説明

軟質希薄銅合金材料の製造方法

【課題】本発明の目的は、高い導電性を備え、かつ、軟質材においても高い引張り強さと伸び率を有し、製造工程が単純でかつ安価である軟質希薄銅合金材料の製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅である軟質希薄銅合金に塑性加工を施し、次いで焼鈍処理を施す軟質希薄銅合金材料の製造方法であって、前記焼鈍処理を行う前の前記塑性加工における加工度が50%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い導電性を備え、かつ軟質材においても高い引張り強さと伸び率を有する
新規な軟質希薄銅合金材料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の科学技術においては、動力源としての電力や、電気信号など、あらゆる部分に電
気が用いられており、それらを伝達するためにケーブルやリード線、電子部品の分野など
では、ボンディングワイヤなどの導線が用いられている。そして、その導線に用いられて
いる素材としては、銅、銀、金などの比較的導電率の高い金属が用いられ、とりわけ、コ
スト面などを考慮し、銅線が多く用いられている。
【0003】
銅と一括りにする中にも、その分子の配列などに応じて、大きく分けて、硬質銅と軟質
銅とに分けられる。そして利用目的に応じて所望の性質を有する種類の銅が用いられてい
る。
【0004】
電子部品用リード線には、硬質銅線が多く用いられるが、例えば、医療機器、産業用ロ
ボット、ノート型パソコンなどの電子機器などに用いられるケーブルは、過酷な曲げ、ね
じれ、引張りなどが組み合わさった外力が繰り返し負荷される環境下で使用されているた
め、硬直な硬質銅線は不適格であり、軟質銅線が用いられている。
【0005】
このような用途に使用される導線には、導電性が良好(高導電率)で、かつ、引張り強
さや伸び率、屈曲特性が良好で、更には硬さが小さいという相反する特性が求められるも
のがあり、今日までに、高導電性、引張強さ及び伸び率を維持する銅材料の開発が進めら
れている。
【0006】
例えば、特許文献1に係る発明は、引張強さ、伸び率及び導電率が良好な耐屈曲ケーブ
ル用導体に関する発明であり、特に純度99.99mass%以上の無酸素銅に、純度9
9.99mass%以上のインジウムを0.05〜0.70mass%、純度99.9m
ass%以上のPを0.0001〜0.003mass%の濃度範囲で含有させてなる銅
合金を線材に形成した耐屈曲ケーブル用導体について記載されている。
【0007】
また、特許文献2に係る発明には、インジウムが0.1〜1.0mass%、硼素が0
.01〜0.1mass%、残部が銅である耐屈曲性銅合金線について記載されている。
【0008】
特許文献3には、ボンディングワイヤ用途として、引張強さと伸び率が良好であること
に加え、素材状態での硬さを小さくした導体などが提案されており、99.999mas
s%以上の高純度銅中の不純物量を調整することで、高い引張強さと伸び率、更に軟らか
さを兼ね揃えた導体について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−363668号公報
【特許文献2】特開平9−256084号公報
【特許文献3】特開昭61−224443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に係る発明は、添加元素としてのInの含有量が多いあくま
でも硬質銅線に関する発明であり、引張強さと伸び率に優れる軟質銅線についての検討は
なされていない。また、添加元素としてのInの含有量が多いため、導電性が低下してし
まう。
【0011】
また、特許文献2に係る発明は、軟質銅線に関する発明であるが、特許文献1に係る発
明と同様に、添加元素の添加量が多いため、導電性が低下してしまう。
【0012】
一方で、原料となる銅材料として無酸素銅(OFC)などの高導電性銅材を選択するこ
とで高い導電性を確保することが考えられる。しかしながら、この無酸素銅(OFC)を
原料とし、導電性を維持すべく他の元素を添加せずに使用した場合には、銅荒引線の加工
度をあげて伸線することにより無酸素銅線内部の結晶組織を細かくすることによって高い
引張強さと伸び率を両立させることが考えられ、伸線加工による加工硬化により硬質線材
としての用途には適しているが、軟質線材への適用ができないという問題がある。
【0013】
特許文献3に係る発明は、99.999mass%以上の高純度銅をベースとしている
ため、高い導電率となることが予測されるが、銅の高純度化は、帯域溶融法や真空ビーム
溶解法などの特殊な製法を必要とするため、製造工程が複雑となると共に、高コストの材
料にならざるをえない。
【0014】
本発明の目的は、高い導電性を備え、かつ、軟質材においても高い引張り強さと伸び率
を有し、製造工程が単純で安価である軟質希薄銅合金材料の製造方法を提供することにあ
る。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から
選択された添加元素とを含み、残部が銅及び不可避的不純物である軟質希薄銅合金に塑性
加工を施し、次いで焼鈍処理を施す軟質希薄銅合金材料の製造方法であって、上記焼鈍処理を行う前の前記塑性加工における加工度が50%以上であることを特徴とする。
【0016】
本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法は、上記焼鈍処理を、温度250℃〜800℃
及び時間0.6秒〜10.0秒の範囲において管状炉中を通過させながら連続的に行うこ
と、通電電圧21V〜35V及び走行速度100m/分〜600m/分の範囲において通電
アニーラによって行うこと、温度150℃〜700℃及び3時間以下の範囲においてバッ
チ処理によって行うこと、又、前記軟質希薄銅合金は、2〜12mass ppmの硫黄
と、2mass ppmを超えて30mass ppm以下の酸素と、前記添加元素として
Tiを4〜55mass ppm含むことが好ましい。
【0017】
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(Inter
national Anneld Copper Standard)抵抗率1.7241×
10−8Ωmを100%とした導電率)、100%IACS、更には102%IACSを
満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成されるのが好ましい。また
、副次的には、表面傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能であるSCR連続鋳造
圧延設備を用いること、又、ワイヤロッドに対する加工度90%(例えばφ8mm→φ2
.6mm)での軟化温度が148℃以下の材料を用いて構成されるのが好ましい。
【0018】
冷間伸線加工後に軟化温度と導電率を満足する銅ワイヤロッドを得るためには、以下の
(a)と(b)により、銅中の硫黄が晶出と析出を行うことが好ましい。
【0019】
(a)素材の酸素濃度を2mass ppmを超える量に増やしてチタンを添加すること
が好ましい。これにより、先ず溶銅中ではTiSとチタン酸化物(TiO2)やTi−O
−S粒子が形成されると考えられる。
【0020】
(b)次に、熟間圧延温度を、通常の銅の製造条件の950〜600℃よりも低く設定す
る880〜550℃とすることで、銅中に転位を導入し、Sが析出し易いようにすること
が好ましい。これによって転位上へのSの析出又はチタンの酸化物(TiO2)を核とし
てSを析出させ、その一例として溶銅と同様Ti−O−S粒子等を形成させる。
【0021】
(1)添加元素について
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群か
ら選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素で
あり、特に硫黄(S)と結合しやすいためSをトラップすることができ、マトリックスの
銅母材を高純度化し、素材の硬さを低下させることができるためである。また、Sをトラ
ップすることにより高い導電性を実現することができるという効果も得られる。添加元素
は1種類又は2種類以上含まれる。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他
の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0022】
添加元素として、Ti、Ca、V、Ni、Mn及びCrの1種又は2種以上の合計の含
有量は4〜55mass ppmであり、より10〜20mass ppmが好ましく、M
gの含有量は2〜30mass ppm、より5〜10mass ppmが好ましく、Zr
、Nbの含有量は8〜100mass ppm、より20〜40mass ppmが好まし
い。
【0023】
また、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2mass ppmを超え
30mass ppm以下が良好であり、より5〜15mass ppmが好ましく、添加
元素の添加量及び硫黄の含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2mas
s ppmを超え400mass ppmを含むことができる。
【0024】
硫黄の含有量は、3〜12mass ppm、より3〜8mass ppmが好ましい。
【0025】
導電率が98%IACS以上の軟質銅合金材料を得る場合、不可避的不純物を含む純銅
(べ一ス素材)が、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超えて30m
ass ppm以下の酸素と、Tiを4〜55mass ppm含む軟質希薄銅合金材料で
ワイヤロッド(荒引き線)を製造するものである。2mass ppmを超え30mass
ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(L
OC)を対象としている。
【0026】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅合金材料を得る場合には、不可避的不
純物を含む純銅に2〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超えて30m
ass ppm以下の酸素とTiを4〜37mass ppm含む軟質希薄銅合金材料でワ
イヤロッドとするのがよい。
【0027】
さらに、導電率が102%IACS以上の軟質銅合金材料を得る場合、不可避的不純物
を含む純銅に3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超えて30mas
s ppm以下の酸素と、Tiを4〜25mass ppm含む軟質希薄銅合金材料でワイ
ヤロッドとするのがよい。
【0028】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に、硫黄が銅中に取り込まれて
しまうため、硫黄を3mass ppm以下とするのは難しい。汎用電気銅の硫黄濃度上
限は12mass ppmである。
【0029】
制御する酸素は、上述したように、少ないと軟化温度が下がり難いので2mass p
pmを超える量とするのが好ましい。また酸素が多すぎると、熱間圧延工程で、表面傷が
出やすくなるので30mass ppm以下とするのが好ましい。
【0030】
(2)分散している物質について
分散粒子のサイズは小さく沢山分布することが望ましい。その理由は、硫黄の析出サイ
トとして働くためサイズが小さく数が多いことが要求される。
【0031】
通常、硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、Ti−O−Sの形で化合物又は
、凝集物を形成し、残りのTiとSが固溶体の形で存在している。TiOのサイズが20
0nm以下、TiO2は1000nm以下、TiSは200nm以下、Ti−O−Sは3
00nm以下で結晶粒内に分布している軟質希薄銅合金材料とする。「結晶粒」とは、銅
の結晶組織のことを意味する。
【0032】
但し、鋳造時の溶銅の保持時間や冷却状況により、形成される粒子サイズが変わるので
鋳造条件の設定も必要である。
【0033】
(3)連続鋳造圧延条件について
SCR連続鋳造圧延法(South Continuous Rod System)に
より、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッド
を造る。一例として、加工度99.3%でφ8mmワイヤロッドを造る方法を用いる。
【0034】
(a)溶解炉内での溶銅温度は、1100℃以上1320℃以下とするのが望ましい。溶
銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生するとともに粒子サイズが大きくな
る傾向にあるので1320℃以下とする。1100℃以上としたのは、銅が固まりやすく
製造が安定しないためであるが、鋳造温度は、出来るだけ低い温度が望ましい。
【0035】
(b)熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が880℃以下、最終圧延ロールでの
温度が550℃以上とするのが望ましい。
【0036】
通常の純銅製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出と熱間圧延中の硫黄の析出が本発
明の課題であるので、その駆動力である固溶限をより小さくするためには、溶銅温度と熱
間圧延温度を(a)、(b)とするのがよい。
【0037】
通常の熱間圧延温度は、最初の圧延ロールでの温度が950℃以下、最終圧延ロールで
の温度が600℃以上であるが、固溶限をより小さくするためには、最初の圧延ロールで
の温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に設定するのが望ましい。
【0038】
このような条件で、直径φ8mmサイズのワイヤロッドの導電率が98%IACS以上
、100%IACS、更に102%IACS以上が好ましく、冷間伸線加工後の線材(例
えば、φ2.6mm)の軟化温度が130℃〜148℃である軟質希薄銅合金線又は板状
材料を得ることができる。
【0039】
工業的に使うためには、電気銅から製造した工業的に利用される純度の軟質銅線にて9
8%IACS以上必要であり、軟化温度はその工業的価値から見て148℃以下である。
Tiを添加しない場合は、160〜165℃である。高純度銅(6N)の軟化温度は12
7〜130℃であったので、得られたデータから限界値を130℃とする。このわずかな
違いは、高純度銅(6N)にない不可避的不純物の存在にある。
【0040】
導電率は、無酸素銅のレベルで101.7%IACS程度であり、高純度銅(6N)で
102.8%IACSであるため、出来るだけ高純度銅(6N)に近い導電率であること
が望ましい。
【0041】
ベース材の銅はシャフト炉での溶解が銅酸化物の混入や粒子サイズが大きくなり品質を
低下させるので、その溶解の後、還元状態の樋になるように制御した、すなわち還元ガス
(CO)雰囲気下で、希薄合金の構成元素の硫黄濃度、Ti濃度、酸素濃度を制御して鋳
造し、圧延するワイヤロッドを安定して製造する方法がよい。
【0042】
以上により、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料は、導電率、軟
化温度、表面品質に優れた実用的な軟質希薄銅合金材料を得ることが可能となり、溶融半
田めっき材(線、板、箔)、エナメル線、軟質純銅、高導電率銅、やわらかい銅線として
使用できると共に、焼鈍時のエネルギーを低減できるので、高い生産性が得られる。
【0043】
また、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料は、その表面にめっき
層を形成してもよい。めっき層としては、例えば、錫、ニッケル、銀、亜鉛、パラジウム
を主成分とするものを適用可能であり、いわゆるPbフリーめっきを用いてもよい。
【0044】
また、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料は、線とすることによ
りそれを複数本撚り合わせた軟質希薄銅合金撚線として使用することも可能である。
【0045】
また、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料は、線又は撚線とする
ことによりそれらの周りに、絶縁層を設けたケーブルとして使用することもできる。
【0046】
また、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料は、線とすることによ
り複数本撚り合わせて中心導体とし、中心導体の外周に絶縁体被覆を形成し、絶縁体被覆
の外周に銅又は銅合金からなる外部導体を配置し、その外周にジャケット層を設けた同軸
ケーブルとして使用することもできる。また、この同軸ケーブルの複数本をシールド層内
に配置し、前記シールド層の外周にシースを設けた複合ケーブルとして使用することもで
きる。
【0047】
また、本発明の製造方法によって製造された軟質希薄銅合金材料の用途は、放熱板など
に使用される銅板、リードフレームに使用される異形条銅材、配線基板に使用される銅箔
など幅広い用途に適合しうるものである。
【0048】
本発明の軟質希薄銅合金材料の用途は、例えば、民生用太陽電池向け配線材、モーター
用エナメル線用導体、200℃から700℃で使う高温用軟質銅材料、電源ケーブル用導
体、信号線用導体、焼きなましが不要な溶融半田めっき材、FPC用の配線用導体、熱伝
導に優れた銅材料、高純度銅代替え材料としての使用が挙げられ、これら幅広いニーズに
応えるものである。また、形状は特に限定されず、断面丸形状の導体であっても、棒状の
もの、平角導体であってもよい。
【0049】
また、本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法として、SCR連続鋳造圧延法によりワ
イヤロッドを作製し、熱間圧延にて軟質材を作製する例で説明したが、双ロール式連続鋳
造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法により製造するようにしても良い。
【0050】
(4)軟質希薄銅合金材料の加工度及び焼鈍方法について
所望の結晶組織を得るために、本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法は、焼鈍の熱処
理を行う前の塑性加工における加工度を50%以上にするものである。ここで加工度とは
、次と定義できる。
【0051】
加工度(%)=[伸線前(軟質材)の断面積−伸線加工後の断面積]×100
/[伸線前(軟質材)の断面積]
【0052】
その理由として、加工度が50%よりも小さい材料を焼鈍した場合、再結晶の過程で、
結晶の核を多数発生させるための歪エネルギーが十分でなく、少ない数の結晶の核しか存
在せず、結晶の成長する際に粗大な結晶となりやすいためである。より好ましい加工度は
、80〜99.8%である。
【0053】
本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法は、軟質希薄銅合金の冷間による伸線加工を複
数段に亘って行ない、その加工の都度、加工度を50%以上とし、その加工後にその都度
、焼鈍処理が行われる。
【0054】
本発明の製造方法によって得られる軟質希薄銅合金材料は、結晶組織がその表面から内
部に向けて線径又は板厚の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下とするこ
とが好ましい。
【0055】
塑性加工を実施した材料を用いて所望の結晶組織を得るための焼鈍方法として、直径1
mm未満の線形状においては、温度250℃〜550℃及び時間0.6秒〜5.0秒の範
囲において管状炉中を通過させる連続的な焼鈍が適用できる。この理由として、温度が2
50℃よりも小さく、或いは時間が0.6秒よりも短い場合、材料には依然として加工組
織が存在し、伸び率の値は小さいためである。逆に、温度が550℃を超える、或いは5
.0秒よりも長い場合、結晶粒が粗大化し所望の結晶組織、或いは伸び率が得られない、
或いは、過剰に軟質化した導体が巻き取り時の張力により変形してしまう恐れがあるから
である。
【0056】
又、直径1mm以上の線形状においては、温度300℃〜800℃及び時間1.0秒〜
10.0秒の範囲において管状炉中を通過させる連続的な焼鈍が適用できる。
【0057】
別の焼鈍方法として、直径1mm未満の線形状においては、温度150℃〜550℃及
び3時間以下の範囲においてバッチ式焼鈍が適用できる。バッチ式焼鈍の特徴として、大
容量の焼鈍炉を使用することで、一回の焼鈍作業で大量の処理が可能となることであり、
単位長さあたりの体積が小さい細サイズ導体の焼鈍に有効である。本焼鈍条件を選ぶ理由
としては、上記同様、温度が150℃よりも小さい場合、軟質化が十分でなく、伸び率の
値が低くなるためである。逆に、温度が550℃を超える、或いは3時間よりも長い場合
、結晶粒が粗大化し所望の結晶組織が得られない、或いは、伸び率が小さく、或いは、線
同士の粘着等の不具合が発生しやすくなる恐れがあるためである。
【0058】
又、直径1mm以上の線形状においては、温度170℃〜700℃及び3時間以下の範
囲においてバッチ式焼鈍が適用できる。
【0059】
焼鈍時間の下限値としては、所望の結晶組織を得るため、かつ材料を軟質化するため、
0.5hr以上が望ましい。
【0060】
別の焼鈍方法として、直径1mm未満の線形状においては、通電電圧21V〜33V及
び走行速度が300m/分〜600m/分の範囲において通電アニーラによる連続的な処理
も可能である。通電アニーラによる焼鈍は、速い製造速度で軟質化させることが可能とな
るため、高効率製造、つまり、低コスト化に寄与することができる。本焼鈍条件を選ぶ理
由としては、通電電圧が20Vよりも小さい、或いは、走行速度が600m/分を超える
場合、軟質化が十分でなく、伸び率の値が低くなるためである。逆に、通電電圧が30V
を超える、或いは300m/分小さい場合、結晶粒が粗大化し所望の結晶組織が得られな
い、或いは、伸びが小さく、或いは、過剰な熱エネルギーにより導体が変形もしくは断線
の恐れがある。
【0061】
又、直径1mm以上の線形状においては、通電電圧25V〜35V及び走行速度が10
0m/分〜500m/分の範囲において通電アニーラによる連続的な処理も可能である。
【0062】
又、これらの焼鈍には、銅合金材料の酸化を防止するため、窒素ガス或いは、アルゴン
ガスなどの不活性ガス中で行うことが望ましい。
【0063】
(5)軟質希薄銅合金材料の結晶組織について
本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、結晶組織が少なくとも線又は板の表面から銅導体
の内部に向けて線径又は板厚に対して最大20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μ
m以下の結晶粒を表層に含み、その内部の平均結晶粒サイズが前記表層の平均結晶粒サイ
ズより大きい。
【0064】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、材料の引張強さや伸び率の向上
が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所
ひずみが,結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い
、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【発明の効果】
【0065】
本発明によれば、高い導電性を備え、かつ、軟質材においても高い引張強さと伸び率を
有し、製造工程が単純で安価である軟質希薄銅合金材料の軟質希薄銅合金材料の製造方法
を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施材1と比較材1の焼鈍温度と伸び率との関係を示す図である。
【図2】焼鈍温度500℃における実施材1の径方向の断面組織の写真による図である。
【図3】焼鈍温度700℃における実施材1の径方向の断面組織を示す写真による図である。
【図4】比較材1の径方向の断面組織を示す写真による図である。
【図5】屈曲疲労試験の概略を示す図である。
【図6】比較材2と実施材2における表面曲げ歪みと屈曲回数との関係を示す屈曲寿命を測定したグラフである。
【図7】実施材2の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図8】比較材2の試料の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図9】比較材3と実施材3における表面曲げ歪みと屈曲回数との関係を示す屈曲寿命を測定したグラフである。
【図10】実施材3の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図11】比較材3の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図12】試料の表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概略を示す図である。
【図13】実施材4及び比較材4の引張強さと伸び率との関係を示す図である。
【図14】実施材4及び比較材4の伸び率と硬さとの関係を示す図である。
【図15】実施材4及び比較材4の引張強さと硬さとの関係を示す図である。
【図16】実施材4の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図17】比較材4の幅方向の断面組織を示す写真による図である。
【図18】表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0067】
以下、本発明の実施形態を説明するが、以下に記載した実施形態は特許請求の範囲に係
る発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発
明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【実験例】
【0068】
(本発明に係る軟質希薄銅合金材料の製造)
実験材として、低酸素銅(酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度
5mass ppm)に、チタン濃度13mass ppmを有するφ8mmの銅線(ワイ
ヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鍛造圧延によ
り、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガ
ス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この
鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に
形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mm
の銅線を作成したものである。次に、各実験材に冷間伸線加工を施した。これにより、φ
2.6mmサイズの銅線(銅ボンデングワイヤ、加工度89.4%)を作製した。
【0069】
このφ2.6mmサイズの銅線を用いて、まずは銅ボンディングワイヤに使用する素材
の特性を検証した。
【0070】
(軟質希薄銅合金材料の軟質特性)
表1は、無酸素銅線を用いた比較材1と、低酸素銅に13mass ppmのTiを含
有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材1とを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍
を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。
【0071】
【表1】

【0072】
表1に示すように、焼鈍温度が400℃のときに比較材1と、実施材1とのビッカース
硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv
)を示している。このことから、本発明に係る軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有す
るとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては
優れた軟質特性を備えていることがわかる。
【0073】
[軟質希薄銅合金線の耐力及び屈曲寿命について]
表2は、無酸素銅線を用いた比較材1と、低酸素銅に13mass ppmのTiを含
有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材1の異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもの
の0.2%耐力値の推移を検証した表である。なお、試料としては、2.6mm径の試料
を用いた。
【0074】
【表2】

【0075】
表2に示すように、焼鈍温度が400℃のときに比較材1と実施材1の0.2%耐力値
が同等レベルであり、焼鈍温度600℃では実施材1も比較材1もほぼ同等の0.2%耐
力値となっていることがわかる。
【0076】
[軟質希薄銅合金線の伸び特性と結晶構造との関係について]
図1は、2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材1と2.6mm径の低酸素銅に13
mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた実施材1の異なる焼鈍温度
で1時間の焼鈍を施したものの伸び(%)の値の推移を検証したグラフである。図1に示
す丸記号は実施材1を示し、四角記号は比較材1を示す。
【0077】
図1に示すように、比較材1に比して実施材1の方が、焼鈍温度100℃を超え130
℃付近から900℃の広い範囲で優れた伸び特性を示すことがわかる。
【0078】
図2は、焼鈍温度500℃における実施材1の銅線の断面写真を示した図である。図2
に示すように、銅合金線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細
な結晶組織が伸び特性に寄与しているものと思われる。これに対し、焼鈍温度500℃に
おける比較材1の断面組織は2次再結晶が進んでおり、図2の結晶組織に比して、断面組
織中の結晶粒が粗大化しているため、伸び特性が低下したものと考えられる。
【0079】
図3は、焼鈍温度700℃における実施材1の銅線の断面写真を示した図である。銅合
金線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小
さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、
外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材1は、内部の結晶組織が大きく成
長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、高い伸び特性を維持しているものと思
われる。
【0080】
図4は、比較材1の断面組織を示した断面写真である。比較材1は、表面から中央にか
けて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再
結晶が進行しているため、実施材1に比して600℃以上の高温領域における伸び特性は
、低下しているものと考えられる。
【0081】
このように、実施材1では、比較材1よりも伸び特性の点で優れているため、この導体
を用いて撚線を製造するときの取り扱い性に優れ、耐屈曲特性に優れ、曲げやすさの点に
おいてもケーブルの配策が容易になるという利点がある。
【0082】
つぎに、本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、屈曲寿命の長さが要求されるが、無酸素
銅線を用いた比較材2と低酸素銅に13mass ppmのTiを添加した軟質希薄銅合
金線を用いた実施材2における屈曲寿命を測定した。ここでは試料としては、0.26m
m径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、比較材2は比
較材1と同様の成分組成であり、実施材2も実施材1と同様の成分組成のものを使用した

【0083】
図5は、屈曲寿命の測定方法を示し、その方法により屈曲疲労試験を行った。屈曲疲労
試験は、荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮の繰返し曲げひずみを与える試験である。
試料は、(A)のように曲げ治具(図中、リングと記載)の間にセットし、荷重を負荷し
たまま、(B)のように治具が90度回転し曲げを与える。この操作で、曲げ治具に接し
ている線材表面には圧縮ひずみが、これに対応して反対側の表面には、引張ひずみが負荷
される。その後、再び(A)の状態に戻る。次に(B)に示した向きと反対方向に90度
回転し曲げを与える。この場合も、曲げ治具に接している線材表面には圧縮ひずみが、こ
れに対応して反対側の表面には引張ひずみが負荷され、(C)の状態になる。そして(C
)から最初の状態(A)に戻る。この屈曲疲労1サイクル(A)→(B)→(A)→(C
)→(A)に要する時間は4秒である。表面曲げ歪は以下の式により求めることができる。
【0084】
表面曲げ歪(%)=r/(R+r)×100(%)
{R:素線曲げ半径(30mm)、r=素線半径}
【0085】
図6は、400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅線を用いた比較材2と、
低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材2における屈曲寿命を測定し
た表面曲げ歪みと屈曲回数との関係を示す図である。図6に示すように、本発明に係る実
施材2は、表面曲げ歪み0.45%で、屈曲回数が比較材2の2000回弱に比して、4
000回強と2倍の高い屈曲寿命を示した。
【0086】
図7は、実施材2の幅方向の結晶構造を示す断面組織を写真により表した図であり、図
8は、比較材2の幅方向の結晶構造を示す断面組織を写真により表した図である。実施材
2は、実施材1と同じ成分のもので、最も軟質材導電率が高い0.26mm径の線材で、
焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。又、比較材2は、無酸素銅(O
FC)からなる0.26mm径の線材、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製
される。
【0087】
表3は、実施材2及び比較材2の導電率を示す。
【0088】
【表3】

【0089】
表3に示すように、実施材2は、比較材2と比べて、電流を流したときに、電子の流れ
が妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さくなる。従って、実施材2は
、比較材2と比べて導電率(%IACS)が大きくなっている。
【0090】
図8に示すように、比較材2の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさ
の等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、図7に示すように、実施
材2の結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイ
ズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0091】
実施材2は、例えば、φ2.6mm、φ0.26mmとなるように加工した導体の銅中
のSをTi−S、Ti−O−Sの形で補足している。また、銅中に含まれる酸素(O)は
、例えば、TiOのように、TixOyの形で存在しており、結晶粒内、結晶粒界に析
出している。
【0092】
このため、銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材2は、再結晶化が進
み易く内部の結晶粒が大きく成長する。このため、実施材2は、比較材2と比べて、電流
を流したときに、電子の流れが妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さ
くなる。従って、実施材2は、比較材2と比べて導電率(%IACS)が大きくなる。
【0093】
以上の結果により、実施材2を用いた製品では、軟らかく、導電率が向上し、且つ屈曲
特性を向上させることができる。従来の導体では、結晶組織を実施材2のような大きさに
再結晶させるためには、高温の焼鈍処理が必要となる。しかし、焼鈍温度が高過ぎると、
Sが再固溶してしまう。また、従来の導体では、再結晶させると、軟らかくなり、屈曲特
性は低下する問題があった。実施材2では、焼鈍したときに双晶とならずに再結晶できる
ため、内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるが、一方で表層は、微細結晶が残ってい
るため、屈曲特性が低下しない。
【0094】
図9は、600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅線を用いた比較材3と、
低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材3における屈曲寿命を測定し
た結果を表した表面曲げ歪みと屈曲回数との関係を示す図である。ここでは試料としては
、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用い、
比較材3は比較材1と同様の成分組成であり、実施材3も実施材1と同様の成分組成のも
のを使用した。屈曲寿命の測定方法は、図5の測定方法と同様の条件により行った。
【0095】
図9に示すように、この場合も、本発明に係る実施材3は、表面曲げ歪み0.45%で
、屈曲回数が比較材3の1000回に比して、2000回弱であるが約2倍の高い屈曲寿
命を示した。この結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施材2、3の方が比較材2、
3に比して0.2%耐力値が大きい値を示していたことに起因するものであると理解され
る。
【0096】
図10は、実施材3の幅方向の結晶構造を示す断面組織を写真により表した図であり、
図11は、比較材3の幅方向の結晶構造を示す断面組織を写真により表した図である。図
10及び図11に示すように、比較材3の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的
に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、実施材3の結晶
構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、試料の断面方向の表面
付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて
小さくなっていることである。
【0097】
発明者らは、比較材3には形成されていない、実施材3の表層に現れた微細結晶粒層が
実施材3の屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0098】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材3
のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、
本発明の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には
微細結晶粒層が残存していることから、軟質銅材でありながら、屈曲特性の良好な軟質希
薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0099】
図10及び図11に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材3及び比較材3の試料の
表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0100】
図12は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法を示す。図12に示すように、0
.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのと
ころの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を
表層における平均結晶粒サイズとした。
【0101】
測定の結果、比較材3の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し
、実施材3の表層における平均結晶粒サイズは、10μmである点で大きく異なっていた
。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制
され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる。即ち、結晶粒サイズが大きいと結晶粒界に沿
って亀裂が進展してしまうが、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展の方向が変わるため、
進展が抑制されるもので、このことが、上述のとおり、比較材3と実施材3との屈曲特性
の面で大きな相違を生じたものと考えられる。
【0102】
また、前述の2.6mm径である実施材1、比較材1の表層における平均結晶粒サイズ
として、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ
10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。測定の結果、比較材1の表層における平均
結晶粒サイズは100μmであったのに対し、実施材1の表層における平均結晶粒サイズ
は20μmであった。本発明の効果を奏するものとして、表層の平均結晶粒サイズの上限
値としては、20μm以下のものが好ましく、製造上の限界値から5μm以上のものが想
定される。
【実施例1】
【0103】
(軟質希薄銅合金材料の製造)
φ2.6mmサイズの銅線を作製するところまでは、軟質希薄銅合金材料の実施材1と
同様である。これをφ0.9mmまで伸線加工を施し、通電アニーラにて一旦焼鈍した後
、φ0.05mmまで伸線した。φ2.6mmからφ0.9mmへの加工度は88.0%で
ある。
【0104】
このφ0.05mmの材料を通電アニーラにより、通電電圧21〜33V、巻き取り速
度500m/minで連続焼鈍を施し、実施材4の材料とした。比較として、φ0.05
mmの無酸素銅(純度99.99%以上、OFC)も同様の加工熱処理条件で作製し比較
材4の材料とした。この場合のφ0.9mmからφ0.05mmへの伸線加工度は99.
7%である。
【0105】
別の焼鈍方法として、前述同様に、φ0.9mmからφ0.05mmまで伸線した軟質
希薄銅合金材料を、管状炉にて400℃〜600℃×0.8〜4.8秒、走行焼鈍を施し
実施材4の材料とした。比較として、φ0.05mmの無酸素銅(99.99%以上、O
FC)も同様の加工熱処理条件で作製し比較材4の材料とした。
【0106】
これらの材料の機械的特性(引張強さ、伸び率)、硬さ、結晶粒サイズを測定した。表
層における平均結晶粒サイズは、0.05mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10
μmの深さのところの長さ0.25mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0107】
(軟質希薄銅合金材料の軟質特性、伸び率及び引張強さ)
図13は、無酸素銅線を用いた比較材1に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mas
s ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施材1に係るワイヤロッ
ドとについて、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、通電アニ
ーラによる焼鈍(電圧21〜33V、巻き取り速度500m/min)をしたあとの引張
強さと伸び率との関係を測定した実施材4と比較材4の結果を示す図である。
【0108】
図13に示すように、ほぼ同じ伸び率で比較した場合、実施材4の引張強さは、比較材
4よりも15MPa以上大きいことがわかる。無酸素銅との比較で、伸び率を低下させる
ことなく、引張強さを高くできることで、例えば、実施材4の軟質希薄銅合金線は、無酸
素銅を使用する導体に比して、応力付加による断線の発生を低減させることができる。
【0109】
図14は、無酸素銅線を用いた比較材4に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mas
s ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施材4に係るワイヤロッ
ドとについて、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉に
よる走行焼鈍(温度300℃〜600℃、時間0.8〜4.8秒)をしたあとの断面硬さ(
Hv)と機械的特性(伸び率)との関係を示す図である。
【0110】
断面硬さは、樹脂中に埋め込んだφ0.05mmワイヤの横断面を研磨し、ワイヤ中央
部のビッカース硬さを測定することで評価した。測定数はn=5であり、その平均値とし
た。
【0111】
引張強さと伸び率の測定は、φ0.05mmワイヤを標点距離100mm、引張速度2
0mm/minの条件で引張試験を行うことにより評価した。材料が破断するときの最大
の引張応力が引張強さであり、材料が破断するときの最大の変形量(ひずみ)を伸び率と
した。
【0112】
図14に示すように、ほぼ同じ伸び率で比較した場合、実施材4の硬さは、比較材4よ
りも10Hvほど小さいことがわかる。無酸素銅との比較で、伸び特性を低下させること
なく、硬さを小さくできることで、例えば、実施材4の軟質希薄銅合金材料は、無酸素銅
を使用するボンディングワイヤに比して、ボンディング時のパッドダメージを低減させる
ことができる。
【0113】
表4は、図13に示す評価結果のうち、実施材4と比較材4とで硬さがほぼ同等になる
条件のデータを抜粋し比較した結果を示す。実施材4は、実施材1に係るワイヤロッドを
、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を400℃×
1.2秒間の走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。同じく比較材
4は、比較材1に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで
伸線加工をし、管状炉中を600℃×2.4秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さ
を示したものである。
【0114】
【表4】

【0115】
表4に示すように、同じ硬さの材料であっても、実施材4の伸び率は、比較材4よりも
7%以上も高いため、例えば、ボンディングワイヤとして使用した場合、ワイヤボンディ
ング時の接続信頼性やハンドリング特性の向上に大きく寄与できる。また、同じ硬さであ
りながら無酸素銅を使用するボンディングワイヤに比して、引張強さが高いため、接続部
(ボールネック部)の強度信頼性に大きく寄与できる。
【0116】
ここでのワイヤボンディング部の接続信頼性とは、ワイヤボンディング後に樹脂モール
ドした後、銅ワイヤと樹脂材との熱膨張差により発生する応力に対する耐性のことである

【0117】
また、ハンドリング性とは、ワイヤスプールからボンディング部へワイヤを供給する際
の応力に対する耐性、その他、巻きぐせのつきにくさのことである。
【0118】
図15は、硬さ(Hv)と引張強さとの関係を示す図である。図15に示すように、ほ
ぼ同じ引張強さで比較した場合、実施材4の硬さは、比較材4よりも10Hvほど小さい
ことがわかる。引張強さを低下させることなく、硬さを小さくできることで、例えば、実
施材4の軟質希薄銅合金材料をボンディングワイヤとして使用した場合、ボンディング時
のパッドダメージを低減させることができる。
【0119】
表5は、実施材4と比較材4とで引張強さがほぼ同等になる条件のデータを抜粋し比較
した結果を示す。実施材4は、実施材1に係るワイヤロッドを、φ0.9mm(なまし材
)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を500℃×4.8秒間の走行焼鈍した
ときの機械的特性及び硬さを示したものである。同じく比較材4は、比較材1に係るワイ
ヤロッドを、φ0.9mm(なまし材)からφ0.05mmまで伸線加工をし、管状炉中を
600℃×2.4秒間走行焼鈍したときの機械的特性及び硬さを示したものである。
【0120】
【表5】

【0121】
表5に示すように、同じ引張強さの材料であっても、実施材4の伸びは、比較材4より
も5%も高いため、例えば、ボンディングワイヤとして使用した場合、ワイヤボンディン
グ時の接続信頼性やハンドリング特性の向上に大きく寄与できる。また、同じ引張強さの
材料でありながらも、実施材4の硬さは、比較材4よりも十分小さいため、ワイヤボンデ
ィング時のパッドダメージを小さくすることができる。
【0122】
ここでのワイヤボンディング部の接続信頼性及びハンドリング性は、前述と同じである

【0123】
引張強さ、伸び率及び硬さのバランスは、製品により要求される仕様は多少異なるが、
一例として、本発明によると、引張強さを重視する場合、引張り強さ270MPa以上、
伸び7%以上の導体が供給可能であり、更に硬さの小ささを重視する場合、210MPa
以上270MPa、伸び率15%以上、かつ硬さ65Hv以下の導体の供給が可能である

【0124】
(軟質希薄銅合金線の結晶構造について)
図16は、実施材4に係る幅方向の断面組織を写真にて表した図であり、図17は、比
較材4に係る幅方向の断面組織を写真にて表した図である。図16(a)と(b)とは異
なった場所でのものである。
【0125】
図17に示すように、比較材4の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大き
さの等しい結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、実施材4の結晶構造は、全体
的に結晶粒の大きさがまばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層
における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0126】
本発明者らは、比較材4には形成されていない実施材4の表層に現れた微細結晶粒層が
実施材4の軟質特性を有し、かつ、引張強さと伸び特性を併せ持つことに寄与しているも
のと考えている。
【0127】
通常、軟質化を目的とした熱処理を行うと、比較材4のように再結晶により均一に粗大
化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施例においては、内部に粗大な結
晶粒を形成する焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって
、本実施例では、軟質銅材でありながら引張強さと伸び率に優れた軟質希薄銅合金材料が
得られたと考えられる。
【0128】
図16及び図17に示す結晶構造の断面写真を基に、実施材4及び比較材4に係る表層
における平均結晶粒サイズを測定した。
【0129】
図18は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す図である。図18に
示すように、0.05mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に5μm間隔で10μmの
深さまでの長さ0.25mmの線上の範囲で、結晶粒サイズを測定した。そして、各測定
値(実測値)から平均値を求め、この平均値を平均結晶粒サイズにした。
【0130】
測定の結果、比較材4の表層における平均結晶粒サイズは、22μmであったのに対し
、実施材4の表層における平均結晶粒サイズは、図16(a)では7μm及び図16(b
)では15μmであり、異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことを一つの理
由として、高い引張強さと伸び率が得られたと考えられる。なお、結晶粒サイズが大きい
と、結晶粒界に沿って亀裂が進展する。しかし、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展方向
が変わるので、進展が抑制される。このことから、実施材4の疲労特性は、比較材4より
も優れると考えられる。疲労特性とは繰り返し応力を受けたとき、材料が破断に至るまで
の応力付加サイクル数或いは時間を示す。
【0131】
本実施例の効果を奏するには、表層の平均結晶粒サイズとしては15μm以下が好まし
い。
【実施例2】
【0132】
(φ0.05mmの軟質希薄銅合金材料の管状炉、通電アニーラ及びバッチ処理)
表6〜表8は、φ0.05mmの軟質希薄銅合金材料の加工度や熱処理条件と、上述の
とおり引張強さと伸び率、屈曲特性の向上に寄与する表層の微細結晶の存在、及び、伸び
率、硬さについて評価した結果を示す。φ0.9mmサイズの銅線を作製するところまで
は、上述した軟質希薄銅合金材料の実施材1と同様である。
【0133】
表6は、最終線径で、管状炉による走行焼鈍を行ったものであり、その時の温度と時間
に対する表層の平均結晶粒サイズと伸び率を評価したものである。
【0134】
表7は、最終線径で、通電アニーラによる焼鈍を行ったものであり、そのときの通電電
圧及び走行速度に対する表層の平均結晶粒サイズと導体の断面硬さを評価したものである。
【0135】
【表6】

【0136】
【表7】

【0137】
表6、表7の評価に用いた試料の加工度は、最終線径をいずれもφ0.05mmとし、
φ0.9mmのなまし材からの加工の途中のいくつかの中間の線径サイズでなまし処理を
行うことで調整した。
【0138】
伸び率の値は、引張試験を行うことによる評価であり、伸び率15%以上を合格(○)
、10〜15%未満を不十分(△)、10%を下回る場合不適(×)とした。硬さの評価
は、樹脂中に埋め込んだ材料の横断面をビッカース硬さ試験にて行い、80Hv以下を合
格(○)、80Hvを超えるものを不適(×)とした。
【0139】
表層の平均結晶粒サイズについては、図18に示す方法で測定し、各測定値(実測値)
から平均値を求め、15μm以下を合格(○)、15μmを超える場合不適(×)とした。
【0140】
表8は、最終線径で、バッチ焼鈍を行ったときのものであり、そのときの温度及び時間
に対する表層の平均結晶サイズと伸びを評価したものである。
【0141】
【表8】

【0142】
表8の評価に用いた試料の加工度は、最終線径をいずれもφ0.25mmとし、φ0.9
mmのなまし材からの加工の途中のいくつかの中間の線径サイズでなまし処理を行うこと
で調整した。
【0143】
表層の平均結晶粒サイズについては、表6、表7と同様の方法で測定し、伸び率の値は
、引張試験を行うことによる評価であり、伸び率18%以上を合格(○)、13〜18%
未満を不十分(△)、13%を下回る場合不適(×)とした。
【0144】
(管状炉による走行焼鈍)
表6の管状炉による走行焼鈍を行ったものによると、同じ熱処理条件であっても、加工
度が異なる場合、表層の結晶粒のサイズに影響があることがわかる。表6の実施例1〜1
2に示すとおり、加工度が50%以上であれば、引張強度、伸び率、屈曲特性を向上させ
るための微細な結晶を形成させることができ、また、伸び特性も兼ね備えている。一方、
比較例1〜7に示すとおり、加工度が50%未満である場合、表層の平均結晶粒は、細か
くすることができない。また、一部それに付随して、高い伸び率を得ることができない。
この理由として、加工度が50%未満である場合、再結晶の核を多数形成させるための歪
エネルギーが不十分であり、少数の結晶粒が粗大に成長してしまうためである。
【0145】
熱処理条件に関しては、温度が250℃以上550℃以下、時間は0.6秒以上5.0秒
以下であれば、同じく結晶粒サイズが細かく伸び率に優れる。
【0146】
一方、熱処理温度を250℃未満、或いは550℃を超える場合、又は、熱処理時間が
、0.5秒以下、或いは5.0秒を越える場合、微細な結晶粒サイズと高い伸び率を得るこ
とができない。これは、温度250℃未満或いは、時間0.5秒以下である場合、再結晶
が十分でなく、加工組織が存在しているためであり、逆に温度550℃を超えるか或いは
時間5.0秒を超える場合、過剰な熱により結晶が粗大化し、伸び率も低下してしまうた
めである。
【0147】
(通電アニーラによる焼鈍)
表7の通電アニーラによる焼鈍を行ったものによると、その熱処理条件のうち、電圧が
21V〜33Vの範囲にて、表層の結晶粒サイズが細かく、かつ軟質な導体を製造できる
ことがわかる。一方、電圧が21Vよりも小さい場合、或いは33Vを超える場合には、
それらの特性が得られないことがわかった。これは、電圧が21Vよりも小さい場合、加
工効果による歪を十分に開放させるための熱エネルギーが不十分であるためと考えられる
。逆に33Vを超える電圧で熱処理を行った場合、過剰な抵抗発熱により、材料が溶断し
てしまった。
【0148】
走行速度については、300〜600m/minの間で同じく表層の結晶粒サイズが細
かく、かつ軟質な導体を製造できることがわかった。一方、走行速度が300m/min
よりも小さい場合、或いは、600m/minを超える場合、それらの特性を得ることが
できないことがわかった。これは、速度が300m/minよりも小さい場合、熱エネル
ギーが過剰で、結晶が粗大化してしまったためであり、600m/minを超えると、軟
質化させるための熱エネルギーを十分に与えられなかったためと考えられる。
【0149】
(バッチ式による焼鈍)
表8のバッチ式による焼鈍を行ったものによると、その熱処理の温度を150℃以上、
550℃以下にした場合、表層の結晶粒サイズを小さく、かつ優れた伸びを得ることがで
きた。一方、温度を120℃以下、或いは560℃以上とした場合、上記特性を得ること
ができなかった。これは、温度が120℃以下の場合、再結晶が十分でなく、加工組織が
存在しているためであり、560℃以上の場合、過剰な熱により結晶が粗大化してしまっ
ているからである。
【0150】
熱処理時間に関して、3時間以内の場合、表層の結晶粒サイズを小さく、かつ優れた伸
び率を得ることができた。一方、3時間を超える場合、上記特性を得ることができなかっ
た。これは、3時間を超えると、過剰な熱エネルギーにより結晶粒が粗大化してしまうた
めである。バッチ式の場合、短時間での処理が難しいため、熱処理時間の下限値としては
、0.5時間が適当である。
【0151】
以上の結果から、本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法としては、加工度が50%以
上であり、その線径が1.0mm未満の場合には、焼鈍処理の条件が、温度250℃〜5
50℃、時間0.6秒〜5.0秒の管状炉中を通過させる連続焼鈍を行うことが望ましい。
【0152】
また、別の形態として、焼鈍処理の条件が、通電電圧21V〜33V、走行速度が30
0m/分〜600m/分の通電アニーラによる連続焼鈍を行うことが望ましい。
【0153】
また、別の形態として、鈍処理の条件が、温度150℃〜550℃、3時間以下のバッ
チ式焼鈍で行うことが望ましい。
【0154】
(φ2.6mmの軟質希薄銅合金材料の管状炉、通電アニーラ及びバッチ処理)
表9〜11は、線径の影響を確認するため、材料の加工度や熱処理条件と、引張強さと
伸び率、屈曲特性の向上に寄与する表層の微細結晶の存在、及び、伸び率、硬さについて
評価した結果を示す。φ2.6mmサイズの銅線を作製するところまでは、上述した軟質
希薄銅合金材料の実験例と同様である。
【0155】
表9及び表10の評価に用いた試料の加工度は、最終線径をいずれもφ2.6mmとし
、φ8.0mmの鋳造材からの加工の途中のいくつかの中間の線径サイズでなまし処理を
行うことで調整した。
【0156】
表9は、最終線径で、管状炉による走行焼鈍を行ったものであり、その時の温度と時間
に対する表層の平均結晶粒サイズと伸び率を評価した。
【0157】
表10は、最終線径で、通電アニーラによる焼鈍を行ったものであり、そのときの通電
電圧及び走行速度に対する表層の平均結晶粒サイズと導体の断面硬さを評価したものであ
る。
【0158】
表11は、最終線径で、バッチ式焼鈍による焼鈍を行ったものであり、そのときの温度
及び加熱保持時間に対する表層の平均結晶粒サイズと導体の断面硬さを評価したものであ
る。
【0159】
【表9】

【0160】
【表10】

【0161】
【表11】

【0162】
表層の平均結晶粒サイズについては、図12に示す方法で測定し、各測定値(実測値)
から平均値を求め、平均結晶粒サイズが20μm以下を合格(○)、20μmを超える場
合不適(×)とした。
【0163】
伸び率の値は、引張試験を行うことによる評価であり、伸び率18%以上を合格(○)
、13〜18%未満を不十分(△)、13%を下回る場合不適(×)とした。硬さの評価は、樹脂中に埋め込んだ材料の横断面をビッカース硬さ試験にて行い、80Hv以下を合格(○)、80Hvを超えるものを不適(×)とした。
【0164】
表9〜表11に示すように、同じ熱処理条件であっても、加工度が異なる場合、表層の
結晶粒サイズに影響があることがわかる。実施例に示すとおり、いずれの熱処理方法にお
いても、加工度50%以上であれば、引張強度、伸び率、屈曲特性を向上させるための微
細な結晶を形成させることができ、また、伸び特性も兼ね備えている。一方、比較例に示
すとおり、加工度が50%未満である場合、表層の平均結晶粒は、細かくすることができ
ない。また、一部それに付随して、高い伸び率を得ることができない。
【0165】
(管状炉による焼鈍)
熱処理条件に関しては、表9に示す管状炉による焼鈍では、温度が300℃以上800
℃以下、時間は1.0秒以上10.0秒以下であれば、同じく結晶粒サイズが細かく伸びに
優れる。
【0166】
一方、熱処理温度を300℃未満、或いは820℃を超える場合、又は、熱処理時間が
、0.5秒以下、或いは10.0秒を越える場合、微細な結晶粒サイズと高い伸びを得るこ
とができない。これは、温度300℃未満、或いは、時間0.5秒以下である場合、再結
晶が十分でなく、加工組織が存在しているためであり、逆に温度820℃を超えるか或い
は時間10.0秒を超える場合、過剰な熱により結晶が粗大化し、伸びも低下してしまうた
めである。
【0167】
(通電アニーラによる焼鈍)
表10の通電アニーラによる焼鈍では、その熱処理条件のうち、電圧が25〜35Vの
範囲にて、表層の結晶粒サイズが細かく、かつ軟質な導体を製造できることがわかる。一
方、電圧が21Vよりも小さい場合、或いは35Vを超える場合には、それらの特性が得
られないことがわかった。これは、電圧が21Vよりも小さい場合、加工効果による歪を
十分に開放させるための熱エネルギーが不十分であるためと考えられる。逆に35Vを超
える電圧で熱処理を行った場合、過剰な抵抗発熱により結晶が粗大化した。
【0168】
走行速度については、100〜500m/minの間で同じく表層の結晶粒サイズが細
かく、かつ軟質な導体を製造できることがわかった。一方、走行速度が80m/minよ
りも小さい場合、或いは、700m/minを超える場合、それらの特性を得ることがで
きないことがわかった。これば、速度が300m/minよりも小さい場合、熱エネルギ
ーが過剰で、結晶が粗大化してしまったためであり、700m/minを超えると、軟質
化させるための熱エネルギーを十分に与えられなかったためと考えられる。80m/mi
nよりも小さい走行速度は生産効率が悪いため、コスト高となる。
【0169】
(バッチ式による焼鈍)
表11のバッチ式による焼鈍では、その熱処理の温度を170℃以上、700℃以下に
した場合、表層の結晶粒サイズを小さく、かつ優れた伸びを得ることができた。一方、温
度を120℃以下、或いは750℃以上とした場合、上記特性を得ることができなかった
。これは、温度は120℃以下の場合、再結晶が十分でなく、加工組織が存在しているた
めであり、750℃以上の場合、過剰な熱により結晶が粗大化してしまっているからであ
る。
【0170】
熱処理時間に関して、3時間以内の場合、表層の結晶粒サイズを小さく、かつ優れた伸
びを得ることができた。一方、5時間を超える場合、上記特性を得ることができなかった
。これは、5時間を超えると、過剰な熱エネルギーにより結晶粒が粗大化してしまうため
である。バッチ式の場合、昇温、冷却のスピードを考えると、短時間での処理が難しいた
め、熱処理時間の下限値としては、0.5時間が適当である。
【0171】
以上の結果から、本発明の軟質希薄銅合金材料の製造方法としては、加工度が50%以
上であり、加工後の焼鈍処理の条件が、温度250℃〜800℃、時間0.6秒〜10.
0秒の管状炉による焼鈍が望ましい。
【0172】
また、別の形態として、焼鈍処理の条件が、通電電圧21V〜35V、走行速度が10
0m/分〜600m/分の通電アニーラによる焼鈍が望ましい。
【0173】
また、別の形態として、焼鈍処理の条件が、温度150℃〜700℃、3時間以下のバ
ッチ式焼鈍が望ましい。
【0174】
更に詳しくは、加工後に焼鈍しようとする材料の線径サイズがφ1.0mm未満である
場合、焼鈍処理の条件が、温度250℃〜550℃、時間0.6秒〜5.0秒の管状炉に
よる焼鈍がより望ましく、別の形態として、焼鈍処理の条件が、通電電圧21V〜33V
、走行速度が300m/分〜600m/分の通電アニーラによる焼鈍がより望ましく、また
、別の形態として、焼鈍処理の条件が、温度150℃〜550℃、3時間以下のバッチ式
焼鈍がより望ましい。
【0175】
また、加工後に焼鈍しようとする材料の線径サイズがφ1.0mm以上である場合、焼
鈍処理の条件が、温度300℃〜800℃、時間1.0秒〜10.0秒の管状炉による焼
鈍がより望ましく、別の形態として、焼鈍処理の条件が、通電電圧25V〜35V、走行
速度が100m/分〜500m/分の通電アニーラによる焼鈍がより望ましく、また、別の
形態として、焼鈍処理の条件が、温度170℃〜700℃、3時間以下のバッチ式による
焼鈍がより望ましい。
【0176】
以上の本実施形態に係る軟質希薄銅合金材料の製造方法は、Ti等を含み残部が銅から
なる軟質希薄銅合金に塑性加工による加工を施し、次いで焼鈍処理を施す前の加工度を5
0%以上とすることにより、結晶組織が少なくとも表面から線径の20%の深さまでの平
均結晶粒サイズが15μm以下にできることから、高い導電性を備え、かつ、軟質材にお
いても高い引張り強さと伸び率を両立できるため、製品の接続信頼性を向上させることが
できる。
【0177】
又、添加したTiと同様に、本実施形態に係る軟質希薄銅合金材料の製造方法としてM
g、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素にお
いても不純物である硫黄(S)をトラップするので、マトリックスとしての銅母相が高純
度化し、素材の軟質特性が向上される。このため、その軟質希薄銅合金材料を銅ボンディ
ングワイヤとして用いることによりボンディング時にシリコンチップ上の脆弱なアルミパ
ットにダメージを与えることを抑制できる効果が得られることが確認されている。
【0178】
又、本実施形態に係る製造方法によって得られる軟質希薄銅合金材料は、銅の高純度化
(99.999質量%以上)処理を要せず、安価なSCR連続鋳造圧延法により高い導電
率を実現することができるので、生産性が高く、低コスト化ができる。
【0179】
更に、本実施形態に係る製造方法によって得られる軟質希薄銅合金材料からなる銅ボン
ディングワイヤは、車載用パワーモジュール用途のφ0.3mm程度のAlボンディング
ワイヤの代替としても適用でき、素材の高熱伝導性によるワイヤ径の減少に伴うモジュー
ルの小型化、熱伝導性向上による放熱性アップによって電流密度増大による接続信頼性の
低下を回避できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添
加元素を含み、残部が銅である軟質希薄銅合金に塑性加工を施し、次いで焼鈍処理を施す
軟質希薄銅合金材料の製造方法であって、
前記焼鈍処理を行う前の前記塑性加工における加工度が50%以上であることを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm未満である線形状であり
、前記焼鈍処理を、温度250℃〜550℃及び時間0.6秒〜5.0秒の範囲にて管状炉中を通過させることによって連続的に行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm未満である線形状であり
、前記焼鈍処理を、通電電圧21V〜33V及び走行速度300m/分〜600m/分の範囲にて通電アニーラによって連続的に行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項4】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm未満である線形状であり
、前記焼鈍処理を、温度150℃〜550℃及び3時間以下の範囲にてバッチ処理によって行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項5】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm以上である線形状であり
、前記焼鈍処理を、温度300℃〜800℃及び時間1.0秒〜10.0秒の範囲にて管状炉中を通過させることによって連続的に行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm以上である線形状であり
、前記焼鈍処理が、通電電圧25V〜35V及び走行速度100m/分〜500m/分の範囲にて通電アニーラによって連続的に行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項7】
請求項1において、前記軟質希薄銅合金材料が直径1.0mm以上である線形状であり
、前記焼鈍処理を、温度170℃〜700℃及び3時間以下の範囲にてバッチ処理によって行うことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかにおいて、前記軟質希薄銅合金は、2〜12mass ppm
の硫黄と、2mass ppmを超えて30mass ppm以下の酸素と、前記添加元素
としてTiを4〜55mass ppmとを含むことを特徴とする軟質希薄銅合金材料の
製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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