説明

視度補正装置

【課題】光学系を介さずに視度補正を行うことができ、かつ表示画像と観者との相対位置の変動の影響を受け難い視度補正装置を得る。
【解決手段】画像表示デバイス3に表示される画像から観者4の網膜6上に結像される画像への像変化の伝達特性を相殺する伝達関数を、網膜6上における点像の拡がりに基づき生成し、これを、画像表示デバイス3への入力画像信号に対し作用せしめるように視度補正装置を構成する。伝達関数としては、その振幅特性が2次元ガウシアンの逆数の関数となるものや、2次元空間領域における点拡がり関数のグラフが楕円柱状となるような低域通過型フィルタの周波数応答の逆数の関数などを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、画像を見る観者の視度を補正する装置に関し、特に電子的な画像処理により表示画像を変換し、観者の網膜上での焦点外れを補償する視度補正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、視度補正(視度調節や視度調整とも称される)は、表示画像と観者の眼球との間に配される光学系を用いて行われるのが一般的である。眼鏡やコンタクトレンズは、そのような光学系の代表的な例であり、近視や遠視、乱視などによる網膜上の焦点外れを補償するために広く用いられている。
【0003】
また、カメラのファインダに装備される視度補正レンズも、近視や遠視などによる網膜上の焦点外れを補償する光学系の一例であり、この視度補正レンズを可動とすることにより視度を調整可能としたものなどが知られている(下記特許文献1参照)。
【0004】
一方、実際に眼鏡を装用しなくても装用時の状態を疑似体験することができる眼鏡装用シミュレーションシステムが提案されている(下記特許文献2,3参照)。このシミュレーションシステムは、眼鏡の光学特性を加味した画像を画像処理技術により作成して表示し、その表示画像を、眼鏡を必要とする観者が見ることにより、眼鏡装用時の画像の見え方を確認することができるように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−201882号公報
【特許文献2】特許第3738563号公報
【特許文献3】特許第4477909号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、寝室等にテレビジョンやモニタ画面を設置し、リラックスした姿勢で映像を視聴するという人も増えている。
【0007】
しかしながら、映像を視聴する際に眼鏡を掛ける人が寝ながらテレビジョンやモニタ画面を視聴した場合には、眼鏡を装着したまま入眠する可能性があり、寝相が変わることによって眼鏡のずれや変形、破損等が生じ、それらが原因となって鼻あてが鼻へ食い込む不快感、ずれた眼鏡の鼻あてが鼻の穴に入る閉塞感、そして割れたレンズの破片による失明に至るまで、さまざまな人体への危害の発生が懸念される。
【0008】
コンタクトレンズを使用する場合においても、装着したまま入眠すると、目の裏にレンズが入って取れなくなる、不意にレンズが外れて紛失する、外れたレンズを頭でつぶして割ってしまう、眼への酸素供給不足により角膜が損傷する、レンズが目の中で破損するなどといった事故の危険がある。
【0009】
そこで、眼鏡やコンタクトレンズのような装着タイプの光学系に替えて、上述の視度補正レンズのような非装着タイプの光学系を、観者とテレビジョンやモニタ画面との間に設置することも考えられる。しかし、ファインダにおける視度補正レンズは、覗き口を目で覗くような観察形態には適するものの、同等の仕組みでテレビジョン視聴用の視度補正レンズを実現しようとすると巨大なレンズを観者とテレビジョンとの間に設置する必要が生じる。また、使用するレンズとしては、観測者から離れるほど大きくかつ度の強いものが必要となる。度の強いレンズ自体はフレネルレンズにより実現可能ではあるものの、テレビジョンやモニタ画面の前にフレネルレンズを置くとモアレを生じ、視聴の妨げとなる。
【0010】
さらに、視度補正レンズなどの光学系では、観者ごとにレンズを交換する必要が生じたり、観者の視聴時の姿勢(頭の傾き)や、観者との距離に応じ機械的操作によってレンズを移動させる機構が必要となったりするため、コストが嵩むという問題もある。
【0011】
一方、上述の眼鏡装用シミュレーションシステムにおける画像処理を、テレビジョンやモニタ画面に表示される画像に適用すれば、近視等の非正常視の観者が、眼鏡等の視度補正用の光学系を使用しなくても使用したときと同様の画像を観賞することが可能となることが期待される。
【0012】
しかしながら、この眼鏡装用シミュレーションシステムは、眼鏡が観者の眼に合うかどうか(視度補正の効果が得られるか否か)を観者自身にチェックしてもらうことを目的とするものであるため、然るべき位置に眼鏡が装着されたときの観者の眼球と眼鏡レンズとの位置関係を前提条件とした上で、眼鏡レンズの設計データに基づく光線追跡を行い、仮想の眼鏡レンズにより光線が受ける屈折等の影響を反映した画像(眼鏡レンズより形成される虚像に相当する像)を生成し、これをディスプレイに表示するものとなっている。
【0013】
このため、ヘッドマウントディスプレイのように観者とディスプレイとの位置関係が固定される状態でなければ、適正に視度補正がなされた状態の画像を見続けることができない。すなわち、表示画像と観者との相対位置の制約が非常に強く、このため、座ったり寝たり、近づいたり遠のいたりしてテレビジョンを視聴するような、表示画像と観者(眼球)との相対位置が様々に変動する環境下では、実用的な視度補正効果を得ることが難しいという問題がある。
【0014】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、光学系を介さずに視度補正を行うことができ、かつ表示画像と観者との相対位置の変動の影響を受け難い視度補正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するため、本発明に係る視度補正装置は、
観者の網膜上に結像される画像が、画像表示デバイスから網膜に至るまでの間に存在する媒質、光学系、空間および眼球によって、画像表示デバイスに表示される画像から像変化する伝達特性を相殺する伝達関数を、前記網膜上における点像の拡がりに基づき生成する伝達関数生成手段と、
前記伝達関数生成手段が生成した伝達関数を、前記画像表示デバイスへの入力画像信号に対し作用せしめる画像処理を実行するフィルタ手段と、を備えてなることを特徴とする。
【0016】
本発明において前記フィルタ手段は、前記入力画像信号をフーリエ変換して空間周波数領域のスペクトル画像に変換するフーリエ変換手段と、該スペクトル画像に対し前記伝達関数を乗算する乗算手段と、該伝達関数乗算後のスペクトル画像を逆フーリエ変換して出力画像信号を得る逆フーリエ変換手段と、により構成されたものとすることができる。
【0017】
また、前記伝達関数として、その振幅特性の等高線が空間周波数領域において、単数または複数の楕円、および単数または複数の線分のいずれかで表される高域通過型の関数を用いることができる。
【0018】
その場合の伝達関数として、その振幅特性が2次元ガウシアンの逆数の関数、または該2次元ガウシアンの逆数の関数を振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いることができる。一方、伝達関数として、2次元空間領域における点拡がり関数(インパルス応答)のグラフが楕円柱状となるような低域通過型フィルタの周波数応答の逆数の関数、または該周波数応答の逆数の関数を振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いることもできる。また、このときの振幅制限を、ウィーナフィルタにより行うことができる。
【0019】
また、本発明において、前記伝達関数生成手段において生成する前記伝達関数を観者の眼球の視度に応じて調整するためのユーザインタフェースである操作手段を備えることが好ましい。
【0020】
本発明における「前記網膜上における点像の拡がり」とは、一般的な観者の網膜上における点像の拡がり(ボケ)の状態を、計算機等によりモデル化したものを想定したものであるが、特定の観者の網膜上における実際の点像の拡がりを排除するものではない。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る視度補正装置は、上述の特徴を備えていることにより、以下のような作用効果を奏する。
【0022】
すなわち、本発明の視度補正装置では、画像表示デバイスから網膜上への像変化の伝達特性を相殺する伝達関数を、画像表示デバイスへの入力画像信号に対し作用せしめる画像処理を行うため、眼鏡やコンタクトレンズ、視度補正レンズなどの光学系を用いることなく視度補正が可能となる。したがって、レンズ破損により怪我をする心配が無く、またレンズ装用の必要がなくなるため観者のストレスが軽減される。さらに、画像処理により視度補正を行うため、レンズによる補正では困難な種類の乱視に対しても、視度補正の可能性が広がる。
【0023】
また、画像処理を行うための伝達関数が、網膜上における点像の拡がり(ボケ)に基づき生成されるので、表示画像と観者との相対位置の変動の影響を受け難いという特性が得られる。すなわち、従来の眼鏡装用シミュレーションシステムでは、眼鏡と生体(観者)の各光学系の位置関係を特定して光線追跡を行った結果に基づき画像処理を行うために、表示画像と観者との相対位置が強く規制されてしまうのに対し、本発明では、網膜上における点像の拡がりに基づき生成された伝達関数により画像処理を行うため、表示画像と観者との間の複雑な過程が縮退するので調整すべきパラメータが減り、これにより、表示画像と観者との相対位置の制約も格段に緩やかなものとなる。
【0024】
また、フィルタ手段が、フーリエ変換手段、乗算手段および逆フーリエ変換手段により構成される本発明の視度補正装置によれば、フィルタ手段において適用する伝達関数を空間周波数領域において設計することができるので、網膜上における点像の拡がり(点拡がり関数)に基づく伝達関数を容易に設計することが可能となる。
【0025】
さらに、伝達関数として、その振幅特性の等高線が空間周波数領域において、単数または複数の楕円、および単数または複数の線分のいずれかで表される高域通過型の関数を用いる構成の本発明の視度補正装置によれば、近視、遠視または乱視に起因する楕円状の点拡がり関数の焦点外れを相殺するよう視度補正装置を動作させることができる。
【0026】
また、伝達関数として、その振幅特性が2次元ガウシアンの逆数の関数、またはこれを振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いる構成の本発明の視度補正装置によれば、少数のパラメータによって振幅特性を調整することができるため、観者の視度に応じた伝達関数の調整が容易となる。また、2次元ガウシアンの逆数は、その2主軸方向について変数分離が可能であるため、変数分離型フィルタとしてハードウェア規模や演算量の削減が可能となる。
【0027】
一方、伝達関数として、2次元空間領域における点拡がり関数のグラフが楕円柱状となるような低域通過型フィルタの周波数応答の逆数の関数、またはこれを振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いる構成の本発明の視度補正装置によれば、観者の眼球を理想レンズとみなしたときの焦点外れ像と同じ点拡がり関数を仮定することとなり、精度良く焦点外れを相殺することができる。
【0028】
また、上述の振幅制限を、ウィーナフィルタにより行う構成の本発明の視度補正装置によれば、入力画像信号に含まれる雑音が過大に増幅されることを防ぐことが可能となる。
【0029】
さらに、伝達関数生成手段において生成する伝達関数を観者の眼球の視度に応じて調整するためのユーザインタフェースである操作手段を備えた構成の本発明の視度補正装置によれば、観者が操作手段を操作することにより、それに連動して動作する伝達関数生成手段によって、視度補正量を随意的に調整することができるため、観者の視力の変化にも容易に対応できるほか、視度の異なるさまざまな観者による装置の共用も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係る視度補正装置の使用方法を説明する図である。
【図2】本発明に係る視度補正装置の全体構成を示すブロック図である。
【図3】操作手段の一例を表す図である。
【図4】点拡がり関数のパラメータの一例を説明する図である。
【図5】伝達関数の一例を表すグラフである。
【図6】伝達関数の逆数のインパルス応答の一例を表す図である。
【図7】フィルタ手段の構成例を示すブロック図である。
【図8】シミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明に係る視度補正装置の実施形態について、上記図面を参照しながら詳細に説明する。
【0032】
図1に示す本実施形態の視度補正装置1は、例えば、テレビジョンや計算機の画像表示デバイス3(CRT、LCD、PDPなど任意のディスプレイとすることができる)に表示する画像に対し、前処理としての画像処理を行う装置であり、画像信号源2と画像表示デバイス3との間に接続される。
【0033】
画像信号源2は、画像信号を出力する装置であり、テレビジョンチューナ、映像デコーダ、ビデオカメラ、デジタルスチルカメラ、計算機などの任意の画像信号出力装置により構成される。
【0034】
視度補正装置1は、画像信号源2から入力される画像信号に対して画像処理を行い、その処理後の画像信号を、画像表示デバイス3へ出力する。画像表示デバイス3は、視度補正装置1による処理結果の画像を表示し、表示された画像は、観者(視度補正の対象となる本装置の使用者)4の眼球5の網膜6上に結像される。
【0035】
視度補正装置1は、観者4の眼球5の非正常視などに起因して、網膜6上において画像表示デバイス3に提示された画像が正常に結像しない場合に特に有効となるものであり、画像信号源2から入力される画像信号に対して画像処理を行うことにより、観者4の眼球5の網膜6上に、視度補正された合焦点画像を結像し得るように構成される。ここで非正常視とは、遠視、近視、乱視、不正乱視および老視を含む概念であるが、眼球4の屈折異常のほか、脱円など瞳孔形状の異常に起因する非正常視であっても構わない。なお、観者4は、裸視であっても、矯正視であってもよい。
【0036】
図2に示すように視度補正装置1は、操作手段10と、伝達関数生成手段20と、フィルタ手段30とによって構成される。
【0037】
操作手段10は、観者4(図1参照)の視度に合わせて、視度補正装置1の動作状態を調整するためのユーザインタフェースであり、観者4が随意的に操作でき、その操作量に応じた信号を伝達関数生成手段20へ送信し得るように構成されている。
【0038】
ユーザインタフェースとしての操作手段10の実施態様としては、例えば、観者4が容易に操作し得るつまみ(具体例は図3参照)を備えたものとすることができる。このようなつまみとしては、例えば、近視や遠視に起因する観測者の網膜上の焦点外れ量を相殺する伝達関数を伝達関数生成手段20に生成させるための、スカラー量を調整するつまみや、近視や遠視に加えて乱視を補正し得るように、そのパラメータたるベクトル量を調整するための複数のつまみが考えられる。具体例として図3に示す操作手段10は、3つのつまみ(SPH補償つまみ11,CYL補償つまみ12,AX補償つまみ13)を備えており、それぞれが視度のSPH、CYLおよびAXの3パラメータに対応して調整できるようになっている。ここでSPHは球面レンズの度数、CYLは円柱レンズの度数、AXは円柱レンズの軸方位を表している。
【0039】
なお、操作手段10は、図3のようなつまみ11〜13を備えたものに態様が限定されるものではなく、観者4が随意的に操作でき、その操作量に応じた信号を伝達関数生成手段20へ送信し得る態様のものであれば、その具体的な実現方法は問わない。例えば、ボタンやスライダ、あるいは計算機画面上におけるグラフィカルユーザインタフェースにより操作手段10を構成することも可能である。
【0040】
伝達関数生成手段20は、操作手段10における操作量に応じて、フィルタ手段30で適用すべきフィルタの伝達関数を生成するように構成されている。伝達関数生成手段20が生成する伝達関数としては、下述のものとすることができる。
【0041】
すなわち、網膜上における焦点外れは、点光源の像が楕円(真円を含む)状や線分状にぼやけたものとなることが多い。そこで、伝達関数生成手段20において、例えば、楕円(真円を含む)状や線分状に拡がるボケ(点拡がり関数)を相殺するような伝達関数を生成するようにする。図4は、伝達関数生成手段20が相殺すべき点拡がり関数の一例を模式的に示すものであり、図4に表示された楕円は、点拡がり関数の或る振幅値における等高線の形状(楕円率の変化により真円や線分となる場合もある)を示している。なお、図4におけるX軸およびY軸は、例えば、テレビジョンやモニタ画面の2軸(例えば、水平軸および垂直軸)に平行に設定するものとする。
【0042】
図4においては、3つのパラメータ(a,b,θ)が存在する。パラメータaはSPHに、パラメータbはCYLに、そしてパラメータθはAXにそれぞれ関連する量である。パラメータaはSPHに対して、パラメータbはCYLに対して、それぞれ広義単調増加の関係にあるように設定する。一方、パラメータθは、AXに対してテレビジョンやモニタ画面の軸に対する頭部姿勢のオフセットを加減したものとなることが期待される。
【0043】
以下、数式を用いて、伝達関数生成手段20が生成する伝達関数について説明する。伝達関数生成手段20が生成する伝達関数をH(U,V;α,β,φ)とおく。ここで、Uは水平空間周波数、Vは垂直空間周波数を示している。
【0044】
なお、αおよびβは、それぞれ正のパラメータaおよびbに対応して広義単調増加的な変数として捉えることができる。例えば、下記[数1]の式の関係を有する変数とすることができる。
【0045】
【数1】

【0046】
また、φは、パラメータθに対して角度オフセットを与えた量であると捉えることができる。すなわち、例えば、実数の定数φを用いて、θに対し下記[数2]の式の関係を有するものとすることができる。
【0047】
【数2】

【0048】
なお、上記[数1]の各数式における自乗や、上記[数2]の式におけるφの影響は、操作手段10における操作において感覚的に大きな影響を与えないものである(つまみの回転角や回転量が変化するにすぎない)から、自乗を平方根で補正したり、φを差し引いたりする必要は特にない。
【0049】
伝達関数Hは、例えば、2つのパラメータαおよびβで生成した関数を角度φだけ回転したものとして定義することができる。例えば、仮の2軸uおよびvを設定し、2主軸方向がこれらに平行な楕円(円及び線分を含む)状の分散・共分散行列を有するガウシアンの逆数をh(u,v;α,β)とおくと、下記[数3]の式で表すことができる。
【0050】
【数3】

【0051】
続いて、UV平面における、u軸の偏角をφとし、上記[数2]の式をUV平面上に変換することで伝達関数H(U,V;α,β,φ)を、下記[数4]の式に表されるように得る。
【0052】
【数4】

【0053】
上記[数4]の式による伝達関数の一例(α=1、β=2、φ=45°)を図5に示す。図5における網目状の曲面(上に凹の形状)が伝達関数を表しており、UV平面上の複数の楕円は、網目状の曲面の等高線、すなわち伝達関数の等高線(振幅の等値線)を表している。
【0054】
上述の説明では、伝達関数Hとして、その振幅特性が2次元ガウシアンの逆数の関数となる高域通過型の関数を用いているが、2次元空間領域における点拡がり関数(2次元インパルス応答)のグラフ(図6に例示)が楕円柱(円柱および直立した矩形を含む)状となるような低域通過型フィルタの周波数応答の逆数の関数である高域通過型の関数を、伝達関数Hとして用いることもできる。
【0055】
この場合の伝達関数Hは、下記[数5]の式で表すことができる。
【0056】
【数5】

【0057】
さらに、伝達関数生成手段20は、前述の伝達関数Hの振幅を制限した伝達関数Hlimを出力するものとしても構わない。例えば、伝達関数Hの値域が実数である場合には、下記[数6]の式に示すように、その値域をA以上B以下(ただし、A<B)に制限してもよい。なお、下限値Aは負ではない数値(例えば0)とすることが好ましいが、絶対値が1桁程度の負の値とすることもできる。また、上限値Bとしては、例えば10程度の数値とすることができる。
【0058】
【数6】

【0059】
また、振幅を制限した伝達関数Hlimを下記[数7]の式により定義してもよい。ここで、式中の―(バー)は複素共役を表している。また、Γ(U,V)は、空間周波数(U,V)における雑音量(信号対雑音比の逆数)をモデル化したものである。Γは、予め固定の関数としてもよいし、入力画像の特徴に応じて時々刻々変化させてもよい。なお、この伝達関数Hlimは、ウィーナフィルタである。
【0060】
【数7】

【0061】
上述のΓ(U,V)としては、例えば、下記の[数8]、[数9]または[数10]の各式で定義されるものを用いることができる。ここで、kは非負の定数を表す。[数8]の式はホワイトノイズ、[数9]の式はバイオレットノイズ、[数10]の式はブルーノイズを想定したものである。
【0062】
【数8】

【0063】
【数9】

【0064】
【数10】

【0065】
図7に示すようにフィルタ手段30は、フーリエ変換手段31、乗算手段32および逆フーリエ変換手段33によって構成され、入力画像信号pに対して、伝達関数Hのフィルタを適用し、出力画像信号qを出力するようになっている。
【0066】
フーリエ変換手段31は、入力画像信号pを空間周波数領域のスペクトル画像Pに変換する。ここで、スペクトル画像Pの空間周波数(U,V)における複素振幅値をP(U,V)とおく。
【0067】
乗算手段32は、スペクトル画像Pに伝達関数Hを乗算し、その結果をスペクトル画像Qとして出力する。すなわち、下記[数11]の式で表される演算を行う。
【0068】
【数11】

【0069】
逆フーリエ変換手段33は、スペクトル画像Qを逆フーリエ変換し、出力画像信号qとして出力する。なお、逆フーリエ変換手段33による演算処理の結果として負の値が算出される場合がある。そこで、このような負値が算出された場合、それを非負値(例えば0)に置き換えるためのクリッピング手段を逆フーリエ変換手段33の後段に設けてもよい。
【0070】
こうして得た出力画像信号qをテレビジョンやモニタ画面等の画像表示デバイス3(図1参照)に出力することにより、予め視度補正された画像が画像表示デバイス3上に表示され、これを観者4が、近視、遠視または乱視等の眼球5による焦点ずれの点拡がり関数を通じて観測した結果、網膜6上においては焦点ずれの補償された画像が結像する。また、観者4と画像表示デバイス3との相対位置が大きく変わる(例えば、観者4が座姿勢から寝姿勢に変わる)ような場合には、操作手段10(図3参照)の3つのつまみ11〜13を観者4が随意的に調整することにより、画像の見え方を調整することが可能である。
【0071】
以上の動作は、計算機によるソフトウェア処理として実装しても構わない。また、計算機の画面上の部分領域(例えば、特定のウィンドウの内部)に対して、出力画像信号による画像を表示するよう動作させても構わない。
【0072】
次に、本発明の効果を検証するために行ったシミュレーションの結果について図8を参照しながら説明する。
【0073】
図8には、2つのシミュレーション結果(結果A、結果B)が図示されている。結果A、結果Bともに、4つの画像を示しているが、左上の画像は、本発明による視度補正を行わない場合の画像表示デバイス上に表示される画像(原画)を示しており、左下の画像は、本発明による視度補正を行った場合の画像表示デバイス3上に表示される画像を示している。また、右上の画像は、左上の画像を非正常視(本例では、遠視または近視による焦点外れと乱視を併せ持つとした)の眼球の網膜上に結像される画像を、計算機により求めた模擬画像を示し、右下の画像は、左下の画像を同じ非正常視の眼球の網膜上に結像される画像を、計算機により求めた模擬画像を示している。
【0074】
図8に示すように、結果A、結果Bともに、左上の原画をそのまま表示した場合、非正常視の眼で観測すると右上のようにボケが生じるのに対し、左下のように本発明により視度補正をしたものを、非正常視の眼で観測すると右下のように原画に近い見え方が得られることが確かめられた。
【0075】
なお、結果Aのように、くっきりとしたエッジ(ステップエッジ)状の原画の場合には、視度補正したものを非正常視で観測すると若干のリンギングを生じるが、エッジの鮮鋭感は向上することが確かめられた。
【0076】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に態様が限定されるものではなく、他の態様のものを実施形態とすることも可能である。
【0077】
例えば、上述の実施形態では伝達関数として、その振幅特性の等高線が空間周波数領域において複数の楕円で表される高域通過型の関数(図5参照)を例示しているが、等高線が単数の楕円で表される高域通過型の関数(図5の網状の曲面が楕円柱状となったもの)や、等高線が単数の線分で表される高域通過型の関数(楕円柱の底面の楕円率が0となったもの)や、等高線が複数の線分で表される高域通過型の関数(図5の網状の曲面が単数または複数の平面で構成されたもの)を、伝達関数として用いてもよい。
【0078】
また、上述の実施形態では、フィルタ手段において適用する伝達関数を空間周波数領域において生成するように構成されているが、伝達関数を空間領域において生成するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0079】
1 視度補正装置
2 画像信号源
3 画像表示デバイス
4 観者
5 眼球
6 網膜
10 操作手段
11 SPH補償つまみ
12 CYL補償つまみ
13 AX補償つまみ
20 伝達関数生成手段
30 フィルタ手段
31 フーリエ変換手段
32 乗算手段
33 逆フーリエ変換手段


【特許請求の範囲】
【請求項1】
観者の網膜上に結像される画像が、画像表示デバイスから網膜に至るまでの間に存在する媒質、光学系、空間および眼球によって、画像表示デバイスに表示される画像から像変化する伝達特性を相殺する伝達関数を、前記網膜上における点像の拡がりに基づき生成する伝達関数生成手段と、
前記伝達関数生成手段が生成した伝達関数を、前記画像表示デバイスへの入力画像信号に対し作用せしめる画像処理を実行するフィルタ手段と、
を備えてなることを特徴とする視度補正装置。
【請求項2】
前記フィルタ手段は、前記入力画像信号をフーリエ変換して空間周波数領域のスペクトル画像に変換するフーリエ変換手段と、該スペクトル画像に対し前記伝達関数を乗算する乗算手段と、該伝達関数乗算後のスペクトル画像を逆フーリエ変換して出力画像信号を得る逆フーリエ変換手段と、により構成されることを特徴とする請求項1記載の視度補正装置。
【請求項3】
前記伝達関数として、その振幅特性の等高線が空間周波数領域において、単数または複数の楕円、および単数または複数の線分のいずれかで表される高域通過型の関数を用いることを特徴とする請求項1または2記載の視度補正装置。
【請求項4】
前記伝達関数として、その振幅特性が2次元ガウシアンの逆数の関数、または該2次元ガウシアンの逆数の関数を振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いることを特徴とする請求項3記載の視度補正装置。
【請求項5】
前記伝達関数として、2次元空間領域における点拡がり関数のグラフが楕円柱状となるような低域通過型フィルタの周波数応答の逆数の関数、または該周波数応答の逆数の関数を振幅制限した関数である高域通過型の関数を用いることを特徴とする請求項3記載の視度補正装置。
【請求項6】
前記振幅制限を、ウィーナフィルタにより行うことを特徴とする請求項4または5記載の視度補正装置。
【請求項7】
前記伝達関数生成手段において生成する前記伝達関数を観者の眼球の視度に応じて調整するためのユーザインタフェースである操作手段を備えることを特徴とする請求項1〜6のうちいずれか1項記載の視度補正装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−63589(P2012−63589A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207906(P2010−207906)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】