説明

輸液製剤として用いた溶存水素含有生理的等張液による虚血再還流傷害の軽減

【課題】 脳梗塞、心筋梗塞、外科手術などによる一時的な虚血後、新鮮血が血管内に一気に再還流した際に過度の酸化ストレスが生じ、重篤な組織傷害である虚血再還流傷害が発生する。医療現場において安全に虚血再還流傷害を抑制する方法が望まれている。
【解決手段】 抗酸化ストレス剤としての溶存水素含有生理的等張液を、輸液として静脈内投与することにより、これらの重篤な虚血再還流傷害を軽減することが可能となった。更に、供給時は水素ガス難透過性の容器内に保存して、使用時は透明容器を採用することにより、医療現場での使用が実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療における塞栓、手術後に観察される虚血再還流傷害を軽減する目的に使用する溶存水素含有生理的等張液と溶存水素含有生理的等張液を医療に使用するための、安全で安定的な供給方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞、心筋梗塞、外科手術、臓器移植時などで虚血状態にあった組織は、新鮮血の再還流が行われた時、急激で過剰な活性酸素種の産生に起因する酸化ストレス状態にさらされ、虚血再還流傷害をこうむる。
【0003】
このような傷害は、脳梗塞では重篤な麻痺が残り、心筋梗塞では生命が危険にさらされ、一般手術や移植手術では不成功となる重大なものである。
【0004】
このような傷害を軽減するために、例えば、前述の脳梗塞に対しては、フェノール製剤

候、日常生活動作障害、機能予後の改善を適応症として使用されているが、腎機能障害などの重篤な副作用が知られており、安全かつ有効な薬剤の開発が望まれている。
【0005】
最近、動物を使用した肝臓の虚血再還流傷害モデル、脳梗塞モデル、心筋梗塞モデルを用いて、水素をガスとして直接吸入させることによって、細胞傷害を軽減したと報告された。
【非特許文献1】K.Fukuda,S.Asoh,M.Ishikawa,Y.Yamamoto, I.Ohsawa,S.Ohta.Inhalation of hydrogen gas suppresses hepatic injury caused by ischemia/reperfusion through reducing oxidative stress.Biochem.Biophys.Res.Commun.361(2007)670−674.
【非特許文献2】I.Ohsawa,M.Ishikawa,K.Takahashi,M.Watanabe,K.Nishimaki,K.Yamagata,K.Katsura,Y.Katayama,S.Asoh,S.Ohta.Hydrogen acts as a therapeutic antioxidant by selectively reducing cytotoxic oxygen radicals.Nat.Med.13(2007)668−694.
【非特許文献3】K.Hayashida,M.Sano,I.Ohsawa,K.Shinmura,K.Tamaki,K.Kimura,J.Endo,T.Katayama,A.Kawamura,S.Kohsaka,S.Makino,S.Ohta,S.Ogawa,K.Fukuda.Inhalation of hydrogen gas reduces infarct size in the rat model of myocardial ischemia−reperfusion injury.Biochem.Biophys.Res.Commun.373(2008)30−35.
【0006】
しかしながら、水素ガスが爆発性を持つガスであることから、直接水素ガスを患者に投与することが想定される手術室、病院内、施設等や救急車内において、このままの方法で使用するのは危険で困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水素ガスの吸引によって示された虚血再還流傷害の効能を引き出すためには、医療現場で使用可能な安全な製剤、投与形態、安定した保存と供給を実現するための新規工夫が必要である。
【0008】
例えば、危険な爆発性水素ガスを安全且つ安定的に供給出来る媒体として、水素ガスを水溶液に溶かし込んだ溶存水素水が考えられる。
【0009】
しかしながら、水素ガスが水溶液に安定的に溶存できる量は、飽和溶存水素濃度で常温わずか約1.6ppmであるため、溶存水素水が虚血再還流傷害を軽減するとの推測を実現化するには多大な困難が存在している。
【0010】
特に、この飽和水素溶存濃度付近の溶液を用いて、人体に対する医療応用制限範囲の輸液投与量(成人1日当り2リットル程度)を静脈内投与した場合、継続的に水素ガスを吸引投与した時に動物で観察された虚血再還流傷害軽減の効能(非特許文献1を参照)と同等の効果が得られるかどうかについては、全く予想することが不可能である。
【0011】
よって、今まで、この程度の濃度の溶存水素水を静脈内投与や飲用によって、急激で過度な酸化ストレスに起因する虚血再還流傷害を軽減したとの報告はない。
【0012】
本発明において、解決しようとする課題は、安定的な飽和水素濃度付近溶液を使用し、且つ医療に応用できる投与量の範囲内で、虚血再還流傷害軽減の効能を引き出せるかどうかを検証することである。
【0013】
更には、安定的な飽和水素濃度付近溶液を医療の現場で使用可能な安定した保存状態で供給し、医療現場で安全に使用する工夫を提供することである。
【0014】
これらの問題を解決するために、新規な溶存水素含有生理的等張液を水素漏れ防止策を施した容器内に保存して、使用時に外気に触れることなく透明な容器内に移入させる2段構造の容器を使用して、安定な輸液製剤を供給するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、危険な爆発性水素ガスを使用せずに、医療現場において安全に投与可能な溶存水素含有生理的等張液を作製し、虚血再還流傷害の抑制効果を指標として、
(1)溶存水素濃度、(2)投与量、(3)製剤の安全で安定的な供給形態の3項目を鋭意研究した結果、医療応用できる安定的に水素が水溶液中に溶存できる濃度範囲で且つ投与量可能範囲である溶存水素含有生理的等張液を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明が提供する溶存水素含有生理的等張液により、脳梗塞、心筋梗塞、外科手術の際に発生する、虚血臓器への新鮮血の再還流後にみられる脳の障害、その他の臓器不全などといった重篤な再還流傷害の抑制が実現できる。
【実施例1】
【0017】
本実施例では、医療現場で使用できる静脈内投与製剤を実現するために、安全且つ安定的な溶存水素含有生理的等張液の作製を試みた。
【0018】
市場において購入が可能な、約1.2ppmの水素を含有する二種類の飲用溶存水素水を購入して、36%塩化ナトリウム(NaCl)溶液を添加して生体と等張な生理的食塩水を調整した。
【0019】
購入した二種類の飲用溶存水素水は、1.水素ガスバブリング法で作製されたグローバルバランス株式会社製の商品名「H4O」及び2.電気分解で作製されたエヌディーアクア株式会社製の商品名「真水素水」である。
【0020】
一方、SD系雄性ラット(約300g、日本エスエルシー)を用い、Collettiらの方法にしたがって部分肝虚血再還流モデルを作成した。虚血70分後にクリップを外すことにより再還流を行った。
【非特許文献4】L.M.Colletti,D.G.Remick,G.D.Burtch,S.L.Kunkel,R.M.Strieter,D.A.Campbell Jr.Role of tumor necrosis factor−alpha in the pathophysiologic alterations after hepatic ischemia/reperfusion injury in the rat.J.Clin.Invest.85(6):1936−43,1990.
【0021】
ラットの再還流直後の0分、3分、10分および20分後の4回に尾静脈またはペニス静脈から、前記で調整された溶存水素含有生理的食塩水を各回1.5mL投与した。
【0022】
再還流3時間後に鎖骨下静脈から採血し、肝臓組織の血中傷害指標であるアラニン・アミノトランスフェラーゼ(ALT)値を測定した。
【0023】
溶存水素水の代わりに生理的食塩水を投与したものを対照群とした。
【0024】
統計処理として、得られた結果は平均値±標準誤差で表し、対照群とのt検定を行った。有意水準は5%以下とした。
【0025】
グローバルバランス株式会社製の溶存水素水を調整した溶存水素含有生理的食塩水の効果を図1に示す(8例の平均±標準誤差)。
【0026】
対照群における再還流3時間後のALT値は、13,123±2,211 U/Lに増加した。これに対し、水素含有生理的食塩水投与群のALT値は、7,710±955 U/Lと対照群に比し41.3%の減少を示し、統計学的に有意であった。
【0027】
更に、エヌディーアクア株式会社製の溶存水素水を調整した溶存水素含有生理的食塩水の効果を図2に示す(5例の平均±標準誤差)。
【0028】
対照群における再還流3時間後のALT値は、8,300±1,286 U/Lに増加した。これに対し、水素含有生理的食塩水投与群のALT値は、4,680±481 U/Lと対照群に比し43.6%の減少を示し、統計学的に有意であった。
【0029】
このように、約1.2ppmの溶存水素水を0.9%NaCl等張液に調整した溶存水素含有生理的食塩水を静脈内投与することより、肝虚血再還流傷害によるALT値の増加が抑制された。
【0030】
これは、虚血再還流傷害において産生された急激で過剰な酸化ストレスが、水素の還元作用により軽減され、肝障害を抑制したことを示す。
【実施例2】
【0031】
更に、溶存水素含有生理的等張液を医療において利用するためには、溶存水素を安定的に保存することが出来る水素ガス難透過性の容器を用い、且つ医療行為時には、輸液の安全性を確保するために透明性の容器を使用しなくてはならない。
【0032】
本実施例において、溶存水素を安定的に保存する包装容器としてアルミ容器を使用したがこのアルミ容器は不透明であるため、医療現場において使用前に保存溶液の安全性を確認することができず、アルミ容器のままでは医療現場では使用できない。
【0033】
医療現場で実施するための一実施例を図3に示す。
【0034】
例えば、溶存水素含有生理的等張液を医療機関等へ供給する際には、アルミ容器等からなる不透明で水素ガス難透過性の容器1に保存して、使用時に外気に触れることなく無菌的に栓または境界を開放することにより下段の透明容器2に溶存水素含有生理的等張液を移入させる複室構造の包装袋を採用することにより、医療応用が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本実施例において用いた溶存水素含有生理的等張液は、生体に対する水素自体の毒性が報告されていないことからも臨床上有用性が大きく、その適用例として、酸化ストレスが関与する組織傷害が見られる脳梗塞、心筋梗塞、長時間におよぶ手術などで引き起こされる再還流傷害の軽減を目的とした輸液が挙げられる。
【0036】
この輸液という剤形は、水素ガスを医療現場で直接用いる手段よりも、安全性が高く、医療現場において扱いやすいという利点があり、医療において有用な使用方法である。
【0037】
本実施例では、生理的食塩水を用いて発明を完成したが、溶存水素含有の生理的等張液であれば目的を達することが可能であり、医療現場で使用されている、静脈投与を基本とした輸液用の製剤に対して水素を溶存させた製剤であれば、どのような製剤でも良い。
【0038】
この溶存水素含有生理的等張液の製造には、通常医療で使用されている生理的等張液に対して水素ガスを溶かし込む方法であればどのような方法を使用しても良く、例えば、バブリング法やナノバブリング法などを用いて作製することができる。
【0039】
生理的等張液の溶存水素量は、虚血再還流傷害を軽減することの出来る濃度でよく、1.2ppm濃度以上が適用可能である。
【0040】
脳梗塞、心筋梗塞等の救急患者を扱う医療現場の場合および外科手術の場合、溶存水素含有生理的等張液を輸液として成人一日あたり500mL以上2,000mL以下の投与量で静脈内投与することが望ましい。
【0041】
溶存水素含有生理的等張液の保存には、溶存水素が難透過性で漏れ水素量が極端に低いアルミ容器等に封入保存して、使用時に外気に接触することなく無菌的に透明な容器に移すことが望ましい。
【0042】
例えば、これらの容器は複室2段構造とし、上部にアルミ製の袋、下部に透明樹脂製の袋が連結して、境界を簡単に貫通させることができる構造となっており、使用時に溶存水素含有生理的等張液が下部に速やかに移動することができるものが望ましい。
【0043】
更に、医療上安全で安定的な供給のために使用される溶存水素含有生理的等張液の封入容器は、アルミ製の容器に限定されることなく、水素ガス非透過性であって且つ透明性を保持した容器を用いることにより代替可能である。
【0044】
例えば、ラミネート構造を用いて、2軸延伸ポリアミドフィルムやエチレン・ビニルアルコール共重合体等を使用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ラット肝臓虚血再還流モデルに対する溶存水素含有生理的食塩水の組織傷害抑制効果(日本、グローバルバランス株式会社製飲用水素水を使用)
【図2】ラット肝臓虚血再還流モデルに対する溶存水素含有生理的食塩水の組織傷害抑制効果(日本、エヌディーアクア株式会社製飲用水素水を使用)
【図3】輸液製剤を供給する医療応用の一例
【符号の説明】
【0046】
1 輸液用複室容器の水素難透過性包装部分
2 輸液用複室容器の透明樹脂製包装部分
3 人体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ストレスが関与する虚血再還流傷害を軽減するための有効量の溶存水素濃度を有する溶存水素含有生理的等張液である。
【請求項2】
請求項1記載において、前記酸化ストレスが関与する虚血再還流傷害とは、脳梗塞後の虚血再還流傷害、心筋梗塞後の虚血再還流傷害、手術後の虚血再還流傷害からなる群から選択されるものである。
【請求項3】
請求項1記載において、前記溶存水素濃度は、1.2ppm以上の溶存水素量を有するものである。
【請求項4】
請求項1記載において、前記使用する方法は、輸液としての静脈内投与であり、成人1日当りの投与量は500mL以上2,000mL以下の範囲から選択されるものである。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−189369(P2010−189369A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60212(P2009−60212)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(591036354)
【Fターム(参考)】