説明

除染装置及び除染方法

【課題】被汚染試料における除染をレーザー光を用いて効率よく行う。
【解決手段】この除染装置においては、レーザー光を除染対象試料20表面に向けて発するレーザー光源11が用いられ、このレーザー光は、集光光学系12を通った後で除染対象試料20表面に達する。レーザー光源11及び集光光学系12は、制御部13によって制御される。この際、パルス当たりのエネルギーの面密度は、集光光学系12を介して除染対象試料20表面近傍で1J/cm〜1000J/cmの範囲内で制御される。最小ビームサイズやレイリー長は、照射される際のパルス当たりのエネルギーの面密度が上記の範囲になるべく設定される

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性物質で汚染された試料における放射性物質の除去(除染)を行う除染装置、及び除染方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉や加速器等、強い放射線を発する装置(以下、加速器等)の解体・廃棄や定期点検に際しては、放射性物質で汚染された部材を廃棄することが必要になる。これらの部材を解体・廃棄するに際しては、60Co等の放射性物質(汚染物質)を除去した上で廃棄することが必要である。この汚染物質の除去(除染)を行う方法(除染方法)としては、多数のものが知られている。例えば、汚染された被汚染試料の表面をブラスト処理等で物理的に、あるいは化学反応を利用して化学的に削ることによって放射性物質を除去することができる。ただし、これらの除染処理においては、高い除染効率が得られるものの、除去された放射性物質を含む廃棄物(二次廃棄物)が大量に発生するため、その処理が更に必要となる。
【0003】
これに対して、レーザー光で除染対象試料(被汚染試料)表面を照射することによって放射性物質を昇華させ、除去させる技術は、二次廃棄物が比較的少ないという点では極めて有利である。例えば、特許文献1には、数百f(フェムト)秒以下という極めて短い持続時間を持つパルス状のレーザー光で除染対象試料の表面を照射することによって汚染物質を蒸発させる技術が記載されている。ここでは、こうした短い持続時間をもつパルス状のレーザー光(非熱的レーザー光)を照射することによって、極めて短い時間内に汚染物質を昇華させ、汚染物質を非熱的に除去する。除去された汚染物質は除染対象試料表面を流れる流体に乗せて回収される。また、除染対象試料の温度を上昇させないために、汚染物質の拡散や再付着を抑制することもできる。特許文献2には、特に水噴流導光レーザーをこのレーザー光として用いることによって、特に冷却効率を高くし、除染対象試料の温度上昇を抑制し、汚染物質の拡散が更に抑制される。
【0004】
また、非特許文献1には、特許文献1に記載のレーザー光より長いパルス長(75ns)、7.5×10W/cmのパルスエネルギーをもつパルスレーザー光を用いて炭素鋼上の除染処理を行った結果が示された。これによると、炭素鋼上ではこの条件で十分な除染効果が得られた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−315995号公報
【特許文献2】特開2007−315996号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】林宏一、北村高一、中村保之、高城久承、吉川博雄、風間正彦、日本原子力学会2007年秋の年会、J08
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の非特許文献1において、炭素鋼上と同じ条件でステンレス鋼上の除染処理を行った場合には、その除染効率は極めて低く、不充分であった。
【0008】
すなわち、レーザー光を用いて実際の被汚染試料における除染を効率よく行うことは困難であった。
【0009】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の除染装置は、部材上に放射性物質が付着した除染対象試料における放射線物質の除去を、レーザー光を照射することによって行う除染装置であって、パルス状のレーザー光を発振するレーザー光源と、前記レーザー光を前記除染対象試料表面で集光させる集光光学系と、前記レーザー光の前記除染対象試料表面における単位パルス当たりのエネルギーを1J/cm〜1000J/cmの範囲とするべく、前記レーザー光源及び前記集光光学系を制御する制御部と、を具備することを特徴とする。
本発明の除染装置において、前記制御部は、前記レーザー光の集光位置及びレイリー長を前記集光光学系において制御することを特徴とする。
本発明の除染装置は、前記除染対象試料表面において流体を流すことを特徴とする。
本発明の除染方法は、部材上に放射性物質が付着した除染対象試料における放射性物質の除去を、レーザー光を照射することによって行う除染方法であって、レーザー光源が発したパルス状のレーザー光を集光光学系によって前記除染対象試料表面で集光させ、前記レーザー光の前記除染対象試料表面における単位パルス当たりのエネルギーを1J/cm〜1000J/cmの範囲とし、前記放射性物質を蒸発又は昇華させることを特徴とする。
本発明の除染方法は、前記レーザー光の集光位置及びレイリー長を前記集光光学系において制御することを特徴とする。
本発明の除染方法は、前記除染対象試料表面において流体を流すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明は以上のように構成されているので、被汚染試料における除染をレーザー光を用いて効率よく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施の形態に係る除染装置の構成を示す図である。
【図2】パルスエネルギーと除染効率との関係を示す測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態に係る除染装置、除染方法につき説明する。本発明の実施の形態に係る除染装置の構成を図1に示す。
【0014】
この除染装置によって、除染対象試料20の除染が特に効率的に行われる。この除染装置においては、レーザー光を除染対象試料20表面に向けて発するレーザー光源11が用いられ、このレーザー光は、集光光学系12を通った後で除染対象試料20表面に達する。レーザー光源11及び集光光学系12は、制御部13によって制御される。
【0015】
レーザー光源11は、例えばフラッシュランプ励起型Nd:YAGレーザーであり、波長1064nmのレーザー光を発する。このレーザー光はパルス状に発振され、そのパルス幅、及びパルス毎の照射エネルギーは、制御部13によって制御される。この際、パルス当たりのエネルギーの面密度は、集光光学系12を介して除染対象試料20表面近傍で1J/cm〜1000J/cmの範囲内で制御される。
【0016】
集光光学系12は、複数の光学素子(レンズ、反射鏡等)で構成され、レーザー光を被汚染試料20上で集光させる。ここで、集光とは、ビームサイズを光軸上のある1点で最小(ある有限の大きさ:最小ビームサイズ)とすることを意味する。この集光位置と、レイリー長は、制御部13によって制御される。ここで、レイリー長とは、例えば特許3283265号公報でZrとして定義された量であり、集光の焦点深度に対応する。具体的には、最小ビームサイズをw、波長をλとしてZr=π・w/λである。この制御は、集光光学系12を構成する光学素子を例えば図1中の上下方向に移動させることによって行われる。wやレイリー長は、照射される際のパルス当たりのエネルギーの面密度が上記の範囲になるべく設定されるが、具体的には、wは40μm、レイリー長は、2.4cm程度とすることができる。
【0017】
制御部13は、例えばパーソナルコンピュータであり、使用者が入力したパラメータによって上記の制御を行う。すなわち、レーザー光源11と集光光学系12を制御する。
【0018】
ここで除染処理が行われる対象である除染対象試料20の断面構造は、模式的には、図1に示されるように、母材21上に放射性物質22が付着し、その上に酸化鉄(錆)層23が付着した構成となっている。更に、母材21の表面には、経年変化による応力腐食割れに起因した亀裂や孔食が形成されており、これらの中にも放射性物質22が侵入している。特に、原子炉等の冷却水配管の廃棄物は、特にこの形態となっている場合が多い。図1においては、亀裂24の走る方向に垂直な断面が示されている。例えば廃炉の際の廃棄物の場合には、亀裂や孔食の深さが数百μm以上にもなる場合があるが、この深さは、前記のレイリー長よりも小さい。なお、母材11は、例えば原子炉等の冷却水配管の場合には、ステンレス鋼(SUS304L、316L等)が用いられる。
【0019】
この構造の除染対象試料20において除去すべき対象は、図1中の上側から見て、酸化鉄層23、放射性物質22と、亀裂24の深さまでの母材21であり、深さ方向においては図1中の矢印で示された範囲内である。
【0020】
この除染装置においては、制御部13が集光光学系12を制御することにより、酸化鉄層23の表面(図1における上側の面)、放射性物質22の表面(図1中の上側の面)、及び亀裂24がその深さ方向において集光位置からレイリー長の範囲内に含まれるように調整される。具体的には、図1において、酸化鉄層23、放射性物質22、及び亀裂24が、厚さ方向において矢印で示された2Zrの範囲内に収まるように調整される。
【0021】
上記の構成において、レーザー光源11として、フラッシュランプ励起型Nd:YAGレーザー(波長1064nm)を用い、w=40μm、Zr=2.4cmとして、レーザー光の単位パルス当たりの照射エネルギーを変えて、除染効率の測定を行った。ここで、除染対象試料20として、SUS304L上に約2μmの模擬放射性物質(主な放射線源は60Coであるため、59Coを用いた)、約100μmの酸化鉄(錆)層が積層され、亀裂の深さは約40μm程度となったものを用いた。除染速度は、単位時間当たりの除去量としたが、以下の結果においては、相対値で示されている。なお、測定された除染速度のばらつきは±20%程度である。
【0022】
その結果、有意な除染速度が得られたのは、パルスエネルギーが1J/cm以上の場合であった。すなわち、パルスエネルギーがこの値未満である場合には、上記の除染対象試料における除染処理を行うことができなかった。
【0023】
更に、除染効率として、除染速度/パルスエネルギーを調べた。この除染効率とは、いかに少ないパルスエネルギーで除染処理を行うことができるかを示す量であり、ここでは、パルスエネルギーが1J/cmの場合の値を基準とした相対値で示している。この測定結果を図2に示す。この結果より、パルスエネルギーが1000J/cmまではパルスエネルギーの増加に伴って除染効率は増大するが、1000J/cmを越えると、除染効率は低下する。
【0024】
表1は、この結果より、パルスエネルギー領域を3つに分類して除染の状況について分類した結果である。この結果より、パルスエネルギーの範囲は、1〜1000J/cmの範囲が好ましいことがわかる。
【0025】
【表1】

【0026】
上記の例では、レーザー光源11として、フラッシュランプ励起型Nd:YAGレーザー(波長1064nm)を用いた場合の結果であるが、この傾向は、レーザーの種類(波長)に依存しない。表2は、レーザー光源11の種類を4種類とし、パルス幅をns〜ps程度とした場合の除染速度を測定した結果である。ここで、波長0.53μmの場合の値を1とした相対値で示してある。波長が0.53μm〜22μmの広い範囲にわたっても、同程度の高い除染速度が得られる。なお、ここでは、除染速度が1程度の場合について記載したが、これよりも高い除染速度の場合についても同様であった。
【0027】
【表2】

【0028】
また、パルスエネルギーを10〜100J/cmの範囲とした場合に、パルス幅を100fs(100×10−15s)から100ns(100×10−9s)まで変えた場合の除染速度を測定した。ここで、パルス幅が100fs、10psの場合のレーザー光源としてはチタンサファイアレーザー(波長900nm)を用い、パルス幅が10ns、100nsの場合には、フラッシュランプ励起型Nd:YAGレーザー(波長1064nm)を用いた。表3はその結果である。ここで、パルス幅100nsの場合の値を1とした相対値で示してある。このパルス幅の範囲内では、明確なパルス幅依存性は見られないことが確認できる。なお、ここでは、除染速度が1程度の場合について記載したが、これよりも高い除染速度の場合についても同様であった。
【0029】
【表3】

【0030】
以上より、例えば安価で入手が容易な出力100mJ程度のレーザー光源を用いた場合でも、除染対象試料20の表面においてパルスエネルギーを1J/cm〜1000J/cmの範囲に設定することによって、ステンレス鋼上においても、特に高い除染効率を得ることができる。この際、レーザー光の波長及びパルス幅に依存せず、この高い除染効率を得ることができる。従って、レーザー光源として、上記の特性が得られる範囲内で任意のものを用いることができる。
【0031】
これに対して、例えば特許文献1に記載の技術においては、fs程度の極めて短いパルス幅の発振が可能である高価なレーザー光源(例えばチタンサファイアレーザー)が必要である。本実施の形態の除染装置においては、例えばパルス幅が10ns以上であり、安価なレーザー光源として、例えばQスイッチYAGレーザーを用いることもできる。
【0032】
また、非特許文献1に記載の技術においては、炭素鋼上では充分な除染効率が得られたが、ステンレス鋼上では得られなかった。この理由は、ステンレス鋼上においては、レーザー光がステンレス鋼表面で反射することにより、エネルギー面密度が実質的に不足するためであると考えられる。
【0033】
これに対して、本実施の形態に係る除染装置によって、ステンレス鋼上の除染においても、特に高い除染効率が得られる。その理由は、下記の通りである。まず、焦点位置からレイリー長の範囲内に除去対象物質(酸化鉄層23、放射性物質22、及び亀裂24の深さまでの母材21)が含まれることにより、これらに効率的にレーザー光のエネルギーを吸収させ、蒸発、昇華させることができる。この点は、非熱的レーザーを用いる特許文献1に記載の技術とは対照的である。
【0034】
なお、特許文献1に記載の技術と同様に、除染対象試料20の表面において流体を流し、蒸発・昇華した物質が除染対象試料20の表面に再付着することを抑制した構成とすることもできる。この流体としては、不活性ガス等の気体や、水等の液体を用いることができる。ただし、特許文献1に記載の技術においてこの流体は除染対象試料20表面の照射領域付近の冷却を行う役割をしたのに対し、本実施の形態に係る除染装置においては、冷却を行う必要はない。
【0035】
また、特許文献1に記載の技術と同様に、除染対象試料20表面へのレーザー光の入射角度を90°からずらすことにより、剥離物質(蒸発・昇華した物質)がレーザー光によって反跳されて再付着する可能性を減少させることができる。
【符号の説明】
【0036】
11 レーザー光源
12 集光光学系
13 制御部
20 除染対象試料(被汚染試料)
21 母材
22 放射性物質
23 酸化鉄層
24 亀裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部材上に放射性物質が付着した除染対象試料における放射線物質の除去を、レーザー光を照射することによって行う除染装置であって、
パルス状のレーザー光を発振するレーザー光源と、
前記レーザー光を前記除染対象試料表面で集光させる集光光学系と、
前記レーザー光の前記除染対象試料表面における単位パルス当たりのエネルギーを1J/cm〜1000J/cmの範囲とするべく、前記レーザー光源及び前記集光光学系を制御する制御部と、
を具備することを特徴とする除染装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記レーザー光の集光位置及びレイリー長を前記集光光学系において制御することを特徴とする請求項1に記載の除染装置。
【請求項3】
前記除染対象試料表面において流体を流すことを特徴とする請求項1又は2に記載の除染装置。
【請求項4】
部材上に放射性物質が付着した除染対象試料における放射性物質の除去を、レーザー光を照射することによって行う除染方法であって、
レーザー光源が発したパルス状のレーザー光を集光光学系によって前記除染対象試料表面で集光させ、
前記レーザー光の前記除染対象試料表面における単位パルス当たりのエネルギーを1J/cm〜1000J/cmの範囲とし、前記放射性物質を蒸発又は昇華させることを特徴とする除染方法。
【請求項5】
前記レーザー光の集光位置及びレイリー長を前記集光光学系において制御することを特徴とする請求項4に記載の除染方法。
【請求項6】
前記除染対象試料表面において流体を流すことを特徴とする請求項4又は5に記載の除染方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2010−256274(P2010−256274A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109062(P2009−109062)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)