説明

防錆剤

【課題】水を溶剤とする防錆剤であって、濁りの発生が抑制された防錆剤の提供。
【解決手段】下記式(1)および/または式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物とを水に混合させた防錆剤。


〔式(1)および式(2)中、Rは炭素数が20以下のアルケニル基を表し、RおよびRは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基を表し、RおよびRの少なくとも一方の基がヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濁りの発生が抑制された防錆剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は、軽量、高強度、機械的加工が容易、電磁波の遮蔽率が高い上に、リサイクル性を兼ね備えている。このような特徴があるマグネシウム合金の需要量は、携帯電話やコンピュータ等の電子機器、自動車部品等の素材向けに年々増加している。マグネシウム合金は、上記のような優れた特徴を有するが、その反面、マグネシウムの電位が金属種の中で卑であることもあって、大気中や水存在下において非常に腐食されやすい欠点を有する。
【0003】
マグネシウム合金の腐食を抑えるためには、防錆剤が使用される。例えば、有機溶剤に特定のポリオルガノシロキサン、および特定のアルコキシシランを含有させた防錆剤(特許文献1参照)や、高価な特定のピラゾール化合物を有効成分として含有する防錆剤(特許文献2参照)を防錆剤として使用されることが公知となっている。
【0004】
ところで、マグネシウム合金以外の非鉄金属や鉄鋼等の鉄基金属に使用されることが知られている防錆剤であっても、マグネシウム合金の防錆剤として使用できる可能性がある。
【0005】
例えば、特許文献3には、下記一般式(4)または(5)で示される(下記一般式(4)および(5)において、Rは炭素数6〜18のアルケニル基を表し、R′およびR"は炭素数1から10のアルキル基を表す)N,N−ジアルキルアルケニルスクシンアミド酸のアルカノールアミン塩を含有する防錆剤が開示されている。
【0006】
【化1】

【0007】
【化2】

【0008】
上記のN,N−ジアルキルアルケニルスクシンアミド酸のアルカノールアミン塩は、水への適切な溶解性を有することが特許文献3に記載され、当該塩の溶解水をねずみ鋳鉄の防錆剤として使用したことが特許文献3に記載されている。
【0009】
その他、鉄鋼や非鉄金属にも優れた防錆効果を発揮する防錆成分としては、アルケニルコハク酸やアルケニルコハク酸エステル(以下、「アルケニルコハク酸等」と称することがある)があり、これらをマグネシウム合金の防錆剤に適用することも考えられる。アルケニルコハク酸等は一般に油溶性かつ非水溶性または難水溶性であるので、有機溶剤にアルケニルコハク酸等を溶解して防錆剤とされる。また、アルカリ金属またはアミンと塩になったアルケニルコハク酸等であれば、水に溶解させて防錆剤とすることも可能である。
【0010】
上記のN,N−ジアルキルアルケニルスクシンアミド酸のアルカノールアミン塩やアルケニルコハク酸等の塩を水に溶解させた防錆剤において、その水にカルシウムやマグネシウム等の硬度成分が含まれていると、防錆剤の濁りの原因となるマグネシウム塩やカルシウム塩が形成する。そして、この濁りが生じた防錆剤を使用すると、金属表面に汚塵が残る問題や、十分な防錆効果が発揮されない問題を誘発させる。これらの問題を払拭するため、硬度成分を含まない水を使用して防錆剤を調製しても、金属を部材とする製品の製造工程(水溶性加工油を用いた金属の切削・研削加工、自動車エンジン部品の樹脂封孔処理後の硬化工程、洗浄工程等)で多量に使用される工業用水や水道水に含まれていた硬度成分が、防錆処理時において防錆剤に混入することを避けることができず、上記問題の発生が懸念される。
【特許文献1】特開2001−59194号公報
【特許文献2】特開2005−133143号公報
【特許文献3】特開昭60−116791号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記事情に鑑み、水を溶剤とする防錆剤であって、濁りの発生が抑制された防錆剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、下記一般式(1)および/または一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物とを水に混合させた防錆剤である。
【0013】
【化3】

【0014】
【化4】

【0015】
上記一般式(1)および一般式(2)中、Rは炭素数が20以下のアルケニル基を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、RおよびRの少なくとも一方の基がヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である。
【0016】
また本発明は、上記一般式(1)および/または一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物を有する上記防錆剤の原料である。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る防錆剤は、所定のスクシンアミド酸系化合物および塩基性化合物を水に混合して製造されたものであるので、硬度成分が含まれても濁りが発生し難い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明を以下に説明する。本発明の防錆剤は、防錆成分であるスクシンアミド酸系化合物および塩基性化合物を、水に混合して製造された防錆剤である。以下に防錆成分であるスクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物について説明する。
【0019】
(スクシンアミド酸系化合物)
本発明のスクシンアミド酸系化合物は、下記一般式(1)および/または一般式(2)で表される化合物である。なお、本発明に係る防錆剤には、下記一般式(1)および一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物群から一種または二種以上のスクシンアミド酸系化合物が混合されていると良い。
【0020】
【化5】

【0021】
【化6】

【0022】
は、直鎖状または分岐状のアルケニル基である。当該基の炭素数が20を超える場合、防錆剤の濁り発生が生じやすく、また、防錆性能が低下する傾向があるので、Rの炭素数は、20以下である。Rにおける炭素数の下限値は、良好な初期防錆性および防錆成分の濃度を低く抑えて経済的な防錆を実現するため、8であることが好ましい。より好ましい炭素数は、12〜18である。具体的に好ましいアルケニル基は、ドデセニル基およびペンタデセニル基であり、最適にはペンタデセニル基である。
【0023】
は、水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)である。また、Rは、水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)である。但し、防錆剤の濁りが発生することを抑制するため、RおよびRの少なくとも一方の基がヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である。なお、N,N−ジアルキルアルケニルスクシンアミド酸系化合物(本発明と異なり、RおよびRがアルキル基である化合物)では、防錆剤の濁りが非常に発生し易くなってしまう。
【0024】
およびRのいずれかがヒドロキシアルキル基であることが好ましく、更に好ましくは炭素数が3以下のヒドロキシアルキル基であり、実用的な防錆剤としては炭素数が2または3のヒドロキシアルキル基が最適である。ヒドロキシアルキル基は、直鎖状および分岐状の何れであるかを問わず、例えば、2−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、3−ヒドロキシプロピル基が挙げられる。この例示したヒドロキシアルキル基においては、2−ヒドロキシエチル基および2−ヒドロキシプロピル基が好ましい。
【0025】
防錆効果(特にマグネシウム合金に対する防錆効果)に優れる防錆剤としては、RおよびRが共に水素原子以外のヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基であると良い。好ましくは、RおよびRが共にヒドロキシアルキル基である。
【0026】
上記一般式(1)および一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物としては、N−(2−ヒドロキシエチル)オクテニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)オクテニルスクシンアミド酸、N−(2−ヒドロキシプロピル)オクテニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシプロピル)オクテニルスクシンアミド酸、N−(3−ヒドロキシプロピル)オクテニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(3−ヒドロキシプロピル)オクテニルスクシンアミド酸等のオクテニルスクシンアミド酸系化合物;N−(2−ヒドロキシエチル)ドデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)ドデセニルスクシンアミド酸、N−(2−ヒドロキシプロピル)ドデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシプロピル)ドデセニルスクシンアミド酸、N−(3−ヒドロキシプロピル)ドデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(3−ヒドロキシプロピル)ドデセニルスクシンアミド酸等のドデセニルスクシンアミド酸系化合物;N−(2−ヒドロキシエチル)ペンタデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)ペンタデセニルスクシンアミド酸、N−(2−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミド酸、N−(3−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミド酸、N,N−ビス(3−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミド酸等のペンタデセニルスクシンアミド酸系化合物が挙げられる(これら例示したスクシンアミド酸系化合物のアルケニル基の置換位置は、2位または3位の何れであっても良い)。
【0027】
また、上記一般式(1)および一般式(2)で表される他のスクシンアミド酸系化合物としては、例えば、上記Rが水素原子であってRが−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基である化合物(平均付加モル数nは、4、9、または14)、上記RおよびRが共に−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基である化合物(平均付加モル数nは、4、9、または14)、上記Rが水素原子であってRが−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である化合物(平均付加モル数mは、4、9、または14)、上記RおよびRが共に−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である化合物(平均付加モル数mは、4、9、または14)が挙げられる(これらの化合物において、スクシンアミド酸系化合物のアルケニル基の置換位置は、2位または3位の何れであっても良い)。
【0028】
防錆剤におけるスクシンアミド酸系化合物の量は、特に限定されない。ただし、実用的な防錆性能を有し、更には潤滑剤としての機能をも備える防錆剤とするためには、防錆剤におけるスクシンアミド酸系化合物の量は、0.001質量%以上であると良く、好ましくは0.01質量%以上である。一方で、スクシンアミド酸系化合物量の上限値は、防錆剤を廉価とするために50質量%であると良く、好ましくは10質量%である。
【0029】
以上に詳述したスクシンアミド酸系化合物は、アルケニルコハク酸と一般式がRNHで表されるアミン(RおよびRは、上記と同じ)との混合物を加熱することにより得られる。
【0030】
(塩基性化合物)
塩基性化合物は、上記スクシンアミド酸系化合物のカルボキシ基との中和反応により塩を生成させる化合物である。例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;およびジシクロヘキシルアミン、モルホリン、および下記一般式(3)で表されるアミン等の第一級アミン、第二級アミンまたは第三級アミン;が挙げられる。なお、本発明における防錆剤には、上記塩基性化合物群から一種または二種以上の塩基性化合物が混合されていると良い。
【0031】
【化7】

【0032】
上記一般式(3)において、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、R、R、およびRのうち少なくとも一種の基は炭素数3以下のヒドロキシアルキル基である。
【0033】
一般式(3)のR、R、およびRの何れかに選択されるヒドロキシアルキル基としては、ヒドロキシメチル基、2−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、3−ヒドロキシプロピル基が挙げられる。
【0034】
上記R、R、およびRの何れかに選択されるアルキル基は、直鎖状アルキル基および分岐状アルキル基のいずれであっても良い。例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基が挙げられる。
【0035】
一般式(3)で表されるアミンの具体例としては、モノエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール、ジエタノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミン、モノエタノールジイソプロパノールアミン、シクロヘキシルジエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、およびN,N−ジエチルエタノールアミンがある。
【0036】
以上に詳述した塩基性化合物のうち、アルカリ金属の水酸化物、2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール、トリイソプロパノールアミン、およびモルホリンが選ばれていることが好適である。防錆剤の濁りが極めて生じ難い上に、防錆成分が低濃度の防錆剤でも防錆性能に優れるからである。
【0037】
防錆剤における塩基性化合物量は、特に限定されない。ただし、濁りの発生を一層抑制するためには、塩基性化合物がスクシンアミド酸系化合物と等モルであることが好ましく、塩基性化合物のモル数がスクシンアミド酸系化合物のモル数よりも多いことが更に好ましい。
【0038】
本発明のスクシンアミド酸系化合物および塩基性化合物は以上の通りである。本発明の防錆剤は、上記防錆成分を含むものであるが、防錆剤として使用することができる限り、油性剤、界面活性剤、防腐剤、消泡剤等の他の成分を含有していても良い。
【0039】
上記スクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物とを混合させる水には、硬度成分(マグネシウムイオン、およびカルシウムイオン)が含まれていても良い。ただし、防錆剤における硬度成分の量が多いと防錆剤に濁りが生じることがあるので、イオン交換樹脂で低硬度成分量とした水を使用することが望ましい。使用する水の硬度は、0〜300ppmであると好ましく、硬度50〜100ppm程度の水道水を使用することも可能である。なお、ここでいう水の「硬度」とは、エチレンジアミンテトラ四酢酸を用いるキレート滴定法により求められる値であり、当該値は水に溶存しているマグネシウムイオンおよびカルシウムイオンの合量を炭酸カルシウムに重量換算して求められる。
【0040】
なお、防錆剤の原料として用いられるスクシンアミド酸系化合物が粘稠である場合、スクシンアミド酸系化合物の粘度を低下させて取り扱い容易な原料にするために、スクシンアミド酸系化合物に予め水溶性有機溶剤または水溶性有機溶剤と水との混合液を添加混合しても良い。この添加する水溶性有機溶剤としては、メタノール、エタノール、2−プロパノール、n−ブタノール等のアルコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール等のグリコール類;ブチルグリコール、ブチルジグリコール等のグリコールモノアルキルエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン、N−メチル−2−ピロリドン等のケトン類が挙げられる。
【0041】
次に本発明の防錆剤の使用方法について説明する。
本発明の防錆剤は、金属表面に防錆皮膜を形成して防錆機能を発揮する。また、潤滑性能をも発揮するので潤滑剤として、本発明の防錆剤を使用することも可能である。
【0042】
防錆対象となる金属は、鉄鋼材等の鉄基金属;アルミニウム、マグネシウム、銅、亜鉛等の非鉄金属;および非鉄金属の合金であり、特に限定されない。水との接触により錆が特に発生し易いマグネシウムおよびマグネシウム合金に本発明の防錆剤を使用できる。なお、マグネシウム合金は、例えばJIS H 4201〜4204に説明されており、一般的にはマグネシウムを90質量%以上含有する。
【0043】
金属表面に防錆皮膜を形成させる方法は、当該表面に防錆剤を接触させて防錆皮膜を形成する方法であれば、特に限定されない。従って、防錆剤への浸漬、防錆剤の噴霧、防錆剤の塗布等の防錆皮膜形成方法を使用すると良い。また、本発明の防錆剤を金属加工(切断、切削、穿孔、研磨など)の潤滑剤として使用すれば、金属加工と同時に金属表面に防錆皮膜を形成することもできる。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例によって限定されるものではなく、前・後記の趣旨に適合しうる範囲で適宜変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0045】
(実施例1〜17)
スクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物とを水に混合して、実施例1〜17の防錆剤を調製した。実施例1〜17で使用したスクシンアミド酸系化合物の合成方法、および防錆剤の調製方法は、次の通りである。
【0046】
(スクシンアミド酸系化合物の合成)
製造目的物である防錆剤の20質量%のアルケニルコハク酸無水物と、当該アルケニルコハク酸無水物のモル量に等しいモル量のアミンとを混合した後、この混合物を95〜105℃で30分間攪拌して、スクシンアミド酸系化合物を合成した。この合成においては、アルカリ滴定で求められる合成前の全酸価が合成後に半減していた(この全酸価の半減は、アルケニルコハク酸の全量がスクシンアミド酸系化合物になったことを意味する)。
【0047】
上記合成したスクシンアミド酸系化合物は、ドデセニルコハク酸無水物(三洋化成株式会社製「DSA」)とジエタノールアミンとを混合して合成したN,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)ドデセニルスクシンアミド、ペンタデセニルコハク酸無水物(三洋化成株式会社製「PDSA−DA」)とモノエタノールアミンとを混合して合成したN−(2−ヒドロキシエチル)ペンタデセニルスクシンアミド、ペンタデセニルコハク酸無水物とモノイソプロパノールアミンとを混合して合成したN−(2−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミド、ペンタデセニルコハク酸無水物とジエタノールアミンとを混合して合成したN,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)ペンタデセニルスクシンアミド、およびペンタデセニルコハク酸無水物とジイソプロパノールアミンとを混合して合成したN,N−ビス(2−ヒドロキシプロピル)ペンタデセニルスクシンアミドである。
【0048】
(防錆剤の調製)
製造目的物である防錆剤における20質量%量のブチルジグリコールと上記スクシンアミド酸系化合物とを混合した(但し、実施例4ではブチルジグリコールとの混合を行わなかった)。更に、イオン交換水と上記スクシンアミド酸系化合物の合成に使用したアルケニルコハク酸無水物のモル量に等しいモル量の塩基性化合物とを添加混合した(使用したスクシンアミド酸系化合物および塩基性化合物については、後記表1参照)。この混合物を80℃に加熱し、30分間攪拌して、防錆剤を調製した。
【0049】
実施例1〜17とは別に、次の通り比較例1〜8の防錆剤を調製した。
【0050】
(比較例1〜4)
調製目的物である防錆剤の20質量%のペンタデセニルコハク酸無水物をイオン交換水に混合した。この混合物を煮沸しながら1時間攪拌して、ペンタデセニルコハク酸無水物を加水分解してペンタデセニルコハク酸にした。その後、この混合物に、前記ペンタデセニルコハク酸無水物の2倍モル量の塩基性化合物(使用した塩基性化合物については、後記表1参照)を添加混合し、混合物を80℃に加熱し、30分間攪拌して、比較例1〜4の防錆剤を調製した。なお、比較例1の防錆剤の調製においてのみ、塩基性化合物の添加と同時に、製造目的物である防錆剤における30質量%量のブチルジグリコールも添加した。
【0051】
(比較例5、6)
調製目的物である防錆剤の20質量%のオレイン酸、同防錆剤の30質量%のブチルジグリコール、前記オレイン酸の2倍モル量の塩基性化合物(使用した塩基性化合物については、後記表1参照)、およびイオン交換水を混合した。この混合物を80℃に加熱し、30分間攪拌して、比較例5および6の防錆剤を調製した。
【0052】
(比較例7、8)
実施例1のスクシンアミド酸系化合物の合成、および防錆剤の調製において、スクシンアミド酸系化合物の合成に使用した原料、およびスクシンアミド酸系化合物を合成するための時間のみを変更した以外は、実施例1の防錆剤と同様にして比較例7および8の防錆剤を調製した。比較例7では、ドデセニルコハク酸無水物とジブチルアミンとを原料にしてN,N−ジブチルドデセニルスクシンアミドを合成し、比較例8では、オクテニルコハク酸無水物(新日本理化株式会社製「リカシッドOSA」)とジブチルアミンとを原料にしてN,N−ジブチルオクテニルスクシンアミドを合成した。また、比較例7および8における合成時間は1時間とした。
【0053】
以上の実施例および比較例の防錆剤について、「濁り」および「防錆性能」の評価を行った。この評価方法の詳細は、次の通りである。
【0054】
(濁りの評価)
全硬度が80ppm、塩素濃度が20ppmの水道水に実施例1〜17および比較例1〜8の何れかの防錆剤を1質量%添加し、室温で攪拌した。この攪拌を行いながら水道水を90℃まで加熱し、水道水の濁りを目視確認した。ここで、水道水を90℃にまで加熱したのは、防錆剤が添加された水道水は、加熱されると濁りが発生し易いからである。
濁りの評価基準は次の通りとした。
◎:澄明
○:わずかに濁りがあった
△:少し濁りがあった
×:濁りがあった
【0055】
(防錆性能の評価)
試験片を供試液に浸漬する方法により、防錆剤の防錆性能の評価を行った。試験片には、♯240の研磨紙で乾式研磨、灯油での油分やゴミ等の除去、メタノール洗浄、アセトン洗浄、および温風乾燥を順次行ったマグネシウム合金板(AZ91D、寸法5cm×5cm×1cm)および冷間圧延鋼板(SPCC−SB、寸法6cm×8cm×1.2mm)を使用した。また、供試液の調製は、実施例および比較例の防錆剤から任意に選択した防錆剤の所定量を水道水(全硬度80ppm、塩素濃度20ppm)に添加し、この水道水を室温で攪拌することにより行った。そして、防錆性能の評価は、試験片の全体を室温の供試液に10秒間浸漬した後に引き上げ、試験片を供試液に半浸漬し、これを密封状態で40℃の恒温槽内に24時間放置した後、試験片を水洗およびアセトン洗浄し、温風で乾燥した試験片の外観を目視観察することにより行った。
【0056】
防錆性能の評価において、試験片にマグネシウム合金板を使用した場合の評価基準は、次の通りである。
◎:全く変色がなかった
○:わずかに変色があった
△:少し変色があった
×:変色があった
【0057】
また、試験片に冷間圧延鋼板を使用した場合の評価基準は、次の通りである。
◎:全く錆がなかった
○:わずかに錆があった
△:少し錆があった
×:多量に錆があった
【0058】
濁りおよび防錆性能の評価結果を表1に示す。また、防錆剤を使用しなかった評価結果を参考例として表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1に示す結果から次の(1)〜(4)のことを確認することができる。
(1)濁りの評価おいて、最良の比較例でも少しの濁りが生じていたが、実施例ではこの比較例の結果を上回る結果であった。
(2)スクシンアミド酸系化合物のアルケニル基のみが異なる実施例1および実施例5の結果、並びに、実施例2および実施例8の結果から、スクシンアミド酸系化合物のアルケニル基がペンタデセニル基であると、防錆性能が極めて優れていたことを確認することができる。
(3)スクシンアミド酸系化合物におけるN原子置換基の数のみが異なる実施例3および実施例7の結果、並びに、実施例4および実施例16の結果から、スクシンアミド酸系化合物の窒素原子にヒドロキシアルキル基が一置換しているよりも二置換している方が防錆性能に優れていたことを確認することができる。
(4)塩基性化合物のみが異なる実施例5〜14の結果、および実施例15〜17の結果から、塩基性化合物がアルカリ金属の水酸化物、2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール、トリイソプロパノールアミン、またはモルホリンであると、濁りの抑制が良好かつ防錆性能に優れていたことを確認することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)および/または一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物と塩基性化合物とを水に混合させた防錆剤。
【化1】

【化2】

〔一般式(1)および一般式(2)中、Rは炭素数が20以下のアルケニル基を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、RおよびRの少なくとも一方の基がヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である。〕
【請求項2】
前記RおよびRが共にヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である請求項1に記載の防錆剤。
【請求項3】
前記ヒドロキシアルキル基の炭素数が3以下である請求項1または2に記載の防錆剤。
【請求項4】
前記ヒドロキシアルキル基が2−ヒドロキシエチル基または2−ヒドロキシプロピル基である請求項1〜3のいずれかに記載の防錆剤。
【請求項5】
前記Rがドデセニル基またはペンタデセニル基である請求項1〜4のいずれかに記載の防錆剤。
【請求項6】
前記塩基性化合物がアルカリ金属化合物またはアミンである請求項1〜5のいずれかに記載の防錆剤。
【請求項7】
前記アミンが下記一般式(3)で表されるアミン、ジシクロヘキシルアミン、およびモルホリンから選択された一種である請求項6に記載の防錆剤。
【化3】

〔一般式(3)中、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、Rは炭素数3以下のヒドロキシアルキル基、炭素数4以下のアルキル基、シクロヘキシル基、または水素を表し、R、R、およびRのうち少なくとも一種の基は炭素数3以下のヒドロキシアルキル基である。〕
【請求項8】
前記一般式(3)で表されるアミンがモノエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール、ジエタノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミン、モノエタノールジイソプロパノールアミン、シクロヘキシルジエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、およびN,N−ジエチルエタノールアミンから選ばれたアミンである請求項7に記載の防錆剤。
【請求項9】
前記スクシンアミド酸系化合物のモル数よりも前記塩基性化合物のモル数が多い請求項1〜8のいずれかに記載の防錆剤。
【請求項10】
下記一般式(1)および/または一般式(2)で表されるスクシンアミド酸系化合物を有する請求項1〜9のいずれかに記載の防錆剤の原料。
【化4】

【化5】

〔一般式(1)および一般式(2)中、Rは炭素数が20以下のアルケニル基を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、Rは水素、ヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基(nは平均付加モル数が1〜19であることを表す)、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基(mは平均付加モル数が1〜19であることを表す)を表し、RおよびRの少なくとも一方の基がヒドロキシアルキル基、−(CH2CH2O)n−CH2CH2OH基、または−(CH2CHCH3O)m−CH2CHCH3OH基である。〕
【請求項11】
水溶性有機溶剤が添加された請求項10に記載の防錆剤の原料。