説明

誘導加熱による固定子の加熱方法、及び加熱装置

【課題】高粘度のワニスでも固定子のスロットに充分充填可能で、エネルギー効率も向上可能な誘導加熱による固定子の加熱方法及び装置を提供する。
【解決手段】電動機械の固定子を誘導加熱して当該固定子に巻装されたコイル付近に塗布したワニスを硬化させるため、誘導加熱部分が当該固定子の外側部分の少なくとも半分以上を近接して覆い、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になるように、誘導加熱コイルを配置し、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給すると共に、当該固定子を回転させながら加熱する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機(モータ)や、発電機(ジェネレータ)又は、両者の機能を併せ持つ電気機械(以下、請求項をも含め、「電動機械」と称する)の固定子に巻き線された電線コイルや固定子コアの水分除去やアニール処理のための予備加熱や、ワニスを塗布した後ワニスを硬化させるための加熱(以下、「本加熱」と称する)に関する技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
以下の特許文献1〜3により既に知られるように、モータや発電機などの、即ち、電動機械は、固定子に巻き線された電線コイルや固定子を加熱する方式として、従来から予備加熱時や本加熱を行うため、乾燥炉にその固定子を入れて加熱する方法が行われている。乾燥炉の熱源は、電気ヒータや蒸気の熱を熱交換する方法などによるものが比較的多く使用されてきた。この方法の場合予め、乾燥炉全体の雰囲気を固定子の加熱に必要な温度まで事前に加熱しておく必要があり、さらに必要な温度に必要時間保持するためエネルギー効率が悪かった。
【0003】
また、別の方式として固定子に巻き線された電線コイルに直接大きな電力を流すことで電線コイル自体の自己発熱を利用して加熱する方式も以前から行われている。これを以下通電加熱方式という。この通電加熱方式の場合、製品である電線コイルに大きな電力を流すことで電線コイル自体への損傷の可能性や、近年モータなどの高効率化を進めるため電線コイルの抵抗自体を極力小さくしていく必要性に迫られており、この方式では電線コイルに流すための電力をさらに大きくさせて行かなければ成らない課題がある。
【0004】
いずれも、加熱のための必要エネルギーから見たとき省エネルギーの観点では隘路事項になっている。
【0005】
また、この通電加熱方式の場合は、電線コイルにある微小なピンホールや巻き線時などの傷部分から電気的なスパークが発生し、最悪火災の発生の危険性も伴っている。特に引火点が低い溶剤を多く含むワニスなどの材料の場合に、この危険性がより高くなる。
【0006】
その他、モータや発電機など、所謂、電動機械の加熱方式として固定子を誘導加熱する方式もある。この方式は、従来より予備加熱に多く使用されてきたが、本加熱への適用事例が無かった。予備加熱では、前項でも述べたように水分除去などができる100℃を少し超える程度の低い温度で短時間の加熱で十分であったため、比較的問題なく実施できていた。しかし本加熱は、固定子を誘導加熱した時に発生する発生熱を電線コイルまで熱伝導させる、いわゆる間接加熱方式であるため、まず固定子表面が高温加熱され、その熱が電線コイルの外側で保護している絶縁材を介して熱を電線コイルに伝達させ、かつワニスの硬化反応が終了するまでの比較的長い時間、これを保持する必要がある。また、ワニスが硬化する温度は、一般に、水分除去が可能な温度を超える高い温度であり、このため電線コイルに塗布したワニスの硬化温度に適した温度に加熱させるには、結果的に間接加熱部分である固定子への誘導加熱時の加熱レベルを強くしなければならず、そのため、固定子の熱劣化の懸念や、誘導加熱に起因する急速加熱により、ワニスの揮発分が発泡し、これが抜けきらないまま硬化完了し、結果的に気泡の状態で硬化してしまう懸念があること、電線コイルの外側を覆った絶縁材への熱影響劣化の問題などがあることなどを理由として、実用化されていなかった。
【0007】
また、最近の課題として、ワニスのVOC規制(ワニス揮発成分の大気中への放出抑制)のため、ワニスに含まれる溶剤成分を抑制せざるを得ず、この場合、ワニスの粘度が高くなり固定子内部の電線コイルが挿入されているスロット部分へワニスが浸透し難くなるという課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−86954号公報
【特許文献2】特開2008−193875号公報
【特許文献3】特開2009−283439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、固定子の表面を誘導加熱する方式に関し、電線コイルに比較し固定子の表面温度が高くなり、固定子が高温で熱劣化する懸念や、急速加熱によりワニスの揮発分が発泡したまま硬化し、内部に気泡が発生する懸念を解消し、更には、電線コイルの外側を覆った絶縁材が熱影響により劣化する問題を解決するものである。
【0010】
即ち、本発明の目的は、VOC規制対応で高粘度になったワニスでも固定子のスロットに充分にワニスが充填でき、従来の方式に比べエネルギー効率も向上できるようになる誘導加熱による固定子の加熱方法、及び加熱装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、固定子を誘導加熱する場合の誘導加熱の条件やワニス塗布条件などの条件の組み合わせを最適化し、さらに加熱温度のプロファイルもあわせて最適化することで前述の課題を解決することを特徴とするものである。より具体的には、本発明の、誘導加熱による固定子の加熱方法、及び加熱装置は、固定子表面への誘導加熱時の加熱温度を、コイルエンド部分と固定子表面の温度およびスロット内部中央部分の温度の差を極力小さく抑えつつ、スロット内部中央部分は絶縁材料の耐熱上限温度まで加熱し、コイルエンド部分は、使用するワニスの硬化温度に適した温度に加熱する。
【0012】
また、この時、スロット内部中央部分は、コイルエンド部分より若干高くなるよう温度差をつける。
【0013】
より具体的には、本発明によれば、上述した目的を達成するため、まず、電動機械の固定子を誘導加熱して当該固定子に巻装されたコイル付近に塗布したワニスを硬化させる固定子の加熱方法であって、誘導加熱部分が当該固定子の外側部分の少なくとも半分以上を近接して覆い、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になるように、誘導加熱コイルを配置し、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給すると共に、当該固定子を回転させながら加熱する誘導加熱による固定子の加熱方法が提供される。
【0014】
また、本発明によれば、やはり上述した目的を達成するため、電動機械の固定子に巻装されたコイル付近に塗布したワニスを、当該固定子を、予熱、冷却、ワニス塗布、昇温、温度保持からなる温度プロファイルにより硬化させるために固定子を加熱する固定子の加熱方法であって、誘導加熱部分が当該固定子の外側部分の少なくとも半分以上を近接して覆い、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になるように、誘導加熱コイルを配置し、前記温度プロファイルの予熱、昇温、温度保持において、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給すると共に、当該固定子を回転させながら加熱する誘導加熱による固定子の加熱方法が提供される。
【0015】
なお、 本発明では、前記に記載した誘導加熱による固定子の加熱方法において、前記温度プロファイルの温度保持において、当該固定子の中央表面温度とスロット内部中央部の温度をほぼ絶縁材耐熱温度とすると共に、当該固定子のコイルエンドの温度を、前記絶縁材耐熱温度よりも低いワニス硬化温度にすることが好ましく、又は、前記温度プロファイルの予熱における当該固定子の温度上昇の傾斜より、前記ワニス塗布後の昇温における温度上昇の傾斜の方を低くすることが好ましい。
【0016】
加えて、本発明によれば、やはり上述した目的を達成するため、電動機械の固定子を誘導加熱して当該固定子に巻装されたコイル付近に付着したワニスを硬化させる固定子の加熱装置であって、固定子を回転させながら保持する固定子チャック冶具と、前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の両端に配置される一対のコイルエンド雰囲気保温カバーと、前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の外側表面の少なくとも半分以上を近接して覆うことが可能な誘導加熱部分を有し、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になる誘導加熱コイルとを備え、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給することにより固定子を加熱する誘導加熱による固定子の加熱装置が提供される。
【0017】
そして、本発明では、前記に記載した固定子の加熱装置において、更に、前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の下方にワニスタレ落ち受け部を設けることが好ましく、又は、前記誘導加熱コイルを構成する誘導加熱コイル回路の中央部におけるコイルの巻き線量を、当該誘導加熱コイル回路の両側部におけるコイルの巻き線量よりも大きくすることが好ましい。更には、前記に記載した固定子の加熱装置において、前記誘導加熱コイルの戻り回路部分を、前記固定子の下方において、当該固定子から離れて配置し、又は、前記コイルエンド雰囲気保温カバーを誘導加熱材料により形成すると共に、前記誘導加熱コイルの戻り回路部分を当該コイルエンド雰囲気保温カバーに当て、又は、前記コイルエンド雰囲気保温カバーの少なくとも一方が、前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子に対して移動可能になっていることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
上述した本発明になる誘導加熱による固定子の加熱方法、及び加熱装置によれば、必要時のみエネルギーを投入するようコントロールできるため、従来の乾燥炉方式では、作業待ちなどの空の時でも常時エネルギーを投入しなければ成らない状態と比較すると大幅なエネルギーの削減が可能になる。また、この時、スロット内部中央部分は、コイルエンド部分より若干高くなるよう温度差をつける。このことで、コイルエンド部よりスロット内部中央部分でのワニスの粘性を下げることができる。このためワニスが毛細管現象でスロット内部まで充分に浸透できるという利点がある。このことにより、VOC規制対応で高粘度になるワニスでも、従来よりも、より充分にスロット内部にワニスを充填できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施例1になる誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施例2になる誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す図である。
【図3】本発明の実施例3になる誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す図である。
【図4】本発明の実施例4になる誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す図である。
【図5】本発明の実施例5になる誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す図である。
【図6】上記の実施例による固定子の誘導加熱時における温度プロファイルを示す図である。
【図7】上記の実施例により得られる固定子のスロット部でのワニス充填状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0020】
図1により、本発明の実施例1になる、誘導加熱による固定子の加熱装置の構成を示す。
【0021】
図1(A)の、符号7は、ワニスを固定子に巻装されたコイル付近に付着した固定子の両端に設けられたコイルエンド雰囲気保温カバーを示しており、符号6は、誘導加熱コイルを示している。また、上記コイルエンド雰囲気保温カバー7の下方には、ワニスタレ落ち受け9が設けられる。図1(B)は、図1(A)におけるA−A’断面を示しており、外形が略円筒状の固定子1は、その内周面側に複数のスロット部2を形成すると共に、その内部、更には、固定子の両端部(コイルエンド部5)に亘って、電線コイル3が巻装されている。また、固定子1の内部には、一方のコイルエンド雰囲気保温カバー7を貫通して、固定子チャック冶具8が挿入され、もって、当該固定子を固定している。また、図中において、符号T16は固定子中央表面の温度を、T17はスロット内部中央部の温度を、そして、T18はコイルエンド部の温度を、それぞれ示している。そして、図1(C)では、固定子1を破線で示すと共に、特に、上記誘導加熱コイル6の回路(誘導加熱コイルの巻線(配線)状態)を示しており、この図からも明らかなように、上記誘導加熱コイル6は、コイルを複数回巻き回して構成されており、その一部(誘導加熱部分)が、固定子1の外周を覆うように取り付けられる。また、ワニスを硬化させる際には、ここでは図示しないが、例えば、モータ等により上記固定子チャック冶具8を回転することにより、当該固定子1を回転する。
【0022】
さらに、上記の図からも明らかなように、コイルエンド部5付近に塗布(滴下)されたワニスを浸透・硬化させる際、固定子1の外側に近接して配置された誘導加熱コイル6、特に、誘導加熱コイル6の誘導加熱部分では、複数回巻き回したコイル内に電流が一方向に流れるようにするため(図1(C)の矢印を参照)、これらのコイルは、固定子1の外周面に沿うように配置されている。より具体的には、ここでは、その一例として、誘導加熱コイル6に流れる電流が、略円筒形の固定子1の回転軸方向に対して直角方向にのみ流れるように設定されている。しかしながら、この誘導加熱電流の流れは、一方向にすればよく、その方向が規定されるものではない。そして、上記誘導加熱コイル6の誘導加熱部分以外の部分は、以下、「誘導加熱電流の戻り」、又は、「Uターン部分」とも言う。
【0023】
それと共に、誘導加熱コイル6は、固定子1の円周全体を覆うのではなく、即ち、誘導加熱コイル6の誘導加熱部分は、その誘導加熱部分が、それにより誘導加熱される固定子1の外側部分(即ち、被加熱領域)を三分の二から半分程度に抑えるよう、換言すれば、三分の二から半分程度だけを覆うように設定される。そして、誘導加熱コイル6の他の部分、誘導加熱部分以外の部分、即ち、戻り回路部分は、固定子1から離れるように配置されている。
【0024】
上述した加熱装置の構成によれば、固定子1を比較的均一に加熱できる。なお、誘導加熱コイル6の回路を固定子1に対し双方向(行きと帰りの回路)が干渉し合う混在部分では、誘導加熱のエネルギーが不安定になってしまうが、かかる問題点は、上述のように、戻り回路部分を固定子1から離れるように配置することにより、解消される。特に、固定子1は鋼板を積層して固定子形状に形成した後に、固定子1の表面を溶接などで一体化固定しているような固定子1などの場合、固定子1の溶接部分に誘導加熱が多く発生し、固定子1の表面が急加熱状態になり、結果的にコイルエンド部5との温度差が大きくなってしまう。そこで、上述したように、電流の流れを一方向にすることが重要である。
【0025】
また、コイルエンド部5の電線コイル3は、ワニスの硬化前では、ばらけたり、膨らんだりしまうため、紐10などで縛って予め固定したり、電動機械の電気の出入り口であるコイルエンド部5のリード側4のリード線の保護チューブにより固定するが、これらは、金属ではないため熱伝導性が悪く、誘導加熱コイル6の熱伝導だけでは、熱が十分に伝わりづらい。そのため、この部分に付着したワニスは硬化しづらい。特に、外気温度が低い場合などの時は、コイルエンド部5からの放熱が激しく、この部分の紐10などの硬化がより困難になってしまう。このことへの対策として、コイルエンド部5を覆うための雰囲気保温カバー7で、コイルエンド周囲の雰囲気温度を安定させる。このことで、この紐10や、リード側4の根元のリード保護チューブのワニスも完全硬化させるも機能もあわせて具備することが可能となり、このことも大きな特徴である。
【0026】
ワニスの塗布方法は、上述したように、固定子1をほぼ水平に保持しながら、円周方向に、かつ一方向に回転させながら、両側のコイルエンド部5にワニスを滴下する方式であるが、回転や、滴下ノズルや滴下位置などに関する方法は、すでに公知の事例なので省略する。
【実施例2】
【0027】
図2により、本発明の実施例2になる加熱装置の構成を示す。なお、この実施例においても、上記の実施例と同様の構成要件は、上記と同じ符号により示されている。
【0028】
実施例2は実施例1とほぼ同じであるが、相違点は加熱誘導コイル6の回路に関し、固定子1の中心部分の誘導加熱コイル6の巻き線量(コイルの本数)を多めにする。具体的に、本例では、中央部におけるコイルの本数を3本に、そして、その両側でのコイルの本数を2本にしている。このことで、固定子1の真中付近が強く誘導加熱され、若干、固定子1の中心部分の温度をコイルエンド5よりも高めにでき、もって、コイルエンド部5からスロット部2にワニスが吸い込まれるよう工夫した装置である。この実施例は、絶縁材料の耐熱上限温度が比較的高い場合などに有効である。
【実施例3】
【0029】
図3は、本発明の実施例3になる加熱装置の構成を示す。なお、この実施例においても、上記の実施例と同様の構成要件は、上記と同じ符号により示されている。
【0030】
実施例3は、誘導加熱コイル6の電流の流れを一方向にしつつ、下側の誘導加熱コイル6を固定子1に対して下側にも巻き、但し、ワニスのタレ落ち受け9よりも下側にして、垂れたワニスが誘導加熱コイル6に付着しないようにする。そして、このワニスタレ落ち受け9を巻き取る(例えば、一対にローラに、帯状の部材を巻き付けて構成したもの)ようにしながら、合わせて、垂れたワニスを、ワニスタレ落ち受け9で受ける。これによれば、このワニスタレ落ち受けを巻き取るなどにより、タレ落ちワニスを自動的に回収することが可能になる。これは、タレ落ちワニスの清掃作業の合理化に有効な方式である。
【0031】
なお、ワニスタレ落ち受け9の材質としては、紙やプラスチックなどの非誘導加熱材料で透磁性が高い材料であることが望ましい。
【0032】
このことで、下側の誘導コイル6の固定子1への誘導加熱エネルギーも加熱レベルは下がるが、しかしながら、従来に比較し、エネルギーを有効に利用することが可能である。なお、清掃作業の作業性も考慮しながら、出来るだけ下側の巻き下げ部分は大きく下げないようにすることが望ましい。
【実施例4】
【0033】
図4は本発明の実施例4になる加熱装置の構成を示す。なお、この実施例においても、上記の実施例と同様の構成要件は、上記と同じ符号により示されている。
【0034】
実施例4は、固定子1に対し、誘導加熱コイル6の電流の流れを一方向にしつつ、固定子1に対して反対側の電流の流れ(戻りの回路部分)を有効利用する方式である。より具体的には、コイルエンド雰囲気保温カバー7を金属や金属を混入させたセラミックなどの誘導加熱材料により形成する(これを、以下「コイルエンド雰囲気加熱用材料」と言う)と共に、反対側の電流を、このコイルエンド雰囲気加熱用材料7に当て、当該コイルエンド雰囲気加熱用材料7を誘導加熱することで、コイルエンド部5における電線コイル3の紐10、又は、電動機械の電気の出入り口であるコイルエンド部5のリード側4のリード線保護チューブなどの根元に付着したワニスを、間接加熱することが出来る。即ち、この実施例は、上記に加え、更に、コイルエンド部5の雰囲気温度も安定させ、紐10や、リード側4の根元のリード保護チューブのワニスも完全硬化させる機能もあわせて具備している。
【0035】
なお、この実施例のコイルエンド雰囲気加熱用材料7は、両側共に、横方向にスライドできる機構を有し、スロット2にワニスが十分に浸透したのを見計らい、横スライドさせ、もって、紐10やリード側4のチューブなどを加熱できる。
【0036】
また、この実施例の方式は、戻りの回路をコイルエンド雰囲気加熱用材料7の加熱に有効利用するため、上述した他の実施例よりも、電力をより有効利用できる利点がある。
【実施例5】
【0037】
図5は本発明の実施例5になる加熱装置の構成を示す。なお、この実施例においても、上記の実施例と同様の構成要件は、上記と同じ符号により示されている。
【0038】
実施例5は、基本的に実施例4と同じであるが、誘導加熱コイル6のUターン部分(戻り回路部分)を折り曲げず、誘導加熱コイル6の円弧から外れる下側の部分を真下に下ろした状態でUターンさせる例である。なお、この実施例5は、上記実施例4ともに、固定子1に対し、戻りの誘導加熱コイル6は、コイルエンド雰囲気加熱用材料7の間接加熱のための横引きの誘導コイルが固定子1の加熱に悪影響を及ぼさないように、離していることを特徴にしている。
【0039】
続いて、図6には、上記の実施例1〜5による固定子の加熱方法の詳細、特に、その温度プロファイルを中心に示す。
【0040】
この図6は、固定子1への予備加熱(予熱)S1から始まり、冷却S2、ワニス塗布S3、昇温S4を経過し、温度保持S5にいたるまでの一連の温度プロファイルを示すもので、横軸は時間、縦軸は温度を表している。即ち、予熱S1→冷却S2→ワニス塗布S3→昇温S4→温度保持S5を含む温度プロファイルモデルである。
【0041】
この温度プロファイルの特徴を、以下に示す。まず、水分除去やアニール処理のために予備加熱(予熱)S1を行った後、固定子1を冷却S2する途中でワニス塗布S3を開始する。このワニス塗布S3が完了後に、塗布したワニスを硬化させるため、昇温S4を始める。この昇温S4は、急速加熱にならないよう、上記実施例1から実施例5の何れかに示すような誘導加熱コイル6を用いて、ワニスに含まれる揮発性溶剤の発泡現象が起きない程度の緩やかなカーブにすることが必要である。即ち、昇温S4における温度上昇の傾斜が、予備加熱(予熱)S1における温度上昇の傾斜よりも小さくなるようにする。また、昇温S4が、ワニスに決められたワニス硬化に適した温度に達したら、この温度を保持するため、温度保持S5で温度と時間をワニスに決められた条件にて保持する。
【0042】
なお、たとえば、この温度保持S5のタイミングで、コイルエンド雰囲気保温カバー7や、コイルエンド雰囲気加熱用材料7を横にスライド(移動)させ(図1〜図5の白抜きの矢印を参照)、コイルエンド部5の周囲の温度をワニス硬化に適した温度に保持することで、電線コイル3の紐10やリード側4の保護チューブなどに付着したワニスも硬化させることができる。
【0043】
また、この温度プロファイルモデルでは、固定子1の表面を誘導加熱すると、間接加熱による、熱の伝わり方の順番に従い、スロット内部中央部の温度T17とコイルエンド部5の温度T18に温度差ΔTが発生するが、この温度差ΔTについては、絶縁材耐熱温度Tiよりも、若干、ワニス硬化温度Twが低いことが望ましい。このことで絶縁材の劣化を防止しかつ、ワニスを毛細管現象でスロット内部に十分に浸透させることが可能になる。これにより、スロット部2の内部へのワニスの高密度充填が可能になる。なお、絶縁材耐熱温度Tiは、製品(たとえばモータ)に設定された製品の保証稼働時間や、保証負荷条件から求められるモータの温度上昇条件から決まる温度で、これら製品仕様の総合条件から決まり、その最悪条件に絶えうる絶縁材料を選定するのが一般的である。
【0044】
なお、コイルエンド雰囲気保温カバー7を横スライドしてコイルエンド部5を密閉するタイミングは、安全上、ワニスの揮発分のほとんどが揮発しきった後が望ましい。ただし、大型の固定子1などの場合には、ワニスの塗布量の程度によっては、揮発分が抜けきらない場合があるので、上記図4や図5で示したように、コイルエンド雰囲気加熱用材料7を温度保持16のタイミングで固定子1側に移動させ、このとき、誘導加熱によりコイルエンド雰囲気加熱用材料7を加熱しながらコイルエンド部5の紐10や保護チューブを加熱し硬化させる方法を行うことも可能である。
【0045】
更に、図7は、上記に詳述した固定子の加熱装置及びそのための方法によって製造された固定子について説明する。
【0046】
図7(A)は、固定子1の鋼鈑の一部を拡大して示す図であり、図7(B)は、そのスロット部2の拡大図であり、これらの図に示すように、当該スロット部2の内部には、その内に設けた絶縁材23、絶縁材24の内部に収納されて、断面が円形の複数の電線コイル3が設けられている。本来、ワニスを充填したい部分は、ワニス25で示した、即ち、絶縁材22と絶縁材23で囲われた電線コイル3以外の空間、及び、固定子1の一部(鉄板)26のスロット部2と、絶縁材23、絶縁材24の隙間部分、スロット部2であり、これらの開口部にワニスを完全に充填できることが、もっとも理想である。なぜなら、これら全てがワニス25により、その内部に空気泡を生じることなく、完全に密着して充填できれば、電動機械を作動させるための電力を電線コイルに通電した時発生する発生熱を、ワニス25を介して固定子1側に効率的に放熱でき、かつ電動機械の作動、停止の繰り返し時に、微細な電磁誘導により電線コイル3が振動を起こし、電線コイル3などが擦れ合って磨耗し絶縁不良になることも防止することができるからである。
【0047】
図7(C)は、たとえば電線コイル3の断面の円形形状の大きさを小さく(即ち、線径を小さく)して、極細線で巻いたときの状態図である。しかしながら、電線コイル3の充填度合いが高まれば高まるほど(電線コイル充填率の向上)、充填しなければならないワニス25の隙間が少なくなってしまう。この場合においても、本発明の誘導加熱のよる固定子の加熱方法、及び加熱装置を用いることによれば、コイルエンド部の温度19とスロット内部中央部の温度18との温度差により、ワニス25が毛細管現象によりスロット部2に、より浸透し易くなるという特徴(効果)が達成される。
【0048】
以上に詳細に述べたように、本発明によれば、以下のものが提供される。
【0049】
即ち、まず、(1)誘導加熱コイルと、この誘導加熱コイルを支持するコイル芯とを有する誘導加熱システムであって、前記コイル芯は、断面が下部に隙間を有する円筒形または多角形であり、前記誘導加熱コイルは、前記コイル芯上に、前記隙間に対応する部分を除いて、一方向の回路を形成する誘導加熱システムである。
【0050】
次に、(2)として、上記(1)において、コイル芯上に形成された誘導加熱コイルの巻き線量(密度)が、前記コイル芯の長さ方向において両端部より中央部で多くなるように形成される誘導加熱システムである。
【0051】
また、(3)として、上記(1)又は(2)において、コイル芯の隙間の下方に、ワニス垂れ落ち受けを設け、前記隙間に対応する部分の誘導加熱コイルの巻き線が、前記ワニス垂れ落ち受けの下に配置される誘導加熱システムである。
【0052】
また、(4)として、上記(1)から(3)の誘導加熱部材によって、固定子とスロット部と電線コイルとコイルエンド部とを有する被加熱物を誘導加熱する誘導加熱システムにおいて、誘導加熱コイルの巻き線が、前記被加熱物の固定子に対応する部分と前記コイルエンド部に対応する部分で逆方向となるように形成される誘導加熱システムである。
【0053】
また、(5)として、上記(4)において、誘導加熱コイルが、コイル芯から外れる下側の部分を真下に下ろした状態でUターンさせるように形成される誘導加熱システムである。
【0054】
また、(6)として、被加熱物にワニスを含浸する含浸部と、含浸の前に被加熱物を予備加熱する予備加熱部又は含浸の後に被加熱物に含浸したワニスを加熱硬化する硬化部の少なくとも一方と、を有する電気絶縁処理装置であって、少なくとも前記予備加熱部又は硬化部には、被加熱物の加熱手段として、上記(1)から(5)の誘導加熱装置を有する電気絶縁処理システムである。
【0055】
また、(7)として、上記(6)において、予備加熱部で昇温しつつ水分を除去し、含浸部で冷却しつつワニスを含浸し、硬化部で所定温度まで昇温して保持しつつワニスを硬化する電気絶縁処理システムである。
【0056】
また、(8)として、電動機械の製造工程においてコイルに塗布ないし含浸されたワニスを硬化させることを目的とした加熱装置において誘導加熱方式及び熱風加熱方式を有する装置である。
【0057】
また、(9)として、上記(1)から(8)の加熱装置においてワニスからの揮発成分を排気することを目的とした電動機械周囲を囲った排気システムを有する加熱装置である。
【符号の説明】
【0058】
1…固定子、2…スロット部、3…電線コイル、4…リード側、5…コイルエンド部、6…誘導加熱コイル、7…コイルエンド雰囲気保温カバー、又は、コイルエンド雰囲気加熱用材料、8…固定子チャック治具、9…ワニスタレ落ち受け、10…紐、23…絶縁材、24…絶縁材、25…ワニス、26…固定子1の一部(鉄板)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機械の固定子を誘導加熱して当該固定子に巻装されたコイル付近に塗布したワニスを硬化させる固定子の加熱方法であって、
誘導加熱部分が当該固定子の外側部分の少なくとも半分以上を近接して覆い、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になるように、誘導加熱コイルを配置し、
当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給すると共に、当該固定子を回転させながら加熱することを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱方法。
【請求項2】
電動機械の固定子に巻装されたコイル付近に塗布したワニスを、当該固定子を、予熱、冷却、ワニス塗布、昇温、温度保持からなる温度プロファイルにより硬化させるために固定子を加熱する固定子の加熱方法であって、
誘導加熱部分が当該固定子の外側部分の少なくとも半分以上を近接して覆い、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になるように、誘導加熱コイルを配置し、
前記温度プロファイルの予熱、昇温、温度保持において、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給すると共に、当該固定子を回転させながら加熱することを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱方法。
【請求項3】
前記請求項2に記載した誘導加熱による固定子の加熱方法において、前記温度プロファイルの温度保持において、当該固定子の中央表面温度とスロット内部中央部の温度をほぼ絶縁材耐熱温度とすると共に、当該固定子のコイルエンドの温度を、前記絶縁材耐熱温度よりも低いワニス硬化温度にすることを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱方法。
【請求項4】
前記請求項2に記載した誘導加熱による固定子の加熱方法において、前記温度プロファイルの予熱における当該固定子の温度上昇の傾斜より、前記ワニス塗布後の昇温における温度上昇の傾斜を低くすることを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱方法。
【請求項5】
電動機械の固定子を誘導加熱して当該固定子に巻装されたコイル付近に付着したワニスを硬化させる固定子の加熱装置であって、
固定子を回転させながら保持する固定子チャック冶具と、
前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の両端に配置される一対のコイルエンド雰囲気保温カバーと、
前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の外側表面の少なくとも半分以上を近接して覆うことが可能な誘導加熱部分を有し、かつ、当該誘導加熱部分においてコイルに流れる誘導加熱電流が一方向になる誘導加熱コイルとを備え、当該誘導加熱コイルに誘導加熱電流を供給することにより固定子を加熱することを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。
【請求項6】
前記請求項5に記載した固定子の加熱装置において、更に、
前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子の下方にワニスタレ落ち受け部を設けたことを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。
【請求項7】
前記請求項5に記載した固定子の加熱装置において、前記誘導加熱コイルを構成する誘導加熱コイル回路の中央部におけるコイルの巻き線量を、当該誘導加熱コイル回路の両側部におけるコイルの巻き線量よりも多くしたことを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。
【請求項8】
前記請求項5に記載した固定子の加熱装置において、前記誘導加熱コイルの戻り回路部分を、前記固定子の下方において、当該固定子から離れて配置したことを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。
【請求項9】
前記請求項5に記載した固定子の加熱装置において、前記コイルエンド雰囲気保温カバーを誘導加熱材料により形成すると共に、前記誘導加熱コイルの戻り回路部分を当該コイルエンド雰囲気保温カバーに当てることを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。
【請求項10】
前記請求項5に記載した固定子の加熱装置において、前記コイルエンド雰囲気保温カバーの少なくとも一方が、前記固定子チャック冶具により保持された前記固定子に対して移動可能になっていることを特徴とする誘導加熱による固定子の加熱装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−5283(P2012−5283A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−139174(P2010−139174)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【出願人】(502129933)株式会社日立産機システム (1,140)
【Fターム(参考)】