説明

車両用覚醒装置

【課題】車両走行中に運転者の覚醒レベルが低下するのを抑制して、運転者を覚醒状態にさせる。
【解決手段】車両用覚醒装置は、振動発生部25、スピーカ26、カメラ31及び制御装置41を備える。振動発生部25は、ステアリングホイール21に設けられ、車輪の路面に対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに運転者Dに伝わる振動を模した擬似振動を発生し得る。スピーカ26は、車輪の転動状態が特定状態となったときに運転者Dに伝わる音を模した擬似音を発生し得る。カメラ31は運転者Dの表情を撮像し、制御装置41は、カメラ31による画像データに基づき車両の走行中に運転者Dの覚醒状態を監視する。制御装置41は、運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)を検知すると、振動発生部25に擬似振動を発生させ、かつスピーカ26に擬似音を発生させることにより、運転者Dに特定状態が発生したと錯覚させて同運転者Dを覚醒状態にさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の走行中に運転者を覚醒状態にさせる車両用覚醒装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両を長時間にわたり休みなく連続して運転すると、運転者に疲労が蓄積して、集中力が低下するおそれがある。このため、居眠り運転を防止する等の目的で、運転者の覚醒状態を監視し、車両の走行中に非覚醒状態(居眠り状態)を検知した場合に様々な警報を発して、運転者に非覚醒状態であることを警告する装置が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1に記載された「覚醒度低下警告装置」では、心拍数の平均値や変化状態に基づき運転者の覚醒状態を監視する。そして、運転者の非覚醒状態(居眠り状態)を検知すると、ステアリングホイールを振動させることで、車両の挙動に影響を与えない状態でステアリングホイールを通して運転者に振動を感知させる。これに加え、スピーカから、運転者に起きる旨の音声警報、例えば「起きて下さい」といった音声警報を発生させるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−268287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載された「覚醒度低下警告装置」では、ステアリングホイールを振動させること、及び音声を発生させることの一方のみを行なう場合に比べ、運転者を覚醒させる効果が高い。しかし、こうした警告の仕方では、ステアリングホイールを把持した運転者は、単にステアリングホイールが振動していると感じるにすぎない。また、運転者は、音声警報により、突然、何かを言われたと感ずるにすぎない。そのため、上記覚醒度低下警告装置では、覚醒効果を高めるにも限度がある。
【0006】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、車両走行中に運転者の覚醒レベルが低下するのを抑制して、運転者を覚醒状態にさせることのできる車両用覚醒装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、車両の走行に際し運転者が接する部材に設けられ、かつ車輪の路面に対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに前記運転者に伝わる振動を模した擬似振動を発生し得る振動発生部と、前記車両の車室内に設けられ、かつ前記車輪の転動状態が前記特定状態となったときに前記運転者に伝わる音を模した擬似音を発生し得る音発生部と、前記運転者の覚醒状態を検知する覚醒状態検知手段と、前記覚醒状態検知手段により、前記車両の走行中に前記運転者の非覚醒状態が検知されると、前記振動発生部に前記擬似振動を発生させるとともに前記音発生部に前記擬似音を発生させることにより、前記運転者に前記特定状態の発生を錯覚させて同運転者を覚醒状態にさせる覚醒制御手段とを備えることを要旨とする。
【0008】
上記の構成によれば、車両の走行中に運転者が非覚醒状態(居眠り状態)になると、そのことが覚醒状態検知手段によって検知される。覚醒制御手段では、車両の走行に際し運転者が接する部材に設けられた振動発生部により擬似振動が発生させられるとともに、車室内に設けられた音発生部により擬似音が発生させられる。
【0009】
上記擬似振動は、車輪の路面に対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに運転者に伝わる振動を模したものであり、運転者が接する部材を通じて、その運転者に伝わる。また、上記擬似音は、車輪の転動状態が前記特定状態となったときに運転者に伝わる音を模したものであり、車室空間を伝播して運転者に伝わる。
【0010】
このように、擬似振動及び擬似音が運転者に伝わると、運転者の脳では、接している部材が振動していて音が出ていると感ずるというより、むしろ車輪の路面に対する転動状態が、通常とは異なる特定状態になっている、表現を変えると、車輪と路面との間で何かが起こっている、といった錯覚が引き起こされる。この錯覚により、運転者の脳が注意喚起されて覚醒させられる。その結果、錯覚を引き起こすことなく、ステアリングホイールを単に振動させたり、スピーカから単に音声警報を発生させたりする従来のものに比べ、運転者の覚醒レベルが低下するのを抑制して、運転者を覚醒状態にさせることが可能となる。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記部材は、ステアリングホイール及び運転席の少なくとも一方であることを要旨とする。
一般的な車両では、その走行中に、運転者は運転席に着座し、操舵のためにステアリングホイールを把持する。
【0012】
そのため、請求項2に記載の発明によるように、ステアリングホイール及び運転席の少なくとも一方を、車両走行中に運転者が接する部材とし、これに設けた振動発生部を覚醒制御手段によって制御すれば、車両走行中に運転者の非覚醒状態が検知されると、振動発生部により擬似振動が発生させられる。上記部材がステアリングホイールの場合には、同ステアリングホイールを把持した手を通じて擬似振動が運転者に伝わる。また、上記部材が運転席の場合には、同運転席に接した箇所を通じて擬似振動が運転者に伝わる。このように伝わる擬似振動と、音発生部から聞こえてくる擬似音とによって、運転者は特定状態が発生したかのような錯覚に陥る。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の発明において、前記特定状態は、前記車輪が前記路面の凹凸を乗り越えるときの転動状態であることを要旨とする。
上記の構成によれば、車両走行中に運転者が非覚醒状態(居眠り状態)になり、そのことが覚醒状態検知手段によって検知されると、車輪が路面の凹凸を乗り越えたときの振動を模した擬似振動が振動発生部によって発生させられる。また、車輪が同凹凸を乗り越えたときの音を模した擬似音が音発生部によって発生させられる。これらの擬似振動及び擬似音は運転者に伝わる。ここで、車輪が路面の凹凸を乗り越えるときに発生して運転者に伝わる振動及び音は、車輪が平坦な路面上を転動している通常時に発生して運転者に伝わる振動及び音とは大きく異なる。そのため、非覚醒状態の運転者に対し上記のように擬似振動及び擬似音が伝わると、その運転者の脳では、車輪が何かを踏み付けたといった錯覚が引き起こされ、注意喚起されて覚醒レベルの低下が抑制される。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1つに記載の発明において、前記覚醒制御手段は、前記擬似振動及び前記擬似音を同期させた状態で発生させることを要旨とする。
【0015】
上記の構成によれば、運転者の非覚醒状態(居眠り状態)が検知されて、振動発生部によって擬似振動が発生させられるときには、その擬似振動と同じタイミングで、音発生部によって擬似音が発生させられる。そのため、それらの擬似振動及び擬似音が、車輪の転動状態について、同一の事象(この場合、特定状態)によるものであると、運転者の脳に確実に錯覚させることが可能となり、覚醒レベルの低下を抑制する効果が高まる。
【0016】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか1つに記載の発明において、前記振動発生部は、少なくとも100〜300Hzの周波数を含む周波数帯域で前記擬似振動を発生することを要旨とする。
【0017】
一般に、運転者が接している部材が100〜300Hzの周波数で振動すると、他の周波数帯域で振動した場合よりも高い感度で運転者に知覚されることが判っている。
そのため、請求項5に記載の発明によるように、少なくとも100〜300Hzの周波数を含む周波数帯域で擬似振動を発生させれば、運転者の非覚醒状態(居眠り状態)が検知されたときに、より確実に擬似振動を運転者に伝えることが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の車両用覚醒装置によれば、車両走行中に運転者の覚醒レベルが低下するのを抑制して、運転者を覚醒状態にさせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明を具体化した一実施形態における車両用覚醒装置の概略構成を示す略図。
【図2】自動車の車輪(操舵輪)の周辺部分を示す部分側面図。
【図3】振動発生部が組み込まれたステアリングホイールの正面図。
【図4】眠気レベルの変化態様と、擬似振動及び擬似音の発生(提示)タイミングとの関係を示す特性図。
【図5】擬似振動及び擬似音を同期させて発生させた場合の各発生タイミングを示すタイミングチャート。
【図6】ドライビングシミュレータの概略構成を示す略図。
【図7】眠気レベルの変化態様と眠気進行時間との関係を示す特性図。
【図8】比較例1、比較例2及び実施例について、平均眠気進行時間を算出した結果を比較して示す特性図。
【図9】擬似振動を擬似音の発生から遅らせて発生させた場合の各発生タイミングを示すタイミングチャート。
【図10】車両用覚醒装置の別の実施形態について、その概略構成を示す略図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の車両用覚醒装置を自動車用の覚醒装置に具体化した一実施形態について、図1〜図8を参照して説明する。
図2は、車両用覚醒装置が適用される自動車11の車輪(操舵輪)13の周辺部分を示し、図1は、車室12内において運転席14の周辺部分を示している。図1及び図2の少なくとも一方に示すように、自動車11は、原動機の動力によって推進し、軌条によらないで進路を変更できる車(車輪13で接地し陸上を移動する輸送機械)である。
【0021】
運転席14は、運転者Dの下半身を下側から支えるシートクッション(座部)15と、シートクッション15の後端部に配置されて運転者Dの上半身を後ろ側から支えるシートバック(背もたれ部)16と、シートバック16上に配置されて運転者Dの頭部を後ろ側から支えるヘッドレスト17とを備えて構成されている。この運転席14は、自動車11の走行中、運転者Dが接する部材の1つである。
【0022】
車室12内の前部には、メーター類やスイッチ類が組み込まれたインストルメントパネル18が設けられている。インストルメントパネル18の下方には、アクセルペダル、ブレーキペダル等の各種操作ペダル19が設けられている。
【0023】
また、車室12内の運転席14の前方近傍には、自動車11の進行方向を任意に変えるための操舵装置が設けられている。操舵装置の一部は、運転者Dによる操作が行なわれる箇所であるステアリングホイール21によって構成されている。
【0024】
図1及び図3の少なくとも一方に示すように、ステアリングホイール21は、リム部(ハンドル部、リング部と呼ばれることもある)22、パッド部23及びスポーク部24を備えている。リム部22は、運転者Dによって把持されて操舵される部分であり、略円環状をなしている。パッド部23は、リム部22によって囲まれた空間に配置されている。スポーク部24は、リム部22とパッド部23との間の複数箇所に設けられている。ステアリングホイール21は、上記運転席14と同様、自動車11の走行中に運転者Dが接する部材の1つである。
【0025】
ステアリングホイール21において直進操舵時に運転者Dが把持する複数箇所、例えばリム部22と左右のスポーク部24との接続部分の近傍には振動発生部25が内蔵されている。振動発生部25としては、例えば、出力軸に振動子を取付け、同出力軸の回転により同振動子に振動を発生させるモータ、いわゆる振動モータを用いることができる。各振動発生部25は、後述する制御装置41に電気的に接続されており、その制御装置41からの作動信号を受けて作動する。各振動発生部25は、車輪13(特に操舵輪)の路面R(図2参照)に対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに運転者Dに伝わる振動を模した擬似振動を発生し得る。この特定状態は、本実施形態では、車輪13が路面Rの凹凸を乗り越えるときの転動状態である。
【0026】
この凹凸を有する路面Rには、例えば、グルービング、メロディーロード、ランブルストリップス等が含まれている。グルービングは、主にカーブや凍結しやすい橋の上、山間部等での道路の路面に、進行方向と平行に形成された溝のことであり、降雨、降雪時等に溝の排水作用によってハイドロプレーニング現象の発生を予防したり凍結を防止したりするために設けられる。メロディーロードは、路面に溝を間隔をおいて形成することで、走行音が音楽を奏でるように工夫された段差舗装を施した道路であり、「音響道路」とも呼ばれる。メロディーロードでは、隣り合う溝の間隔によって音階の発生や音域を、また溝の幅によって音量の強弱を調整可能である。ランブルストリップスは、道路の中央や路肩の路面上に意図的に形成された波状面であり、自動車がこの部分を通過する際に発生する音及び振動により、同自動車の路外逸脱等を防止するための運転者への注意喚起、あるいは走行速度の抑制を目的とするものである。
【0027】
なお、各振動発生部25は上記擬似振動を発生できるものであればよく、上記振動モータによるものに限られない。
ここで、ステアリングホイール21を把持する運転者Dの掌には、触覚受容器として、パチニ小体が備わっている。このパチニ小体は、振動による刺激を判別する触覚受容器であって、圧力の変化や振動があるときにのみ反応する順応速度が非常に速く、また、受容野が広いことが知られている。また、パチニ小体は、比較的周波数が高い領域での振動の検知が良好であり、振動数が70Hz以上の場合、振幅が10μm未満の振動も検知できることも知られている。パチニ小体は、特に、振動数が100Hz以上の領域での感度が良好であり、振動数250Hz付近では振幅が1μmの振動も検知できる。このことから、前記振動発生部25として、パチニ小体を的確に刺激し得る100〜300Hzの周波数を少なくとも含む周波数帯域で擬似振動を発生し得るものが用いられている。
【0028】
上記車室12内、例えばインストルメントパネル18には、音発生部としてのスピーカ26が組み込まれている。このスピーカ26は、後述する制御装置41に電気的に接続されており、その制御装置41からの作動信号を受けて作動する。スピーカ26は、上記車輪13(特に操舵輪)の転動状態が上記特定状態となったときに運転者Dに伝わる音(例えば、ガタン、ガタンといった音)を模した擬似音を発生し得る。
【0029】
上記車室12内であって、運転者Dの前方近傍、例えばインストルメントパネル18の上部や上側、あるいはルームミラー等には、運転者Dの顔の表情を撮像するカメラ(ネットワークカメラ等のWebカメラ)31が組み込まれている。
【0030】
また、自動車11には、その運転状態を検出する各種センサが設けられている。各種センサには、自動車11の走行速度(車速)を検出する車速センサ32が含まれている。この車速センサ32により検出される車速は、自動車11が走行中であるかどうかを判定する際に用いられる。
【0031】
自動車11には、マイクロコンピュータを中心として構成された制御装置41が設けられている。制御装置41は、上記カメラ31により撮像された画像データ、及び車速センサ32により検出された車速に基づき上記振動発生部25及びスピーカ26の各作動を制御する。制御装置41は、大きく分けると、運転者Dの覚醒状態を監視する処理と、運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)を検知する処理と、非覚醒状態を検知した場合に、擬似振動及び擬似音を発生させる処理とを行なう。次に、制御装置41による各処理について説明する。
【0032】
<運転者Dの覚醒状態を監視する処理について>
制御装置41は、車速センサ32による車速が所定値以上である場合、すなわち、自動車11が走行中である場合、所定時間(例えば10秒)毎に、カメラ31による撮像データを画像処理し、運転者Dの表情を監視する。この運転者Dの表情から、同運転者Dの覚醒状態(眠気レベル)を評価する。すなわち、運転者Dの表情に基づき、眠気レベルが下記「1」〜「5」のどの段階にあるかを決定する。
【0033】
「1」:全く眠くなさそうなレベルである。具体的には、視線移動の頻度が高く、しかも視線移動の速度が速いとき、眠気レベルはこの「1」に該当する。
「2」:やや眠そうなレベルである。具体的には、唇が開いていて、視線移動が遅いとき、眠気レベルはこの「2」に該当する。
【0034】
「3」:眠そうなレベルである。具体的には、目の瞼の開閉運動である瞬目(瞬き)がゆっくり行なわれ、顔に手を近づけたり当てたりする仕草が見られるとき、眠気レベルはこの「3」に該当する。
【0035】
「4」:かなり眠そうなレベルである。具体的には、意識的な瞬目と、無用な身体の動きとが見られるとき、眠気レベルはこの「4」に該当する。
「5」:非常に眠そうなレベルである。具体的には、瞬間的な睡眠(マイクロスリープ)の状態に入り、頭部が前後に傾くとき、眠気レベルはこの「5」に該当する。
【0036】
<運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)を検知する処理>
制御装置41は、上記のようにして決定した眠気レベルが、予め定められたしきい値以上であるかどうかを判定する。しきい値は、自動車11の運転に支障が出るおそれがある眠気レベルの最小値であり、ここでは「3」がしきい値とされている(図4参照)。そして、眠気レベルが「3」以上であると、非覚醒状態(居眠り状態)であると判定する。
【0037】
なお、上述したカメラ31と、このカメラ31によって検知された運転者Dの表情に関する画像データに基づき非覚醒状態(居眠り状態)の程度(レベル)を判定する制御装置41とによって、運転者Dの覚醒状態を検知する覚醒状態検知手段が構成されている。
【0038】
<非覚醒状態(居眠り状態)を検知した場合に、擬似振動及び擬似音を発生させる処理>
運転者Dは、運転者Dの眠気レベルが「1」又は「2」であると、振動発生部25及びスピーカ26に対し、擬似振動及び擬似音を発生させる作動信号を出力しない。そのため、振動発生部25が不要に擬似振動を発生しないし、またスピーカ26が不要に擬似音を発しない。擬似振動及び擬似音が、覚醒状態にある運転者Dの快適な運転を妨げることはない。
【0039】
これに対し、運転者Dは、図4に示すように運転者Dの眠気レベルが「3」以上であると、振動発生部25及びスピーカ26に対し、擬似振動及び擬似音を互いに同期した状態で発生させる作動信号を出力する。詳しくは、図5に示すように、擬似音の発生開始時期B1を擬似振動の発生開始時期A1に合致させ、かつ擬似音の発生終了時期B2を擬似振動の発生終了時期A2に合致させた状態で擬似振動及び擬似音を発生させる。
【0040】
これらの作動信号に応じ、振動発生部25により擬似振動が発生させられるとともに、スピーカ26により擬似音が擬似振動に同期した状態で発生させられる。
上記擬似振動は、車輪13の路面Rに対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに運転者Dに伝わる振動を模したものであり、運転者Dが把持するステアリングホイール21を通じて、その運転者Dに伝わる。
【0041】
また、上記擬似音は、車輪13の転動状態が前記特定状態となったときに運転者Dに伝わる音を模したものであり、車室空間を伝播して運転者Dに伝わる。
なお、上記擬似振動及び擬似音を発生させる処理を行なう上記制御装置41によって、覚醒制御手段が構成されている。
【0042】
ここで、上記特定状態は、車輪13が前記路面Rの凹凸を乗り越えるときの転動状態であり、このように車輪13が路面Rの凹凸を乗り越えるときに発生して運転者Dに伝わる振動及び音は、車輪13が平坦な路面R上を転動しているときに発生して運転者Dに伝わる振動及び音(走行音)とは大きく異なる。そのため、非覚醒状態(居眠り状態)の運転者Dに対し上記のように擬似振動及び擬似音が伝わると、運転者Dの脳では、把持しているステアリングホイール21が振動していて、音が出ていると感ずることは少ない。脳では、むしろ車輪13の路面Rに対する転動状態が、通常とは異なる特定状態になっている、表現を変えると、車輪13と路面Rとの間で何かが起こっている、といった錯覚が引き起こされる。ここでは、車輪13が何かを踏み付けたといった錯覚が引き起こされる。この錯覚により、運転者Dの脳が注意喚起されて覚醒させられる。その結果、眠気を緩和して、眠気の進行を遅延させる効果(眠気進行遅延効果)が得られる。
【0043】
特に、本実施形態では、擬似振動が発生させられるときには、その擬似振動と同じタイミングで、擬似音が発生させられる。そのため、それらの擬似振動及び擬似音が、車輪13の転動状態について、同一の事象(この場合、特定状態)によるものであると、運転者Dの脳がより確実に錯覚に陥りやすくなる。
【0044】
また、一般に、運転者Dが接している部材(ここではステアリングホイール21)が100〜300Hzの周波数で振動すると、他の周波数帯域で振動した場合よりも高い感度で運転者Dに知覚されることが判っている。そのため、少なくとも100〜300Hzの周波数を含む周波数帯域で擬似振動を発生させられる本実施形態では、運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)が検知されたときに、より確実に擬似振動が運転者Dに伝えられる。
【0045】
次に、前記実施形態について、実施例及び比較例を挙げてさらに具体的に説明する。
図6に示すように、健常な6名の被験者61を対象とし、ドライビングシミュレータ(以下「DS」という)51を用いて、下記の走行実験を行なった。DS51は、コンピュータ(図示略)を用いて、自動車の運転、走行をシミュレーションする装置である。DS51は、運転席52の前方に設けられたスクリーン53、車窓を通して見える景色をスクリーン53に投影するプロジェクタ54、走行音等を再生するスピーカ55、把持部分に振動発生部が組み込まれたステアリングホイール56、操作ペダル57、被験者61の表情を撮像するカメラ(ネットワークカメラ等のWebカメラ)58等を備えている。
【0046】
(A)被験者61の内訳
被験者61は、男性4名及び女性2名からなる。これらの被験者61の年齢は、21〜23歳であり、平均年齢は22.2歳である。
【0047】
なお、走行実験に先立ち、アンケートにより昨夜の睡眠時間や、そのときの眠気等を聴取し、体調に異常のないことを確認した。
(B)走行環境
走行実験は、緩やかにカーブした片側2車線の単調な高速道路を模擬した周回走行コース(行路)で行なった。周回走行コースの全長は20kmであり、80km/hの車速で走行した場合、約15分で1周するよう設定されている。
【0048】
なお、実験中の走行車両は自車のみである。
(C)走行条件
被験者61に眠気を誘発させるために、夜間を想定した暗い走行コースで、しかも部屋の電灯を消した状態で、走行を行なった。また、実験開始時間を、日中で特に眠くなりやすい時間帯とされている13時〜15時に統一した。
【0049】
なお、被験者61には、DS51の操作に充分慣れさせるために、事前に充分な慣らし運転を行なわせた。また、被験者61には、左側の車線を80km/h程度の車速で走行し、車線変更を行なわないように指示した。
【0050】
(D)眠気レベルの判定
上記走行実験中、各被験者61の顔をカメラ58で撮像し、被験者61の表情をPC(パーソナルコンピュータ)等のコンピュータを介してモニタ(図示略)に表示させた。その表示された表情から被験者61の覚醒状態が上述した5つの眠気レベルのどの段階にあるかを一定時間(10秒)経過毎に判定した。この判定を、熟練した2名の検査者によって行ない、その平均値を眠気レベルとした。
【0051】
(E)擬似振動及び擬似音の発生
被験者61毎に、眠気レベルが「3」以上と判定された場合に、擬似振動及び擬似音の少なくとも一方を、下記の3通りの態様で発生させた。
【0052】
・擬似振動及び擬似音を同期させた状態で発生させる態様を、実施例とした。
・擬似振動のみを発生させる態様を、比較例1とした。
・擬似音のみを発生させる態様を、比較例2とした。
【0053】
(F)擬似振動の発生態様
図5に示すように、擬似振動の発生期間と停止期間とによって1つのサイクルを構成し、この振動についてのサイクルを、所定回数繰り返すこととした。具体的には、1サイクルにおける擬似振動の発生期間T1を400ミリ秒とするとともに、擬似振動の停止期間T2を300ミリ秒とし、このサイクルを7回繰り返した。また、擬似振動の発生期間T1には、200Hzの周波数で振動発生部25を振動させた。
【0054】
(G)擬似音の発生態様
図5に示すように、上記擬似振動と同様、1サイクルにおける擬似音の発生期間T3を400ミリ秒とし、擬似音の停止期間T4を300ミリ秒とし、このサイクルを7回繰り返した。また、擬似音の発生期間T3には、160Hzの基本周波数と、その倍音(ただし、上限は1120Hz)を含む正弦波(sin波)の音をスピーカ26に発生させた。
【0055】
擬似音の音圧レベルは65dBとした。これは、走行中の自動車の車室内での音圧レベルが60dB程度であり、騒がしい街頭での音圧レベルが70dB程度と一般に言われていることから、その中間をとったものである。
【0056】
(H)実験終了条件
下記の実験終了条件の1つ以上が満たされたときに、上記走行実験を終了することとした。
【0057】
・自車が壁に接触する等して実験が継続できない場合。
・実験開始から20分が経過した場合
・眠気レベルが4以上と評価された場合
(I)眠気進行時間の算出
擬似振動及び擬似音による眠気進行遅延効果を、眠気進行時間によって評価することとした。眠気進行時間は、図7に示すように、眠気レベルが初めて「3」以上と判定されてから「4」以上と判定されるまでの時間である。この眠気進行時間を、被験者61毎に、しかも実施例、比較例1及び比較例2の各々について算出した。
【0058】
そして、算出された各被験者61の眠気進行時間に基づき、実施例、比較例1及び比較例2毎に、平均眠気進行時間を算出した。その算出結果を図8に示す。
この図8から、擬似振動のみを発生させる比較例1、及び擬似音のみを発生させる比較例2に比べ、擬似振動及び擬似音を発生させる実施例が、平均眠気進行時間が長く、眠気進行遅延効果が大きいことが判った。
【0059】
以上詳述した本実施形態によれば、次の効果が得られる。
(1)自動車11の運転者Dの覚醒状態を監視し、自動車11の走行中に同運転者Dが非覚醒状態(居眠り状態)であることを検知すると、自動車11の走行に際し運転者Dが接する部材に設けられた振動発生部25に擬似振動を発生させ、かつスピーカ26に擬似音を発生させるようにしている。そのため、車輪13の転動状態が特定状態でないにも拘らず特定状態になっていると運転者Dに錯覚させ、同運転者Dを覚醒状態にさせることができる。その結果、錯覚を引き起こすことなく、ステアリングホイールを単に振動させたり、スピーカから単に音声警報を発生させたりする従来のものに比べ、運転者Dの覚醒レベルが低下するのを抑制して、運転者Dを覚醒状態にさせることができるようになる。
【0060】
(2)ステアリングホイール21を、自動車11の走行に際し運転者Dが接する部材とし、これに振動発生部25を内蔵している。このため、自動車11の走行中に運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)が検知されると、ステアリングホイール21を把持した手を通じて振動発生部25の擬似振動を運転者Dに伝え、この擬似振動とスピーカ26からの擬似音とによって、運転者Dを、特定状態が発生したかのような錯覚に陥りやすくすることができる。
【0061】
(3)車輪13が凹凸を乗り越えるときと、平坦な路面R上を転動しているときとで、運転者Dに伝わる振動及び音が大きく異なることに着目し、車輪13が路面Rの凹凸を乗り越えるときの転動状態を「特定状態」としている。
【0062】
そのため、非覚醒状態(居眠り状態)の運転者Dに対し擬似振動及び擬似音を提示することで、その運転者Dの脳で、車輪13が何かを踏み付けたといった錯覚を引き起こさせ、注意喚起して覚醒レベルの低下を抑制することができる。
【0063】
(4)運転者Dの非覚醒状態(居眠り状態)を検知したとき、擬似振動及び擬似音を同期させた状態で発生させるようにしている。
そのため、それらの擬似振動及び擬似音が、車輪13の転動状態について、同一の事象(この場合、特定状態)によるものであると、運転者Dに確実に錯覚させることができ、覚醒レベルの低下を抑制する効果を高めることができる。
【0064】
(5)少なくとも100〜300Hzの周波数を含む周波数帯域で擬似振動を発生させるようにしている。
そのため、擬似振動を高い感度で運転者Dに知覚させることが可能となり、より確実に擬似振動を運転者Dに伝えることができる。
【0065】
なお、本発明は次に示す別の実施形態に具体化することができる。
・前記実施形態では、擬似振動及び擬似音を同期させた状態で発生させたが、擬似振動及び擬似音を同期させずに(タイミングをずらした状態で)発生させてもよい。図9はその一例を示している。すなわち、実施例(図5)では、擬似音の発生開始時期B1を擬似振動の発生開始時期A1に合わせ、かつ擬似音の発生終了時期B2を擬似振動の発生終了時期A2に合わせた。しかし、図9では、擬似音の発生開始時期B1から発生期間T1(例えば、約400ミリ秒)が経過した時点(発生終了時期B2)を、擬似振動の発生開始時期A1としている。
【0066】
ここで、眠気進行遅延効果は、擬似振動及び擬似音を同期させた状態で発生させた場合に最も大きくなる。
しかし、上記のように、擬似振動及び擬似音を同期させずに(タイミングをずらした状態で)発生させた場合であっても、擬似振動及び擬似音を同期させた状態で発生させた場合ほどではないにせよ、眠気進行遅延効果が得られる。
【0067】
なお、図9は一例にすぎず、擬似振動及び擬似音のタイミングを異なる態様でずらしてもよい。
・「車両の走行に際し運転者Dが接する」という条件を満たす部材であれば、これに振動発生部25を設けることができる。対象となる部材としては、前記ステアリングホイール21が代表的であるが、そのほかにも運転席14が挙げられる。従って、ステアリングホイール21に代えて、又は加えて、運転席14に振動発生部25が設けられてもよい。
【0068】
図10は、ステアリングホイール21に代えて運転席14に振動発生部25を設けた例を示している。この場合、振動発生部25は、同図10に示すように、シートクッション15及びシートバック16の両方に設けられてもよいし、いずれか一方にのみ設けられてもよい。
【0069】
なお、車両の走行に際し、運転者Dが接する部材としては、上記以外にも各種操作ペダル19、フットレスト、シートベルト等も挙げられる。従って、これらの部材にも振動発生部25が設けられてもよい。ただし、この変更は、ステアリングホイール21及び運転席14の少なくとも一方に振動発生部25を設けることを前提に行なうことが望ましい。これは、眠気進行遅延効果は、車両走行中に運転者Dが最も長い時間触れることとなるステアリングホイール21及び運転席14において擬似振動及び擬似音が発生した場合に、最も大きくなると考えられるからである。
【0070】
・上記路面Rの凹凸を乗り越える転動状態とは異なる車輪13の転動状態を、「特定状態」としてもよい。例えば、車両が路面Rを滑ったり(スリップしたり)、大きな振幅、かつ大きな周期で波打つ路面を走行する際にバウンドしたりするときの車輪13の転動状態を「特定状態」としてもよい。なお、車輪13が滑るときには、滑らないときよりも擬似音の周波数を高くする。また、車両がバウンドするときには、車輪13が路面Rから浮き上がり、振動がなく無音の状態となる。そのため、擬似振動として、そのときの振動を相殺する(打ち消す)振動を発生させ、擬似音として、そのときの音(走行音等)を相殺する(打ち消す)音を発生させる。
【0071】
・非覚醒状態(居眠り状態)を検出するために、前記実施形態とは異なる方法を採用してもよい。
・眠気進行遅延効果を確認するために、眠気レベルとは異なる指標を用いてもよい。この指標としては、例えば、脳波(EEG)、瞼の開閉度(瞬目持続時間)等といった生理指標が挙げられる。
【0072】
運転者Dの眠気が増加すると、EEGに含まれるα波の時間当りの出現率、表現を変えると、単位時間毎のEEG全体に占めるα波の割合(α−Ratio)が増加することが知られている。そのため、車両の走行実験中、運転者Dの脳波を計測し、単位時間毎のEEG全体に占めるα波の割合(α−Ratio)を算出する。そして、この割合(α−Ratio)を、上記眠気レベルに代えて、又は加えて、眠気進行遅延効果を確認するための指標として用いてもよい。
【0073】
また、眠気の増加に伴い、瞬目の開始から終了までの時間が増加することが知られている。そのため、運転者Dの瞳の開閉度を測定して瞬目を検知し、各瞬目に対して開始から終了までの時間を瞬目持続時間とする。そして、この瞬目持続時間を、上記眠気レベルに代えて、又は加えて、眠気進行遅延効果を確認するための指標として用いてもよい。
【0074】
なお、上記瞬目持続時間については、覚醒状態を検知する指標とすることも可能である。
さらに、眠気進行遅延効果を確認するために、走行中の車両の挙動を利用してもよい。すなわち、運転者Dの眠気が増加すると、車両の車幅方向における位置が不安定となる傾向にある。そのため、走行実験の開始直後等における、運転者Dが覚醒状態にあるときの車両の車幅方向における位置を走行基準位置とする。この走行基準位置と車両走行位置との差(絶対値)を、走行位置ずれ量として、一定時間毎に算出する。そして、この走行位置ずれ量を、上記眠気レベルに代えて、又は加えて、眠気進行遅延効果を確認するための指標として用いてもよい。
【0075】
・非覚醒状態(居眠り状態)の程度に応じて、擬似振動の強弱や、擬似音の大きさ等を変更するようにしてもよい。
・本発明の車両用覚醒装置は、道路上を走行する自動車以外の車両、例えば、鉄道車両、工場構内等で使用する産業車両、トロリーバス(無軌条電車)等にも適用可能である。
【符号の説明】
【0076】
11…自動車(車両)、12…車室、13…車輪、14…運転席(部材)、21…ステアリングホイール(部材)、25…振動発生部、26…スピーカ(音発生部)、31…カメラ(覚醒状態検知手段の一部を構成)、41…制御装置(覚醒状態検知手段の一部を構成、覚醒制御手段を構成)、D…運転者、R…路面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の走行に際し運転者が接する部材に設けられ、かつ車輪の路面に対する転動状態が通常とは異なる特定状態となったときに前記運転者に伝わる振動を模した擬似振動を発生し得る振動発生部と、
前記車両の車室内に設けられ、かつ前記車輪の転動状態が前記特定状態となったときに前記運転者に伝わる音を模した擬似音を発生し得る音発生部と、
前記運転者の覚醒状態を検知する覚醒状態検知手段と、
前記覚醒状態検知手段により、前記車両の走行中に前記運転者の非覚醒状態が検知されると、前記振動発生部に前記擬似振動を発生させるとともに前記音発生部に前記擬似音を発生させることにより、前記運転者に前記特定状態の発生を錯覚させて同運転者を覚醒状態にさせる覚醒制御手段と
を備えることを特徴とする車両用覚醒装置。
【請求項2】
前記部材は、ステアリングホイール及び運転席の少なくとも一方である請求項1に記載の車両用覚醒装置。
【請求項3】
前記特定状態は、前記車輪が前記路面の凹凸を乗り越えるときの転動状態である請求項1又は2に記載の車両用覚醒装置。
【請求項4】
前記覚醒制御手段は、前記擬似振動及び前記擬似音を同期させた状態で発生させる請求項1〜3のいずれか1つに記載の車両用覚醒装置。
【請求項5】
前記振動発生部は、少なくとも100〜300Hzの周波数を含む周波数帯域で前記擬似振動を発生する請求項1〜4のいずれか1つに記載の車両用覚醒装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−68841(P2012−68841A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212444(P2010−212444)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【出願人】(507054456)
【出願人】(509034591)
【Fターム(参考)】