部分を通る血管を暖めて、連続する手先の末梢血管に暖かい血液を送ることができ、手先の冷えを解消するために最も適した位置であると知見して、前記本発明を達成した。
【0009】
前肘部とは、図1に示す上肢の前面において、Bで示される位置であり、肘の前面部に相当する。Aが肘関節部全面の窪み部分である肘窩である。Cが前上腕部、Dが前前腕部、Eが肩峰部である。上肢の後面では、Fが肘点、Gが後肘部、Hが後上腕部、Iが後前腕部である。肘点Fは肘頭部ともいい、肘窩Aのおよそ裏側に位置している。
【0010】
さらに、本発明者は、効率的に手先を暖めることができる衣類について検討するため、前肘部Bを含むどれくらいの部位を保温範囲とすればよいか、また、その場合に必要とされる生地の保温率について、生理的な評価と着用者の主観的観点から検証した。
【0011】
詳細には、モニター(肌着の評価経験者で、回答に再現性があり且つ偏りのない回答ができる6名)に長袖肌着を着用させ、表1の(A)乃至(H)に示す試料の当て布を順次張り付けて、評価を行なった。
【0012】
まず、生理的なデータを取るために、上肢の手先(掌)の温度をNEC社製のサーモトレーサ(赤外放射温度計TH3100MR)を用い赤外線熱画像装置(TVS−600シリーズ)に表示させて測定し、該当部位に当て布を当てた場合に、手先の温度が低下する度合いに差があるかを調べた。
6名の評価者のうち、手先の温度低下の度合いが小さい者が4名以上の場合を「○」、3名の場合を「△」、2名以下の場合を「×」として評価した。
【0013】
また、着用者の主観的評価のデータを取るために、当て布を順次張り付けたときの手先の暖かさと、体幹の暖かさを申告させた。なお、「体幹」とは、人体における四肢(上肢及び下肢)を除く部位をいう。
主観的評価において、モニター6名のうち、心地よく暖かいと感じた人が4名以上の場合を「○」、3名の場合を「△」、2名以下の場合を「×」として評価した。なお、暑過ぎて不快感を感じる場合には、「×」とした。
【0014】
前記生理的評価と主観的評価の結果から、
○が2個以上であり、かつ、×が1つもない場合を「○」、
○が1個であり、かつ、×が1つもない場合を「△」
×が1つ以上あったものは「×」
として総合評価を行なった。
その結果は、表1に示す通りである。
【0015】
表1に示すように、手先とともに体幹部にも暖かさが感じられ、総合評価が「○」または「△」であるのは、表1中、試料(C)と(D)であった。
【0016】
【表1】

【0017】
前記したサーモトレーサによる生理的評価、およびモニターによる主観的評価より、肘窩を含む前肘部及び肘窩から主に下方方向を覆う部分を温めることが好ましく、逆に手首部と前肘部を両方温めると厚くなり過ぎて体温調節が困難となることを見いだした。
前記した観点から従来提供されているような肌着全体を暖かくした肌着は、着用者の快適性を維持しながら、手先を特定して暖める場合には有効ではないことが判明した。
【0018】
前記した研究実験の結果により、本発明は、少なくとも肘窩を含む前肘部の領域を保温部とし、該領域を覆う部分の衣類の保温率を本体部よりも高くしている。また、袖丈が手首に達する長さの場合には手首部には保温部を設けていない。
【0019】
本発明の袖付き衣類によれば、肘窩を含む前肘部を覆う領域を局所的に保温し、この部位に位置する血管を流れる血液からの放熱を抑制しているため、連続する手先の末梢血管に流れる血液温度を低下させず、手先を冷えの発生を防止している。また、保温する部位が局所的であるため、他の部位から体幹の余剰な熱を放熱することができ、体幹が暑くなりすぎることもない。これにより、人体の体温調節機能を適切に保ちつつ、深い睡眠が得られる適温に体幹の温度を自然に調節することができる。
このように、前肘部付近の保温率を高くすることで、他の部分を保温率を高くしなくとも、手先の冷えを解消できる肌着等の衣類とすることができる。よって、冬でも1枚の肌着で十分に手先を暖かくすることができ、適度な体幹温度とすることができる。従って、衣類全体の素材を厚くしたり起毛させる必要はなく、暑苦しさを感じさせず快適なものとすることができ、かつ、着膨れ等も防止できる。
【0020】
前記保温部の保温率は、30〜50%としており、好ましくは32〜43%である。
保温部の保温率を30〜50%としているのは、30%未満であると手先を温かくする効果が十分に得られず、50%を超えると過度な保温効果により熱がこもり、不快感を感じる傾向があり、着用時の快適性が得られにくくなるためである。
【0021】
前記本体部は保温率30%未満とし、好ましくは16〜28%、特に好ましくは18〜25%である。
本体部の保温率を30%未満としているのは、本体部の保温率を30%以上とすると衣類全体の素材が厚くなり、暑苦しさを感じ、快適な深い睡眠が得られないことによる。
【0022】
なお、保温率(%)は、保温性試験機を用いて以下のように求めることができる。
すなわち、恒温熱源体を試料布地で覆い、恒温熱源体の温度が30℃となるように調整し、低温度の外気(20℃)に向かって熱源体から放熱される熱量が一定となり、熱源体の表面温度が一定値を示すようになってから10分経過後における熱源体からの放熱量W[J/cm・s]を測定する。一方、熱源体を試料布地で覆わない状態で上記と同様にして熱源からの放熱量W0[J/cm・s]を測定する。これらの値を下記式(1)に代入して試料布地からの保温率を求める。保温性試験機としては、例えば、カトーテック株式会社製の「KES−F7サーモラボ2」を用いることができる。
保温率(%)=(1−W/W0)×100 (1)
【0023】
前記保温部は、前記肘窩の上方3〜7cmの位置から下方12〜18cmの位置の範囲内に設けていることが好ましい。
前記範囲は、4乃至5分袖から8部乃至9分袖の範囲におよそ相当する。特に、5分袖から8分袖の範囲に設けていることがより好ましい。
前記保温部の範囲を、前記より小さい範囲とすれば保温率を高める部分の面積が小さくなり過ぎ、部分的に保温率を高めていることによる所期の効果が得られないことに因る。逆に、前記範囲よりも保温部が大きいと手首部を覆う恐れがあり、暑くなり過ぎ、体温調節が困難となり、着用者の着用感も損なうこと恐れがあることによる。
【0024】
前記保温部は、少なくとも前肘部を含む袖前側領域に設ける必要があるが、着用者の動作によるズレ等を考慮すると、筒状として袖後側領域も含めて覆うように設けることがより好ましい。
【0025】
前記保温部は、前記本体部の内面あるいは外面への当て布の取り付け、本体部への樹脂印刷、本体部の起毛処理、編組織の変更により、前記本体部の保温率よりも高くしていることが好ましい。
具体的には、保温率を高くする手段として、下記に列挙する手段を単独に使用する。あるいは併用して、本体部の保温率よりも保温部の保温率を高めている。
・保温率の高い当て布を本体布に縫着する。
・他の本体部の素材と変えて保温率の高い素材を用い、該保温率の高い素材を本体部の素材と境界線で互いに縫合する。
・同一素材で前記のリブ編や袋編に編み組織を変える。あるいは、袋状に編成すると、その部分は中空部を有する二重構造となるため、保温率を高めることができる。
・同一素材で編み組織は変えずに、編密度を密にする。
・同一素材で足し糸(カットボス)を行う。上記足し糸とは、丸編みにおいて、必要箇所に糸を足しており、この糸を足した箇所は他の箇所と比較して糸が多くなるために、保温率を高めることができる。
・樹脂等の保温材料を溶着する。
【0026】
前記保温率を高くする手段のうち、所要形状に裁断した保温率の高い当て布を他の本体部を形成する布に重ねて縫着する手段が最も好ましい。この当て布の種類は、本体部の生地との組み合わせに応じて適宜な布が選択され、本体部と同一の素材あるいは本体部と異なる素材のいずれであってもよい。異なる素材とした場合、当て布として保温率の相違する素材を用いることにより、自由に様々な保温率差を設けることが可能となる。また、当て布と本体部間に空気層ができ、この空気層の発生により更に保温率を高めることもできる。
【0027】
当て布は、本体部の肌側に縫着しても良いし、反対の外側に縫着しても良い。肌側に縫着すると、当て布が直接肌に触れることになり、暖かさの点からは好ましく、特に当て布が本体部の素材より保温率の高いものである場合には、暖かさを感じさせることができる。一方、当て布を本体部の外側に縫着すると、肌側は本体部の素材のみが触れることになり、肌に触れる面に段差が無く、縫着箇所が肌に触れてチクチクするといった感じがなくなるため、着用感からは優れたものとなる。
【0028】
保温部を他の部分(本体部)との素材を変えて設ける場合は、保温部の素材と他の部分の素材とを縫着して一体化しており、衣類そのものに段差がつかず、厚みにも差がないため、外観上が良い利点がある。保温部を本体部と同一素材として編密度を変えて設ける場合は、衣類に段差や縫合箇所がないため、着用感が良くなる利点を有する。また、樹脂等の保温性材料を本体部に溶着して保温部を設ける場合は、保温率を容易に制御できる利点がある。
【0029】
前記保温部の保温率は、他の本体部の保温率の1.5倍以上2.2倍以下とすることが好ましい。この保温率の比は、本体部の素材が有する保温率及び当て布の保温率等により変わると共に、衣類自体の用途及び着用者の好みに応じて変えている。例えば、冬用の肌着等で体全体の保温性も要求される場合においては、本体部は比較的保温率が高い素材で形成しており、前肘部を覆う領域の保温部の保温率は本体部よりも更に高くしているが保温率の差(比)は小さい。一方、睡眠用肌着等においては、本体部は保温率の低い素材から形成し、保温部を保温率の高い素材とした場合、保温率の差は比較的大きなものとなる。
【0030】
前記のように1.5倍以上としているのは、1.5倍未満であると他の部位との保温率の差異が主観的データおよび生理的データのいずれにおいても見いだせなかったことによる。一方、2.2倍以下としているのは、本体部との保温率の比で2.2倍以上と大きくし過ぎると、着用感が悪くなり生理上も好ましくなく、かつ、実際の製作も困難であることによる。
【0031】
前記保温部の領域内においても、保温率に差異を持たせてもよく、あるいは1つの部位の領域内では保温率を一定としてもよい。具体的には、保温部を広面積で設ける場合には、温かさを必要とする度合いに応じて、編密度や編組織を変えたり、素材の厚さを変えたりして、保温率を変えることが好ましい。
【0032】
本体部に使用できる素材としては、前記したように保温率30%未満の素材とすれば特に問わないが、綿、ナイロン、レーヨン、絹、ウールなどが挙げられる。これらのなかでも、着用時の締め付け感を防止する観点及び睡眠時の着用感という観点から、綿などの天然素材が好ましい。
【0033】
暖める必要がある部位は保温率を高くして効率良く温めており、他の本体部はさほど暖める必要がない部位であるため、保温率が低く薄い素材としても問題はない。よって、衣類を全体的に薄くでき、着膨れ等を防止することが出来る。また、この本体部は、保温部よりは保温率は低いが、真冬用の衣類では保温率の高い素材で形成することが好ましい。
【0034】
また、本体部の身頃部分等、暖かくする必要がない部位は通気性の大きい素材、あるいは吸汗性の良い素材で形成してもよい。さらに、前記保温部以外の袖部についても暖かくする必要がない部位であるため保温率の小さい素材で形成してもよい。
また、熱がこもらないように、暖かくする必要がない胸部、脇下、腕に当たる部位に通気性あるいは吸汗性を持たせると、着心地の良い肌着とすることができる。
【0035】
本発明の衣類は、特に、袖付きのアンダーシャツ、ランジェリーを含む肌着として好適に用いられる。なお、本発明の衣類は、肌着に限らず、スキー等のアンダーウエア、Tシャツ、ワイシャツ、ブラウス、トレーナー等のアウターにも適用することができる。
【発明の効果】
【0036】
前述したように、本発明によれば、手先を暖かい状態に保つことができ、その一方で体幹に対する保温効果が過度になることを十分に防止することができ、着用者の快適性を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
下記の第1、第2、第3実施形態は婦人用の肌着シャツからなり、袖部の前肘部を含む保温領域に当て布を取り付けることにより所要部位の保温率を高め、特に、睡眠時用の肌着として適するものとしている。
【0038】
図2に第1実施形態の婦人用の肌着シャツ10を示す。
図2(A)は、本実施形態の肌着シャツ10を前面側斜視図であり、(B)は背面側斜視図である。
肌着シャツ10は腹部または腰まであり、かつ、8分袖であり、首は襟ぐりの浅い丸首型としており、前身頃11、後身頃12及び左右両側の袖13、14からなり、前後身頃11と12は左右脇線で縫着し、これら前後身頃11と12と袖13、14を肩ぐりで縫着している。
なお、前身頃11と後身頃12とは一体布から形成しても良いし、本体部の形状は限定されない。
【0039】
前記前後身頃11及び12、及び袖13、14からなる本体部15はスパンデックス入りトルファン綿からなる生地で形成している。このトルファン綿は長々綿からなり風合いが柔かく光沢のある素材であり、該トルファン綿で形成されている本実施形態の本体部生地は、保温率20%としている。保温率は前記した方法で測定している。
【0040】
袖13、14には、肘窩Aを含む前肘部を覆う領域に当て布16を本体布15の裏面側(肌側)に重ねて縫着し、保温部17を設けている。この当て布16の取り付け位置は、肘窩Aの上方5cmの位置から下方15cmの位置としており、略4〜5分袖の位置から8分袖の先端位置、すなわち、袖裾13a、14aまでとしている。
前記当て布16は前記範囲内で、袖部の全周部に位置し、図2(B)に示すように、肘部を覆っている。
【0041】
前記当て布16として、本実施形態ではウェルサーモからなる生地を用いている。ウェルサーモはアクリレート系繊維「エクス(登録商標)」を用いた起毛素材で、しっかり暖かく、綿のような吸湿性を持ち、元々湿度および温度変化の対応力を有する生地であり、より厳しい寒さの環境下や温度変化の大きい環境下での対応に優れたものである。当て布16の保温率は27%で、本体部15よりは保温率が高い。かつ、本体部15のスパンデックス入りトルファン綿と当て布16のウェルサーモとを2枚重ねとした当て布取付部位(保温部17)の保温率は32%となり、スパンデックス入りトルファン綿のみからなる本体部15の約1.6倍としている。
【0042】
前記当て布16の形状は、一辺を20cm、他の一辺を前記袖部の筒周りの周長とした長方形の形状として裁断し、この形状の当て布16を本体部15の裏面に縫着している。該当て布16は、袖13、14を縫着する際に併せて縫着して一体化させても良いし、本体部15を全て縫着後に縫着して一体化させてもよい。このように、該当て布16は暖かさを必要とする前肘部を覆う領域に位置することとなり、暖かさが必要な部分のみを当て布16の取り付けで保温率を高めて、保温部17を形成している。
【0043】
前記第1実施形態の本発明の袖付き衣類では、本体部15も比較的保温率の高い生地で形成しているため、真冬の就寝用肌着として好適に用いられる。また、特に寒さを感じやすい手先が温まるように着用者の前肘部を覆う領域の保温率を高めて保温部分としているため、重ね着することなく、この1枚のシャツで十分に暖かさを与えることができる。
さらに、本実施形態のシャツは8分袖であり、手首部まで保温部が延在していないため、過度に血管を温めることはなく、着用者に不快感を感じさせることもない。
【0044】
前記第1実施形態の最も保温率を高くするタイプでは、本体部15の素材としては、リバーシブルフライス、カシミア、綿袋編からなる素材が好適に用いられる一方、当て布16の素材としては、前記ウェルサーモ以外の他の保温素材、例えば、アウトラスト(登録商標)等を用いることができる。
この他、前記本体部15と同一素材を用いて2枚重ねとしてもよく、あるいはリバーシブルフライス袋編みを用いてもよい。
但し、本体部15の保温率が30%未満であり、本体部15と当て布16で構成される保温部17の保温率が30〜50%の範囲となることが必須である。
【0045】
図3は第1実施形態の第1変形例を示し、第1実施形態における当て布の取り付け位置のみを変えたものである。
具体的には、図3(A)に示すように、当て布16の取り付け位置を着用者の肘窩Aの上方5.0cmの位置から下方12cmの位置として、保温部17を設けている。この保温部17の位置は、およそ4乃至5分袖の位置から7乃至8分袖の位置に相当する。本変形例においては、肘窩Aの下方12cmの位置から袖裾13a、14aまでは本体布15と同一布で構成し、当て布16は設けていない。
前記当て布16は袖部の全周部に位置し、図3(B)に示すように肘部を覆っている。
このように、当て布16を全周部に設けることで、当て布16が着用者の前肘部を確実に覆うことができるので、着用者が動いても効果を維持することができる。
【0046】
図4は第1実施形態の第2変形例を示し、第1変形例と当て布の取り付け位置のみを変えたものである。
図4(A)に示すように、正面図は第1変形例と同一であるが、図4(B)に示す背面図に示されるように、当て布16を前肘部と対向する後側の肘部に相当する位置には配さずに取り付けている。
本変形例では、本体布15と当て布16は、前記変形例1と同一のものを用いている。
【0047】
図5(A)(B)は第2実施形態の婦人用シャツ20であり、第1実施形態の婦人用シャツ10と同様に丸首であるが、襟刳りを深くし、袖23、24は長袖としている。
前後身頃21、22および袖23、24の本体部25は、第1実施形態と同様、保温率20%のスパンデックス入りトルファン綿で構成している。一方、袖23、24の肘窩Aの上方5cmの位置から下方15cmの位置には当て布26を縫着して保温部27を設けている。肘窩Aの下方15cmの位置から袖裾23a、23bまでは当て布26を縫着させておらず、本体布25と同一の生地としている。すなわち、第2実施形態の婦人用シャツ20は長袖であり、本体布25からなる袖23、24は手首まで延在しているが、保温部は手首まで延在させていない。
この当て布26としては保温率27%のウェルサーモ生地を用いており、第1実施形態の当て布16を2枚重ねとした状態としている。該当て布26を本体部25に取り付けた部位(保温部27)は保温率43%となり、他の部位の保温率の2.2倍としている。
【0048】
本実施形態の婦人用シャツ20は、第1実施形態の婦人用シャツ10よりも襟ぐりを深くして、長袖とし、かつ、当て布としてウェルサーモ生地2枚を用いて、より保温率を高めているため、より寒い環境下でも対応することができる。
【0049】
前記第2実施形態の中程度の保温率とする場合には、本体部25の素材として、モダール、スパンデックス入りトルファン綿も好適に用いられ、当て布26としては、本体部25と同一の上記素材を2枚重ねして用いても良く、あるいは、ウール天竺、モダールベアフライス、フリース等が好適に用いられる。
【0050】
また、前記第2実施形態の本体部の保温率を余り高くしたくない場合には、本体部の素材として、綿フライス、シノンスムース、ナイロンメッシュ等も好適に用いられる。当て布26としては上記列挙した本体部と同一素材を用いて2枚重ねしてもよく、あるいは、モダールベアフライス、フリース等も好適に用いられる。
【0051】
図6(A)(B)は第3実施形態を示し、当て布を取り付けず、編み目の密度を変えることにより保温率に差異を持たせている。即ち、図6(A)に示すシャツは第1実施形態のシャツと同様な形状としているが、本体部15’を表タクテル裏エスク成形の編地より形成し、第1実施形態で当て布を取り付けていた部位に、当て布を取り付けずに、編組織を変えることにより、編み目の密度を他の部分よりも密にして他の部位よりも略1.5倍以上の保温率を持たせた保温部17’を設けている。本実施形態では、保温部17’は保温率32.6%のパイル編みとし、他の部分は保温率21.4%のフロート編みとしている。
【0052】
このほか、前記編組織を変えて、本体部15’を表サーマスタット裏綿で天竺編みする一方、保温部17’は本体部と同じ表サーマスタット裏綿でパイル編みをしてもよい。上記表サーマスタットは中空のポリエステル糸と中空綿糸で編まれ糸条である。
さらに、編み目の密度により保温率を変える代わりに、糸条を変えてもよい。即ち、保温率を高くしたい保温部は、他の部位の糸条よりも厚い糸条あるいは起毛した糸条を用いて編成して、保温率に差異を持たせればよい。
さらに保温率を高くする保温部にポリウレタン樹脂からなる保温性材料を溶着することもできる。その場合、樹脂はポリウレタンに限定されず、ポリエチレン、ポリエステル等も使用できる。
【0053】
(実施例)
本発明の第一実施形態の袖付き衣類について、下記の実験を行った。
図2(A)タイプの8分袖からなるシャツにおいて、保温部17に保温率32%の生地を用いた場合Aタイプと、保温率28%の生地用いたBタイプの肌着を作製し、保温部17を設けていない同一形状の長袖からなる汎用肌着(以下、コントロールとする)との差異により評価を行なった。
【0054】
各試料の詳細は、以下のとおりである。
Aタイプの肌着:本体部=トルファン綿で天竺編み(保温率20%)
保温部=本体部生地にウェルサーモ1枚を当て布(保温率32%)
Bタイプの肌着:本体部=トルファン綿で天竺編み(保温率20%)
保温部=アウトラスト(登録商標)1枚のみ(保温率28%)
コントロール :本体部=トルファン綿で天竺編み(保温率20%)
保温部=なし
【0055】
前記Aタイプ、Bタイプ、コントロールの肌着を6名のモニターに着用してもらい、主観性評価として「手先の暖かさ」、「体幹の暖かさ」、「総合快適性」を調査した。
また、サーモグラフィ装置による生理的評価を行なった。
【0056】
その結果、主観性評価として「手先の暖かさ」がコントロール肌着よりもAタイプの肌着が暖かいとした者が6名、コントロール肌着よりBタイプの方が暖かいとした者が5名であり、「体幹の暖かさ」では、コントロール肌着よりもAタイプの肌着が暖かいとした者が5名、コントロール肌着よりBタイプの方が暖かいとした者が5名であり、ほぼ同一の評価となった。
「総合快適性」については、Aタイプの肌着が快適とした者が6名、Bタイプが快適とした者が5名であった。
サーモグラフィ装置による生理的評価では、コントロール肌着よりもAタイプの肌着を着用した際の体表面温度の上昇が見られた者が3名、コントロール肌着よりBタイプの方が暖かいとした者が1名であり、保温率32%の肌着を着用した場合に手先が暖かくなった者が多かった。
【0057】
前記モニターによる実験結果から、本発明の袖つき衣類は、手先を暖めて、かつ、体幹の温度も低下させず、総合的な快適さの点で優れた肌着となることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】人体の上肢区分を示す図であり、図左側は上肢の前面、図右側は上肢の後面を示す。
【図2】本発明の第1実施形態の婦人用肌着のシャツを示し、(A)は正面側斜視図、(B)は背面側斜視図である。
【図3】第1実施形態の第1変形例を示し、(A)は正面側斜視図、(B)は背面側斜視図である。
【図4】第1実施形態の第2変形例を示し、(A)は正面側斜視図、(B)は背面側斜視図である。
【図5】第2実施形態を示し、(A)は正面側斜視図、(B)は背面側斜視図である。
【図6】第3実施形態を示し、(A)は正面側斜視図、(B)は背面側斜視図である。
【図7】従来例を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0059】
10,20 シャツ
13,14,23,24 袖
15、25 本体部
16、26 当て布
17、27 保温部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肘を越える長さを有する筒状の袖を有する衣類であって、
前記袖は、保温率が30〜50%とされた保温部と、保温率が30%未満である本体部を備え、
前記保温部を、少なくとも着用者の肘窩を含む前肘部を覆う領域に設けていることを特徴とする袖付き衣類。
【請求項2】
前記袖丈が手首に達する場合、手首に相当する領域には保温部を設けていない請求項1に記載の袖付き衣類。
【請求項3】
前記保温部は、前記肘窩の上方3〜7cmの位置から下方12〜18cmの位置の範囲内に設けている請求項1または請求項2に記載の袖付き衣類。
【請求項4】
前記保温部は、前記本体部の内面あるいは外面への当て布の取り付け、本体部への樹脂印刷、本体部の起毛処理、編組織の変更により、前記本体部の保温率よりも高くしている請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の袖付き衣類。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−101307(P2008−101307A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−286806(P2006−286806)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(306033379)株式会社ワコール (116)
【Fターム(参考)】