説明

静電グラディエントエアフイルタ

【課題】少ない圧力損失で、無帯電の微小粒子を、捕獲できる静電エアフイルタを提供する。
【解決手段】エレクトレットまたは強誘電体からなる半永久帯電体5と、対向電極6とを、対向に設置し、前記半永久帯電体の面積と、前記対向電極の面積に差を設け、前記半永久帯電体と前記対向電極の間を通過する空気流中の無帯電微小粒子7を、空気流の移動方向と異なる方向に移動させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレットまたは強誘電体からなる半永久帯電体が形成する収束電界により、無帯電粒子に働く静電グラディエント(勾配)力で、無帯電粒子を空気流中より捕獲する静電グラディエントエアフイルタに関する。
【背景技術】
【0002】
通常、空気や水等の流体中から異物を分離回収する場合、フイルタを使用する。異物がフイルタの網に引っかかって留められるわけである。異物が小さい場合には、フイルタの目を細かくする。しかし、目が細かいと、流体も動きにくくなるので、粗いフイルタを多段に重ねて使用する。たとえば、0.3ミクロンの微粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を規定されている業務用マスクHEPAがあげられる。これは、フイルタを蛇腹状にして重ねている。そのため、空気の流通が妨げられ、その形状は、天狗のお面状になる。また、コストも高い。そのため、普通の人々が、日常生活で使用するのは大変困難である。
【0003】
また、帯電していない微粉末を帯電させて、静電気力で回収するために、マスク内に、コロナ放電発生機構を入れて、帯電させて回収する装置が特許文献1に記載されている。しかしながら、いまだ商品化はされていない。多分、高圧電源も必要になり、重たくて、コストが高く、感電の危険性もあるためだと思われる。
【0004】
また、特許文献1には、「荷電ブラシによって形成される不平等電界により、その間を通過する中性粒子は誘導分極し、グレーディエント力によって荷電ブラシ方向に引き寄せられて吸着し、集塵が行われる。」との記載があり、空気中に、浮遊している無帯電の微粉末に収束電界を向けて、これを移動させて回収するアイディアが開示されている。
【0005】
しかしながら、従来の静電グラディエントフイルタは、いずれも、エレクトレット糸をランダムに絡めただけなので、その効率が充分に発揮されていない。例えば、図9の上部に示すように、エレクトレット糸3に接近して、エレクトレット糸4を置くと、その間の電位は、図9の下部のように、ほとんど平になって、電界も、電界の変化も弱くなって電界勾配力は、ほとんど働かなくなる。すなわち、エレクトレット糸間には、適切な間隔があり、離れすぎても、近すぎても、トータルのグラディエント力は弱くなるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献1】 特開平9−28825公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
すなわち、静電エアフイルタの課題は、少ない圧力損失で、無帯電の微小粒子を捕獲することである。
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、少ない圧力損失で、無帯電の微小粒子を、捕獲できる静電エアフイルタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明による静電エアフイルタは、エレクトレットまたは強誘電体からなる半永久帯電体と、対向電極とを、対向に設置し、前記半永久帯電体の面積と、前記対向電極の面積に差を設け、前記半永久帯電体と前記対向電極の間を通過する空気流中の無帯電微小粒子を、空気流の移動方向と異なる方向に移動させることを特徴とする。(請求項1)
【0009】
このとき、半永久帯電体を大面積に、対向電極を小面積にすることが好ましい。(請求項2)
【0010】
また、前記半永久帯電体と、前記対向電極とが、その間を通過する空気流の方向に、交互に逆転し、対向に設置することが好ましい。(請求項3)
【0011】
また、対向電極の形状を、針状とすることが好ましい。(請求項4)
【0012】
そのとき、針状の対向電極は、静電植毛で作製されることが好ましい。(請求項5)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、半永久帯電体のみならず、規則的に対向電極も加えているため、規則的に、収束電界が形成されて、空気の流通を阻害することなく効率的に空気中より無帯電微粒子を捕獲することができる。(請求項1)
【0014】
また、半永久帯電体と対向電極の面積を大きく変えているので、強い、収束電界を形成することができる。(請求項2)
【0015】
また、半永久帯電体と対向電極の位置関係を、その間を流れる空気流を挟んで、空気流の流れ方向で、逆転させているので、空気中より無帯電微粒子をムラなく捕獲することができる。(請求項3)
【0016】
対向電極の形状が、針状であるため、強い収束電界が形成できる。(請求項4)
【0017】
針状対向電極が、静電植毛で作製されるため、製造コストが削減される。(請求項5)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について添付図面を参照して説明する。まず、本発明に係る規則的な構成の静電グラディエントエアフイルタの主要部の一例について図1を参照して説明する。エレクトレット5と対向電極6が、図示しない、厚さ200ミクロンのスペーサフイルムを介して向かい合わせられている。
【0019】
エレクトレット5は、図1の上下方向に連続的に形成され、厚さ25ミクロンのポリエステルフイルム50の表面をコロナ放電して作製される。その表面電荷密度は0.1mC/mである。
【0020】
対向電極6は、厚さ25ミクロンのポリエステルフイルム60の表面に、100ミクロン間隔で、幅50ミクロンのスリット状に平行に多数形成される。該スリット状の対抗電極6は、導電性インクを使ってインクジェットで容易に形成できる。このような該対向電極は、電極内を電荷が高速で移動する必要がないので、高い導電性を有さなくとも、低抵抗の電極で十分機能を発揮する。
【0021】
なお、図示しないが、上記スリット状の対抗電極6は、その端面で互いに接続されて筐体接地されている。
【0022】
図1に示すように、前記エレクトレット5と前記対向電極6とが形成され、対向に設置されることによって、両者の間に、エレクトレット5から対向電極6に向けて絞り込まれる収束電界が形成される。空気流8が、エレクトレット5と対向電極6間を流れるとき、そこに含まれる無帯電の微小粒子7には、対向電極向きに、グラディエント(電界勾配)力が働く。その結果、無帯電の微小粒子7、例えば、直径0.5ミクロンの微粒子は、空気流の移動方向と異なる、対向電極に近づく方向に移動して、対向電極6またはその支持板(フイルム)60に着地してそこに捕獲される。
【0023】
なお、微小粒子7が、正帯電していると、クーロン力で引かれて、対抗電極6に着地し、負帯電の場合は、逆に、エレクトレット5に着地して捕獲される。
【0024】
ここで、直径0.5ミクロンの無帯電粒子に働く、グラディエント力を求める。そのためには、この間の電界を知る必要がある。
【0025】
まず、図2に、エレクトレット5と対向電極6の中心を結ぶ線分上の電位を示す。この電位は、エレクトレットと対向電極間を、縦横10ミクロンの格子に分割して、二次元差分法で求めた。図2から、エレクトレット5から対向電極6に向かって、その中間地点までは、一定の割合で電位が下がっていることが分かる。しかし、そこから、対向電極6までは、その電位の下がり方がだんだん大きくなる。
【0026】
また、図3に、エレクトレット5と対向電極6の中心を結ぶ線分上の電界を示す。図3から、エレクトレット5から対向電極6に向かって、その中間地点までは、電界は実質一定であることが分かる。しかし、そこから、対向電極までに、電界はしだいに強くなる。
【0027】
次に、グラディエント力を計算する。グラディエント力は、微小粒子の場合、次の(近似)公式で計算できる。(静電気ハンドブック 1998年版 P.1196)

a:半径
ε :真空の誘電率
ε :粒子の誘電率
▽:ナプラ(三次元偏微分)
:粒子周囲の電界
(1)式において、図1の配置では、エレクトレット5と対向電極6の中心間の線分を含む格子のZ方向とY方向の電界は等しいので、X方向のみを微分した。
【0028】
具体的には、図4に示すように、対象とする粒子の、右面の電界E2の二乗から、左面の電界E1の二乗を引いて、粒子の直径0.5ミクロンで割った。この計算方法が、実質、上記(1)式にと等価であることの説明は省略するが、その詳細は、Journal of Electrostatics67(2009)P.67−72に記載されている。
【0029】
なお、格子の横幅、10ミクロンごとの電界E200、E100間の電界の変化は直線と仮定して、比例配分で、粒子の右面と左面に相当する位置の電界E20、E10を求めた。通常、微小物体の周囲では、電界は微小物体に集中して強くなる。この場合、その集中係数を1.5と推定し、E20、E10をそれぞれ、1.5倍して、粒子の右面と左面の電界E2、E1を求めた。
【0030】
このように、求められた、0.5ミクロン無帯電粒子に作用する、グラディエント力を、粒子の位置ごとに、図5に示す。図5より、エレクトレットから中間地点までは、実質、力は働かないが、そこから、対向電極まで、グラディエント力が急激に大きくなるのが分かる。
【0031】
次に、このグラディエント力によって生じる、0.5ミクロン無帯電粒子の移動速度を通常の運動方程式で求めた。その際、該粒子に作用する空気抵抗は、該粒子の形状が球形であると仮定して、ストークスの法則で計算した。該粒子が、エレクトレットと対向電極の中間地点に置かれたときの該粒子の移動速度を、その通過地点ごとに、図6に示す。
【0032】
次に、各格子(10ミクロン幅)内の速度から、各格子を横切るのに必要な時間を求め、それを積算して移動時間を算出した。すなわち、エレクトレット5と対向電極6の中間に置かれた、直径0.5ミクロンの無帯電粒子が、10ミクロン進むごとの、そこに到達するまでのトータル時間を求めた。その結果を図7に示す。
【0033】
図7より、エレクトレット5と対抗電極6が形成する収束電界中に置かれた直径0.5ミクロンの無帯電の粒子7が、中間点から100ミクロン先の対向電極6表面に到達するまでの時間は、70msec弱であることが分かる。この間に、流速0.1m/secの空気流に乗って移動する無帯電粒子7は、約7mm移動する。
【0034】
このままでは、エレクトレット5と対向電極6間の対向電極6側の微小粒子7しか捕獲できないので、続いて、エレクトレット5と対向電極6の位置を反転して、逆側の微小粒子7を捕獲する必要がある。すなわち、フイルタの厚さは14mmになる。
【0035】
上記のようなフイルタは、例えば図8に示すように、ベースフイルム90の表面に、適当な間隔で、全面にコロナ放電が施されて、全面がエレクトレット(灰色で示す)化された幅7mmのエレクトレット形成部500と、水平細線で示す幅50ミクロンの対向電極が、垂直方向に150ミクロンピッチで形成された、幅7mmの対抗電極形成部600が隣接して形成された電界形成フイルム11、12を用いて形成されてもよい。この電界形成フイルム11,12は、例えば、厚さ25ミクロンのポリエステル製のベースフイルム90に、エレクトレット5は、コロナ放電をON/OFFすることで、対向電極6は、インクジェットをON/OFFすることで容易に作製できる。
【0036】
なお、このような上下の電界形成フイルム11、12を作成し、図示しないスペーサーでエレクトレット形成部500と対向電極形成部600が向かい合うように複数配置して使用すればよい。
【0037】
フイルタの厚さをより薄くするためには、収束電界をより強くして、グラディエント力をより強くし、移動速度を速くすればよい。収束電界をより強くするもっとも簡単な方法は、エレクトレット5と対向電極6の間隔を縮めることである。例えば、エレクトレット5と対向電極6の間隔を、200ミクロンから、20ミクロンに縮めると、グラディエント力は10倍になり、移動距離は1/10になるので、必要な厚さは、1/100の、0.14mmになる。
【0038】
また、間隔を変えずに、エレクトレットの電荷密度をより濃くしてもよい。例えば、シミュレーションで使用した電荷密度は、エレクトレットの標準的な値であるが、コロナ放電電圧を高くすることで、10倍に大きくするは容易である。さらに、電荷密度を上げるためには、エレクトレットに代えて強誘電体を使用すればよい。現状、強誘電体の電荷密度は、最大160mC/mにもなる。
【0039】
さらに、間隔も変えずに、エレクトレットの電荷密度も変えずに、収束電界を強くするためには、対向電極の形状を変えればよい。平板状に変えて、針状にすれば、電界集中で、そこに収束する電界はより強くなる。針電極は製造が難しくコストも高くなるが、同一の効果を静電植毛で得ることができる。基板となるポリエステルフイルム60の表面を導電性処理し、そこに、導電性糸を、適当な間隔(密度)で、静電植毛すれば、低コストで、高効率の針状対向電極6を製造できる。
【0040】
本発明のフイルタは、不織布フイルタと異なり、空気が何の抵抗も受けずに、エレクトレット5と、対抗電極6の間を、ストレートに移動するので、圧力損失が非常に少ない。すなわち、本発明の規則的な構成を有する静電グラディエントエアフイルタでは、従来品と異なり、微小粒子7の捕獲と、通気性を両立させることができる。
【0041】
なお、以上すべて、エレクトレットで説明したが、エレクトレットに代えて、強誘電体を使用することも、もちろん可能である。強誘電体の方が、エレクトレットよりも、高電荷密度が得られるので、より効率的に微小粒子を捕獲することができる。強誘電体の、具体的な材料やその製法に関しては、例えば、特開2007−298297に詳細に開示されている。
【0042】
また、このようなエアフイルタは、花粉用のマスクに好適に適用できる。花粉症の主原因は、花粉の表面に付着しているアレルゲンと呼ばれる微小粒子であり、粒径が、0.5ミクロンと非常に小さい。アレルゲンは、花粉より離脱して単独で飛翔するため、花粉症の完全解決のためには、アレルゲンが、鼻に入る前に捕獲することが必須である。
よって、本発明の静電グラディエントエアフイルタを応用することで、帯電していないアレルゲンも捕獲でき、通気性が高く、コストの低いマスクを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】大面積のエレクトレットに対向してスリット状の対向電極を規則的に配した本発明の基本構成図である。
【図2】図1の構成におけるエレクトレットと対向電極間の電位を示すグラフである。
【図3】図1の構成におけるエレクトレットと対向電極間の電界を示すグラフである。
【図4】直径0.5ミクロンの微小粒子の前後に加わる電界を格子の電界から求める計算手法の説明図である。
【図5】図1の構成におけるエレクトレットと対向電極間の電界勾配力を示すグラフである。
【図6】図1の構成においてエレクトレットと対向電極間の中間に置かれた無帯電の直径0.5ミクロンの粒子が移動する時の速度を示すグラフである。
【図7】図1の構成においてエレクトレットと対向電極間の中間に置かれた無帯電の直径0.5ミクロンの粒子が移動する時の経過時間を示すグラフである。
【図8】本発明の電界形成フイルムの一例の構成図である。
【図9】従来のエレクトレットフイルタに見られる、2本の孤立したエレクトレット糸が接近した時のその間に形成される電位の説明図である。
【符号の説明】
【0044】
3 エレクトレット糸
4 エレクトレット糸
5 エレクトレット
50 ポリエステルフイルム
6 対向電極
60 ポリエステルフイルム
7 無帯電直径0.5ミクロン粒子(アレルゲン)
8 空気流
90 ベースフイルム
500 エレクトレット形成部
600 対向電極形成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトレットまたは強誘電体からなる半永久帯電体と、対向電極とを、対向に設置し、
前記半永久帯電体の面積と、前記対向電極の面積に差を設け、
前記半永久帯電体と前記対向電極の間を通過する空気流中の無帯電微小粒子を、空気流の移動方向と異なる方向に移動可能な静電グラディエントエアフイルタ。
【請求項2】
前記半永久帯電体が大面積で、前記対向電極が小面積であることを特徴とする請求項1に記載の静電グラディエントエアフイルタ。
【請求項3】
前記半永久帯電体と前記対向電極との間を通過する空気流の方向に、交互に逆転し、対向に設置することを特徴とする請求項1または2に記載の静電グラディエントエアフイルタ。
【請求項4】
前記対向電極の形状が、針状であることを特徴とする請求項1から3に記載の静電グラディエントエアフイルタ。
【請求項5】
請求項4に記載の対向電極が、静電植毛で針状に作製されることを特徴とする静電グラディエントフイルタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−223750(P2012−223750A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106714(P2011−106714)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(398055026)
【Fターム(参考)】