説明

電動式パワーステアリング装置

【目的】 高車速時の収斂性および低車速時のハンドルの戻り特性を共に向上させる。
【構成】 操舵系に連結され、操舵補助トルクを発生するモータ6と、操舵系の操舵トルクを検出するトルクセンサ21と、車速を検出する車速センサ22と、前記トルクセンサ21および車速センサ22の出力に基づいてモータ6の駆動を制御する制御手段100とを備えた電動式パワーステアリング装置において、前記トルクセンサ21の出力を複数回微分してモータ6の慣性補償値を演算する慣性補償部30を設け、前記制御手段100は、慣性補償部30の出力に基づいて前記モータ6の駆動を制御する制御値を補正する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、車両に用いて好適な電動式パワーステアリング装置に係わり、詳しくはモータの回転出力によって操舵力を補助するパワーステアリング装置に関する。
【0002】
【従来の技術】近年、車両のパワーステアリング装置として油圧式に代えてモータを用いた電動式のものが使用されており、モータはアクチュエータとして小型、軽量等の利点から今後とも増加傾向にある。
【0003】従来のパワーステアリング装置では、トルクセンサによって操舵系の操舵トルクを検出するとともに、車速センサによって車速を検出し、これらの検出結果に基づいて操舵系に連結されたモータの駆動を制御し、パワーアシストを行っている。そして、一般的には車速感応型であり、低速域では軽く、高速域では重くなるようにトルクセンサ入力に応じてアシスト力を制御している。
【0004】ところで、上記従来装置では、アシスト用モータのトルクをギヤで減速してラック軸等に伝達する構成であるため、アシスト用モータの慣性モーメントがあたかも大きくなったように作用し、またギヤのフリクションが影響して高車速時の収斂性が悪化したり、低車速時のハンドル戻りが悪化するという不具合があった。
【0005】そのため、かかる不具合を解消するために、例えば高車速時については制動用の回路を設け、ハンドルの中立位置近傍においてアシストモータを制動する装置が考えられている(例えば、実開昭61ー169675号公報参照)。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、このような改良の従来装置にあっては、高車速時の不安定性を粘性制動によって安定化する構成となっているため、安定性を改善することはできるものの、特に低車速時のハンドルの戻り速度が不足し、運転者が疲労感や不安感を覚えるという問題点があった。また、高車速時の収斂性についても十分ではなかった。
【0007】そこで本発明は、高車速時の収斂性および低車速時のハンドルの戻り特性を共に向上させることができる電動式パワーステアリング装置を提供することを目的としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため、本発明による電動式パワーステアリング装置は、操舵系に連結され、操舵補助トルクを発生するモータと、操舵系の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、車速を検出する車速検出手段と、前記操舵トルク検出手段および車速検出手段の出力に基づいて前記モータの駆動を制御する制御手段と、を備えた電動式パワーステアリング装置において、前記操舵トルク検出手段の出力を複数回微分してモータの慣性補償値を演算する慣性補償手段を設け、前記制御手段は、慣性補償手段の出力に基づいて前記モータの駆動を制御する制御値を補正することを特徴とする。
【0009】
【作用】本発明では、操舵トルク検出手段の出力が複数回(例えば、2回)微分され、この微分値からモータの慣性補償ゲインが演算されてアシストモータの駆動を制御するアシスト指令値に加算される。
【0010】したがって、操舵トルクの複数微分値に基づき、過渡状態におけるモータのロータ慣性の影響が打ち消され、低車速時における手放し時のハンドル戻り時間が短くなり、また高車速時の収斂性が高まる。
【0011】
【実施例】以下、本発明を図面に基づいて説明する。図1R>1〜図6は本発明に係る電動式パワーステアリング装置の一実施例を示す図である。図1は本装置の全体を機能的に示すブロック図である。図2はこのパワーステアリング装置が適用されるステアリング機械系の一例を示す構成図である。
【0012】まず、図2に示すパワーステアリング機械系について説明しておく。図2において、操舵ハンドル1の回転力はハンドル軸を介してピニオンギアを含むステアリングギア2に伝達されるとともに、上記ピニオンギアによりラック軸3に伝達され、さらにナックルアーム等を経て車輪4が転向される。また、コントロール装置5により制御駆動される操舵アシスト(補助)モータ(DCモータ)6の回転力はピニオンギアを含むステアリングギア7とラック軸3との噛み合いによりラック軸3に伝達され、ハンドル1による操舵を補助することになる。ハンドル1とモータ6の回転軸はギア2、7およびラック軸3により機械的に連結されている。
【0013】一方、後述の操舵トルクセンサ21(図1参照)により、操舵トルク(戻りトルク)が検出され、車速センサ22(図1参照)より車速が検出される。そして、これらの検出トルク、車速等に基づきコントロール装置5によってモータ6が制御される。コントロール装置5およびモータ6には車両に搭載されたバッテリ8から、その動作電力が供給される。
【0014】コントロール装置5は電流検出器、電圧検出器等の検出器、モータ6を駆動する駆動回路、モータ6の全体的な制御を統括するコンピュータ(CPU、例えばマイクロプロセッサ)、メモリ、コンピュータと上記入/出力機器とのインターフェース回路等から構成されている。
【0015】次に、図1はコントロール装置5に内蔵されたコンピュータの各種機能をブロック的に、他の入/出力機器、各種回路を示すブロックとともに、描いたものである。この図において、アシスト指令部20にはトルクセンサ(操舵トルク検出手段)21の検出トルクVTと車速センサ(車速検出手段)22の検出車速VSとが与えられる。アシスト指令部20内のアシストトルク値指示関数部23は検出トルクVTに応じてモータ6によって発生すべきアシストトルクを表す指令値を出力する。
【0016】また、乗算定数関数部24は検出車速VSに応じて定数を発生し、この定数が乗算演算部25において上記アシストトルク指令値に乗じられる。この結果、乗算演算部25から出力されるアシストトルク値(又はモータ電流指令値)は図3に示すように、検出トルクVTと検出車速VSによって定められた値となる。
【0017】図3は、操舵トルクVTに応じて、一定範囲の操舵トルクVTに対してはこれにほぼ比例するモータ電流が流れ(アシストトルクが発生し)、上記範囲を超えると、ある一定のモータ電流が流れる(アシストトルクが発生する)ように、また車速VSに応じて、車速VSが速いときにはモータ電流(アシストトルク)を少なくし、車速VSが遅いときにはモータ電流(アシストトルク)を多くするように、モータ6を制御するためのアシスト指令が発生することを表している。
【0018】検出トルクVTは位相補償部26にも与えられ、この位相補償部26によって検出トルクVTの微分値が乗算演算部25の出力に加算されることにより、アシスト指令部20の出力(基準電流指令値)となって電流制御部40に供給されるる。
【0019】また、この基準電流指令値には後述する慣性補償のための指令値が加算された後、目標電流指令値として電流制御部40に与えられる。電流制御部40はその全部をハードウエアの回路で構成してもよいし、その一部をコンピュータ・ソフトウエアで実現することもできる。
【0020】電流制御部40は、例えば4個のスイッチング素子を含むHブリッジ駆動法に従うPWM(Pulse Width Modulation)パルスを用いたチョッパ動作によってモータ6を駆動制御するもので、電流フィードバック制御を行う。すなわち、電機子電流検出部46によってモータ6の電機子電流iaが検出され、電流偏差演算部41において与えられた目標電流指令値と検出電流iaとの偏差が演算される。この偏差の絶対値が絶対値変換部44で得られ、この絶対値に基づきデューティ生成部45でPWMパルスのデューティ比が決定される。
【0021】上記偏差の極性(正又は負)は正負判別部42で判別され、生成されたデューティ比と判別された極性はモータ駆動部43に与えられ、モータ駆動部43はこれらの値に基づいてHブリッジ型に配線された4個のスイッチング素子をオン/オフ制御してモータ6を駆動する。
【0022】一方、前述したトルクセンサ21の検出トルクVTは慣性補償部30にも入力されており、慣性補償部30(慣性補償手段に相当)は微分回路31、32および慣性補償ゲイン演算回路33によって構成されている。微分回路31はトルクセンサ21の出力である検出トルクVTを微分してトルク微分値dVT/dtを算出し、さらに微分回路32は微分回路31の出力(すなわち、トルク微分値dVT/dtを)を微分してトルク2回微分値d2T/dt2を算出する。したがって、検出トルクVTは2回微分されることになる。そして、検出トルクVTの2回微分値(すなわち、トルク2回微分値d2T/dt2)は慣性補償ゲイン演算回路33に入力される。
【0023】なお、以下の説明において、図面上は操舵トルクをθ、操舵トルクの微分値dθ/dtはθの上にドットを1つ付加して表し、さらに操舵トルクの2回微分値d2θ/dt2はθの上にドットを2つ付加して表す。一方、明細書本文ではθの上にドットを付加して表すことが困難であるため、この表示は行わない。
【0024】慣性補償ゲイン演算回路33はトルク2回微分値d2T/dt2から慣性補償ゲインを演算し、この慣性補償ゲインはアシスト指令部20の出力(基準電流指令値)に加算され、目標電流指令値として電流制御部40に供給される。
【0025】ここで、慣性補償部30はモータ6のロータ慣性があたかも小さくなったかのように制御するもので、急ハンドル時にモータ6がハンドルの回転に追従しないことにより生じる重さを解消したり、手放し時の戻りスピードを早くしたりするように制御するための慣性補償ゲインをアシスト指令部20の出力に加える。上記アシスト指令部20および電流制御部40は制御手段100を構成する。
【0026】次に、本装置の作用を説明する。まず、トルクセンサ21により操舵系の操舵トルクVTが検出されるとともに、車速センサ22によって車速VSが検出され、これらの検出結果に基づいて操舵系に連結されたモータ6駆動が制御されて、パワーアシストが行われる。この制御では、一般的な車速感応型の制御、すなわち、低速域では軽く、高速域では重くなるように操舵トルクVTに応じてアシスト力が制御される。
【0027】一方、操舵系の操舵トルクVTは慣性補償部30に入力されてトルク2回微分値d2T/dt2が算出され、このトルク2回微分値d2T/dt2から慣性補償ゲインが演算される。そして、この慣性補償ゲインはアシスト指令部20の出力(基準電流指令値)に加算され、目標電流指令値として電流制御部40に供給される。
【0028】トルク2回微分値d2T/dt2は、ロータの慣性であるいわゆる「GD2」に関連する値であるから、慣性補償ゲインがアシスト指令部20に加算されることにより、過渡状態におけるモータ6のロータ慣性があたかも小さくなったかのように補償制御され(すなわち、ロータ慣性の影響が打ち消され)、特に急ハンドル時にモータ6がハンドルの回転に追従しないことにより生じる重さが解消されるとともに、低車速時におけるハンドル手放し時の戻りスピードが早くなり、しかも高車速時の収斂性が高められる。
【0029】具体的に説明すると、図3は車速が120Km/hのときの制御状態を示す図である。この図から明らかであるように、高車速のときは操舵トルクと操舵角とが非常によく似た波形となる。したがって、操舵トルクVTの2回微分値d2T/dt2に基づく慣性補償ゲインがアシスト指令部20の出力(基準電流指令値)に加算されると、操舵角加速度の正帰還と同様の作用をし、モータ6のロータ慣性の影響を打ち消す効果がある。
【0030】図4は車速が120Km/hのときで慣性補償がない場合の操舵トルクに関する制御状態を示す図である。この図から明らかであるように、慣性補償のない高車速のときは操舵トルクの変化に対して操舵速度dθ/dtおよび操舵加速度d2θ/dt2の変化が長期間にわたって収斂せず、ハンドル手放し時の戻りスピードが遅く、高車速時の収斂性が悪い。
【0031】これに対して、図5は同じ条件で車速が120Km/hのときであるが、慣性補償がある場合の操舵トルクに関する制御状態を示す図である。この図から明らかであるように、慣性補償のある高車速のときは操舵トルクの変化に対して操舵速度dθ/dtおよび操舵加速度d2θ/dt2の変化が短くすばやく収斂している。したがって、急ハンドルや切返し時のもったり感(おもりのついた感じ)が減少し、しかもハンドル手放し時の戻りスピードが向上し、また高車速時のハンドルの収斂性が向上する。
【0032】
【発明の効果】本発明によれば、操舵トルクの複数微分値に基づき、過渡状態におけるモータのロータ慣性の影響を打ち消すことができる。したがって、低車速時における手放し時のハンドル戻り時間を短くすることができる。その結果、例えば急ハンドルや切返し時のもったり感(おもりのついた感じ)が減少するという効果が得られる。また、高車速時における収斂性を高めることができ、操舵フィーリングや安全性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る電動式パワーステアリング装置の一実施例の機能的ブロック図である。
【図2】同実施例のパワーステアリング機械系の一例を示す図である。
【図3】同実施例のアシストトルクの特性を示す図である。
【図4】同実施例の車速が120Km/hのときの制御状態を示す図である。
【図5】同実施例の慣性補償がないときの制御状態を示す図である。
【図6】同実施例の慣性補償があるときの制御状態を示す図である。
【符号の説明】
1 操舵ハンドル
6 モータ
20 アシスト指令部
21 操舵トルクセンサ(操舵トルク検出手段)
22 車速センサ(車速検出手段)
30 慣性補償部(慣性補償手段)
31、32 微分回路
33 慣性補償ゲイン演算回路
40 電流制御部
100 制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】 操舵系に連結され、操舵補助トルクを発生するモータと、操舵系の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、車速を検出する車速検出手段と、前記操舵トルク検出手段および車速検出手段の出力に基づいて前記モータの駆動を制御する制御手段と、を備えた電動式パワーステアリング装置において、前記操舵トルク検出手段の出力を複数回微分してモータの慣性補償値を演算する慣性補償手段を設け、前記制御手段は、慣性補償手段の出力に基づいて前記モータの駆動を制御する制御値を補正することを特徴とする電動式パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開平5−238410
【公開日】平成5年(1993)9月17日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−75481
【出願日】平成4年(1992)2月25日
【出願人】(000002945)オムロン株式会社 (3,542)