説明

計算装置

【課題】 従来、風象データ、海象データ等の気象データを用いて物体の移動を計算する際、シミュレーション論理時刻の刻み幅が固定値であったため、論理時刻の刻み幅が大きいとシミュレーションの実行時間は短く計算結果の精度は粗くなり、論理時刻の刻み幅を小さくすると計算に時間を要するという問題があった。
【解決手段】 実際の計算を開始する前に、論理時刻の刻み幅を固定とするか可変とするかを試算することにより、可変が選択された場合は計算時間を必要以上にかけることなく計算結果の精度を向上させることができ、計算時間の上限を超える場合は論理時刻の刻み幅を固定とするため、時間制限がある場合でも制限時間内に計算を完了することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気象データに基づいて物体の移動を予測計算する計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の計算機シミュレーション技術の発達により、風象データ、海象データ等の気象データを用いて、海上物体(例えば漂流船や漂流者)の移動軌跡を予測する偏流計算が行われている。この種の偏流計算では、予測精度や計算時間に影響する要素として、シミュレーション論理時刻の刻み幅が挙げられる。刻み幅の大きさによっては、シミュレーションの精度、実行時間が大きく変化する。従来の偏流計算では、論理時刻の刻み幅は固定となっており、移動開始時の気象データに基づいて、物体の偏流計算が行われていた(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】"U.S. Coast Guard Addendum to the United States National Search and Rescue Supplement (NSS)", COMDTINST M16130.2D (2004), Page H-63
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の偏流計算では、論理時刻の刻み幅が大きい場合に、シミュレーションの実行時間は短くなるが、高い予測精度で計算することができないという問題が生じる。これは、偏流計算を行うべき対象地形をメッシュに分け、気象データ(風速、潮流など)を、各メッシュ位置における大きさと向きからなるベクトルで表現していたため、気象データが大きい(例えば論理時刻の刻み幅当たりの物体の移動が複数のメッシュ間を跨る程、風速が大きくなる)領域では、物体の移動開始位置におけるメッシュの気象データを用いて物体の偏流による移動を計算すると、次の論理時刻の刻み幅での計算時に用いるメッシュの気象データとの間で、参照されないメッシュの気象データが生じてしまうことによる。また、物体の偏流による移動を精度よく計算実行するために、論理時刻の刻み幅を小さくすると、気象データが小さい領域では、移動開始時における気象データを用い同様の計算を何度も繰り返すこととなり、計算リソースに無駄が生じるとともに、計算に長時間を要していた。すなわち、論理時刻の刻み幅を固定した場合、物体の移動が気象データの変化率(速度、方向の変化)に対応できなくなり、計算精度が悪くなる、または計算時間が長くなるという問題があった。
【0005】
本発明は係る課題を解決するためのものであり、偏流計算の計算処理能力をより最適化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による計算装置は、物体の偏流計算を実行する論理時刻における気象データを取得し、気象データに基づいて複数のメッシュに分割したエリアにおける物体の通過が予想されるメッシュのメッシュ数を試算する通過メッシュ数の試算部と、上記通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値以下の場合は論理時刻の刻み幅を可変とし、通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値より大きい場合は論理時刻の刻み幅を固定値とする決定を行う論理時刻の刻み幅の決定部と、上記論理時刻の刻み幅決定部によって決定された論理時刻の刻み幅が可変の場合は論理時刻の刻み幅を計算し、計算されたもしくは固定値の論理時刻の刻み幅を用いて移動後の物体の位置と論理時刻を計算するとともに、論理時刻が計算終了時刻を越えた場合に偏流計算を終了し、論理時刻が計算終了時刻を越えない場合は再度繰り返し計算を行う偏流計算部と、を備えたものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明による計算装置によれば、実際の計算を開始する前に、論理時刻の刻み幅を固定とするか可変とするかを試算することで、可変が選択された場合は計算時間を必要以上にかけることなく計算結果の精度を向上させることができるとともに、計算時間の上限値を超える場合は論理時刻の刻み幅を固定とすることで、時間制限がある場合には制限時間内に計算を完了することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明に係る実施の形態1による計算装置の構成を示す図である。
【図2】本発明に係る実施の形態1による偏流計算の処理フローを示すフローチャートである。
【図3】本発明に係る実施の形態1による通過メッシュ数の試算フローを示すフローチャートである。
【図4】本発明に係る実施の形態1による物体の移動ベクトルと通過メッシュの考え方を表した図である。
【図5】本発明に係る実施の形態1による論理時刻の刻み幅を求める際の物体とメッシュの位置を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施の形態1.
図1は、本発明に係る実施の形態1による計算装置の構成を示す図である。図において、実施の形態1の計算装置は、偏流計算部101と、論理時刻の刻み幅の決定部102と、通過メッシュ数の試算部103から構成される。偏流計算部101は、気象データベース104から入力される気象データに基づいて、物体の偏流計算処理を行う。通過メッシュ数の試算部102は、気象データベース104から入力される気象データに基づいて、通過メッシュ数の試算を行う。論理時刻の刻み幅の決定部103は、シミュレーション論理時刻の刻み幅を決定する。
【0010】
気象データベース104を構成する気象データは、メモリ及びファイル上に展開されて、偏流計算装置上に保持される。気象データは、風象データ、海象データ等から構成され、偏流計算部101及び通過メッシュ数の試算部102において使用される。通過メッシュ数の試算部102は、計算した通過メッシュ数をメモリ上に展開して、偏流計算装置上に保持するとともに、計算した通過メッシュ数を論理時刻の刻み幅の決定部103に入力する。論理時刻の刻み幅の決定部103は、通過メッシュ数の試算部102から入力された通過メッシュ数を用いて論理時刻の刻み幅を算出し、算出した論理時刻の刻み幅を偏流計算部101に入力する。
【0011】
次に、計算装置の動作について説明する。図2は、偏流計算の処理フローを示すフローチャートである。
図において、論理時刻の刻み幅の決定部103は、計算開始時点で論理時刻に0が入力される(ステップS1)。
次いで、通過メッシュ数の試算部102は、偏流計算を実行する時刻における気象データを取得し、それより通過メッシュ数の試算を行う(ステップS2)。
【0012】
試算された通過メッシュ数は、論理時刻の刻み幅の決定部103に入力される。論理時刻の刻み幅の決定部103は、入力された通過メッシュ数と予め設定された基準値とを比較する(ステップS3)。
この比較の結果、通過メッシュ数が基準値以下の場合は、論理時刻の刻み幅は可変とする(ステップS4)。
また、比較の結果、通過メッシュ数が予め設定されている基準値より大きい場合は、論理時刻の刻み幅を固定値とする(ステップS5)。
なお、論理時刻の刻み幅の決定部103は、論理時刻の刻み幅の判断結果を、偏流計算部101に出力する。
【0013】
続いて、偏流計算部101は、気象データを用いて偏流による移動ベクトルの計算を実行する(ステップS6)。
ここで、論理時刻の刻み幅の決定部103から入力される論理時刻の刻み幅の判断結果に従い、論理時刻の刻み幅が可変か否かの確認が行われる(ステップS7)。
この確認の結果、論理時刻の刻み幅が可変の場合は、移動ベクトルに基づいて論理時刻の刻み幅を計算し、論理時刻の刻み幅が固定値の場合はその固定値を用いる(ステップS8)。
次に、偏流計算部101は、計算した移動ベクトル及び計算したもしくは固定値の論理時刻の刻み幅を用いて、次の数1式に示す通り、移動後の物体の位置と論理時刻を計算する(ステップS9)。
【0014】
【数1】

【0015】
さらに、ステップS9にて移動後の物体の位置と論理時刻が計算された後、計算された論理時刻が計算終了時刻を越えたか否かが判定される(ステップS10)。
論理時刻が計算終了時刻を越えた場合は、そこで偏流計算を終了する。
【0016】
また、論理時刻が計算終了時刻を越えない場合は、気象データが更新されたか否かが確認される(ステップS50)。
【0017】
ここで、気象データが更新された場合は、更新された気象データを取得してから、再度、通過メッシュ数の試算部102によるステップS2の処理に移行し、通過メッシュ数の試算処理を実行する。
【0018】
また、気象データが更新されない場合は、気象データの取得を行ってから、再度、ステップS6に戻り、偏流計算部101にて、気象データを用いた偏流による移動ベクトルの計算の実行処理が行われる。
【0019】
次に、通過メッシュ数の試算部102における通過メッシュ数の試算処理について詳細を説明する。図3は、通過メッシュ数の試算フローを示すフローチャートである。
図において、通過メッシュ数として、最初に0が入力される(ステップS11)。
次に、物体が存在するメッシュの気象データを用い、物体が偏流する際の移動ベクトルを計算する(ステップS12)。
【0020】
ここで、移動ベクトルの絶対値よりメッシュの通過にかかる時間tを計算する(ステップS13)。
この通過メッシュ数の試算においては、メッシュの端から端までをメッシュに平行に直線的に通過する時間を、メッシュの通過にかかる時間tとして計算する。
移動ベクトルを(u、v)、メッシュの一辺の長さをLとしたとき、メッシュの通過にかかる時間は、次の数2式のとおりとなる。
【0021】
【数2】

【0022】
また、移動ベクトルの向きより、当該メッシュ通過後に物体が存在するメッシュを求める(ステップS14)。
【0023】
次に、論理時刻にtを加え、通過メッシュ数に今回通過するメッシュ数を加える(ステップS15)。
ここで、加算後の論理時刻が計算終了時刻を越えた否かを判断し(ステップS16)、超えた場合は、計算処理を終了する。
【0024】
図4は、ステップS14、15における、物体の移動ベクトルの方向に基づく通過メッシュの求め方を説明する図であり、(a−1)は移動ベクトルの方向の区分け方を示し、(a−2)は移動ベクトルの方向の区分けと次に進むメッシュの位置との関係とを示す。
【0025】
図4(a−1)に示すとおり、360度の全方位を8等分し8つの区分に分け、移動ベクトルの向きがどの区分に該当するかにより、次に進むメッシュの位置を判定する。
図4(a−2)において、例えば移動ベクトルの向きが区分1の間にある場合は、次にメッシュ9に進むこととし、区分2の間にある場合はメッシュ9又はメッシュ11を通過し、メッシュ10に進むこととする。
他も同様であり、区分2、4、6及び8のように斜めのメッシュに進む場合は、メッシュ17に上下左右隣接するメッシュを通過してから斜めのメッシュに進むこととする。
【0026】
すなわち、区分1、3、5及び7の場合は上下左右隣接するメッシュに進むこととし、今回通過するメッシュ数は1とする。
また、区分2、4、6及び8に移動ベクトルの向きが向いた場合には、今回通過するメッシュ数は2とする。
【0027】
このように取り決めることで、例えば、移動ベクトルの方向を8等分した際の北方向の区分1にある場合は最終的に進むメッシュが9となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の北東方向の区分2にある場合は最終的に進むメッシュが10となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の東方向の区分3にある場合は最終的に進むメッシュが11となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の南東方向の区分4にある場合は最終的に進むメッシュが12となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の南方向の区分5にある場合は最終的に進むメッシュが13となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の南西方向の区分6にある場合は最終的に進むメッシュが14となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の西方向の区分7にある場合は最終的に進むメッシュが15となる。移動ベクトルの方向を8等分した際の北西方向の区分8にある場合は最終的に進むメッシュが16となる。
【0028】
次に、論理時刻の刻み幅の決定部103のステップS8の処理において、論理時刻の刻み幅を可変とした場合の、論理時刻の刻み幅の試算処理について詳細を説明する。論理時刻の刻み幅の決定部103は、気象データに基づいて物体が存在するメッシュにおける移動ベクトルを計算し、移動ベクトルとメッシュの形状データから論理時刻の刻み幅を求める。
図5は、論理時刻の刻み幅を可変とした場合の、物体とメッシュとの位置関係を示すものである。図5において、北端18、東端19、南端20、西端21で囲まれるメッシュにおいて、物体22が、メッシュの西端21における北端18寄りに位置している場合を考える。この場合、物体が隣接する次のメッシュの端部(南端20)に到達するまでの距離Mと物体22の移動ベクトル23の大きさVを用いて、次の数3式から、論理時刻の刻み幅Δtを求めることができる。物体が隣接する次のメッシュの端部に到達するまでの距離Mは、物体22の現在位置を基点として、物体22の移動ベクトル23の延長線がメッシュの端部と交わる位置を、メッシュの形状データから幾何学的に求めることで算出する。
【0029】
【数3】

【0030】
また、物体の移動ベクトルと位置を2次元座標で表し、図5で説明した論理時刻の刻み幅を求める関係式を、メッシュの形状データを用いたより簡便な論理式で表現してもよい。ここで、物体の移動ベクトルを(u、v)、物体の位置を(x、y)、メッシュの北端をY、南端をY、東端をX、西端をXとしたとき、論理時刻の刻み幅は、次の数3式によって求められる。
【0031】
【数4】

【0032】
以上説明した通り、実施の形態1による計算装置は、物体の偏流計算を実行する論理時刻における気象データを取得し、気象データに基づいて複数のメッシュに分割したエリアにおける物体の通過が予想されるメッシュのメッシュ数を試算する通過メッシュ数の試算部103と、上記通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値以下の場合は論理時刻の刻み幅を可変とし、通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値より大きい場合は論理時刻の刻み幅を固定値とする決定を行う論理時刻の刻み幅の決定部102と、上記論理時刻の刻み幅決定部によって決定された論理時刻の刻み幅が可変の場合は論理時刻の刻み幅を計算し、計算されたもしくは固定値の論理時刻の刻み幅を用いて移動後の物体の位置と論理時刻を計算するとともに、論理時刻が計算終了時刻を越えた場合に偏流計算を終了し、論理時刻が計算終了時刻を越えない場合は再度繰り返し計算を行う偏流計算部101と、を備えたことを特徴とする。
【0033】
これによって、計算時間の上限を設けながら、条件を満足すれば計算精度を高めることが可能となる。
【0034】
また、通過メッシュ数の試算部103は、気象データに基づいて物体が存在するメッシュにおける移動ベクトルを計算し、移動ベクトルとメッシュの大きさからメッシュの通過にかかる時間を求め、得られたメッシュの通過にかかる時間から通過メッシュ数を試算する。
【0035】
これによって、通過メッシュ数の試算する際、計算負荷を抑えつつ通過メッシュ数の試算を行うことが可能となる。
【0036】
なお、実施の形態1の計算装置は、海上における漂流者の捜索をする際に、風や海流による漂流者の偏流の予測計算に、利用することができる。
【符号の説明】
【0037】
101 偏流計算部、102 論理時刻の刻み幅の決定部、103 通過メッシュ数の試算部103、104 気象データベース。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体の偏流計算を実行する論理時刻における気象データを取得し、気象データに基づいて、複数のメッシュに分割したエリアにおける物体の通過が予想されるメッシュのメッシュ数を試算する通過メッシュ数の試算部と、
上記通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値以下の場合は論理時刻の刻み幅を可変とし、通過メッシュ数試算部によって試算された通過メッシュ数が予め設定された基準値より大きい場合は論理時刻の刻み幅を固定値とする決定を行う論理時刻の刻み幅の決定部と、
上記論理時刻の刻み幅決定部によって決定された論理時刻の刻み幅が可変の場合は論理時刻の刻み幅を計算し、計算されたもしくは固定値の論理時刻の刻み幅を用いて移動後の物体の位置と論理時刻を計算するとともに、論理時刻が計算終了時刻を越えた場合に偏流計算を終了し、論理時刻が計算終了時刻を越えない場合は再度繰り返し計算を行う偏流計算部と、
を備えた計算装置。
【請求項2】
通過メッシュ数の試算部は、気象データに基づいて物体が存在するメッシュにおける移動ベクトルを計算し、移動ベクトルとメッシュの大きさからメッシュの通過にかかる時間を求め、得られたメッシュの通過にかかる時間から通過メッシュ数を試算することを特徴とした請求項1に記載の計算装置。
【請求項3】
論理時刻の刻み幅の決定部は、気象データに基づいて物体が存在するメッシュにおける移動ベクトルを計算し、移動ベクトルとメッシュの形状データから論理時刻の刻み幅を求めることを特徴とした請求項1または請求項2に記載の計算装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−159344(P2012−159344A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−17899(P2011−17899)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)