説明

鉄粉を用いるセレン含有廃水の処理方法

【課題】セレンに対し鉄粉が本来持っている吸着機能を有効に利用することにより、簡単な設備と操作により、汚染水からセレンを除去する有用な処理方法を提供すること。
【解決手段】セレン含有水と鉄粉とを35℃以上の温度下で接触させることにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去することを特徴とするセレン含有水の浄化処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレンに汚染された地下水や河川水、湖沼水その他の各種排水等のセレン含有廃水を処理してセレン、すなわち、水中に溶解しているセレン酸イオンを効率よく除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多種の重金属類による環境汚染が問題となる状況の中で、各種工場排水等、例えば石炭火力発電所の排煙脱硫処理により発生する排煙脱硫排水等に含まれるセレンで汚染された水の浄化処理としては、一般に、鉄塩やアルミニウム塩等の化合物凝集剤を用いた沈殿処理が行われている。セレン酸を含有する廃水に鉄塩を添加する方法としては、たとえば下記特許文献1があるが、これも高分子凝集剤を併用するものである。このような処理法は、凝集物を沈殿させる方式であり、汚染水中のセレン濃度を充分に低減するためには多量の凝集剤を必要とする上に、沈殿処理で生成する重金属類含有スラッジを沈降させるために、大規模の設備、多大の時間およびコストを必要とする。
【0003】
このような凝集剤を使用する方法とは別に、キレート剤や鉄粉等の吸着剤を用いて簡便にセレンを吸着除去する方法も提案されているが、除去効率がよいとされるキレート剤のような特殊な吸着剤は、高価なために処理コスト面に欠点がある。この点、鉄粉は安価な吸着剤であるが、従来の方法では、まだセレンの除去性能が充分に高いといえる程度に開発されていないのが現状である。
【0004】
鉄粉の吸着性能は、多くの廃水中不純物除去に利用されており、たとえばヒ素の吸着除去に関し、これまで多数提案されているが、セレンを鉄粉で除去する開発例は少ない。たとえば、下記特許文献2の方法は、セレン含有水を鉄金属充填層に通水して還元処理するもので、水のpH、2価鉄イオン濃度ならびに酸化還元電位を、それぞれ所定の数値範囲で調整することに特徴がある。しかし、この方法は、これら複数のパラメータを管理、調整するために、処理が煩雑になるという実用上の難点がある。さらに、この方法は、鉄粉と接触させて流出した水にアルカリを加えて凝集処理をする後工程が必要になると、処理工程をさらに複雑にする懸念がある。
【0005】
下記特許文献3の技術は、6価セレン含有排水の処理に鉄粉を副次的に用いる方法であるが、鉄粉は汚染水中の溶存酸素を除去する還元剤として使用されており、セレン除去自体は、一般的な凝集剤であるFeSOのような鉄塩を用いる凝集沈殿処理に過ぎず、鉄粉によるセレンの吸着除去は何等考慮されていない。
【0006】
上記2種の特許文献2および3と同様に凝集沈殿に関する発明として、従来除去が困難とされていて6価セレンをも含めてその除去を可能にする方法として下記特許文献4がある。これは、2価鉄イオンを溶存させた排水の液温を30℃以上に加温し、アルカリ添加して水酸化鉄に変換することにより、この水酸化鉄のまわりに不純物を巻きこませて一緒に沈殿除去させる方法である。この方法もやはり鉄粉自身によるセレンの吸着除去は何等考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−79286号公報
【特許文献2】特開平10−34168号公報
【特許文献3】特開2001−79565号公報
【特許文献4】特開平8−267076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、セレンに対し鉄粉が本来秘持している吸着機能を積極的に利用することにより、簡単な設備と操作により、汚染水からセレンを除去する有用な処理方法を提供することをその解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、セレン汚染水を35℃以上の温度下において鉄粉と接触させることにより、セレンを鉄粉に吸着させて汚染水から除去することを特徴とするセレン含有水の浄化処理方法であって、下記のとおりである。
(1)セレン含有水と鉄粉とを35℃以上の温度下で接触させることにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去することを特徴とするセレン含有水の浄化処理方法。
(2)セレン含有水中のセレンがセレン酸イオン又は/及び亜セレン酸イオンである上記(1)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
(3)水アトマイズ鉄粉、ガスアトマイズ鉄粉、鋳鉄粉またはスポンジ鉄粉を使用する上記(1)または(2)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
(4)平均粒径が1μm〜2mmの鉄粉を使用する上記(1)(2)または(3)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
(5)セレン含有水を加温加熱して35℃以上の温度に保持し、これに鉄粉を装入して撹拌することにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去する上記(1)(2)(3)または(4)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
(6)セレン含有水を加温加熱して35℃以上の温度に保持し、これを鉄粉を充填した槽(35℃以上の温度に保持)に通水することにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去する上記(1)(2)(3)または(4)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
(7)セレン含有水が排煙脱硫処理排水である上記(1)(2)(3)(4)(5)または(6)に記載のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、上記のように、鉄粉すなわち金属鉄を、35℃以上の温度に加温加熱された被処理液に接触させるだけの簡単な処理によって、被処理液に含まれるセレンをきわめて効率よく吸着ならびに除去することができるもので、大規模な設備あるいは複雑な操作を必要としない点で、きわめて安価な処理法である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、水中に溶解してセレン酸イオン又は/及び亜セレン酸イオンの形態で含まれるセレン汚染された各種の排水・廃水を対象とし、これに鉄粉を直接に投与し、鉄粉とセレン汚染水を接触させる時の温度を35℃以上の範囲に制御することを特徴とする廃水処理方法である。
【0012】
本発明が対象とする廃水は、種々の由来によるセレンに汚染された地下水や河川水、湖沼水あるいは石炭火力発電所の排煙脱硫排水等の各種排水等であって、これらの水中に含まれるセレンは、水中において6価と4価の形態があり、6価の場合はセレン酸イオン(SeO2−)、4価の場合は亜セレン酸イオン(SeO2−)の形態で存在する。
【0013】
処理されるべき廃水を適当な処理容器に装入し、これに鉄粉を投入し、適当な加熱手段にて加温加熱および撹拌することにより実施される。装入された鉄粉は、水中でアノード反応(Fe→Fe2++2e)を生起してFe2+イオンが鉄粉表面に生成する。そして、このFe2+イオンが、鉄粉を取り囲むようにしてその周囲に存在するセレン酸イオン・亜セレン酸イオンと反応して(亜)セレン酸−鉄化合物(FeSeO、FeSeO)を形成する。これらの化合物は水に不溶であり、鉄粉表面に析出して廃水から分離するようにして除去される。
【0014】
本発明は、以上の反応を支えるための鉄粉含有廃水加熱温度を35℃以上の範囲とすることにより、セレンの除去性能を最大化する。すなわち、鉄粉含有廃水の処理温度を上げることによって、上記した一連の化学反応速度が増加すると推察されるが、実際、25℃以下程度の常温レベルの水温と比較して、35℃の加熱温度ではセレン除去率が大きく向上し、40℃以上になるとさらに除去率を高めることができる。なお、加熱温度は35℃以上で、且つ、水の沸点の範囲で適宜採用できるが、70℃付近で除去効果の飽和が見られることおよび消費エネルギー節約の観点から70℃以下の範囲で採用することが好ましい。反復試験からは、40〜60℃の加熱温度範囲がより好ましい事実を確認している。
【0015】
本発明では上記の如く、セレンの除去に当たっては、通常は常温である各種廃水を加熱して35℃以上の範囲に温度調整する必要があるが、例えば対象とすべき廃水が高温の排ガスを湿式処理した後に発生する排水等の場合は必ずしも積極的に加熱する必要はない。特に、石炭火力発電所の排煙脱硫処理により発生する排煙脱硫排水は、排ガス処理により高温排ガスの顕熱が排煙脱硫排水に移行するため、この排水の温度は35〜40℃の範囲に達しでおり、この温度条件は本発明の規定する範囲に調度合致するものであり、従って、この排煙脱硫排水に本発明を適用してセレンの除去処理を行なう際はそのままで処理が可能で、加熱装置が不要となる等、より有利な利点が付加されることになる。
【0016】
ところで、前記特許文献4の発明は、凝集沈殿法によりセレンを除去する方法において、被処理液を30℃以上の温度に加温維持することを一特徴とするが、これは除去剤として使用される2価鉄イオンの水酸化鉄への変換速度を上げることにより、不純物の取り込みを促すためである。これに対して、本発明が被処理液を35℃以上に加熱するのは、金属鉄を固体のままで、その表面においてSeイオンを補足し、不溶性のFe−Se化合物に変換し、これを金属鉄のままの鉄粉に吸着させて液から分離させる方法である。つまり、特許文献4の発明は、硫酸鉄や塩化鉄のような鉄塩を投入して2価鉄イオンによる水酸化鉄への変換にてセレンを凝集するのであるが、本発明は金属鉄の投入により生成するセレン酸−鉄化合物でのセレンの吸着であって、そのメカニズムも生成物自体も相違する。
【0017】
実際、前者特許文献記載のいわゆる共沈法は、被処理液中の被除去成分の濃度が薄くなるほど、その除去能力が必然的に低下するが、後者本発明になる吸着法では、金属鉄とセレンとの化学反応による除去であるから、その濃度に左右されずに除去される。
【0018】
さらに、前者共沈法では、水酸化鉄特有の綿状の嵩高い沈殿物として分離されることになり、その取り扱いが物理的機械的に煩わしい面があるが、吸着方式の本発明法では、鉄分が固体状を喪失することなく分離できるので処理しやすい。
【0019】
さらに、共沈法は必然的に被処理液中に含まれるすべての被除去成分が物理的に除去対象となるので、セレンのみの除去目的に対して無駄があるが、本発明の化学的吸着法は有機物等の他の成分は除去対象とはならず、セレン等の重金属のみを選択的に除去できる。
【0020】
このように、本発明は、化学的吸着法を基本としてその処理温度を35℃以上に制御することを特徴とする方法である。
【0021】
なお、本発明で用いる鉄粉としては、大量生産が可能であり、成分や粒径を揃えることができる水アトマイズ法によって製造された鉄粉が好ましいが、鋳鉄粉あるいはスポンジ鉄粉なども広く使用できる。鉄粉は、微細なほど表面積が増大し、セレンの除去性能、とくに低下速度が増大する。しかし、過度に微細な鉄粉は汚染水と一緒に流出し、汚染水が鉄粉の間隙を通過するのを阻害し、あるいは鉄粉の貯蔵および輸送中に発熱する等のおそれがある。
【0022】
また、鉄粉は粗粒ほど取扱い性はよいがセレンの除去速度が低下するので、鉄粉の平均粒径は、好ましくは1μm以上(より好ましくは5μm以上)、好ましくは2mm以下(より好ましくは1mm以下)がよい。さらに、セレン含有排水への鉄粉の添加量は含有されるSe元素濃度(mg/L)に対して1000〜100、000倍の量とすることが望ましい。なお、本発明の実施にあたっては、鉄粉を適当な容器に充填し、これに汚染水を通過させて接触させる方法、あるいは、鉄粉を汚染水に添加した後、撹拌・分散させてセレンを捕捉する方法等により操業できる。また、処理終了後の不溶性Fe−Se化合物は、非常に沈殿しやすく、重力沈降で十分分離でき、また適当な実用的ろ過手段等によっても容易に分離できるので格別の問題はない。
【0023】
(実施例グループA)
この実施例グループでは、一般的に4価セレンと比較して処理が困難であるとされている6価セレンを選択することとし、市販のNaSeO(関東化学社製の6価セレン)を溶解して人工的に調製されたセレンのみを含有する汚染水を用いた。表1に示すように、各実施例(または比較例)に供した汚染水のセレン元素濃度は、すべて1.0mg/Lに統一した。
【0024】
一方、セレン除去剤に使用する鉄粉としては、水アトマイズ法で製造した平均粒径:65μmの鉄粉(不純物:硫黄1.0質量%含有)を選択した。セレン(Se)元素濃度が1mg/Lとなるように、蒸留水に前記化合物を溶解させてセレン汚染水を調製した。セレン汚染水のpH(水素イオン濃度)は何れも7であった。
【0025】
この汚染水50mLを容量100mLのバイアル瓶に注ぎ、表1に示すように、8種に分けて25〜80℃の範囲で、それぞれ恒温機で加温加熱して保温し、所定温度に到達後、0.5gの上記鉄粉をそれぞれ添加(Se元素濃度mg/Lに対しては10000倍の相当)し、バイアル瓶を密閉した。そして、恒温機の中で鉄粉が適度に流動するように撹拌を続けた。
【0026】
以上の状態を持続し、24時間経過後に、ろ紙(No.5C)を用いるろ過によって汚染水から鉄粉を除去し、ろ液中の残存する重金属元素の濃度を通常のイオンクロマトグラフ法により定量分析した。
【0027】
表1の試験結果から明らかなように、人工的に調製されたセレンのみを含有する汚染水においては、反応温度が30℃を超えて35℃以上になると、Se元素濃度は処理前の1/10以下にまで激減しており、セレンの除去率が93%以上に達していることが知れる。また、反応温度がさらに上昇するにともなってより効果的にセレンが除去できることも分かる。なお、加熱温度が70℃と80℃とでは、処理後のSe元素濃度は同じであり、70℃で処理効果の向上が飽和していることが判明する。
【0028】
【表1】

【0029】
(実施例グループB)
この実施グループでは、実際に石炭火力発電所において発生した排煙脱硫排水を対象として、これを調整した汚染水を用いて試験を行なった。この排煙脱硫排水の全Se元素濃度は0.020mg/Lであった。また、この排煙脱硫排水を母液として、各実施例(または比較例)に供した調整後の汚染水の全Se元素濃度は、すべて1mg/Lに統一した。
【0030】
一方、セレン除去剤に使用する鉄粉としては、水アトマイズ法で製造した平均粒径:65μmの鉄粉(不純物:硫黄1.0質量%含有)を選択した。全Se元素濃度が上記の1mg/Lとなるように、前記排煙脱硫排水にセレン酸ナトリウム(関東化学株式会社製)を添加することにより汚染水の調整を行なった。なお、この汚染水のpH(水素イオン濃度)は何れも7であった。
【0031】
この汚染水50mLを容量100mLのバイアル瓶に注ぎ、表2に示すように、8種に分けて25〜60℃の範囲で、それぞれ恒温機で加温加熱して保温し、所定温度に到達後、0.5g、2.5g及び5.0gの上記鉄粉をそれぞれ添加(Se元素濃度mg/Lに対してはそれぞれ10000倍、50000倍及び100000倍の相当)し、バイアル瓶を密閉した。そして、恒温機の中で鉄粉が適度に流動するように撹拌を続けた。
【0032】
以上の状態を持続し、24時間経過後に、ろ紙(No.5C)を用いるろ過によって汚染水から鉄粉を除去し、ろ液中の残存する重金属元素の濃度を通常のイオンクロマトグラフ法により定量分析した。
【0033】
表2の試験結果から明らかなように、実際に石炭火力発電所において発生した様々なイオンを含む排煙脱硫排水を対象として場合においても、反応温度が35℃以上すなわち40℃(No.12)になるとセレンの除去率が70%以上に達し、25℃(No.11)の21%と比べて著しく優れた効果が得られることが分かる。また、この35℃以上の温度条件で鉄粉の添加量を増加(No.14,15)させると90%前後の除去率までさらに効果的にセレンを除去できることも知れる。
【0034】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレン含有水と鉄粉とを35℃以上の温度下で接触させることにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去することを特徴とするセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項2】
セレン含有水中のセレンがセレン酸イオン又は/及び亜セレン酸イオンである請求項1のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項3】
水アトマイズ鉄粉、鋳鉄粉またはスポンジ鉄粉を使用する請求項1または2のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項4】
平均粒径が1μm〜2mmの鉄粉を使用する請求項1、2または3のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項5】
セレン含有水を加温加熱して35℃以上の温度に保持し、これに鉄粉を装入して撹拌することにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去する請求項1、2、3または4のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項6】
セレン含有水を加温加熱して35℃以上の温度に保持し、これ鉄粉を充填した槽(35℃以上の温度に保持)に通水することにより、セレンを鉄粉に吸着させて除去する請求項1、2、3または4のセレン含有廃水の浄化処理方法。
【請求項7】
セレン含有水が排煙脱硫処理排水である請求項1、2、3、4、5または6のセレン含有廃水の浄化処理方法。

【公開番号】特開2009−220102(P2009−220102A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−30023(P2009−30023)
【出願日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】