説明

金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液並びにそれを用いてのリン酸塩被膜を形成した金属の製造方法及び金属表面にリン酸塩被膜を形成する方法

【課題】袋構造を有する金属構成体の内板部、特に袋構造が狭くて処理液の攪拌が悪い部位に対して、充分に微細で緻密なリン酸塩被膜を生成させる手段を提供する。
【解決手段】リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液において、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し、かつ、pHが4〜8であることを特徴とする表面調整用処理液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼、亜鉛めっき鋼板、及びアルミニウム等の金属材料の表面に施されるリン酸塩被膜化成処理において、その化成処理前に化成反応の促進及び短時間化並びにリン酸塩被膜結晶の微細化を図るために用いられる表面調整用処理液並びにそれを用いてのリン酸塩被膜を形成した金属の製造方法及び金属表面にリン酸塩被膜を形成する方法に関するものであり、特に袋構造を有する金属構成体の内部に至るまで充分に微細なリン酸塩被膜を生成させるための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のリン酸塩処理においては塗装後の耐食性向上のために金属表面に微細で緻密なリン酸塩被膜結晶を形成することが求められている。そこで、微細で緻密なリン酸塩被膜結晶を得るために金属表面を活性化し、リン酸塩被膜結晶析出のための核をつくる目的で、リン酸塩被膜化成処理工程の前に表面調整工程が採用されている。以下に微細で緻密なリン酸塩被膜結晶を得るために行われている一般的なリン酸塩被膜化成工程を例示する。
(1)脱脂
(2)水洗(多段)
(3)表面調整
(4)リン酸塩被膜化成処理
(5)水洗(多段)
(6)純水洗
【0003】
表面調整工程は、リン酸塩被膜結晶を微細で緻密なものにするために用いられる。その組成物に関しては、主成分としてチタン、ピロリン酸イオン、オルソリン酸イオン及びナトリウムイオン等から構成される「ジャーンステッド塩」と称されるものが使用されてきた(特許文献1〜3)。
【0004】
また、最近ではさらに表面調整効果を上げて、リン酸塩被膜結晶を微細で緻密にするために、リン酸亜鉛の微粒子を用いた表面調整剤が用いられるようになり、これによって自動車の外板部に緻密な被膜を形成することが可能になった(特許文献4及び5)。
【0005】
しかしながら、自動車にはドアのように二枚以上の板から構成される袋状の構造を有する部分が多くあり、これらの袋構造内部ではリン酸塩被膜化成処理時に処理液の循環が悪く、攪拌が充分に行われないまま処理される。この結果、袋構造内部の板では(以下、袋構造内部を内板部、外部に露出した部分を外板部と称す)正常なリン酸塩被膜が形成され難く、充分に被膜で覆われずに一部で素材が露出した、いわゆる化成不良の状態となる。このような状態のリン酸塩被膜上に塗装を施しても充分な耐食性が得られないことは明らかである。従って、このような内板部にも充分なリン酸塩被膜を生成させる必要がある。
【0006】
これを解決する手段としては、これまで袋構造内部への液の循環を促進するための設備的な手段を主とした技術がほとんどであり、これらは設備改造等大きなコストを必要とするものであった(特許文献6及び7)。また、袋構造の種類によっては充分な液の循環が期待できない場合もあった。
【特許文献1】米国特許第2874081号
【特許文献2】米国特許第2322349号
【特許文献3】米国特許第2310239号
【特許文献4】特開平10−245685号
【特許文献5】特開2004−68149号
【特許文献6】特開平9−279361号
【特許文献7】特開平11−33477号
【特許文献8】特開2003−27252
【特許文献9】特開2006−299379
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記の従来技術では袋構造を有する金属構成体の内板部、特に袋構造が狭くて処理液の攪拌が悪い部位に対して、充分に微細で緻密なリン酸塩被膜を生成させることができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、外板部と比較して内板部に充分な緻密な被膜が形成されない原因を調べた結果、リン酸塩化成処理液の構成成分である可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)がリン酸塩被膜の形成されやすさと大きく関わっていることを発見した。(以下「化成性」という用語を用いるが、「化成性」とはリン酸塩被膜が素材表面等の多少の反応性の差異に関わらず、如何に容易に被膜が形成されるかを示す用語である。)リン酸塩化成処理液中の可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が多いと化成性が良く、内板部のリン酸塩被膜生成状況は良くなる。しかしながら、処理液中の可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が多いとリン酸塩被膜の耐食性等の性能が劣化することが知られている。
【0009】
このため、種々検討を進めた結果、処理液が無攪拌状態の時、特に狭い袋構造の中ではリン酸塩被膜生成に伴って処理液中の可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が減少し、被処理物界面に充分に可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が供給されないために化成性が悪くなることをつきとめた。つまり、図1は本発明の実施例に用いた模擬金属構成体であるが、このように開口部が小さな穴のみであり、リン酸塩処理時に処理液はこの構成体の内部に閉じ込められる形となる。この中で、化成反応が進行してリン酸塩被膜が形成され始めると可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が被膜成分として消費されて減少するが、開口部が小さく外部から可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)が拡散してこないため、亜鉛不足となり化成性が悪くなることを明らかにしたのである。さらに化成反応初期の被膜生成状況が化成性に大きな影響を及ぼすこともつきとめた。これより、表面調整剤に可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン源となる水可溶性亜鉛塩)を添加して、被処理物界面の亜鉛濃度を上昇させ、化成性を向上させる方法を見出したのである。
【0010】
表面調整剤には核生成を促進するために、水不溶性のリン酸亜鉛微粒子が含まれており、この微粒子が被処理物表面に吸着し、これを結晶核としてリン酸塩被膜結晶が成長する。この原理を応用したものが従来の表面調整技術である。
【0011】
発明者等は、吸着したリン酸亜鉛粒子が有効に効果を発揮して核生成に至るには、被処理物界面の処理液の可溶性亜鉛成分濃度(典型的には亜鉛イオン濃度)が重要であり、可溶性亜鉛成分濃度(亜鉛イオン濃度)が高いことにより吸着したリン酸亜鉛微粒子が容易に成長することを見出したのである。つまり、水不溶性のリン酸塩微粒子だけでなく、さらに可溶性亜鉛成分(典型的には水可溶性の亜鉛イオン)を共存させた表面調整剤を用いることにより、化成性が大きく向上することを見出した。
【0012】
一方で、一般に表面調整処理液は表面調整工程中あるいはその後のリン酸塩処理工程に入るまでの間に、素材表面が錆びるのを防止するため、表面調整処理液のpHを8以上にしているものが殆どであり、このpHを保つためにリン酸ナトリウム等が使用されていることが多い。しかし、pH8以上の処理液中では可溶性亜鉛成分の内、大部分を占めると考えられる亜鉛イオンは水酸化亜鉛として沈殿するか、あるいはpH調整に用いられているリン酸ナトリウムによってリン酸亜鉛となって沈殿するため、可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)として表面調整処理液中に安定に存在させることはできない。このため、本発明ではpHを4〜8として可溶性亜鉛イオンが沈殿しないようにしている。これにより、可溶性の亜鉛イオンとして表面調整処理液中でも安定に存在でき、化成性を向上できる。以下、本発明を説明する。
【0013】
本発明(1)は、リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液において、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し{典型的には亜鉛イオン(Zn2+)を10〜2000ppm含有し}、かつ、pHが4〜8であることを特徴とする表面調整用処理液である。
【0014】
本発明(2)は、金属をリン酸塩化成処理液に適用する化成工程を含む、リン酸塩被膜が形成された金属の製造方法において、前記化成工程に先立ち、リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液であって、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し{典型的には亜鉛イオン(Zn2+)を10〜2000ppm含有し}、かつ、pHが4〜8である液を金属に適用する表面調整工程を含むことを特徴とする方法である。
【0015】
本発明(3)は、金属が袋構造を有する金属構成体である、前記発明(2)の方法である。
【0016】
本発明(4)は、金属構成体が自動車車体又は自動車部品である、前記発明(3)の方法である。
【0017】
本発明(5)は、金属をリン酸塩化成処理液に適用する化成工程を含む、リン酸塩被膜を金属表面に形成させる方法において、前記化成工程に先立ち、リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液であって、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し{典型的には亜鉛イオン(Zn2+)を10〜2000ppm含有し}、かつ、pHが4〜8である液を金属に適用する表面調整工程を含むことを特徴とする方法である。
【0018】
本発明(6)は、金属が袋構造を有する金属構成体である、前記発明(5)の方法である。
【0019】
本発明(7)は、金属構成体が自動車車体又は自動車部品である、前記発明(6)の方法である。以下、本発明を詳述する。
【0020】
≪表面調整処理液≫
本発明に係る表面調整処理液は、リン酸亜鉛微粒子と可溶性亜鉛成分とを必須成分として含む、水を主成分とする液体媒体である。以下、各成分を詳述する。
【0021】
(リン酸亜鉛微粒子)
本発明に係るリン酸亜鉛微粒子は、液体媒体に不溶である限り特に限定されないが、好適には平均粒径が1μm以下のリン酸亜鉛微粒子である。ここで、「リン酸亜鉛」とは、リン酸(PO)と亜鉛を少なくとも含有する塩であればよく、他の金属等を含有していても水和物の形態であってもよい。好適には、アニオンがリン酸のみでありカチオンが亜鉛のみであるZn(PO・4HO(例えば、ホパイト)である。また、「平均粒径」は、サブミクロン粒子アナライザー(コールターN4型:コールター社製)で測定された値を指す。尚、平均粒径の下限値は特に限定されないが、例えば0.001μmである。
【0022】
(可溶性亜鉛成分)
本発明に係る可溶性亜鉛成分は、液体媒体に可溶である亜鉛成分である限り特に限定されず、亜鉛イオンや亜鉛イオンを含有する錯体を挙げることができるが、典型的には亜鉛イオンである。
【0023】
ここで、本特許請求の範囲及び本明細書における「可溶性成分である亜鉛」及び「不溶性成分であるリン酸亜鉛微粒子」の濃度は、以下の方法で決定される。まず、使用した原料に基づく場合、添加した水溶性の亜鉛塩及び水不溶性のリン酸亜鉛微粒子の量から計算で算出することができる。また、表面調整用処理液を直接分析する場合、以下の方法に従って導くことができる。尚、通常は、いずれの手法によっても両者に有意な差は生じない。
方法:本発明に係る表面調整処理液にはリン酸亜鉛微粒子が一様に分散しており、通常の状態では沈殿しないように調整されている。このため、表面調整処理液中のリン酸亜鉛微粒子を遠心分離によって沈降させて分離する。従って、リン酸亜鉛微粒子が全て沈降するような遠心分離条件を選定する必要がある。一例として、日立工機株式会社製 Himac CP80WX形分離用超遠心機を用い、50000回転で1時間、遠心分離を行う。これにより、上澄み部分は完全に透明な液となる。この後、得られた上澄み部分を可溶性成分として分析に供する。この状態における沈殿層に存在する成分を「不溶性」、上澄み層に存在する成分を「可溶性」と称することとする。尚、可溶性亜鉛成分(亜鉛として)の測定方法に関しては、例えば、前記の遠心分離法によってリン酸亜鉛微粒子を除いた上澄み液をキレート滴定、ICP発光分析等により分析する。また、リン酸亜鉛微粒子の測定方法に関しては、例えば、表面調整処理液の一定量を採取して、減圧乾燥にて水分を除去した後に再度重量を測定し、乾燥前後の重量差より溶液中に含まれる全成分の重量を求めこれをAg/Lとする。次に先の遠心分離法によって得られた上澄み液も同様に一定量を採取し、乾燥して重量を求め上澄み液中に含まれる成分をBg/Lとする。(A−B)g/lが表面調整液中に含まれる不溶性の成分であるのでこれをリン酸亜鉛微粒子の重量とする。実際には分散剤の一部等が不溶性成分として沈降することも考えられるが、微量であり実用上差し支えない。
【0024】
本発明に係る表面調整処理液は、例えば、リン酸亜鉛微粒子を液体媒体中で安定化させるための分散剤(例えば特開2004−68149の段落番号0023〜段落番号0036に記載された分散剤)や、pHが酸性域であることに起因して生じ得る錆を防止する防錆剤、を含有していてもよい。
【0025】
(液体媒体)
本発明に係る表面調整処理液の液体媒体(リン酸亜鉛微粒子の分散媒、可溶性亜鉛成分の溶媒として機能)は、水を80重量%以上含む水性媒体である。ここで、水以外の媒体としては各種有機溶媒を用いることができるが、有機溶媒の含有量は低く抑えるのが良く、好適には水性媒体の10重量%以下、より好適には5重量%以下である。特に環境問題等を考慮すると、水のみから構成することがより好適である。
【0026】
(各成分の量)
必須成分であるリン酸亜鉛微粒子の含有量は、好適には10〜2000ppm(mg/l)、より好適には20〜500ppmである。また、必須成分である可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)は、添加する可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)の濃度は少なすぎると効果がなく、多すぎると経済的に不利であるため、好適には10〜2000ppm(亜鉛として)、より好適には20〜1000ppm(mg/l)である。また、任意成分である分散剤は、例えば1〜2000ppm、防錆剤は、1〜2000ppmである。
【0027】
(表面調整処理液の物性)
本発明に係る表面調整処理液のpHは、4〜8程度であり、好適には6〜7程度である。pHを高くすると水酸化亜鉛となって沈殿するので、亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)を可溶性形態で液中に存在させるには、当該範囲である必要があるからである。更には、pHをあまり酸性側にすると表面調整工程時あるいはその後にリン酸塩被膜化成処理が行われるまでの間に錆が発生することがあるので、この点からも上記範囲とする意味がある。ここで、従来技術との対比を示す。特許文献8には、請求項1に「表面調整処理工程とリン酸塩化成処理工程とからなる金属表面の処理方法であって、前記表面調整処理工程は、重量基準で、亜鉛イオン濃度が300〜1000ppmであり、リン酸イオンを含む表面調整剤により行われ、かつ前記リン酸塩処理工程は・・・」の記述があるが、詳細な説明を見ると、実質的には水不溶性のリン酸亜鉛微粒子のコロイドであることが示されている。また、リン酸イオンと亜鉛イオンを含む液をpH7.0〜7.5にすると水不溶性のリン酸亜鉛結晶となることは明らかである。また、実施例にもリン酸亜鉛濃度40%の濃縮液に界面活性剤を添加してボールミルを用いて分散していることからも水不溶性のリン酸亜鉛微粒子を用いているだけであることは明らかで、本発明とは異なるものである。また、特許文献9には、リン酸亜鉛粒子と亜硝酸亜鉛を用いた表面調整剤が開示されている。しかし、これは先に述べたように表面調整工程中あるいはその後のリン酸塩処理工程に入るまでの間に、素材表面が錆びるのを防止するため、亜硝酸塩を混合させているものであり、その1つの塩として亜硝酸亜鉛が提示されている。亜鉛塩を使用している理由は化成工程に表面調整剤が持込まれて異種金属が蓄積するのを防止するために、化成処理液に含まれている亜鉛を選択した事が段落[0025]に記されている。また、実施例にはリン酸亜鉛の分散液に亜硝酸亜鉛を加え、苛性ソーダにてpH9〜10に調整しているが、このpHでは亜鉛イオンは水酸化亜鉛となり、水不溶性となっていることは明らかで、実質的には水可溶性亜鉛イオンを含んでいない。つまり、本発明のようにリン酸亜鉛の分散液に水可溶性の亜鉛イオンを含んでいるものではない。以上のように、上記引例は亜鉛イオンを含んだ表面調整剤のように表現されているが、実質的には水可溶性亜鉛成分を含んでいないので本発明とは異なるものであり、また本発明になんら示唆を与えるものではない事は明らかである。
【0028】
≪表面調整処理液の製造方法≫
本発明に係る表面調整処理液の製造方法は、上述した水性媒体にリン酸亜鉛微粒子を分散させる工程と、上述した水性媒体に水可溶性の亜鉛化合物を溶解させる工程と、を含む。不溶性のリン酸亜鉛結晶(ホパイト)を原料とし、これを分散剤等とともに水に分散させた状態で、ボールミル等の粉砕機を用いて微粒子化する。この後に必要なら防錆剤等の添加剤を加え、水溶性の亜鉛化合物の水溶液を添加して、pH調整を行う。pH調整には硝酸等の酸や水酸化ナトリウム等の典型的な酸、アルカリが用いられる。ただし、この手順は一例を示したものに過ぎず、何ら制約されるものではない。ここで、水可溶性の亜鉛塩としては、多種のものが使用できるが、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、ギ酸亜鉛、塩化亜鉛、フッ化亜鉛、珪フッ化亜鉛等が具体的に挙げられる。しかし、これ以外の亜鉛塩でも水溶性であれば水溶液中では可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)として存在するのでどのような塩であっても効果が期待できる。尚、酸化亜鉛や水酸化亜鉛等の水不溶性の塩ではリン酸塩処理液中ではなかなか溶けないため、すぐにはリン酸塩被膜の結晶原料とはなり得ず、効果が得られない。
【0029】
≪表面調整処理液の使用方法(リン酸塩被膜が形成された金属の製造方法)≫
(作用機序)
本技術は不溶性リン酸亜鉛粒子と可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)を共存させたものを表面調整剤として用いることにより、まず、被処理物表面に不溶性であるリン酸亜鉛微粒子を吸着させた状態とし、さらにリン酸塩化成処理工程においては、被処理物表面に付着している可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)によって、実質的に化成処理液の亜鉛濃度を上昇させることにより、化成性をさらに向上させるものである。こうする事により、吸着したリン酸亜鉛微粒子が化成処理液で溶解あるいは脱落して充分に機能しなくなることを防止し、結晶核として効率的に働くことにより被処理物表面に無数の結晶を析出させることができるため、化成性を大幅に向上させることを可能にした技術である。
【0030】
特に、従来の化成処理法によると、内板部では化成処理時に処理液成分が消費されて希薄になるが、狭い構造の場合に攪拌等によって処理液成分が拡散しないために成分補給(特に亜鉛イオン)が間に合わず、化成不良になる。他方、本発明に係る表面調整処理液を用いての化成処理法によると、表面調整処理液が可溶性亜鉛成分(典型的には亜鉛イオン)を含有しているため、特に重要である化成処理の初期に多くの結晶核生成を促すことができる結果、化成性が大幅に向上する。このように、結晶核の元となる水不溶性のリン酸亜鉛微結晶が内板部に多数吸着した状態で化成処理液の可溶性亜鉛成分濃度(典型的には亜鉛イオン濃度)を上昇させる事が重要である。
【0031】
以下、本発明に係る表面調整処理液が特に有効な、袋構造を有する金属構成体の内外面に表面処理をする場合を例にとり、表面調整処理液の使用方法(リン酸塩被膜が形成された金属の製造方法)を具体的に説明する。
【0032】
(適用対象)
表面処理の対象は、袋構造を有する金属構成体(自動車車体又は自動車部品)であり、少なくとも一部が冷延鋼板及び/又はアルミニウム合金板であるものである。例えば、処理される金属構成体は、自動車のドアのように2枚以上の金属板から成り、袋状の構造を有するものである。ここで、袋構造部に関する定義としては、袋構造部の内部の表面積に対する開口部の面積との面積比率を、本発明では尺度として用いている。具体的な例を挙げると、一片が10cmの正方形の板6枚からなる立方体の場合、内部の面積は計算上600cmとなるが、この立方体の上下に位置する板にそれぞれ1個の穴を開けると仮定した場合、1個の穴の面積が30cmであれば、開口部の面積は合計60cmとなり、開口部の面積/袋構造部の内部の面積比率が10%となる。また、一つの穴の面積が0.3cmである場合には、その開口部の面積/袋構造部の面積比率は、0.1%と計算される。以下、袋構造部を有する金属構成体における袋構造部の開口部の面積と袋構造部の内部の面積との面積比率を、「開口部/袋構造部の面積比率」と定義することにする。本発明に係る表面調整処理液を用いての表面処理に際しては、開口部/袋構造部の面積比率は、0.1〜10%が好ましく、0.2〜7%がより好ましく、0.5〜5%が最も好ましい。この開口部/袋構造部の面積比率は、本発明に係る表面調整処理液を用いての表面処理で顕著な効果が認められる面積比率である。
【0033】
(方法)
本例に係るリン酸塩被膜を金属表面に形成させる方法(リン酸塩被膜が形成された金属の製造方法)は、金属をリン酸塩化成処理液に適用する化成工程と、当該化成工程に先立ち、本発明に係る表面調整処理液を金属に適用する表面調整工程を必須的に含む。ここで、一般的には下記に示すような工程にて処理されるが、処理方法は各工程共に浸漬処理で行われる。典型的には広く行われている自動車ボディーの化成処理工程である。
(1)脱脂
(2)水洗(多段)
(3)表面調整
(4)リン酸塩被膜化成処理
(5)水洗(多段)
(6)純水洗
【発明の効果】
【0034】
本発明は、従来のリン酸塩被膜化成処理方法では充分な被膜生成が困難であった袋構造内部(内板部)の化成性を大幅に向上させ、外板部と同様に緻密で微細なリン酸塩被膜を形成させることを可能とした。これにより、内板部の耐食性を向上させることができる。また、本発明によれば設備改造等コストのかかる対策は必要でなく、リン酸塩被膜化成処理液も変更する必要が無いために、これらの変更に伴うコストも生じない。さらに被膜物性等にも大きな影響が無いので、容易に現状のラインに適用できる大きなメリットもある。
【実施例】
【0035】
(金属構成体)
図1に本発明の効果を実証するために使用した模擬金属構成体(自動車部品を模倣した金属構成体)を示す。板厚0.8mm、70×150mmの冷延鋼板SPCC(JIS 3141)、又はアルミニウム板(JIS 5052)を用い、第1図に示すような袋構造を有するボックスを形成した。上下面2枚にSPCC又はアルミニウム板をその間隔が10mmとなるように配置し、側面はプラスチック板とし2箇所に直径10mmの孔を空けた。側面のプラスチック板により上下2枚のSPCC又はアルミニウム板を固定する構造とし、処理液の出入りは側面2箇所の孔からのみとなるように構成した。この模擬金属構成体を処理液に浸漬して処理を行い、処理後に解体して化成処理状況を観察した。尚、この金属構成体の開口部/袋構造部の面積比率は、0.7%である。
【0036】
(アルカリ脱脂液)
実施例、比較例ともにファインクリーナーE2001(登録商標:日本パーカライジング(株)製)を使用し、浸漬処理にて脱脂し、完全に水ぬれすることを確認した。
【0037】
(表面調整剤)
表1に実施例及び比較例で使用した表面調整用処理液の組成を示す。なお、リン酸亜鉛微粒子はZn3(PO4)2・4H2O試薬をジルコニアビーズを用いたボールミルで粉砕したものを用いた。このリン酸亜鉛微粒子を縣濁液とした後に5μmのペーパーフィルターで濾過し、濾液の平均粒径をサブミクロン粒子アナライザー(コールターN4型:コールター社)で測定した結果、0.31μmであった。また、表1中のリン酸亜鉛微粒子の含有量及び可溶性亜鉛濃度に関しては、添加したリン酸亜鉛微粒子が液体媒体(本実施例では水)に対して不溶性であること・添加した可溶性亜鉛塩が液体媒体(本実施例では水)に対して完全に溶解することを踏まえ、添加量を液中の存在量と推定して記載した。また、液中の可溶性亜鉛成分の存在形態は、ほぼ亜鉛イオンであると推定される。但し、いくつかのサンプルについて明細書に記載の遠心分離法で沈殿物と上澄み液を分析したが略推定通りであることは確認済みである。可溶性亜鉛塩を添加後に、PHを所定のPHになるように硝酸、水酸化ナトリウム水溶液で調整した。
【表1】

【0038】
(リン酸塩処理液)
実施例、比較例ともにパルボンドSX35(登録商標:日本パーカライジング(株)製)を現在、自動車用リン酸亜鉛処理として一般に用いられている濃度に調整して使用した。以下に処理工程を示す。
【0039】
(処理工程)
(1)アルカリ脱脂 40℃、120秒 浸漬
(2)水洗 室温、30秒 浸漬
(3)表面調整 室温 30秒 浸漬、実施例及び比較例参照
(4)リン酸塩処理 35℃、120秒浸漬
(5)水洗 室温、30秒 浸漬
(6)脱イオン水洗 室温、30秒 浸漬
【0040】
(リン酸塩被膜の評価方法)
(1)外観
目視観察により、リン酸亜鉛被膜のスケ、ムラの有無を確認した。評価は以下の通りとした。
◎ 均一良好な外観
○ 一部ムラあり
△ ムラ、スケあり
× スケ多し
【0041】
実施例及び比較例にて処理した結果を表1に示す。これより、可溶性亜鉛イオンを不溶性リン酸亜鉛微粒子と共存させた実施例はいずれも良好な化成性を示した。これに対し、可溶性亜鉛イオンを含まないものやその量が10ppm以下のものはムラやスケが多く、良好な化成性が得られなかった。また、可溶性亜鉛イオンを加えた比較例6ではpHを9にしたために、亜鉛イオンは水酸化亜鉛として沈殿し、実質的には可溶性亜鉛イオンとして存在しなかったため、良好な化成性が得られなかった。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】図1は、本発明の実施例で使用した模擬金属構成体を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液において、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し、かつ、pHが4〜8であることを特徴とする表面調整用処理液。
【請求項2】
金属をリン酸塩化成処理液に適用する化成工程を含む、リン酸塩被膜が形成された金属の製造方法において、
前記化成工程に先立ち、リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液であって、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し、かつ、pHが4〜8である液を金属に適用する表面調整工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項3】
金属が袋構造を有する金属構成体である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
金属構成体が自動車車体又は自動車部品である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
金属をリン酸塩化成処理液に適用する化成工程を含む、リン酸塩被膜を金属表面に形成させる方法において、
前記化成工程に先立ち、リン酸亜鉛微粒子が水中に分散した、金属のリン酸塩被膜化成処理用の表面調整用処理液であって、亜鉛を可溶性成分として10〜2000ppm含有し、かつ、pHが4〜8である液を金属に適用する表面調整工程
を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
金属が袋構造を有する金属構成体である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
金属構成体が自動車車体又は自動車部品である、請求項6記載の方法。

【図1】
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