説明

過酸化水素の直接合成法

【解決課題】 高い製造効率をもって、十分な量の過酸化水素を安定的に製造することのできる方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、水素と酸素とを反応させる過酸化水素の直接合成法において、第1の貴金属のコロイド粒子が分散する溶媒に、第2の貴金属の塩を添加した後に還元処理して触媒溶液を製造し、前記触媒溶液に水素と酸素を通過させて反応させることを特徴とする過酸化水素の直接合成法である。ここで、第1の貴金属はパラジウムであり、第2の貴金属は白金であって、第2の貴金属の塩は塩化水素酸塩又は塩化物とすることが好ましい。そして、触媒溶液中の第1の貴金属と第2の貴金属の存在比率は、質量比で3:1〜9:1とするのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素と酸素とを直接反応させて過酸化水素を製造する、過酸化水素の直接合成に関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、強力な酸化力を有し、漂白・殺菌作用を持つことから、紙、パルプ、繊維、水産加工品等の漂白剤、殺菌剤として利用されている。また、過酸化水素は分化しても水と酸素にしかならないためグリーンケミストリーの観点から重要な位置付けがなされており、塩素系漂白剤の代替材料としても着目されている。
【0003】
従来、過酸化水素は、有機法、アントラキノン法、電解法等より製造されており、特に工業的な製造方法としてアントラキノン法が用いられている。しかし、アントラキノン法は、アントラキノン媒体の還元、酸化、生成過酸化水素の抽出、精製、濃縮等といったように多段階からなり、エネルギーを多量に使用するため製造コストが非常に高くなるという欠点がある。
【0004】
そこで、上記問題を考慮して、水素と酸素とを直接反応させることにより過酸化水素を合成する方法の検討が進んでいる。この直接合成法では、貴金属触媒の存在下で水素と酸素とを反応させるものであり、白金族金属を活性炭、無定型シリカ、ゼオライト、希土類酸化物、チタニアなど種々の担体に担持させた触媒を用いて反応を進行させる方法が公知となっている。
【特許文献1】特開昭63−156005号公報
【特許文献2】特開平4−238802号公報
【特許文献3】特開平4−285003号公報
【特許文献4】特開平5−17106号公報
【特許文献5】特開平5−43206号公報
【特許文献6】特開平9−301705号公報
【0005】
過酸化水素の直接合成法では、合成反応の選択性、生成速度等の諸因子を基にして総合的に判定される製造効率が重要となる。この点、上記従来法によれば、ある程度の過酸化水素を製造することができが、反応速度等を含めて判断すべき製造効率を満足させつつ反応を進行させるものではなく、また、方法によっては高い反応圧力を必要とするものもあり、工業的製造に対応できるレベルにまで達していないのが現状である。
【0006】
本発明者等は、より優れた製造効率で過酸化水素を直接合成する方法として、従来の貴金属担持型の触媒を用いる方法に替えて、貴金属コロイドを触媒として用いる方法を見出している(特願2004−090821)。ここで、貴金属コロイドとは、溶媒に不溶な数〜数百nmの貴金属の微小粒子が溶媒中で分散、懸濁したものをいう。そして、本発明者等によれば、貴金属コロイドを適用することで、過酸化水素生成反応の生成速度、選択性を向上できることが確認されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
直接合成による過酸化水素の製造方法を実用化するためには、できるだけ製造効率を高めることが要求される。そこで、本発明は、上記本発明者等による過酸化水素製造方法を改良したものであって、更に高い製造効率を示すものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記した貴金属コロイドを触媒とする方法を基礎とし、貴金属コロイドを含む触媒溶液に、更に他の貴金属塩を添加して還元処理を行うことで、より高効率で合成反応を進行させることができる触媒溶液を得ることができることを見出し、本発明に想到した。
【0009】
即ち、本発明は、水素と酸素とを反応させる過酸化水素の直接合成法において、第1の貴金属のコロイド粒子が分散する溶媒に、第2の貴金属の塩を添加した後に還元処理して触媒溶液を製造し、前記触媒溶液に水素と酸素を通過させて反応させることを特徴とする過酸化水素の直接合成法である。
【0010】
本発明において、第1の貴金属コロイド溶液に、第2の貴金属塩を添加して還元処理すると、第2の貴金属は貴金属粒子として触媒溶液中で存在する。この第2の貴金属粒子は、単独で触媒溶液に分散するか、又は、第1の貴金属コロイドに取り込まれて貴金属合金のコロイドを形成すると考えられる。本発明において、還元処理後の触媒溶液が如何なる状態にあるかは定かではないが、前記した貴金属粒子の追加的分散又は貴金属合金コロイドの形成により、触媒溶液が有する反応促進作用が向上し、過酸化水素製造効率の上昇がみられると考えられる。
【0011】
以下、本発明につき詳細に説明する。本発明における貴金属コロイドの意義は上述の通りである。第1の貴金属のコロイド粒子を構成する貴金属は、白金、パラジウム、銀、金、ルテニウム、ロジウム、イリジウム、オスミウムといった貴金属であるが、好ましいのは、パラジウム、白金である。また、コロイドを構成する貴金属粒子の粒径は1〜10nmのものが好ましい。これらの範囲外の粒径のコロイドを適用しても合成反応は生じるが、1〜10nmの領域のコロイドが特に活性が高いからである。
【0012】
貴金属コロイドは、保護剤と呼ばれる化合物を含むものが一般的である。保護剤とは、コロイド溶液中でコロイド粒子の周辺に化学的又は物理的に結合、吸着する化合物であって、コロイド粒子同士の凝集を抑制し粒径分布を適性範囲に制御し安定化させるものをいう。保護剤を含むことで、細かな粒径のコロイド粒子が懸濁した状態を保持し、過酸化水素の合成反応を均質とすることができる。この保護剤としては、コロイド粒子に対して化学的又は物理的に結合、吸着することができる有機化合物であれば、特に、限定はなく、ポリビニルピロリドン(以下、PVPという。)、ポリエチレンイミン(以下、PEIという。)、ポリアクリル酸(以下、PAAという。)、カルボキシメチルセルロース(以下、CMCという。)、ポリビニルアルコール(以下、PVAという。)クエン酸、酒石酸、アルギン酸、ポリリン酸、ポリ(N−カルボキシメチル)アリルアミン、ポリ(N,N−ジカルボキシメチル)アリルアミン、ポリ(N−カルボキシメチル)エチレンイミン等の有機化合物が適用できる。発明で特に好ましい保護剤は、PVP、PAA、CMC、PVA、クエン酸、酒石酸、アルギン酸、ポリリン酸であり、特に好ましくはPVPである。
【0013】
尚、本発明で使用する第1の貴金属コロイド溶液の製造は、まず、保護剤となる有機化合物とコロイド粒子となる第1の貴金属の金属塩溶液とを混合し、これに還元剤を添加することで製造可能である。この際、金属塩溶液中の金属イオンが還元されるとともに保護剤がクラスター粒子に吸着し、コロイド溶液となる。尚、保護剤自体が還元作用を有する有機化合物である場合には、還元剤の添加は不要である。
【0014】
一方、第1の貴金属コロイド溶液に添加する、第2の貴金属は、第1の貴金属とは異なる貴金属であり、好ましい組み合わせとしては、第1の貴金属がパラジウムであり、第2の貴金属が白金となるものである。そして、好ましい貴金属塩は、貴金属の塩化水素酸塩又は塩化物であり、塩化白金酸塩(HPtCl)、塩化金酸塩(HAuCl)、塩化ロジウム、塩化ルテニウム、塩化イリジウム等が用いられる。
【0015】
第2の貴金属塩添加後の還元処理としては、還元剤の添加によるのが通常であるが、好ましいのは、水素ガス導入によるものである。触媒溶液中に残留物が生じないようにするためである。尚、貴金属塩として塩化水素酸塩又は塩化物を適用する場合、還元処理後の触媒溶液中には塩素イオンが残留するが、塩素イオンは過酸化水素の合成反応には悪影響を及ぼすことはないことが確認されている。
【0016】
また、触媒溶液中の第1の貴金属と第2の貴金属の存在比率が、質量比で3:1〜9:1となるようにするのが好ましい。上記のように過酸化水素の製造効率は、過酸化水素の発生量のみによらず、生成速度や選択率が関与するが、第1の貴金属と第2の貴金属の比率を前記範囲とすることにより、各因子のバランスが取れたものとなるからである。尚、触媒溶液中の全貴金属の濃度は、0.0001〜0.01重量%とするのが好ましい。
【0017】
過酸化水素の合成反応は、(水素)ガス対(酸素)ガスの反応であるため、貴金属コロイド溶液を反応系に共存させるためには、両者の混合ガスを反応容器内の貴金属コロイド溶液中にバブリングする手法が一般的となる。
【0018】
尚、本発明に係る方法では、反応系に無機酸を添加して反応させるのが好ましい。これにより、過酸化水素合成反応の選択率を向上させ、製造効率を確保することができる。無機酸の添加量は、触媒溶液に対して0.001〜1重量%とするのが好ましい。そして、この無機酸としては、臭化水素又は硫酸臭化水素の適用が好ましく、両者のいずれか一方又は双方を添加するのが好ましい。
【0019】
合成反応時の反応条件は、反応温度は、0〜100℃、特に20〜70℃の範囲が好ましい。反応の圧力は特に制限はないが、好ましくは大気圧〜100kg/cmであり、特に大気圧〜20kg/cmが適当である。反応時間(原料ガスとコロイド粒子との接触時間)は、通常0.1〜100時間、好ましくは0.5〜10時間である。この反応は回分式でも連続式でも行うことができる。また、原料となる水素ガスと酸素ガスの流量は、爆発範囲を避け、かつ、水素に対して酸素が過剰となるような割合が好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、直接合成法による過酸化水素の製造をより効率的に行なうことができる。本発明は、比較的簡易な工程で、特殊な条件によらずに過酸化水素を製造することができ、その工業的生産プロセスに質することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
実施例1
Pd0.1g相当のジニトロジアンミンパラジウム溶液に、PVPを1.0g、水100mLを加え加熱還流し、これに還元剤としてエタノール50mLを滴下しパラジウムを還元した。そして、溶液を濃縮してパラジウム濃度4wt%Pd−PVPコロイドを得た。このパラジウムコロイド粒子径は2nmであり、溶液は黒色の粘重な液体であった。そして、このPd−PVPコロイドをイオン交換水で100倍希釈して0.04wt%に調製した。そして、同時に、塩化白金酸塩(ヘキサクロロ白金(IV)酸六水和物)1gを1Lの水に溶解した。また、3NのHBr溶液を調整した。
【0022】
上記で製造したPd−PVPコロイド溶液、塩化白金酸塩溶液を用いて過酸化水素の直接合成を行なった。合成は、図1で示す直接合成装置を使用した。過酸化水素の合成は、まず、反応器100に製造したHBr溶液10mL(最終濃度0.1N)、貴金属塩溶液、Pd−PVPコロイド溶液をこの順に加え、最後にイオン交換水で全量300mLとした。Pd−PVPコロイドと貴金属塩は、全金属量が2.5mgとなるように比率を調整しつつ添加した。
【0023】
そして、反応器100内へ水素供給口10から水素を25cc/minで1時間流して還元処理した。このときの反応温度は303Kで攪拌速度を650rpmである。この還元処理により反応器100内で触媒溶液を製造した。還元は窒素を窒素導入口30から50cc/minで20分流して気相部を置換した。
【0024】
過酸化水素合成反応は、反応ガスである水素、酸素、及び、バランスガスとしての窒素を、それぞれの供給口10、20、30から導入した。各ガスの供給量は、水素7cc/min、酸素31cc/min、窒素15cc/minとした。反応条件は、常圧下、反応温度303K、攪拌速度1200rpmで行った。また、反応中においては、反応器100から適宜サンプリングを行い、TCD付ガスクロマトグラフィー102で反応ガス組成を分析した。
【0025】
そして、合成した過酸化水素を30分毎にシリンジで1mlサンプリングし、吸光光度法で定量した。過酸化水素の定量は、過酸化水素−硫酸チタン錯体の410nmの吸収を利用した吸光光度法によって行った。発色液は30%硫酸チタン16mLに濃硫酸14mLを加え、イオン交換水で100mLに希釈したものを用いた。分析には発色液4mL、反応液1mLを25mLに希釈した溶液を用い、反応液量は秤量して定めた。
【0026】
直接合成試験の結果は、過酸化水素濃度、水素の反応速度(R)、生成選択率(S)、過酸化水素の分解速度係数(k)の4つの数値から評価した。その結果を表1に示す。尚、比較として、塩化白金酸塩を添加しないPd−PVPコロイドを触媒溶液としたときの結果を併せて示した。
【0027】
【表1】

【0028】
各数値の評価においては、過酸化水素濃度、R、Sが高いことが好ましい結果となる。一方、kは、合成反応で生じた過酸化水素の分解反応が生じる度合いを示すものであることから、この数値が大きいことは合成反応に飽和点が生じ易いことを示すため、小さいことが好ましい。かかる観点から表1の結果をみると、塩化白金酸塩を添加したコロイドを用いることで、生成選択率Sの低下はみられるものの過酸化水素濃度、反応速度の向上がみられ、その効果が確認できた。特に、パラジウムと白金との比率を3:1〜9:1とすることで各パラメータのバランスからみて効率的な合成反応進行がみられることがわかる。
【0029】
実施例2
ここでは、実施例1で製造したPd−PVPコロイドに、各種の貴金属塩を添加した触媒溶液を製造し、過酸化水素の合成反応試験を行なった。ここで使用した貴金属塩は、塩化金(III)酸四水和物、塩化ロジウム(III)三水和物、塩化イリジウム(III)三水和物であり(各1g)、実施例1と同様の貴金属塩溶液を用いた。
【0030】
そして、実施例1と同様の装置、手順にて過酸化水素の合成反応試験を行い評価した。パラジウムと白金との比率は3:1とした。このときの試験結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
表2から、貴金属の塩化水素塩の添加・還元により製造された触媒溶液を用いた場合、総合的観点から見て、コロイド単独の場合よりも製造効率が向上することがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本実施形態で使用した合成装置の構成を示す図。
【符号の説明】
【0034】
10 水素
20 酸素
30 窒素
100 反応器
101 コロイド溶液
102 ガスクロマトグラフィー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素と酸素とを反応させる過酸化水素の直接合成法において、
第1の貴金属のコロイド粒子が分散する溶媒に、第2の貴金属の塩を添加した後に還元処理して触媒溶液を製造し、
前記触媒溶液に水素と酸素を通過させて反応させることを特徴とする過酸化水素の直接合成法。
【請求項2】
第2の貴金属の塩は、塩化水素酸塩又は塩化物である請求項1記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項3】
第1の貴金属はパラジウムであり、第2の貴金属は白金である請求項1又は請求項2記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項4】
触媒溶液中の第1の貴金属と第2の貴金属の存在比率が、質量比で3:1〜9:1である請求項1〜請求項3のいずれか1項記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項5】
貴金属コロイドの保護剤は、ポリビニルピロリドンである請求項1〜請求項4のいずれか1項記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項6】
反応系に無機酸を添加して反応させる請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項7】
無機酸の添加量は、貴金属コロイド溶液に対して0.001〜1重量%である請求項6記載の過酸化水素の直接合成法。
【請求項8】
無機酸として、臭化水素及び/又は硫酸を添加する請求項6又は請求項7記載の過酸化水素の直接合成法。


【図1】
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【公開番号】特開2007−84372(P2007−84372A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−273694(P2005−273694)
【出願日】平成17年9月21日(2005.9.21)
【出願人】(000217228)田中貴金属工業株式会社 (146)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)