説明

誘電泳動マイクロマニピュレーション及びそのデバイス

【課題】 操作性が向上した誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法を提供する。
【解決手段】 細胞20を含む液体15が保持されたチャンバー13の底面に配置された下部電極12と、操作針11に形成された電極16との間に電圧を印加して液体15内に不均一な電界を生じさせることにより、操作針11に細胞20を着脱させることを含む、誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法である。操作針11としては、例えば、操作針の表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針、針状の金属部材により形成された操作針等が使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法及び誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中に存在する細胞や微生物等を操作し、特定の細胞等を選択的に分離・抽出・融合する技術が、生化学、医療、食品、衛生検査等の幅広い分野で求められている。細胞工学の分野で用いられているマイクロマニピュレーションとしては、例えば、光ピンセット(レーザーマニピュレータ)を用いた方法や、マイクロマニピュレータとマイクロシリンジポンプとを組み合わせた方法、誘電泳動を利用した方法等がある。
【0003】
これらの中でも、近年、細胞等を含む物質の分離方法として誘電泳動を利用した方法が注目されている。誘電泳動とは、外部より印加された不均一電界により誘起された物質内の双極子モーメントと外部電場との相互作用により物質に力が作用する現象である。誘電泳動は、例えば、印加周波数、印加電圧、物質(粒子)の誘電特性及び物質の大きさ等に依存するため、印加する周波数を変化させることで物質の誘電泳動力を制御することができる(例えば、非特許文献1、2及び3)。このような誘電泳動の特性を利用し、例えば、細胞を捕獲する装置(例えば、特許文献1)や、細胞を融合する方法(例えば、特許文献2)等が提案されている。
【特許文献1】特許第2590459号公報
【特許文献2】特公平6−61267号公報
【非特許文献1】Michael Pycraft Hughes: Nanoelectromechanics in Engineering and Biology, CRC Press (2003) p107-137
【非特許文献2】Thomas B. Jones: Electromechanics of particles, Cambridge University Press, Cambridge (1995) p34-48及びp74-80
【非特許文献3】H. A. Pohl: Dielectrophoresis, Cambridge University Press, Cambridge (1978)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーションの操作性は未だ十分満足すべきものではなく、操作性の向上が望まれていた。そこで、本発明は、操作性が向上された誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法及び誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法(以下、「本発明のマイクロマニピュレーション方法」とも言う)は、細胞を含む液体が保持されたチャンバーの底面に配置された下部電極と、操作針に形成された電極との間に電圧を印加して前記液体内に不均一な電界を生じさせることにより、前記操作針に前記細胞を着脱させることを含む細胞のマイクロマニピュレーション方法である。
【0006】
本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスは、チャンバーの底面に配置可能な下部電極と、電極を備える操作針と、前記下部電極と前記操作針に形成された電極との間に電圧を印加して不均一な電界を発生できる電源とを含む誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、操作性に優れる細胞のマイクロマニピュレーション方法及び誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
[細胞のマイクロマニピュレーション]
本発明においてマイクロマニピュレーションとは、液体内に存在する細胞や微生物等を操作することをいい、好適には、操作針及び顕微鏡等を用いて液体内に存在する特定の細胞を選択的に操作することをいう。細胞のマイクロマニピュレーションは、例えば、操作針の先端部分を触針として用いた細胞の把持、捕獲、捕集、移動、切断、穿孔、切除、剥離、貼付け、接合、融合、注入、吸引等を含む。
【0009】
[誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法]
本発明において誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーションとは、操作針に形成された電極と、細胞を保持するチャンバー内に配置された電極との間で液体内に不均一な電界を生じさせることによって誘起された細胞内の双極子モーメントと外部電界との相互作用により細胞に作用する力を利用して、細胞のマニピュレーションを行うことをいう。誘電泳動力は、例えば、印加周波数、印加電圧、物質(粒子)の誘電性及び物質の大きさ等によって相違することから、例えば、印加する交流電圧の周波数を変化させることによって、特定の細胞のみを選択的に操作することができる。
【0010】
誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーションは、通常、操作針に形成された電極と、細胞が保持されたチャンバー内に形成された板状電極との1対の電極を利用して行われている。従来の方法では、チャンバー内の板状電極は、チャンバー内の縁部に配置されるか、あるいは、操作対象の細胞の近傍に板状平面が略鉛直方向となるように液体内に挿入されて配置されている(特許文献1及び2参照)。つまり、従来の方法では、チャンバー内の板状電極が、細胞と直接接触しないように配置されている。これは、電圧が印加される電極と細胞とが直接接触すると細胞に悪影響を及ぼすとされていたからである。これに対し、本発明は、板状電極をチャンバー内の下部に配置する。これにより、細胞の操作時における操作針の電極と板状電極との距離が従来よりも短縮され、従来よりも低い電圧であっても操作に十分な保持力(操作針に細胞を保持する力)を発揮する誘電泳動を発生させることができる。すなわち、本発明は、細胞と操作針の電極及び/又は下部電極とが接触した場合であっても、誘電泳動に使用する電圧が従来よりも小さいため、例えば、細胞への悪影響を与えることなく、細胞のマイクロマニピュレーションを行うことができ、さらには、従来よりも消費電力を低減できるという知見に基づく。
【0011】
本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、チャンバーの底面に下部電極を配置することにより、例えば、任意の場所で局所的な誘電泳動を発生できるため、操作性の向上が可能である。比較的大きなスペースであっても、任意の場所で細胞のトラップ等を容易に行うことができ、例えば、予め細胞をチャンバー内で移動させておく必要性がない。また、局所的な誘電泳動を発生できるため、例えば、より高い選択性で細胞のマイクロマニピュレーションを行うことができる。
【0012】
また、チャンバーの底面に下部電極を配置することにより、例えば、操作針の電極と対向電極(下部電極)との距離を従来よりも短縮できることに加えて、操作針の電極と下部電極との距離を自由に設定することができる。このため、本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーション方法によれば、例えば、低い電圧であっても細胞融合が可能となるため、細胞融合に必要な直流パルス電圧を低減することができる。また、使用する電源等の装置を、安価で簡便な装置にすることができる。
【0013】
[下部電極]
本発明において下部電極とは、操作針に形成された電極との間に電圧を印加させることによって不均一な電界を生じさせることができる電極であって、液体を保持可能なチャンバーの底面に配置可能な電極のことをいう。
【0014】
下部電極の大きさ及び配置は、例えば、操作目的及びチャンバーの大きさ等に応じて適宜設定できる。下部電極は、例えば、チャンバーの底面全体に電極を配置しても良いし、チャンバーの底面に部分的に配置しても良い。本発明において部分的に配置するとは、チャンバーの底面の少なくとも1%、5%、10%、20%、30%、50%、70%又は90%の領域に下部電極を配置することをいう。下部電極の形状は特に制限されず、例えば、円形、半円形、楕円形、四角及び六角等の多角形等が挙げられる。
【0015】
下部電極の材質は、特に制限されないが、操作性及び視認性向上の点から透明導電性膜であることが好ましい。透明導電性膜としては、例えば、透明導電性材料により形成された膜、透明導電性材料を成膜したガラス基板等があげられる。透明導電性材料としては、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化スズ(SnO2)及び酸化亜鉛(AZO、GZO又はIZO)、導電性プラスチック、CNT(カーボンナノチューブ)等が挙げられる。
【0016】
下部電極は、1枚の平板電極であっても良いし、複数の電極が配置されたパターン化電極であっても良い。操作の容易性、視認性の向上及び作業スペースの点から、平板電極が好ましく、操作の多様化及び汎用性の点から、パターン化された電極が好ましい。また、下部電極をパターン化電極とし、下部電極のみを印加することによって、例えば、不要な細胞のみ又は目的の細胞のみを選択的に下部電極にトラップすることができる。電極パターンとしては、例えば、ストライプ、ドット、凹形、凸形等が挙げられる。電極は、等間隔に配置されていても良いし、不規則に配置されていても良い。下部電極は、液体内の細胞の付着を防止する点から、親水性コーティング処理されていても良い。また、視認性及び操作性の点から、下部電極はチャンバー内に形成されていても良い。
【0017】
[操作針]
本発明において操作針とは、細胞を操作するための触針であって、下部電極との間で電圧を印加することによって誘電泳動を生じさせることができる電極が形成されている針のことをいう。操作針は、少なくとも先端がテーパー状であることが好ましい。操作針の第1の形態としては、表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針が挙げられる。操作針の第2の形態としては、絶縁体で形成されたテーパー状の管の内部に棒状電極を備える操作針等の従来使用されている操作針が挙げられ、具体例としては、ガラスキャピラリーの内部に棒状電極が挿入された操作針が挙げられる。操作針の第3の形態としては、針状の金属部材により形成された操作針が挙げられる。細胞と接触可能な面が大きく、一度に多くの細胞を操作できる点及び針電極製造の簡便さ等から、第1の形態及び第3の形態が好ましい。また、第1の形態及び第3の形態の操作針は、第2の形態と比較して電極構造が単純であるため、例えば、低価格で作製することができ、細胞の操作で重要となるディスポーザブル化においても有利である。さらに、第1の形態及び第3の形態の操作針を使用することにより、単一の細胞のみならず、複数の細胞を操作することができる。本発明において複数の細胞とは、2〜20個、2〜200個、2〜1000個又は1001個以上のことをいう。複数の細胞の操作は、例えば、操作針の移動及び/又は印加電圧を大きくすることにより行うことができる。
【0018】
操作針の第1の形態において、電極は、誘電泳動を発生可能なように操作針の表面に形成されていることが好ましく、より好ましくは操作針の少なくとも先端部領域に形成されていることであり、さらに好ましくは導電線が接続できる範囲まで金属めっきされていることである。金属めっきは、電極材料となる導電性を有する金属を用いて行うことができる。めっきとしては、例えば、電解めっき、溶融めっき、拡散めっき、蒸着めっき、無電解めっき等が挙げられ、蒸着めっきとしては、物理蒸着、化学蒸着等が挙げられる。操作針の電極材料としては、例えば、導電性を有する金属が挙げられる。導電性を有する金属としては、例えば、Ag、Al、Au、Ni、Rh、Pd、Pt、Ti、W、Cu及びこれらの合金、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化スズ(SnO2)及び酸化亜鉛(AZO、GZO及びIZO)等が挙げられる。操作針の材質は、例えば、導電体、絶縁体が挙げられ、操作性の点から絶縁体が好ましい。絶縁体としては、ガラス、プラスチック、石英、シリコン等が挙げられる。
【0019】
[チャンバー]
本発明においてチャンバーとは、液体を保持可能な容器のことをいい、例えば、シャーレ、プレート、ビーカー等が挙げられる。本発明においてチャンバーの底面とは、チャンバーの底の面のうち液体を保持する側の面のことをいい、例えば、チャンバーに液体を充填して顕微鏡のステージに配置した場合、液体の下側に位置する面のことをいう。
【0020】
[操作針を用いた細胞の着脱]
本発明のマイクロマニピュレーション方法は、操作針に細胞を着脱させることを含む。本発明において操作針を用いた細胞の着脱とは、操作針に細胞を引き付けて保持(トラップ)すること及び保持した細胞を放つ(リリース)ことをいう。細胞のトラップは、例えば、細胞の把持、捕獲、捕集等を含む。細胞は、特に制限されず、例えば、動物細胞、植物細胞、真核細胞、原核細胞、細菌、微生物等が挙げられ、その他には、培養可能な組織、器官等であってもよい。細胞の大きさは特に制限されない。
【0021】
印加する電圧は、液体内に不均一な電界を生じさせることができる電圧であれば良く、例えば、交流電圧(正弦波、方形波等)等が挙げられる。従来は0.8〜10Vppの電圧を印加していたのに対し、本発明のマイクロマニピュレーション方法よれば、チャンバーの底面に配置された下部電極を使用するため、例えば、0.05〜5.0Vpp、0.1〜2.0Vpp、0.2〜0.5Vppであっても操作に十分な保持力を発揮する誘電泳動を発生させることができる。Vppとは、交流波形の最大値と最低値との差であり、例えば正弦波の場合、振幅のことをいう。
【0022】
[操作針を用いた細胞の移動]
本発明のマイクロマニピュレーション方法は、操作針を移動させることによって細胞を操作針と接触させることなく移動させる工程を含んでいても良い。本発明において操作針を用いた細胞の移動とは、誘電泳動によって細胞を引き付けながら操作針を移動させることによって、操作針と非接触の状態で細胞を移動させることを含む。
【0023】
[操作針を用いた細胞の選別]
細胞の誘電泳動は、例えば、印加する電圧の周波数によって変化する。このため、本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、例えば、印加する交流電圧の周波数を変化させることによって、操作針に特定の細胞のみを引き付けてトラップ、移動等の操作を行うことができる。したがって、本発明のマイクロマニピュレーション方法は、下部電極と操作針との間に交流電圧を印加する工程及び異なる周波数の交流電圧を印加して特定の細胞を操作針に選択的にトラップする工程を含んでいても良い。この方法は、細胞の選別方法ともいうことができる。このため、本発明は、その他の態様として、細胞を含む液体が保持されたチャンバーの底面に配置された下部電極と、操作針に形成された電極との間に交流電圧を印加する工程及び異なる周波数の交流電圧を印加して特定の細胞を操作針に選択的にトラップする工程を含む、細胞の選別方法を含む。
【0024】
[細胞融合]
本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、例えば、交流電圧を印加して細胞を複数個選択的に操作針にトラップした後、直流パルス電圧を印加することによって細胞を融合することができる。このため、本発明のマイクロマイクロマニピュレーション方法は、下部電極と操作針との間に交流電圧を印加して操作針に細胞をトラップする工程と、直流パルス電圧を印加することによってトラップした細胞を融合する工程とを含んでいても良い。この方法は、細胞の融合方法とも言うことができる。このため、本発明は、その他の態様として、細胞を含む液体が保持されたチャンバーの底面に配置された下部電極と、操作針に形成された電極との間に交流電圧を印加して操作針に細胞をトラップする工程と、直流パルス電圧を印加することによってトラップした細胞を融合する工程と含む、細胞融合方法を含む。
【0025】
[下部電極パターンによるマニピュレーション]
下部電極をパターン化電極とし、下部電極のみに電界を発生させることにより、例えば、不要な細胞又は残骸等を予め下部電極にトラップし、その後、必要な細胞のみを自由空間で操作針を用いてマニピュレーションを行うことができる。つまり、細胞の染色を行わない場合であっても、必要な細胞と不要な細胞とを区別し、必要な細胞のみを選択してマニピュレーションできる。このため、本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、例えば、細胞懸濁液中に不要な細胞等の不純物と目的とする細胞とが高密度で存在していても、マニピュレーションを阻害されることなく、必要な細胞のみを選択的にマニピュレーションでき、操作性の向上が可能である。下部電極パターンによるマニピュレーションにおける下部電極の形状は、不均一電界が加わるような電極形状であればよく、例えば、後述する図2B及びCに示す電極パターン等が挙げられる。
【0026】
また、誘電泳動挙動を観測することによって生体物質の活性を解析できることが知られている(例えば、特開2005−224171号公報参照)。このため、本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、必要な細胞のみを予め下部電極にトラップした後、例えば、誘電泳動挙動を観測すること等によりトラップした細胞の活性を解析し、高い活性を有する細胞のみを用いて細胞融合等のマニピュレーションを行うことができる。
【0027】
[誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス]
本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス(以下、「本発明のDEP−MMD」ともいう)は、チャンバーの底面に配置可能な下部電極と、電極を備える操作針と、前記下部電極と前記操作針に形成された電極との間に電圧を印加して不均一な電界を発生できる電源とを含む。本発明のDEP−MMDは、例えば、内部底面に下部電極を配置したチャンバーを顕微鏡のステージ上に配置し、操作針をマニピュレータに装着することによって使用できる。よって、本発明のDEP−MMDは、細胞を含む液体を保持可能なチャンバーであって上記下部電極を配置可能なチャンバー、顕微鏡及びマニピュレータの少なくとも一つをさらに含んでいても良い。本発明のDEP−MMDは、操作性が優れることから、例えば、熟練者でなくても、細胞のマイクロマニピュレーションを容易に行うことができる。つまり、本発明のDEP−MMDによれば、例えば、初心者であっても容易に細胞のマイクロマニピュレーションを行うことができる。本発明のDEP−MMDによれば、局所的な誘電泳動を発生できるため、例えば、より高い選択性で細胞のマイクロマニピュレーションを行うことができる。また、本発明のDEP−MMDによれば、例えば、操作針の電極と対向電極(下部電極)との距離を自由に設定できる。また、操作針の電極と下部電極との距離を従来よりも短縮することができることから、低い電圧であっても細胞融合が可能でき、細胞融合に必要な直流パルス電圧を低減することができる。このため、本発明によれば、例えば、安価、簡便なDEP−MMDを提供できる。
【0028】
電源は、下部電極と操作針に形成された電極との間に電圧を印加して不均一な電界を発生させることができる電源であればよく、例えば、交流電圧及び直流パルス電圧の少なくとも一方を印加する機能を有するファンクションジェネレータを使用できる。装置の小型化の点から、1台で交流電圧及び直流パルス電圧の双方を印加する機能を有するファンクションジェネレータを使用することが好ましい。
【0029】
本発明は、その他の態様として、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法又は本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスに用いる操作針であって、表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針を提供する。この操作針は、電極構造が従来よりも単純であることから、例えば、低価格での作製が可能となり、細胞の操作で重要となるディスポーザブル化において有利である。
【0030】
本発明は、さらにその他の態様として、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法又は本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスに用いるチャンバーであって、底面に下部電極が配置されたチャンバーを提供する。
【0031】
本発明は、さらにその他の態様として、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法に用いるキットであって、表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針と取扱い説明書を含むキットを提供する。本発明のキットは、チャンバーの底面に配置可能な下部電極、チャンバー及び底面に下部電極が配置されたチャンバーの少なくとも一つをさらに含んでいても良い。
【0032】
つぎに、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法及び誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスの一実施形態を、図1から3を用いて説明する。但し、本発明は以下の実施形態に制限されない。
【0033】
図1は、本発明の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスの構成の一例を概略的に示す図面であり、図2AからCは、下部電極のパターンの一例を示す図面であり、図3は、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法の一例を概略的に示す図面である。
【0034】
図1に示す誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス10は、操作針11、下部電極12及び電源14を有し、下部電極12は細胞20を含む液体を保持可能なチャンバー13の底面に配置されている。操作針11の先端部領域には電極16が形成されている。操作針11の先端部領域の電極16及び下部電極12は、導電線を介して電源14と接続されている。電源14としては、例えば、交流電圧を印加する機能と直流パルス電圧の印加する機能とを有するファンクションジェネレータを使用することができる。
【0035】
下部電極としては、例えば、1枚の四角形の平板電極12(図2A)、ストライプ状にパターン化された電極12(図2B)、凹状にパターン化された電極12(図2C)等が挙げられる。1枚の四角形の平板電極の場合、例えば、視認性及び操作性がさらに向上する。ストライプ状又は凹状にパターン化された電極の場合、例えば、操作の多様化及び汎用性が向上する。下部電極がストライプにパターン化された電極の場合、例えば、電極12の幅(X)は2〜100μmであり、電極12間の距離(Y)は2〜500μmとすることができる。また、複数の電極を配置して電極パターンを形成する場合、例えば、図2B及びCのように、2極以上にして切り換え可能なように電極12と電源14とを接続しても良い。
【0036】
図1に示す誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスを用いた細胞のマニピュレーションは、例えば、以下のようにして行うことができる。
【0037】
まず、チャンバー13に細胞20を含む液体15を充填する。細胞を含む液体としては、例えば、細胞懸濁液等が挙げられる。細胞懸濁液の溶媒としては、例えば、水、糖水溶液、糖アルコール水溶液、生理食塩水、各種バッファー、各種培養培地又はこれらを組み合わせた溶液等が挙げられる。
【0038】
つぎに、図3に示すようにチャンバー13を顕微鏡のステージ17に配置し、マニピュレータ19に操作針11をセットする。そして、操作針11の電極16と下部電極12との間に所定の電圧を印加する。図3では、対物レンズ18がチャンバー13の下部に位置する倒立顕微鏡を用いた例を示しているが、対物レンズがチャンバーの上部に位置する正立顕微鏡を使用しても良い。操作性の点から倒立顕微鏡を使用することが好ましい。
【0039】
操作針11の電極16と下部電極12との間に電極(図示せず)により交流電圧を印加すると、操作針11の先端部領域の電極16に電界が集中し不均一電界が生じる。この不均一電界によりチャンバー13内の細胞に対して誘電泳動力が発生する。誘電泳動力には、正の誘電泳動力と負の誘電泳動力とがある。細胞内部の分極量が細胞外部のそれよりも大きい場合、正の誘電泳動力が生じる。一方、細胞内部の分極量が細胞外部のそれよりも小さい場合、負の誘電泳動力が生じる。細胞に対して正の誘電泳動力が生じる場合は、細胞は電界強度の強い方向、すなわち、操作針11の電極16に引き寄せられる。一方、細胞に対して負の誘電泳動力が生じる場合は、細胞は電界強度の弱い方向、すなわち、下部電極12側に誘導される。誘電泳動力は、例えば、細胞の種類によって異なる。また、この誘電泳動力の大きさは、例えば、印加する交流電圧の周波数を変化させることによって制御することができる。このため、周波数を変化させることによって、特定の細胞のみを選択的に操作することができる。
【0040】
図4に、周波数に応じた誘電泳動特性の一例を示す。図4は、3−2H3細胞(生細胞及び死細胞)の周波数と誘電泳動速度との関係を示すグラフである。図4に示す誘電泳動速度は、電極間距離を300μmとして針電極とその対向電極である板状電極とを配置し、電圧20Vpp印加した時に針電極から100μmの位置にある細胞が針電極にトラップされるまでの時間を測定し、その時間及び細胞の泳動距離(100μm)とを用いて算出した(平均速度)。図4のグラフに示すように、周波数1から10MHzの交流電圧の場合、3−2H3細胞の生細胞の誘電泳動速度は130μm/s以上であるのに対し、死細胞の誘電泳動速度は略0μm/sである。このため、例えば、周波数1から10MHzの交流電圧を印加することによって、生細胞のみ選択的に捕集することができる。また、細胞の種類によって誘電泳動特性は異なるため、チャンバー内に複数種類の細胞が存在している場合であっても、例えば、個々の細胞の誘電泳動特性に応じて周波数を変化させながら交流電圧を印加することによって、目的の細胞のみを選択的に捕集することができる。
【0041】
また、操作針11の電極16と下部電極12との間に交流電圧を印加して操作針11に細胞20を捕集した後、操作針11の電極16と下部電極12との間に直流パルス電圧を印加することにより、例えば、捕集した細胞を融合させることができる。
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をさらに説明する。
【実施例1】
【0043】
(単一細胞マニピュレーション)
図1及び3に示す構成のマイクロマニピュレーションデバイスをして行った。ガラス製のキャピラリーの先端部領域の表面にITOを蒸着させて電極を形成した操作針を準備し、これをマニピュレータ19に装着した。ガラス製のシャーレ(直径:60mm)の底面に下部電極(ITO膜:25mm×25mm)を配置した。下部電極を配置したシャーレに3−2H3細胞(直径:約14μm)を含む懸濁液(8.5%スクロース、0.3%グルコース水溶液)を加え、これを顕微鏡のステージ18に配置した。操作針11の先端をシャーレ13内の細胞20に近づけ、下部電極12と操作針11の電極16との間に交流電圧(電圧:0.5Vpp、周波数:1MHz)を印加した。
【0044】
電圧を印加して不均一な電界を生じさせることによってシャーレ内の3−2H3細胞を操作針に着脱させる単一細胞のマイクロマニピュレーションの一例を図5AからDに示す。図5Aは電圧を印加する前の顕微鏡写真であり、図5Bは電圧を印加した後の顕微鏡写真であり、図5Cは電圧を印加した状態で操作針を移動させた後の顕微鏡写真であり、図5Dは電圧の印加を解消させた後の顕微鏡写真である。電圧を印加することによってシャーレ内の3−2H3細胞は操作針に引き寄せられ、細胞を簡単に捕獲することができた(図5B)。また、操作針に細胞を捕獲した後、電圧を印加した状態で操作針を移動させることによって、細胞を移動させることができた(図5C)。さらに、電圧の印加を解消することによって、操作針から細胞を簡単に放出することができた(図5D)。
【0045】
この結果から、シャーレの底面に配置された下部電極と操作針に形成された電極との間に電圧を印加することによって、操作針に細胞を着脱できることが確認できた。
【実施例2】
【0046】
(生細胞と死細胞との選択的マイクロマニピュレーション)
3−2H3細胞として生細胞及び死細胞を使用した以外は、実施例1で使用した操作針、下部電極及び電源等を使用した。死細胞は、死滅期の3−2H3細胞を使用した。操作針をシャーレの液体内に挿入し、下部電極と操作針の電極との間に交流電圧(電圧:2Vpp、周波数:10MHz)を印加した。電圧を印加して不均一な電界を生じさせることによってシャーレ内の生細胞のみを選択して操作針に捕集し、放出させる選択的なマイクロマニピュレーションの一例を図6AからCに示す。
【0047】
図6Aは電圧を印加する前の顕微鏡写真であり、図6Bは電圧を印加した後の顕微鏡写真であり、図6Cは電圧の印加を解消した後の顕微鏡写真である。図6AからCにおいて、内部が透明な細胞が生細胞であり、内部が半透明な細胞が死細胞である。電圧印加前は、シャーレ内に生細胞と死細胞とが散在している状態であったにも関わらず(図6A)、電圧を印加することによって生細胞のみが大量に操作針に引き寄せられ、生細胞のみを簡単、大量に捕集することができた(図6B)。また、捕集された生細胞は、電圧の印加を解消して操作針から放出しても凝集した状態を維持していた(図6C)。
【0048】
この結果から、下部電極と操作針に形成された電極との間に所定の周波数の電圧を印加することによって、特定の細胞のみを一括して操作針に捕集できることが確認できた。
【0049】
つぎに、周波数10MHzの交流電圧(電圧:2Vpp)を印加した後、周波数を1MHz、10MHz、1MHzに順次に切り替えて生細胞と死細胞との選択的な捕集を行った。生細胞と死細胞との選択的マイクロマニピュレーションの一例を図7AからCに示す。図7Aは周波数10MHzの電圧を印加した後の顕微鏡写真であり、図7Bは周波数を10MHzから1MHzに切り替えた後の顕微鏡写真であり、図7Cは周波数を1MHzから10MHzに切り替えた後の顕微鏡写真である。図7Bに示すように、周波数10MHzの電圧を印加して生細胞のみを捕集した後、周波数を10MHzから1MHzに切り替えることによって生細胞に加えて死細胞を捕集することができた。さらに、周波数を1MHzから10MHzに切り替えることによって捕集した細胞のうち、死細胞のみを放出することができた(図7C)。
【0050】
この結果から、印加する電圧の周波数を変化させることによって、特定の細胞のみを一括して操作針に着脱できることが確認できた。
【0051】
以上の結果から、本発明の細胞のマイクロマニピュレーション方法によれば、細胞の誘電泳動特性の違いを利用することによって、例えば、細胞の染色等を行わない場合であっても、目的の細胞のみを選別できるといえる。
【実施例3】
【0052】
(細胞の回収)
実施例1と同様にして、下部電極と操作針の電極との間に交流電圧(電圧:1Vpp、周波数:1MHz)を印加して細胞を操作針に捕集した。細胞吸引用キャピラリーをシャーレ内に挿入した。操作針の先端が吸引用キャピラリーの開口部に位置するように、電圧を印加した状態で操作針をシャーレ底面から0.5mm程度上方に移動させた。電圧の印加を解消すると同時に吸引用キャピラリーによる吸引を開始し、操作針に捕集した細胞を回収した。その様子の一例を図8AからCに示す。図8Aは電圧を印加後の顕微鏡写真であり、図8Bは操作針を移動させた後の顕微鏡写真であり、図8Cは細胞を回収する途中の顕微鏡写真である。操作針を不要な細胞がいない領域に移動させた後、細胞の吸引を行うことによって、捕集した細胞のみを回収することができた。
【0053】
この結果から、吸引用キャピラリーを組み合わせることによって捕集した細胞を簡単に回収できることが確認できた。したがって、本発明のマイクロマニピュレーション方法によれば、特定の細胞を選択的かつ簡単に回収できるといえる。
【実施例4】
【0054】
(電気的細胞融合)
3−2H3細胞懸濁液に替えてほうれん草葉肉のプロトプラストから形成したリポソームを含む懸濁液(0.7Mマンニトール水溶液)を使用した以外は、実施例1で使用した操作針、下部電極及び電源等を使用した。操作針をシャーレの液体内に挿入し、下部電極と操作針の電極との間に交流電圧(電圧:1Vpp、周波数:1MHz)を印加して操作針にリポソームを2つ捕獲した。ついで、下部電極と操作針の電極との間に直流パルス電圧(電圧:50Vpp、パルス幅:20μs)を1パルス印加し、リポソームを電気的に融合させた。その様子の一例を図9A及びBに示す。図9Aは直流パルス電圧を印加した直後の顕微鏡写真であり、図9Bは印加後約1分間保持した後の顕微鏡写真である。図9Bに示すように、操作針に直流パルス電圧を印加することによって電気的に細胞を融合できることが確認できた。
【0055】
この結果から、交流電圧の印加と直流パルス電圧の印加とを組み合わせることによって、任意の細胞を融合させることができるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、例えば、生化学、細胞工学、医療、食品、衛生検査等の幅広い分野で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、実施形態1のマイクロマニピュレーションデバイスの示す概略構成図である。
【図2】図2AからCは、下部電極の形状の一例を示す概略図である。
【図3】図3は、実施形態1のマイクロマニピュレーション方法を示す概略構成図である。
【図4】図4は、3−2H3細胞における周波数と誘電泳動速度との関係の一例を示すグラフである。
【図5】図5AからDは、実施例1における細胞のマイクロマニピュレーション(選択的トラップ)の一例を示す顕微鏡写真である。
【図6】図6AからCは、実施例2における細胞のマイクロマニピュレーション(選択的トラップ)の一例を示す顕微鏡写真である。
【図7】図7AからCは、実施例2における細胞のマイクロマニピュレーション(選択的トラップ)のその他の例を示す顕微鏡写真である。
【図8】図8AからCは、実施例3にける細胞のマイクロマニピュレーション(トラップ、回収)の一例を示す顕微鏡写真である。
【図9】図9A及びBは、実施例4における細胞のマイクロマニピュレーション(細胞融合)の一例を示す顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0058】
10・・・マイクロマニピュレーションデバイス
11・・・操作針
12・・・下部電極
13・・・チャンバー
14・・・電源
15・・・液体
16・・・電極
17・・・ステージ
18・・・対物レンズ
19・・・マニピュレータ
20・・・細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電泳動を用いた細胞のマイクロマニピュレーション方法であって、
細胞を含む液体が保持されたチャンバーの底面に配置された下部電極と、操作針に形成された電極との間に電圧を印加して前記液体内に不均一な電界を生じさせることにより、前記操作針に前記細胞を着脱させることを含む、細胞のマイクロマニピュレーション方法。
【請求項2】
前記操作針が、操作針の表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針又は針状の金属部材により形成された操作針である、請求項1記載の細胞のマイクロマニピュレーション方法。
【請求項3】
前記下部電極が、パターン化された電極である、請求項1又は2に記載の細胞のマイクロマニピュレーション方法。
【請求項4】
前記下部電極が、透明導電膜である、請求項1から3のいずれか一項に記載の細胞のマイクロマニピュレーション方法。
【請求項5】
チャンバーの底面に配置可能な下部電極と、
電極を備える操作針と、
前記下部電極と前記操作針に形成された電極との間に電圧を印加して不均一な電界を発生できる電源とを含む、誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス。
【請求項6】
さらに、細胞を含む液体を保持可能なチャンバーであって、前記下部電極を配置可能なチャンバーを含む、請求項5記載の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス。
【請求項7】
前記操作針が、操作針の表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針又は針状の金属部材により形成された操作針である、請求項5又は6に記載の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス。
【請求項8】
前記電源が、交流電圧及び直流パルス電圧の少なくとも一方を印加する機能を有するファンクションジェネレータである、請求項5から7のいずれか一項に記載の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイス。
【請求項9】
請求項1から4のいずれか一項に記載の細胞のマイクロマニピュレーション方法又は請求項5から8のいずれか一項に記載の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスに用いる操作針であって、表面に金属めっきにより形成された電極を備える操作針。
【請求項10】
請求項1から4のいずれか一項に記載の細胞のマイクロマニピュレーション方法又は請求項5から8のいずれか一項に記載の誘電泳動マイクロマニピュレーションデバイスに用いるチャンバーであって、底面に下部電極が配置されたチャンバー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−268376(P2009−268376A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−119872(P2008−119872)
【出願日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(508132447)株式会社アイワークス (1)
【Fターム(参考)】