説明

誘電体化合物薄膜及びその製造方法

【課題】大面積の誘電体化合物薄膜を低コストで作製できる製造方法および誘電体化合物薄膜を提供する。
【解決手段】誘電体化合物(RMbO3-δ)n(MaO)mの原料となるRを含む化合物と、Maを含む化合物と、及びMbを含む化合物を溶媒に溶解させることにより、RとMaとMbの有機金属錯体を含有する原料溶液を準備する準備工程と、原料溶液をゾル化してゾル状溶液を作製するゾル化工程と、ゾル状溶液を基板に塗布する塗布工程と、基板に塗布されたゾル状溶液に重合を生じさせてゲル状膜を形成する乾燥重合工程と、ゲル状膜を焼結させる焼成工程とにより誘電体化合物薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状三角格子構造を有するRFe2O4等の誘電体化合物から成る薄膜及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、一般的にRFe2O4(Rは希土類元素等)と表している層状三角格子構造を有する誘電体化合物が、従来の誘電体とは異なるメカニズムに基づいて誘電性を生じさせていることを知見し、この新規な誘電体の物性を詳細に研究している。
【0003】
研究に当たっては、RFe2O4を生成する必要があり、本発明者らは、液相合成法を用いてRFe2O4の粉末を作製し(例えば、特許文献1参照。)、この粉末材料を焼結させて所望の研究に利用していた。
【0004】
昨今では、RFe2O4から成る薄膜を電子素子に利用することを検討しており、RFe2O4膜の様々な作製方法を検討していた。
【0005】
このような中で、レーザー蒸着法(PLD)を用いてRFe2O4膜を生成する作製方法の報告がなされている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2010/064686号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M.Seki, et al., Appl. Phys. Exp.3(2010)10581.
【非特許文献2】J.Liu, et al., Thin Solid Films 518(2010)6909.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、レーザー蒸着法によるRFe2O4膜形成では、試験用のサンプル作製には十分であるが、成膜可能な面積が小さく、大面積のRFe2O4膜の形成が困難であるという問題があった。
【0009】
しかも、レーザー蒸着法では、高価な真空装置やレーザー発振器が必要であり、作製コストが高くなりやすく、量産化に適した製造方法とはなり得ず、量産化が可能な製造方法が求められる可能性が極めて高かった。
【0010】
本発明者らは、このような現状に鑑み、大面積のRFe2O4膜を低コストで作製できる製造方法を開発すべく研究を行い、本発明を成すに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の誘電体化合物薄膜の製造方法は、誘電体化合物(RMbO3-δ)n(MaO)mの原料となるRを含む化合物と、Maを含む化合物と、及びMbを含む化合物を溶媒に溶解させることにより、RとMaとMbの有機金属錯体を含有する原料溶液を準備する準備工程と、原料溶液をゾル化してゾル状溶液を作製するゾル化工程と、ゾル状溶液を基板に塗布する塗布工程と、基板に塗布されたゾル状溶液に重合を生じさせてゲル状膜を形成する乾燥重合工程と、ゲル状膜を焼結させる焼成工程とを有するものである。ここで、Rは、In,Sc,Y,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ti,Ca,Sr,Ce,Sn,Hfから選ばれる少なくとも1種類の元素、Ma,Mbは、Ti,Mn,Fe,Co,Cu,Ga,Zn,Al,Mg,Cdから重複を許して選ばれる少なくとも1種類の元素、nは1以上の整数、mは0以上の整数、δは0以上0.2以下の実数である。
【0012】
さらに、本発明の誘電体化合物薄膜の製造方法では、塗布工程は、スピンコート法により行い、焼成工程では、酸素分圧を10-12〜10-6Paとした雰囲気中で、800℃以上まで2時間以内で加熱するとともに、800℃から400℃まで1分以内で冷却することにも特徴を有するものである。
【0013】
また、本発明の誘電体化合物薄膜は、誘電体化合物(RMbO3-δ)n(MaO)mからなる誘電体化合物薄膜において、Rを含有する化合物と、Maを含有する化合物と、Mbを含有する化合物とを溶媒に溶解させて、RとMaとMbの有機金属錯体を含有する原料溶液を作製する工程と、原料溶液をゾル化してゾル状溶液を作製する工程と、ゾル状溶液を基板に塗布する工程と、基板に塗布されたゾル状溶液に重合を生じさせてゲル状膜を形成する工程と、ゲル状膜を焼結させる工程とにより形成されているものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、レーザー蒸着法のような高価な装置を用いることなく低コストで誘電体化合物薄膜を形成できるとともに、大面積の誘電体化合物薄膜を容易に形成することができ、安価な誘電体化合物薄膜を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】製造工程のフローチャートである。
【図2】作製したYbFe2O4薄膜のX線回折パターンである。
【図3】上側は昇温速度を400℃/hとし、下側は昇温速度を200℃/hとして作製したYbFe2O4薄膜のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の誘電体化合物薄膜及びその製造方法では、Rを、In,Sc,Y,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ti,Ca,Sr,Ce,Sn,Hfから選ばれる少なくとも1種類の元素、Ma,Mbを、Ti,Mn,Fe,Co,Cu,Ga,Zn,Al,Mg,Cdから重複を許して選ばれる少なくとも1種類の元素、nを1以上の整数、mを0以上の整数、δを0以上0.2以下の実数として、(RMbO3-δ)n(MaO)mと表される層状三角格子構造を有する誘電体化合物に関するものである。
【0017】
特に、この誘電体化合物の薄膜を形成するために、誘電体化合物となる原料を溶解させた原料溶液を適宜の基板上に塗布し、焼成して薄膜としているものである。
【0018】
すなわち、図1のフローチャートに示すように、第1ステップとして、Rを含む化合物と、Maを含む化合物と、Mbを含む化合物を用意し、これらを適当な溶媒に溶解させて錯形成を行い、RとMaとMbの各錯体を含有する原料溶液を作製している(ステップS1)。すなわち、第1ステップは準備工程である。
【0019】
このとき、原料溶液中では、Rと、Maと、Mbとの比率が、R:Ma:Mb=n:m:nとなるようにしている。後述するように、層状三角格子構造を有する誘電体化合物がYbFe2O4である場合には、Ma=Mb=Feであるので、Yb:Fe=1:2としている。
【0020】
原料溶液には、クエン酸等を添加してRとMaとMbの有機金属錯体を形成させている。
【0021】
第2ステップとして、原料溶液にエチレングリコール等を添加し、濃縮することにより原料溶液をゾル化して、ゾル状溶液を作製している(ステップS2)。すなわち、第2ステップはゾル化工程である。
【0022】
第3ステップとして、ゾル状溶液を適宜の基板上に塗布して被膜を形成させている(ステップS3)。すなわち、第3ステップは塗布工程である。ここで、ゾル状溶液が塗布される基板の表面は、ゾル状溶液中のR、Ma、Mbと反応しない不活性状態となっていることが望ましい。
【0023】
基板へのゾル状溶液の塗布は、適宜の方法で行うことができるが、スピンコート法を用いることにより、比較的容易に均一に塗布できる。
【0024】
第4ステップとして、ゾル状溶液が塗布された基板を電気炉等の加熱炉に入れて、ゾル状溶液を乾燥させるとともに重合させて、流動性を失ったゲル状膜を形成している(ステップS4)。第4ステップは乾燥重合工程である。
【0025】
第5ステップとして、ゲル状膜が形成された基板を電気炉等の加熱炉に入れて、ゲル状膜中のRとMaとMbと焼結させて、基板表面に誘電体化合物からなる薄膜を形成している(ステップS5)。すなわち、第5ステップは焼成工程である。
【0026】
ただし、層状三角格子構造を有する誘電体化合物は、焼成時の酸素の影響を受けやすい傾向があるため、低酸素状態とすることが望ましく、しかも、加熱のプロファイルを急熱かつ急冷とすることが望ましい。なお、(RMbO3-δ)n(MaO)mと表される層状三角格子構造を有する誘電体化合物におけるδは、焼成時の酸素濃度によって制御されるものである。
【0027】
以下において、RをYbとし、Ma及びMbをFeとし、さらに、n=m=1、δ=0としたYbFe2O4薄膜及びその製造方法について具体的に説明する。
【0028】
準備工程として、まず、Ybを含む化合物として三酢酸イッテルビウム(Yb(CH3COO)3・4H2O)を準備するとともに、Feを含む化合物として硝酸第二鉄(Fe(NO3)3・9H2O)を準備した。
【0029】
そして、水10mlにクエン酸2gを添加した溶媒に硝酸第二鉄1gを投入し、さらにアンモニア水でpH=7に調整した第1溶液を作成した。同様に、水10mlにクエン酸1gを添加した溶媒に溶液三酢酸イッテルビウム0.55gを投入し、さらにアンモニア水でpH=7に調整した第2溶液を作成した。
【0030】
次に、Yb:Fe=1:2となるように、第1溶液と第2溶液を混合し、90℃に加温しながら300rpmの攪拌条件として、均一錯形成を行って原料溶液を作成した。
【0031】
錯形成によりYbとFeとを均一に分散させた原料溶液に対して、ゾル化工程として、90℃に加温しながら300rpmの撹拌条件で撹拌しながらエチレングリコール2.8mgを添加し、原料溶液を濃縮してゾル状溶液を作成した。
【0032】
塗布工程として、サファイア製の基板をスピンコート装置の回転台に装着し、基板を700〜2000rpmの低速回転状態として回転させながらゾル状溶液を基板上面に供給し、基板の上面の全面にゾル状溶液が行き渡ったところで基板を2000〜6000rpmの高速回転状態とし、ゾル状溶液を基板に塗布した。
【0033】
なお、基板はサファイア製に限定されるものではない。本実施例では、作製された被膜の特性を計測しやすくするために、サファイア製の基板を用いた。基板は、一辺が約12mmの角形基板とした。本実施例では、低速回転状態での回転時間は5秒程度で、高速回転状態での回転時間は20秒程度であった。
【0034】
乾燥重合工程として、ゾル状溶液が塗布された基板を電気炉に入れ、100℃−10分の条件でゾル状溶液を乾燥させた後、140℃−1時間の条件でゾル状溶液を加熱することにより、ゾル状溶液中のクエン酸錯体とエチレングリコールを脱水重合させて、流動性を完全に失ったゲル状膜を得た。
【0035】
ゲル状膜が形成された基板に対し、焼成工程として、電気炉を用いてゲル状膜の焼成を行った。このとき、ゲル状膜を、酸素分圧を10-12〜10-6Paに調整した雰囲気下で焼成するために、電気炉は、雰囲気制御可能な気密性の高い炉心管を備えたものとし、CO2/H2混合ガスの供給装置を連通連結して、本実施例では、炉心管内の酸素分圧を10-11Paとして、加熱を開始した。
【0036】
なお、本実施例で用いた電気炉は、炉心管が上下方向に設置されており、ゲル状膜が形成された基板を収容したステージを発熱体の中央部に設置することで加熱状態となる一方で、ステージの固定ワイヤを外すことによりステージごと発熱体の外部に落下させることで非加熱状態とすることができるようにしている。
【0037】
焼成工程では、800℃まで2時間以内で昇温させることが望ましく、本実施例では900℃まで約2時間で昇温させ、900℃に到達したところで電気炉の中央部からその外部に設けた水冷ジャケット内に落下させることにより急冷した。
【0038】
本実施例では、電気炉の特性上、900℃まで加熱するのに約2時間を要しているが、昇温速度は大きければ大きい方がよく、短時間で加熱することにより、誘電体化合物の不純物層の形成を抑制することができる。
【0039】
特に、層状三角格子構造を有する誘電体化合物は、低酸素雰囲気で800℃以上の温度で焼成でき、焼成時間は、基板との反応を抑制するため、できるだけ短時間で行うのが望ましい。
【0040】
また、冷却もできるだけ短時間で冷却することが望ましく、短時間で冷却することにより、誘電体化合物の不純物層の形成を抑制することができる。具体的には、800℃から400℃まで1分以内で冷却することが望ましい。
【0041】
このようにして形成したYbFe2O4薄膜は、基板上にc軸配向したエピタキシャル薄膜となっており、メスバウアー測定の結果、バルクのYbFe2O4と同様の電子状態となっており、誘電性を有する薄膜となっていることが確認できた。図2は、このようにして形成したYbFe2O4薄膜のX線回折パターンであり、サファイア製基板上にYbFe2O4が存在していることがわかる。
【0042】
また、図3は、焼成工程での昇温速度の違いによるYbFe2O4薄膜の品質差を示すものであり、上側は昇温速度を400℃/hとし、下側は昇温速度を200℃/hとして形成したYbFe2O4薄膜のX線回折パターンである。昇温速度を上げることにより、YbFe2O4の不純物としてのYb2Fe3O7やウスタイトが減少していることがわかる。
【0043】
上記したように形成するYbFe2O4薄膜は、塗布工程と乾燥重合工程と焼成工程とを1セットとして、繰り返し行うことにより、所望の厚みのYbFe2O4薄膜を形成することができる。なお、この場合、各焼成工程の代わりに、例えば加熱炉などを用いて常圧下で450℃程度の仮焼成を行い、最終的に本焼成して重合膜を焼成膜としてもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電体化合物(RMbO3-δ)n(MaO)m(Rは、In,Sc,Y,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ti,Ca,Sr,Ce,Sn,Hfから選ばれる少なくとも1種類の元素、Ma,Mbは、Ti,Mn,Fe,Co,Cu,Ga,Zn,Al,Mg,Cdから重複を許して選ばれる少なくとも1種類の元素、nは1以上の整数、mは0以上の整数、δは0以上0.2以下の実数)の原料となるRを含む化合物と、Maを含む化合物と、及びMbを含む化合物を溶媒に溶解させることにより、RとMaとMbの有機金属錯体を含有する原料溶液を準備する準備工程と、
前記原料溶液をゾル化してゾル状溶液を作製するゾル化工程と、
前記ゾル状溶液を基板に塗布する塗布工程と、
前記基板に塗布された前記ゾル状溶液に重合を生じさせてゲル状膜を形成する乾燥重合工程と、
前記ゲル状膜を焼結させる焼成工程と
を有する誘電体化合物薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記塗布工程は、スピンコート法により行い、前記焼成工程では、酸素分圧を10-12〜10-6Paとした雰囲気中で、800℃以上まで2時間以内で加熱するとともに、800℃から400℃まで1分以内で冷却する請求項1に記載の誘電体化合物薄膜の製造方法。
【請求項3】
Rを、In,Sc,Y,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Ti,Ca,Sr,Ce,Sn,Hfから選ばれる少なくとも1種類の元素、
Ma,Mbを、Ti,Mn,Fe,Co,Cu,Ga,Zn,Al,Mg,Cdから重複を許して選ばれる少なくとも1種類の元素、
nを1以上の整数、
mを0以上の整数、
δを0以上0.2以下の実数
とする誘電体化合物(RMbO3-δ)n(MaO)mからなる誘電体化合物薄膜において、
Rを含有する化合物と、Maを含有する化合物と、Mbを含有する化合物とを溶媒に溶解させて、RとMaとMbの有機金属錯体を含有する原料溶液を作製する工程と、
前記原料溶液をゾル化してゾル状溶液を作製する工程と、
前記ゾル状溶液を基板に塗布する工程と、
前記基板に塗布された前記ゾル状溶液に重合を生じさせてゲル状膜を形成する工程と、
前記ゲル状膜を焼結させる工程と
により形成された誘電体化合物薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−144390(P2012−144390A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2596(P2011−2596)
【出願日】平成23年1月10日(2011.1.10)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】