説明

酸化マンガンナノメッシュとその合成方法

【課題】 シート内にイオンが通過しえる多数の規則的に配列したホール(孔)を有し、該ホールによって形成され、特徴づけられたメッシュ構造を有し、厚みがサブミクロン以下の新規な構造の“ナノメッシュ”を提供しようと言うものである。
【解決手段】 規則的に配列した孔を有するホスト層が積み重なった構造を持つマンガン酸化物を水性液体に分散し、振動を与えながらそのホスト構造を維持したまま固体酸特性を有する水素イオン交換体に転換・誘導し、その層間に嵩高いカチオンを導入することによって、薄片状に剥離し、規則的に配列したホール(孔)によって形成されたメッシュ構造を有する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュが分散した溶液を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成式Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表される層状化合物(図1(a)参照)から出発し、この化合物の結晶構造を壊すことなく、単層ないし単層に近い状態、または複数層にまで結晶構造を維持しながら剥離、薄片化することによって得られてなる酸化マンガンナノメッシュに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、粘土鉱物や硫化物、酸化物などの様々な層状化合物を剥離させることによって、いわゆる薄片状物質が提供、合成されており、とりわけナノレベルまで薄片化することに成功した酸化物の例としては酸化チタン、酸化ニオブ、酸化マンガン、酸化バナジウム、酸化タングステンなどが報告されている(特許文献1、2、非特許文献1〜3)。
【0003】
しかしながら、上記に紹介した、これまでに開発された薄片状物質(以下、本明細書においてはシートという)は、その何れのシートにも、シートを貫通する規則的な孔は形成されておらず、そのため小さなイオンでさえもシートを垂直方向に拡散、通過することを困難としている。このため、シート積層体内における物質の拡散方向は、シート面に平行な2次元方向に拡散し、垂直方向の拡散については制限されてしまう欠点があった。
【0004】
シート内における孔の形成は、層状構造を持つ電極材料例えばリチウム二次電池に使用される電極材料を例にとって考えた場合、孔の形成によってリチウムイオンの拡散速度が高まり、充放電を高速で行い得ること、シート面に対して垂直方向に電位をかけることによって、イオンの拡散方向をシート面に垂直方向に自在に制御することができ、充放電がそれだけ速く、有利になることを意味するが、これまでに提案されたナノレベルの厚みに剥離したシートでは、このようなイオンが通り抜けられる孔、特に規則性のある孔によって形成され、特徴づけられるメッシュ構造の薄片状ナノシート、すなわち、ナノメッシュは提供されたことはなかった。
【0005】
近年、地球規模でのエネルギーの多様化に伴い、リチウム二次電池や、電気自動車用小型電源、さらには電力貯蔵用大型電源の開発が叫ばれ、効率よくイオンを拡散しうる膜構造物が求められている。今後、効率の良いエネルギー省力化政策を進める上においては、そのような膜構造物の開発と成功が重要な鍵を担っているといっても過言ではない。
【0006】
【特許文献1】「チタニアゾルとその製造方法」 特許第2671949号
【特許文献2】「マンガン酸ナノシートおよびその製造方法」特開2003−335522号公報
【非特許文献1】M.M.J.Treacy,S.B.Rice,A.J.Jacobson,J.T.Lewandowski,Chem.Mater.,2,279(1990).1990.
【非特許文献2】T.Kuwahara,H.Tagaya, J.Kadokawa,Inorg.Chem.Commun.,4,63(2001).2001.2.
【非特許文献3】R.E.Schaak,T.E.Mallouk,Chem.Commun.,706(2002).2002.3.4.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、これに応えうる厚みがサブミクロン以下の“ナノメッシュ”を提供しようと言うものである。その構造は、従来の層状化合物の剥離から得られた薄片状物質とは構造
が大きく異なり、シート内にイオンが通過しえる多数の規則的に配列した孔によって形成され、特徴づけられるメッシュ構造であって、厚みがサブミクロン以下の“ナノメッシュ”を提供しようと言うものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者らにおいては、鋭意研究を重ねた結果、上記の課題を解決するため特定の層状マンガン酸化物に着目した。すなわち、特定のマンガン酸化物は、ホスト層にオープンチャンネルを有した構造を有していることから、この層状マンガン酸化物を剥離することによって、孔のあいた薄片状ナノシート、すなわち、サブミクロン以下の厚みにまで構造を破壊することなく剥離することによって、孔の開いた薄片状シートを得るべく、鋭意研究した。
【0009】
その結果、組成式Na2Mn37で表されるオープンチャンネルを有するホスト層が積層してなるアルカリ層状結晶から出発し、この出発結晶に後述するように所定の条件で塩酸水溶液を作用させた結果、ホスト層に孔の開いた、メッシュ構造を有した固体酸特性を有する水素イオン交換体を中間体として誘導することに成功した。さらに、これに嵩高い陽イオンを含む溶液を作用させることによって、メッシュ構造を持つ薄片状酸化物を単層からホスト層数枚程度の厚みまでにソフトに剥離し得ることに成功した。得られた剥離片を精査した結果ナノレベルのナノメッシュ構造を有してなるものであることを知見した。本発明はこれらの成功、知見に基づいてなされたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、以下(1)〜(9)に記載する特有な構成要件を備えてなるものであり、この構成を講じたことによって、メッシュ構造をもった特有な薄片状酸化物を提供することに成功したものである。
(1) 規則的に配列したホール(孔)によって形成されたメッシュ構造を有することを特徴とする、二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
(2) 前記ホール(孔)が直径0.1〜0.5nmであることを特徴とする、前記第1項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
(3) 前記ナノメッシュが、結晶学的厚みである0.45nmを有する単層シートまたは単層シートが複数層重なった状態で構成され、横サイズがサブミクロンから数ミリの範囲であることを特徴とする、前記第1項又は第2項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
(4) 前記ナノメッシュが、組成式Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表される層状酸化物から出発し、この層状酸化物を剥離・薄片化することに得られてなるものであることを特徴とする、前記第1項又は第2項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
(5) 規則的に配列した孔を有するホスト層が積み重なった構造を持つマンガン酸化物を水性液体に分散し、振動を与えながらそのホスト構造を維持したまま固体酸特性を有する水素イオン交換体に転換・誘導し、その層間に嵩高いカチオンを導入することによって、薄片状に剥離し、規則的に配列したホール(孔)によって形成されたメッシュ構造を有する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュが分散した溶液を得ることを特徴とする、二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
(6) 前記規則的に配列した孔を有するホスト層が積み重なった構造を持つマンガン酸化物が、組成式Na2Mn37で示される組成を有することを特徴とする、前記第5項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
(7) 前記水素イオン交換体が組成式Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表されることを特徴とする、前記第5項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
(8) 前記ホール(孔)が直径0.1〜0.5nmであることを特徴とする、前記第5項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
(9) 前記ナノメッシュが、結晶学的厚みである0.45nmを有する単層シートまたは単層シートが複数層重なった状態で構成され、横サイズがサブミクロンから数ミリの範囲であることを特徴とする、前記第5又は第6項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、オープンチャンネルが規則的に配列した構造を有するホスト層が積層した層状マンガン酸化物を剥離することによって、イオンの拡散性に優れ、成膜性、塗布性に富んだメッシュ構造の薄片状酸化物を得るのに成功したものである。その特異な形態を活かし、各種薄膜材料やコーティング材など様々な分野へ利用されることが期待される。
【0012】
リチウム二次電池における電極材料として、従来コバルト酸リチウムの代替材料として層状マンガン酸化物、あるいは、これを剥離したマンガン酸化物ナノシートが提案され、研究されているが、これらのマンガン酸化物は、何れも孔をもたないため、これらを用いて電極材料を組み立てた場合、リチウムイオンの拡散は、2次元方向にのみ限定され、高速の充放電を達成しようとするにおいてはこの点で支障・問題のあるものであった。本発明は、これをホスト層単層ないしは単層に近い厚みに程度にまで剥離することによって、孔によってメッシュ構造に形成されてなる新規な構造の薄片状酸化物が提供されたものである。このメッシュ構造を呈した材料は、イオンが透過するパスとなりうるホールを有していることによりさらに優れたリチウムイオンの挿入・脱離特性を発揮するものと期待され、また、静電的付着によって簡単に成膜することができ、極めて成膜性に優れ、且つイオンの拡散性にも優れた新規材料を提供し、その意義は、極めて大きい。すなわち、本発明によってメッシュ構造の薄片状酸化物が提供されたことにより、前記したように電極材料に係る用途を始め、触媒設計、成膜材料等として、同成分を必要とする材料設計において活発に用いられ、利用されることが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の態様を説明する。ただし、これらの態様は、本発明を実施態様によって説明するためのものであり、これによって発明を限定する趣旨ではない。すなわち、発明の要旨を変更しない限り、以下に開示した諸条件等は、変更可能であり、同一の目的を達成する限り本発明に含むものである。
【0014】
本発明では、まず出発化合物としてホスト層にオープンチャンネルが規則的に配列した構造を有する一般式;Na2Mn37で示される層状マンガン酸化物を用い、これを所定の濃度条件の塩酸水溶液で処理することによって、水素イオン交換性能を有する、一般式;Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表される層状マンガン酸化物中間体(以下、単に中間体と称する場合がある)に変換した。次いで、この得られた中間体を、嵩高いゲストとして機能する四級アンモニウムイオンに代表される嵩高いゲストを含む水溶液中に混合し、振盪させた。その結果、中間体層状酸化物は単層からホスト層数枚程度の厚みに剥離され、メッシュ構造を持つ特有な薄片状粒子の分散溶液が得られる。
【0015】
出発物質のNa2Mn37で表されるホスト層にオープンチャンネルを有する層状マンガン酸化物は、一般的に固相法、または原料の湿式混合法、ゾル・ゲル法、水熱合成法などによって合成することによって容易に得ることができる。大きな単結晶が得られるという観点からは、水熱合成法が望ましいプロセスである。
【0016】
次に、剥離工程について述べる。前記得られた層状化合物を結晶構造を壊さずに剥離するために、酸処理によって層間に水素イオンを導入し、固体酸特性を付与するようにした。酸処理に使用する代表的な酸としては、塩酸、硫酸、硝酸などを用いることができるが
、アルカリ金属イオンを完全に抽出するとホスト層構造が崩壊してしまうため、その抽出量をある程度残し、制御する必要がある。この目的のためには、濃度2.48×10-4規定以下の塩酸を、(溶液)/(固体)=5000cm3/gの固溶比(Na+/H+≧5)で用いることが望ましい。
【0017】
酸の濃度によってイオン交換後の生成物であるNa2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)中のNa+イオンの量を制御することができるが、Na+イオンの量が多いと剥離反応が進行しにくくなるため、なるべくイオン交換反応を進行させる必要がある。このとき、2.48×10-4規定より濃度が高すぎる塩酸を用いると、マンガンの溶出が起きるため、結晶が崩壊または溶解する恐れがあり、またこの値より低すぎる濃度の塩酸では繰り返し回数が増加し経済的に好ましくない。最終的に、一回の酸処理のイオン交換率と、過度のイオン交換によって構造が崩壊することを考慮すれば、xが0.7〜1程度になるまで酸処理を行うことが好しい。
【0018】
前記酸処理によって得られた生成物である水素イオン交換体は、これを剥離促進剤を含む水溶液中に加え、両者を混合し、振盪させる。その結果、前記水素イオン交換体である水素イオン含有層状化合物は、単層ないしは単層が複数重なった層にまで剥離し、薄片化したメッシュ構造の薄片状粒子が分散した溶液を得ることができる。このとき、水素イオン交換体中の水素イオンと剥離促進剤のモル比を調節することによって、サブナノレベルまで薄くなった単層酸化マンガンナノメッシュと、シート数枚程度が累積した部分剥離による酸化マンガンナノメッシュとの生成割合をも変化させることができる。
【0019】
剥離促進剤としては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラプロピルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン、n−プロピルアミン、n−エチルアミン、エタノールアミンを用いることができるが、特にテトラブチルアンモニウムイオンが有効である。
【0020】
本発明のメッシュ構造の層状マンガン酸化物のホスト構造は、金属酸素八面体が稜共有により連鎖して、Mn6/72組成の二次元骨格(ホスト)構造を形成している(図1(b)参照)。この層状化合物に剥離促進剤を加えることによって、部分剥離した二次元異方性の大きな薄片状物質や、ホスト層一枚一枚にまでバラバラになったサブナノレベルの薄片状物質が水溶液中で分散したコロイド溶液が得られる。
【0021】
前述プロセスによって得られてなるマンガンナノメッシュの横サイズは、剥離させた元の層状マンガン酸化物の結晶のサイズに依存する。一般的には、サブミクロンから数ミクロン程度の横サイズを有している。また、剥離促進剤と混合し、振盪する際には、振盪の強弱や、時間(日数)によっても得られる酸化マンガンナノメッシュの横サイズは変えられうる。
【0022】
水素イオン交換体に剥離促進剤を加え(TBA+/H+=1)、単層からホスト層数枚程度の厚みまで剥離させ得られた溶液をTEM観察用グリッド上に滴下し、乾燥後TEM観察すると、グリッド上の大部分で図2(a)に示すようにシート状物質を観測することができる。ここで観測されたシート状物質は、母相のホスト層が数枚程度で、電子が透過する程度の厚みであり、図3に示したSEM観察によるとバルクの結晶に比べるとその厚みはかなり薄いことがわかる。すなわち、図2(a)によって、母相が剥離され、薄片化されていることが示されている。
【0023】
次に、単層剥離した成分の割合が高くなるように、水素イオン交換体に剥離促進剤(TBA+/H+=10)を加えた後、コロイド化した溶液を遠心分離して得られた上澄み液をTEM観察用グリッド上に滴下し、乾燥後観察すると図2(a)のシート状物質に比べ非
常に薄いコントラストを示すシート状の物質(図2(b)参照)を観測することができる。これは母相の結晶が単層剥離によってナノレベルまで細分化されていることを示すものである。図4(a)に示したシート状物質の電子回折パターンには、剥離前のバルク体のホスト層の二次元周期構造と同様の6.6Å、3.8Å、2.5Åの各回折スポットが観測された。サブナノレベルまでに細分化された薄片状物質においては、回折スポットの強度が著しく弱くなるものの、2.5Åの回折スポットが観測されている。以上の電子回折の結果は、メッシュ構造を持つシート状物質が図1に示した出発物質のホスト層と同一の二次元骨格構造から形成されていることを示す証左となる。
【0024】
得られたサブナノレベルまで細分化されたメッシュ構造の薄片状物質は、図5に示すように元の層状化合物同様マンガンの光吸収特性を持っている。このピークトップでの吸光度をプロットした図6を見ると、Lambert−Beer則に従っていることから、層状化合物が単層までバラバラになった状態で存在するコロイド化が起こっていることを示している。
【0025】
元の層状化合物の単層剥離から得られたサブナノレベルまで細分化されたメッシュ構造の薄片状物質の結晶学的厚みは、ホスト一層分であることを考慮するとおよそ0.45nmである。実際に原子間力顕微鏡AFMの観察(図7(a)、(b))を行うと約1nmとして観測される。この差は酸素のファンデルワールス半径と水和により説明できる。一方、その横サイズは、剥離に用いる元の層状化合物の大きさに依存しており一般的には、サブミクロンから数ミクロン程度の横サイズを持っている。図7((a)、(b))のAFM像は、100〜300nm程度の横サイズを有するナノメッシュである。
【0026】
以上の分散溶液として得られたメッシュ構造の薄片状粒子は、液相のpHや電解質濃度を制御したり、加熱または凍結乾燥することによってメッシュ構造の薄片状粒子を再凝集させることが可能であり、低温で高比表面積をもった微粒子を作製することができる。このとき、アルカリイオンや有機分子を共存させることによって様々なカチオン種を挟み込んだ層状化合物に再構築することができる。また、有機高分子などのポリカチオンとの静電的自己組織化反応を利用することによって、コンポジット材料を誘導したり、様々な基板上(例えば、Si、SiO2、ITO、Al、Ni等)にレイヤーバイレイヤーで製膜することが可能であり、これによって、薄膜材料や電極材料への応用も考えられる。
【0027】
さらに、この発明のメッシュ構造を持つ薄片状マンガン酸化物は、マンガンが酸化還元反応を示すため、このメッシュ構造の薄片状粒子を用いることにより、ナノスケールから設計したリチウム二次電池などを組み立てることが可能であり、電極材料としての利用が期待される。
【0028】
層状マンガン酸化物自体は、これまでも電極材料をはじめ多岐にわたる用途に使用されている。とりわけ現在は、リチウムイオン電池正極材料の主流であるコバルト酸リチウムが資源的にも希少なため、その代替材料としての用途が活発に研究されている。本発明によるマンガンからなるメッシュ構造の薄片状酸化物は、従来提案されたマンガン酸薄片状酸化物(特許公開番号:2003−335522)とは基本的に異なり、シート内の孔がリチウムの拡散パスになり、これによって電池特性の向上に寄与するものと期待されている。
【0029】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。但し、これらの実施例は、あくまでも本発明を容易に理解するための一助として開示するためのものであって、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
先ず、β−MnO2とNaOH水溶液を金パイプに封入し、500℃、1000気圧の条件下で4日間水熱合成を行った。X線回折測定によりNa2Mn37単相の生成を確認した。
得られた単結晶を粉砕した粉末試料(Na2Mn37)と、塩酸水溶液とを反応させて層間への水素イオンの導入を行った。
図8は、固相中のNa+と溶液中のH+のモル比と得られた物質の粉末X線回折パターンとの関係を示した図であり、モル比Na+/H+は、Na+/H+=10、5、1、0.1に設定した。
【0031】
その際、比較のために追加した水洗しただけのサンプル(図8(b))では、母相の最も低角の回折線d=0.55nm(図8(a)中黒丸)よりさらに低角に、回折線d=0.72nm(図中三角▽)が検出された。この回折ピークは母相の層間のNa+がプロトンまたはオキソニウムイオンにイオン交換することによって、層間が拡がったことを示している。
【0032】
しかし、イオン交換は一部にとどまり母相が依然として残存する。このような傾向は、Na+/H+=5、10(図8(e)、(f))に設定した条件における塩酸でも同様であったが、イオン交換後に残る母相の量は、塩酸濃度が高くなるに従って減少した。
【0033】
より高濃度の塩酸を用いた、Na+/H+=0.1、1(図8(c)、(d))では回折パターンがブロード化したうえに帰属不明のピークも出現し結晶構造が崩壊されたことが明らかにされた。
【0034】
以上の結果からは、一回のイオン交換に用いる塩酸の濃度としてNa+/H+=5以上が適していることがわかった。
【0035】
次に、これらの塩酸水溶液濃度でイオン交換回数を変化させた場合の粉末X線回折パターンを図9(A)、(B)に示す。この結果、Na+/H+=5、10でイオン交換回数を増やすことにより母相のピーク(図中黒丸●)が消失して、完全に層間が拡がった相(図中三角▽)のみが現れることがわかった。
【0036】
ここで、Na+/H+=5で4回以上処理すると回折パターンのブロード化が見られた。これはNa+の過度な抽出による層状構造の崩壊によるものと考えられる。
【0037】
最終的に最適なイオン交換条件として、Na2Mn37の粉末と(溶液)/(固体)=5000cm3/gの割合で、Na+/H+=10に相当する濃度1.24×10-4mol/dm3塩酸水溶液を混合し、室温で3日間攪拌した。その後、濾過、風乾して固体残留物を回収した。化学分析によりこの固体は水素イオン置換型層状マンガン酸粉末(H0.72Na1.28Mn37・nH2O)であることがわかった。
【0038】
次に、上記の水素型層状マンガン酸粉末0.4gを、テトラブチルアンモニウム水酸化物水溶液(TBAOH)100cm3に加えて室温で振盪(180rpm)した。
【0039】
このとき、TBAOHの濃度を固体中のイオン交換性プロトンとのモル比TBA+/H+=0.1〜50まで変化させた。振盪操作を終了後、各溶液を8000rpmの回転数で30分間遠心分離し未反応相を取り除くと、TBA+/H+比が1以下のときには部分剥離した成分が多く含まれた茶褐色のコロイド溶液が得られたのに対して、10付近では単層剥離した成分を最も多く含む茶褐色のコロイド溶液が得られた。この単層剥離した成分を多く含むコロイド溶液のUV吸収スペクトルを測定したところ、360nmに強い吸収ピークが観測された(図5)。これは、マンガンのd−d遷移に基づく吸収ピークであり、
その強度は図6に示すようにLambert−Beerの法則に従っていることから、コロイド化が水溶液中に分散したマンガン酸化物の微粒子に起因していることを示唆している。
【0040】
また、同単層剥離成分を乾かし元の層状化合物と共に図3に示すようにSEM観察を行うと、元の層状化合物は板状の結晶であるのに対して、コロイド化した層状マンガン酸化物では、剥離反応によって一度ホスト層間の積層秩序が失われるため不定形の外形であった。
【0041】
次に、部分的に剥離した試料と単層にまで剥離した試料をそれぞれCuグリッド上に滴下しTEM観察を行った。その結果、部分剥離した試料は、図2(a)のTEM像に示すように電子を透過させる程度の薄いシート状の物質であることがわかった。母相のバルク体のSEM像(図3(a))と比較すると、電子が透過できる程度の極めて薄い厚みであり、部分剥離によってホスト層数枚程度になったことがわかる。
【0042】
さらに、単層剥離した試料では、図2(b)に示すようにさらにコントラストが極めて低く、より薄いシート状の物質であることが観測された。このコントラストは、部分剥離した図2(a)のシートに比べてかなり低く、母相が単層剥離していることを反映したものである。以上の結果は、単層剥離と部分剥離の比率が、固体中のイオン交換性プロトンと剥離促進剤のモル比に依存していることを示している。
【0043】
部分剥離、単層剥離から得られた両シート状物質の電子回折パターンは、それぞれ図4(a)、(b)に示されている。その結果、部分剥離した薄片状物質においても、6.6Å、3.8Å、2.5Åのメッシュ構造のホスト層に基づく回折スポットが検出された。単層剥離したシート状物質においては、回折スポットの強度が著しく減少し、その検出自体困難であるものの、金属酸素八面体の連鎖を示す2.5Åの回折スポットがナノビーム回折法により観測された。これらの結果から、層状マンガン酸化物のメッシュ構造のホスト層が部分剥離、単層剥離後もホールを有した二次元原子配列を保持していることがわかった。
【0044】
単層剥離した成分を多く含むコロイド溶液(TBA+/H+=10)を遠心分離し、得られた上澄み溶液を超純水(比抵抗値;18MΩcm)を用いて1/20に希釈し、塩酸でpH9に調整した後、ポリエチレンイミンで表面を被覆したSi基板を浸した。
【0045】
その結果、単層剥離したメッシュ構造の薄片状マンガン酸化物は、その負電荷と基板との静電的相互作用に基づく自己組織化反応によって基板上に優先的に吸着され、これをAFM観察した。図7は、AFM顕微鏡写真(a)と、(a)中に示したX−Y線に沿った位置における高さを表す(b)とが示され、図中には部分剥離した結晶子に起因すると考えられる厚みの大きな領域がわずかに認められるものの、厚みがおよそ1nm程度で横サイズが100nmから300nm程度と大きな二次元異方性を持つシート状の物質を主に観察することができた。
【0046】
この観測結果は、図2(b)のTEM観察の結果とも符合し、観察されたシート状物質は、電子回折の結果から、母相のオープンチャンネルを持つホスト層構造を保持していることが示唆されている。さらにAFM像のシートの厚みから、得られたナノメッシュは、元の層状化合物のホスト一層分に相当することから、メッシュ構造のマンガン薄片状物質つまり“ナノメッシュ”であることがわかった。また、ナノメッシュを形成するホール(孔)の大きさは、結晶構造解析データに基づいた計算の結果や、電子顕微鏡写真等各種観察手段によって観察した結果、直径が0.1〜0.5nmの範囲に分散していることがわかった。
【0047】
以上、本発明による嵩高いアンモニウムイオンとの混合、振盪によってメッシュ構造のホスト層を持った層状マンガン酸化物Na2Mn37が、単層剥離した状態から部分剥離した状態まで剥離され、極薄のシート状物質として取り出しうることが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、オープンチャンネルが規則的に配列した構造を有するホスト層が積層した層状マンガン酸化物を剥離することによって、製膜性、塗布性に富んだ、イオンの拡散性に優れた材料として期待されるメッシュ構造の薄片状酸化物を得るのに成功したものであり、その特異な形態、特性を活かし、各種薄膜材料やコーティング材など様々な分野へ利用されることが期待される。特にその孔によるメッシュ構造とされた薄片状酸化物は、イオンがシートを透過するパスとなりうるホールを有していることにより優れたリチウムイオンの挿入・脱離特性を発揮するものと期待される。本発明によってメッシュ構造の薄片状酸化物が提供されたことにより、今後、前記した用途分野を始めとして、それ以外の分野における材料設計においても用いられ、大いに利用され、寄与するものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】メッシュ構造の層状マンガン酸化物の結晶構造(a)を示す図とホスト層の構造(b)とを示す図。
【図2】実施例の(a)部分剥離および(b)単層剥離した薄片状酸化物をCuグリッドに吸着させて観察したTEM像を示す図。
【図3】実施例の(a)元のメッシュ構造の層状化合物と(b)メッシュ構造のマンガン薄片状酸化物が分散したコロイドを乾燥させたときのSEM像を示す図。
【図4】実施例の(a)部分剥離 および(b)単層剥離した薄片状酸化物をCuグリッドに吸着させて測定した電子回折図。
【図5】実施例の単層剥離から得られたコロイド溶液の紫外・可視吸収スペクトルを示す図。
【図6】実施例の単層剥離から得られたコロイド溶液の紫外・可視吸収スペクトルのピークトップ(360nm)の吸光度と濃度をプロットした図。
【図7】実施例の単層剥離から得られたメッシュ構造の薄片状酸化物のAFM像(a)とその断面プロファイル(b)とを示す図。
【図8】様々な濃度の塩酸水溶液で処理したNa2Mn37の粉末X線回折パターンを示す図。
【図9】(A)Na+/H+=5、(B)Na+/H+=10の塩酸で複数回イオン交換処理した後の粉末X線回折パターンを示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
規則的に配列したホール(孔)によって形成されたメッシュ構造を有することを特徴とする、二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
【請求項2】
前記ホール(孔)が直径0.1〜0.5nmであることを特徴とする、特許請求の範囲第1項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
【請求項3】
前記ナノメッシュが、結晶学的厚みである0.45nmを有する単層シートまたは単層シートが複数層重なった状態で構成され、横サイズがサブミクロンから数ミリの範囲であることを特徴とする、特許請求の範囲第1項又は第2項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
【請求項4】
前記ナノメッシュが、組成式Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表される層状酸化物から出発し、この層状酸化物を剥離・薄片化することに得られてなるものであることを特徴とする、特許請求の範囲第1項又は第2項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュ。
【請求項5】
規則的に配列した孔を有するホスト層が積み重なった構造を持つマンガン酸化物を水性液体に分散し、振動を与えながらそのホスト構造を維持したまま固体酸特性を有する水素イオン交換体に転換・誘導し、その層間に嵩高いカチオンを導入することによって、薄片状に剥離し、規則的に配列したホール(孔)によって形成されたメッシュ構造を有する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュが分散した溶液を得ることを特徴とする、二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
【請求項6】
前記規則的に配列した孔を有するホスト層が積み重なった構造を持つマンガン酸化物が、組成式Na2Mn37で示される組成を有することを特徴とする、特許請求の範囲第5項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
【請求項7】
前記水素イオン交換体が組成式Na2-xxMn37・nH2O(0≦x≦1.3、0≦n≦2)で表されることを特徴とする、特許請求の範囲第5項に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
【請求項8】
前記ホール(孔)が直径0.1〜0.5nmであることを特徴とする、請求項5に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。
【請求項9】
前記ナノメッシュが、結晶学的厚みである0.45nmを有する単層シートまたは単層シートが複数層重なった状態で構成され、横サイズがサブミクロンから数ミリの範囲であることを特徴とする、請求項5又は6に記載する二次元シート状酸化マンガンナノメッシュの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−22856(P2007−22856A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208249(P2005−208249)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本化学会 2005年第85春季年会講演予稿集(CD−ROMパッケージ、該当論文、発行日を証明する第85春季年会実行委員会コメント)(2005年3月11日発行)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度独立行政法人科学技術振興機構 光機能自己組織化ナノ構造材料の創製委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】