説明

酸化ストレスマーカー及びその測定法

本発明は、ヒドロキシオクタデカジエノイックアシッド(HODE)類及び7−ヒドロキシコレステロール(7-FCOH)類からなる群から選ばれる少なくとも1種からなる哺乳動物の酸化ストレスを評価するためのマーカーに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ストレスマーカー及びその定量法並びに酸化ストレスの評価方法に関する。酸化ストレスマーカーの定量は、酸化ストレスに起因する疾患の診断に有用である。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレスは、種々の疾患と関与することが知られており、酸化ストレスマーカーとして、アクロレイン、4-ヒドロキシノネナール、マロンジアルデヒド、クロトンアルデヒド、8-OHdG(8-ヒドロキシデオキシグアノシン)、メチルグリオキザール、8−アイソ−プロスタグランジンF、血漿過酸化脂質(TBARS) 、CoQ10、酸化型α1-antitrypsin、酸化シスチン、尿中Biopyrrinsなどの非常に多くのマーカーが知られている。
これらのマーカーは、活性酸素(スーパーオキシドラジカル、過酸化水素、ヒドロキシラジカルなど)との反応により産生されると考えられるが、酸化ストレスとどの程度関連しているかは不明である。
活性酸素との酸化生成物である酸化ストレスマーカーは、一次酸化生成物としてヒドロペルオキシドなどが挙げられる。しかしながら、ヒドロペルオキシドは測定の途中でも分解或いは更なる反応により他の物質に変化していくため、どの物質を定量すれば酸化ストレスを正確に評価できるのか明らかではない。
【0003】
リノール酸の過酸化生成物であるHODE(ヒドロキシオクタデカジエノイックアシッド)は、糖尿病、動脈硬化との関連が指摘されている(非特許文献1、2)。
【0004】
従来、酸化ストレスマーカーの定量は、抗体を用いる方法や、サンプルを抽出等して質量分析やHPLC,GCなどの機器分析により定量していたが、活性酸素等との反応により生成する分解物の種類は数多く、酸化ストレスの正確な評価はできなかった。
【非特許文献1】Inoue et al., Biochim. Biophys. Acta 1438, 204-212, 1999
【非特許文献2】Jira et al., Chem. Phys. Lipids 291, 95-100, 1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酸化ストレスに伴う分解物を正確に測定し、酸化ストレスの程度を正しく評価するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、以下の発明を提供するものである。
【0007】
1. ヒドロキシオクタデカジエノイックアシッド(HODE)類及び7−ヒドロキシコレステロール(7-FCOH)類からなる群から選ばれる少なくとも1種からなる哺乳動物の酸化ストレスを評価するためのマーカー。
【0008】
2. 前記HODE類が、9-HODE, 10-HODE, 12-HODEおよび13-HODEからなる群から選ばれる少なくとも1種である項1に記載のマーカー。
【0009】
3. 前記HODE類が、9-HODEおよび13-HODEからなる群から選ばれる少なくとも1種である項2に記載のマーカー。
【0010】
4. 前記HODE類が、9-(E, E)HODEおよび13-(E, E)HODEからなる群から選ばれる(E, E)体と、9-(E, Z)HODEおよび13-(Z, E)HODEからなる群から選ばれる(E, Z)-(Z, E)体との組み合わせであり、(E, E)体と(E, Z)-(Z, E)体と比に基づき酸化ストレスを評価する項1に記載のマーカー。
【0011】
5. 前記(7-FCOH)類が、7α−ヒドロキシコレステロール(7α-FCOH)および7β−ヒドロキシコレステロール(7β-FCOH)からなる群から選ばれる少なくとも1種である項1に記載のマーカー。
【0012】
6. 前記(7-FCOH)類が、7β−ヒドロキシコレステロール(7β-FCOH)である項1に記載のマーカー。
【0013】
7. 酸化ストレスに起因する疾患の診断のためのマーカーである項1に記載のマーカー。
【0014】
8. 哺乳動物由来のサンプル中のHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスの評価方法。
【0015】
9. 哺乳動物由来のサンプル中のHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスに起因する疾患の診断方法。
【0016】
10. 哺乳動物由来のサンプルを還元剤で処理後、アルカリ処理してHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスマーカーの定量方法。
【0017】
11. 還元剤がNaBH4である項6に記載の方法。
【0018】
12. アルカリ処理をアルカリ金属水酸化物を用いて行う項10に記載の方法。
【0019】
13. 還元剤とアルカリ処理剤を含むHODE類、7-FCOH類及びイソプロスタン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化ストレスマーカーを測定するためのキット。
【0020】
14. 還元剤の反応溶剤として、アルコール系溶剤をさらに含む項13に記載のキット。
【0021】
15. アルコール系溶剤が、メタノール、エタノール、n−プロパノールおよびイソプロパノールからなる群から選ばれるいずれかである項13に記載のキット。
【0022】
16. 還元剤がNaBH4である項13に記載のキット。
【0023】
17. アルカリ処理剤がアルカリ金属水酸化物である項13に記載のキット。
【0024】
18. 酸化ストレスに起因する疾患を診断するための項13に記載のキット。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、酸化ストレスの適切なマーカーを提供することができ、酸化ストレスに関連する疾患、例えば糖尿病、動脈硬化、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経変性疾患、虚血再灌流障害(例えば心筋梗塞、狭心症、脳卒中など)、眼の光刺激による酸化ストレス障害を含む眼科疾患(例えば、白内障、結膜炎など)、呼吸器疾患(特に慢性閉塞性肺疾患(COPD))、肝疾患(慢性肝炎、急性肝炎、A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎などのウイルス性肝炎、肝硬変)、歯科疾患(歯周病、歯肉炎)、不妊症(特に酸化ストレスによる精子或いは卵子の機能不全)などの疾患を、本発明のマーカーにより診断し得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】マウスでのビタミンE投与群と非投与群でのHODEとisoPsの血漿及び肝臓での測定値を示す。
【図2】機能性食品を一定期間摂取前後の赤血球中のHODEとisoPsの変化を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明の酸化ストレスマーカーは、哺乳動物の酸化ストレスを測定、評価もしくは診断するためのマーカーとして有用である。酸化ストレスは、哺乳動物由来のサンプル中のマーカーを定量することにより測定、評価もしくは診断することができる。
【0028】
本発明において、サンプルは、ヒト、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ラット、マウスなどの哺乳動物由来のものであり、好ましくはヒト由来である。
サンプルとしては、血液(血漿、血清、血球(赤血球、白血球)を含む)、尿、脳脊髄液、涙液、精液、唾液、リンパ液、組織の一部(生検等により得られる)などが挙げられ、好ましくは血液(血漿、血清、血球を含む)、尿が例示される。具体的には、以下のような表1に示される酸化ストレスを測定するのに有用である。
【0029】
【表1】

【0030】
HODEとしては、水酸基を有するオクタデカジエノイックアシッド(octadecadienoic acid)が挙げられ、該HODEの2つの二重結合は、(E, E)、(E, Z)もしくは(Z, E)のいずれか或いはこれらの混合物であってもよい。HODEとしては、具体的には
9-hydroxyoctadecadienoic acid (9-HODE), 13-hydroxyoctadecadienoic acid (13-HODE), 10-hydroxyoctadecadienoic acid (10-HODE), 12-hydroxyoctadecadienoic acid (12-HODE)が挙げられ、これらは(E, E)体、(E, Z)体、(Z, E)体のいずれであってもよい。マーカーとして好ましいHODEは、以下のものである:
9-(E, E)-HODE, 13-(E, E)-HODE, 9-(E, Z)-HODE, 13-(Z, E)-HODE, 10-(E,Z)-HODEおよび12-(Z, E)-HODE。
【0031】
本発明において、HODE類及び7-FCOH類から選ばれる少なくとも1種のマーカーのみを用いて酸化ストレスを測定もしくは評価、或いは酸化ストレスに基づく疾患の診断をしてもよいが、HODE類及び7-FCOH類から選ばれる少なくとも1種のマーカーと組み合わせて公知のマーカーである8-iso-PGFを使用し、これらのマーカーの測定結果を組み合わせて、酸化ストレスを測定もしくは評価、或いは酸化ストレスに基づく疾患を診断することもできる。
【0032】
また、7−ヒドロキシコレステロール(7-FCOH)類としては、7α−ヒドロキシコレステロール(7α−FCOH)、7β−ヒドロキシコレステロール(7β−FCOH)が挙げられる。好ましい7-FCOH類は、7β-FCOHである。
【0033】
さらにイソプロスタン類としては、3個の水酸基、2個の二重結合、COOH基、シクロペンタン環を分子内に有し、アラキドン酸から誘導されるプロスタグランジンであり、8−アイソ−プロスタグランジンF2α(8-iso-PGF)、iPF-VI、iPF-V、iPF-IVなどが挙げられる。
【0034】
本発明の1つの実施形態において使用され得る好ましいマーカーの構造式を以下に示す。
【0035】
【化1】

【0036】
酸化ストレスマーカーであるHODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類(特に8−アイソ−プロスタグランジンF2α)などは、例えば以下のようにして定量することができる。
【0037】
サンプルは、まず還元剤で処理されて、ヒドロペルオキシド、ペルオキシド等の活性酸素との反応生成物をその還元体に導き、それ以上の分解を抑制するのが好ましい。例えば、HODE(ヒドロキシオクタデカジエノイック酸)の原料であるリノール酸などは、活性酸素と反応して下式のようにヒドロペルオキシドになる。
【0038】
これを還元体に導くと、9-HODEまたは13-HODEなどに変換される。なお、HODEは、哺乳動物生体内の活性酸素と反応し、さらに還元されて9-HODE、13-HODEなどに導かれるが、一重項酸素と反応すると10-HODEまたは12-HODEに変換され得る。従って、皮膚や眼、鼻、耳、口腔内などの光(太陽光、蛍光灯、紫外線など)と接触し得る粘膜、或いはX線やγ線などを受けた場合には、10-HODE、12-HODEについても測定する価値がある。
【0039】
生体サンプルを還元して過酸化物を安定なHODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類に導くための還元剤としては、ヒドロペルオキシドを還元できるが、炭素−炭素二重結合、カルボキシル(COOH)基、エステル基などは還元しない還元剤が使用され、例えば水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)、ソディウムシアノボロヒドリド(NaCNBH3)などが挙げられる。
【0040】
還元反応は、還元剤を1当量から過剰量用い、メタノール、エタノールなどのアルコール又は含水アルコール中で、0℃〜50℃程度の温度下に1分から5時間程度反応させることにより有利に進行する。
【0041】
リノール酸(2つの二重結合がZ, Z(シス型))が酸化されると、ZEないしEZ、或いはEEに異性化する。このときの(Z, E)体と(E, Z)体の合計量と、(E, E)体の比(R)は
R={(Z, E)体と(E, Z)体の合計量}/(E, E)体の量
により計算でき、これを酸化ストレスの状態が低い健常者と比較することで、酸化ストレスの状態を推定することができる。
【0042】
例えば、健常者の上記比(R)に対し、5%以上、あるいは10%以上、さらに15%以上、特に20%以上、より特別には30%以上低下している場合には、酸化ストレスを受けていると判断され、低下率が大きいほど酸化ストレスは強いと判断される。
【0043】
7-FCOH類、イソプロスタン類についてもHODE類と同様にヒドロペルオキシド(OOH)或いはペルオキシド(OO)を経由しているので、還元処理により、さらなる分解が抑制されて、酸化ストレスをより正確に測定することができるようになる。
【0044】
HODE類、7-FCOH類は、血液、尿、唾液、脳脊髄液、リンパ液、精液などの体液中でより多く発現されるので、これらに関する酸化ストレスを測定、評価ないし酸化ストレスに起因する疾患を診断するのに有用である。
【0045】
また、8-iso-PGFなどのイソプロスタン類は、組織サンプル中でより強く発現される可能性があり、特定の組織、器官、臓器などにおける酸化ストレスを測定、評価ないし酸化ストレスに起因する疾患を診断するのに有用である。
【0046】
従って、これら2種類のマーカーを組み合わせることで、酸化ストレスをより精密に測定、評価ないし酸化ストレスに起因する疾患を診断し得る。
【0047】
上記の還元処理により生成する9-HODE、10-HODE、12-HODE、13-HODE、7α-FCOH、7β-FCOH、8-iso-PGFなどのHODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類(isoPs)は比較的安定な化合物であり、それ以上の分解は抑制される。
【0048】
上記のように還元処理により得られる、9-HODE、10-HODE、12-HODE、13-HODE、7α-FCOH、7β-FCOH、8-iso-PGFなどのHODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類(isoPs)はフリー形態とエステル形態の両方で存在している。これらは安定な化合物であり、それ以上の分解は抑制される。
【0049】
上記で得られた還元体は、HODE類の脂肪酸型のものも存在するが、多くはホスファチジルコリンなどのリン脂質、コレステロールエステル、トリグリセライド、ジグリセライドなどのグリセリンエステルとして存在する。従って、このエステルを加水分解して高級脂肪酸に導くために、アルカリ処理剤、好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどのアルカリ金属水酸化物と反応させてHODEを脂肪酸に導く。
【0050】
アルカリ処理により3位の水酸基がエステル化されていた7−ヒドロキシコレステロールエステルが対応する7−ヒドロキシコレステロールに変換される。
【0051】
同様に8−アイソ−プロスタグランジンF等のイソプロスタン類のエステルもアルカリ処理により加水分解される。
【0052】
アルカリ加水分解は塩基の存在下に、室温から溶媒の沸騰する程度の温度下に10分間から24時間程度行うことにより有利に進行する。塩基としては、溶液をアルカリ性にしてエステルを加水分解できるものであれば特に限定されないが、例えばアルカリ金属水酸化物(NaOH, KOH, LiOHなど)、アルカリ土類金属水酸化物(Ca(OH)2, Mg(OH)2, Ba(OH)2)など)、アルカリ金属炭酸水素塩(NaHCO3, KHCO3, LiHCO3), アルカリ金属炭酸塩(Na2CO3, K2CO3, Li2CO3),などが挙げられる。好ましいアルカリはNaOH, KOH, LiOHなどのアルカリ金属水酸化物である。
【0053】
加水分解は、水中で行ってもよく、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、エタノール、メタノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトン、DMF,DMSO,N−メチルピロリドン、などの溶媒を水と混合して行うこともできる。
【0054】
このような加水分解によって、遊離形態と共にエステル形態の酸化物(HODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類)を測定することができ、酸化ストレスを精密に測定ないし評価することができる。
【0055】
「酸化ストレス」とは、過酸化水素、スーパーオキサイド、ヒドロキシラジカル、一重項酸素などの生体内で発生し得る活性酸素によるストレスを意味し、本発明ではリノール酸、コレステロール、アラキドン酸が活性酸素により酸化されて発生したHODE類、7-FCOH類、イソプロスタン類)を測定することにより、酸化ストレスの程度を評価することができる。
【0056】
酸化ストレスは、血液サンプル中の血清または血漿などを測定することもできるが、例えば赤血球ないし白血球と血漿ないし血清の測定値を総合的に評価して、酸化ストレスをより精密に評価することもできる。また、唾液、涙液、精液などの局所サンプルと血液などの全身性サンプルの測定値を組み合わせることもできる。唾液、涙液、精液などの局所サンプルのマーカーを測定することにより、例えば、眼、口腔内、精子などに対する酸化ストレスの程度を調べることができ、眼科疾患(白内障、緑内障、ドライアイ、結膜炎、角膜炎など)、歯科疾患(歯周病、歯肉炎、歯槽膿漏など)、不妊症(特に精子に起因する不妊症)の診断に利用し得る。
【0057】
酸化ストレスに起因する疾患としては、糖尿病、動脈硬化、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経変性疾患、虚血再灌流障害(例えば心筋梗塞、狭心症、脳卒中など)、眼の光刺激による酸化ストレス障害を含む眼科疾患(例えば、白内障、結膜炎など)、呼吸器疾患(特に慢性閉塞性肺疾患(COPD))、肝疾患(慢性肝炎、急性肝炎、A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎などのウイルス性肝炎、肝硬変)、歯科疾患(歯周病、歯肉炎)、不妊症(特に酸化ストレスによる精子或いは卵子の機能不全)などの疾患を例示でき、これらの疾患は本発明のマーカーにより診断し得る。
HODEが生体内で生成するメカニズムを以下に示す。
【0058】
【化2】

【0059】
(式中R,Rは、一方が(CH)CHを示し、他方が(CH)COOHを示す。hpoはヒドロペルオキシドを示す。)
酸化ストレスマーカーが7−ヒドロキシコレステロールである場合、還元剤処理によりコレステロールおよびコレステロールエステルの過酸化物ないしカルボニル化合物は、下式のように7α−ヒドロキシコレステロール又は7β−ヒドロキシコレステロールに導かれる。
7-FCOH類の生成メカニズム
【0060】
【化3】

【0061】
なお、アラキドン酸から8−アイソ−プロスタグランジンF2α(8-iso-PGF2α)などのイソプロスタン類に至るまでの反応中間体の一部は、上記還元処理により8-iso-PGF2αに導かれるが、その量はわずかである。以下に、アラキドン酸からイソプロスタン類が生成する推定機構を示す。
【0062】
【化4】

【0063】
アルカリ処理後のサンプルは、HPLC等の通常の分離手段により分離し、GC/MSのような通常の分析手段を用いて、HODE類、7−ヒドロキシコレステロール類、8−アイソ−プロスタグランジンFなどイソプロスタン類の酸化ストレスマーカーを定量し、酸化ストレスの程度を評価することができる。
【0064】
以下の実施例に示されるように、HODE類、7−ヒドロキシコレステロール類、8−アイソ−プロスタグランジンFなどの酸化ストレスマーカーは、AIPHなどのラジカル発生剤の投与によりその量が大幅に増大することが確認されており、さらに、抗酸化作用を有するビタミンEや、食品中に含まれる天然抗酸化物質(例えばアントシアニン、ポリフェノール、カテキン、コエンザイムQ10など)の投与によりこのようなストレスマーカーの測定値は低下する。
【0065】
従って、本発明のマーカーは、哺乳動物(特にヒト)における酸化ストレスを評価し、酸化ストレスに起因する疾患の診断、将来これらの疾患に罹患する可能性、疾患の将来の経過(予後)の予測などに有用である。
【0066】
酸化ストレスマーカーとして、HODEと7−ヒドロキシコレステロールは同様な方向に変動するが、8−アイソ−プロスタグランジンFはこれらとは変動の仕方が異なっており、HODEと7−ヒドロキシコレステロールがより重要な酸化ストレスの指標であり、これらを組み合わせることにより、より正確な酸化ストレスの評価を行うことができると期待される。
【0067】
本発明は、さらに、HODE類、7−ヒドロキシコレステロール類及びイソプロスタン類からなる酸化ストレスマーカーを測定するためのキットに関する。
【0068】
該キットは、哺乳動物(特に好ましくはヒト)由来のサンプルを還元し、ヒドロペルオキシド等の過酸化物をアルコールに導くための還元剤、および、エステル型のヒドロペルオキシドを遊離のカルボン酸に鹸化するためのアルカリ処理剤を含む。
【0069】
キットに含まれる還元剤は、サンプルの過酸化物を還元するための過剰量含まれるのが好ましく、例えば1サンプルあたり0.1〜100mg程度(或いは3マイクロモル〜3ミリモル)使用される。好ましい還元剤は、NaBH4である。
【0070】
また、アルカリ処理剤はエステルを加水分解できる量であれば特に限定されないが、例えば1〜1000mg程度(或いは0.2〜20ミリモル)使用される。
【0071】
本発明のキットは、さらに還元剤をサンプルに加えた還元反応に使用される溶剤を含むことができる。好ましい溶剤としては、メタノール、エタノール、n−プロパノールおよびイソプロパノールなどのアルコール系溶剤が例示される。
【実施例】
【0072】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
実施例1
8週齢Wistar系雄性ラット4匹へ2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロライド(AIPH)を含有する生理食塩水を腹腔内へAIPHとして60 mg/kg-体重となるように注入した。1.5時間後採血し、即座に遠心機にて血漿を採取した(3500rpm×10分)。血漿2mlを正確に測りとり、内部標準物質として8-アイソ-プロスタグランジンF2a-d4を50ng添加した。メタノールを1ml添加した後、窒素気流下でソディウムボロハイドライドを0.01g添加し1分間激しく攪拌した後、4分間室温下で放置した。続いて窒素下で1mol/lに調整した水酸化カリウムのメタノール溶液を1ml添加し密栓した後、40℃で30分間攪拌した。続いて4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液を採取した後塩酸水溶液によってpHを3に調整した。さらに4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液をメタノールおよびpH3の水(各2ml)によって前調整したSep−Pak C18(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々10mlのpH3水およびアセトニトリル/水(15/85、体積)混合液によって洗浄した。続いて4mlのヘキサン/酢酸エチル/イソプロピルアルコール(30/65/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を5mlのヘキサンによって前調整したSep−Pak NH2(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々5mlのヘキサン/酢酸エチル(3/7、体積)およびアセトニトリルによって洗浄した。続いて5mlの酢酸エチル/メタノール/酢酸(10/85/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を窒素気流下で溶媒留去を行った。蒸発乾固した成分にN、O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(和光純薬社製)を30μl加え、60℃にて1時間反応した。得られたTMS化サンプルの3μlをマス検出装置(アジェレント社製5973)を備えたガスクロマトグラフィー(アジェレント社製6890N)によって分析し、血漿中の濃度として、トータルヒドロキシオクタデカジエノイック酸が78、209、88、226nM、8-アイソ-プロスタグランジンF2aが55、36、27、40nM存在していることがわかった。一方、AIPHを投与していないラットの血漿を測定したところ、トータルヒドロキシオクタデカジエノイック酸が23nM、8-アイソ-プロスタグランジンF2aが17nMであることがわかり、これらの化合物がラジカルによる酸化傷害マーカーとして有用であることがわかった。

実施例2
8週齢Wistar系雄性ラット3匹へ2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロライド(AIPH)を含有する水を飲料水として1ヶ月間与え続けた。このとき、AIPHの濃度は50 mmol/lとした。一ヵ月後採血し、即座に遠心機にて血漿を採取した(3500rpm×10分)。血漿0.2 mlを正確に測りとり、クロロホルム/メタノール(2/1、体積比)を0.4 mlさらに酢酸エチルを0.1 ml添加し、1分間激しく攪拌した。4℃にて3000Gで10分間遠心し、下層であるクロロホルムおよび酢酸エチル層から0.3 ml採取し、窒素気流下で溶媒留去を行った。メタノール0.3 mlを添加した後、窒素気流下でソディウムボロハイドライドを0.01g添加し1分間激しく攪拌した後、4分間室温下で放置した。続いて窒素下で1mol/lに調整した水酸化カリウムのメタノール溶液を2mlおよびジエチルエーテルを2ml添加し密栓した後、40℃で30分間攪拌した。20体積%酢酸水溶液2mlを添加して、加水分解反応を停止した後、ヘキサン3mlを添加した。1分間激しく攪拌した後、4℃にて3000Gで10分間遠心し、上層であるヘキサンおよびジエチルエーテル層から3.0 ml採取し、窒素気流下で溶媒留去を行った。蒸発乾固した成分にN、O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(和光純薬社製)を30μl加え、60℃にて1時間反応した。得られたTMS化サンプルの3μlをマス検出装置(アジェレント社製5973)を備えたガスクロマトグラフィー(アジェレント社製6890N)によって分析し、トータル7-ヒドロキシコレステロール(M/Z=456でのイオン強度)のコレステロール(M/Z=458でのイオン強度)に対する相対イオン強度比を求めたところ、3匹それぞれの値は1.18、3.23、2.29(×10-3)となった。一方、AIPHの含有しない水を与えたラット6匹についても同様の実験を行い、相対イオン強度比を求めたところ、0.572、0.623、0.689、0.387、0.901、0.81(×10-3)となって、トータル7-ヒドロキシコレステロールの測定がラジカルによる酸化傷害マーカーとして有用であることがわかった。

実施例3
8週齢Wistar系雄性マウス4匹へ、0.002%ビタミンEを含む或いは含まない食餌(船橋農場から得た)を与えて飼育した。3.5ヶ月後に28週齢となったマウスの肝臓摘出と血液の採取を行い、以下の条件に従い、肝臓及び血漿中のHODEとisoPsを定量した。結果を図1に示す。血液は実施例1と同様に血漿300μlを用いて分析を行った。肝臓については以下のとおりである。肝臓1重量部に対して生理食塩水3重量部を添加し、ホモジナイザーによって均一化処理を行った。得られたホモジナイズ溶液300μlに対して、1700μlの生理食塩水、内部標準物質として8−iso−プロスタグランジンF2a-d4およびHODE-d4をそれぞれ100ng添加した。メタノールを1ml添加した後、窒素気流下でソディウムボロハイドライドを0.01g添加し1分間激しく攪拌した後、4分間室温下で放置した。続いて窒素下で1mol/lに調整した水酸化カリウムのメタノール溶液を1ml添加し密栓した後、40℃で30分間攪拌した。続いて4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液を採取した後塩酸水溶液によってpHを3に調整した。さらに4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液をメタノールおよびpH3の水(各2ml)によって前調整したSep−Pak C18(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々10mlのpH3水およびアセトニトリル/水(15/85、体積)混合液によって洗浄した。続いて4mlのヘキサン/酢酸エチル/イソプロピルアルコール(30/65/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を5mlのヘキサンによって前調整したSep−Pak NH2(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々5mlのヘキサン/酢酸エチル(3/7、体積)およびアセトニトリルによって洗浄した。続いて5mlの酢酸エチル/メタノール/酢酸(10/85/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を窒素気流下で溶媒留去を行った。蒸発乾固した成分にN、O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(和光純薬社製)を30μl加え、60℃にて1時間反応した。得られたTMS化サンプルの3μlをマス検出装置(アジェレント社製5973)を備えたガスクロマトグラフィー(アジェレント社製6890N)によって分析した。
【0073】

実施例4
健常人4名にantioxidant biofactor(AOB;エイオーエイジャパン株式会社製、発酵性穀物、柑橘類、お茶などの混合物を低温焙煎して得られる化合物)3g/1袋を4袋/1日服用し、2週間後に採血して、赤血球中のHODEとisoPsを測定した。結果を図2に示す。血球と血漿を実施例1と同様に分離し、血球は4倍体積量の生理食塩水によって2回洗浄を行い、血漿を洗い流した。その溶液のヘマトクリット値を測定した後、血球1mlを正確に測りとり、メタノール4mlを添加して激しく2分間撹拌し、完全に溶血させた。遠心分離(15000rpm10分間)によって蛋白とメタノール溶液を分離し、メタノール溶液2mlを正確に測り取り、内部標準物質として8-アイソ-プロスタグランジンF2a-d4およびHODE-d4をそれぞれ100ng添加した。窒素気流下でソディウムボロハイドライドを0.01g添加し1分間激しく攪拌した後、4分間室温下で放置した。続いて窒素下で1mol/lに調整した水酸化カリウムのメタノール溶液を1ml添加し密栓した後、40℃で30分間攪拌した。続いて4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液を採取した後塩酸水溶液によってpHを3に調整した。さらに4℃にて3000Gで10分間遠心し、上澄み液をメタノールおよびpH3の水(各2ml)によって前調整したSep−Pak C18(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々10mlのpH3水およびアセトニトリル/水(15/85、体積)混合液によって洗浄した。続いて4mlのヘキサン/酢酸エチル/イソプロピルアルコール(30/65/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を5mlのヘキサンによって前調整したSep−Pak NH2(Waters社製、体積1ml)へ充填し、各々5mlのヘキサン/酢酸エチル(3/7、体積)およびアセトニトリルによって洗浄した。続いて5mlの酢酸エチル/メタノール/酢酸(10/85/5、体積)混合液で目的成分を溶出した。溶出した液を窒素気流下で溶媒留去を行った。蒸発乾固した成分にN、O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(和光純薬社製)を30μl加え、60℃にて1時間反応した。得られたTMS化サンプルの3μlをマス検出装置(アジェレント社製5973)を備えたガスクロマトグラフィー(アジェレント社製6890N)によって分析した。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のマーカーは、哺乳動物(特にヒト)における酸化ストレスを評価し、酸化ストレスに起因する疾患の診断、将来これらの疾患に罹患する可能性、疾患の将来の経過(予後)の予測などに有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシオクタデカジエノイックアシッド(HODE)類及び7−ヒドロキシコレステロール(7-FCOH)類からなる群から選ばれる少なくとも1種からなる哺乳動物の酸化ストレスを評価するためのマーカー。
【請求項2】
前記HODE類が、9-HODE, 10-HODE, 12-HODEおよび13-HODEからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のマーカー。
【請求項3】
前記HODE類が、9-HODEおよび13-HODEからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載のマーカー。
【請求項4】
前記HODE類が、9-(E, E)HODEおよび13-(E, E)HODEからなる群から選ばれる(E, E)体と、9-(E, Z)HODEおよび13-(Z, E)HODEからなる群から選ばれる(E, Z)-(Z, E)体との組み合わせであり、(E, E)体と(E, Z)-(Z, E)体と比に基づき酸化ストレスを評価する請求項1に記載のマーカー。
【請求項5】
前記(7-FCOH)類が、7α−ヒドロキシコレステロール(7α-FCOH)および7β−ヒドロキシコレステロール(7β-FCOH)からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載のマーカー。
【請求項6】
前記(7-FCOH)類が、7β−ヒドロキシコレステロール(7β-FCOH)である請求項1に記載のマーカー。
【請求項7】
酸化ストレスに起因する疾患の診断のためのマーカーである請求項1に記載のマーカー。
【請求項8】
哺乳動物由来のサンプル中のHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスの評価方法。
【請求項9】
哺乳動物由来のサンプル中のHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスに起因する疾患の診断方法。
【請求項10】
哺乳動物由来のサンプルを還元剤で処理後、アルカリ処理してHODE類および7−FCOH類からなる群から選ばれる少なくとも1種を、必要に応じてさらにイソプロスタン類とともに定量することを特徴とする哺乳動物の酸化ストレスマーカーの定量方法。
【請求項11】
還元剤がNaBH4である請求項6に記載の方法。
【請求項12】
アルカリ処理をアルカリ金属水酸化物を用いて行う請求項10に記載の方法。
【請求項13】
還元剤とアルカリ処理剤を含むHODE類、7−FCOH類及びイソプロスタン類からなる群から選ばれる少なくとも1種の酸化ストレスマーカーを測定するためのキット。
【請求項14】
還元剤の反応溶剤として、アルコール系溶剤をさらに含む請求項13に記載のキット。
【請求項15】
アルコール系溶剤が、メタノール、エタノール、n−プロパノールおよびイソプロパノールからなる群から選ばれるいずれかである請求項13に記載のキット。
【請求項16】
還元剤がNaBH4である請求項13に記載のキット。
【請求項17】
アルカリ処理剤がアルカリ金属水酸化物である請求項13に記載のキット。
【請求項18】
酸化ストレスに起因する疾患を診断するための請求項13に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【国際公開番号】WO2005/059566
【国際公開日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【発行日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516312(P2005−516312)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018645
【国際出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】