説明

酸化ジルコニウム粒子およびその製造方法

【解決課題】塗料組成物、樹脂組成物、膜、光学材料および研磨材料等産業上極めて有用な、粒径の小さい酸化ジルコニウム粒子を製造する。
【解決手段】水中で金属ジルコニウム電極間に、少なくとも80Vの電圧を印加し、1A以上の電流で放電させることによる酸化ジルコニウム粒子の製造方法、及び酸化ジルコニウム粒子を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ジルコニウム粒子、特に正方晶酸化ジルコニウムナノ粒子の製造方法、また、この方法で得られた正方晶酸化ジルコニウム粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属酸化物のナノ粒子は、光学材料、電子部品材料、磁気記録材料、触媒材料、紫外線や近赤外吸収材料など様々な材料に利用され、高機能化や高性能化に寄与するものとして非常に注目されている。例えば酸化ジルコニウムナノ粒子は、高い屈折率を示すことから、熱可塑性樹脂に分散させることにより、屈折率を向上させる技術が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
従来、金属酸化物微粒子の製造方法としては、Breaking−downプロセスとBuilding−upプロセスが知られている。
Breaking−downプロセスとしては、一般的に機械的粉砕法が用いられ、粉砕により粒子径が1μm以下の微粒子を作る方法(特許文献2参照)がある。
【0004】
Building−upプロセスとしては、気相法及び液相法が挙げられる。気相法としては、ハロゲン化ジルコニウムを気化させ、この蒸気を、火炎中で反応させた後、酸化ジルコニウムに付着しているハロゲニドを熱処理により除去する方法(特許文献3参照)がある。また、液相法としては、酸性塩にアンモニアなどの塩基性物質を加えて、水酸化物を生成、凝集する共沈法(特許文献4参照)、金属アルコキシドを酸、アルカリの触媒下に加水分解して酸化物を生成するアルコキシド法(特許文献5参照)、沸点以上の水溶媒下に、長鎖のカルボン酸などの非水材料で保護された酸性塩を加水分解する水熱合成法(特許文献6参照)などが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−73563号公報
【特許文献2】特開平6−305731 号公報
【特許文献3】特開平8−225325 号公報
【特許文献4】特開2008−150242号公報
【特許文献5】特開2005−162902号公報
【特許文献6】特開2008−44835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2記載の粉砕法では、サブミクロン以下の粒子を得るために粉砕を繰り返す必要があり、結晶歪みが与えられるために、物性の低下を避けることは出来ない。更に、粉砕時に、粉砕に使用する機器に由来する不純物が混入する可能性が高い。そのため、微粒子を作製するには、気相中や液相中の化学反応により粒子を調製する方法であるBuilding−upプロセスを用いることが一般的である。この方法では、逐次的に原料を添加するタイミングや微粒子を生成させる反応温度などの様々な反応条件の制御や、原料物質の選定などにより、微粒子を調製することができる。
【0007】
しかしながら、気相法である特許文献3記載の方法は特殊な装置や反応条件が必要であり、コストや安全性などの面で問題が多く製造方法としては有利なものではない。
液相法である特許文献4の方法では、生成した金属酸化物ナノ粒子が加熱工程において成長してしまい、粒度が必然的に大きくなるという問題がある。特許文献5記載の方法は一部の金属酸化物にしか適用できず原料が高価である上に、得られる金属酸化物の結晶性が十分でなく、更に、加水分解されやすい原料の品質を確保するために、水分管理などのための大きな装置を必要とする。特許文献6記載の水熱法では、結晶性が比較的高く、微細な粒子が生成するが、高圧に耐え、且つ原料由来のイオンによる耐食性を有する特殊な装置が必要である。加えて、この方法で製造された酸化ジルコニウムナノ粒子はX線回折分析により正方晶と単斜晶が生成していることが確認されており、正方晶だけを選択的に調整することはできないという問題点を有する。加えて、結晶化度を向上させるために、長い水熱反応時間を与えると、粒子が成長し、微粒子を取り出すことができないという問題点がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ね、水中で放電することにより粒子を生成させることで、粒径が小さく結晶性の高い酸化ジルコニウム粒子が得られることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明によれば、水中で金属ジルコニウム電極間に、少なくとも80Vの電圧を印加し、1A以上の電流で放電させることによる酸化ジルコニウム粒子の製造方法が提供される。
【0009】
また、本発明は、この方法によって作製された酸化ジルコニウム粒子も提供する。
本発明の酸化ジルコニウム粒子の製造方法は、水中、金属ジルコニウム電極間に放電させることを特徴とするものである。
【0010】
本発明において電極として使用できる金属ジルコニウムの純度は特に限定されるものではないが、不純物によって金属の抵抗、得られる酸化物の性状が変化するため、通常、99%以上の純度のものが用いられ、好ましくは、99.9%以上の純度のものが用いられる。
【0011】
電極の形態としては、棒状、針金状、板状などいずれの形態であってもかまわない。両極の大きさに関しても、どちらかの大きさが異なるなどの形状を有していても良い。
本発明では、水中で酸化ジルコニウム粒子を生成させる。水の使用量としては、特に限定されるものではなく、両電極が水中にあればよい。より好ましくは、プラズマの発生により水が飛散したり、生成物濃度によって水の拡散性がなくなったりしない程度にあればよい。
【0012】
本発明で使用する水としては、特に限定されるものではないが、不純物の混入により、用途が制限されることを考慮して、灰分100ppm以下、好ましくは、10ppm以下のイオン交換水を使用することが好ましい。
【0013】
本発明では、ジルコニウムの酸化促進のために添加剤を使用することも可能である。使用可能な促進剤としては、過酸化水素などの過酸化物、アンモニアなどの塩基性物質を使用することができる。添加剤の濃度としては、特に限定されるものではないが、通常、0.1〜30重量%の範囲、揮発性、分解物の安定性を考慮して、0.2〜27重量%、より好ましくは0.5〜25重量%の範囲で添加される。
【0014】
本発明では、酸化物の生成を抑制しない範囲で、有機溶媒を添加しても良い。有機溶媒を添加することで、反応場の粘度を調整することができ、また、生成する金属酸化物に親和性のあるアルコールなどの有機溶媒を添加することで、反応場での生成物の滞留を抑制することが出来るために、結果として、粒子の粒径の増加が抑制される。添加される溶媒は、水と相溶するものであれば特に限定されるものではなく、メタノール、エタノール、ブタノール、エチレングルコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリンなどのアルコール類、ジエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコールなどのグリコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどのアミド類、ジメチルスルホキシド、スルホランなどのスルホキシド、スルホン類を使用することができる。
【0015】
本発明では、水中で金属ジルコニウム電極間に放電させることにより、酸化ジルコニウム粒子が生成される。放電電圧としては、少なくとも80V、好ましくは80V〜400Vの範囲とする。安全性、特殊な装置の必要性を考慮して、85V〜350Vの範囲がより好ましく、90V〜300Vの範囲が更に好ましい。
【0016】
放電電流としては、直流を用いても交流を用いても構わない。交流を用いるとき周波数は、10Hz〜1KHzの範囲で使用することが出来る。 酸化ジルコニウム粒子の生成量は、電流量に依存するため、通常1〜200Aの範囲、エネルギー効率を考慮して、1〜10Aの範囲で実施することが好ましい。
【0017】
直流放電は、連続的に行うことも出来るし、間欠に放電することもできる。間欠放電の間隔に関しては、特に限定されるものではないが、電極への蓄熱による金属ジルコニウム電極の溶融回避として、5〜500マイクロ秒が好ましく、6〜100マイクロ秒のサイクルがより好ましい。
【0018】
直流間欠放電1回あたりの持続時間もまた、与える電圧および電流によって異なることはいうまでも無いが、通常は1マイクロ秒〜100ミリ秒であり、放電の効率を考慮して、好ましくは2マイクロ秒〜50ミリ秒の範囲で実施される。
【0019】
間欠に放電する時の放電波形としても特に限定されること無く、正弦波、矩形波、三角波のいずれの波形で放電しても良いが、反応場の生成を迅速にし、反応場を安定させることから、矩形派を用いることが好ましい。
【0020】
放電させるときの電極間隔もまた、与える電圧および電流によって異なることはいうまでも無いが、通常、10マイクロメートルから10ミリメートルの間、より好ましくは、10マイクロメートルから1ミリメートルの間で実施する。近すぎる放電距離では、電流密度が高すぎ、電極の蓄熱となり、金属ジルコニウム電極が溶融するため好ましくなく、遠すぎる放電距離では、電流密度が低く、反応開始に必要なエネルギーを確保できなくなるため好ましくない。
【0021】
放電させる温度としては、特に限定されるものではなく、通常、室温〜100℃の範囲で実施される。有機溶媒を添加した場合に、高すぎる温度では、使用する溶媒の蒸気圧があがり、放電により引火する可能性があるため好ましくなく、低すぎる場合では、溶媒の粘度があがり、生成物の拡散性が損なわれるため好ましくない。通常、30℃〜80℃の範囲で実施することが好ましい。
【0022】
本発明を実施する雰囲気としては特に限定するものではなく、減圧下、加圧下、常圧下いずれの状態でも実施することができるが、通常、安全、操作性を考慮して、窒素、アルゴンなどの不活性ガス下で実施することができる。
【0023】
本発明において生成される酸化ジルコニウム粒子の粒径は、その用途や反応条件に応じて変化し得るものであるが、典型的には1〜50nmの範囲であることが好ましい。
本発明で生成する酸化ジルコニウム粒子は、酸素欠陥を有している。酸素欠陥とは、理論式から表される酸素の含有量に対する、不足量であり、結晶構造の一部から酸素が欠損した場合に、理論値からのずれを生じる。ずれの量としては、使用する金属種及び生成反応条件によって異なるが、特にジルコニウムの場合、欠損量が全く無い場合、正方晶が不安定になり、斜方晶に変異し易くなる。そこで、酸素欠陥量としては、0.2〜5%の範囲、より好ましくは、0.3%〜3%の範囲となるように調整することが好ましい。
【0024】
生成する酸化ジルコニウム粒子は、一般的な方法、例えば、ろ過し、使用した溶液を減圧等の操作で除去することにより得ることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の方法により、粒径の小さい酸化ジルコニウム粒子を製造することができる。特に正方晶酸化ジルコニウムナノ粒子を製造することができ、本発明の酸化ジルコニウムナノ粒子は屈折率、硬度の高い正方晶の結晶形を有するため、塗料組成物、樹脂組成物、膜、光学材料および研磨材料等産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、実施例1で得られた酸化ジルコニウム粒子のX線構造解析図を示す。
【図2】図2は、得られた酸化ジルコニウムの透過電子顕微鏡写真および反応状態を示す。
【図3】図3は、実施例2で得られた酸化ジルコニウム粒子のX線構造解析図を示す。
【図4】図4は、実施例3で得られた酸化ジルコニウム粒子のX線構造解析図を示す。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0027】
以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
300mlビーカーにイオン交換水200gを取り、水中に、直径5ミリメートル、長さ100ミリメートルの金属ジルコニウム電極(純度99.5%以上)を挿入し、電極間の距離を300マイクロメートルに固定し、交流電源に接続して、200V、2A、60Hzで放電した。放電開始と同時に、水中が懸濁し酸化ジルコニウム粒子の析出が観測された。5時間交流放電を連続して行い、電極を取り出した後、遠心分離機にて、4000rpmで30分間遠心分離して、目的物を沈降させた。沈降した酸化ジルコニウムを回収し、イオン交換水200mlで洗浄した後、110℃の熱風にて乾燥し、目的の酸化ジルコニウム2.7gを得た。
【0028】
得られた酸化ジルコニウム粒子のX線結晶解析(XRD Cu Kαradiation, Rigaku RINT-2500VHF)結果を図1に示す。酸化ジルコニウム粒子の正方晶由来の回折ピーク(24.2°、30.2°、34.6°、50.4°、59.3°)が観察された。一方、立方晶及び斜方晶由来の回折ピーク(24.5°、35.3°、50.7°、60.1°、62.8°)は観察されなかった。このことから、この方法により得られた酸化ジルコニウムが正方晶であることが分かる。
【0029】
この酸化ジルコニウム粒子の透過電子顕微鏡(TEM Philips Tecnai F20 S-Twin)イメージを図2(a)、(b)に示す。図2(a)より、得られた粒子は粒径2〜50nmであることが分かる。また、図2(b)より、各粒子には格子縞が観察され、格子間の間隔は、正方晶酸化ジルコニウムの(101)面の距離である0.30nmに一致した。このことからも、得られた酸化ジルコニウム粒子が正方晶であることが確認できる。
【0030】
合わせて、得られた酸化ジルコニム粒子の組成を熱重量分析により見積もった。示差熱熱重量同時測定装置(TG/DTA)(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、EXSTAR TG/DTA6000)に50mgのサンプルを取り、空気100ml/分の気流下、10℃/分で昇温して、酸化、重量増加を測定した。重量の増加は900℃付近で飽和し、室温比0.84%増であった。このことから、得られた酸化ジルコニウム粒子はおよそ0.84重量%の酸素欠陥を有すると考えられる。
[実施例2]
実施例1において、過酸化水素3重量%を添加したイオン交換水中で放電した以外は、実施例1と同様に行った。得られた酸化ジルコニウム粒子のX線結晶解析(XRD Cu Kα radiation, Rigaku RINT-2500VHF)結果を図3に示す。酸化ジルコニウム粒子の正方晶由来の回折ピーク(24.2°、30.2°、34.6°、50.4°、59.3°)が観察された。一方、立方晶及び斜方晶由来の回折ピーク(24.5°、35.3°、50.7°、60.1°、62.8°)は観察されなかった。このことから、この方法により得られた酸化ジルコニウム粒子が正方晶であることが分かる。得られた酸化ジルコニム粒子の組成を熱重量分析により見積もった。示差熱熱重量同時測定装置(TG/DTA)(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、EXSTAR TG/DTA6000)に50mgのサンプルを取り、空気100ml/分の気流下、10℃/分で昇温して、酸化、重量増加を測定した。重量の増加は900℃付近で飽和し、室温比0.62%増であった。このことから、得られた酸化ジルコニウム粒子はおよそ0.62重量%の酸素欠陥を有すると考えられる。
[実施例3]
実施例1において、アンモニア3重量%を添加したイオン交換水中で放電した以外は、実施例1と同様に行った。得られた酸化ジルコニウム粒子のX線結晶解析(XRD Cu Kα radiation, Rigaku RINT-2500VHF)結果を図4に示す。酸化ジルコニウム粒子の正方晶由来の回折ピーク(24.2°、30.2°、34.6°、50.4°、59.3°)が観察された。一方、立方晶及び斜方晶由来の回折ピーク(24.5°、35.3°、50.7°、60.1°、62.8°)は観察されなかった。このことから、この方法により得られた酸化ジルコニウム粒子が正方晶であることが分かる。得られた酸化ジルコニム粒子の組成を熱重量分析により見積もった。示差熱熱重量同時測定装置(TG/DTA)(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、EXSTAR TG/DTA6000)に50mgのサンプルを取り、空気100ml/分の気流下、10℃/分で昇温して、酸化、重量増加を測定した。重量の増加は900℃付近で飽和し、室温比0.91%増であった。このことから、得られた酸化ジルコニウム粒子はおよそ0.91重量%の酸素欠陥を有すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中で金属ジルコニウム電極間に、少なくとも80Vの電圧を印加し、1A以上の電流で放電させることを特徴とする酸化ジルコニウム粒子の製造方法。
【請求項2】
酸素欠陥量が0.2〜5重量%の範囲内である、請求項1記載の製造方法で得られる酸化ジルコニウム粒子。
【請求項3】
粒径が1〜50nmの正方晶である、請求項2記載の酸化ジルコニウム粒子。
【請求項4】
過酸化水素を添加したイオン交換水中で放電させることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
アンモニアを添加したイオン交換水中で放電させることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−173752(P2011−173752A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−38465(P2010−38465)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】