説明

金属イオンを含む高分子ナノ複合体

【課題】 水溶液中で凝集せずに安定に分散しうる高分子ナノ複合体およびこれを製造する簡便な方法を提供すること。
【解決手段】 ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸と、多価金属イオンから構成される高分子ナノ複合体が開示される。好ましくは、多価金属イオンは二価あるいは三価の金属イオンであり、例えば、亜鉛イオンである。本発明の高分子ナノ複合体は、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸とから構成される複合体を、多価金属塩の水溶液と混合することにより、容易に製造することができる。本発明の高分子ナノ複合体では、金属イオンとの塩架橋あるいは配位結合が形成されているため、水溶液中で安定して分散することができる。さらに金属イオンの添加濃度を調節することにより、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸との相互作用の強さを制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液中で安定に分散しうる高分子ナノ複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高分子ミセルに代表されるように、高分子と高分子の物理化学的相互作用力を駆動力としたナノ複合体のデザインと作製が活発に行われている。これらの技術、方法論の目的は、治療薬、予防薬、診断薬あるいは化粧品などの生物活性をもつ物質を高分子や高分子ミセルにより修飾することで、その安定性と期待する生物作用を高めること、難水溶性物質の水可溶化、物質の吸収透過性の促進、物質の作用部位へのターゲティングなどである。加えて、これらの技術は、物質と物質との相溶性の改良、ナノ複合体の分散性の向上、およびナノ物質の表面改質などにも幅広く応用できる。
【0003】
しかしながら、これまでのナノ複合体形成法では、複合体形成の駆動力である物理化学的相互作用のみでは複合体凝集力が弱く、不安定であり、複合体どうしの合一、凝集あるいは複合体の解離、分解などがその使用時での問題となっていた。そのため、これまでに、これらの問題を解決する目的で、物理化学的な相互作用力を強めるための複合体構成高分子自身の化学修飾や改変、および複合体中に化学結合を形成させるなどの方法論が行われてきた(例えば、WO2003/91283を参照)。しかしながら、前者では高分子自身の構造と性質が変わってしまうこと、後者では化学反応の煩雑さが問題となっていた。また、しばしばこれらの操作によってナノ複合体が不安定となり、凝集してしまうことが問題であった。
【0004】
そこで、この問題点を解決するために、ナノ複合体を凝集させることなく複合体を形成している高分子間の相互作用力を高めること、あるいはその相互作用力をコントロールすることができる簡単な方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2003/91283
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、水溶液中で凝集せずに安定に分散しうる高分子ナノ複合体およびこれを製造する簡便な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸からなる高分子ナノ複合体に多価金属イオンを添加して塩架橋や配位結合を形成させることにより、複合体を凝集させることなくその安定性を向上させうること、さらに金属イオンの添加濃度を調節することにより、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸との相互作用の強さを制御できることを見いだした。
【0008】
すなわち本発明は、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸と、多価金属イオンから構成される高分子ナノ複合体を提供する。好ましくは、多価金属イオンは二価あるいは三価の金属イオンであり、より好ましくは亜鉛イオン、銅イオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、マグネシウムイオンあるいはアルミニウムイオンである。用いる金属イオンは、その塩化物、硫酸塩、酢酸塩、水酸化物などの化合物の形で用いることができる。
【0009】
本発明はまた、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸と、多価金属イオンから構成される高分子ナノ複合体を製造する方法であって、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸とから構成される複合体を、多価金属塩の水溶液と混合する工程を含む方法を提供する。
【0010】
本発明はまた、細胞に核酸またはタンパク質を導入する方法であって、請求項1−3のいずれかに記載の高分子ナノ複合体を前記細胞に取り込ませることを含む方法を提供する。
【0011】
本発明にしたがって、高分子ナノ複合体が安定分散されている水溶液中に、金属イオン溶液を加えるという簡単な方法によって、複合体構成高分子間に塩架橋あるいは金属配位相互作用が加わり、高分子複合体の相互作用が強まり、安定性が高まる。また、金属イオンの添加量により、複合体形成の相互作用の程度を変化させることが可能となった。加えて、この操作によってナノ複合体の分散安定性は損なわれない。この技術により、従来から行われてきた複合体構成高分子の化学修飾、あるいは高分子の化学結合にかかわる再現性の悪さと複合体の安定性の低さの問題を解決することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、スペルミン導入ゼラチン−プラスミドDNA複合体のヘパリン添加に対する解離抵抗性に与えるZn2+イオン添加濃度の影響を示す。
【図2】図2は、スペルミン導入ゼラチン−プラスミドDNA複合体の分子サイズに与えるZn2+イオン添加濃度の影響を示す。
【図3】図3は、スペルミン導入ゼラチン−プラスミドDNA複合体による細胞のプラスミドDNA発現に対するZn2+イオン添加濃度の影響を示す。
【図4】図4は、ゼラチンとtPAとの複合体のtPA活性に与えるZn2+イオン添加濃度の影響を示す。
【図5】図5は、Zn2+イオン添加ゼラチン−tPA複合体をゲル濾過により分画したときのタンパク質量を示す。
【図6】図6は、Zn2+イオン添加ゼラチン−tPA複合体をゲル濾過により分画したときのtPA活性を示す。
【図7】図7は、ナノ液滴のサイズ変化に与えるZn2+イオンの添加効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の高分子ナノ複合体は、ゼラチンまたはアルブミンと、核酸またはタンパク質と、多価金属イオンとから形成される複合体であり、水溶液中で凝集することなく安定に分散させることができる。本発明の高分子ナノ複合体は、多価金属イオンによる塩架橋あるいは配位結合により安定性が高められていることを特徴とする。本発明の高分子ナノ複合体は、好ましくは約10−3000nm、より好ましくは50−1000nm、さらに好ましくは50−500nmのサイズを有する。
【0014】
本発明において高分子ナノ複合体を作製するために用いるゼラチンとしては、動物や植物から採取したコラーゲンを、アルカリ加水分解、酸加水分解、および酵素分解等の種々の処理によって変性させて得ることができる。遺伝子組換え型コラーゲンの変性体であるゼラチンを用いてもよい。
【0015】
本発明において高分子ナノ複合体を作製するために用いるアルブミンとしては、ヒト、ウシ、ヒツジなどの血清アルブミンおよび卵白アルブミンを用いることができる。遺伝子組換微生物により産生されるアルブミンを用いてもよい。医療用のヒト血清アルブミンが特に好ましい。
【0016】
また、本明細書において用いられる「ゼラチン」との用語には、当該技術分野において知られる各種のゼラチン誘導体も含まれ、「アルブミン」との用語には、当該技術分野において知られる各種のアルブミン誘導体も含まれる。ゼラチンまたはアルブミンの誘導体としては、例えば、ゼラチンまたはアルブミンにアミノ基、水酸基、カルボキシル基、アルキル基、脂肪酸、乳酸オリゴマーあるいはコレステロールなどを導入した誘導体や、ゼラチンまたはアルブミンにポリアルキレングリコール(例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール及びこれらの共重合体)、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)アクリル酸エステル、ポリアリルアミン、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリ乳酸、ポリε−カプロラクトン、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリエチレンサクシネート、ポリグリコール酸、ポリリンゴ酸、ポリジオキサノンおよび、ポリアミノ酸、ヒアルロン酸、アルギン酸等を結合させた誘導体が挙げられる。
【0017】
ゼラチンおよびアルブミンの他、本発明において高分子ナノ複合体を作製するために用いることができるタンパク質としては、フィブロネクチン、ビトロネクチン、プロネクチン、レクチンなどの細胞接着性因子、糖タンパク質を認識する物質、あるいは抗体、およびそれらの機能部位ペプチド、およびペプチドを含む人工タンパク質が挙げられる。これらの物質は天然物でもよく、遺伝子組換え型のものでも本発明に用いることができる。
【0018】
本発明において高分子ナノ複合体を作製するために用いる核酸には、DNA、RNA、dsRNA、DNA−RNA複合体、PNA、ならびに、糖、リン酸または塩基に修飾を有するこれらの誘導体が含まれる。核酸の例としては、種々の疾患の治療に有用なタンパク質等をコードする遺伝子、これを含有するベクター、アンチセンスDNA、siRNA、miRNA、アプタマーおよびデコイDNAを挙げることができる。DNAは、既知の配列に基づいてゲノムまたはcDNAライブラリからクローニングしてもよく、化学合成により製造してもよい。タンパク質をコードするDNAは、導入された細胞内でそのタンパク質の機能が発現されることができるようにプラスミドベクター中に導入して用いる。プラスミドベクターは、細胞内でDNAが転写され、それにコードされるタンパク質が適切に発現されるような様式で配列された、プロモーター領域、開始コドン、終止コドンおよびターミネーター領域等を含む。
【0019】
本発明において高分子ナノ複合体を作製するために用いるタンパク質としては、特に限定されず、あらゆる種類のタンパク質ないしペプチドを用いることができる。一例として、疾患の治療に有用なタンパク質としては、ホルモン等の低分子量ペプチド、あるいはインターフェロン、インターロイキン、サイトカイン、ケモカイン、細胞成長因子、細胞のアポトーシス抑制タンパク質およびペプチド、あるいはマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)類等のタンパク質あるいは糖タンパク質、これらのタンパク質の生理活性部位の部分ペプチド、これらタンパク質およびペプチドに対する抗体、およびレセプターのアゴニスト等が挙げられる。
【0020】
ゼラチンもしくはアルブミンと核酸、またはゼラチンもしくはアルブミンとタンパク質の高分子ナノ複合体は、ゼラチンまたはアルブミンと、核酸またはタンパク質とを、適当な緩衝溶液中で混合し、所定の時間放置することにより形成することができる。反応は4〜40℃で行うことができ、より好ましくは15〜30℃で行う。この高分子ナノ複合体が分散した溶液に多価金属イオンを添加することにより、ゼラチンもしくはアルブミンと核酸、あるいはゼラチンもしくはアルブミンとタンパク質との間に塩架橋および金属配位結合が形成され、安定化された高分子ナノ複合体を得ることができる。さらに、金属イオンの添加濃度を調節することにより、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸との相互作用の強さを制御することができる。また、金属イオンを添加した時の水溶液のpHによっても、その相互作用力を制御することができる。これは、金属イオンが塩架橋あるいは配位結合すると考えられているカルボキシル基、アミノ基、チオール基、水酸基などの解離状態が異なるために、塩架橋と配位結合の強さが変化するためである。
【0021】
本発明において、ゼラチンと核酸との高分子ナノ複合体を製造する場合には、核酸とゼラチンとの安定な複合体が形成されるよう、ゼラチンが正に荷電していることが好ましい。ゼラチンを正に荷電させるためには、ゼラチンに予めアミノ基等を導入することによってカチオン化することができる。このことにより、ゼラチンハイドロゲルと核酸との結合力が増し、より安定した高分子ナノ複合体を形成することができる。また、タンパク質とゼラチンとの複合体を形成する場合には、それらの間の安定な複合体が形成されるように、ゼラチンを正に荷電、負に荷電、あるいは疎水性を高めるなどの化学修飾を行ってもよい。これらの修飾は、公知の化学反応によって行うことができる。得られたゼラチン誘導体とタンパク質あるいはゼラチン誘導体と核酸との複合体を本発明に適用することができる。
【0022】
ゼラチンのカチオン化の工程は、生理条件下でカチオン化する官能基を導入し得る方法であれば特に限定されないが、ゼラチンの有する水酸基あるいはカルボキシル基等に1、2または3級のアミノ基またはアンモニウム基を温和な条件下で導入する方法が好ましい。例えばエチレンジアミン、N,N−ジメチル−1,3−ジアミノプロパン等のアルキルジアミンや、トリメチルアンモニウムアセトヒドラジド、スペルミン、スペルミジンまたはジエチルアミド塩化物等を、種々の縮合剤、例えば1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩、塩化シアヌル、N,N’−カルボジイミダゾール、臭化シアン、ジエポキシ化合物、トシルクロライド、ジエチルトリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−ペンタン酸ジ無水物等のジ無水物化合物、トリシルクロリド等を用いて反応させることができる。特に、エチレンジアミンまたはスペルミンを反応させる方法が簡便且つ汎用性があり好適である。カチオン化の程度は、カチオン化ゼラチン中のアミノ基のモル数と核酸中のリン酸基のモル数との比率(N/P)を指標として測定することができる。本発明の高分子ナノ複合体を導入すべき細胞および核酸の種類に応じて、細胞中への取込に最適な分子量およびカチオン化の程度を選択することができる。
【0023】
本発明の高分子ナノ複合体は、核酸またはタンパク質を細胞に導入するのに有用である。高分子ナノ複合体を細胞に導入するためには、細胞を適当な培地で培養した後、培地に高分子ナノ複合体を加えて、37℃でさらに2時間−2日間培養する。加える高分子ナノ複合体の量や濃度、ならびに培養条件については、用いる細胞の性質に応じて適宜選択することができる。
【0024】
本発明の組成物は、組織局所投与あるいは静脈内投与することによって、生体内において核酸やタンパク質を細胞内に導入する、あるいは体内の特定組織や臓器にそれらをデリバリーするのにも有用である。例えば、本発明の高分子ナノ複合体を分散させた水溶液を、筋肉内や神経近傍などの組織に局所投与する。一定時間経過後、投与部位あるいはその周辺部位の筋肉細胞や神経細胞への核酸の導入による生物活性の発現が観察される。また、この高分子ナノ複合体の水溶液を血管内に投与することによって、炎症組織や癌組織などに核酸をデリバリーし、その生物活性を発現させることも可能である。また、これらの複合体を徐放化キャリア(生体吸収性ハイドロゲルや生体吸収性高分子成形体)に含ませ、体内において複合体を一定期間徐放化させることも可能である。
【0025】
以下の具体的な実験結果によって、本発明の有用性を示すが、その基本は高分子−高分子のナノ複合体を分散させた水溶液に適当な濃度の金属イオン水溶液を添加することによって、複合体高分子間に塩架橋および金属配位結合が形成され、複合体構成高分子間の相互作用が強まり、その安定性と相互作用力を制御することが可能となった点である。もう一つの重要な点は、この金属イオン水溶液添加によって高分子ナノ複合体の合一、凝集は生じず、分散安定性も維持されていることである。本発明の技術は、高分子ナノ複合体の形成のみではなく、高分子−高分子の相互作用を利用する必要のある物質と物質との相溶性の改質、物質の表面改質などに対しても、応用が可能であり、その相互作用力を強化、その安定性の向上が期待できる。高分子間の相互作用力を強化させるが、凝集などの物質の状態変化を起こさない点は、高分子物質相互作用や高分子物質の改質をおこなう上できわめて重要なことである。例えば、ゼラチン単独、ゼラチン誘導体、アルブミンあるいはそれらとタンパク質または核酸との混合物に対しても、金属イオン添加による混合物構造高分子の相互作用を制御することが可能である。粒子状、フィルム状、ディスク状などの種々の形状の基材上に混合物をコーティングした後、金属イオン水溶液に混合物コーティング基材を浸漬する。この操作により、コーティング層を構成している高分子間の相互作用を変化させ、コーティング層の物性や耐久性を改良することができる。
【実施例】
【0026】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0027】
[実施例1]
ブタ腱から抽出した酸性ゼラチン(等電点9.0、株式会社新田ゼラチンから供与、分子量99.000)を125mlの0.1Mリン酸緩衝液(pH5.0)に溶解させた(40mg/ml)。この溶液にスペルミン(4.6M)のDMSO溶液を50.7ml加えた。次に、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)(2.675g)を加え、40℃温で18時間撹拌して、スペルミンの末端アミノ基とゼラチンのカルボキシル基との結合反応を行った。反応溶液を蒸留水に対して透析を行った(3日間x2回)。
【0028】
得られたスペルミン導入ゼラチンについて、そのスペルミン導入率をトリニトロトルエンスルホン酸を用いたアミノ基定量により評価したところ、0.51モル/ゼラチンのカルボキシル基モルであった。
【0029】
413μg/mlのスペルミン導入ゼラチン(10μl)と100μg/mlルシフェラーゼプラスミドDNA(10μl)の水溶液を混合して、室温で15分間静置することで、両者のポリイオン複合体(PIC)を調製した。スペルミン導入ゼラチンのN原子/プラスミドDNAのP原子(N/P)比は約2である。調製したPICに対して、異なる濃度のZn(CH2COOH)2・2H2Oの水溶液を5μl加え、30分間、室温で放置することで、PICのZn2+イオンによる金属配位結合を行った。得られたPIC溶液に200μg/mlのヘパリン溶液(25μl)を加えた後、37℃で30分間放置した。次に、1%アガロースゲルで、100V、30分間電気泳動を行った。電気泳動溶液には10mMエチレンジアミン四酢酸を含む445mMトリス−ホウ酸緩衝溶液(pH8.3)を用いた。生じたバンドの濃さをコントロールに対するパーセントとして表した結果を図1に示す。相対的バンドの濃さ(%)が低いほど、ヘパリン添加に対する解離抵抗性が増加していることを示す。
【0030】
Zn2+イオン添加濃度が高くなるとともに、電気泳動バンドの動きが抑制され、150μg/ml以上においてPICは泳動されなくなった。このことは、Zn2+イオンの金属配位結合により、PICを構成しているスペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの相互作用が強くなり、ヘパリン添加に対するスペルミン導入ゼラチン−プラスミドDNA複合体の解離抵抗性が増加したことを示している。
【0031】
[実施例2]
実施例1と同じ条件で、スペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの複合体(PIC)を調製した。このPICに異なる濃度のMg(CH2COOH)2・2H2Oの水溶液を同様にして加えて、PICのMg2+イオンによる塩架橋を行った。このMg2+イオン架橋PICのヘパリン添加に対する解離抵抗性を調べた。その結果、Mg2+イオンの添加濃度が高まるとともに、ヘパリン添加に対するPICの解離抵抗性が増加した。ただし、Zn2+イオンの場合に比較して、抵抗性を示すようになる濃度は10倍高くなっていた。
【0032】
[実施例3]
CaSO4・2H2Oを用いる以外は、実施例2と同様の試験を行った。その結果、Mg2+イオンの場合と同じような濃度依存性が見られ、この場合にも、Ca2+イオン添加により複合体の相互作用力の増加が認められた。
【0033】
[実施例4]
実施例1と同じ方法で作製したスペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの混合水溶液を調製した。この水溶液1mlをオリーブ油10ml中に分散させて、エマルジョンを作製した。このエマルジョンに1mlのアセトンを添加し、スペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAからなる粒子径1000nmの粒子を得た。この粒子を、30、75、または150μg/mlのZn(CH2COOH)2・2H2O水溶液(2ml)中に4℃で分散させ、1時間放置した後、遠心分離(2000rpm、5分間、4℃)にて粒子を回収した。得られた粒子をヘパリン溶液中に分散させ、実施例1と同様にしてスペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの間の相互作用力を評価した。粒子の形状変化および消失を顕微鏡により観察した。その結果、Zn2+イオン水溶液処理をしていない粒子では、粒子は時間とともにその形状が崩れ、消失した。しかしながら、75μg/ml以上のZn2+イオン水溶液で処理した粒子は、その時間においても粒子形状を保っていること、30μg/mlの濃度では粒子の輪郭が薄くなっていることがわかった。これらの結果は、1000nm径の粒子に対しても、Zn2+イオン処理により、その構成高分子の相互作用が強化され、粒子のヘパリンによる分解抵抗性が上昇したためと考えられる。なお、Zn2+イオン水溶液処理によっても、粒子の凝集は認められなかった。
【0034】
[実施例5]
実施例1と同じ方法で、Zn2+イオン金属配位結合PICを調製した。このPICの見かけの分子サイズを動的光散乱装置(DLS-7000、大塚電子株式会社、大阪)にて測定した。結果を図2に示す。Zn2+イオン添加濃度の増加とともにPICのサイズが大きくなる傾向が見られるが、それは有意なサイズ変化ではなかった。これらの結果は、Zn2+イオン添加により、PICどうしの凝集が生じていないことを示している。
【0035】
[実施例6]
実施例1と同じ方法で、Zn2+イオン金属配位結合PICを調製した。413μg/mlスペルミン導入ゼラチン水溶液(400μl)と100μg/mlプラスミドDNA水溶液(400μl)をN/P:2となるように混合し、室温で15分間放置した。次に異なる濃度のZn(CH2COOH)2・2H2O水溶液を200μl添加し、30分間放置した。得られたPICをL929細胞とともに培養し、細胞に取り込まれたPICからの遺伝子発現を調べた。
【0036】
12穴マルチウェル培養容器の各ウェルにL929細胞の培養液懸渇液(5×10個/ml)を1mlずつ加えた。2日間の培養後、L929細胞が70%コンフルエントになった状態で、培養液を血清無含のopti-MEM(Invitrogen LTD., USA)に変えた。次にPICを加え、プラスミドDNA導入培養を行った。PICの添加濃度はプラスミドDNA換算で2μg/ウェルであり、3時間の遺伝子導入培養を行った。その後、培地を10%血清含有EMEMに変更、さらに、1、2、3、4、および5日間の培養を続けた。細胞を回収し、そのプラスミドDNA発現レベルを調べた(図3)。
【0037】
結果から明らかなように、PIC調製時のZn2+イオン添加濃度の増加とともに、プラスミドDNA発現期間の延長が認められた。この結果は、Zn2+イオン濃度の上昇とともに、スペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの相互作用が強くなり、細胞内でのPICの解離が抑制され、プラスミドDNA発現期間が延長したためと考えられる。これらの結果から、Zn2+イオンを添加するという簡単な方法で、スペルミン導入ゼラチンとプラスミドDNAとの相互作用の制御が可能となることがわかった。
【0038】
[実施例7]
実施例6と同じ方法で、細胞にPICを添加した。2日間培養した後に細胞数を計測した。その結果、いずれのZn2+イオン濃度においても、細胞の増殖には変化が見られず、Zn2+イオンは細胞に対する毒性のないことがわかった。
【0039】
[実施例8]
実施例1で用いた酸性ゼラチンの水溶液(40mg/ml、0.125ml)と組織プラスミノーゲンアクチベータ(tPA、クリアクター160万、エーザイ株式会社)のリン酸緩衝(PBS)溶液(1mg/ml、0.25ml)を混合した。この水溶液に異なる濃度のZn(CH2COOH)2・H2Oを添加し、最終濃度が1、5、10、および20mMとなるようにした。
【0040】
それぞれのPBS溶液のtPA活性をプラスミノーゲン・リッチ・フィブリンプレート法(Astrup and Mullertz 1952)で評価した。0.4%フィブリノーゲン(Sigma-Aldrich)/0.17 M ホウ酸バッファ(pH7.8)10mlに10Uのプラスミノーゲン(EMD Biosciences)を添加し、よく攪拌した。その後、20Uのトロンビン(EMD Biosciences)を添加することで、フィブリンプレートを形成させた。このプレートに、上述の混合溶液を5倍希釈したものを2μl添加して、37℃で1時間静置したときのクリアゾーンの直径を測定し、面積を計算した。スタンダードとしてプラスミン(EMD Biosciences)を用い、フィブリン分解活性を計算した。次に、それぞれのZ2+処理ゼラチン−tPA複合体を分散させた水溶液に超音波照射(1.MHz、5分間)を行い、超音波照射前後のtPA活性の変化を測定した。その結果を図4に示す。図中、n = 4, mean ± SD, * P < 0.01, * * P < 0.001, *** P < 0.0001 vs control (PBS), t test。
【0041】
Zn2+イオン添加により、tPA活性は抑制され、その抑制効果はZn2+イオン濃度の増加とともに強くなった。これは、Zn2+イオン添加によりゼラチンとtPAとの相互作用が強くなり、その結果としてtPA活性が低下したと考えられる。次に、超音波照射後のtPA活性の回復について見ると、その回復率はZn2+イオン添加濃度に依存していることがわかる。Zn2+イオン濃度が低い場合には、超音波照射によりtPAの活性はPBS(コントロール)の値に近くなるまで回復しているが、Zn2+イオン濃度の高い場合には、その値までの回復は見られなかった。これは、Zn2+イオン添加濃度の低下によって、ゼラチンとtPAとの相互作用が弱くなり、超音波照射による相互作用の解離が容易になったと考えられる。これらのことにより、Zn2+イオンの添加濃度を変えることによりゼラチンとtPAとの相互作用力を制御できることがわかった。
【0042】
[実施例9]
実施例8と同じ条件で、Zn2+イオン添加濃度を5mMとして、ゼラチン−tPA複合体を調製した。この複合体のゲル濾過(PD-10脱塩カラムを用いた)を行い、各回収フラクションのタンパク質とtPA活性を評価した。各画分のタンパク質量を図5に、tPA活性を図6に示す。
【0043】
分画フラクション7および8にtPA活性をもつ複合体が検出された。比較としてZn2+イオンを添加せずに調製した複合体についても同様の検討を行ったところ、同じ分画フラクションに複合体を検出した。一方、上述の図4から明らかなように、複合体のtPA活性はZn2+イオン添加により低下した。これらの結果を合わせると、Zn2+イオン添加によって複合体の見かけのサイズの変化はなく、tPAとゼラチンとの相互作用力のみが変化していることを示している。
【0044】
[実施例10]
ゼラチン(牛骨由来、等電点5.0、重量平均分子量100,000)の脱水ジメチルスルホキシド溶液へ、水酸基を活性化した乳酸オリゴマー(重量平均分子量1,000)を加え、疎水性鎖を化学導入したゼラチン誘導体を作製した。ゼラチン誘導体のリン酸緩衝生理食塩水溶液 (pH 7.4) (1 mg/ml、20 ml)へ、水不溶性のパーフルオロペンタン(PFC5、沸点29℃)を添加した。この添加液を、常圧ホモジナイザー(4℃、10秒)、続いて高圧ホモジナイザー(4℃、10 Mpa、6分間)を用いて乳化、1.2 mmのシリンジフィルターを用いてろ過し、ゼラチン誘導体を用いて表面修飾したナノ液滴を得た。この表面修飾ナノ液滴へZn(CH2COOH)2・2H2O(最終濃度10 mM)を添加、4℃で静置した。得られたZn2+イオン添加ナノ液滴のサイズ変化を動的光散乱装置にて評価した。
【0045】
図7は、ナノ液滴サイズ変化に与えるZn2+イオン添加効果を示す。Zn2+イオンを添加しない場合、ナノ液滴サイズは増加した。これは、液滴成分のパーフルオロペンタンが水不溶性で沸点が低いため、一定の大きさのナノ液滴として存在することができなかったためである。一方、Zn2+イオンを添加したナノ液滴のサイズ変化は抑制された。これは、ナノ液滴表面にあるゼラチン鎖がZn2+イオンで配位結合された結果、ナノ液滴のサイズが変化しにくくなったためと考えられる。このように、Zn2+イオン処理によってナノ液滴表面のゼラチン鎖間の相互作用力が強化されることがわかった。
【0046】
[実施例11]
ゼラチンの代わりにヒトアルブミンを用いて実施例8と同様の実験を行った。アルブミンの水溶液(40ml/ml, 0.125ml)とtPAのPBS溶液(1mg/ml, 0.25ml)を混合した。この水溶液に最終濃度が5、10、および20mMとなるようにZn(CH2COOH)2・2H2Oを加えた。それぞれのPBS溶液のtPA活性と、超音波照射前後のtPA活性の変化を測定した。Zn2+イオンのない場合のtPA活性は75±2U/mgであり、Zn2+イオンの濃度が5、10および20mMのときには、それぞれ55±6、35±7、および15±3U/mgであった。超音波照射によりそれぞれの活性は76±3、70±6、52±7U/mgになった。これらの結果より、アルブミンとtPAとの複合体においても、Zn2+イオン添加により両者の相互作用力を制御できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の金属イオンを含む高分子ナノ複合体は、遺伝子治療、細胞移植治療および再生医療に、ならびに基礎生物医学研究に有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸と、多価金属イオンから構成される高分子ナノ複合体。
【請求項2】
多価金属イオンが二価金属イオンである、請求項1記載の高分子ナノ複合体。
【請求項3】
二価金属イオンが亜鉛イオンである、請求項2記載の高分子ナノ複合体。
【請求項4】
ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸と、多価金属イオンから構成される高分子ナノ複合体を製造する方法であって、ゼラチンまたはアルブミンと、タンパク質または核酸とから構成される複合体を、多価金属塩の水溶液と混合する工程を含む方法。
【請求項5】
多価金属イオンが二価または三価の金属イオンである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
二価金属イオンが亜鉛イオン、カルシウムイオンまたはマグネシウムイオンである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
細胞に核酸またはタンパク質を導入する方法であって、請求項1−3のいずれかに記載の高分子ナノ複合体を前記細胞に取り込ませることを含む方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−103790(P2011−103790A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260303(P2009−260303)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【出願人】(599029420)
【Fターム(参考)】