説明

走査型プローブ顕微鏡用化合物半導体カンチレバー、及びその製造法

【課題】走査型プローブ顕微鏡での利用に適した、化合物半導体を素材とする新しい磁気特性、光学特性等をもつカンチレバーを高い歩留まりと信頼性で安価に製造する。
【解決手段】砒素系、アンチモン系、窒素系3−5族化合物半導体でビーム+チップ+台座を一体成型する方法で走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーを製造する。また、砒素系、アンチモン系、窒素系3−5族化合物半導体で一体成型したプローブ(チップ+ビーム+小台座)とセラミクス、ガラス、水晶で作製した大台座を複合化して走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は走査プローブ顕微鏡用の部品(カンチレバー)として利用する。特に、走査プローブ顕微鏡において、原子間力、静電気力、磁気力をビーム(梁)のたわみ、或いはビームの共振周波数、又は位相の変化として検出できるカンチレバーに関するものである。また特に、同じく走査プローブ顕微鏡においてチップ(探針)先端から発光できたり、或いはチップ先端で受光できたりするチップをもつカンチレバーに関するものである。さらに、特に各種センサーへの応用において、チップ、またはビームに修飾した吸着剤などにより気相中の物質や液相中の物質を吸着することによりビームのたわみ、または共振周波数が変化し、その物質のセンサーとして利用できるカンチレバーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、走査プローブ顕微鏡分野、或いはセンサー分野において用いられてきたカンチレバーはその殆どがシリコン、及びその関連材料(例えば、酸化シリコン、窒化シリコンなど)を素材とするものであった。(例えば、特許文献1等を参照)。
【0003】
これらのカンチレバーは、シリコン結晶からリソグラフィ技術とエッチング技術により一体成型で作られる場合が殆どのため、製造設備、装置が大型になり多品種少量生産には不向きで、製品としての精度、均一性、歩留まりを向上させることが困難であり、また一個当たりの製造コストも大きくなるという問題があった。
【0004】
また、シリコンを用いたカンチレバーはその素材故に、光信号、磁気信号などを効率良く扱ったり、検出したりするカンチレバーとしては必ずしも最適ではないという問題点があった。また走査プローブ顕微鏡分野、或いはセンサー分野の両方において、カンチレバーで得られた種々の微小信号を低雑音で直ちに増幅することもしばしば求められるが、その用途に供される微小信号増幅器自体の性能はシリコン素材よりも3−5族化合物半導体素材の方が優れているにも拘らず、シリコンを素材として用いる場合にはカンチレバーと当該化合物半導体増幅器をモノリシックで一体化できないという問題点があった。
【0005】
シリコン以外の半導体を用いたカンチレバーでは、光信号、磁気信号などを効率良く扱ったり、検出したりすることができ、光信号を扱う素子、磁気信号を扱う素子、前記増幅器などをその半導体自身で作製することができるため、カンチレバーとの一体化、複合化が容易である。これらのカンチレバーはシリコンの場合と同じく一体成型で作製可能であるが、特に化合物半導体の場合はその一体成型による製造技術が未確立であるという問題点があった。また前記製造技術が確立されても、化合物半導体原料のコストがシリコンと比べかなり高いためカンチレバーの製造コストも著しく高くなり、製品としての実用化に問題があった。(特許文献2を参照)
【特許文献1】特開平8−262039号公報
【特許文献2】特開平7−50323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような問題を解決する技術として本発明は、化合物半導体で一体成型したカンチレバー(チップ+ビーム+台座)、または化合物半導体で作製したプローブ(チップ+ビーム+小台座)とセラミクス等で作製した大台座を複合化して製造するカンチレバーを、高機能、又は多機能で高い精度、均一性、歩留まり、信頼性をもつ走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーとして安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための手段として、本発明では、砒素系、アンチモン系、窒素系3−5族化合物半導体でビーム+チップ+台座を一体成型する方法で走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーを製造する。
【0008】
また、本発明では、砒素系、アンチモン系、窒素系3−5族化合物半導体で一体成型したプローブ(チップ+ビーム+小台座)とセラミクス、ガラス、水晶で作製した大台座を複合化して走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーを製造する。台座を含む全体を一体成型するカンチレバー、またはプローブ(チップ+ビーム+小台座)の作製のための一体成型法においては、その化合物半導体の種類に応じた湿式(ウエット)、又は乾式(ドライ)エッチングを利用する。
【0009】
また、複合化タイプのカンチレバーの化合物半導体プローブ以外の大台座部は特殊なセラミクスにマイクロ機械加工を施すか、または、ガラス板、水晶版を切断加工して作製する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、化合物半導体を一体成型してカンチレバー(チップ+ビーム+台座)を形成する方法により、または化合物半導体で作製したプローブ(チップ+ビーム+小台座)とセラミクス等で作製した大台座を複合化する方法により、高精度、高均一で歩留まりの良い走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーを安価に製造・提供することが容易となる。
【0011】
また、カンチレバー全体(チップ+ビーム+台座)、またはプローブ(チップ+ビーム+小台座)を作製する半導体として、異方性エッチング技術を主とする半導体プロセス技術を応用すれば、様々な機能を示す各種化合物半導体を用いることが可能となり、高機能、又は多機能で高い信頼性をもつカンチレバーを安価に製造・提供することが可能となる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、走査型プローブ顕微鏡用化合物半導体カンチレバー及びについて、図面を参照して詳細に説明する。
【0013】
図1は本発明の実施形態を説明する図であり、化合物半導体を一体成型する方法で作製する走査プローブ顕微鏡用、又はセンサー用カンチレバーの構造、及び利用方法を示す。チップ1はビーム2、台座3とともに請求範囲記載の各種半導体からエッチング等を利用した一体成型法により作製される。
【0014】
走査プローブ顕微鏡応用では、台座3を用いて走査プローブ顕微鏡装置に固定しチップ1を試料表面に近づけて走査したとき(黒矢印)に受ける様々な力によりビーム2のたわみの大きさ、或いは固有振動数、又は位相の変化(赤矢印)により、表面の様々な物性を解析する。
【0015】
またセンサー応用では、台座3を用いてセンサー回路に固定、接続し、検出する物質がチップ1、またはビーム2に付着することによるビームの共振周波数が変化することにより検出する物質の定量を行う。
【0016】
図2は本発明の実施形態を説明するもう一つの図であり、プローブ(チップ+ビーム+小台座:赤色部分)を化合物半導体で作製し、大台座(水色部分)をセラミクスなどで作製して両者を複合化することにより製造する、走査型プローブ顕微鏡用、またはセンサー用化合物半導体・セラミクス複合カンチレバーの構造及び利用方法を示す。
【0017】
チップ1はビーム2、小台座4とともに請求範囲記載の各種半導体からエッチング等を利用した一体成型法により作製される。大台座5はセラミクス、またはガラス、または水晶を加工することにより作製され、一体成型されたプローブ(1+2+4)と大台座5は小台座4と大台座5を接着剤により張り合わせるか、または高温で液体化するガラス、或いは金属を間に挟んで圧着することにより複合化される。
【0018】
この複合化により完成されたカンチレバーは、図2中矢印に示すようにチップ1の先端を観察したい物質表面から一定の距離(縦矢印で示すような微小な振動も含む)をおいた平行平面内で走査し、それに伴う表面との各種相互作用力を検出することにより表面の解析を行う。
【0019】
相互作用力が原子間力、または摩擦力の時には絶縁性ホモ接合の半導体により作製したチップを用いる。
【0020】
相互作用が磁気的相互作用のときには、磁性半導体ホモ・ヘテロ接合により作製したチップを用いる。
【0021】
相互作用が光学的な場合には先端に発光機能、または受光機能をもたせたpn接合、又はヘテロ接合半導体チップを用いる。この場合、走査に付随して試料表面を光で局所的に照射したり、試料表面からの光信号を局所的に収集・検出できる。
【0022】
一方、センサーとしての応用では、特にチップ1、又はビーム2の(先端)部分に様々の物理的、化学的、又は生物関連の修飾を施すことにより、圧力、加速度、ガス、薬品、酵素、たんぱく質、DNAなどに対する高感度センサーとしての応用が期待できる。
【実施例】
【0023】
化合物半導体カンチレバー(チップ+ビーム+台座)を一体成型で作製する製造方法、及び化合物半導体・セラミクス複合カンチレバーのプローブ(チップ+ビーム+小台座)を一体成型で作製する製造方法を以下に説明する。
【0024】
図3は製造方法の第1の実施例を工程毎の断面図により示す。この実施例ではまず、半導体(基板)の両面にレジストを塗布し(図3a)、片面のレジストのみをチップ作製のためパターニングする(図3b)。この際のパターン形状は、円、または正方形としその直径、または一辺は約10~20ミクロンとする。
【0025】
化合物半導体として3−5属の材料を用い、特に正方形パターンを用いるときは、図4に示す図3bの上面図のようにパターンの方向をへき開方向から45度傾けて形成する。これにより、サイドエッチングの際等価な4つの面、(n11)面、が現れやすくなる。これにウエット、またはドライ方式の異方性エッチングを施し、先端の鋭い(即ち、アスペクト比が大きく曲率半径が小さい)チップを形成する(図3c)。
【0026】
このときエッチング速度はなるべく遅いことが必要であり、半導体がGaAsでウエットエッチングを用いる場合には、燐酸系のエッチャント(燐酸+過酸化水素水+水)が適している。このときの曲率半径の目標値は数10nm以下が望ましい。
【0027】
形成したチップを保護するため表面に再び厚膜レジストを塗布する(図3d)。
【0028】
次にその厚膜レジストをビーム形成のためパターニングする(図3e)。
【0029】
これに再度異方性エッチングを施してビームを形成する(図3f)。このときエッチングは比較的深い(数10μm)エッチングであるため、エッチング速度が速めのエッチングが望ましい。半導体がGaAsでウエットエッチングを用いる場合には、硫酸系のエッチャント(硫酸+過酸化水素水+水)が適している。
【0030】
ビーム形成の後表面のレジストは(チップ保護の役割ももつため)そのままにしておき、小台座形成のための裏面レジストのパターニングを行う(図3g)。
【0031】
この状態で3度目の異方性エッチングを裏面から行い小台座を形成する(図3h)。
【0032】
このとき長方形パターンを用いるときは、図5に示す図3gの裏面図に示すように、長手方向が<110>方向と平行に選ぶ。これにより深いエッチングを施したとき、サイドエッチングによるパターンの縮小が最低限に抑えられ、設計に近いサイズの(小)台座が得られる。この際はビーム形成時よりもさらに深い(数100μm)エッチングを行うためよりエッチング速度の早い方法が望ましい。半導体がGaAsでウエットエッチングを用いる場合には、この際もやはり硫酸系のエッチャント(硫酸+過酸化水素水+水, 但し相互の比率はビーム作製の場合のエッチャントと異なる)が適している。
【0033】
最後に表面・裏面のレジストを除去し、(小)台座をもつカンチレバー、又はプローブ(チップ+ビーム+小台座)が完成する(図3i)。後者(複合化カンチレバー)の場合には小台座の下面を利用して接着剤などによりセラミクス、又はガラス、又は水晶で作製した大台座に固定すれば、半導体・セラミクス複合カンチレバーが完成する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施形態を説明する図。
【図2】本発明のもう一つの実施形態を説明する図。
【図3】製造方法の実施例を示す図。
【図4】図3の一部(図3b)を補足説明する図
【図5】図3の一部(図3g)を補足説明する図
【符号の説明】
【0035】
1 チップ(探針)
2 ビーム(梁)
3 小台座
4 大台座
5 レジスト
6 半導体、又は、半導体関連材料
7 チップ用レジストパターン(マスキング)
8 ビーム用レジストパターン(マスキング)
9 小台座用レジストパターン(マスキング)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物半導体でプローブと台座を一体成型して形成されるカンチレバー。
【請求項2】
別々に作製されたプローブと台座を複合して形成されるカンチレバーで、化合物半導体で作製したプローブと、セラミクスで作製した台座を高精度に接着、又は接合することにより複合化して形成したカンチレバー。
【請求項3】
前記台座としてガラスで作製したものを用いて形成した請求項2記載のカンチレバー。
【請求項4】
前記台座として水晶で作製したものを用いて形成した請求項2記載のカンチレバー。
【請求項5】
前記化合物半導体として砒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzAs 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項6】
前記化合物半導体としてアンチモン系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzSb 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項7】
前記化合物半導体として窒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzN 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項8】
請求項5のカンチレバーで、砒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzAs 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)に金属を堆積して作製したショットキ接合を請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項9】
請求項5のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類の砒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzAs 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるpn接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項10】
請求項5のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類の砒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzAs 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるホモ・ヘテロ接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項11】
請求項6のカンチレバーで、アンチモン系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzSb 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)に金属を堆積して作製したショットキ接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項12】
請求項6のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類のアンチモン系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzSb 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるpn接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項13】
請求項6のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類のアンチモン系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzSb 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるホモ・ヘテロ接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項14】
請求項7のカンチレバーで、窒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzN 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)に金属を堆積して作製したショットキ接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項15】
請求項7のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類の窒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzN 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるpn接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項16】
請求項7のカンチレバーで、x、y、zの異なる2種類の窒素系3-5族化合物半導体(一般式InxGayAlzN 、x+y+z=1、0<x<1、0<y<1、0<z<1)の組合せによるホモ・ヘテロ接合を用いて形成した請求項1ないし4のいずれか記載のカンチレバー。
【請求項17】
請求項1ないし4のカンチレバーで、そのプローブのチップ部を燐酸、過酸化水素水。水を混合した1℃程度の低温エッチング液で湿式エッチングすることにより製造することを特徴とするカンチレバーの製造法。
【請求項18】
請求項1ないし4のカンチレバーで、そのプローブのビーム部、(小)台座部を硫酸、過酸化水素水。水を混合した室温程度のエッチング液で湿式エッチングすることにより製造することを特徴とするカンチレバーの製造法。
【請求項19】
請求項1ないし4のカンチレバーで、そのプローブのチップ部、(小)台座部を燐酸、過酸化水素水。水を混合した1℃程度の低温エッチング液で湿式エッチングし、そのプローブのビーム部を硫酸、過酸化水素水、水を混合した室温程度のエッチング液で湿式エッチングすることにより全体を製造することを特徴とするカンチレバーの製造法。
【請求項20】
請求項1ないし4のカンチレバーで、そのプローブのチップ部を燐酸、過酸化水素水、水を混合した1℃程度の低温エッチング液で湿式エッチングする際、そのマスクの1辺の方位を<100>方向と平行にして製造することを特徴とするカンチレバーの製造法。
【請求項21】
請求項1ないし4のカンチレバーで、そのプローブのビーム部、(小)台座部を硫酸、過酸化水素水、水を混合した室温程度のエッチング液で湿式エッチングする際、(小)台座部のマスクの1辺を<110>方向と平行にして製造することを特徴とするカンチレバーの製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−151673(P2008−151673A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−340694(P2006−340694)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)