説明

過酸化水素の製造方法および製造装置

【課題】第1に、過酸化水素を簡単容易かつ効率的に、製造コストに優れて製造でき、第2に、人体や環境への安全面にも優れた、過酸化水素の製造方法や製造装置を提案する。
【解決手段】この製造方法は、次の変換工程,中間反応工程,生成反応工程を、有している。まず変換工程では、光照射のもと光増感剤Pを使用して、水中で三重項状態の酸素()を、励起状態の一重項状態の酸素()に変換する。次に中間反応工程では、一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)を生成する。そして生成反応工程では、ヒドロペルオキシドから、過酸化水素(H)を生成する。このような各工程を実施する製造装置としては、例えば、マイクロ流路に三重項状態の通常の酸素が水と共に供給されると共に、流路形成面に光増感剤Pが付着コートされたマイクロリアクターが、使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素の製造方法および製造装置に関する。すなわち、一重項酸素の酸化力を利用して過酸化水素を製造する、過酸化水素の製造方法および製造装置に、関するものである。
【背景技術】
【0002】
《技術的背景》
過酸化水素(H)は、酸化剤として広く用いられており、周知のように、漂白剤,消毒剤,殺菌剤,防腐剤,触媒,爆薬,燃料,分析試薬,その他に、使用されている。
そして、硝酸,塩素,クロム等重金属系酸化剤等に比べ、酸化反応時において環境負荷の高い副生物や廃棄物を派生せず、クリーンな酸化剤として需要が伸びつつある。精密化学品,医薬品,電子材料等としても、工業的に大量使用されつつある。
【0003】
《従来技術》
このような過酸化水素の工業的製造方法としては、いわゆる有機法と電解法が知られていたが、現在は有機法が主流となっている。
有機法による過酸化水素の製造方法、つまりヒドロキノン類を自動酸化するAO(Auto Oxidation)プロセス法による製造方法としては、現在、アントラキノンを用いるプロセスが確立している。そこで、アントラキノン法のプロセスについて、図4を参照して概略を説明する。
アントラキノン法では、まず、図4のステップ(1),(2),(3)において、2−エチルアントラキノン(C1612)を、不溶性の有機溶剤例えばベンゼンに、混合,溶解する。その溶液は作動液と称される。次に、ステップ(4),(5),(6)において、この作動液を、水素(H)で還元させて、2−エチルアントラヒドロキノン(C1614)とする(下記化1の反応式を参照)。
それからステップ(7),(8)で、この2−エチルアントラヒドロキノンを、酸素ガス(O)つまり空気で酸化させる。すると、元の2−エチルアントラキノンに戻ると共に、過酸化水素(H)が副生される(下記化2の反応式を参照)。
そして、2−エチルアントラキノンは、ステップ(1)に戻されて再利用され、過酸化水素は、ステップ(9),(10)において、2−エチルアントラキノンから水で抽出,分離される。アントラキノン法の反応式については、次の化1,化2のとおり。
【0004】
【化1】

【化2】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
このような従来のアントラキノン法としては、例えば、次の特許文献1に示されたものが挙げられる。
【特許文献1】特開平8−2904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、このような従来のアントラキノン法による過酸化水素の製造方法や製造装置については、次の課題が指摘されていた。
《第1の問題点》
第1に、従来のAOプロセス法、つまりアントラキノン法による製造方法や製造装置については、まず、触媒機能を果たす2−エチルアントラキノンの製造工程や、2−エチルアントラヒドロキノンの酸化工程や、2−エチルアントラキノンからの過酸化水素の抽出,分離,精製工程等に関し、問題が指摘されていた。
すなわち、上記各工程はいずれも複雑であり、製造効率(収率)が悪く、製造時間や製造設備費が嵩み、エネルギーを多量に消費する等々、過酸化水素の製造コスト面に大きな問題が存していた。
【0007】
《第2の問題点》
第2に、アントラキノン法による製造方法や製造装置では、人体や環境に有害なベンゼンその他の有機溶剤が、必須的に使用されている。
又、精密化学品,医薬品,電子材料等の製造工程では、過酸化水素が大量使用されているが、その製造工程からの廃棄物は量が膨大であり、環境への負荷が問題となっていた。
更に、製造設備が大掛かりとなるので、過酸化水素は、使用現場・需要場所では製造されずに、製造後に使用現場・需要場所へと搬送されることが多く、輸送途中の危険負担,事故不安が指摘されていた。
これらの各点に鑑み、人体や環境への安全面に問題が指摘されていた。
【0008】
《本発明について》
本発明の過酸化水素の製造方法および製造装置は、このような実情に鑑み、上記従来技術の課題を解決すべくなされたものである。
そして本発明は、第1に、過酸化水素を簡単容易かつ効率的に、製造コスト面に優れて製造でき、第2に、しかも人体や環境への安全面にも優れている、過酸化水素の製造方法および製造装置を提案することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
《各請求項について》
このような課題を解決する本発明の技術的手段は、特許請求の範囲にも記載したように、次のとおりである。請求項1〜4は製造方法に関し、請求項5〜7は製造装置に関し、請求項8も製造装置に関する。
まず、請求項1については、次のとおり。
請求項1の過酸化水素の製造方法は、次の変換工程,中間反応工程,生成反応工程を、有していること、を特徴とする。まず、変換工程では、光照射のもと光増感剤を使用して、水中で三重項状態の酸素()を、励起状態の一重項状態の酸素()に変換する。
次に、中間反応工程では、得られた該一重項状態の酸素から、ヒドロペルオキシド(HO)を生成する。もって、生成反応工程では、生成された該ヒドロペルオキシドから、過酸化水素(H)を生成する。
【0010】
請求項2については、次のとおり。
請求項2の過酸化水素の製造方法では、請求項1において、マイクロリアクターのマイクロ流路に、該三重項状態の酸素が水と共に供給されると共に、流路形成面に付着コートされた該光増感剤が光照射される。もって、該変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施されること、を特徴とする。
請求項3については、次のとおり。
請求項3の過酸化水素の製造方法では、請求項1において、該光増感剤が分散された水中に、該三重項状態の酸素が供給されると共に光照射される。もって、該変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施されること、を特徴とする。
請求項4については、次のとおり。
請求項4の過酸化水素の製造方法では、請求項2又は3において、該変換工程では、光吸収により該光増感剤において励起エネルギーが生成されると共に、生成された該励起エネルギーが該三重項状態の酸素に移され、もって該三重項状態の酸素が、該一重項状態の酸素に変換されること、を特徴とする。
【0011】
請求項5については、次のとおり。
請求項5の過酸化水素の製造装置は、マイクロリアクターが用いられている。そして該マイクロリアクターでは、流路形成面に付着コートされた光増感剤への光照射に基づき、マイクロ流路に水と共に供給された三重項状態の酸素()が、一重項状態の酸素()に変換される。
もって、該一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、該過酸化水素(H)が生成されること、を特徴とする。
請求項6については、次のとおり。
請求項6の過酸化水素の製造装置では、請求項5において、該マイクロリアクターは、該三重項状態の酸素と水との気液混合流体が供給され、該マイクロ流路を層流となって流れると共に、光照射手段が対向配設されている。かつ、光照射面以外の該流路形成面に、該光増感剤が付着コートされている。
もって、該一重項状態の酸素への変換、ヒドロペルオキシドの生成、そして該過酸化水素の生成が行われること、を特徴とする。
請求項7については、次のとおり。
請求項7の過酸化水素の製造装置では、請求項6において、該光増感剤は、該光照射手段からの光照射に基づく光吸収により、励起エネルギーが生成される。該光増感剤と該三重項状態の酸素との界面では、このように生成された励起エネルギーが、該光増感剤側から該三重項状態の酸素側に移される。
そして、該マイクロ流路では、このように励起エネルギーが移されることにより、該三重項状態の酸素が、該一重項状態の酸素に変換されること、を特徴とする。
【0012】
請求項8については、次のとおり。
請求項8の過酸化水素の製造装置では、反応器が用いられている。そして該反応器では、水中に光増感剤が分散されると共に三重項状態の酸素()が供給されて光照射されることに基づき、もって該三重項状態の酸素が、一重項状態の酸素()に変換される。
もって、該一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、該過酸化水素(H)が生成されること、を特徴とする。
【0013】
《作用等について》
本発明は、このような手段よりなるので、次のようになる。
(1)この製造方法では、まず変換工程において、光照射のもと光増感剤を使用して、水中で三重項状態の酸素が一重項状態の酸素に、励起,変換される。
(2)マイクロリアクターを利用した製造装置では、流路形成面の光増感剤が光照射されることにより、マイクロ流路を水と共に流れる酸素が一重項化される。
(3)反応器を利用した製造装置では、反応器の水中に分散された光増感剤が光照射され、もって供給された酸素が一重項化される。
(4)一重項化は、光吸収により光増感剤にて生成された励起エネルギーが、三重項状態の酸素に移されることにより、実施される。
(5)このようにして得られた一重項状態の酸素は、求核性(対電子供給性),強力な酸化力を有しており、次の中間反応工程において、プロトンを捕捉してヒドロペルオキシドが生成される。
(6)中間反応工程も、マイクロリアクターや反応器を利用した製造装置のマイクロ流路中や反応器中で、実施される。
(7)さて、得られたヒドロペルオキシドは、酸素端が対電子を求める求電子性を示し、次の生成反応工程において、対電子およびプロトンが付加されて過酸化水素が生成される。
(8)生成反応工程も、マイクロリアクターや反応器を利用した製造装置のマイクロ流路中や反応器中で、実施される。
(9)本発明の製造方法や製造装置は、このように簡単容易かつ効率的に、過酸化水素を製造可能である。
(10)しかも、有機溶剤を使用することなく、又、廃棄物による環境負荷も低減され、更に、過酸化水素の使用現場・需要場所での製造も可能となる。
(11)そこで、本発明は次の効果を発揮する。
【発明の効果】
【0014】
《第1の効果》
第1に、過酸化水素を簡単容易かつ効率的に、製造コスト面に優れつつ、製造可能である。
すなわち、本発明の製造方法および製造装置では、所定のマイクロリアクターや反応器を利用すると共に、光照射のもと光増感剤を使用して、酸素を一重項化する変換工程、ヒドロペルオキシドを生成する中間反応工程、そして生成反応工程を辿ることにより、過酸化水素を製造する。
本発明は、一重項状態の酸素の求核性,酸化力に着目したことにより、大幅に簡単容易化された工程や装置にて酸素と水を使用して、過酸化水素を製造する。そこで、前述したこの種従来技術のアントラキノン法に比し、製造工程が複雑化することもなく、製造効率(収率)が向上し、製造時間が短縮化され、製造設備費も低減され、かつエネルギー消費も削減される。
もって過酸化水素が、コスト面に優れて製造,供給可能となり、大幅コストダウン,低価格化が実現される。
【0015】
《第2の効果》
第2に、しかも人体や環境への安全面にも、優れている。すなわち本発明は、一重項状態の酸素の酸化力に着目した製造方法および製造装置を、採用してなる。
もって、前述したこの種従来技術のアントラキノン法のように、過酸化水素の製造に際し、人体や環境に有害なベンゼンその他の有機溶剤は、使用されない。
又、精密化学品,医薬品,電子材料等の製造工程では、過酸化水素が大量使用されおり、製造工程からの廃棄物量も膨大であるが、本発明の採用により、アントラキノン法の場合に比し環境に優しく、廃棄物による環境負荷が大幅低減される。
更に製造設備も、アントラキノン法のように大掛かりなものとならず、簡単容易化される。そこで、過酸化水素をその使用現場・需要場所で製造可能となり、安全性が向上し、輸送途中の危険負担,事故不安が解消される。
このように、この種従来技術に存した課題がすべて解決される等、本発明の発揮する効果は、顕著にして大なるものがある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る過酸化水素の製造方法および製造装置について、発明を実施するための形態の説明に供し、工程ブロック図である。
【図2】同発明を実施するための形態の説明に供し、(1)図は、マイクロリアクターの拡大した断面説明図、(2)図は、マイクロリアクターの平面説明図である。
【図3】同発明を実施するための形態の説明に供し、(1)図は、マイクロリアクターの分解斜視説明図、(2)図は、反応器の構成ブロック図である。
【図4】この種従来例の説明に供し、工程ブロック図である。
【図5】スピン量子状態の説明図であり、(1)図は三重項酸素に関し、(2)図は一重項酸素に関する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。
《本発明の製造方法について》
まず、本発明に係る過酸化水素の製造方法について、説明する。その概要については、次の通り。
この過酸化水素の製造方法は、次の変換工程,中間反応工程,生成反応工程を、有している。変換工程では、光照射のもと光増感剤を使用して、水(HO)中で三重項状態の酸素()を、励起状態の一重項状態の酸素()に変換する。
中間反応工程では、得られた一重項状態の酸素から、ヒドロペルオキシド(HO)を生成する。生成反応工程では、生成されたヒドロペルオキシドから、過酸化水素(H)を生成する。
本発明の製造方法の概要は、このようになっている。以下、この製造方法について、図1の(1)図を参照して詳述する。
【0018】
《三重項状態の酸素,一重項状態の酸素》
本発明の製造方法の変換工程では、三重項状態の酸素が一重項状態の酸素に、励起され変換される。そこで、三重項状態の酸素と一重項状態の酸素について、説明しておく。
まず、酸素分子Oの電子基底状態は、三重項状態であり、酸素分子Oの一重項状態は、高エネルギー準位の電子励起状態である。
そして、一重項状態の酸素分子()は、求核性(対電子供給性)を備えており、通常の酸素分子つまり三重項状態の酸素分子()に比べ、強力な酸化力を有している。すなわち、図5の(1)図のスピン量子状態の説明図に示したように、電子基底状態の通常の状態で存在する酸素分子の外殻電子構造は、不対電子対2個を有する三重項状態である。
これに対し、図5の(2)図のスピン量子状態の説明図に示したように、電子励起状態の一重項状態の酸素分子の外殻電子構造は、対電子を有し求核性(対電子供給性)を備えており、電子基底状態の三重項状態の酸素分子に比し、外殻電子が保有するエネルギーが大となっている。一重項状態の酸素分子は、通常の三重項状態の酸素分子に比し、非常に大きなエネルギーを有しており、反応性に富んでおり、強力な酸化力を有している。なお図5において、電子殻のK殻(s軌道)の図示は省略。
三重項状態の酸素,一重項状態の酸素については、以上のとおり。
【0019】
《変換工程》
次に、本発明製造方法の変換工程について、その概要を説明する。変換工程では、図1のステップ(1),(2),(3),(4)に示したように、光照射のもと光増感剤Pを使用して、水中で三重項状態の酸素を一重項状態の酸素に、励起,変換する。
光化学反応における触媒として機能する光増感剤Pとしては、ローズベンガル,メチレンブルー,その他の有機系の色素化合物や、ポリシリコン(ポーラスシリコン),その他の無機系材料等、光照射に基づき励起状態への項間交差に資すことが可能な物質を、広く含む。二酸化チタン(チタニア),その他の金属酸化物等、光触媒と称されるものも、これに包含される。
そして変換工程では、光吸収により光増感剤Pにおいて励起エネルギーが生成されると共に、このように生成された励起エネルギーが三重項状態の酸素に移され、もって三重項状態の酸素が、一重項状態の酸素に励起,変換される。
すなわち変換工程では、光増感剤Pを光照射して、→光増感剤Pに光量子hν(光エネルギー)を吸収させ、→もって、光増感剤Pを励起状態にする。→そして、光増感剤Pが基底状態に戻る際、放出する光量子(光エネルギー)を、三重項状態の酸素に吸収させることにより、→項間交差が起こり、励起状態の一重項状態の酸素が得られる。
このように、三重項状態の酸素を励起させて一重項状態とする項間交差、つまり化学反応に関与する外殻電子を励起させ、全スピン量子数に依拠するエネルギー状態をレベル変化させることは、エネルギー差が過大であり、通常は殆ど起こらない。すなわちスピン禁制とされている。これに対し、上述したように光増感剤Pを利用することにより、禁制が破られ、項間交差が行われる。
変換工程の概要については、以上のとおり。
【0020】
《変換工程における反応等》
次に、このような変換工程における化学反応について、反応式等に基づき具体的に説明する。まず、光照射下の光増感剤Pについては、次のとおり。
光(光量子hν)照射により、光増感剤P表面の外殻軌道(定常軌道)にある外殻電子(e)が、励起されて外殻軌道から励起軌道に移る。もって、光増感剤P表面の外殻軌道には、電子が抜け出して欠損した電子空孔である正孔(hole)が、形成される。
形成された正孔は、他物質から電子を引き抜いて、その電子欠損を埋めようとする性質、つまり酸化力を有している。そこで、下記化3の反応式により、水分子(HO)から電子を引き抜いて酸化し、これをラジカル分裂させて、プロトン(H)とOHラジカル(・OH)とを生成せしめる。
【0021】
【化3】

【0022】
このように生成されたOHラジカルつまりヒドロキシラジカルは、周知のように強力な酸化力(電子奪取力)を有している。そこで、下記化4の反応式により、水分子を酸化分解する。すなわちOHラジカルは、水から水素原子を奪い、自身は水に回帰すると共に、酸化物として酸素分子(O)を生成,分離しつつ、発生期の水素(H+e)(水素ラジカルとも称される)を、生成する。
なお、ここで化3と化4の反応式をまとめて合成すると、下記化5の反応式が得られる。化5の反応式は、水分子の光酸化式(光化学分解反応式)として、広く知られている。
【0023】
【化4】

【化5】

【0024】
光照射下の光増感剤Pに関しては、上述したプロトンや電子の生成反応と共に、前述した酸素Oの項間交差が行われる。すなわち、下記化6の反応式により、三重項状態の酸素()が、光増感剤Pの励起に基づき、励起状態の一重項状態の酸素()に、励起されて遷移,変換される。
なお、下記化7は、化6の反応式について、最外殻電子を点表記した電子模式図である(下記化9,化11の反応式についても同様)。
【0025】
【化6】

【化7】

変換工程における反応等については、以上のとおり。
【0026】
《中間反応工程,生成反応工程》
次に、本発明の製造方法に関し、上述した変換工程の次の中間反応工程、そして生成反応工程について、説明する。
まず、変換工程で得られた一重項状態の酸素は、前述したように、求核性(対電子供給性),強力な酸化力を備えている。そこで一重項状態の酸素は、中間反応工程では、図1のステップ(4),(5),(6)や下記化8,9の反応式に示したように、求核剤(対電子供給剤)となって、プロトンを捕捉する酸化プロセスを辿り、もってヒドロペルオキシド(HO)が生成される。プロトン(H)については、前記化3,化4,化5の反応式を参照。
【0027】
【化8】

【化9】

【0028】
上述した中間反応工程で得られたヒドロペルオキシドは、その酸素端が、対電子を求める求電子性を示す。そこでヒドロペルオキシドは、次の生成反応工程において、下記化10,11の反応式に示したように、対電子(2e)およびプロトン(H)が付加される還元プロセスを辿り、もって過酸化水素(H)が生成される。対電子およびプロトンについては、前記化4,化5の反応式を参照。
【0029】
【化10】

【化11】

中間反応工程,生成反応工程については、以上のとおり。本発明の過酸化水素の製造方法は、このようになっている。
【0030】
《本発明の製造装置1について》
次に、本発明に係る過酸化水素の製造装置1について、説明する。
すなわち、上述した過酸化水素の製造方法、その変換工程,中間反応工程,生成反応工程を実施する、過酸化水素の製造装置1について説明する。
この製造装置1としては、図2や図3の(1)図に示したマイクロリアクター2を用いるものと、図3の(2)図に示した反応器3を用いるものが、代表的である。
【0031】
《マイクロリアクター2を用いた製造装置1》
まず、マイクロリアクター2を用いた、過酸化水素の製造装置1について、図2の(1)図,(2)図,図2の(1)図等を参照して説明する。
この製造装置1では、マイクロリアクター2のマイクロ流路4に、三重項状態の酸素が水と共に供給されると共に、流路形成面5に付着コートされた光増感剤Pが光照射され、もって、前述した製造工程の変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施される。
すなわち、マイクロリアクター2の流路形成面5に付着コートされた光増感剤Pへの光照射に基づき、マイクロ流路4に水と共に供給された三重項状態の酸素()が、一重項状態の酸素()に変換され、もって、一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、過酸化水素(H)が生成される。
マイクロリアクター2を用いた製造装置1の概要は、以上のとおり。
【0032】
《マイクロリアクター2》
これらについて、更に詳述する。まず、マイクロリアクター2について、説明する。
マイクロリアクター2は、マイクロオーダーの微細構造のマイクロ流路4を備えた反応器よりなり、マイクロ流路4は、流路幅が、数10μm〜数1,000μm程度、例えば100μm〜500μmで、流路深さが、数μm〜数100μm程度、例えば25μm〜100μmよりなる。
図示のマイクロリアクター2は、例えば肉厚2mm程度の3枚重ねのガラスプレート板製よりなり、本体プレート6を上下から挟むように、ホルダープレート7,8が、密に重積,固定されたサンドイッチ構造よりなる。
本体プレート6には、マイクロ流路4が形成されており、上位のホルダープレート7は、図示例では光照射との関係から透明であり光透過性を備えているのに対し、下位のホルダープレート8は、透明でなくても良い。
マイクロ流路4はチャンネル状をなし、図示例では本体プレート6の長手方向に直線的、かつ短手方向に複数回繰り返しつつ往復して、略ジグザグ蛇行状に連続的に刻設形成されており、各折曲箇所は湾曲状にカーブしている。
【0033】
そして、このようなマイクロ流路4の入口に対し、三重項状態の酸素ガスと水との気液混合流体Fが、供給部9からポンプ10(代表的にはシリンジポンプ)や、微細チューブ(マイクロチューブ)11を介して、圧入供給される。酸素ガスとしては、純酸素が用いられるが、酸素を含む気体も使用可能である。
本体プレート6に形成されるマイクロ流路4は、上面,両側面,底面等を備えた流路形成面5にて、断面半円状や断面矩形状に形成されている。図示例では、流路形成面5の上面が光透過用の光照射面12となっているが、この光照射面12は、開放されると共に上位のホルダープレート7で密閉,封鎖されている。
このような光照射面12を除き、本体プレート6に形成されたマイクロ流路4は、その両側面や底面の流路形成面5に、光増感剤Pが付着コートせしめられている。例えば、ポリシリコン等の無機系の光増感剤Pが、焼付け,焼結,塗布等により、膜状に固定,担持せしめられている。
又、マイクロ流路4に対し、光照射手段13が対向配設されている。光照射手段13は、マイクロ流路4に対し、上位のホルダープレート7や光照射面12を介し、対向配設されている。
光源である光照射手段13としては、例えば水銀灯,ブラックライト,LED,更には自然エネルギーである太陽光等が使用可能である。そして、使用される光増感剤Pを光励起(光化学反応)させるに足る波長の光(光量子hν)を、照射する。例えば、波長200nm〜300nm程度の紫外線や、波長400nm〜700nm程度の可視光線を、照射する。
マイクロリアクター2は、このようになっている。
【0034】
《マイクロリアクター2における反応等》
次に、マイクロリアクター2における反応等について、説明する。マイクロリアクター2のマイクロ流路4に圧入供給された気液混合流体F、つまり三重項状態の酸素(大部分が水に溶解して溶存酸素となる)と水は、マイクロ流路4の入口から出口に向けて、層流となって流れる。
層流については、次のとおり。マイクロ流路4は、流路幅が極めて小さく狭いと共に、気液混合流体Fが圧入供給されているので、レイノルズ数(慣性力と粘性による摩擦力との比である無次元数)が小さく、層流が形成される。気液混合流体Fは、粘性が支配的であり、入り乱れて乱流となることなく、滑るような層流となる。
もって、三重項状態の酸素と水との気液混合流体Fは、単位容積当たりの接触面積(比表面積)が極めて広い状態で、光増感剤Pと界面14で接触しつつ層流となって流れて行く。
そして光増感剤Pは、光照射手段13からの光照射に基づく光吸収により、励起エネルギーが生成される。もって、励起エネルギーが生成された光増感剤Pと、層流となって流れる気液混合流体Fとの界面14、つまり光増感剤Pと三重項状態の酸素との界面14では、励起エネルギーが、分子拡散に基づき、光増感剤P側から三重項状態の酸素側に移される。
もってマイクロ流路4では、このように励起エネルギーが移されることにより、三重項状態の酸素が一重項状態の酸素に変換される。そして、マイクロ流路4では、このような一重項状態の酸素への変換、それからヒドロペルオキシドの生成、そして過酸化水素の生成が行われる。
【0035】
そして、このような反応は、分子拡散に基づいて行われる。各反応は、マイクロ流路4を層流となって流れる気液混合流体Fと光増感剤Pとの界面14において、分子拡散により行われる。分子拡散については、次のとおり。
界面14においては、乱流のように流体力学的力による流路幅方向への物質移動は、殆どなく、その為に費やされるエネルギーロスもない。流路幅方向への物質移動は、分子拡散が主体であり、流体力学的力による物質移動は、ほぼ流れ方向のみに働く。もって、上述した反応プロセスは、物質相互間の分子拡散に基づいて、しかも前述したように広い接触面積のもとで、行われる。
このように、マイクロリアクター2を採用したことにより、層流で広い接触面積の界面14における分子拡散により、効率的,迅速,かつ確実に、変換工程,中間反応工程,生成反応工程が、実施される。得られた過酸化水素は、微細チューブ11を介し回収部15へと、例えば蒸留等により分離,抽出,回収される。
マイクロリアクター2における反応については、以上のとおり。マイクロリアクター2を用いた製造装置1は、このようになっている。
【0036】
《反応器3を用いた製造装置1》
次に、図3の(2)図に示した反応器3を用いた、過酸化水素の製造装置1について、説明する
この製造装置1の反応器3では、容器の水中に光増感剤Pが分散されると共に、酸素ガスつまり三重項状態の酸素()が供給され、その大部分が水に溶解して溶存酸素となる。代表的には、予め供給部16から光増感剤Pが供給されて分散された水中に、後から三重項状態の酸素が供給部17から供給される。
そして、光増感剤Pが光照射され、もって、三重項状態の酸素が一重項状態の酸素()に、励起,変換されると共に、一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、過酸化水素(H)が生成される。光照射により、前述した変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施される。なお水供給部の図示は省略。
【0037】
この反応器3を用いた製造装置1では、前述したマイクロリアクター2を用いた製造装置1とは異なり、粉末状の光増感剤Pが水中に分散される。すなわち、例えばローズベンガルやチレンブルー等の光増感剤Pは、微細粒子として水中に散在分布せしめられ、ほぼ均一に拡散状態となる。
もって、光照射手段13による光増感剤Pへの光照射に基づき、前述したように、励起エネルギーの生成,移行が行われて酸素が一重項状態に変換され、ヒドロペルオキシドそして過酸化水素が生成されて、回収部15へと例えば蒸留等により分離,抽出,回収される。
このようにこの製造装置1は、いわゆるバッチ方式の水上置換法に基づき過酸化水素を製造するが、前述したマイクロリアクター2、つまり界面14での広い接触面積と分子拡散を利用した製造装置1と比較すると、効率面では劣るがコスト面では勝っている。
なお、光増感剤Pの水中分散と三重項状態の酸素の供給との時間的順序は、上述したように前者が先となるのが代表的であるが、同時又は後者を先とすることも可能である。
反応器3を用いた製造装置1については、以上のとおり。本発明の過酸化水素の製造装置1は、このようになっている。
【0038】
《作用等》
本発明の過酸化水素の製造方法および製造装置1は、以上説明したように構成されている。そこで、以下のようになる。
(1)本発明の製造方法では、まず変換工程において、光照射のもと光増感剤Pを使用することにより、水中で通常の三重項状態の酸素()が励起され、もって励起状態の一重項状態の酸素()に、変換される(前記化6,化7の反応式や、図1のステップ(1),(2),(3),(4)等を参照)。
【0039】
(2)すなわち、マイクロリアクター2を利用した製造装置1では、流路形成面5に付着コートされた光増感剤Pが、光照射手段13にて光照射される。
もって、光増感剤Pとの界面14において、マイクロ流路4を水と共に層流となって流れる気液混合流体Fの三重項状態の酸素が、分子拡散に基づき一重項状態の酸素に、励起されて変換される(図2の(1)図,(2)図,図3の(1)図等を参照)。
【0040】
(3)又、反応器3を利用した製造装置1では、水中に分散された光増感剤Pが、光照射手段13にて光照射される。もって、水中に供給された三重項状態の酸素が、一重項状態の酸素に励起,変換される(図3の(2)図を参照)。
【0041】
(4)そして、このような変換工程は、マイクロリアクター2や反応器3を利用した製造装置1において、次のように実施される。
すなわち、光吸収により光増感剤Pにて励起エネルギーが生成されると共に、→生成された励磁エネルギーが、三重項状態の酸素に移されることにより、→三重項状態の酸素が、一重項状態の酸素に、励起,変換される。
【0042】
(5)この製造方法では、このように変換工程において一重項状態の酸素が得られると共に、次の中間反応工程において、一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成される。
すなわち、一重項状態の酸素は、求核性(対電子供給性)を備えており、通常の三重項状態の酸素に比べ強力な酸化力を有している。もってプロトン(H)を捕捉して、ヒドロペルオキシドが生成される(前記化8,9の反応式、更には前記化3,4,5の反応式や、図1のステップ(4),(5),(6)等を参照)。
【0043】
(6)このような中間反応工程の酸化プロセスは、マイクロリアクター2や反応器3を利用した製造装置1において、マイクロ流路4の気液混合流体F中や反応器3の水中にて、行われる(図2,図3を参照)。
【0044】
(7)この製造方法では、このように中間反応工程においてヒドロペルオキシドが得られると、次の生成反応工程において、ヒドロペルオキシド(HO)から過酸化水素が生成される。
すなわちヒドロペルオキシドは、その酸素端が対電子を求める求電子性を示し、対電子(2e)およびプロトン(H)が付加されることにより、過酸化水素が生成される(前記式10,11の反応式、更には前記化3,4,5の反応式や、図1のステップ(6),(7),(8)等を参照)。
【0045】
(8)このような生成反応工程は、マイクロリアクター2や反応器3を利用した製造装置1において、マイクロ流路4の気液混合流体F中や反応器3の水中にて、行われる(図2,図3を参照)。
【0046】
(9)このように、本発明の製造方法や製造装置1は、一重項状態の酸素の求核性(対電子供給性),酸化力に着目すると共に、所定のマイクロリアクター2や反応器3を光増感剤Pと共に採用したことにより、過酸化水素を、酸素(空気)と水から簡単容易に製造可能である。
簡単な構成の製造装置1により、工程が複雑化することもなく、容易な製造方法にて、一重項状態の酸素の両端に水素原子を付加させることにより、過酸化水素が製造される。
【0047】
(10)しかも、本発明の製法方法や製造装置1では、有機溶剤は使用されない。又、製造に伴い発生する廃棄物による環境負荷も、大幅低減される。更に、簡単容易化された製造装置1により、過酸化水素の使用現場・需要場所での製造も、可能となる。
本発明の作用等については、以上のとおり。
【符号の説明】
【0048】
1 製造装置
2 マイクロリアクター
3 反応器
4 マイクロ流路
5 流路形成面
6 本体プレート
7 ホルダープレート
8 ホルダープレート
9 供給部
10 ポンプ
11微細チューブ
12 光照射面
13 光照射手段
14 界面
15 回収部
16 供給部
17 供給部
F 気液混合流体
P 光増感剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
まず、光照射のもと光増感剤を使用して、水中で三重項状態の酸素()を、励起状態の一重項状態の酸素()に変換する変換工程と、
次に、得られた該一重項状態の酸素から、ヒドロペルオキシド(HO)を生成する中間反応工程と、もって、生成された該ヒドロペルオキシドから、過酸化水素(H)を生成する生成反応工程と、を有していること、を特徴とする過酸化水素の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、マイクロリアクターのマイクロ流路に、該三重項状態の酸素が水と共に供給されると共に、流路形成面に付着コートされた該光増感剤が光照射され、もって該変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施されること、を特徴とする過酸化水素の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、該光増感剤が分散された水中に、該三重項状態の酸素が供給されると共に光照射され、もって該変換工程,中間反応工程,生成反応工程が実施されること、を特徴とする過酸化水素の製造方法。
【請求項4】
請求項2又は3において、該変換工程では、光吸収により該光増感剤において励起エネルギーが生成されると共に、生成された該励起エネルギーが該三重項状態の酸素に移され、もって該三重項状態の酸素が、該一重項状態の酸素に変換されること、を特徴とする過酸化水素の製造方法。
【請求項5】
過酸化水素の製造装置であって、マイクロリアクターが用いられており、該マイクロリアクターでは、
流路形成面に付着コートされた光増感剤への光照射に基づき、マイクロ流路に水と共に供給された三重項状態の酸素()が、一重項状態の酸素()に変換され、
もって、該一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、該過酸化水素(H)が生成されること、を特徴とする過酸化水素の製造装置。
【請求項6】
請求項5において、該マイクロリアクターは、該三重項状態の酸素と水との気液混合流体が供給され、該マイクロ流路を層流となって流れると共に、光照射手段が対向配設されており、かつ、光照射面以外の該流路形成面に、該光増感剤が付着コートされており、
もって、該一重項状態の酸素への変換、該ヒドロペルオキシドの生成、そして該過酸化水素の生成が行われること、を特徴とする過酸化水素の製造装置。
【請求項7】
請求項6において、該光増感剤は、該光照射手段からの光照射に基づく光吸収により、励起エネルギーが生成され、該光増感剤と該三重項状態の酸素との界面では、このように生成された励起エネルギーが、該光増感剤側から該三重項状態の酸素側に移され、
該マイクロ流路では、このように励起エネルギーが移されることにより、該三重項状態の酸素が該一重項状態の酸素に変換されること、を特徴とする過酸化水素の製造装置。
【請求項8】
過酸化水素の製造装置であって、反応器が用いられており、該反応器では、水中に光増感剤が分散されると共に三重項状態の酸素()が供給されて光照射されることに基づき、該三重項状態の酸素が、一重項状態の酸素()に変換され、
もって、該一重項状態の酸素からヒドロペルオキシド(HO)が生成されることに基づき、該過酸化水素(H)が生成されること、を特徴とする過酸化水素の製造装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−256071(P2011−256071A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131788(P2010−131788)
【出願日】平成22年6月9日(2010.6.9)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(500561931)三井造船プラントエンジニアリング株式会社 (41)