説明

過酸化水素の濃縮精製装置

【目的】 粗過酸化水素水溶液を蒸発器で蒸発させ、発生蒸気を液と分離して精留塔に供給し濃縮するに当たって、気液の分離が不完全な為に粗過酸化水素水溶液の一部が精留塔に混入し、粗過酸化水素に含まれる有機または無機の不純物の為に濃縮精製液の純度が低下する問題を解決し、高純度の過酸化水素を供給すること、特に、過酸化水素の物性に適した気液分離装置を提供すること。
【構成】 過酸化水素含有水溶液を蒸発器で蒸発させ発生した気及び液を気液分離器で分離し、気側を精留塔に供給し濃縮する装置であって、気液分離器がサイクロンを直列に2ないし3基接続して構成された多段サイクロンであることを特徴とする濃縮装置。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はアントラキノン法によって得られる粗過酸化水素水溶液を濃縮精製して、高純度の過酸化水素水溶液を提供する装置に関する。本発明の装置によって得られる過酸化水素は高純度が要求される電子工業用過酸化水素として、あるいは、さらに精製して半導体製造における超高純度の過酸化水素を得るための原料として、さらには広範な反応試剤として、工業的に幅広く利用される。
【0002】
【従来の技術】現在、過酸化水素は、工業的にはアントラキノンの自動酸化により製造されている。以下この方法を「アントラキノン法」という。アントラキノン法は、一般に2−アルキルアントラキノンを水不溶性の溶媒中で水素化触媒の存在下水素化して対応するアントラヒドロキノンとし、触媒をろ別した後、酸素または空気により酸化することによって元のアントラキノンを再生するとともに、過酸化水素を得、これを水で抽出することによって過酸化水素含有水溶液を得る方法である。この過酸化水素含有水溶液にはアントラキノン類や溶媒およびそれらの劣化物からなる有機不純物が相当量含まれているので、水不溶性の溶媒で有機不純物を抽出し精製するのが普通である。かくして得られた過酸化水素水溶液を以下「粗過酸化水素水溶液」という。粗過酸化水素水溶液は過酸化水素を15ないし40重量%含有しているが、通常工業的に使用される過酸化水素の濃度は30ないし70重量%であるので粗過酸化水素はさらに濃縮される。
【0003】粗過酸化水素の精留濃縮方法は米国特許3073755、英国特許1326282、日本特許公告37−8256、日本特許公告45−34926等種々提案されており、原理的には第1図のフローダイアグラムに示すフローが一般的である。第1図において粗過酸化水素はライン1より蒸発器2へはいりライン3を通って気液分離器4に導かれる。4では揮発性不純物、過酸化水素、水からなる蒸気と非揮発性不純物を含み蒸気側組成と平衡にある過酸化水素水溶液に分離される。4で分離された蒸気はライン5を通って精留塔6に入る。6において上昇蒸気は過酸化水素濃度を減じ下降液は過酸化水素濃度を上げ塔底より濃縮された過酸化水素水溶液がライン11より抜き出される。塔頂の蒸気はライン7を通ってコンデンサー8に導かれ実質的に過酸化水素を含まない凝縮水がライン10から排出され、塔頂には還流水がライン9より供給される。気液分離器4で分離された過酸化水素水溶液は蒸発器2に循環されるが一部は不純物の蓄積を防ぐためライン12より抜き出される。これらの蒸発、気液分離、及び精留は通常、減圧で行われる。
【0004】過酸化水素水溶液は、反応試剤としてのみならず漂白、化学研磨等の多くの分野で広く利用されているが、近年、半導体やプリント配線板などの電子工業分野に於ける利用が増大し、これに伴って、極めて高純度の過酸化水素水溶液が要求されるようになり、粗過酸化水素の精留濃縮によって得られる製品も不純物の極めて少ない高純度の品質が要求されている。しかし、これらの従来技術で有機不純物や無機不純物を極力減少させようとする時多くの問題がある。粗過酸化水素は不純物として、微量ではあるが無視できない濃度の有機不純物の他に、反応装置、配管などからの溶出に起因する無機不純物を含んでいる。又、場合によっては製造工程での過酸化水素の分解抑制のために添加された安定剤を含んでいる事もある。従って、蒸発工程の気液分離器での気液の分離が不完全であると粗過酸化水素水溶液に含まれる無機不純物や非揮発性の有機不純物がミスト状で精留塔に混入し濃縮過酸化水素水溶液を汚染してしまうことになる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、粗過酸化水素水溶液を蒸発器で蒸発させ、発生蒸気を液と分離して精留塔に供給し濃縮するに当たって、気液の分離が不完全な為に粗過酸化水素水溶液の一部が精留塔に混入し、粗過酸化水素に含まれる有機または無機の不純物の為に濃縮精製液の純度が低下する問題を解決し、高純度の過酸化水素を供給する事にある。本発明の目的は特に、過酸化水素の物性に適した気液分離装置を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明を第2図に示したフローダイアグラムにより説明する。粗過酸化水素水溶液は21のラインより蒸発器24に入る。24を出た気液はライン25を通ってサイクロン26に導かれる。26では揮発性不純物、過酸化水素、水からなる蒸気と非揮発性不純物を含み蒸気側組成と平衡にある過酸化水素水溶液に分離される。26で分離された蒸気はライン27を経て2段目サイクロン28に入る。サイクロン28を出た蒸気はさらに3段目サイクロン30に導かれミストを完全に除去された蒸気はライン31を通って精留塔32の好ましくは底部にみちびかれる。サイクロン26、28、30、で分離された過酸化水素水溶液はライン38、39、40を通り41から抜き出される。精留塔32において上昇蒸気は過酸化水素濃度を減じ下降液は過酸化水素濃度を上げ塔底より濃縮された高純度過酸化水素水溶液としてライン37より抜き出される。塔頂の蒸気はライン33を通ってコンデンサー34に導かれ実質的に過酸化水素を含まない凝縮水がライン36から排出され、塔頂には還流水がライン35より供給される。これらの蒸発、気液分離、及び精留は減圧で行われる。ライン37より抜き出された過酸化水素はタンクに採取、貯蔵され、輸送、出荷される。
【0007】本発明に使用する粗過酸化水素水溶液は過酸化水素を15ないし40重量%含有し、有機不純物を全有機炭素として約10ppmないし200ppm、無機不純物として装置材質に起因する鉄やアルミニウムイオンを数10ないし数100ppb含むものである。又、必要によりピロリン酸塩等の安定剤単独あるいは混合したものでその合計濃度が200ppmまで含むものが用いられる。
【0008】本発明の濃縮精製装置は、気液分離器を直列に多段のサイクロンを配置してなることに特徴があり、気液分離部は本発明の方法を構成する重要部である。蒸発器を出た気体はミスト状の液体を含み、該液体は不純物を高濃度に含むので、両者を分離する必要がある。気液分離の方法としては充填材カラムや衝突板方式のミストセパレーターもあるが、これらは、気液が器壁や充填物に接触する面積が大きいため過酸化水素の分解や過酸化水素が接触する機器からの溶出等による汚染を生じるという問題がある。われわれは構造的にもシンプルなサイクロンで研究を重ね、サイクロンを多段に組み合わせる事で良好な気液分離が可能である事を見いだした。すなわち本発明のミスト気液分離器部は直列に接続された2段以上、好ましくは2ないし3段のサイクロンからなる。4段以上はサイクロンにおける圧力損失が増大して濃縮精製装置全体の運転が難しくなる割には効果の増大は小さい。
【0009】各サイクロンの形式は単純接線入口形式でも全円周渦巻入口形式でも使用できるが、第3図に示すような単純接線入口の標準サイクロンが特に好適に使用される。サイクロンの設計は化学工学便覧やPerry's Hand Bookに記載されているいずれの寸法比によってもよい。特に、第3図において、サイクロン径Dcに対しB=1/4*Dcないし1/5*Dc、h=1/2*Dc、l=1/2*Dcないし2/5*Dc、H1=Dcないし2*Dc、H2=2*Dcの設計条件が好適である。サイクロン径Dcはサイクロン入口気流速度が100Torrで10m/sec ないし150m/sec好ましくは20m/secないし100m/sec となるように設計した時、特に顕著な効果が得られる。
【0010】サイクロンの材質はアルミニウムやステンレスが使用できるが過酸化水素の分解を少なく抑えるためにはアルミニウムないしアルミニウム合金が好ましい。精留塔の材質も同様にアルミニウムやステンレスが使用できるが過酸化水素の分解を少なく抑えるためにはアルミニウムないしアルミニウム合金が好ましい。
【0011】蒸発器での蒸発量は、蒸発器に入る過酸化水素(純分換算)を100重量部とした時、サイクロンで高濃度抜き出し過酸化水素水溶液液として分離される量が40ないし75重量部となる程度が好適である。還流水流量は、精留塔塔底の濃縮過酸化水素水溶液濃度が40重量%ないし70重量%になるようにコントロールして運転する。蒸発器の出口すなわち一段目サイクロン入口における温度は、40℃ないし90℃、好ましくは60℃ないし80℃である。また、一段目サイクロン入口における圧力は、50Torrないし200Torr、好ましくは60Torrないし150Torrとなるようにコントロールして運転する。
【0012】
【発明の効果】本発明により、粗過酸化水素水溶液を蒸発器で蒸発させ、発生蒸気を液と分離して精留塔に供給し濃縮するに当たって、気液の分離が不完全な為に粗過酸化水素水溶液の一部が精留塔に混入し、粗過酸化水素に含まれる有機または無機の不純物の為に濃縮精製液の純度が低下する問題が解決され、高純度の過酸化水素が供給される。
【0013】
【実施例】次に実施例によって本発明を具体的に説明する。なお、本発明は、記載された図あるいは実施例に限定されるものではない。
実施例1第2図の如く、Dc=1,240mmのPerry's Hand Book記載の標準サイクロンを3段直列に接続した。精留塔(材質:Al)は塔径1,700mmであって磁製充填剤を6,000mmの高さ充填したものであり前述迄の精留塔と同じである。過酸化水素32wt%、蒸発残分35ppm、安定剤としてヒ゜ロリンソータ゛10水塩を10ppm及びアミノトリ(メチレンホスホン酸)20ppmを含む粗過酸化水素水溶液を5,700kg/hrの流量で蒸発器に供給して濃縮し、サイクロンの下のラインより過酸化水素濃度が64wt%の分離液1,600kg/hrと精留塔塔底から過酸化水素濃度54wt%の高純度濃縮液1,400kg/hrを得た。主な運転条件を下記に示す。
蒸発器出口:68〜70℃、圧力は90〜100Torr還流水:約1,500l/hrサイクロン入り口ガス速度は物質収支より1段目において約60m/sと計算された。得られた高純度濃縮液の主な不純物を下記に示す。
Na : 10ppb以下 (原子吸光により分析)蒸発残分: 2ppm以下 (JISK1463により分析)
【0014】実施例2Dc=960mmのPerry's Hand Book記載の標準サイクロンの後ろにDc=1,240mmのサイクロンを設置し、2段のサイクロンとした。精留塔(材質:Al)は塔径1,700mmであって磁製充填剤を6,000mmの高さ充填したものであり前述迄の精留塔と同じである。過酸化水素32wt%、蒸発残分35ppm、安定剤としてヒ゜ロリンソータ゛10水塩を10ppm及びアミノトリ(メチレンホスホン酸)20ppmを含む粗過酸化水素水溶液を5,700kg/hrの流量で蒸発器に供給して濃縮し、サイクロンの下のラインより過酸化水素濃度が64wt%の分離液1,600kg/hrと精留塔塔底から過酸化水素濃度54wt%の高純度濃縮液1,400kg/hrを得た。主な運転条件を下記に示す。
蒸発器出口:68〜70℃、圧力は90〜100Torr還流水:約1,500l/hrサイクロン入り口ガス速度は物質収支より1段目約100m/s、2段目約60m/s と計算された。得られた高純度濃縮液の主な不純物を下記に示す。
Na : 10ppb以下 (原子吸光により分析)蒸発残分: 3ppm (JISK1463により分析)
【0015】比較例1実施例1において、Dc=1,240mmのPerry's Hand Book記載の標準サイクロン1段のみからなり、精留塔(材質:Al)が塔径1,700mmであって磁製充填剤を6,000mmの高さ充填したものである濃縮設備において、過酸化水素32wt%、蒸発残分35ppm、安定剤としてヒ゜ロリンソータ゛10水塩を10ppm及びアミノトリ(メチレンホスホン酸)20ppmを含む粗過酸化水素水溶液を5,700kg/hrの流量で蒸発器に供給して濃縮し、サイクロンの下のラインより過酸化水素濃度が64wt%の分離液1,600kg/hrと精留塔塔底から過酸化水素濃度54wt%の高純度濃縮液1,400kg/hrを得た。主な運転条件を下記に示す。
蒸発器出口:68〜70℃、圧力は90〜100Torr還流水:約1,500l/hrサイクロン入り口ガス速度は物質収支より約60m/sと計算された。得られた高純度濃縮液の主な不純物を下記に示す。
Na : 70ppb (原子吸光により分析)蒸発残分: 11ppm (JISK1463により分析)
【0016】比較例2実施例1において、Dc=960mmのPerry's Hand Book記載の標準サイクロン1段のみからなり、精留塔(材質:Al)が塔径1,700mmであって磁製充填剤を6,000mmの高さ充填したものである濃縮設備において、過酸化水素32wt%、蒸発残分35ppm、安定剤としてヒ゜ロリンソータ゛10水塩を10ppm及びアミノトリ(メチレンホスホン酸)20ppmを含む粗過酸化水素水溶液を5,700kg/hrの流量で蒸発器に供給して濃縮し、サイクロンの下のラインより過酸化水素濃度が64wt%の分離液1,600kg/hrと精留塔塔底から過酸化水素濃度54wt%の高純度濃縮液1,400kg/hrを得た。主な運転条件を下記に示す。
蒸発器出口:68〜70℃、圧力は90〜100Torr還流水:約1,500l/hrサイクロン入り口ガス速度は物質収支より約100m/s と計算された。得られた高純度濃縮液の主な不純物を下記に示す。
Na : 110ppb (原子吸光により分析)蒸発残分: 15ppm (JISK1463により分析)
【図面の簡単な説明】
【図1】従来の濃縮精製装置。
【図2】本発明の過酸化水素の濃縮精製装置。
【図3】サイクロンの構造。
【符号の説明】
2:蒸発器
4:気液分離器
6:精留塔
8:コンデンサー
21:粗過酸化水素供給ライン
24:蒸発器
26、28、30:サイクロン
32:精留塔
34:コンデンサー
35:還流水
37:高純度過酸化水素抜き出しライン
Dc:サイクロン径

【特許請求の範囲】
【請求項1】 過酸化水素含有水溶液を蒸発器で蒸発させ発生した気及び液を気液分離器で分離し、気側を精留塔に供給し濃縮する装置であって、気液分離器がサイクロンを2段以上接続して構成された多段サイクロンであることを特徴とする濃縮精製装置。
【請求項2】 気液分離器がサイクロンを直列に2ないし3段接続して構成された多段サイクロンであることを特徴とする請求項1記載の濃縮精製装置。
【請求項3】 気液分離器入口における圧力が50 Torrないし200Torrであることを特徴とする請求項1または2記載の濃縮装置を使用する過酸化水素の濃縮精製方法。
【請求項4】 多段サイクロンの各サイクロンの入口気流速度が10m/secないし150m/sec であることを特徴とする請求項1または2記載の濃縮装置を使用する過酸化水素の濃縮精製方法。
【請求項5】 気液分離器入口における温度が40℃ないし90℃であることを特徴とする請求項1または2記載の濃縮装置を使用する過酸化水素の濃縮精製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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