説明

電流素片推定方法および装置

【課題】電流素片の数が不自然に制限されず、また、実際にはありそうもない局所解に陥ったりせず、しかも、少ない数の要素の調整により電流素片を推定する。
【解決手段】3次元空間中の滑らかな曲線Bを発生し、その曲線B上に分布したN個の電流素片Jnを発生し、電流素片Jnの分布から計算磁場を計算し、その計算磁場と測定磁場の誤差が十分小さいように電流素片Jnの要素を変更して計算磁場を計算し直したり、曲線Bを変更したりすることを繰り返して、誤差を許容値以下とする電流素片Jnを推定する。
【効果】電流素片の数が不自然に制限されず、また、実際にはありそうもない局所解に陥ったりせず、しかも、少ない数の要素の調整により電流素片を推定できる。演算時間を短縮できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流素片推定方法および装置に関し、さらに詳しくは、演算時間を短縮することが出来る電流素片推定方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脳磁気検出装置により測定した磁場データから、脳に存在すると仮定した電流素片(等価電流双極子)の分布を推定する方法が種々提案されている(例えば、非特許文献1,非特許文献2参照。)。
また、測定磁場を発生させる複数個の電流素片を絞り込むための電流素片局在化処理方法が知られている(特許文献1参照。)。
また、脊髄の磁場を測定する生体磁気測定装置が知られている(特許文献2参照。)。
【非特許文献1】原宏・栗城真也共著「脳磁気科学、−SQUID計測と医学応用−」オーム社出版局、平成9年1月25日、p.101−120
【非特許文献2】電子情報通信学会編、武田常広著「電子情報通信レクチャーシリーズD−24、脳工学」コロナ社、2003年4月11日、p.128−140
【特許文献1】特開2005−058558号公報
【特許文献2】特開2005−337862号公報 特開2005−058558号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の電流素片の分布を推定する方法では、電流素片の数が計算の都合上から不自然に制限されたり、電流素片の数を増やせても実際にはありそうもない局所解(例えば存在しそうもない場所に電流素片が存在しているような解)に陥ったりする等、満足な推定結果が得られない問題点があった。
また、従来の電流素片局在化処理方法では、一つの電流素片について、その位置x,y,z、電流の大きさj、電流の向きθ,ψの6つの要素の絞り込みが必要であり、電流素片をN個とすると6×N個の要素の調整が必要になり、演算時間が長くかかる問題点があった。
そこで、本発明の目的は、電流素片の数が不自然に制限されず、また、実際にはありそうもない局所解に陥ったりせず、しかも、少ない数の要素の調整により電流素片を推定することが出来る電流素片推定方法および装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
第1の観点では、本発明は、3次元空間中の滑らかな曲線を発生する曲線発生ステップと、前記曲線上に分布したN個の電流素片を発生する電流素片発生ステップと、電流素片の分布から計算される計算磁場と測定磁場の誤差が十分小さいように電流素片の要素を変更する探索ステップとを有し、前記ステップの一部または全部を繰り返して前記誤差を許容値以下とする電流素片を求めることを特徴とする電流素片推定方法を提供する。
例えば脳の磁場を測定し、その測定データを基に電流素片を推定する場合、電流素片は脳すなわち3次元ボリュームに分布して存在するため、位置や電流の大きさや方向に制限を付けることは難しい。しかし、例えば脊髄から発せられる磁場を測定し、その測定データを基に電流素片を推定する場合は、電流素片は脊髄すなわち一般にS字状をした曲線上に存在するので、位置と電流の方向に容易に制限を付けることが出来る。
そこで、上記第1の観点による電流素片推定方法では、まず3次元空間の曲線を発生する。曲線の表現は、例えばベジェ曲線やスプライン曲線などを利用できる。この曲線を例えばS字状とするなら3次曲線で近似できるから空間中の4点により曲線を規定できる。次に曲線上に分布したN個の電流素片を発生するが、曲線上の位置は1つのパラメータkで規定できる。また、電流の方向は曲線の接線方向であるから、電流素片の位置が決まれば自動的に決まり、単独に調整する必要はない。よって、一つの電流素片について、その位置kと電流の大きさjの2つの要素の絞り込みで足り、電流素片をN個とすると2×N個の要素の調整で済み、演算時間を短縮することが出来る。但し、曲線を規定する例えば4点の調整も必要であるので、従来の6×N個に比べて1/3に短縮される訳ではない。しかし、曲線を規定する点の調整は電流素片数倍(N倍)されないため、全体として演算時間を従来より確実に短縮できる。
なお、上記構成において「前記ステップの一部または全部を繰り返して」とは、曲線発生ステップは繰り返さなくて済む場合と曲線発生ステップから繰り返す必要がある場合の両方があることを意味している。
【0005】
第2の観点では、本発明は、前記第1の観点による電流素片推定方法において、前記探索ステップにおいて、前記電流の大きさだけを変更することを特徴とする電流素片推定方法を提供する。
上記第2の観点による電流素片推定方法では、例えば曲線上に均等に分布したN個の電流素片を発生することとし、それら位置は動かさないで、電流の大きさだけを変更して探索する。これにより、さらに演算時間を短縮できる。
【0006】
第3の観点では、本発明は、前記第1または第2の観点による電流素片推定方法において、前記測定磁場が、脊髄から発される磁場であることを特徴とする電流素片推定方法を提供する。
上記第3の観点による電流素片推定方法では、脊髄から発される磁場のデータを基に電流素片を推定するが、脊髄は一般にS字状をした曲線であるから、本発明を好適に適用できる。
【0007】
第4の観点では、本発明は、3次元空間中の滑らかな曲線を発生する曲線発生手段と、前記曲線上に分布したN個の電流素片を発生する電流素片発生手段と、電流素片の分布から計算される計算磁場と測定磁場の誤差が十分小さいように電流素片の要素を変更する探索手段とを有し、前記手段の一部または全部を繰り返し作動させて前記誤差を許容値以下とする電流素片を求めることを特徴とする電流素片推定装置を提供する。
上記第4の観点による電流素片推定装置では、前記第1の観点による電流素片推定方法を好適に実施できる。
【0008】
第5の観点では、本発明は、前記第5の観点による電流素片推定装置において、前記探索手段は、電流の大きさだけを変更することを特徴とする電流素片推定装置を提供する。
上記第5の観点による電流素片推定装置では、前記第2の観点による電流素片推定方法を好適に実施できる。
【0009】
第6の観点では、本発明は、前記第4または第5の観点による電流素片推定装置において、前記測定磁場が、脊髄から発される磁場であることを特徴とする電流素片推定装置を提供する。
上記第6の観点による電流素片推定装置では、前記第3の観点による電流素片推定方法を好適に実施できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の電流素片推定方法および装置によれば、電流素片の数が不自然に制限されず、また、実際にはありそうもない局所解に陥ったりせず、しかも、少ない数の要素の調整により電流素片を推定することが出来る。すなわち、演算時間を短縮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図に示す実施の形態により本発明をさらに詳細に説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
図1は、本発明の実施例1に係る電流素片推定装置100を示す構成図である。
この電流素片推定装置100は、被検体Hの脊髄hから発生する生体磁気の磁場データを生体磁気測定装置Aを介して収集するデータ収集部1と、収集した磁場データから電流素片の分布を推定する電流素片推定処理部2と、推定した電流素片を視覚化して表示する表示部3とを具備している。
【0013】
図2は、電流素片推定装置100による電流素片推定処理の手順を示すフロー図である。
ステップS1では、データ収集部1は、例えば図3に矢印で示すごとき3次元空間の磁場ベクトルで表される磁場データを得る。
【0014】
ステップS2では、電流素片推定処理部2は、予め設定しておいた探索空間(電流素片が存在すると考えられる、なるべく小さな空間)中にベジェ曲線を規定する始点Q0,制御点Q1,…および終点QRをランダムに設定する。例えば図4に示すように、始点Q0,制御点Q1,Q2および終点Q3を設定する。
ステップS3では、電流素片推定処理部2は、始点Q0,制御点Q1,…および終点QRからR次ベジェ曲線を発生する。例えば図5に示すように、始点Q0,制御点Q1,Q2および終点Q3から3次ベジェ曲線Bを発生する。
【0015】
ステップS4では、R次ベジェ曲線上にランダムに分布させてN個の電流素片J1〜JNを発生する。例えば図6に示すように、8個の電流素片J1〜J8を発生する。
R=3とした場合の3次ベジェ曲線では、電流素片Jnの位置xn,yn,znは次式で表される。
xn=(1−kn)3x0+3kn(1−kn)2x1+3kn2(1−kn)x2+kn3x3
yn=(1−kn)3y0+3kn(1−kn)2y1+3kn2(1−kn)y2+kn3y3
zn=(1−kn)3z0+3kn(1−kn)2z1+3kn2(1−kn)z2+kn3z3
ここで、knはR次ベジェ曲線上における電流素片Jnの位置を表すパラメータであり、0≦kn≦1である。
また、点Qrの位置座標をxr,yr,zrとする。例えば始点Q0の位置座標はx0,y0,z0である。
なお、3次ベジェ曲線については、例えば櫻井恵三他著「図形処理入門 −CAD/CGへのアプローチ」朝倉書店、2002年、第59頁〜第61頁“2.4.2 ベジェ曲線”に記載がある。
【0016】
電流素片Jnの電流の方向は接線ベクトルの方向であり、次式で表される。
xn’=−3(1−kn)2x0+3(3kn−1)(1−kn)x1+3kn(2−3kn)x2+3kn2x3
yn’=−3(1−kn)2y0+3(3kn−1)(1−kn)y1+3kn(2−3kn)y2+3kn2y3
zn’=−3(1−kn)2z0+3(3kn−1)(1−kn)z1+3kn(2−3kn)z2+3kn2z3
【0017】
電流素片Jnの電流の大きさjnは、ありえそうな範囲内でランダムに定める。
【0018】
ステップS5では、電流素片推定処理部2は、図7に示すように、N個の電流素片J1〜JNが発生させる磁気ベクトル(図7の矢印)を例えばビオサバールの式より算出する。
ステップS6では、電流素片推定処理部2は、公知の評価関数を用いて磁場データ(図3)と計算磁場(図7)の誤差を計算し、誤差が十分小さくないならステップS7へ進み、誤差が十分小さいならステップS11へ進む。
【0019】
ステップS7では、電流素片推定処理部2は、誤差が小さくなる見込みがあるか否かを判定し(例えば、ステップS6を通った回数が1万回未満なら誤差が小さくなる見込みがあると判定し、1万回以上なら誤差が小さくなる見込みがないと判定する)、見込みがあるならステップS8へ進み、見込みがないならステップS2に戻って曲線を規定する点の設定からやり直す。
【0020】
ステップS8では、電流素片推定処理部2は、ランダムに一つの電流素片Jnを選択する。
ステップS9では、電流素片推定処理部2は、変更するパラメータを選択する。すなわち、電流素片Jnの位置を表すパラメータknおよび電流の大きさjnを選択するか、又は、電流の大きさjnだけを選択する。
ステップS10では、電流素片推定処理部2は、選択した電流素片Jnの、選択したパラメータを、公知の最適化方法を用いて、誤差を小さくする方向に、少し変更する。そして、ステップS5に戻る。
【0021】
上記ステップS2〜S10を十分な回数繰り返すことにより、誤差が十分小さくなる電流素片Jnの分布が定まる。
【0022】
ステップS11では、電流素片推定処理部2は、図8に示すように、磁場データとN個の電流素片Jnの分布とを視覚化して表示する。
【0023】
実施例1の電流素片推定装置100によれば、電流素片Jnの数Nが不自然に制限されず、また、実際にはありそうもない局所解に陥ったりせず、しかも、少ない数の要素の調整により電流素片Jnを推定することが出来る。すなわち、演算時間を短縮できる。
【実施例2】
【0024】
図2のステップS2において、1回目は始点Q0,制御点Q1,…および終点QRをランダムに設定するが、2回目以後のステップS2では直前の始点Q0,制御点Q1,…および終点QRを少しだけ変化させて、曲線を徐々に変化させていってもよい。
【実施例3】
【0025】
図2のステップS2において、1回目に探索空間の中央を貫通するような直線上に始点Q0,制御点Q1,…および終点QRを設定し、2回目以後のステップS2では直前の始点Q0,制御点Q1,…および終点QRを少しだけ変化させて、曲線を徐々に変化させていってもよい。
【実施例4】
【0026】
MRI画像やX線画像などで脊髄の形状・位置を予め探知しておき、図2のステップS2において、1回目は探知した脊髄の形状・位置に応じて始点Q0,制御点Q1,…および終点QRを設定し、2回目以後のステップS2では直前の始点Q0,制御点Q1,…および終点QRを少しだけ変化させて、曲線を徐々に変化させていってもよい。
【実施例5】
【0027】
図2のステップS4において、曲線上に均等に分布させてN個の電流素片J1〜JNを発生してもよい。
【実施例6】
【0028】
図2のステップS4において、複数の磁気センサからの磁場信号情報を用いてリードフィールド法により電流素片Jnの大きさjnを決定してもよい。
なお、リードフィールド法については、例えば Matti Hamalainen et al "Magnetoencephalography - theory, instrumentation, and applications to noninvasive studies of the working human brain" Review of Modern Physics Vol.65 No.2, April 1993, p.413 - 498 に記載されている。
【実施例7】
【0029】
3次ベジェ曲線を用いる代わりに、3次スプライン曲線や2次ベジェ曲線などを用いてもよい。
これらの曲線については、例えば櫻井恵三他著「図形処理入門 −CAD/CGへのアプローチ」朝倉書店、2002年、“2.4 自由曲線”に記載がある。
【産業上の利用可能性】
【0030】
例えば、脊髄から発せられる磁場を生体磁気測定装置により測定したデータから、脊髄に存在すると仮定した電流素片の分布を推定するのに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1に係る電流素片推定装置を示す構成図である。
【図2】電流素片推定処理の手順を示すフロー図である。
【図3】磁場データの概念図である。
【図4】曲線を規定する点の概念図である。
【図5】発生した曲線を示す概念図である。
【図6】発生した電流素片を示す概念図である。
【図7】計算磁場を示す概念図である。
【図8】視覚化した磁場データと電流素片の分布を示す概念図である。
【符号の説明】
【0032】
1 データ収集部
2 電流素片推定処理部
3 表示部
100 電流素片推定装置
A 生体磁気測定装置
H 被検体
h 脊髄

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3次元空間中の滑らかな曲線を発生する曲線発生ステップと、前記曲線上に分布したN個の電流素片を発生する電流素片発生ステップと、電流素片の分布から計算される計算磁場と測定磁場の誤差が十分小さいように電流素片の要素を変更する探索ステップとを有し、前記ステップの一部または全部を繰り返して前記誤差を許容値以下とする電流素片を求めることを特徴とする電流素片推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電流素片推定方法において、前記探索ステップにおいて、前記電流の大きさだけを変更することを特徴とする電流素片推定方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電流素片推定方法において、前記測定磁場が、脊髄から発される磁場であることを特徴とする電流素片推定方法。
【請求項4】
3次元空間中の滑らかな曲線を発生する曲線発生手段と、前記曲線上に分布したN個の電流素片を発生する電流素片発生手段と、電流素片の分布から計算される計算磁場と測定磁場の誤差が十分小さいように電流素片の要素を変更する探索手段とを有し、前記手段の一部または全部を繰り返し作動させて前記誤差を許容値以下とする電流素片を求めることを特徴とする電流素片推定装置。
【請求項5】
請求項4に記載の電流素片推定装置において、前記探索手段は、前記電流の大きさだけを変更することを特徴とする電流素片推定装置。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載の電流素片推定装置において、前記測定磁場が、脊髄から発される磁場であることを特徴とする電流素片推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−236737(P2007−236737A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−65414(P2006−65414)
【出願日】平成18年3月10日(2006.3.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、経済産業省、地域新生コンソーシアム研究開発事業委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【Fターム(参考)】