説明

量子コンピュータ用素子としての分子

【課題】「量子からみ合いの制御」を分子立体構造の変化で調節可能となる分子及び、応用して量子コンピュータ用の素子となる分子を提供する。
【解決手段】紫外線などの短い波長光で、その分子立体構造を変化させることが可能なアゾベンゼンの置換体について、量子化学計算を用いて分子内原子核間相互作用を制御できる分子を探索し、液体NMRなどによる量子コンピュータ用素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子内原子間の相互作用を物理的に制御して、量子コンピュータ用素子として利用することに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、一般に利用されているコンピュータは「チューリングマシン」の原理を応用した「ノイマン型コンピュータ」であり、書き換え可能なプログラムと入力値を指定すれば、そのプログラムに従って出力を返すものである。
【0003】
コンピュータの集積密度は「ムーアの法則」などで称されるように、一定期間で集積密度が倍になるという発展を続けてきたが(集積密度と計算速度は比例するといってよい)、微細化、リーク問題などでその限界が見えてきている。
【0004】
そのような速度の限界に対する回答として、並列処理による速度向上を目指したCPUの複数化やスーパーコンピュータのクラスタ化が実施されているが、現状のCPU構造の限界まで近づいてきている。
【0005】
このように問題となっている計算速度の向上にもっとも有効な、「並列処理」を特徴とする新しいコンピュータとして、「量子コンピュータ」が注目されてきているが、まだ、実用的な量子コンピュータ装置は実現していない。
【0006】
量子コンピュータを実現するためには、量子的な現象を情報の単位であるビット:「0または1」を重ね合わせとして表現することができる量子ビットの実現と、複数の量子ビット間での相互作用(量子からみ合い)を制御することが可能となる必要がある。
【0007】
現在、量子コンピュータの実現を目指して、「液体NMR」、「量子ドット」、「キャビティQED」、「イオントラップ」などの方法が提案されている。
【特許文献1】特許出願2002−145944
【特許文献2】特許出願平11−189283
【非特許文献1】Diau.E.W.−G.J.Phys.Chem.A 2004,108(6),950−956
【非特許文献2】M.Nakahara and T.Ohmi,Quantum Computing: From Linear Algebra To Physical Realization,TaylarandFrancis (2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これらの従来技術では分子立体構造を変化させることによって、量子コンピュータに重要な「量子からみ合いの制御」を行う方法は存在していない。
【0009】
先に挙げた「量子ドット」、「キャビティQED」、「イオントラップ」などでは、原理上分子のような3次元立体構造を考慮する物質を使用することはないので、「量子からみ合いの制御」を立体構造の変化で行うことはできない。
【0010】
また、「液体NMR」は分子を利用して量子コンピュータの計算を行っているがここでも、「量子からみ合いの制御」を立体構造の変化で行うことは報告されていない。
【0011】
そこで、本発明では「量子からみ合いの制御」を分子立体構造の変化で調節可能ととなる分子を提供することを目的とする。
【0012】
本発明の他の目的では、立体構造の変化を電磁波などの物理的な現象によって制御し、それに伴い「量子からみ合いの制御」や「量子的重ね合わせ」を利用した量子コンピュータ用素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に係る発明は、量子コンピュータ用素子として利用可能であり、分子内原子の相互作用を物理的な方法で制御できる分子に関する。
【0014】
請求項6に係る発明は、アゾベンゼンの水素原子をフェニル基、ヒドロキシ基、フロオロ基、クロロ基などの官能基に置換した分子で、電磁波などでその立体構造を制御することにより、分子内原子核間の相互作用を利用した量子コンピュータ用の量子からみ合いと重ね合わせを実現可能とする分子に関する。
【発明の効果】
【0015】
分子内原子間の相互作用を物理的に制御して、量子コンピュータ用素子として実現が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、量子コンピュータの実現に必要な「量子からみ合い」と「量子的重ね合わせ」の制御を物理的な手段で可能にする、分子の設計とその評価である。
【0017】
特に、紫外線などの短い波長光でその分子立体構造を変化させることが可能なアゾベンゼン(図1)の置換体について、量子化学的計算をコンピュータで実施し、量子コンピュータの実現に必要な「量子からみ合い」を制御できる可能性のある分子を設計しその効果を評価することにある。
【実施例1】
【0018】
アゾベンゼンの水素原子をフェニル基(p−フェニルアゾベンゼン、図2)、ヒドロキシ基(p−ヒドロキシアゾベンゼン、図3)、クロロ基(1−(3,4,5−トリクロロ−2,6ジフルオロフェニル)−2−(3,4,5−トリクロロフェニル)ジアゼン、図4)、フロオロ基(p−フルオロアゾベンゼン、図5)などの官能基に置換した分子についてその立体構造変化型(シス−トランス型、図5)について、量子化学計算プログラムであるガウシアン03を利用して構造最適計算、エネルギー計算、NMR(核磁気共鳴)のスペクトル予測計算を行って、その構造変化で分子内原子間の相互作用の制御が可能であるかを評価した。
【0019】
量子的からみ合いである分子内原子間の相互作用の制御が可能であるかどうかの評価は、ガウシアン03プログラムのNMR(核磁気共鳴)のスペクトル予測計算結果において、スピン−スピン結合による分子内原子間(xとyの間)におけるNMRスペクトルの分裂絶対値:|Jx−y|(ヘルツ)が、それらの原子核間NMRスペクトルの差:δx−yよりも十分の小さい(δx−y/|Jx−y|>>1)分子内原子の組み合わせを抽出した(図2〜5のだ円でかこんだ部分)。
【0020】
分子内原子核間NMRスペクトルの差:δx−yが、スピン−スピン結合による分子内原子間(xとyの間)におけるNMRスペクトルの分裂絶対値:|Jx−y|より十分小さいとNMRによる「分子内原子間の相互作用の制御(量子からみ合い)」が可能となることが明らかになっている。
【0021】
図6にアゾベンゼンと図2〜5の抽出した原子核間の相互作用が起きるまでの時間を示した。どの分子においてもトランス型よりもシス型の分子構造時に相互作用が起きるまでの時間が短いので、この特徴を活かして分子内原始核間相互作用の制御が可能となると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0022】
上記、アゾベンゼンの置換体はその分子内原子間の相互作用を紫外線などによる立体構造変化により制御することができる可能性があるので、適切な測定方法を組み合わせることにより、量子コンピュータを実現するための分子素子として利用する可能性がある。
【0023】
たとえば、液体NMRにおいて、これらアゾベンゼンの置換体の立体構造を変化させるための紫外線照射装置と組み合わせることによって、分子内原子核間相互作用を制御しながら、液体NMRによる量子コンピュータのアルゴリズムを実行する測定を行うことが可能であろう。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】アゾベンゼンのトランス型−シス型の構造式を記したものである。
【図2】p−フェニルアゾベンゼンの構造式を記したものである。
【図3】p−ヒドロキシアゾベンゼンの構造式を記したものである。
【図4】1−(3,4,5−トリクロロ−2,6ジフルオロフェニル)−2−(3,4,5−トリクロロフェニル)ジアゼンの構造式を記したものである。
【図5】p−フルオロアゾベンゼンの構造式を記したものである。
【図6】アゾベンゼン及び、p−フェニルアゾベンゼン、p−ヒドロキシアゾベンゼン、1−(3,4,5−トリクロロ−2,6ジフルオロフェニル)−2−(3,4,5−トリクロロフェニル)ジアゼン、p−フルオロアゾベンゼンのジアゾ基における、窒素と炭素の相互作用が発生する時間を記した表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子コンピュータ用素子として利用可能であり、分子内原子の相互作用を物理的な方法で制御できる分子。
【請求項2】
物理的刺激で分子及び分子内構造が変化し、分子内原子間の相互作用を制御できる量子コンピュータ用分子。
【請求項3】
分子構造や分子内結合を紫外、赤外、可視光などで変化させることができ、それを用いて分子内原子間の相互作用を制御可能な量子コンピュータ用分子。
【請求項4】
光の照射で分子の立体構造や結合が変化する光異性化化合物で、この異性化によって分子内原子間の相互作用を制御することが可能な量子コンピュータ用分子。
【請求項5】
アゾベンゼンやフルギドのように分子の立体構造や分子内結合を光照射で制御する光異性化化合物、及び色素で、その性質を使って分子内原子間相互作用を制御し、量子コンピュータ用の素子として利用する分子。
【請求項6】
アゾベンゼンの水素原子をフェニル基、ヒドロキシ基、フロオロ基、クロロ基などの官能基に置換した分子で、電磁波などでその立体構造を制御することにより、分子内原子核間の相互作用を利用した量子コンピュータ用の量子からみ合いと重ね合わせを実現可能とする分子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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