説明

銅合金板材およびその製造方法

【課題】導電性と強度と曲げ加工性が良好な銅合金板材およびその銅合金板材を簡素な工程で安価に製造することができる銅合金板材の製造方法を提供する。
【解決手段】1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造することにより得られた鋳片を熱間圧延または均質化処理した後、450〜600℃で1〜20時間時効処理を行い、次いで、圧延率90%以上で冷間圧延を行った後、300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金板材およびその製造方法に関し、特に、コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの電気電子機器の通電部品に適したCu−Ni−Si系の銅合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの通電部品として電気電子部品に使用される材料には、通電によるジュール熱の発生を抑制するために良好な導電性を有することが要求されるとともに、電気電子機器の組立時や作動時に付与される応力に耐え得る高い強度を有することが要求される。また、これらの通電部品は、一般に、板材の曲げ加工などの成形加工により作製されることから、優れた加工性を有することも要求される。
【0003】
しかし、一般に銅合金板材の強度と導電性の間や強度と加工性の間にはトレードオフの関係があるので、これらの特性を同時に高めることは容易ではない。
【0004】
銅合金板材の導電性を高く維持しながら強度を高くするために、析出強化を利用することが知られており、従来からCu−Cr(−Zr)系、Cu−Fe−P系、Cu−Mg−P系、Cu−Ni−Si系などの析出強化型合金の板材が実用化されている。近年、これらの銅合金板材の中で、Cu−Ni−Si合金(所謂コルソン合金)の板材が強度と導電率の間のバランスに優れた材料として注目されている。
【0005】
しかし、析出強化型銅合金の板材は、特性を向上させるために、一般に熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、冷間圧延、時効処理、仕上げ圧延および低温焼鈍の多くの工程を含み且つ各工程条件の管理が非常に厳しい製造方法によって製造されており、製造コストが高くなるという問題がある。
【0006】
また、析出強化型銅合金の板材の製造方法として、必要に応じて(溶体化、焼鈍、時効処理などの)熱処理を多数回行い、さらに熱処理と冷間圧延を繰り返す方法が提案されている。例えば、溶体化処理工程(すなわち、合金を固溶限界温度以上の高温域に加熱維持した後に急冷して過飽和固溶体を作る工程)では、加熱中の温度分布の均一性と急冷が必要であり、大型の専用溶体化処理炉が必要になる。また、溶体化条件の管理が非常に厳しい。溶体化温度が低いと、再結晶が発生しないか、再結晶が部分的に発生するので、均一な再結晶組織を得ることができない。また、Cuマトリックス中へのNiとSiの固溶量が少なくなり、次工程の時効処理において微細なNi−Si系析出物を十分に生成させるのが難しくなる。一方、溶体化温度が高いと、短時間で結晶粒が粗大化し易く、最終製品としての銅合金板材の曲げ加工性が低下する。すなわち、溶体化条件の管理条件の幅が狭く、少しでも逸脱すると特性のバラツキが発生し易い。
【0007】
また、溶体化処理と冷間圧延と時効処理を含む従来の製造方法によってCu−Ni−Si合金の板材を製造すると、板材の強度は、時効時間の経過とともに増大し、あるピーク点を過ぎた後に単調に低下する(すなわち、析出物の粗大化の過時効状態になる)。例えば、板材の引張強さを700MPa程度に高くしようとすると導電率が30〜40%IACSまで低下し、一方、導電率を50%IACS以上に高くしようとすると引張強さが600MPa以下に低下してしまう。すなわち、析出強化によって、(例えば50%IACS以上の)高い導電率を維持しながら、(例えば650MPa以上の)高い強度の銅合金板材を得るのは困難である。
【0008】
また、時効処理後にさらに冷間圧延と低温焼鈍を行うと、引張強さを向上させることができるが、一般に、加工性(特に、圧延方向を曲げ軸とするBadWay曲げ加工性)が悪くなる。
【0009】
Cu−Ni−Si系合金の板材の製造工程の減少による製造コストの低減を図る手法として、薄い鋳片を冷間圧延した後に時効処理して析出強化型銅合金の板材を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、Cu−Ni−Si系合金板材の導電性と強度を同時に改善する手法として、時効処理を複数回行う方法(例えば、特許文献2参照)や、冷間圧延と時効処理を繰り返す方法(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−176808号公報(段落番号0008)
【特許文献2】特開平10−152737号公報(段落番号0007−0010)
【特許文献3】特開平7−41887号公報(段落番号0024−0030)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献1の方法では、銅合金板材の導電率を50〜60%IACSにすることができるものの、硬度がHv200〜140程度(推定引張強さ650〜450MPa)に止まっている。また、特許文献2および3の方法では、加工性も同時に改善することはできず、また、工程数の増加により製造コストが高くなる。
【0012】
また、上述したように、Cu−Ni−Si合金の板材は、特性を向上させるために、多くの工程を含み且つ各工程条件の管理が非常に厳しい製造方法によって製造されており、製造コストが高くなるという問題がある。また、従来の銅合金板材の製造方法では、工程条件を適正にしても強度と導電性と曲げ加工性を同時に向上させること、例えば、導電率を50%IACS以上にし且つ引張強さを650MPa以上にするとともに、TD(圧延方向および板厚方向に対して垂直な方向)を曲げ軸とするGoodWay曲げ(G.W.曲げ)およびLD(圧延方向)を曲げ軸とするBadWay曲げ(B.W.曲げ)のJIS H3110に準拠して90°W曲げ試験を行った後に割れが発生しない最小曲げ半径Rと銅合金板材の厚さtとの比R/tを2.0以下にすることは困難である。
【0013】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、導電性と強度と曲げ加工性が良好な銅合金板材およびその銅合金板材を簡素な工程で安価に製造することができる銅合金板材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造することにより得られた鋳片を熱間圧延または均質化処理した後、450〜600℃で1〜20時間時効処理を行い、次いで、圧延率90%以上で冷間圧延を行った後、300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行うことにより、導電性と強度と曲げ加工性が良好な銅合金板材を簡素な工程で安価に製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明による銅合金板材の製造方法は、1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造することにより得られた鋳片を熱間圧延または均質化処理した後、450〜600℃で1〜20時間時効処理を行い、次いで、圧延率90%以上で冷間圧延を行った後、300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行うことを特徴とする。
【0016】
この銅合金板材の製造方法において、時効処理後に導電率が40%IACS以上でビッカース硬さがHv150以上になるように時効処理を行うのが好ましい。また、銅合金の原料の組成が、0.01〜0.3質量%のMgをさらに含んでもよく、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含んでもよい。
【0017】
また、本発明による銅合金板材は、1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有し、方位差5°以上の粒界を結晶粒界として平均結晶粒径1μm以下の微細結晶粒組織を有することを特徴とする。
【0018】
この銅合金板材において、導電率が50%IACS以上、引張強さが650MPa以上であり、JIS H3110に準拠して90°W曲げ試験を行った後に割れが発生しない最小曲げ半径Rと銅合金板材の厚さtとの比R/tが2.0以下であるのが好ましい。また、導電率が55%IACS以上であるのが好ましく、60%IACS以上であるのがさらに好ましい。また、引張強さが700MPa以上であるのが好ましく、750MPa以上であるのがさらに好ましく、800MPa以上であるのがさらに好ましい。また、R/tが1.0以下であるのが好ましく、0.5以下であるのがさらに好ましい。また、銅合金板材の組成が、0.01〜0.3質量%のMgをさらに含んでもよく、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含んでもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、導電性と強度と曲げ加工性が良好な銅合金板材を簡素な工程で安価に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、Cu−Ni−Si合金などの種々の析出強化型銅合金を用いて、従来の析出強化型銅合金の板材の製造方法で必要であった溶体化処理を省略して製造工程の簡素化による生産性の向上とコストの低減を図るとともに、銅合金板材の導電性、強度および加工性のいずれも向上させることができる方法について鋭意研究を重ねてきた。その結果、所定の組成のCu−Ni−Si合金(NiとSiを添加した時効析出型の銅基合金)の鋳片を熱間加工または均質化処理した後、溶体化処理を行わず、所定の時効処理、冷間加工および低温焼鈍をこの順で行うことにより、導電性、強度および加工性のいずれも向上した銅合金板材、特に、導電率が50%IACS以上、引張強さが650MPa以上であり、JIS H3110に準拠して90°W曲げ試験を行った後に割れが発生しない最小曲げ半径Rと厚さtとの比R/tが2.0以下という優れた特性を有する銅合金板材を製造することができることがわかった。
【0021】
一般に、銅合金を冷間加工すると、転位が導入されて加工硬化する。転位は均一な分布ではなく、転位の相互のもつれによって転位セルを形成する。導入された転位の密度が高いほど、転位セルのサイズは小さくなる。冷間加工された銅合金を加熱すると、回復によって転位セルが亜結晶粒に変化しながら、亜結晶粒間の方位差が増大する。銅合金を冷間圧延した後に再結晶焼鈍などによって生じる通常の再結晶のメカニズムでは、亜結晶粒がそれ自体を核として成長して再結晶粒になるので、この再結晶の現象は「不連続再結晶」と呼ばれ、この不連続再結晶の発生により銅合金板材の強度が低下する。銅合金を冷間圧延した後に加熱する温度が比較的低いと、回復によって転位セルが亜結晶粒に変化しながら、亜結晶粒間の方位差が増大し、亜結晶粒はその場で結晶粒になる。この場合、再結晶粒が亜結晶粒の方位差の連続的な増加によって生成するので、このような再結晶の現象は「連続再結晶」と呼ばれ、この再結晶粒は亜結晶粒と同等なサイズを有し、1μm以下の微細化が可能となる。このようにして連続再結晶の発生によって微細結晶粒組織が形成される。連続再結晶が発生する場合、銅合金板材の強度の低下が少なく、銅合金板材の方位差が一定の臨界値を超えると、その銅合金板材の延性と曲げ加工性は飛躍的に向上する。本発明者らが鋭意研究した結果、銅合金板材の方位差が5°以上になると、その銅合金板材の延性と曲げ加工性が飛躍的に向上することがわかった。
【0022】
本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態は、1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造することにより鋳片を得る工程(溶解・鋳造工程)と、得られた鋳片を熱間圧延または均質化処理する工程(熱間圧延または均質化処理工程)と、この熱間圧延または均質化処理工程後に450〜600℃で1〜20時間時効処理を行う工程(時効処理工程)と、この時効処理工程後に圧延率90%以上で冷間圧延を行う工程(冷間圧延工程)と、この冷間圧延工程後に300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行う工程(低温焼鈍工程)とを備えている。
【0023】
本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態では、まず、熱間加工または均質化処理により、鋳造過程で生じる晶出相を消失させるとともに、再結晶によって鋳造組織を破壊して均一な再結晶粒組織を生成させる。次に、析出温度域で時効処理を行うことにより、析出物の生成により導電率と強度を向上させることができる。さらに、析出物を有する状態で強冷間加工すると、銅合金板材の強度を著しく向上させることができる。この圧延組織状態では、銅合金板材の強度と導電率がともに高くなるが、一般に曲げ加工性が著しく低下する。そこで、本発明者らが鋭意研究したところ、析出物を有する状態で強加工した板材に対して低温で長時間低温焼鈍を行うことにより、銅合金板材の強度の低下が少なく、導電率を向上させることができ、特に曲げ加工性を著しく向上させることができ、その結果、導電性、強度および加工性がともに向上した組織状態を実現することができることがわかった。
【0024】
以下、本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態の各工程について詳細に説明する。
【0025】
(合金組成)
銅合金板材の原料としてNiおよびSiを添加すると、NiとSiの化合物を主体とする析出物(Ni−Si系析出物)を形成してNiとSiの固溶量が減少し、高い導電率を保ちながら強度を向上させる効果を有する。Ni含有量が1.0質量%未満の場合やSi含有量が0.3質量%未満の場合には、この効果を十分に発揮させるのは困難である。一方、Ni含有量が4.0質量%を超える場合やSi含有量が1.0質量%を超える場合には、導電率が低下するとともに(析出物が粗大化し易くなるため)熱間加工性が著しく低下し易くなる。そのため、Ni含有量は、1.0〜4.0質量%であり、1.5〜3.5質量%であるのが好ましく、2.0〜3.0質量%であるのがさらに好ましい。また、Si含有量は、0.3〜1.0質量%であり、0.4〜0.8質量%であるのが好ましく、0.5〜0.7質量%であるのがさらに好ましい。また、NiとSiの質量比(Ni/Si)は、3.5〜6.0であるのが好ましい。この範囲外になると、Ni−Si系析出物の形成に利用されなかったNiまたはSiの固溶量が多くなり、導電率が低下する場合がある。
【0026】
また、銅合金の原料として0.01〜0.3質量%のMgをさらに添加してもよい。Mgは、Ni−Si系析出物の粗大化を防止する作用を有するとともに、銅合金板材の耐応力緩和性を向上させる作用を有する。これらの作用を十分に発揮させるためには、Mg含有量を0.01質量%以上にするのが好ましい。しかし、Mg含有量が0.3質量%を超えると、鋳造性や熱間加工性が著しく低下し、また、コスト的にも不利であるため、Mgを添加する場合には、0.3質量%以下にするのが好ましい。
【0027】
また、銅合金の原料として、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに添加してもよい。これらの元素は、銅合金板材の強度をさらに高めるとともに、応力緩和を小さくする作用を有する。また、Co、Cr、B、Zr、Ti、Mnは、不可避的不純物として存在するSやPbなどと高融点化合物を形成し易く、熱間加工性を向上させる効果を有する。また、SnとZnは、冷間加工性を向上させる効果を有する。これらの元素を添加する場合、その作用を十分に発揮させるためには、その総量が0.01質量%以上になるように添加するのが好ましい。しかし、その総量が3質量%を超えると、熱間加工性または冷間加工性が低下する場合があり、また、コスト的にも不利であるため、その総量は3質量%以下にするのが好ましく、2質量%以下にするのがさらに好ましく、1質量%以下にするのがさらに好ましく、0.5質量%以下にするのが最も好ましい。
【0028】
(溶解・鋳造工程)
一般的な銅合金の溶製方法と同様の方法により、銅合金の原料を溶解した後、連続鋳造や半連続鋳造などにより鋳片を製造する。銅合金の原料の溶解は、大気雰囲気中で行ってもよいが、酸化防止の面から不活性ガスでシールするのが好ましい。連続鋳造方式は、縦型でも横型でもよい。
【0029】
(熱間圧延または均質化処理工程)
縦型連続鋳造方式により鋳片を製造した場合、鋳片の熱間圧延を行う。この熱間圧延は、通常の熱間圧延条件(開始温度1000〜850℃、終了温度600℃以上)で行えばよいが、最終パス終了後に水冷するのが好ましい。一方、横型連続鋳方式により鋳片を製造した場合、鋳片の熱間圧延を行う必要がないが、代わりに通常の均質化処理(1000〜850℃で1〜20時間程度の均質化処理)を行うのが好ましい。
【0030】
(時効処理工程)
時効処理では、一定の量の析出物を生成させることが必要である。その後の冷間圧延中に多量の転位を母相に蓄積させ、さらにその後の低温焼鈍中に連続再結晶を発生させて曲げ加工性の向上を図ることができる。時効処理温度が低過ぎたり、時効処時間が短過ぎると、生成する析出物の量が少なく、連続再結晶の発生が不十分である。一方、時効処理温度が高過ぎたり、時効処理時間が長過ぎると、析出物が粗大化して、不連続再結晶が発生し易く、銅合金板材が軟化する。そのため、時効処理は、好ましくは450〜600℃で1〜20時間、さらに好ましくは450〜600℃で1〜10時間行い、特に、時効処理後に導電率が40%IACS以上でビッカース硬さがHv150以上になるように時効処理の温度と時間を選択するのが好ましい。なお、必要に応じて時効処理後に板材の表面を面削してもよい。
【0031】
(冷間圧延工程)
続いて、圧延率90%以上で冷間圧延を行う。この冷間圧延では、板材の強度を向上させるとともに、多量の転位を母相に導入することができる。この圧延率が低過ぎると、導入される転位の密度が不十分であり、その後の低温焼鈍中に発生する連続再結晶が不十分である。そのため、冷間圧延の圧延率は90%以上であるのが好ましく、95%以上であるのがさらに好ましい。
【0032】
(低温焼鈍工程)
最後に、300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行う。通常の低温焼鈍は残留応力を除去するために数秒〜数分間の比較的短時間行っているが、低温焼鈍を300〜430℃、好ましくは330〜430℃の比較的低温域で1〜48時間、好ましくは2〜20時間の比較的長時間行うことにより、蓄積させた転位を亜結晶粒界に転換させ、所謂連続再結晶を発生させることによって、銅合金板材の強度の低下を抑制しながら、導電率と曲げ加工性、特に曲げ加工性を向上させることができる。低温焼鈍温度が高過ぎると、粒界や析出粒子のまわりに再結晶の核生成と粒成長、所謂不連続再結晶が発生し易く、銅合金板材が軟化する。一方、低温焼鈍温度が低過ぎると、連続再結晶の発生が不十分であり、あるいは必要な低温焼鈍時間が長くしなければならず、製造コストが高くなる。
【0033】
上述した銅合金板材の製造方法の実施の形態により、1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有し、方位差5°以上の粒界を結晶粒界として平均結晶粒径1μm以下の微細結晶粒組織を有し、導電率が50%IACS以上、好ましくは55%IACS以上、さらに好ましくは60%IACS以上、引張強さが650MPa以上、好ましくは700MPa以上、さらに好ましくは750MPa以上、さらに好ましくは800MPa以上であり、JIS H3110に準拠して90°W曲げ試験を行った後に割れが発生しない最小曲げ半径Rと銅合金板材の厚さtとの比R/tが2.0以下、好ましくは1.5以下、さらに好ましくは1.0以下、最も好ましくは0.5以下である銅合金板材を製造することができる。この銅合金板材の組成が、0.01〜0.3質量%のMgをさらに含んでもよく、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含んでもよい。
【実施例】
【0034】
以下、本発明による銅合金板材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0035】
[実施例1〜10]
2.45質量%のNiと0.51質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例1)、2.48質量%のNiと0.50質量%のSiと0.15質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例2)、2.75質量%のNiと0.66質量%のSiと0.12質量%のMnと0.08質量%のCrを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例3)、3.05質量%のNiと0.73質量%のSiと0.25質量%のSnと0.80質量%のZnを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例4)、1.32質量%のNiと0.62質量%のSiと1.06質量%のCoと0.02質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例5)、2.52質量%のNiと0.54質量%のSiと0.005質量%のBと0.16質量%のFeを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例6)、1.84質量%のNiと0.48質量%のSiと0.08質量%のTiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例7)、2.85質量%のNiと0.68質量%のSiと0.06質量%のZrを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例8)、3.46質量%のNiと0.74質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例9)、2.20質量%のNiと0.44質量%のSiと0.10質量%のAlを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例10)をそれぞれ溶製し、縦型の小型連続鋳造機を用いて鋳造して断面寸法100mm×250mmの鋳片を得た。
【0036】
それぞれの鋳片を950℃に加熱して1時間保持し、950℃から650℃まで温度を下げながら熱間圧延を行って厚さ10mmの板材にした後、急冷した。
【0037】
次いで、それぞれ450℃で6時間(実施例1、6)、500℃で3時間(実施例2)、550℃で2時間(実施例3)、475℃で4時間(実施例4、8)、575℃で4時間(実施例5)、525℃で5時間(実施例7)、450℃で3時間(実施例9)、500℃で5時間(実施例10)時効処理を行った。なお、この時効処理後の板材の導電率をJIS H0505の導電率測定方法に従って測定したところ、それぞれ48.8%IACS(実施例1)、49.0%IACS(実施例2)、43.8%IACS(実施例3)、41.2%IACS(実施例4)、50.2%IACS(実施例5)、48.2%IACS(実施例6)、49.0%IACS(実施例7)、44.6%IACS(実施例8)、40.3%IACS(実施例9)、49.2%IACS(実施例10)であった。また、時効処理後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さをJIS Z2244に準拠して求めたところ、それぞれHv190(実施例1)、Hv195(実施例2)、Hv201(実施例3)、Hv212(実施例4)、Hv165(実施例5)、Hv178(実施例6)、Hv175(実施例7)、Hv196(実施例8)、Hv228(実施例9)、Hv181(実施例10)であった。
【0038】
次いで、それぞれ圧延率98.5%で冷間圧延を行って厚さ0.15mmの板材を得た。この冷間圧延後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さをJIS Z2244に準拠して求めたところ、それぞれHv234(実施例1)、Hv243(実施例2)、Hv256(実施例3)、Hv275(実施例4)、Hv232(実施例5)、Hv242(実施例6)、Hv234(実施例7)、Hv254(実施例8)、Hv276(実施例9)、Hv235(実施例10)であった。
【0039】
次いで、それぞれ400℃で9時間(実施例1)、425℃で3時間(実施例2)、400℃で4時間(実施例3)、375℃で9時間(実施例4)、425℃で6時間(実施例5)、400℃で5時間(実施例6、8、10)、400℃で8時間(実施例7)、350℃で12時間(実施例9)低温焼鈍を行って、実施例1〜10の銅合金板材を得た。
【0040】
次に、これらの実施例で得られた銅合金板材から試料を採取し、平均結晶粒径、導電率、引張強さ、硬度、破断伸び、曲げ加工性について以下のように調べた。
【0041】
銅合金板材の平均結晶粒径は、試料の板面(圧延面)を#1500耐水ペーパーで研磨した後、表面に研磨ひずみが入らないように振動研磨法により仕上げ研磨し、この仕上げ研磨した面について電界放出型走査電子顕微鏡(日本電子(株)製のFESEM(Field Emission Scanning Electron Microscope))を使用してEBSP(後方散乱電子回折像(Electron Backscatter Diffraction Pattern))を測定し、方位差5°以上の粒界を(結晶粒界として)抽出して結晶粒方位分布マップ(OIM(Orientation Imaging Microscopy)像)を描き、この結晶粒方位分布マップの全面積を結晶粒の数で割って結晶粒の平均面積を得た後、各々の結晶粒を円とした場合の平均直径として求めた(このような平均結晶粒径の算出は、一般的なEBSP測定装置に付属したソフトウエアにより自動的に行うことができる)。その結果、平均結晶粒径は、それぞれ0.7μm(実施例1)、0.9μm(実施例2)、0.6μm(実施例3、5、9)、0.4μm(実施例4)、0.8μm(実施例6、7、8)、0.5μm(実施例10)であった。
【0042】
銅合金板材の導電率は、JIS H0505の導電率測定方法に従って測定した。その結果、導電率は、それぞれ61.2%IACS(実施例1)、55.8%IACS(実施例2)、52.4%IACS(実施例3)、51.3%IACS(実施例4)、60.6%IACS(実施例5)、53.6%IACS(実施例6)、60.8%IACS(実施例7)、55.1%IACS(実施例8)、52.8%IACS(実施例9)、55.9%IACS(実施例10)であり、いずれも導電率50%IACS以上と良好であった。
【0043】
銅合金板材の引張強さおよび破断伸びの評価として、銅合金板材のLD(圧延方向)の引張試験用の試験片(JIS Z2241の5号試験片)をそれぞれ採取し、JIS Z2241に準拠した引張試験を行い、引張強さおよび破断伸びを求めた。その結果、引張強さは、それぞれ688MPa(実施例1)、726MPa(実施例2)、765MPa(実施例3)、816MPa(実施例4)、718MPa(実施例5)、731MPa(実施例6)、708MPa(実施例7)、737MPa(実施例8)、826MPa(実施例9)、716MPa(実施例10)であり、いずれも引張強さ650MPa以上の良好な銅合金板材であった。また、破断伸びは、それぞれ9.4%(実施例1)、8.1%(実施例2)、6.8%(実施例3)、5.3%(実施例4)、7.1%(実施例5)、7.8(実施例6)、8.7%(実施例7)、8.0%(実施例8)、7.7%(実施例9)、9.6%(実施例10)であり、いずれも5%以上と良好であった。
【0044】
銅合金板材の硬度として、JIS Z2244に準拠して、試料の板面(圧延面)のビッカース硬さを求めた。その結果、ビッカース硬さは、それぞれHv212(実施例1)、Hv225(実施例2)、Hv239(実施例3)、Hv255(実施例4)、Hv221(実施例5)、Hv225(実施例6)、Hv219(実施例7)、Hv231(実施例8)、Hv258(実施例9)、Hv220(実施例10)であった。
【0045】
銅合金板材の曲げ加工性を評価するために、銅合金板材から長手方向がLD(圧延方向)の曲げ試験片(幅10mm)および長手方向がTD(圧延方向および板厚方向に対して垂直な方向)の曲げ試験片(幅10mm)をそれぞれ採取し、これらの試験片について、曲げ試験治具の曲げ半径R=0.0として、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験を行った。この曲げ試験後の試験片について、曲げ加工部の表面および断面を光学顕微鏡によって50倍の倍率で観察して、割れが発生しない最小曲げ半径Rを求めた後、この最小曲げ半径Rを銅合金板材の板厚t(=0.15mm)で除することによって、長手方向がLDの曲げ試験片のTDを曲げ軸とするGoodWay曲げと、長手方向がTDの曲げ試験片のLDを曲げ軸とするBadWay曲げのそれぞれのR/tの値を求めた。なお、これらのR/tの値が小さいほど、曲げ加工性が良好である。その結果、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ0.0と0.0(実施例1)、0.0と1.0(実施例2)、0.7と1.7(実施例3)、1.0と2.0(実施例4)、0.0と1.0(実施例5)、0.7と1.0(実施例6)、0.0と0.7(実施例7)、0.0と1.0(実施例8)、1.0と2.0(実施例9)、0.0と1.0(実施例10)であり、いずれもBadWay曲げのR/tの値が2.0以下と良好な曲げ加工性を有していた。
【0046】
[実施例11〜15]
2.34質量%のNiと0.49質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例11)、2.50質量%のNiと0.50質量%のSiと0.15質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例12)、2.85質量%のNiと0.70質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例13)、1.34質量%のNiと0.41質量%のSiと1.10質量%のCoと0.05質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例14)、3.56質量%のNiと0.78質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(実施例15)をそれぞれ溶製し、横型連続鋳造機を用いて鋳造して断面寸法14mm×450mmの鋳片を得た後、それぞれの鋳片を950℃で6時間均質化処理した。
【0047】
次いで、それぞれ475℃で6時間(実施例11)、525℃で3時間(実施例12)、575℃で2時間(実施例13)、500℃で4時間(実施例14)、600℃で3時間(実施例15)時効処理を行った。なお、この時効処理後の板材の導電率を実施例1〜10と同様の方法により測定したところ、それぞれ50.4%IACS(実施例11)、48.4%IACS(実施例12)、49.2%IACS(実施例13)、43.4%IACS(実施例14)、41.6%IACS(実施例15)であった。また、時効処理後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv158(実施例11)、Hv192(実施例12)、Hv182(実施例13)、Hv215(実施例14)、Hv222(実施例15)であった。
【0048】
次いで、それぞれ圧延率99.0%で冷間圧延を行って厚さ0.15mmの板材を得た。この冷間圧延後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv218(実施例11)、Hv248(実施例12)、Hv232(実施例13)、Hv278(実施例14)、Hv286(実施例15)であった。
【0049】
次いで、それぞれ400℃で12時間(実施例11)、400℃で3時間(実施例12)、400℃で7時間(実施例13)、425℃で4時間(実施例14)、400℃で2時間(実施例15)低温焼鈍を行って、実施例11〜15の銅合金板材を得た。
【0050】
次に、これらの実施例で得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1〜10と同様の方法により、平均結晶粒径、導電率、引張強さ、硬度、破断伸び、曲げ加工性について調べた。
【0051】
その結果、銅合金板材の平均結晶粒径は、それぞれ0.6μm(実施例11、12)、0.5μm(実施例13)、0.7μm(実施例14)、0.4μm(実施例15)であった。
【0052】
銅合金板材の導電率は、それぞれ60.8%IACS(実施例11)、51.6%IACS(実施例12)、56.6%IACS(実施例13)、55.8%IACS(実施例14)、50.4%IACS(実施例15)であり、いずれも導電率50%IACS以上と良好であった。
【0053】
銅合金板材の引張強さは、それぞれ678MPa(実施例11)、756MPa(実施例12)、708MPa(実施例13)、809MPa(実施例14)、848MPa(実施例15)であり、いずれも引張強さ650MPa以上の良好な銅合金板材であった。
【0054】
銅合金板材の破断伸びは、それぞれ10.5%(実施例11)、6.3%(実施例12)、8.6%(実施例13)、7.7%(実施例14)、5.6%(実施例5)であり、いずれも5%以上と良好であった。
【0055】
銅合金板材のビッカース硬さは、それぞれHv208(実施例11)、Hv234(実施例12)、Hv222(実施例13)、Hv250(実施例14)、Hv265(実施例5)であった。
【0056】
銅合金板材の曲げ加工性の評価として、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ0.0と0.0(実施例11)、0.0と1.7(実施例12)、0.0と0.7(実施例13)、0.0と1.7(実施例14)、1.0と2.0(実施例5)であり、いずれもBadWay曲げのR/tの値が2.0以下と良好な曲げ加工性を有していた。
【0057】
[比較例1]
0.94質量%のNiと0.29質量%のSiと0.15質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金を溶製し、低温焼鈍を375℃で6時間行った以外は、実施例1と同様の方法により、銅合金板材を得た。なお、時効処理後の板材の導電率を実施例1〜10と同様の方法により測定したところ、50.6%IACSであり、時効処理後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、Hv114であった。また、冷間圧延後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、Hv193であった。
【0058】
次に、この比較例で得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1〜10と同様の方法により、平均結晶粒径、導電率、引張強さ、硬度、破断伸び、曲げ加工性について調べた。その結果、銅合金板材の平均結晶粒径は22μm、導電率は63.2%IACS、引張強さは588MPa、破断伸びは12.2%、ビッカース硬さはHv182であった。また、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ0.0と2.0であった。
【0059】
この比較例では、NiとSi添加量が少なく、時効処理後に析出物が少ないので、その後の圧延中に、転位の蓄積量が少なく(加工硬化が小さく)、低温焼鈍中に連続再結晶が発生しないため、引張強さが低かった。また、このように強度が低いにもかかわらず、BadWay曲げ加工性は特に向上していなかった。
【0060】
[比較例2]
4.42質量%のNiと1.08質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金を溶製し、実施例1と同様の方法により熱間処理を行った。この比較例では、NiとSi添加量が多過ぎるため、熱間圧延中に激しい割れが発生してしまい、その後の作製を中断した。
【0061】
[比較例3〜7]
それぞれ実施例2と同一の成分の銅合金を溶製し、比較例3では時効処理を行わなかった以外、比較例4では625℃で6時間時効処理を行った以外、比較例5では熱間圧延後に厚さ1.4mmまで冷間圧延してから時効処理を行った後に圧延率89.3%で冷間圧延を行った以外、比較例6では低温焼鈍時間を1分間とした以外、比較例7では低温焼鈍を450℃で6時間行った以外は、それぞれ実施例2と同様の方法により、銅合金板材を得た。なお、時効処理後(比較例3では熱間圧延後)の板材の導電率を実施例1〜10と同様の方法により測定したところ、それぞれ28.7%IACS(比較例3)、50.8%IACS(比較例4)、49.5%IACS(比較例5)、49.0%IACS(比較例6、7)であり、時効処理後(比較例3では熱間圧延後)の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv141(比較例3)、Hv124(比較例4)、Hv202(比較例5)、Hv195(比較例6、7)であった。また、冷間圧延後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv212(比較例3)、Hv202(比較例4)、Hv228(比較例5)、Hv243(比較例6、7)であった。
【0062】
次に、これらの比較例で得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1〜10と同様の方法により、平均結晶粒径、導電率、引張強さ、硬度、破断伸び、曲げ加工性について調べた。その結果、銅合金板材の平均結晶粒径は、それぞれ8.4μm(比較例3)、6.6μm(比較例4)、5.2μm(比較例5)、20μm(比較例6)、5.8μm(比較例7)であり、導電率は、それぞれ50.9%IACS(比較例3)、62.4%IACS(比較例4)、54.4%IACS(比較例5)、46.8%IACS(比較例6)、57.9%IACS(比較例7)であった。また、引張強さは、それぞれ632MPa(比較例3)、592MPa(比較例4)、692MPa(比較例5)、766MPa(比較例6)、608MPa(比較例7)であり、破断伸びは、それぞれ8.9%(比較例3)、9.6%(比較例4)、7.6%(比較例5)、2.5%(比較例6)、8.6%(比較例7)であり、ビッカース硬さは、それぞれHv195(比較例3)、Hv184(比較例4)、Hv210(比較例5)、Hv240(比較例6)、Hv190(比較例7)であった。さらに、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ0.0と1.7(比較例3)、0.0と1.0(比較例4)、0.0と2.7(比較例5)、1.0と6.0(比較例6)、0.0と1.0(比較例7)であった。
【0063】
比較例3〜7は、実施例2と同一の成分の銅合金を溶製し、熱間圧延後の工程の条件が不適切であるため、特性が悪くなった例である。比較例3では、熱間圧延後の時効処理を行わなかったため、析出物が少なくなり(熱間圧延後の導電率28.7%IACS、硬さHv141)、そのため、冷間圧延中に転位の蓄積量が少なく、実施例2と比べて冷間圧延後のビッカース硬さが低く、低温焼鈍中に連続再結晶を十分に発生させることができず、実施例2と比べて、引張強さが低下したにもかかわらず、BadWay曲げ加工性が良好でなかった。比較例4では、時効処理温度が高過ぎて、析出物が粗大化してしまい、その後の冷間圧延中に転位の蓄積量が少なく、引張強さが低くなった。比較例5では、熱間圧延後に板厚1.4mmまで冷間圧延してから時効処理を行い、その後の冷間圧延の圧延率が89.3%となり、転位の蓄積量が少なく、BadWay曲げ加工性が良好でなかった。比較例6では、通常行われている低温焼鈍と同様に短時間の低温焼鈍を行ったため、ほとんど連続再結晶を発生させることができず、引張強さが高いものの、BadWay曲げ加工性が著しく低下した。比較例7では、低温焼鈍の温度が高く且つ時間も長かったため、不連続再結晶が発生してしまい、引張強さが低下した。
【0064】
[比較例8〜12]
それぞれ実施例2と同一の成分の銅合金を溶製し、実施例1〜10と同様の方法により鋳片を得た後、それぞれの鋳片を950℃に加熱して1時間保持し、950℃から650℃まで温度を下げながら熱間圧延を行って厚さ10mmの板材にした後、急冷し、その後、通常の製造方法により、すなわち、熱間圧延後にさらに厚さ0.2mmまで冷間圧延し、750℃で1分間溶体化を行って水冷した後、時効処理、冷間圧延および低温焼鈍を行って、銅合金板材を製造した。時効処理はそれぞれ450℃で3時間(比較例8)、450℃で6時間(比較例9)、450℃で20時間(比較例10〜12)行い、冷間処理はそれぞれ圧延率25.0%(比較例8〜10)、圧延率40.0%(比較例11、12)で行い、低温焼鈍はそれぞれ425℃で1分間(比較例8〜11)、425℃で3時間(比較例12)行った。
【0065】
なお、時効処理後の板材の導電率を実施例1〜10と同様の方法により測定したところ、それぞれ42.6%IACS(比較例8)、44.7%IACS(比較例9)、50.6%IACS(比較例10〜12)であり、時効処理後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv208(比較例8)、Hv220(比較例9)、Hv182(比較例10〜12)であった。また、冷間圧延後の板材の板面(圧延面)のビッカース硬さを実施例1〜10と同様の方法により求めたところ、それぞれHv220(比較例8)、Hv238(比較例9)、Hv206(比較例10)、Hv237(比較例11、12)であった。
【0066】
次に、これらの比較例で得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1〜10と同様の方法により、平均結晶粒径、導電率、引張強さ、硬度、破断伸び、曲げ加工性について調べた。その結果、銅合金板材の平均結晶粒径は、いずれも8.5μmであり、導電率は、それぞれ41.9%IACS(比較例8)、43.8%IACS(比較例9)、49.8%IACS(比較例10)、49.2%IACS(比較例11)、51.4%IACS(比較例12)であった。また、引張強さは、それぞれ720MPa(比較例8)、754MPa(比較例9)、674MPa(比較例10)、746MPa(比較例11)、690MPa(比較例12)であり、破断伸びは、それぞれ8.4%(比較例8)、6.6%(比較例9)、5.4%(比較例10)、3.6%(比較例11)、7.2%(比較例12)であり、ビッカース硬さは、それぞれHv222(比較例8)、Hv240(比較例9)、Hv208(比較例10)、Hv239(比較例11)、Hv215(比較例12)であった。さらに、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ1.7と1.0(比較例8)、1.7と2.0(比較例9)、1.0と2.5(比較例10)、2.0と6.0(比較例11)、1.7と4.0(比較例12)であった。
【0067】
比較例8、9では、比較的短時間の時効処理を行っており、引張強さと曲げ加工性が良好であったが、導電率が低かった。比較例10では、導電率を向上させるために、比較例8、9より時効処理時間を長くしたが、引張強さとBadWay曲げ加工性が低下した。比較例11では、比較例10の導電率を維持して引張強さを高くするために、時効処理後の冷間圧延の圧延率を高くしており、引張強さ強度が向上したが、BadWay曲げ加工性が著しく低下した。比較例12では、実施例2と同様に425℃で3時間の低温焼鈍を行ったが、低温焼鈍前の冷間圧延率が40%と低かったため、連続再結晶を発生させることができなかったので、BadWay曲げ加工性を回復させることができなかった。
【0068】
これらの実施例1〜15および比較例1〜12の銅合金板材に使用した銅合金の組成を表1に示し、製造条件および製造中の板材の導電率とビッカース硬さを表2に示し、製造した銅合金板材の特性を表3に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
[比較例13〜16]
比較例13〜16として、それぞれ実施例2とほぼ同じ成分を有する板厚0.15mmの市販の銅合金の工程材C7025−TM02、C7025−TM03、C7025−TM04、C7025−TR02を用意し、成分分析と特性評価を行った。なお、TM工程材は、一般に、熱間圧延後に、冷間圧延、溶体化処理および時効処理を行って製造した板材であり、曲げ加工性が比較的良く、曲げ加工性に対する要求が比較的高いコネクタなどの電気電子機器の通電部品用の板材として使用されている。一方、TR工程材は、一般に、熱間圧延後に、溶体化処理を行わず、冷間圧延と時効処理を繰返して製造した板材であり、導電率は比較的高いが、曲げ加工性が比較的悪く、曲げ加工性を対する要求が比較的低いリードフレームなどの電気電子機器の通電部品用の板材として使用されている。
【0073】
その結果、これらの板材は、それぞれ2.52質量%のNiと0.52質量%のSiと0.16質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(比較例13)、2.49質量%のNiと0.50質量%のSiと0.14質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(比較例14)、2.48質量%のNiと0.49質量%のSiと0.15質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(比較例15)、2.53質量%のNiと0.53質量%のSiと0.15質量%のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金(比較例16)の板材であった。また、板材の平均結晶粒径は、それぞれ8.4μm(比較例13)、8.6μm(比較例14)、9.0μm(比較例15)、6.2μm(比較例16)であり、導電率は、それぞれ45.2%IACS(比較例13)、43.8%IACS(比較例14)、42.2%IACS(比較例15)、51.3%IACS(比較例16)であった。また、引張強さは、それぞれ724MPa(比較例13)、742MPa(比較例14)、815MPa(比較例15)、655MPa(比較例16)であり、破断伸びは、それぞれ9.4%(比較例13)、8.6%(比較例14)、2.8%(比較例15)、4.3%(比較例16)であり、ビッカース硬さは、それぞれHv218(比較例13)、Hv232(比較例14)、Hv249(比較例15)、Hv203(比較例16)であった。さらに、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げとLDを曲げ軸とするBadWay曲げのR/tの値は、それぞれ1.5と1.0(比較例13)、1.5と1.5(比較例14)、2.0と6.0(比較例15)、1.5と4.0(比較例16)であった。
【0074】
このように、比較例13〜15の市販のC7025−TM工程材は、引張強さ700MPa以上を維持するために、導電率が45%IACS程度に止まっている。一方、比較例16の市販のC7025−TR工程材は、導電率が50%IACSを超えているが、引張強さが低くなり、曲げ加工性が著しく悪くなっている。
【0075】
これらの比較例13〜16の板材の組成を表4に示し、特性評価結果を表5に示す。
【0076】
【表4】

【0077】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造することにより得られた鋳片を熱間圧延または均質化処理した後、450〜600℃で1〜20時間時効処理を行い、次いで、圧延率90%以上で冷間圧延を行った後、300〜430℃で1〜48時間低温焼鈍を行うことを特徴とする、銅合金板材の製造方法。
【請求項2】
前記時効処理後に導電率が40%IACS以上でビッカース硬さがHv150以上になるように前記時効処理を行うことを特徴とする、請求項1に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項3】
前記銅合金の原料の組成が、0.01〜0.3質量%のMgをさらに含むことを特徴とする、請求項1または2に記載する銅合金板材の製造方法。
【請求項4】
前記銅合金の原料の組成が、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含むことを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項5】
1.0〜4.0質量%のNiと0.3〜1.0質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有し、方位差5°以上の粒界を結晶粒界として平均結晶粒径1μm以下の微細結晶粒組織を有することを特徴とする、銅合金板材。
【請求項6】
導電率が50%IACS以上、引張強さが650MPa以上であり、JIS H3110に準拠して90°W曲げ試験を行った後に割れが発生しない最小曲げ半径Rと銅合金板材の厚さtとの比R/tが2.0以下であることを特徴とする、請求項5に記載の銅合金板材。
【請求項7】
前記導電率が55%IACS以上であることを特徴とする、請求項6に記載の銅合金板材。
【請求項8】
前記導電率が60%IACS以上であることを特徴とする、請求項6に記載の銅合金板材。
【請求項9】
前記引張強さが700MPa以上であることを特徴とする、請求項6乃至8のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項10】
前記引張強さが750MPa以上であることを特徴とする、請求項6または7に記載の銅合金板材。
【請求項11】
前記引張強さが800MPa以上であることを特徴とする、請求項6または7に記載の銅合金板材。
【請求項12】
前記R/tが1.0以下であることを特徴とする、請求項6乃至9に記載の銅合金板材。
【請求項13】
前記R/tが0.5以下であることを特徴とする、請求項6乃至8に記載の銅合金板材。
【請求項14】
前記銅合金板材の組成が、0.01〜0.3質量%のMgをさらに含むことを特徴とする、請求項5乃至13のいずれかに記載する銅合金板材。
【請求項15】
前記銅合金板材の組成が、Sn、Zn、Co、Cr、P、B、Al、Fe、Zr、TiおよびMnからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含むことを特徴とする、請求項5乃至14のいずれかに記載の銅合金板材。