説明

走査型X線顕微鏡および走査型X線顕微鏡像の観察方法

【課題】生体物質や有機物質などの極めて脆弱な試料に対してもダメージを与えることなく、その形態や3次元構造を、簡便且つ高分解能に観察し得る手法を提供すること。
【解決手段】
本発明では、例えば直径1nm程度に収束させた電子線を、観察試料を支持する観察試料支持部材に比較的低加速電圧で入射させて該観察試料支持部材からX線を発生させ、電子線入射側とは反対側に配置された検出器によりX線を検知する。そして、電子線の入射位置を観察試料支持部材上で走査させてX線画像を形成する。上述の手法で検知されるX線は、概ね、観察試料支持部材内での入射電子の拡散範囲内の領域から放出されることとなり、当該入射電子の拡散範囲を数nm程度に制御すれば、得られる走査型X線顕微鏡像の分解能は、従来の手法の理論的限界とされていた10nm以下とすることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は走査型X線顕微鏡および走査型X線顕微鏡像の観察方法に関する。より詳細には、生体物質や有機物質などの極めて脆弱な試料に対してもダメージを与えることなく、その形態や3次元構造を、簡便且つ高分解能に観察し得る手法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物物質や有機物質等の極めて脆弱な試料の形態観察には、主として、光学顕微鏡や電子顕微鏡が用いられている。光学顕微鏡はプローブとして可視光を用いているため、溶液中の観察試料をそのままの状態で観察可能であるという利点がある。しかし、その分解能は用いられる可視光の波長により決まるため、一般には0.2μm程度と低く、ウィルスやタンパク質等の微細な試料の直接観察には適用することができない。
【0003】
一方、電子顕微鏡の分解能は数Åと極めて高いが、2次電子の発生効率を上げるための染色や、チャージアップを防止するためのコーティングといった処理が必要となる。加えて、一般的な観察条件では、電子線の照射によりウィルスやタンパク質等はダメージを受けて破壊される虞があるため、照射電子線量を低くして観察する必要がある。しかし、低照射電子線量条件下で得られる撮影画像は、ノイズが高くコントラストが低いものとなり易い。このため、かかる電顕画像から正確な試料構造を解析するためには、様々な画像処理技術を駆使しなければならない。
【0004】
近年、X線をプローブとして用いるX線顕微鏡の開発が進められてきている(例えば、非特許文献1)。これは、波長がX線と紫外線の間にある軟X線は、透過力と物質との相互作用力の双方を併せもつことのほかに、下記のような、生体観察に有利な特質があるためである。
【0005】
具体的には、2.3〜4.4nmの波長範囲の軟X線は、生体を構成する物質の吸収係数の差が大きく、水は透過する一方、炭素や窒素に良く吸収されるためにタンパク質などは透過しにくいという特性を有する。このような波長領域は「水の窓」と呼ばれるが、「水の窓」領域のX線を用いると、水分を含んだ対象物(生体試料や溶液中の試料)をそのままの状態で観察することが可能となることに加え、波長は可視光よりも短いために、光学顕微鏡以上の高分解能観察が可能である。
【0006】
X線顕微鏡は、主として、ゾーンプレート等の集光系を用いてX線ビームを細く絞って試料に照射する方法(集光系)と、点光源からのX線ビームを試料に照射する方法(点光源系)に分類される。
【0007】
点光源を用いる方法は、レーザーによりX線を発生させる方法と、電子線でX線を発生させる方法とに分類され、当該方法のX線顕微鏡の分解能は、現状で30nm程度とされており、更なる高分解能化のための開発が進められている。
【0008】
また、集光系のX線顕微鏡は、照射透過型のものと走査透過型のものとに分類され(非特許文献2)、集光系X線顕微鏡の分解能はゾーンプレートの加工精度に依存し、理論的限界は10〜15nm程度と予想されている(非特許文献3)。
【0009】
このようなX線顕微鏡は、試料からの透過情報を得ることができるため、観察試料を様々な角度に傾斜乃至回転させて撮影することにより、3次元構造を再構成することが可能である。
【0010】
このような利点を有するX線顕微鏡であるが、下記のような問題点もある。ゾーンプレート等を用いる集光系のX線顕微鏡観察では、X線の集光効率が20%程度と低いため、鮮明な像を高分解能で得るためには極めて強いX線が必要となる。このため、高分解能観察のためには、放射光施設などの大規模な研究施設が必須となる。また、観察像の分解能は概ねゾーンプレートの集光径程度のものとなるが、一般的に市販されているゾーンプレートの集光径は精々50nm程度のものに限られるため、高分解能化が制約されてしまう。さらに、理論的な集光限界も10〜15nm程度と予想されており(非特許文献3)、この程度の分解能ではタンパク質等の試料の微細構造を観察することは困難である。
【0011】
また、点光源を用いるX線顕微鏡の分解能は30nm程度であり、これ以上の分解能を達成することは原理的に困難とされている。
【0012】
さらに、従来のX線顕微鏡観察によって試料の3次元構造を得るためには、観察試料を様々な角度から複数回撮影する必要があるため、生体物質や有機物質などの極めて脆弱な試料の3次元構造を得る場合には、X線によるダメージが深刻なものとなる。
【0013】
【非特許文献1】真島秀明ほか「細胞をX線顕微鏡で見る」Medical Imaging Technology, Vol. 17, No.3 p.211-216 (1999).
【非特許文献2】Chris Jacobsen "Soft x-ray microscopy" Trend in Cell Biology, Vol. 9, p.44-47 (1999).
【非特許文献3】W. Chao et al., "Soft X-ray microscopy at a spatial resolution better than 15 nm" Nature, Vol. 453, p.1210-1213 (2005).
【非特許文献4】T.Ogura "A high contrast method of unstained biological samples under a thin carbon film by scanning electron microscopy" Biochem. Biophys. Res. Commun. Vol.377, p79-84 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、生体物質や有機物質などの極めて脆弱な試料に対してもダメージを与えることなく、その形態や3次元構造を、簡便且つ高分解能に観察し得る手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の課題を解決するために、本発明の走査型X線顕微鏡は、観察試料支持部材を保持する試料ホルダと、前記観察試料支持部材に電子線を収束させて入射する電子銃と、該電子線の走査機構部と、前記電子線入射に伴い前記観察試料支持部材から発生するX線を検知するX線検出器と、該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、を備えている。
【0016】
本発明の走査型X線顕微鏡は、前記X線検出器を複数備え、該複数のX線検出器は、前記観察試料支持部材に支持される観察試料を異なる方向から望む位置に配置されている態様とすることができる。
【0017】
また、本発明の走査型X線顕微鏡は、前記信号処理部は、前記複数のX線検出器からのX線検出信号に基づいて、3次元のX線画像を形成する画像処理手段を備えている態様とすることもできる。
【0018】
さらに、本発明の走査型X線顕微鏡は、前記電子線入射に伴い観察試料から発生する2次電子を検知する電子線検出器を備え、前記信号処理部により、該2次電子線の検出信号に基づく2次電子線画像を形成する態様とすることもできる。
【0019】
なお、必要に応じ、前記試料ホルダの走査機構部をさらに備える構成としてもよい。
【0020】
本発明に係る走査型X線顕微鏡像の観察方法では、観察試料支持部材の裏面側に観察試料を支持し、前記観察試料支持部材の表面側から収束させた電子線を走査させて入射して該観察試料支持部材からX線を発生させ、前記観察試料支持部材の裏面側に配置された検出器により前記X線を検知してX線画像を形成する。
【0021】
本発明に係る走査型X線顕微鏡像の観察方法の別の態様では、前記観察試料支持部材に対向させて第2の観察試料支持部材を設け、該2つの観察試料支持部材の間に溶液と一緒に観察試料を挟み込んで支持する。
【0022】
これらの観察方法は、前記検出器を、前記観察試料支持部材に支持された観察試料を異なる方向から望む位置に複数配置し、該複数の検出器からの検知信号を処理して3次元のX線画像を形成する態様とすることもできる。
【0023】
好ましくは、前記観察試料支持部材には、カーボン膜や窒化シリコン膜を用いる。
【発明の効果】
【0024】
本発明では、例えば直径1nm程度に収束させた電子線を、観察試料を支持する観察試料支持部材に比較的低加速電圧で入射させて該観察試料支持部材からX線を発生させ、電子線入射側とは反対側に配置された検出器によりX線を検知する。そして、電子線の入射位置を観察試料支持部材上で走査させてX線画像を形成する。上述の手法で検知されるX線は、概ね、観察試料支持部材内での入射電子の拡散範囲内の領域から放出されることとなり、当該入射電子の拡散範囲を数nm程度に制御すれば、得られる走査型X線顕微鏡像の分解能は、従来の手法の理論的限界とされていた10nm以下とすることが可能となる。
【0025】
このような走査型X線顕微鏡は、通常の走査型電子顕微鏡(SEM)内にX線検出器を新たに設けることにより実現可能であるから、放射光施設などの大規模な研究施設を必要としない。
【0026】
また、入射電子の拡散範囲からは様々な方向にX線が放射されるため、X線検出器を複数個、様々な位置や角度で設置することで、その角度に依存した傾斜画像を得ることが可能となる。このため、1回の走査で多数の傾斜画像が得られ、これらの傾斜画像に基づいて3次元のX線画像を得ることが可能であることに加え、観察試料へのダメージが顕著に軽減される。
【0027】
さらに、観察試料を支持する部材としてカーボン膜や窒化シリコン膜を用いると、電子線入射により炭素や窒素の特性X線が放出されることとなるが、当該特性X線の波長はいわゆる「水の窓」内にあり、水分を含んだ対象物(生体試料や溶液中の試料)をそのままの状態で観察することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る走査型X線顕微鏡の構成例を説明するためのブロック図である。
【図2】X線フォトダイオードにより検知されたX線の検出信号の様子を概念的に説明するための図である。
【図3】X線検出器であるX線フォトダイオードを複数備えた走査型X線顕微鏡の構成例を説明するための図である。
【図4】試料支持膜上での電子線の走査距離(X)と、異なる角度で配置されたX線フォトダイオードにおけるそれぞれの「走査距離」(X’、X”)の違いを示した図である。
【図5】図3に示した構成例の走査型X線顕微鏡に設けられている3つのX線フォトダイオードで検知された信号に基づいてそれぞれの角度補正後の画像データを求め、これらの画像データに基づいて対象試料の3次元構造を求めるプロセスを概念的に説明するための図である。
【図6】試料支持膜に対向させてもう一つの試料支持部材を設け、これら2つの試料支持部材の間に溶液と一緒に試料を挟み込んで支持した様子を示す図である。
【図7】実施例1を説明するためのISEC画像(図7A)およびX線画像(図7B)である。
【図8】実施例2を説明するためのISEC画像(図8A)およびX線画像(図8B)である。
【図9】実施例3を説明するためのX線画像であり、X線フォトダイオードの配置位置は、それぞれ、図9Aはθ=30°、図9Bはθ=90°である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、図面を参照して、本発明のX線顕微鏡およびその観察方法について説明する。
【0030】
図1は、本発明に係る走査型X線顕微鏡の構成例を説明するためのブロック図で、走査型電子顕微鏡(SEM)内にX線検出器を設けた構成例を図示している。したがって、この走査型X線顕微鏡は、SEM機能も併せもつことが可能である。
【0031】
図1に示した構成例の走査型X線顕微鏡は、観察試料支持部材である試料支持膜(11)を保持する試料ホルダ(12)と、試料支持膜(11)に電子線を収束させて入射する電子銃(13)と、電子銃(13)から出射する電子線を走査させる信号(走査信号)を生成する回路部(14)と、当該回路部(14)からの走査信号に基づいて電子線を走査させるための偏向コイル(15)と、入射電子線によって試料支持膜(11)内で発生するX線を検知するX線フォトダイオード(16)と、X線フォトダイオード(16)の検出信号を増幅する増幅器(17)と、該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成するX線画像処理PC(18)を備えている。
【0032】
生体の観察対象である試料(10)は、薄いカーボン膜や窒化シリコン膜の試料支持膜(11)の下面(裏面)に付着させることで支持されている。なお、試料支持膜(11)を保持する試料ホルダ(12)は、走査機構部(不図示)により、XY平面内での移動が可能である。
【0033】
試料支持膜(11)の上面(表面)からは、低加速電圧の電子線が照射され、入射電子は試料支持膜(11)の内部で拡散しながら広がり、試料支持膜(11)の下面付近に到達する。このときの電子線の加速電圧は、試料支持膜(11)に入射した電子が該試料支持膜(11)をほとんど透過せず、且つ、試料支持膜(11)の下面に到達する程度の低加速電圧に調整されている。
【0034】
このような加速電圧とした場合には、試料支持膜(11)の下面からは、試料支持膜(11)内で発生したX線及び低エネルギの2次電子のみが放出され、入射電子線(1次電子)の試料支持膜(11)外への放出はほとんどなくなる。このため、試料支持膜(11)の下面に付着している試料(10)に対して1次電子がダメージを与えることを回避することができる。
【0035】
試料支持膜(11)の下面から放出されたX線及び2次電子は、試料(10)が付着している部位では少なくともその一部が吸収される一方、その他の部位ではそのまま透過することとなる。
【0036】
図2は、X線フォトダイオード(16)により検知されたX線の検出信号の様子を概念的に説明するための図である。試料支持膜(11)の下方に配置されているX線フォトダイオード(16)は透過してきたX線を検知し、増幅器(17)で増幅されたX線の検知信号は、走査回路部(14)から走査信号を受信するデータレコーダ(19)に送られて記録され、この検知信号(および走査信号)に基づいてX線画像処理PC(18)によりX線画像が形成される。
【0037】
上述したとおり、電子銃(13)から出射する電子線は、偏向コイル(15)により試料支持膜(11)上の所望の範囲を走査可能であるから、X線フォトダイオード(16)で検知されるX線の強度は、試料(10)の付着領域では相対的に弱く、その他の領域では相対的に強くなり、X線画像処理PC(18)により形成されるX線画像には、試料(10)の形状や構造等の情報を含む「コントラスト」が生じることとなる。
【0038】
図1に示した構成例では、試料支持膜(11)の下横方向に、2次電子を集電させるための金属製メッシュ(20)を設け、これにプラスの電圧(+V)を加えている。これは、試料支持膜(11)下面から放出される2次電子がX線フォトダイオード(16)によって検知されてノイズとなることがないように横方向に集電するため、及び、2次電子検出器(21)への集電を容易にするためのものである。
【0039】
2次電子検出器(21)により検知された信号は信号処理部でもあるコントロールPC(22)に送られ、この信号に基づいて、間接2次電子コントラスト(ISEC)画像(2次電子線画像)を形成することができる。なお、間接2次電子コントラスト(ISEC)画像は、生物試料を非染色のまま観察することが可能である(非特許文献4)。
【0040】
なお、上記構成例では、X線検出器としてX線フォトダイオードを例示したが、X線に対する感度を有する他の検出器も使用可能である。
【0041】
本発明に係る走査型X線顕微鏡では、X線は極めて微小な領域から発生(放射)し、しかも、当該X線放射領域は観察対象である試料の極近傍にあるため、当該X線放射領域は理想的な点光源と捉えることができる。その結果、電子線の走査により、高分解能のX線画像が得られる。
【0042】
また、本発明で用いる試料支持膜は、5〜40nm厚のカーボン薄膜や20〜50nm厚の窒化シリコン膜が理想的である。例えば、厚み40nmのカーボン膜に、加速電圧1.0〜1.5keV程度の電子線を入射すると、炭素の特性X線が効率的に放射される。しかし、試料支持膜はこれらの素材のものに限定されるわけではない。例えば、膜厚が5〜50nm程度で、「水の窓」の特性X線を放射可能な素材であれば、生物試料の走査X線画像を得ることができる。
【0043】
図1に示した構成例では、X線検出器は1つだけ設けられているが、X線検出器を複数備えることとし、これら複数のX線検出器を、試料支持膜に支持された観察試料を異なる方向から望む位置に配置するようにしてもよい。
【0044】
図3は、X線検出器であるX線フォトダイオードを複数備えた走査型X線顕微鏡の構成例を説明するための図で、X線フォトダイオード(XPD)を3つ設けた(16a〜c)ことに対応して、増幅器(AMP)も3つ設けられ(16a〜c)、これら増幅器(16a〜c)からの検知信号をA/D変換器(23)およびデータレコーダ(19)を介して、X線画像処理PC(18:ここでは3次元画像処理用PC)に送る構成となっている。これ以外の基本的構成は、図1に示したものと同じである。
【0045】
試料支持膜(11)内からのX線は様々な方向に放出されるが、X線検出器を複数設け、これらを試料支持膜(11)に支持された観察試料(10)を異なる方向から望む位置に配置することとすれば、試料を望む角度に依存した複数のX線画像(傾斜画像)を得ることができる。つまり、1回の電子線走査で検出器数と同数の傾斜画像が得られることとなり、これらの傾斜画像から、観察対象である試料の3次元構造を求めることが可能となり、しかも、試料に対するダメージは極めて軽微なものとなる。
【0046】
なお、図3では、X線検出器数が3の例を示したが、当然のことながら、例えば数十個あるいはそれ以上のX線検出器を配置するようにして多数の傾斜画像を取得し、高精度の3次元構造を求めるようにすることも可能である。
【0047】
図4は、試料支持膜(11)上での電子線の走査距離(X)と、異なる角度で配置されたX線フォトダイオード(16a、16b)におけるそれぞれの「走査距離」(X’、X”)の違いを示した図である。
【0048】
また、図5は、図3に示した構成例の走査型X線顕微鏡に設けられている3つのX線フォトダイオード(16a〜c)で検知された信号に基づいてそれぞれの角度補正後の画像データを求め、これらの画像データに基づいて対象試料の3次元構造を求めるプロセスを概念的に説明するための図である。
【0049】
試料支持膜(11)上で電子線を距離Xだけ走査した場合、試料支持膜(11)直下のX線フォトダイオード(16b)では、実際の走査距離Xと同じX’だけ、X線の放射位置が変わる。すなわち、X’をX線フォトダイオード(16b)側から見た「走査距離」とすると、X’=Xとなる。
【0050】
一方、試料支持膜(11)面を角度θで斜めから望むX線フォトダイオード(16a)では、X線の放射位置の変化はX”=X・sinθとなり、Xに比べてsinθだけ短くなる。
【0051】
X線フォトダイオード(16a)で検知されたX線検出信号を基に画像を形成する際、電子線の走査信号に何ら処理を施さずに画像形成してしまうと、X”がXに比べてsinθだけ短いにも関わらず、距離Xとして傾斜画像が形成されてしまい、その傾斜画像は、1/sinθだけ「引伸ばし」された画像となってしまう。このため、3次元画像処理用PC(18)は、X線フォトダイオード(16a)が試料支持膜(11)面を望む角度θに応じた補正を行なった上で本来の傾斜画像を形成する。
【0052】
なお、図4に示した例では、X線フォトダイオード(16b)を試料支持膜(11)面の直下(θ=90°)に配置しているが、θ≠90°の場合には上述と同様の補正が必要であることは云うまでもない。
【0053】
本発明の走査型X線顕微鏡像の観察を行なう際には、溶液中の試料からの画像を得ることも可能である。
【0054】
図6は、上述した試料支持膜(11)に対向させてもう一つの試料支持部材(11’)を設け、これら2つの試料支持部材の間に溶液と一緒に試料(10)を挟み込んで支持した様子を示す図である。
【0055】
試料(10)は水溶液中にあり、2枚の部材(11、11’)に挟み込まれて支持されている。この状態の2枚の部材はサンプルホルダ(24)内に大気圧下で収納され、O−リング(25)によってSEM装置内の真空と分離されている。従って、サンプルホルダ(24)を真空中に設置しても、水溶液の蒸発を防ぐことができる。
【0056】
このような試料の支持を行なう際に用いる部材としては、窒化シリコンが好ましい。これは、窒化シリコンの膜は比較的機械的強度(耐圧性)が高いため、図6に図示したような、SEM装置内の真空と分離した状態でのX線画像の撮影が容易なためである(非特許文献1参照)。
【実施例1】
【0057】
図7Aおよび図7Bは、それぞれ、40nm厚のカーボン支持膜の下面に観察対象であるバクテリアを付着させ、非染色のまま、上述の本発明の走査型X線顕微鏡で撮影したISEC画像およびX線画像である。
【0058】
これらの画像の撮影は、電子線の加速電圧を1.0keVとし、2次電子集電メッシュの電圧を+200Vとした。また、X線フォトダイオードは、試料支持膜の下面から3cmの真下に設置した。なお、ここで示した画像は、ISEC画像及びX線画像ともに、信号が弱い部分で白く強い部分で黒くなるようにコントラストを付けている。
【0059】
図7AのISEC画像では、細胞体や太い鞭毛は確認できるが、細い鞭毛は鮮明に確認することができない。一方、図7BのX線画像では、細い鞭毛まで鮮明に確認することができる。これは、カーボン膜への電子線照射により、約280eVのエネルギの特性X線が放出され、カーボンが当該波長領域のX線に対する高い吸収性を示すことによる。生物試料には炭素元素が多量に含まれているため、コントラストの高いX線画像を構成することができる。
【実施例2】
【0060】
図8Aおよび図8Bは、それぞれ、30nm厚の窒化シリコン支持膜の下面に観察対象であるバクテリアを付着させ、非染色のまま、上述の本発明の走査型X線顕微鏡で撮影したISEC画像およびX線画像である。なお、このときの電子線の加速電圧は1.5keVとし、その他の条件は実施例1と同様とした。
【0061】
図8AのISEC画像よりも、図8BのX線画像の方が、高いコントラストとなっている。しかし、実施例1のカーボン支持膜の場合と比較すると、コントラストは低下している。窒化シリコン膜の特性X線は約400eV付近にあり、この波長領域のX線は炭素よりも窒素に吸収され易いが、生物試料の含有元素としては、炭素よりも窒素の方が含有量は少ないため、コントラストが低下したものと予想される。
【実施例3】
【0062】
図9Aおよび図9Bは、40nm厚のカーボン支持膜の下面に観察対象であるバクテリアを付着させ、非染色のまま、上述の本発明の走査型X線顕微鏡で撮影したX線画像である。
【0063】
図9Aはカーボン支持膜面を下側斜めから望む方向(θ=30°)に配置したX線フォトダイオードからの検出信号に基づくX線画像(角度補正後)であり、X線フォトダイオードは、カーボン支持膜の下面から3cmの距離で、さらに1.5cm光軸から下側にずらした位置に配置した。
【0064】
図9Bはカーボン支持膜直下(θ=90°)に配置したX線フォトダイオードからの検出信号に基づくX線画像である。
【0065】
これらのX線画像から、X線検出器を配置する位置により、見え方が変化することが確認できる。
【0066】
以上説明したように、本発明によれば、簡便に高分解能のX線画像を得ることができる。なお、上記実施例に示した画像は何れも、熱電子型の電子銃を用いて得られたものであるが、より点光源に近い電子銃である電界放射型のものを用いることとすれば、10nm以下の分解能を容易に達成可能である。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上説明したように、本発明は、生体物質や有機物質などの極めて脆弱な試料に対してもダメージを与えることなく、その形態や3次元構造を、簡便且つ高分解能に観察し得る手法を提供する。
【符号の説明】
【0068】
10 観察対象試料
11 試料支持膜
12 試料ホルダ
13 電子銃
14 走査信号を生成する回路部
15 偏向コイル
16 X線フォトダイオード
17 増幅器
18 X線画像処理PC
19 データレコーダ
20 金属製メッシュ
21 2次電子検出器
22 コントロールPC
23 A/D変換器
24 サンプルホルダ
25 O−リング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
観察試料支持部材を保持する試料ホルダと、前記観察試料支持部材に電子線を収束させて入射する電子銃と、該電子線の走査機構部と、前記電子線入射に伴い前記観察試料支持部材から発生するX線を検知するX線検出器と、該X線の検出信号に基づいてX線画像を形成する信号処理部と、を備えている走査型X線顕微鏡。
【請求項2】
前記X線検出器を複数備え、該複数のX線検出器は、前記観察試料支持部材に支持される観察試料を異なる方向から望む位置に配置されている請求項1に記載の走査型X線顕微鏡。
【請求項3】
前記信号処理部は、前記複数のX線検出器からのX線検出信号に基づいて、3次元のX線画像を形成する画像処理手段を備えている請求項2に記載の走査型X線顕微鏡。
【請求項4】
前記電子線入射に伴い観察試料から発生する2次電子を検知する電子線検出器を備え、前記信号処理部により、該2次電子線の検出信号に基づく2次電子線画像を形成する請求項1乃至3の何れか1項に記載の走査型X線顕微鏡。
【請求項5】
前記試料ホルダの走査機構部をさらに備えている請求項1乃至4の何れか1項に記載の走査型X線顕微鏡。
【請求項6】
観察試料支持部材の裏面側に観察試料を支持し、前記観察試料支持部材の表面側から収束させた電子線を走査させて入射して該観察試料支持部材からX線を発生させ、前記観察試料支持部材の裏面側に配置された検出器により前記X線を検知してX線画像を形成する、走査型X線顕微鏡像の観察方法。
【請求項7】
前記検出器を、前記観察試料支持部材に支持された観察試料を異なる方向から望む位置に複数配置し、該複数の検出器からの検知信号を処理して3次元のX線画像を形成する、請求項6に記載の走査型X線顕微鏡像の観察方法。
【請求項8】
前記観察試料支持部材としてカーボン膜または窒化シリコン膜を用いる、請求項6又は7に記載の走査型X線顕微鏡像の観察方法。
【請求項9】
前記観察試料支持部材に対向させて第2の観察試料支持部材を設け、該2つの観察試料支持部材の間に溶液と一緒に観察試料を挟み込んで支持する、請求項6乃至8の何れか1項に記載の走査型X線顕微鏡像の観察方法。
【請求項10】
前記第2の観察試料支持部材として窒化シリコン膜を用いる、請求項9に記載の走査型X線顕微鏡像の観察方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−175389(P2010−175389A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18290(P2009−18290)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人科学技術振興機構委託研究「蛋白質電顕画像を用いた自動in silico擬似結晶構造解析法の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)