説明

過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置

【課題】水和物の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御を行う簡便で低コストの制御装置を提供する。
【解決手段】酢酸ナトリウム三水和物からなる蓄熱材を収容した蓄熱槽内に、片方の電極となる端面に傷を有する銅電極と、もう一方の電極となる金属電極とを設け、前記傷を有する銅電極側に電場を印加することにより過冷却の解除を行う過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置において、前記傷は、銅電極の端面近傍の周面から端面に向けて徐々に深くなる断面V字状の溝であり、前記傷を有する銅電極側に、直流−1.5V程度の電場を印加することにより過冷却の維持を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱技術に関するものであり、特に、過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
温熱の蓄熱技術としては、例えば現在普及が進んでいるエコキュートでの貯湯装置がある。この場合の蓄熱は水の顕熱(単純な温度変化による熱)で行っているため、大きな貯湯槽が必要なばかりでなく、放熱を小さくしてその温水の温度を維持するために大がかりな断熱が必要となっている。一方、温熱蓄熱に潜熱(凝固といった相変化による熱)が利用できれば、より小さな蓄熱装置で済むことになり、さらに放熱は蓄熱装置の表面積に比例するため、蓄熱装置が小型化し、その表面積が小さくなれば放熱も抑制されるため、熱エネルギーを有効利用し、省エネ化を図るためには潜熱を利用する蓄熱装置の開発が必要である。
【0003】
こういった背景の下、水和物は、融点が比較的高く、また潜熱も大きいため、蓄熱材料として注目されている。例えば、酢酸ナトリウム三水和物(CHCOONa・3HO)の融点は約58℃であり、エコキュートでの貯湯温度とほぼ同じである。しかしながら、水和物においては著しい過冷却現象(融点より温度が低下しても凝固しない現象)の発生が知られている。例えば、前述した酢酸ナトリウム三水和物場合には、融点約58℃に対し10℃程度に下げても凝固しない(静置すればマイナス20〜30℃においても凝固しない)。この融点からの低下温度を過冷却度(10℃まで低下した場合には、過冷却度は48K(=58−10))と呼んでいるが、このような現象が発生すると、低温にしただけでは凝固しないため凝固潜熱を容易に回収できなくなるため、融点より低い温度で過冷却を解除し凝固を開始させる過冷却解除装置の開発が必要である。
一方、過冷却現象を積極的に利用すると、例えば酢酸ナトリウム三水和物は常温で過冷却液体の状態となるため、この状態を維持できれば放熱は全くなくなるため、温熱が必要な時に凝固開始できれば、温熱の長期間蓄熱が可能になるとともに、大がかりな断熱も必要なくなる。ただし、本発明で後述する電場を用いて過冷却を解除する方法では、電場を印加する電極を過冷却液体に浸した状態(電場は無印加)で過冷却状態を維持しようとすると、何らかの原因で過冷却が解除され、予期しないタイミングで突然結晶化が起こることがある。したがって、過冷却現象を制御して長期間過冷却状態を維持するためには過冷却を維持する方法も見いだす必要がある。
更には、熱需要は種々変化するため、蓄熱装置から必要な熱量を急速に放熱したい場合や緩慢に放熱したい場合等、放熱速度も制御する必要がある。このような放熱速度制御方法も見いだす必要がある。
以上より、過冷却現象を積極的に利用し、長期間の温熱蓄熱を実現するためには、過冷却の維持および解除を能動的に制御できる方法を見いだすことが極めて重要であり、熱需要側の要求を満足させるためには熱需要に応じた放熱速度の制御方法を見いだすことも重要である。
【0004】
これまで、酢酸ナトリウム三水和物の凝固に関し、学術的には、(1)圧力を加えて凝固開始させる方法(非特許文献1参照)と(2)電場を用いて凝固開始させる方法(非特許文献2、3参照)の2つの方法が報告されている。圧力を加える方法では、円弧状のディスクに亀裂を作っておき、そのディスクを変形させる(手で強く押す等)ことで亀裂での圧力を瞬時に高め、この点を核生成箇所として凝固開始される方法であるが、蓄熱装置に組み込むのは容易ではない。一方、電場を加える方法は、蓄熱装置に電極を組み込み、必要なときに電場を印加すれば凝固開始するため、蓄熱装置への組み込みは容易である。しかしながら、上述の文献では特殊な処理をした電極(アマルガム処理した銅電極)や銀電極を用いており、簡便かつ低コストといった実用性を有したものとはなっていない。
また、特許文献1〜4についても、全て銀を主体とした電極あるいは、親水性や疎水性の被覆等の特殊な処理をした電極を用いており、過冷却解除装置として有効性はあるものの、前述した非特許文献1〜3の場合と同様、簡便かつ低コストといった実用的なものとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−270087号公報
【特許文献2】特開2004−205149号公報
【特許文献3】特公平1−35278号公報
【特許文献4】特開昭61−204293号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mansel A.Rogerson and Silvana S.S.Cardoso, AIChE Journal,Vol.49,No.2,pp.505-515,pp516-521,pp.522-529,2003
【非特許文献2】Tadashi Ohachi外,Journal of Crystal Growth,Vol.99,pp.72-76,1990
【非特許文献3】Yuusuke Yoshiiら,Journal of Crystal Growth,Vol.237-239,pp.414-418,2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述したように、水和物を蓄熱材として用いる方法は有効ではあるものの、水和物特有の著しい過冷却を制御(維持・解除)する簡易な装置および制御方法が見いだされない限り、広く利用されることはありえない。これまで報告されている電場による過冷却解除(結晶核生成)では、特殊な電極(アマルガム処理、銀系の電極、高分子被覆)を用いており、簡易なものとは言えない。
また、電極を浸した状態(電場は無印加)で過冷却状態を維持しようとすると、何らかの原因で過冷却が解除され、予期しないタイミングで突然結晶化が起こることがある。したがって、過冷却を制御して長期間過冷却状態を維持するためには過冷却を維持する制御手段も見いだす必要があるが、現在までに過冷却を維持する制御手段については見いだされていない。
また、熱需要を満足させるための放熱速度制御手段についても見いだされていない。
本発明が解決しようとする課題は、上記問題点を解決し、水和物の電場による過冷却の維持・解除および放熱速度の制御を、簡便な方法で行う制御装置を提供し、水和物の蓄熱材が広く利用されるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置は、酢酸ナトリウム三水和物からなる蓄熱材を収容した蓄熱槽内に、片方の電極となる端面に傷を有する銅電極と、もう一方の電極となる金属電極とを設け、前記傷を有する銅電極側に電場を印加することにより過冷却の解除を行う過冷却の維持・解除および放熱制御装置において、前記傷は、銅電極の端面近傍の周面から端面に向けて徐々に深くなる断面V字状の複数の溝であることを特徴とする。
また、本発明の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置は、さらに、前記傷を有する銅電極側に、直流−1.5V程度の電場を印加することにより過冷却の維持を行うことを特徴とする。
また、本発明の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置は、さらに、前記傷を有する銅電極側に、周波数0.2Hz、印加電圧±1.5〜±3Vの電場(周波数・電圧は最適だった数値であり、この数値に限定するものではない)を印加することにより過冷却の解除を行うことを特徴とする。
また、本発明の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置は、さらに、前記傷を有する銅電極を複数設け、過冷却解除の凝固開始位置を制御することにより放熱速度の制御を行うことを特徴とする。
また、本発明は、上記過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置を組み込んだ蓄熱装置であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
水和物の大きな過冷却を利用した蓄熱装置において、端面に傷を有する銅電極を蓄熱槽内に設置(1本でも多数本でもよい)し、印加する電場を適宜変更することで過冷却の維持・解除が制御でき、更には、多数本設置した場合には、放熱速度も制御できるようになるため、長期間蓄熱が容易に実現できる。電極は銅電極の端面にV字溝の傷をつけたものを使用するので、従来の銀電極や特殊な処理をする必要がなくコストが削減でき、電圧の印加状態を変えるだけで過冷却の維持・解除が制御できるので簡便な装置構成で実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に用いる銅電極の端面形状を示す図。
【図2】図1の電極を用いた、本発明の、水和物の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置における電極配置例を示す図。図中、1は銅電極、2は金属電極、3は酢酸ナトリウム三水和物、4はシリコンオイル、5はガラス容器、6はキャップを示す。
【図3】図1の電極を用いた、本発明の、水和物の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置を組み込んだ蓄熱装置の典型例を示す図。図中、1は銅電極、2は金属電極、3は酢酸ナトリウム三水和物、4は金属容器、5は水(熱媒体)を示す。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0011】
まず、図1に本発明に用いる電極の理想的な形状を示す。円柱状の銅線に対し、端面の表面に傷を付与する。傷の形状は、図に示すように端面近傍の周面から端面に向けて徐々に深くなる断面V字状の溝を設ける。傷の付与のし方は、例えば、カッターナイフを用いて行えばよいが、この方法に限定するものではなく、また、銅線の線径もここでは直径1〜3mmを用いたが、この太さに限定するものではない。端面に傷を有する銅線を電極に用いることが重要である。
このように加工した銅線を片方の電極に用い、もう一方の電極として例えばステンレスなどの金属電極(ステンレスに限定しない)を用いて、前記傷を有する銅電極側に電場を印加すると銅線の傷を付与した箇所から結晶核生成が起こる。印加する電場として、直流では印加電圧、交流では波形・周波数・印加電圧を種々変化させた実験を行ったが、直流・交流いずれの電場を印加しても過冷却解除(結晶核生成)が実現できた。なお、実験結果からは、最適な電場は、矩形波の交流(周波数0.2Hz、印加電圧±1.5〜±3V)であった。このような電場を印加すると、電場印加後速やかに、あるいは最大でも90秒以内に過冷却解除(結晶核生成)できることを確認した。
【0012】
電極の配置方法としては種々の方法を行った。配置例を図2の(1)〜(6)に示すが、(1)〜(6)の配置例はそれぞれ、以下の状態である。
(1)ステンレス電極板が上、銅電極が下の2線対向式、電極間距離は1〜50mm
(2)銅電極が上、ステンレス電極板が下の2線対向式、電極間距離は1〜50mm
(3)銅電極とステンレス丸棒を同一面に設置する2線並置式
(4)ステンレスを外周にし、絶縁物を介して銅電極を設置する同軸並置式
(5)銅電極2本、ステンレス棒電極1本で構成する3線並置式
(6)ステンレスを外周にし、絶縁物を介して銅電極2本を設置する3線並置式
ここで、3線式を用いた理由は、以下の通りである。結晶核は加工した銅電極から発生するが、仮に1つの電極が不活性化しても多数の電極を用いることで核生成の確実性を増すことができるためである。
図2において、1は端面に傷を設けた銅電極、2はステンレス電極、3は酢酸ナトリウム三水和物、4はシリコンオイル、5はガラス容器、6はキャップである。酢酸ナトリウム三水和物の溶液3の上面に設置したシリコンオイル4は、実験中、酢酸ナトリウム三水和物の溶液から水が蒸発して溶液の濃度が変化するのを防止するためにくわえたものであり、キャップ6は、ほこり等の混入を防止するために設置したものである。
【0013】
実験の結果、(1)〜(6)のどの電極配置においても過冷却解除(結晶核生成)できたことから、端面に傷を有する電極を用いることが重要である。なお、実験では内面を可視化するために透明絶縁材料であるガラスを用いており、電場を印加するために電極を1対必要としたが、通常の蓄熱装置のように蓄熱材容器としてステンレスを用いれば、容器自体を電極の一方として用いることが可能であり、端面に傷を有する銅線のみを蓄熱槽内あるいは蓄熱槽壁に設ければ過冷却解除装置として用いることが可能となる。更に、このような過冷却解除装置を蓄熱装置の複数箇所に配置すれば、種々の方向から結晶成長させることが可能となり、急速放熱等、放熱速度の制御も可能となる。
一方、傷を有する銅電極側に直流−1.5Vの電場を印加する実験を行った。実験では1週間印加し続けたが、この間に過冷却解除(結晶成長)は全く発生せず、長期間の過冷却維持が可能であることを見いだした。したがって、過冷却維持には、傷を有する銅電極側に直流−1.5V程度の電場を印加することが有効であることを見いだした。また、実験結果から過冷却維持には負電場が有効であることから、−0〜−1.5Vの交流の電場でも有効であると予測できる。
【0014】
図3は、本発明の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置を組み込んだ蓄熱装置の典型的な構成例を示す。図3において、1は端面に傷を設けた銅電極、2はステンレス容器兼電極、3は酢酸ナトリウム三水和物、4は蓄熱材と水との熱交換のための隔壁、5は水(冷水で入り温水で出る)、6は電源制御装置である。蓄熱容器をステンレスで作成することで、一方の電極として利用できるため、端面加工した電極を容器周囲に多数配置して電場印加を制御すれば、放熱速度の制御ができる。過冷却維持には、傷を有する銅電極側に直流−1.5V程度の電場を印加し、過冷却解除には、矩形波の交流:(周波数0.2Hz、印加電圧±1.5〜±3V(周波数・電圧は最適だった数値であり、この数値に限定するものではない))の電場を印加すればよい。また、図では、端面に傷を設けた銅電極1は3箇所に設けているので、過冷却維持の直流−1.5Vの電場から過冷却解除の矩形波の交流の電場への切り替えを、例えば、どの位置の電極を選択するかで凝固開始位置を制御でき、あるいは、下側の電極1から順次上側の銅電極1へ遅らせて行ったり、3箇所の銅電極1を同時に行ったりすることによっても放熱速度の制御ができる。
なお、図3の例では、二重管式の蓄熱装置で水を外側に流す場合のものを示したが、内部に水を流す方式でも良い。また、この図で示した蓄熱槽を複数内部に設置した装置でも良い。
【産業上の利用可能性】
【0015】
酢酸ナトリウム三水和物等、大きな過冷却を有する物質を蓄熱材として用いる蓄熱装置への利用が期待でき、特に、酢酸ナトリウム三水和物に限定すれば、その融点(約58℃)から、エコキュート等の温水蓄熱装置に利用可能であり、他の融点を有する材料にも利用できると考えられる。また、このような材料の利用として蓄熱装置を想定しているが、例えば酢酸ナトリウム三水和物であれば、食品添加物としても利用されているため、このような食品添加物を製造する工場等においても、結晶化を制御する方法として利用できる可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸ナトリウム三水和物からなる蓄熱材を収容した蓄熱槽内に、片方の電極となる端面に傷を有する銅電極と、もう一方の電極となる金属電極とを設け、前記傷を有する銅電極側に電場を印加することにより過冷却の解除を行う過冷却の維持・解除および放熱制御装置において、前記傷は、銅電極の端面近傍の周面から端面に向けて徐々に深くなる断面V字状の複数の溝であることを特徴とする過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置。
【請求項2】
前記傷を有する銅電極側に、直流−1.5V程度の電場を印加することにより過冷却の維持を行うことを特徴とする請求項1記載の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置。
【請求項3】
前記傷を有する銅電極側に、周波数0.2Hz、印加電圧±1.5〜±3Vの電場を印加することにより過冷却の解除を行うことを特徴とする請求項1または2記載の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置。
【請求項4】
前記傷を有する銅電極を複数設け、過冷却解除の凝固開始位置を選択制御することにより放熱速度の制御を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の過冷却の維持・解除および放熱速度の制御装置を組み込んだ蓄熱装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−32130(P2012−32130A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174326(P2010−174326)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)