説明

通電加熱装置及び方法

【課題】ワークを均一に加熱処理する通電加熱装置及び方法を提供する。
【解決手段】ワークの相対する一端部及び他端部に対をなすように並べて配置される複数の電極対11と、ワークWに流れる電流が設定値と一致するよう各々が対応した電極対11に電流を流す複数の電流制御部12と、電源15からの電圧を調整して電流制御部12と電極対11とに加わる電圧を調整する複数の位相角調整部14と、を備える。電流制御部12から電極対11に大きさと通電位相角とが調整された電流が流れてワークWを加熱する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークに通電することによって熱処理する通電加熱装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の構造物、例えばセンターピラー、リィンフォースメントなどの強度を必要とする部材には、熱処理が施されている。左右幅が奥行き方向で等しい鋼材を通電により熱処理するには、鋼材の左端部、右端部にそれぞれ一枚の電極を配置し、電極間に電圧を印加すればよい。鋼材には一様な電流が流れるので、発熱量は鋼材の部位に拠らず均一となる。
【0003】
しかしながら、左右幅が奥行き方向で異なる鋼材にあっては、鋼材の左端部に複数の電極を並べて配置し、鋼材の右端部に複数の電極を並べて配置し、鋼材の左右端部に配置した電極で対を構成し、各電極対間に等しい電流を流すことにより、鋼材を一様な温度に加熱している。このような技術は例えば特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3587501号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、鋼材を熱処理する際には、通常、直流電源又は交流電源を使用している。交流電源は直流電源より設備コストが低く、エネルギー効率がよいので、交流電源が用いられていることが多い。しかしながら、特許文献1では、どのような電源を用いるかについては言及されていない。
【0006】
左右幅が奥行きで異なる鋼材(以下、単に「ワーク」と呼ぶ。)に通電して熱処理する場合、次のようにする必要がある。説明の簡略化のために、図15に示すように、ワークは左右幅が長い長尺部W1と左右幅が短い短尺部W2とに仮想的に区分可能なものとし、しかも、長尺部W1と短尺部W2の厚みが等しく、奥行き幅D1,D2が等しいとする。
【0007】
長尺部W1は、短尺部W2の左右幅に等しい部位W10と、その部位W10の左側の部位W11と、その部位W10の右側の部位W12とに仮想的に区分される。長尺部W1の左右端には所定の電圧を加える必要がある。ここで、所定の電圧とは、部位W10の抵抗R10と部位W11の抵抗R11と部位W12の抵抗R12との直列抵抗の和に対し、長尺部W1に通す電流I1を掛け算して求まる値である。部位W10の両端の電位差E10即ちR10×I1が、短尺部W2の左右端の電位差E2、即ち短尺部W2の抵抗R2と短尺部W2に流れる電流I2との積に等しくなれば、長尺部W1から短尺部W2に電流が流れ込まない。
【0008】
しかしながら、交流電圧に直流成分を加減して上下に推移することは難しい。そこで、交流電圧の正弦波を制御し、平均値、即ち一周期の電流の値が一周期で等しくなるように制御することが考えられる。
【0009】
即ち、図15に示すように、長尺部W1,短尺部W2の左端部、右端部にそれぞれ電極101,102,103,104を配置し、長尺部W1,短尺部W2に加える電圧をe(t)=E0sinωtとして表した場合、その電圧の振幅E0を変えないで、電圧を印加するタイミングをずらして、一周期で流れる電流量の総和を長尺部W1と短尺部W2とで等しくする。なお、ωは角周波数であり、tは時間である。
【0010】
さらに具体的に説明する。図16に示すように、長尺部W1に加える電圧をe1(t)とし、短尺部W2に加わる電圧をe2(t)とし、商用電源を用いることを想定すると、e1(t)=E1・sinωt,e2(t)=E2・sinωtと表される。電圧の振幅を等しくE1=E2とし、長尺部W1に流れる電流i1(t)の一周期分の電流量の総和と短尺部W2に流れる電流i2(t)の一周期分の電流量の総和とを等しくする。換言すると、長尺部W1,短尺部W2にそれぞれ加える電圧e1(t),e2(t)の振幅E1,E2は等しくし、電流i1(t),i2(t)の実効値が等しくなるようにする。
【0011】
しかしながら、電圧の振幅E1,E2が等しく、長尺部W1と短尺部W2とで左端と右端との間の抵抗が異なるので、短尺部W2に加わる電圧は、長尺部W1に対して位相遅れΔtが生じ、短尺部W2に流れる電流は、長尺部W1に流れる電流に対して位相遅れΔtが生じる。すると、長尺部W1には電圧が印加されるが、短尺部W2には電圧が印加されない状態が存在する。このような状態では、図17に矢印で示すように、長尺部W1から短尺部W2に対して電流が流れ込む。このような流れ込みが短尺部W2の左右端部と長尺部W1との境目に生じる。商用電源を用いると、この流れ込みが1秒間当たり50回若しくは60回生じるので、このような境目に熱が蓄積され、不均一な加熱となる。
【0012】
このように、長尺部W1にのみ電流が流れる期間が生じ、長尺部W1から短尺部W2に電流が流れ込み、長尺部W1と短尺部W2との境界部位(図17において点線で囲む領域)は、加熱されやすい。よって、均一な加熱処理が困難である。
【0013】
そこで、本発明においては、均一に加熱処理することができる通電加熱装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明における通電加熱装置は、ワークの相対する一端部及び他端部に対をなすように並べて配置される複数の電極対と、ワークに流れる電流が設定値と一致するよう接続された電極対に電流を流す複数の電流制御部と、それぞれが電流制御部に接続され、電源からの電圧を調整して電流制御部と電極対とに加わる電圧を調整することにより、電流制御部から電極対に流れる電流の通電位相角を調整する複数の位相角調整部と、を備え、電流制御部から電極対に大きさと通電位相角とが調整された電流を流してワークを加熱することを特徴とする。
【0015】
上記構成において、電極対の一方の電極と電流制御部との配線に電気的に結合される位相検出部と、この位相検出部からの検出信号を受けて通電位相角を算出し位相角調整部で調整されるべき電圧値を求める同期制御部とを、さらに備え、同期制御部で求めた電圧値を位相角調整部で設定する。
上記構成において、電流制御部は、電極対に接続されるSCR(Silicon Controlled Rectifier)逆並列回路と、電極対に流れる電流を検出する検出部と、検出部により検出した電流の大きさが設定値となるようSCR逆並列回路の通電位相角を制御する位相制御部と、を備える。
上記構成において、さらに、一次コイルと二次コイルとを含んで構成された複数のトランスを備え、トランス毎に、一次コイルに位相角調整部が接続され、かつ二次コイルに電流制御部を介在して電極対が接続されている。
上記構成において、位相角調整部は、二次コイルに生じる電圧を調整するために一次コイルに設けられた複数のタップと、複数のタップの何れか一つに接続を切り替える切替スイッチと、を含んで構成されているか、または、一次コイルに入力される電圧を調整するスライダックにより構成されている。
【0016】
上記目的を達成するために、本発明の通電加熱方法は、ワークの相対する一端部及び他端部に対をなすよう複数の電極対を並べて配置し、複数の電極対からワークへの通電開始タイミングを通電位相角により制御し、それぞれ設定された電流を各電極対に流すことを特徴とする。ワークは左右幅が奥行き方向に異なる板材である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の通電加熱装置によれば、ワークの一端部及び他端部に対をなすように電極対を並べて配置し、電流制御部により設定された値の電流を電極対に流す。その際、位相角調整部により電流制御部に印加する電圧を調整する。よって、各電流制御部により電極対を経由してワークに流れる電流の密度及び通電開始タイミングを電極毎によらず所定の範囲内となるように制御することで、ワークの部位に拠らず均一に加熱することができる。つまり、左右幅が奥行き方向で異なるワークであっても、電極対の間に、所定の範囲内の密度の電流が流れ、しかもワークの左右幅が長い仮想領域からワークの左右幅が短い仮想領域へ電流が流れ込むことはなく、発熱量をワークの部位によらず均一にすることができる。ここで、所定の範囲とはワークが均一加熱されていると評価され得る範囲である。
【0018】
本発明の通電加熱方法によれば、ワークの相対する一端部及び他端部に向き合って電極対が並べて配置され、各電極対からワークに通電開始タイミング、つまり通電開始時を通電位相角により制御して各電流を電極対を経由してワークに流すようにしている。よって、左右幅が奥行き方向で異なるワークであっても、電極対の間に流れる電流の密度が同一範囲となり、左右幅が長い仮想領域からワークの左右幅が短い仮想領域へ電流が流れ込み難く、発熱量をワークの部位によらずほぼ均一にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の第1実施形態に係る通電加熱装置の構成図である。
【図2】商用周波数電源からSCR逆並列回路を経由して鋼材を通電加熱する際の回路構成図である。
【図3】図2に示す回路で鋼材に印加される電圧波形(左側のグラフ)とその物理的な意味を説明した波形(右側のグラフ)とを示す説明図である。
【図4】通電位相角と電圧出力比との関係を示したグラフである。
【図5】異形板を通電加熱したときに生じる通電位相角差を説明するための回路図である。
【図6】異形板を通電加熱したときに生じる通電位相角差を模式的に示す概念図である。
【図7】図1の変形例を示す図である。
【図8】本発明の第2実施形態に係る通電加熱装置を示す図である。
【図9】実施例に関し、(A),(B)は200mm×50mm×厚さt0.6mmのS25Cの鋼材に、920Aを10秒流したとき、鋼材の温度、両端の電圧についての加熱時間依存性を示すグラフである。
【図10】実施例により通電加熱したワークの平面図である。
【図11】(A)は計測例2において短尺部と長尺部にそれぞれ流す電流の波形を模式的に示す図であり、(B)は計測例3乃至7において短尺部と長尺部にそれぞれ流す電流の波形を模式的に示す図である。
【図12】位相角の差と第1乃至第3の測定点における温度差との関係を示す図である。
【図13】本発明の実施形態に関し加熱対象となるワークの平面図である。
【図14】トランスの出力電圧と図13に示すワークの各部位の両端に印加される電圧との関係を示す図である。
【図15】本発明が解決しようとする課題において対象とするワークを模式的に示す平面図である。
【図16】本発明が解決しようとする課題においてワークの左端部と右端部とに加える電圧と電流の波形を模式的に示し、(A)は長尺部に印加する電圧、電流の波形、(B)は短尺部に印加する電圧、電流の波形を示す図である。
【図17】本発明が解決しようとする課題を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明の幾つかの実施形態を説明する。
【0021】
〔第1実施形態〕
図1は、本発明の第1実施形態に係る通電加熱装置の構成図である。第1実施形態に係る通電加熱装置10は、電極対11と電流制御部12とトランス13と位相角調整部14とを備えている。
【0022】
〔第1実施形態の全体的な構成〕
図1に示すように、各位相角調整部14の入力側が並列に接続されており、その一端が図示しない制御盤を介在して、例えば商用周波数電源などの電源15に接続され、その他端が接地されている。位相角調整部14の出力側がトランス13の一次コイル13aに接続されている。
【0023】
各トランス13の二次コイル13bの一端は電流制御部12を経由して電極対11の一方の電極に接続され、各トランス13の二次コイル13bの他端は電極対11の他方の電極に接続されている。トランス13は、ワークWに対して所定電流が流れるよう十分な電圧、即ち電流制御部12から出力される所定電流とワークWの抵抗値との積より高い電圧を出力する。
【0024】
電流制御部12は、ワークWに流れる電流が設定値と一致するよう対応の電極対11に電流を流す。この設定値は所定の電流密度がワークWに流れるようワークWの寸法に応じて定められる。電流制御部12の構成については種々考えられるが、電流制御部12は、例えば、SCR(Silicon Controlled Rectifier)逆並列回路12Aと検出部12Bと位相制御部12Cとを含んで構成される。
【0025】
SCR逆並列回路12Aは例えば一組のサイリスタが逆並列に接続されて構成され、SCR逆並列回路12Aの一端がトランス13の二次コイル13bの一端に接続され、SCR逆並列回路12Aの他端が電極対11に接続される。
【0026】
検出部12Bは変流器で構成され、SCR逆並列回路12Aと電極対11の一方の電極との配線に対して電気的に接続されて電極対11に流れる電流を検出する。検出部12Bによる検出信号が位相制御部12Cに出力される。
【0027】
位相制御部12Cは、検出部12Bからの検出信号の入力を受け、その検出信号から求まる電流実測値が電流設定部12Dに設定されている値と等しくなるよう、SCR逆並列回路12Aの通電位相角を制御する。つまり、電流実測値と設定値とを比較してその偏差によりSCR逆並列回路12Aの通電位相角を制御する。ここでの設定値はワークWの各部位に流れる電流が等しくなるようにする。
【0028】
ここで、電流制御部12がトランス13の出力側に設けられている意義について説明する。一般には、SCR逆並列回路はトランスの一次側で制御を行った方が損失が小さい。しかし、本発明の実施形態のように、異形板、即ち左右幅、厚みの一方又は双方が奥行き方向で変化する部材を加熱する場合、複数のトランスの一端が並列接続されており、他のトランスからの出力がトランスの二次側に電流を流し込むなどの相互干渉が生じ、異形板の温度を制御することができない。そこで、トランスの二次側にSCRの逆並列回路を接続し、トランス相互間の干渉を防止している。また、トランスの二次側の回路は電圧が小さく電流が大きいため損失が大きいものの、一次側にSCR逆並列回路を接続した場合と比べ、5〜8%の損失増加となるが、電力効率は90%以上となる。この電力効率は、直流電源の効率80〜85%よりも大きいことから、電力効率が特に悪いわけではない。本発明の実施形態と異なり複数の交流電源を使用する場合には位相調整回路が煩雑となるが、本発明の実施形態ではそのようなことはない。
【0029】
位相角調整部14は、電源15からの電圧を調整して各電流制御部12から電極対11に流れる電流の通電位相角を等しくする。詳細については後述する。
【0030】
通電加熱装置10により通電加熱されるワークWとして、左右幅が奥行き方向に異なっている鋼材を想定する。詳細に説明すると、ワークWの左右幅は離散的又は連続的に奥行き方向に異なっている。そこで、ワークWを、左右幅が等しいとみなせる範囲で、奥行き方向に略直交する面で複数の部位に仮想的に区分する。例えば図1に示すように、左右幅が大きい長尺部W1と、左右幅が小さい短尺部W2に仮想的に区分する。区分数は2つである必要はなく、それ以上であってもよい。また、ワークをそれぞれ仮想区分した際、区分された各部位の左右端部は図1のように互いに非平行であっても平行であってもよい。
【0031】
前述の電極対11は仮想的に区分された数だけ備えている。図1の例では、区分数は2であるので、電極対11A,11Bの2対を備える。電極対11Aの一方の電極11ALが長尺部W1の左端部に配置され、電極対11Aの他方の電極11ARが長尺部W1の右端部に配置される。電極対11Bの一方の電極11BLが短尺部W2の左端部に配置され、電極対11Bの他方の電極11BRが長尺部W1の右端部に配置される。このように、各電極対11の一方の電極がワークWの一区分の左端部に配置され、各電極対11の他方の電極がワークWの一区分の右端部に配置される。左右で対をなす電極対11が奥行き方向に並べて配置される。ここで、各電極11AL,11AR,11BL,11BRは、ワークWの各区分領域において奥行き全幅に跨るように配置されることが好ましい。これにより電流が各領域で左右方向に均一に流れる。
【0032】
本発明の実施形態では、電流制御部12及び位相角調整部14によりワークWに周期的に通電する際、その半周期分の通電開始時として通電位相角を調整し、ワークWに対して複数の電極対11からワークWに対してワーク中での電流密度が等しいと評価される大きさの電流を流してワークを通電加熱する。好適には、電流制御部12及び位相角調整部14により、ワークWの場所によらず、ワークWに周期的に通電する際その半周期分における通電開始時と通電終了時とをそれぞれワークWの場所によらずに等しいと評価されるよう同じタイミングでワークWに対して複数の電極対11からワークWに電流を流す。ここで、「同じタイミング」とは、通電半周期分における通電開始時が半周期の時間に対して1〜2割の範囲内であることを意味する。SCR逆並列回路12Aを用いているので、通電終了時はワークWの部位毎に同じとなる。以下詳細に説明する。
【0033】
〔SCR逆並列回路の通電位相角と出力との関係〕
電流制御部12及び位相角調整部14の機能を説明する前提として、SCR逆並列回路の通電位相角と出力との関係について説明する。図2は商用周波数電源からSCR逆並列回路を経由して鋼材を通電加熱する際の回路構成図である。図3は図2に示す回路で鋼材に印加される電圧波形(左側のグラフ)とその物理的な意味を説明した波形(右側のグラフ)とを示す説明図である。図3の何れの波形の横軸はωtであり、縦軸は電圧強度である。なお、ωは角周波数で、tは時間である。
【0034】
図2に示すように、SCR逆並列回路51に対して負荷抵抗rの鋼材52と商用周波数電源53とが直列接続されているとする。SCR逆並列回路51から鋼材52に印加される電圧波形は、図3に示すように一周期の前半では角度αからπまでの間で、(√2)E0sinωtの電圧が印加される。図中、E0は電源電圧の実効値であり、EeはSCR逆並列回路51からの出力電圧の実効値、αは位相角、iは出力電流の実効値である。このことから、SCR逆並列回路51の出力は次式により通電位相角αを変化させることによって制御される。
【数1】

【数2】

【0035】
図4は式(1)について通電位相角αと出力比a=Ee/E0との関係を示したグラフである。横軸は通電位相角α(度)であり、縦軸は出力比aである。図のように、通電位相角αと出力比aとは一対一に対応し、両者は負の相関関係がある。
【0036】
〔異形板を通電加熱したときに生じる通電位相角差について〕
いま、左右幅が奥行き方向に異なる異形板を通電加熱することを検討する。図5に示すように、異形板であるワークWが長尺部W1と短尺部W2とからなっており、長尺部W1は左右幅がL1で断面積がA1であり、短尺部W2は左右幅がL2で断面積がA2であるとする。このようなワークWに対し電極61AL,61AR、61BL,61BRが長尺部W1、短尺部W2の左端部、右端部にそれぞれ配置されている。そして、長尺部W1の左端部に配置した電極61ALとSCR逆並列回路62Aの出力端とが接続され、短尺部W2の左端部に配置した電極61BLとSCR逆並列回路62Bの出力端とが接続され、SCR逆並列回路62A,62Bの各入力端が商用周波数電源63の一端に接続され、長尺部W1の右端部に配置した電極61ARと短尺部W2の右端部に配置した電極61BRとが商用周波数電源63の他端に接続されている。
【0037】
説明を簡略化するために、長尺部W1と短尺部W2の何れの断面積A1,A2がAで等しいとし、L1>L2の関係を有して左右幅が異なっているとする。このようなワークWに所定の電流を通電すると、SCR逆並列回路62A,62Bから電極対に印加される出力電圧Ee1,Ee2との間には、次に説明するように、通電位相角差が生じる。
【0038】
ワークWの抵抗率をρとすると、長尺部W1の抵抗r1はL1×ρ/A1で表され、短尺部W2の抵抗r2はL2×ρ/A2で表される。ここで、A1=A2=Aであり、L1>L2であるから、r1>r2となる。一方、長尺部W1、短尺部W2の電源側電圧E01,E02は何れもE01=E02=E0の関係を満たし、長尺部W1に流れる電流i1,短尺部W2に流れる電流i2はi1=i2=iで等しいとする。よって、長尺部W1、短尺部W2に出力される出力電圧Ee1,Ee2はr1×i,r2×iから、長尺部W1で生じる出力電圧Ee1(=r1×i)>短尺部W2で生じる出力電圧Ee2(=r2×i)となる。よって、長尺部W1における出力比a1(=Ee1/E0)が、短尺部W2における出力比a2(=Ee2/E0)よりも大きい。ここで、図4を参照して説明したように通電位相角αと出力比aとは負の相関関係にある。以上のことから、図6に示すように、長尺部W1の位相角α1よりも短尺部W2の位相角α2が大きく(α1<α2)、長尺部W1に出力される電圧開始が短尺部W2に出力される電圧開始時よりも早くなる。
【0039】
このように、共通の商用周波数電源63から各SCR逆並列回路62A,62Bを経由して長尺部W1と短尺部W2との各電極対に電流を流すと、通電位相角でα1とα2との間だけ長尺部W1だけに電流が流れている。すると、均一に昇温することができない。
【0040】
〔通電位相角差が生じないようにするための調整〕
そこで、本発明の実施形態においては、通電位相角α1を基準にし、長尺部W1における通電位相角α1に短尺部W2における通電位相角α2が一致するよう、長尺部W1における出力比a1(=Ee1/Eo)と短尺部W2における出力比a2(=Ee2/Eo)とを等しくする。そのためには、短尺部W2の電源側電圧E02を、E02=Ee2/a1とする。
【0041】
具体的には、ワークWのうち最も長い部位(前述の例では長尺部W1)の通電位相角と、ワークWのうち最長の部分を含まない各部位(前述の例では短尺部W2)で生じる電圧Ee2とが既知であれば、長尺部W1の通電位相角α1から上記式(1)の関係式を用いて長尺部への出力電圧Ee1の値を求め、電源側の電圧Eoの比から出力比a1(Ee1/Eo)が求まるので、短尺部W2のSCR逆並列回路62Bに入力される電圧E02(「電源側電圧」と称する。)が、Eo2=Ee2/a1より求まる。
【0042】
図1に示す回路図においては、長尺部W1を通電するために位相角調整部14aからSCR逆並列回路12Aに対しE01(=Ee1/a1)の電圧を印加すると、短尺部W2を通電するためにSCR逆並列回路12Aに対しE02=Ee2/a1=(Ee2/Ee1)・Eo1の電圧を印加するように、位相角調整部14bを調整する。
【0043】
位相角調整部14bが図1に示すようにスライダックを含んで構成され、スライダックの入力側に電源15が接続され、スライダックの出力側に一次コイル13aが接続されている場合、スライダーの位置を調整すればよい。これにより、短尺部W2に接続されている電流制御部12に対し所定の電圧が印加される。
【0044】
図7は図1の変形例を示す図である。図7に示す回路図では、位相角調整部14が複数のタップ14Aと切替スイッチ14Bとを含んで構成されている点で図1と相違する。複数のタップ14Aが一次コイル13aに間隔をあけて取り付けられ、切替スイッチ14Bは一端が電源15に接続されている。この場合、切替スイッチ14Bにより複数のタップ14Aの何れかを選択する。これにより、短尺部W2に接続されている電流制御部12に対し所定の電圧が印加される。
【0045】
以上の説明では、ワークWのうち最も長い部位(前述の例では長尺部W1)の通電位相角と、ワークWのうち最長の部分を含まない各部位(前述の例では短尺部W2)で生じる電圧Ee2とが既知である場合を前提としている。これらが未知である場合,即ちワークWの電気的な性質が未知である場合には図1に示す構成を次に説明するように変更すればよい。
【0046】
〔第2実施形態〕
図8は、本発明の第2実施形態に係る通電加熱装置を示す図である。第2実施形態に係る通電加熱装置20は図1に示す構成とは同期制御部及び位相検出部の有無の点で相違している。図1と同一の要素には同一の符号を付して説明を省略する。
【0047】
位相検出部16は、電流制御部12と電極11AL,11BLとの間の配線に電気的に結合されている。位相検出部16は例えば変成器(Potential Transformer)で構成され、この配線に加わっている電圧を検出し、検出信号として同期制御部17に出力する。
【0048】
同期制御部17は、通電位相角演算部17Aと印加電圧設定部17Bとを含んで構成されている。通電位相角演算部17Aは、各位相検出部16からの検出信号の入力を受け通電位相角α1,α2を求める。印加電圧設定部17Bには、前述の式(1)の関係、即ち、通電位相角と出力比との関係がデータとして格納されており、通電位相角演算部17Aから通電位相角α1、α2のデータが入力されると、それに伴い出力比a1,a2を計算する。
【0049】
位相角調整部14の入力側は、電源15に接続された切替スイッチ14Bの一端に接続されている。位相角調整部14の出力側には、トランス13からの出力電圧E01,E02が既知であってその既知の値を離散的に選択することができるよう一次コイル13aに複数のタップ14Aが並列に接続されている。これら複数のタップ14Aを切替スイッチ14Bにより選択することができるよう、印加電圧設定部17Bは、計算した出力比a1,a2に基いてどのタップを選択するかに応じて、切替スイッチ14Bを動作するための制御信号を切替スイッチ14Bに出力する。
【0050】
未知のワークWに対しては、位相角調整部14の切替スイッチ14Bを任意のタップを選択するように初期設定し、ワークWの各電極対に所定の電流を流す。すると、同期制御部17において、通電位相角演算部17Aにより通電位相角α1、α2を求め、印加電圧設定部17Bにより出力比a1,a2を求める。
【0051】
その後、位相角調整部14により、一次コイル13aの入力電圧の設定がEo1a,Eo2aとなるように設定して位相角差α1−α2が生じた場合には、長尺部W1を基準にしたときのS2の切替スイッチ14Bの設定電圧Ex2がEo2a×a2/a1で求まる値となるよう切替スイッチ14Bを制御して、Ex2に対応するタップを選択する。
【0052】
位相角調整部14がスライダックで構成されている場合には、スライダーを電圧Ex2に該当する位置まで摺動すればよい。なお、印加電圧設定部17Bが直接切替スイッチを制御することなく、印加電圧設定部17Bに内蔵されたモニターに、印加されるべき入力側電圧Exの値そのもの又はそれを指標するものが表示され、作業者が手動でその表示された値などに対応するようスライダックや切替スイッチを調整するようにしてもよい。
以上のように、位相角調整部14によって電源15から電流制御部12に加わる電圧を調整することで、電流制御部12から電極対11に流れる通電位相角を調整する。よって、位相角調整部14は、単なる電圧調整部ではないが、一般的には電圧調整部と呼んでも差し支えない。
【0053】
ここで、位相調整タイミングについて言及する。鋼材を定電流で通電加熱すると昇温と共に抵抗が変化し電圧も上昇する。このため、低温時では通電位相角を大きくして電圧を減らし、高温になるに従い位相角を小さくすることが好ましい。そこで、最高昇温時における通電位相角は、電圧変動などを考慮し、60°〜70°近辺に設定されるのが好ましい。位相調整は、未知の鋼材に対して運転開始時に位相調整を行えばよく、常時調整する必要はない。そこで、鋼材の材質を換える場合にはデータを保存しておき、開始時に設定する。
【実施例】
【0054】
実際に鋼材を通電加熱することにより、長尺部に加える電源側電圧の値、短尺部の設定電圧の許容範囲について検証した。
【0055】
〔ワークの長尺部に加える電源電圧の決定法〕
ワークの最も長い部分、すなわち長尺部の電源電圧をどのように決定するかについて検討した。200mm×50mm×厚さt0.6mmのS25Cの鋼材に、定電流920Aを10秒間流した。図9(A),(B)は、200mm×50mm×厚さt0.6mmのS25Cの鋼材に、920Aを10秒流したとき、鋼材の温度、両端の電圧についての加熱時間依存性を示すグラフである。横軸は何れも時間(10-2秒)であり、(A)の縦軸は温度(℃)、(B)の縦軸は電圧(V)である。図9に示すように、一般に鋼材を通電加熱すると温度上昇と共に抵抗が上昇する。このため、定電流を維持するためには加熱最終の抵抗値に十分通電できる電源側電圧を設定しなければならない。
【0056】
そこで、基準となる長尺部W1の電源側の電圧は電圧変動を加味して通電位相角が60〜75°となるよう設定されることが好ましい。例えば、通電位相角を70°とすると、式(1)又は図4より、出力比aは0.84となる。10秒間加熱したときの鋼材に加わる電圧が7Vであるので、長尺部の電源側電圧E01は、7V/0.84から8.3Vと決定される。
【0057】
〔長尺部以外の短尺部側の設定電圧の許容範囲〕
短尺部側の設定電圧の許容範囲について検討した。長尺部W1と短尺部W2とを有するワークWを次の要領で通電加熱した。図10はワークWの平面図である。ワークWの寸法は次の通りである。長尺部W1、短尺部W2の何れも奥行き幅Dが50mmで、厚みtが0.6mmであるが、長尺部W1の左右幅L1が220mmであり、短尺部W2の左右幅L2が164mmであった。長尺部W1,短尺部W2の左端部、右端部にそれぞれ左右幅3mm、奥行き幅50mmの電極61AL,61AR,61BL,61BRをそれぞれ配置した。長尺部W1に流れる電流を90°(5m秒)の位相角に固定した。
【0058】
(計測例1)
短尺部W2に流す電流のタイミングを90°(5m秒)の位相角となるようにした。加熱時間は16秒であり、加熱開始後13秒経過したときの位相差を測定した。
ワークWの長尺部W1の右端から20mmの位置で、長尺部W1の奥端から順に10mm,25mm、40mmの箇所を第1、第2、第3の測定点P1,P2,P3とし、また、左右両端から等距離にある中心軸上で、短尺部W2の奥端から順に20mm、50mm、80mmの箇所を第4,第5、第6の測定点P4,P5,P6とし、各測定点に熱電対を配置して、加熱開始から13秒経過したときの温度をそれぞれ測定した。
【0059】
長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧は上述条件となるようスライダックにより調整した。長尺部W1に流れた電流は801Aであり、短尺部W2に流れた電流は807Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.6V,11.2Vであった。長尺部W1に流れた電流と短尺部W2に流れた電流の位相差はゼロであった。
【0060】
〔計測例2〕
計測例2では、図11(A)に示すように、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より0.44(m秒)遅くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0061】
長尺部W1に流れた電流は802Aであり、短尺部W2に流れた電流は808Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.1V,13.78Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が+0.44msであった。
【0062】
〔計測例3〕
計測例3では、図11(B)に示すように、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より0.504m秒早くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0063】
長尺部W1に流れた電流は802Aであり、短尺部W2に流れた電流は807Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.5V,9.89Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が−0.504m秒であった。
【0064】
〔計測例4〕
計測例4では、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より0.62m秒早くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0065】
長尺部W1に流れた電流は802Aであり、短尺部W2に流れた電流は808Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.12V,9.81Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が−0.62msであった。
【0066】
〔計測例5〕
計測例5では、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より0.92m秒早くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0067】
長尺部W1に流れた電流は801Aであり、短尺部W2に流れた電流は807Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.14V,9.22Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が−0.92msであった。
【0068】
〔計測例6〕
計測例6では、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より1.18m秒早くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0069】
長尺部W1に流れた電流は801Aであり、短尺部W2に流れた電流は807Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.15V,8.55Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が−1.18msであった。
【0070】
〔計測例7〕
計測例7では、短尺部W2に流す電流のタイミングを、長尺部W1への通電より1.96m秒早くした。また、長尺部W1,短尺部W2に流れる電流が計測例1と同じになるように、長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧をスライダックにより調整した。
【0071】
長尺部W1に流れた電流は802Aであり、短尺部W2に流れた電流は807Aであった。長尺部W1,短尺部W2に加わる電圧E1,E2は13.07V,7.26Vであった。短尺部W2に流れた電流は長尺部W1に流れた電流に対して位相差が−1.96msであった。
【0072】
表1は、計測例1乃至7における通電条件と、第1乃至第6の各測定点における温度をまとめたものである。表1には、第1乃至第3の測定点における温度差と、第4乃至第6の測定点における温度差を計算して示してある。なお、表中、長尺電流とは長尺部W1に流れる電流、短尺電流とは短尺部W2に流れる電流、長尺電圧とは長尺部W1の両端に加わる電圧、短尺電圧とは短尺部W2の両端に加わる電圧である。また、表中には、電源周波数が50Hzであるので、m秒単位の位相差を度単位の位相差に変換した値について位相角差[°]として示しており、第1乃至第3の測定点における温度差につき、計測例1の温度差を基準としたときの計測例2乃至計測例7の温度差も「温度差[℃]」として示している。
【0073】
【表1】

【0074】
図12は、位相角の差と第1乃至第3の各測定点における温度差との関係を示す図である。横軸は位相角差(°)であり、縦軸は温度差(℃)を示している。
【0075】
長尺部W1に流す電流開始の位相に比べ短尺部W2に流す電流開始の位相が遅い、所謂遅れ位相であっても(図11(A)参照)、長尺部W1に流す電流開始の位相と比べ短尺部W2に流す電流開始の位相が早い、所謂進み位相であっても(図11(B)参照)、温度差が広がる。進み位相よりも遅れ位相の方が、位相角差の大きさが同じでも、温度差が広くなることが分かった。
【0076】
以上の結果から、温度分布の許容温度差が30℃以内であれば、遅れ位相差15°〜進み位相差10°の範囲で、許容温度差が50℃以内であれば、遅れ位相差35°〜進み位相差17°の範囲であればよいことが分かった。
【0077】
このことから、ワークを均一に加熱する場合には位相差がゼロであることが好ましい。図1、図7及び図8に示す通電加熱装置10,20において、電流制御部12及び位相角調整部14により、ワークWの場所によらず、ワークWに周期的に通電する際その半周期分における通電開始時をワークWの場所によらずに等しいと評価されるよう同じタイミングでワークWに対して複数の電極対11からワークWに等しい電流を流せばよい。ここで、「同じタイミング」とは、通電半周期分における通電開始時が半周期の時間に対して1〜2割の範囲内のズレまで含めてもよいと考えられる。その理由は次の通りである。今電源周波数が50Hzであるので一周期は20msである。よって半周期単位において、短い部位への通電開始時が長い部位への通電開始時よりも2ms遅れても、また、短い部位への通電開始時が長い部位への通電開始時よりも1ms早くなっても、温度差が50℃以内に収まるからである。
【0078】
以上の結果を踏まえると、異形板加熱における通電位相角差による温度変化では、短尺部と長尺部との位相差をΔα(=α2−α1)とすると、Δαが+5°〜−15°のとき温度差が10℃となり、Δαが+10°〜−20°のとき温度差が30℃となる。よって、長尺部以外の部位、即ち短尺側の設定電圧は、対象加熱物の温度許容範囲を満足するような電圧範囲となればよい。
また、基準となるα1よりも小さめのα2となる電圧を与えると、位相差による温度変化が小さいことが分かった。
【0079】
さらに、図4から、長尺部の通電位相角が70度のとき、短尺部側の電源電圧がE02で同期する場合、短尺部の出力電圧Ee2は、E02×0.84となる。
短尺部側に5%低い電源側電圧(Ed=E02×0.95)を与えると、短尺部の出力電圧Ee2は、Ee2=E02×0.84となり、Ee2=Ed×adとすると、EdのときEe2を出力するための出力比adは、E02×0.84/Ed=(E02×0.84)/(E02×0.95)=0.88となる。
逆に、短尺部側に5%高い電源側電圧(Eu=E02×1.05)を与えると、短尺部の出力電圧Ee2は、Ee2=E02×0.84となり、Ee2=Eu×auとすると、EuのときEe2を出力するための出力比auは、E02×0.84/Eu=(E02×0.84)/(E02×1.05)=0.8となる。
ここで、出力比ad=0.88のとき、図4から、α2d=64°である。よって、Δα=α2d−α1=64°−70°=−6°となる。また、出力比au=0.8のとき、図4から、α2d=77°である。よって、Δα=α2d−α1=77°−70°=+7°となる。
この結果と図12とを併せて判断すると、短尺部の電源に5%低い電圧を与えると、6°位相が進み、温度差が7℃となる。また、短尺部の電源に5%高い電圧を与えると、+7°位相が遅れ、温度差が20℃となる。このようにして、ワークに許容される温度差から設定電圧を精度よく求めることができる。
【0080】
以上説明したように、本発明の実施形態によれば、左右幅が奥行き方向に異なるワークを均一に加熱することができる。上記実施例では、電極対は銅で成形したものを用いたが、ステンレスや鋳鉄で成形したものを用いることで、ワークから電極に伝わる熱量が減り、より均一に加熱されることを確認した。
【0081】
本発明は上記の実施形態に限定されるものでなく、発明の範囲を逸脱しない範囲内で種々設計変更した形態が含まれる。
【0082】
例えば、図13に示すように、ワークWを、左右幅がL1の第1の部位と、左右幅がL2の第2の部位、左右幅がL3の第3の部位となるよう仮想的に3つに区分した場合、前述と同様に各部位の左端部と右端部とにそれぞれ電極を配置し、左右幅が最も長い第1の部位に印加する電圧を基準にしてその他の第2、第3の部位の各電極対に印加する電圧を次の要領で求めることができる。図14はトランスの出力電圧とワークの各部位の両端に印加される電圧との関係を示す。横軸は出力電圧、即ちワークの各部位の両端に印加される電圧(V)であり、縦軸はトランスの出力電圧、即ち電源側電圧(V)である。
【0083】
第1ステップとして、左右幅が最も大きい第1の部位W11に対する電源側電圧E1を決定し、この第1の部位W11の左右端間に印加される電圧e1を求める。E1からe1を求める際には、通電試験により実効値を測定して行ってもよいし、計算で求めてもよい。
【0084】
第2ステップとして、電源側電圧E1と第1の部位W11間に印加される電圧e1との出力比aをe1/E1として求める。
【0085】
第3ステップとして、第2ステップで求めた出力比aに基づいて、図4を参照して対応する位相角αを求める。
【0086】
第4ステップとして、その他の部位W12,W13にそれぞれ印加されるべき電圧e2,e3を求める。均一に加熱するので、e2=e1×(L2/L1),e3=e1×(L3/L1)の関係から求めることができる。
【0087】
第5ステップとして、第4ステップで求めた電圧e2,e3に基づいて、図14に示す直線のうち第3ステップで求めた位相角αの直線より、部位W12,W13に対する電源側電圧E2,E3を求める。
【0088】
本発明の実施形態では、ワークの部位毎の左右幅、厚み、奥行き幅など寸法データを格納したデータベースを備え、スライダックの位置や切替スイッチに関する情報をモニターに表示し、電極対に印加する電圧を設定できるようにしてもよい。また、本発明においては、ワークは、例えば鋼材など通電加熱できる素材で作製されたものであればよく、左右幅が奥行き方向で変化していれば、如何なる形状のものであってもよい。特に、ワークが板材である場合には、熱間プレス成形する際に本発明の通電加熱方法は使用され得る。
【符号の説明】
【0089】
10,20:通電加熱装置
11:電極対
11AL,11AR,11BL,11BR,61AL,61AR,61BL,61BR:電極
12:電流制御部
12A,62A,62B:SCR逆並列回路
12B:検出部
12C:位相制御部
12D:電流設定部
13:トランス
13a:一次コイル
13b:二次コイル
14、14a,14b:位相角調整部
14A:複数のタップ
14B:切替スイッチ
15:電源
16:位相検出部
17:同期制御部
17A:通電位相角演算部
17B:印加電圧設定部
51:SCR逆並列回路
52:鋼材
53,63:商用周波数電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの相対する一端部及び他端部に対をなすように並べて配置される複数の電極対と、
上記ワークに流れる電流が設定値と一致するよう接続された上記電極対に電流を流す複数の電流制御部と、
それぞれが上記電流制御部に接続され、電源からの電圧を調整して該電流制御部と上記電極対とに加わる電圧を調整することにより、上記電流制御部から上記電極対に流れる電流の通電位相角を調整する複数の位相角調整部と、
を備え、
上記電流制御部から上記電極対に大きさと通電位相角とが調整された電流を流して上記ワークを加熱する、通電加熱装置。
【請求項2】
前記電極対の一方の電極と前記電流制御部との配線に電気的に結合される位相検出部と、該位相検出部からの検出信号を受けて通電位相角を算出し前記位相角調整部で調整されるべき電圧値を求める同期制御部とを、さらに備え、
上記同期制御部で求めた電圧値を前記位相角調整部で設定する、請求項1に記載の通電加熱装置。
【請求項3】
前記電流制御部は、前記電極対に接続されるSCR(Silicon Controlled Rectifier)逆並列回路と、前記電極対に流れる電流を検出する検出部と、該検出部により検出した電流の大きさが設定値となるよう上記SCR逆並列回路の通電位相角を制御する位相制御部と、を備える、請求項1に記載の通電加熱装置。
【請求項4】
さらに、一次コイルと二次コイルとを含んで構成された複数のトランスを備え、
上記トランス毎に、上記一次コイルに前記位相角調整部が接続され、かつ上記二次コイルに前記電流制御部を介在して前記電極対が接続されている、請求項1に記載の通電加熱装置。
【請求項5】
前記位相角調整部は、前記二次コイルに生じる電圧を調整するために前記一次コイルに設けられた複数のタップと、該複数のタップの何れか一つに接続を切り替える切替スイッチと、を含んで構成されている、請求項4に記載の通電加熱装置。
【請求項6】
前記位相角調整部は、前記一次コイルに入力される電圧を調整するスライダックにより構成されている、請求項4に記載の通電加熱装置。
【請求項7】
ワークの相対する一端部及び他端部に対をなすよう複数の電極対を並べて配置し、
上記複数の電極対から上記ワークへの通電開始タイミングを通電位相角により制御し、それぞれ設定された電流を各上記電極対に流す、通電加熱方法。
【請求項8】
前記ワークは左右幅が奥行き方向に異なる板材である、請求項7に記載の通電加熱方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−93249(P2013−93249A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−235525(P2011−235525)
【出願日】平成23年10月26日(2011.10.26)
【出願人】(390029089)高周波熱錬株式会社 (288)
【Fターム(参考)】