説明

走査型プローブ顕微鏡

【課題】 定常状態であることを前提とせずに、散逸に関する値、あるいは散逸エネルギーに比例する値を計測できる。
【解決手段】 カンチレバー2の共振周波数に追随して励振を行う励振手段12と、カンチレバー2の先端の探針の変位を検出する変位検出器10と、変位検出器10からの信号から振幅を逐次得る振幅検出器20と、振幅の時間差分値を得る差分値検出器21と、時間差分値間の商の値を得る割り算器22と、商の値の対数値を得る対数変換器23と、対数値を差分時間で割った値を求めて散逸に関する値を得る第二の割り算器24と備えるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンチレバーの共振周波数に追随して励振を行う励振手段とカンチレバー先端の探針の変位を検出する手段を有する走査型プローブ顕微鏡に関し、特に、散逸に関する物理量を測定する走査型プローブ顕微鏡や散逸量を探針・試料間の距離制御に用いることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡の代表的な一つとして、カンチレバーを曲げ共振させ、その先端の探針と試料との相互作用により生ずる共振周波数の変化が一定となるよう探針と試料との間の距離を制御する原子間力顕微鏡(AFM)の方法、装置が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかし、一般的に利用される通常のAFM(探針変位の振幅の変化により探針-試料間の相互作用を検出して、探針-試料間の距離を制御する方法)は、真空中においてはカンチレバーの共振のQ値が巨大となるため、探針変位の応答時間が長大となり、使用が難しくなるという問題があった。
【0004】
これに対する解の一つとして、周波数変調型原子間力顕微鏡(FM-AFM)が考案されている(例えば、特許文献1参照)。このFM-AFMでは周波数偏移を一定とするような探針-試料間の距離制御を採用することにより、真空中のように大きなQ値を持つ場合でもAFM測定を可能としている。
【非特許文献1】T.R.Albrecht et al., “Frequency modulation detection using high-Q cantilevers for enhanced force microscope sensitivity”, J.Appl.Phys. 69, 668 (1991),(page 670)
【特許文献1】特開2003-185555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、FM-AFMの通常の条件下では、カンチレバーの振動が定常になるまでに要する時間τQは〜100msecほどであり、通常、探針の走査各点における滞在時間τが〜1msecであるから、探針の変位、あるいは振幅はほとんどいつも遷移過程にあり、従って定常状態を前提とする従来の散逸測定方法は正しい結果を与えないし、その適用も遷移過程にある振幅への帰還制御を伴うことから困難となっている。
【0006】
本発明は、そのような遷移過程であっても散逸に関する値を計測できる走査型プローブ顕微鏡を提供し、また測定された散逸に関する値を探針・試料間の距離制御に用いた走査型プローブ顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明では、カンチレバーの共振に追随する励振手段により励振した探針の変位を計測し、次のような計算過程を経ることで、遷移過程における散逸に関する値を得る。すなわち探針変位の振動振幅Aj+1、A、Aj−1.....を逐次測定し、それらの差分値Aj+1−A、A−Aj−1、差分値の比(Aj+1−A)/(A−Aj−1)を計算し、その比の対数と差分時間Δtの比を得て共振の散逸に関する値ζを計算する。すなわちζは次式で得られる。
【0008】
ζ=ln{(Aj+1−A)/(A−Aj−1)}/Δt
ここにζ=ω/2Qであり、ωは共振周波数、Qはカンチレバーの共振のQ値、また、jは時刻列を表すサフィックスである。ζは定常状態へ向かう遷移過程のレート定数、あるいは遷移過程の時定数の逆数である。
【0009】
本発明の走査型プローブ顕微鏡によれば、探針の振動が定常状態であることを前提としないで、散逸に関する値ζを計測できる。従って、弾性項で決まる共振周波数の偏移と、散逸に関する値ζを同時に計測することができる。
【0010】
また、本発明の走査型プローブ顕微鏡によれば、探針の振動が定常状態であることを前提としないで、散逸に関する値ζを計測でき、これと共振に追随している周波数ωの値を用い、これらの比ζ/ωとして散逸エネルギーに比例する散逸値を得ることができる。
【0011】
探針と試料との間の距離を制御する手段を備え、該手段により散逸に関する値または散逸エネルギーに比例する散逸値に基づいて探針と試料との間の距離は制御されるようにした。
【発明の効果】
【0012】
本発明の走査型プローブ顕微鏡によれば、定常状態であることを前提とせずに、散逸に関する値、あるいは散逸エネルギーに比例する値を計測できる。また、走査点それぞれで、定常状態に達するまでの時間を待たずに散逸に関する値あるいは散逸値を計測でき、共振周波数の計測も同時に行えるなど多様な情報を効率的に収集できる。
【0013】
また、本発明の走査型プローブ顕微鏡によれば、計測された散逸値を用いて試料・探針間の距離制御を行うことにより、新たな物性の可視化が行える。この新たな物性は、探針・試料間で散逸するエネルギーを一定としたときの試料表面弾性率の情報を与える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(第1の実施形態)
本発明に係る第1実施形態の走査型プローブ顕微鏡を図1に示すブロック図を用いて説明する。試料1の表面を測定するための先端に探針を備えたカンチレバー2が試料1に対向して配置されている。カンチレバーは、カンチレバー励振器12により設定された周波数で振動させられる。そして、カンチレバー2の先端部の変位すなわち探針の振動の変位を検出する変位検出手段は、いわゆる光てこ方式と呼ばれる方法である、光源(図示せず)からのレーザ光がカンチレバー2で反射され、変位検出器10に入射し強度差などから検出されるものである。そして、原子間力や接触などの探針と試料間の相互作用によりカンチレバーの振幅が変位し、その変位を変位検出器10でその変位を検出することができるものである。変位検出器10から出力された変位信号は、移相器および増幅器から成る正帰還増幅器11を経て正帰還信号がカンチレバー励振器12に供給される。この帰還ループによりカンチレバーの振動は共振状態に保たれ、探針と試料間の相互作用の変化を共振状態(共振周波数とQ値)が追尾する。さらに、変位検出器10から出力された変位信号は周波数検出器13に供給され、カンチレバーの共振周波数が検出される。この周波数信号の設定周波数spとの差を誤差増幅器14で算出されて増幅し、試料のz変位(図1で上下方向)を担う移動手段となるピエゾ素子3に負帰還して、ピエゾ素子3を変位させることにより探針と試料間距離が制御される。
【0015】
本発明では、変位検出器10の出力である変位信号は振幅検出器20により振幅を逐次検出され、逐次検出された探針変位の振動振幅Aj+1、A、Aj−1.....から差分値検出器21によりそれらの差分Aj+1−A、A−Aj−1を検出し、さらに割り算器22により差分値の比(Aj+1−A)/(A−Aj−1)を検出し、対数変換器23によりその比の対数を検出し、さらに第二の割り算器24により差分時間Δtとの比を検出して共振の散逸に関する値ζを得る。すなわちζは次式で得られる。
【0016】
ζ=ln{(Aj+1−A)/(A−Aj−1)}/Δt
なお、逐次検出される振幅は、デジタル化されることが好ましく、このデジタル化された振幅データをコンピュータあるいはデジタルシグナルプロセッサ(DSP)に取り込み、以後の、時間差分値、時間差分値間の商、商の対数、差分時間との比などを求める一連の演算をコンピュータ内あるいはDSP内において実時間で行うのが好ましい。当然のことながら、利用できる限り長ビットデータを用い、演算は高精度で行うことが望ましいのは言うまでもない。
【0017】
また、探針の振動振幅Aは、探針の変位信号をデジタル化し該信号の位相と同期して加算、減算によりデジタル的に得た値であっても良いし、該変位信号を検波し、次に低域濾波器による平均を行って得ても良い。また、振幅を逐次、複数の周期にわたって平均処理することは信号/雑音比の改善のために大変好ましい。
【0018】
尚、試料表面と探針を相対的に移動させるXYステージなどの走査機構を備えて、探針や試料を走査して散逸に関する値ζを測定して、それを画像化する画像装置25を備えても良い。
(第2の実施形態)
本発明に係る第2実施形態の走査型プローブ顕微鏡を図2に示すブロック図を用いて説明する。なお、第1実施形態と共通の点について説明は省略する。
【0019】
図2では、周波数誤差による制御の代わりに、第二の割り算器24から出力された散逸に関する値ζを信号変換器26でデジタルアナログ変換し、周波数の設定値spとの差を誤差増幅器14により増幅して試料のz変位を行う移動手段となるピエゾ素子3に帰還することにより、探針と試料間の距離を制御している。
【0020】
すなわち、第2の実施形態は、散逸に関する値を一定とするように探針と試料間の距離を制御する、擬散逸制御型の走査型プローブ顕微鏡であると言える。
【0021】
もちろん、図2には示していないが、ピエゾ素子への帰還電圧に比例する値や周波数検出器13からの共振周波数ωの測定値を収集・保存・表示する手段として、アナログデジタル変換器(ADC)、デジタルアナログ変換器(DAC)、あるいはDSP、コンピュータ、ディスプレイなどを備えていることが望ましい。
(第3の実施形態)
本発明に係る第3実施形態の走査型プローブ顕微鏡を図3に示すブロック図を用いて説明する。なお、第1の実施形態や第2の実施形態と共通の点については説明は省略する。
【0022】
図3では、散逸に関する値ζの計算値を電気信号に変換する変換器26と、その出力であるζ信号と周波数検出器13からのω信号を用いてζ/ωの割り算を行う第三の割り算器27を備え、第三の割り算器27の出力を設定値spと比較し誤差増幅を行って、その出力をピエゾ素子3に供給し、もって探針・試料間の距離を制御している。
【0023】
すなわち、第3の実施形態は、散逸エネルギーを一定とするように探針・試料間の距離を制御する、散逸制御型の走査型プローブ顕微鏡であると言える。
【0024】
もちろん、共振周波数ωと散逸に関する量ζのデジタル値をコンピュータあるいはDSPに取り込み、ζ/ωの割り算、およびその結果と設定値spとの比較・誤差検出をコンピュータ内あるいはDSP内で行い、その結果のデジタル値をDACでアナログ値に変換し、増幅器を介してピエゾ素子3に供給することにより、探針・試料間の距離を制御してもよい。
【0025】
また、共振しているカンチレバーの振幅を逐次計測する振幅検出器20は、共振の複数の周期にわたり変位信号を検波して低域濾波器を通すアナログ回路を含んでいても良い。さらには、このアナログ回路の出力をデジタル化し、コンピュータあるいはDSPに入力し、時間差分値、時間差分値間の商、商の対数、差分時間との比などを求める一連の処理をコンピュータあるいはDSPによって行っても良い。
【0026】
また、図3には示していないが、ピエゾ素子への帰還電圧に比例する値、散逸に関する値ζ、共振周波数値ωなどを収集・保存・表示する手段として、ADC、DAC、あるいはDSP、コンピュータ、ディスプレイなどを備えていることが望ましい。
(第4の実施形態)
本発明の第4の実施形態を、図4を用いて説明する。なお、第3の実施形態と共通の点については省略する。
【0027】
図4では、第3の実施形態においてさらに次のような走査を行うよう制御している。すなわち、走査点において探針を試料面に接近させ、ζ/ωがspと同じ値になった探針・試料間距離で探針の位置(ピエゾ素子への印加電圧)を測定し、次に探針を試料上空に引き上げる。そして、この一連の走査を、走査点を移動しながら繰り返す。このようにして収集された各走査点での探針位置情報を画像化する走査型プローブ顕微鏡となっている。
【0028】
もちろん、探針の接近や引き上げのプロセスにおいてもカンチレバーの共振の周波数ωおよび散逸に関する値ζは計測できる構成となっているので、これらを収集、表示することが望ましい。
【0029】
また、本実施形態は、第3の実施形態に上記走査方式を組み合わせたものであるが、第3の実施形態の代わりに第1の実施形態もしくは第2の実施形態を組み合わせてもよい。
【0030】
例えば、第2の実施形態を組み合わせた場合は、散逸に関する値ζが設定値spと同じ値になった探針・試料間距離で探針の位置(ピエゾ素子への印加電圧)を測定し、画像化する構成となる。
【0031】
本実施形態では、上記走査方式を組み合わせることにより、探針の試料への吸着や探針と試料の衝突などといった、計測を阻害する物理的な要因を取り除くことができる。従って、第1乃至第3の実施形態に比して、より本願発明の顕著な効果が得られる構成となっている。
【0032】
以上、図を用いて実施形態について説明したが、本発明の範囲はこの実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更なども含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡を示すブロック図である。
【図2】本発明の第2の実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡を示すブロック図である。
【図3】本発明の第3の実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡を示すブロック図である。
【図4】本発明の第4の実施形態に係る走査型プローブ顕微鏡を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0034】
1. 試料
2. カンチレバー
3. ピエゾ素子
10.変位検出器
11.正帰還増幅器
12.カンチレバー励振器
13.周波数検出器
20.振幅検出器
21.差分値検出器
22.割り算器
23.対数変換器
24.第二の割り算器
25.画像装置
26.デジタルアナログ変換器
27.第三の割り算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンチレバーの共振周波数に追随して励振を行う励振手段と、
カンチレバー先端の探針の変位を検出する変位検出手段を有する走査型プローブ顕微鏡において、
該変位検出手段の変位検出器からの信号の振幅を逐次得る振幅検出器と、
該振幅の時間差分値を得る差分値検出器と、
該時間差分値間の商の値を得る割り算器と、
該商の値の対数値を得る対数変換器と、
該対数値を差分時間で割った値を求めて散逸に関する値を得る第二の割り算器と、を有することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項2】
カンチレバーの共振周波数に追随して一定の励振を行う励振手段と、
カンチレバー先端の探針の変位を検出する変位検出手段を有する走査型プローブ顕微鏡において、
該変位検出手段からの信号から振幅を逐次得る手段と、
複数の周期における該振幅を平均化して平均振幅を得る手段と、
該平均振幅の時間差分値を得る手段と、
該時間差分値間の商の値を得る手段と、
該商の値の対数値を得る手段と、
該対数値を差分時間で割った値を求めて散逸に関する値を得る第二の割り算器と、を有することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項3】
前記第二の割り算器により求めた前記散逸に関する値を電気信号に変換する変換器と、前記変位検出器からの変位信号から前記カンチレバーの共振周波数を検出する周波数検出器と、を備え
前記変換器で得られた散逸に関する値に対応する信号と、前記周波数検出器から得られる共振周波数の値との比から散逸値を求める第三の割り算器を備えたことを特徴とする請求項1乃至2記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項4】
前記探針を試料表面に平行なX、Y方向および該試料表面に垂直なZ方向に、該試料表面に対して相対的に走査する走査手段と、
該探針が該試料表面に近接又は接触した時点における計測データを取得する計測手段と、
前記X、Y方向の走査及び前記Z方向の走査を制御する制御手段とを有し、
該制御手段は、前記探針が前記X,Y方向の走査によって計測位置に達したときに、該X,Y方向の走査を停止すると共に前記試料表面に接近する前記Z方向への走査を行い、
該計測手段は、該Z方向への走査によって該探針が該試料表面に近接又は接触した時に、その時点における計測データを取得することを特徴とする、請求項1乃至3記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項5】
前記散逸に関する値を用いて探針・試料間の距離を制御する手段を有することを特徴とする、請求項1乃至3記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項6】
前記散逸値を用いて探針・試料間の距離を制御する手段を有することを特徴とする、請求項1乃至3記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項7】
前記散逸に関する値または前記散逸値を画像化する画像装置を有することを特徴とする、請求項1乃至6記載の走査型プローブ顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−51554(P2008−51554A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−225729(P2006−225729)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)