非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子
【目的】耐久性が良く、高い効率で充分な大きさおよび応答速度の3次非線形光学効果を発揮し、かつ、光学素子への加工が容易な非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子を提供する。
【構成】特定の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有する非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子。
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【構成】特定の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有する非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子。
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、例えば光通信、光情報処理などの光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において有用な、非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子に関するものである。
【0002】
【従来の技術】超高速情報伝達・処理を目的として、光の多重性、高密度性に着目した光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において、光学材料または光学組成物を加工して作成した光学素子に光を照射することで引き起こされる透過率や屈折率の変化を利用して、電子回路技術を用いずに、光の強度(振幅)または周波数(波長)を超高速で変調ないしスイッチングしようとする光・光制御方法の研究開発が盛んに進められている。光・光制御方法への応用が期待される超高速現象として、光双安定性、可飽和吸収、非線形屈折、フォトリフラクティブ効果などの3次非線形光学効果が広く注目を集めている。なかでも非線形光学素子用有機材料は、従来の無機非線形光学材料に比べて応答が高速で、かつ、非線形光学定数が大きいものが存在することから、実用化が特に期待されている。現在、3次非線形光学定数の大きい有機材料としては、ポリジアセチレン類に代表されるπ電子共役高分子化合物、電子供与性および電子吸引性の置換基を適切に配置したπ電子共役低分子化合物、シアニン色素のJ会合体に代表されるπ電子共役低分子化合物の特定の分子会合体、フタロシアニン誘導体、ナフタロシアニン誘導体などが知られている(特開平5−113585号公報、特開平6−222409号公報)。しかしながら、光学素子へ成形するための加工性が低い、光学材料としての耐久性に乏しい、などの様々な課題が残されており、実用に至るものは未だ得られていないのが現状である。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記のような従来技術の欠点を解消し、高い効率で充分な大きさおよび応答速度の3次非線形光学効果を発揮し、かつ、光学素子への加工が容易な非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子を提供することを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、特定のフタロシアニン化合物を用いることにより本発明を完成するにいたった。すなわち、本発明は下記の第(1)〜(3)項の発明よりなるものである。
(1)下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化3】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
(2)下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化4】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
(3)第(1)項または第(2)項に記載の非線形光学素子用有機材料を含むことを特徴とする光学素子。
【0005】以下では、前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物を「クラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体」と呼ぶこととする。また、クラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体および/あるいはクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体を「本色素類」と呼ぶこととする。本発明で用いられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体は、文献に記載の公知の方法で合成することができる。例えば、コバヤシら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第7433〜7441ページ(1987年)[J.Am.Chem.Soc.]に記載の方法に従って、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン[慣用名ベンゾ−15−クラウン−5−エーテル]
【化5】
を酢酸中、少量のヨウ素を触媒として臭素によってジブロモ化して、2,3−(3'4'−ジブロモベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン
【化6】
を得て、これを脱水したN,N−ジメチルホルムアミド中、シアン化第一銅と加熱還流下、反応させて2,3−(3',4'−ジシアノベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン
【化7】
を得て、次いで、これを2−(ジメチルアミノ)エタノール中、アンモニアガスを吹込みながら加熱還流して、15−クラウン−5−エーテルが縮合した無金属フタロシアニン
【化8】
を合成した。また、前記文献に記載の方法に従って、2,3−(3',4'−ジシアノベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エンをエチレングリコール中、酢酸第二銅、酢酸第一ニッケル、酢酸第一鉄、または、酢酸第一コバルトの存在下、加熱還流することによって、以下に化学式を示すような15−クラウン−5−エーテルが縮合した金属フタロシアニンを、それぞれ合成した。
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
上記の合成方法において、ベンゾ−15−クラウン−5−エーテルを用いることによって、前記式[1]においてs、t、u、vが全て0のものを、 ベンゾ−15−クラウン−5−エーテルの代りに、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13,16−ヘキサオキサシクロオクタデカ−2−エン[慣用名ベンゾ−18−クラウン−6−エーテル]、または、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13,16,19−ヘプタオキサシクロヘンエイコサ−2−エン[慣用名ベンゾ−21−クラウン−7−エーテル]を用いることによって、前記式[1]においてがs、t、u、vが全て1または2のものを、それぞれ合成することができる。また、ベンゾ−15−クラウン−5−エーテル、ベンゾ−18−クラウン−6−エーテル、および/あるいは、ベンゾ−21−クラウン−7−エーテルなどから、それぞれ合成されたジニトリル誘導体を混合して用いることによって、前記式[1]においてs、t、u、vが相異なるものを合成することもできる。さらにまた、ベンゾ−24−クラウン−8−エーテル、ベンゾ−27−クラウン−9−エーテル、ベンゾ−30−クラウン−10−エーテルなどを合成原料にすれば、前記式[1]においてs、t、u、vが3〜5の整数のものを合成することができる。上記の合成方法において、前記の金属酢酸塩の代りに1価の金属アルコラートなどを用いることにより、下記の式[2]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化13】
ここで、M(1)はリチウム、ナトリウムなどの1価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、2価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、2価の金属アルコラートまたはアセチルアセトナートを用いることによって、下記の式[3]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化14】
ここで、M(2)はマグネシウム、カルシウム、亜鉛、カドミウム、銅、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ルテニウム、パラジウム、白金などの2価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、3価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、3価の金属アルコラートなどを用いることにより、下記の式[4]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化15】
ここで、M(3)はアルミニウム、ガリウム、インジウムなどの3価の金属原子を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子、または、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などのアルコキシ基を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、4価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、4価の金属アルコラートまたはアセチルアセトナートなどを用いることにより、下記の式[5]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化16】
ここで、M(4)はケイ素、チタニウム、ゲルマニウム、ジルコニウム、錫、バナジウムなどの4価の金属原子を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子、または、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などのアルコキシ基を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、前記式[4]においてXがハロゲン原子の場合、加水分解することにより前記式[4]においてXが水酸基のものを合成することができ、これをさらに、トリメチルシリルクロリド、トリフェニルシリルクロリドなどのシリル化剤と反応させることにより前記式[4]においてXがトリメチルシロキシ基、トリフェニルシロキシ基などのシロキシ基のものを合成することができる。同様にして、前記式[5]においてXが水酸基のもの、および、Xがシロキシ基のものを合成することができる。また、前記式[5]においてXが水酸基のものを脱水縮合し、必要に応じて末端を保護すると、下記の式[6]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンの重縮合体、または、下記の式[7]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化17】
ここで、M(4)はケイ素、ゲルマニウムなどの4価の金属原子を表し、Rは水素原子、アルキル基、またはシリル基を表し、nは2以上の整数を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【化18】
ここで、M(4)はチタニウム、バナジウムなどの4価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。以上のようにして合成されるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体は、いずれも好適に、本発明で使用することができる。
【0006】本発明で用いられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体は、文献に記載の公知の方法で形成させることができる。例えば、シエルケンら、ベリヒテ ブンゼンゲゼルシャフト フィジカル ケミストリー、93巻、第702〜707ページ(1989年)[Ber.Bunsenges.Phys.Chem.]およびシエルケンら、レクエイル トラバウク キミクエス パイス バス、109巻、第425〜428ページ(1990年)[Recueil des Travaux Chimiques des PaysBas]には、18−クラウン−6−エーテル、15−クラウン−5−エーテル、または、21−クラウン−7−エーテルの縮合した銅フタロシアニン誘導体と、カリウム、ルビジウム、セシウムまたはバリウムのピクリン酸塩との錯体(錯塩)の合成方法およびX線回折を用いた構造解析結果について記載されている。この文献によれば、カリウム、ルビジウム、セシウムのようなアルカリ金属のピクリン酸塩との錯体は、クラウンエーテル縮合フタロシアニンのπ電子系分子平面が互いに平行に積層し、かつ、各分子のクラウンエーテル環の空孔や中心金属が上下に整列した「カラム型構造」であると推測されている。図1にカラム型構造の立体配座を模式的に示す。なお、図1において図を簡略にするため、ピクリン酸などのアニオン部分は省略してある。上記の文献によれば、アルカリ土類金属であるバリウムのピクリン酸塩との錯体においては、クラウンエーテル縮合フタロシアニンのπ電子系分子平面が互いに平行に積層するものの、クラウンエーテル環部分の上下の重なりが、カラムを形成しない「互い違い」形式になっていると推定されている。図2に、この場合の錯体の立体配座を模式的に示す。図2においても、図を簡略にするため、ピクリン酸などのアニオン部分は省略してある。本発明において、金属塩としては、上記の他に、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどのフッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、トリクロロ酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、ホウフッ化水素酸塩、ヘキサフルオロリン酸塩、過塩素酸塩、ピクリン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、テトラフェニルボラート塩、テトラキス(4−フルオロフェニル)ボラート塩などを使用することができる。本発明の非線形光学素子用有機材料は、以上のようにして合成されるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体またはクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体(「本色素類」)を含有するものであり、その組成について特に制限はない。本色素類を単独で使用しても良いし、必要に応じて、本色素類を適当なマトリックス材料中に溶解または分散して使用しても良い。マトリックス材料としては、用いられる光の波長領域で透過率が高く、散乱が少ないこと、本色素類を安定性良く溶解または分散できること、光学素子としての形態を安定性良く保つことができることなどの条件を満足するものであれば任意のものを本発明で使用することができる。無機系のマトリックス材料としては、多孔質ガラスやいわゆるゾルゲル法で作成される低融点ガラス材料などを使用することができる。有機系のマトリックス材料としては、種々の有機高分子材料を使用することができる。その具体例としては、ポリスチレン、ポリ(α−メチルスチレン)、ポリインデン、ポリ(4−メチル−1−ペンテン)、ポリビニルピリジン、ポリビニルホルマール、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルエチルエーテル、ポリビニルベンジルエーテル、ポリビニルメチルケトン、ポリ(N−ビニルカルバゾール)、ポリ(N−ビニルピロリドン)、ポリアクリル酸メチル、ポリアクリル酸エチル、ポリアクリル酸、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸ブチル、ポリメタクリル酸ベンジル、ポリメタクリル酸シクロヘキシル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸アミド、ポリメタクリロニトリル、ポリアセトアルデヒド、ポリクロラール、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリカーボネイト類、ポリ(ジエチレングリコール・ビスアリルカーボネイト)類、6−ナイロン、6,6−ナイロン、12−ナイロン、6,12−ナイロン、ポリアスパラギン酸エチル、ポリグルタミン酸エチル、ポリリジン、ポリプロリン、ポリ(γ−ベンジル−L−グルタメート)、メチルセルロース、エチルセルロース、ベンジルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、アセチルセルロース、セルローストリアセテート、セルローストリブチレート、アルキド樹脂、脂肪酸変性アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、キシレン樹脂、トルエン樹脂、グアナミン樹脂などの樹脂、ポリ(フェニルメチルシラン)などの有機ポリシラン、有機ポリゲルマン、および、これらの共重合・共重縮合体を挙げることができる。また、二硫化炭素、四フッ化炭素、エチルベンゼン、パーフルオロベンゼン、パーフルオロシクロヘキサン、トリメチルクロロシランなどの、通常では重合性のない化合物をプラズマ重合して得た高分子化合物なども使用することができる。これらのマトリックッス材料中へ本色素類を溶解または分散させるには公知の方法を用いれば良い。例えば、本色素類とマトリックス材料を共通の溶媒中へ溶解して混合した後、溶媒を蒸発させて除去する方法、ゾルゲル法で製造する無機系マトリックス材料の原料溶液へ本色素類を溶解または分散させてからマトリックス材料を形成する方法、有機高分子系マトリックス材料のモノマー中へ、必要に応じて溶媒を用いて、本色素類を溶解または分散させてから該モノマーを重合ないし重縮合させてマトリックス材料を形成する方法、本色素類と有機高分子系マトリックス材料を共通の良溶媒中に溶解した溶液を、本色素類と有機高分子系マトリックス材料に共通の貧溶媒中へ滴下し、生じた沈殿を濾別し乾燥してから加熱・溶融加工する方法などを好適に用いることができる。本発明の光学素子は、使用目的に適合したものであれば、任意の方式および任意の形態を採用することができる。すなわち、本発明の光学素子の形態は使用目的に応じて、薄膜、厚膜、板状、ブロック状、円柱状、半円柱状、四角柱状、三角柱状、凸レンズ状、凹レンズ状、マイクロレンズアレイ状、ファイバー状、マイクロチャンネルアレイ状、および光導波路型などの中から適宜選択することができる。
【0007】本発明の光学素子の作成方法は、光学素子の形態および使用する材料の加工特性に応じて任意に選定され、公知の方法を用いることができる。例えば、薄膜状の光学素子を作成する場合は、本色素類を単独で、または、マトリックス材料と混合して溶解した溶液を例えばガラス板上に塗布法、ブレードコート法、ロールコート法、スピンコート法、ディッピング法、スプレー法などの塗工法で塗工するか、あるいは、平版、凸版、凹版、孔版、スクリーン、転写などの印刷法で印刷すれば良い。この場合、ゾルゲル法による無機系マトリックス材料作成方法を利用することもできる。有機高分子系マトリックス材料が熱可塑性の場合、加熱溶融成膜法や延伸法を用いても薄膜ないし厚膜状の膜型光学素子を作成することができる。板状、ブロック状、円柱状、半円柱状、四角柱状、三角柱状、凸レンズ状、凹レンズ状、マイクロレンズアレイ状の光学素子を作成する場合は、例えば有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを用いてキャスティング法やリアクション・インジェクション・モールド法で成型することができる。また、熱可塑性の有機高分子系マトリックス材料を用いる場合、本色素類を溶解または分散したペレットまたは粉末を加熱溶融させてから射出成形法で加工しても良い。ファイバー状の光学素子は、例えば、ガラスキャピラリー管の中に有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを流し込むか、または、毛管現象で吸い上げたものを重合させる方法、または、本色素類を溶解または分散させた熱可塑性の有機高分子系マトリックス材料の円柱、いわゆるプリフォームをガラス転移温度よりも高い温度まで加熱、糸状に延伸してから、冷却する方法などで作成することができる。上記のようにして作成したファイバー状の光学素子を多数束ねて加熱圧着してから薄片状ないし板状にスライスすることによりマイクロチャンネルアレイ型の光学素子を作成することもできる。導波路型の光学素子は、基板上に作成した溝の中に有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを流し込んでから重合させる方法、または、基板上に形成した薄膜状光学素子をエッチングして「コア」パターンを形成し、次いで、本色素類を含まないマトリックス材料で「クラッド」を形成する方法によって作成することができる。本発明で用いるられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体に共通の特徴として、これらは種々の有機溶媒、有機高分子系マトリックス材料のモノマー、および、有機高分子系マトリックス材料そのものへ可溶であり、光学素子への加工が極めて容易である。例えば、クロロホルムへ溶かした溶液を基板上に塗工し、減圧下、溶媒を除去するだけで、非晶質の薄膜を作成することができ、極めて簡便に薄膜型光学素子を作成することができる。本発明で用いるられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体を溶解するには、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2−ジクロロエタン、1,1,2−トリクロロエタン、トリクレンなどのハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、アニソール、α−クロロナフタレンなどの芳香族炭化水素類、ピリジン、キノリンなどの含窒素複素環化合物類、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、メトキシエタノール、エトキシエタノール、ブトキシエタノール、カルビトールなどのエーテル類、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、1,3−ジオキソラン、1,4−ジオキサン、トリオキサンなどの環状エーテル類などの有機溶剤を好適に使用することができる。本発明の光学素子は、通常の光吸収や光反射などの線形光学効果を利用した素子としても利用できるが、電気光学素子、周波数変換素子、光スイッチ素子、光双安定素子、光屈折(フォトリフラクティブ)素子として利用することによって3次非線形光学効果についての高い性能を発揮させることができる。本発明の光学素子を利用するための装置構成については、利用する線形および非線形光学効果の種類に応じて、公知のものを適宜使用することができる。
【0008】
【作用】本発明の非線形光学素子用有機材料はクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体を含有し、これは、分子中に非線形光学効果を発揮する部分(フタロシアニン骨格)と、色素の可溶化ないしマトリックス材料として作用する部分(クラウンエーテル部分)を合せ持つ化合物であり、塗工法などの簡便な方法で光学的性質に優れ、かつ、非線形光学効果を発揮する部分を高濃度で含有する薄膜を形成することを可能とし、その結果、高い3次非線形光学効果を発揮するものである。本発明の非線形光学素子用有機材料は、また、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体を含有し、この錯体は、非線形光学効果を発揮する部分(フタロシアニン骨格)のπ電子系分子平面が互いに平行に整然と整列した立体配置を有していると推測され、その結果、極めて高い3次非線形光学効果を発揮するものである。本発明の光学素子は、上記のような優れた材料から成るものであり、3次非線形光学効果の面で、高い性能を発揮する。
【0009】
【実施例】
実施例1市販のベンゾ−18−クラウン−5−エーテル[東京化成(株)製]を原料として、18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン
【化19】
(以下、18C−H2Pcと記す。)をシエルケンら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第4261〜4265ページ(1987年)記載の方法により合成した。18C−H2Pcの1H−NMRスペクトル(溶媒:重クロロホルム、共鳴周波数:250MHz、内部標準:テトラメチルシラン)を図3に、紫外・可視吸収スペクトル(溶媒:ジクロロメタン)を図4に示す。1H−NMRスペクトルでは、フタロシアニン骨格の芳香族水素が7.84ppmにシングレット(積分値8H)として、クラウンエーテル部分の脂肪族水素が4.55ないし3.82ppmにマルチプレット(積分値80H)として、環内の窒素原子に結合した水素が−3.86ppmという極めて高磁場側にシングレット(積分値2H)として出現しており、上記の化学式に合致する構造であることが確認できる。なお、図3における7.26ppmのシグナルは重クロロホルム中の、重水素化されていないクロロホルムによる。
紫外・可視吸収スペクトルでは、500から550nm附近に吸収のない領域、いわゆる「吸収の窓」があり、波長1.5μm近傍の赤外線を照射したとき発振する3次高調波を、無駄なく取り出すことができることが判る。18C−H2Pcは前記の種々の有機溶媒に可溶である。まず、18C−H2Pcのクロロホルム溶液について、文献[久保寺憲一、固体物理、24巻、11号、第903〜908ページ(1989年)]に記載のTHG法による測定方法に従って、3次非線形感受率χ(3)の評価を行った。基本波の波長は1.5μmおよび1.9μmを採用し、18C−H2Pcの濃度は1.00×10-3モル/リットル(0.09801重量%)とし、光路長1mmの石英製セル(石英ガラスの厚さ1mm)に溶液を入れて測定した。なお、以下、特に明記しないが、THG法でχ(3)の測定を行う場合、予備実験として、2次高調波が発生していないことを必ず確認している。これは、2次高調波が発生していると、基本波との和周波によって、3次高調波が発生しているように見える現象、いわゆる「カスケード」が起こり、χ(3)を正しく測定できないためである。石英ガラスの基本波波長1.9μmにおける3次非線形感受率χ(3)2.8×10-14esuを基準として解析して求めた溶液中の18C−H2Pcの3次非線形感受率χ(3)は第1表に示す通りであった。なお、表中、100重量%への換算係数は、測定時の濃度(重量%)の逆数を採用した。
【0010】
【表1】
【0011】濃度10-3モル/リットル程度の希薄溶液状態に置かれた分子は、会合体を形成せず、分子単独で存在していると推定されるが、このような状態においても、18C−H2Pcは比較的大きな3次非線形感受率χ(3)を示した。なお、前述の吸収スペクトルデータから明らかなように基本波波長が1.5μmのとき、発振した3次高調波(波長50nm)の吸収は極めて少ないが、基本波波長が1.9μmのとき、発振した3次高調波(波長633.3nm)は一部分、18C−H2Pc自身に吸収される。すなわち、基本波波長1.9μmの測定は、いわゆる「共鳴条件」で行われており、非共鳴の基本波波長1.5μmのときのχ(3)よりも5倍近く大きく測定されている。次いで、18C−H2Pcのクロロホルム溶液を塗工液とし、スピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に、18C−H2Pc単独の薄膜を作成した。同じ条件で作成した薄膜を基板から剥がして、X線回折パターンを測定したところ、明確な回折像は観察されなかったことから、塗工法で作成した18C−H2Pc単独の薄膜はアモルファスであると推定される。この薄膜の紫外・可視吸収スペクトルを測定したが、500から550nm附近の「吸収の窓」の状態はクロロホルム溶液の場合と同等であった。触針法で測定した厚さ0.92μmの薄膜を用いて、THG法によってχ(3)の評価を行った。溶液試料の場合と同様にして解析した結果を第2表に示す。
【0012】
【表2】
【0013】3次非線形感受率χ(3)の値は溶液の場合の2〜3倍に増大しており、これは分子間相互作用が増加したことによると推測される。上記のように、石英基板上に塗工法で18C−H2Pc単独の薄膜を作成したものは、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。次に、18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムの1:4モル比の混合物をスピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に成膜し、18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムから成る錯体を含有する薄膜を作成した。同じ条件で作成した薄膜を基板から剥がして、X線回折パターンを測定したところ、明確ではないものの、π電子平面の積層構造を示唆する回折像が観察された。また、この薄膜の紫外・可視吸収スペクトルを測定したが、500から550nm附近の「吸収の窓」の状態はクロロホルム溶液の場合と同等であった。触針法で測定した厚さ0.87μmの薄膜を用いて、THG法によってχ(3)の評価を行った。単独薄膜の場合と同様にして解析した結果を第3表に示す。
【0014】
【表3】
【0015】3次非線形感受率χ(3)の値は18C−H2Pc単独薄膜の場合の2倍以上に増大しており、これはπ電子平面の積層構造が形成されたことによって、分子間相互作用が一段と増加したことを示唆している。上記のように、石英基板上に塗工法で18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムから成る錯体を含有する薄膜を作成したものは、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。
実施例2市販のベンゾ−18−クラウン−5−エーテル[東京化成(株)製]を原料として、18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン
【化20】
(以下、18C−CuPcと記す。)をシエルケンら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第4261〜4265ページ(1987年)載の方法により合成した。18C−CuPcの紫外・可視吸収スペクトル(溶媒:ジクロロメタン)を図5に示す。なお、中心金属の銅は常磁性であるため、1H−NMRスペクトルは測定できない。紫外・可視吸収スペクトルでは、500から550nm附近に「吸収の窓」があることが判る。以下、実施例1の場合と同様にして、18C−CuPcのクロロホルム溶液および単独薄膜、および、18C−CuPcとピクリン酸ルビジウム錯体を含有した薄膜の3次非線形感受率χ(3)をTHG法で評価した。解析結果をそれぞれ第4表、第5表及び第6表に掲げる。なお、クロロホルム溶液の濃度は10-3モル/リットル(0.1022重量%)、18C−CuPc単独薄膜(アモルファス)の膜厚は0.91μm、同じく錯体を含有する薄膜の膜厚は0.95μmであった。
【0016】
【表4】
【0017】
【表5】
【0018】
【表6】
【0019】溶液試料に比較して、単独アモルファス膜の場合のχ(3)は2〜3倍であり、単独アモルファス膜に比較して錯体含有薄膜のχ(3)は2倍強であった。石英基板上に作成したこれらの薄膜は、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。
実施例3実施例2で用いた18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン(18C−CuPc)をメタクリル酸メチルへ溶解ないし微分散し、重合開始剤として過酸化ベンゾイルを加え、石英セルを先端部に取り付けた重合管へ充填し、管を密閉した。重合管は石英セルの光路長1mmのもの、および1cmのものの2本を用いた。これらの重合管を70℃で24時間加熱し、前記モノマーを重合させた。18C−CuPcの濃度は、重合後のポリメタクリル酸メチル(以下、PMMAと呼ぶ。)の比重を1.18としたとき、1.00×10-3モル/リットル(0.128重量%)になるよう調節した。こうして、石英セルの中に密閉された形態の厚膜型光学素子(光路長1mm)および四角柱型光学素子(光路長1cm)を作成した。この厚膜型光学素子について、実施例1において溶液セルを用いた場合と同様にして、PMMA厚膜中における18C−CuPcの3次非線形感受率χ(3)の測定を行った。解析結果は第7表に示す通りであった。
【0020】
【表7】
【0021】本発明の光学素子の応用例として、3次非線形光学効果を応用した非線形光学装置の中から、光制御・光スイッチである光カーシャッタースイッチについて説明する。光カーシャッタースイッチとは、入力光Piをゲートパルス光Pgでゲーティングして、ゲートパルスの時間波形に対応した出力光Ptを得ようとするものであり、例えば、図6に示すような構成を有する。図6に示すように、光カーシャッタースイッチ300は、非線形屈折率効果を示す光学素子301の両側に、互いに偏光軸が直交するように配置された2枚の偏光子304および314を配置したものであり、2枚の偏光子304および314は直交偏光子系を構成している。この構成の光カーシャッタースイッチにおいては、ゲートパルス光Pgが入射しているときだけ、光学素子301内部に屈折率変化が生じる。従って、ゲートパルス光Pgを光学素子301に照射しながら偏光子304に入力光Piを入射すると、偏光子304を通過した入力光Piの直線偏波が、光学素子301内部の屈折率変化によって楕円偏光に変換され、その結果、入力光の一部が直交偏光子314を通過して出力光Ptとなる。一方、ゲートパルス光Pgが光学素子301に入射していない状態で偏光子304に入力光Piを入射すると、偏光子304を通過した入力光Piの直線偏波は、偏光子314を通過することができない。このようにして、この光カーシャッタースイッチでは、入力光Piはゲート光Pgのパルスによって光スイッチされる。ここで、光学素子301を透過する入力光Piの瞬間透過率Tおよび位相変化量ΔφKは、ゲート光の偏光方向と入力光の偏光方向が45°傾いたときに最大になる。この場合、瞬間透過率Tおよび位相変化量ΔφKは、それぞれ下記の数式(1)および数式(2)で表される。また、このときの光学素子301の実効的非線形屈折率n2,effは、下記の数式(3)で表される。
【数1】
T=sin2(ΔφK/2) …(1)
【数2】
ΔφK=[4πn2,effLIg]/λ …(2)
【数3】
n2,eff=n2,//−n2,T …(3)
ただし、上記の式において、Lは光学素子の光路長、λは入力光の波長、Igはゲートパルス光のパワー密度、n2,//およびn2,Tは、それぞれゲートパルス光の偏光方向と垂直方向における光学素子の非線形屈折率である。なお、数式(1)および数式(2)から、位相変化量ΔφKが充分小さいときは、下記の数式(4)に示す関係が近似的に成り立つことが判る。
【数4】
T∝[χ(3)]2×L2×[Ig]2 …(4)
本実施例で作成した四角柱型光学素子(光路長1cm)を用い図6に示すような光カーシャッタースイッチを構成した。図6に示すように、光カーシャッタースイッチ300は、この光学素子301のへ入射側に集光レンズ302およびダイクロイックミラー303を介して偏光子304を配置する。一方、光学素子からの出射側に受光レンズ312および波長選択透過フィルター315を介して偏光子314を配置して構成される。ここで、偏光子304と314は偏光軸が互いに直交するように配置されている。また、ダイクロイックミラー303は、入力光Piの波長の光は透過するが、ゲートパルス光Pgの波長の光は反射する性質を有し、波長選択透過フィルター315は、入力光Piの波長の光は透過するが、ゲートパルス光Pgの波長の光は透過しない性質を有するものとする。この光カーシャッタースイッチ300の動作を評価するため、その入射側に1/2波長板306を介してプローブ光源307を設け、一方、出射側に光検出器318を設けた。プローブ光源307からの入力光Piとしては、波長0.98μmの半導体レーザーを、ゲートパルス光Pgとしては波長1.064μmのNd:YAGレーザー(パルス幅6ナノ秒、発振サイクル10Hz)をそれそれ用いた。また、検出器318としては応答速度2ナノ秒の光電子増倍管を用いた。なお、図2に示した18C−CuPcの吸収スペクトルでは800nmまでしか表示していないが、波長0.98μmおよび1.064μmには吸収は認められない。以上のような装置構成で光カーシャッタースイッチ300の動作を確認したところ、ゲートパルス光の断続に対応して、検出器318の位置において、出力光Ptの光強度変化が確認され、プローブ光の透過率Tは、数式(4)に従い、ゲートパルス光のパワー密度Igの2乗に比例して増大することが確認された。すなわち、光カーシャッター動作していることが確認された。次に、応答速度を測定するためゲートパルス光Pgをピコ秒の色素レーザーとし、検出器318として検出限界2ピコ秒のストリークカメラを用いて調べたが、検出限界未満で高速に応答していることが確認された。
実施例4実施例2と同様にして、18C−CuPcのクロロホルム溶液を塗工液とし、スピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に、18C−CuPc単独の薄膜を作成した。この薄膜の断面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、膜の厚さは3μmであった。この薄膜をフォトリソグラフィ法およびリアクティブイオンエッチング法によって微細加工して、断面が3μm×3μmの光導波路型素子410を作成した。以上のようにして作成した本発明の光学素子の応用例として、3次非線形光学効果を応用した非線形光学装置の中から、マッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチについて説明する。本発明の光学素子をマッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を図7に示す。図7に示すように第一の光ファイバー結合器420は入射側アーム421、422、および、出射側アーム423、424を有する。また、第二の光ファイバー結合器430は入射側アーム433、434、および出射側アーム431、432を有する。第一の光ファイバー結合器420の出射側アーム423と第二の光ファイバー結合器430の入射側アーム433との間には、本発明の光導波路型素子410が接続配置される。一方、残りの、第一の光ファイバー結合器420の出射側アーム424と第二の光ファイバー結合器430の入射側アーム434との間には、石英光ファイバー440が接続配置される。そして、第一の光ファイバー結合器420の入射側アーム421には、集光レンズ451を介して入力光Piが結合され、一方、残りの入射側アーム422には、集光レンズ452を介してゲートパルス光Pgが結合される。さらに、第二の光ファイバー結合器430の出射側アーム432からは、受光レンズ453を介して出力光Ptを取り出せるようになっている。以上のような構成の光ゲート光スイッチ400において、入力光Piを集光レンズ451を通して入射側アーム421から光ファイバー結合器420へ入射させ、一方、ゲートパルス光Pgを集光レンズ452を通して入射側アーム422から、同じく光ファイバー結合器420へ入射させ、スイッチング特性を評価した。本実施例では、ゲートパルス光Pgの光源として、発振波長1.3μmの半導体レーザーを直接変調した周波数10GHz、ピーク尖頭値1Wのパルス光を用い、一方、入力光Piとして発振波長1.52μmの半導体レーザーからの10mW連続光を用いた。第一の光ファイバー結合器420は、入射側アーム421から入射した波長1.52μmの入力光Piを1:1の分岐比で出射側アーム423と424に分岐し、入射側アーム422から入射した波長1.3μmのゲートパルス光Pgを999:1の分岐比で出射側アーム423と424に分岐する機能を有するものである。また、第二の光ファイバー結合器430は、入射側アーム433および434から入射した波長1.52μmの光を、いずれも1:1の分岐比で出射側アーム431と432に分岐し、入射側アーム433から入射した波長1.3μmの光を1:999の分岐比で出射側アーム431と432に分岐する機能を有するものである。以上のような構成のマッハ・ツェンダー干渉計において、第二の光ファイバー結合器430の出射側アーム431および432から、それぞれ出射される出力光Ptの光強度(パワー密度)It1およびIt2は、下記の数式(5)および数式(6)で表すことができる。
【数5】
It1≒Iicos2(ΔφM/2) …(5)
【数6】
It2≒Iisin2(ΔφM/2) …(6)
ここで、Iiは入力光Piのパワー密度、ΔφMは実施例3の光カーシャッタースイッチの説明の場合の位相変化量ΔφKに対応するものであり、光導波路型光学素子410を透過してきた光と石英ファイバー440を透過してきた光の位相差を表し、数式(2)と類似の下記の数式(7)で与えられる。
【数7】
ΔφM=[4πn2,effLIg]/λ …(7)
ここで、n2,eff、L、および、Igは数式(2)の場合と同義である。また、石英ファイバー440の非線形屈折率は無視できるものと仮定している。本実施例において、ゲートパルス光Pgを入射しない状態では、出力光Ptの光強度It1およびIt2は下記の数式(8)で表すことができる。
【数8】
It1≒10mW, It2≒0mW …(8)
一方、ゲートパルス光Pgのピーク尖頭値が1Wのときには、出力光Ptの光強度It1およびIt2は下記の数式(9)で表すことができる。
【数9】
It1≒1mW, It2≒9mW …(9)
本実施例における入力光Pi、ゲート光Pg、および、出力光Ptの時間波形を図8に示す。この図から、連続光として入射された入力光Piが、10GHzのゲートパルス光Pgにより高速スイッチされて、出力光Pt が取り出されていることが判る。
【0022】
【発明の効果】以上、詳細に説明したように、本発明の非線形光学素子用有機材料は前記式[1]で表されるクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体を含有するものであり、これが有機溶剤、有機高分子系マトリックス材料のモノマー、および、高分子マトリックス材料に可溶であることから光学素子への加工が極めて容易である。本発明の非線形光学素子用有機材料は、また、前記式[1]で表されるクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体と金属塩の錯体を含有するものであり、この錯体中でクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体が高い配向性の分子会合配置を構築するため、極めて高性能の3次非線形光学効果を発揮する。本発明の光学素子は、前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物または前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含むものであり、超高速情報伝達および情報処理を目的とする光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において極めて有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体とアルカリ金属塩から成る錯体の立体配座を表した模式図である。
【図2】図2は、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体とアルカリ土類金属塩から成る錯体の立体構造を表した模式図である。
【図3】図3は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン誘導体の1H−NMRスペクトルである。
【図4】図4は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン誘導体の紫外・可視吸収スペクトルである。
【図5】図5は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン誘導体の紫外・可視吸収スペクトルである。
【図6】図6は、本発明の光学素子を光カーシャッタースイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を示すブロック図である。
【図7】図7は、本発明の光学素子をマッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を示すブロック図である。
【図8】図8は、本発明の実施例4における入力光、ゲート光(ゲートパルス光)、および、出力光の時間波形を示す波形図である。
【符号の説明】
300 光カーシャッタースイッチ
301 本発明の光学素子(四角柱型)
302 集光レンズ
303 ダイクロイックミラー
304 偏光子
314 偏光子
306 1/2波長板
307 プローブ光源
312 受光レンズ
315 波長選択透過フィルター
318 光検出器
400 マッハ・ツェンダー干渉計型光ゲート光スイッチ
410 本発明の光学素子(光導波路型)
420 ファイバー結合器
430 光ファイバー結合器
421、422、433、434 入射側アーム
423、424、431、432 出射側アーム
440 石英光ファイバー
451 集光レンズ
452 集光レンズ
453 受光レンズ
Pi 入力光
Pg ゲートパルス光(ゲート光)
Pt 出力光
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、例えば光通信、光情報処理などの光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において有用な、非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子に関するものである。
【0002】
【従来の技術】超高速情報伝達・処理を目的として、光の多重性、高密度性に着目した光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において、光学材料または光学組成物を加工して作成した光学素子に光を照射することで引き起こされる透過率や屈折率の変化を利用して、電子回路技術を用いずに、光の強度(振幅)または周波数(波長)を超高速で変調ないしスイッチングしようとする光・光制御方法の研究開発が盛んに進められている。光・光制御方法への応用が期待される超高速現象として、光双安定性、可飽和吸収、非線形屈折、フォトリフラクティブ効果などの3次非線形光学効果が広く注目を集めている。なかでも非線形光学素子用有機材料は、従来の無機非線形光学材料に比べて応答が高速で、かつ、非線形光学定数が大きいものが存在することから、実用化が特に期待されている。現在、3次非線形光学定数の大きい有機材料としては、ポリジアセチレン類に代表されるπ電子共役高分子化合物、電子供与性および電子吸引性の置換基を適切に配置したπ電子共役低分子化合物、シアニン色素のJ会合体に代表されるπ電子共役低分子化合物の特定の分子会合体、フタロシアニン誘導体、ナフタロシアニン誘導体などが知られている(特開平5−113585号公報、特開平6−222409号公報)。しかしながら、光学素子へ成形するための加工性が低い、光学材料としての耐久性に乏しい、などの様々な課題が残されており、実用に至るものは未だ得られていないのが現状である。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記のような従来技術の欠点を解消し、高い効率で充分な大きさおよび応答速度の3次非線形光学効果を発揮し、かつ、光学素子への加工が容易な非線形光学素子用有機材料およびそれを用いた光学素子を提供することを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、特定のフタロシアニン化合物を用いることにより本発明を完成するにいたった。すなわち、本発明は下記の第(1)〜(3)項の発明よりなるものである。
(1)下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化3】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
(2)下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化4】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
(3)第(1)項または第(2)項に記載の非線形光学素子用有機材料を含むことを特徴とする光学素子。
【0005】以下では、前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物を「クラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体」と呼ぶこととする。また、クラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体および/あるいはクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体を「本色素類」と呼ぶこととする。本発明で用いられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体は、文献に記載の公知の方法で合成することができる。例えば、コバヤシら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第7433〜7441ページ(1987年)[J.Am.Chem.Soc.]に記載の方法に従って、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン[慣用名ベンゾ−15−クラウン−5−エーテル]
【化5】
を酢酸中、少量のヨウ素を触媒として臭素によってジブロモ化して、2,3−(3'4'−ジブロモベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン
【化6】
を得て、これを脱水したN,N−ジメチルホルムアミド中、シアン化第一銅と加熱還流下、反応させて2,3−(3',4'−ジシアノベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エン
【化7】
を得て、次いで、これを2−(ジメチルアミノ)エタノール中、アンモニアガスを吹込みながら加熱還流して、15−クラウン−5−エーテルが縮合した無金属フタロシアニン
【化8】
を合成した。また、前記文献に記載の方法に従って、2,3−(3',4'−ジシアノベンゾ)−1,4,7,10,13−ペンタオキサシクロペンタデカ−2−エンをエチレングリコール中、酢酸第二銅、酢酸第一ニッケル、酢酸第一鉄、または、酢酸第一コバルトの存在下、加熱還流することによって、以下に化学式を示すような15−クラウン−5−エーテルが縮合した金属フタロシアニンを、それぞれ合成した。
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
上記の合成方法において、ベンゾ−15−クラウン−5−エーテルを用いることによって、前記式[1]においてs、t、u、vが全て0のものを、 ベンゾ−15−クラウン−5−エーテルの代りに、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13,16−ヘキサオキサシクロオクタデカ−2−エン[慣用名ベンゾ−18−クラウン−6−エーテル]、または、2,3−ベンゾ−1,4,7,10,13,16,19−ヘプタオキサシクロヘンエイコサ−2−エン[慣用名ベンゾ−21−クラウン−7−エーテル]を用いることによって、前記式[1]においてがs、t、u、vが全て1または2のものを、それぞれ合成することができる。また、ベンゾ−15−クラウン−5−エーテル、ベンゾ−18−クラウン−6−エーテル、および/あるいは、ベンゾ−21−クラウン−7−エーテルなどから、それぞれ合成されたジニトリル誘導体を混合して用いることによって、前記式[1]においてs、t、u、vが相異なるものを合成することもできる。さらにまた、ベンゾ−24−クラウン−8−エーテル、ベンゾ−27−クラウン−9−エーテル、ベンゾ−30−クラウン−10−エーテルなどを合成原料にすれば、前記式[1]においてs、t、u、vが3〜5の整数のものを合成することができる。上記の合成方法において、前記の金属酢酸塩の代りに1価の金属アルコラートなどを用いることにより、下記の式[2]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化13】
ここで、M(1)はリチウム、ナトリウムなどの1価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、2価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、2価の金属アルコラートまたはアセチルアセトナートを用いることによって、下記の式[3]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化14】
ここで、M(2)はマグネシウム、カルシウム、亜鉛、カドミウム、銅、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ルテニウム、パラジウム、白金などの2価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、3価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、3価の金属アルコラートなどを用いることにより、下記の式[4]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化15】
ここで、M(3)はアルミニウム、ガリウム、インジウムなどの3価の金属原子を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子、または、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などのアルコキシ基を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、4価の金属塩、例えばハロゲン化物、または、4価の金属アルコラートまたはアセチルアセトナートなどを用いることにより、下記の式[5]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化16】
ここで、M(4)はケイ素、チタニウム、ゲルマニウム、ジルコニウム、錫、バナジウムなどの4価の金属原子を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン原子、または、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などのアルコキシ基を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。また、前記式[4]においてXがハロゲン原子の場合、加水分解することにより前記式[4]においてXが水酸基のものを合成することができ、これをさらに、トリメチルシリルクロリド、トリフェニルシリルクロリドなどのシリル化剤と反応させることにより前記式[4]においてXがトリメチルシロキシ基、トリフェニルシロキシ基などのシロキシ基のものを合成することができる。同様にして、前記式[5]においてXが水酸基のもの、および、Xがシロキシ基のものを合成することができる。また、前記式[5]においてXが水酸基のものを脱水縮合し、必要に応じて末端を保護すると、下記の式[6]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンの重縮合体、または、下記の式[7]で表されるクラウンエーテル縮合金属フタロシアニンを合成することができる。
【化17】
ここで、M(4)はケイ素、ゲルマニウムなどの4価の金属原子を表し、Rは水素原子、アルキル基、またはシリル基を表し、nは2以上の整数を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【化18】
ここで、M(4)はチタニウム、バナジウムなどの4価の金属原子を表し、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。以上のようにして合成されるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体は、いずれも好適に、本発明で使用することができる。
【0006】本発明で用いられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体は、文献に記載の公知の方法で形成させることができる。例えば、シエルケンら、ベリヒテ ブンゼンゲゼルシャフト フィジカル ケミストリー、93巻、第702〜707ページ(1989年)[Ber.Bunsenges.Phys.Chem.]およびシエルケンら、レクエイル トラバウク キミクエス パイス バス、109巻、第425〜428ページ(1990年)[Recueil des Travaux Chimiques des PaysBas]には、18−クラウン−6−エーテル、15−クラウン−5−エーテル、または、21−クラウン−7−エーテルの縮合した銅フタロシアニン誘導体と、カリウム、ルビジウム、セシウムまたはバリウムのピクリン酸塩との錯体(錯塩)の合成方法およびX線回折を用いた構造解析結果について記載されている。この文献によれば、カリウム、ルビジウム、セシウムのようなアルカリ金属のピクリン酸塩との錯体は、クラウンエーテル縮合フタロシアニンのπ電子系分子平面が互いに平行に積層し、かつ、各分子のクラウンエーテル環の空孔や中心金属が上下に整列した「カラム型構造」であると推測されている。図1にカラム型構造の立体配座を模式的に示す。なお、図1において図を簡略にするため、ピクリン酸などのアニオン部分は省略してある。上記の文献によれば、アルカリ土類金属であるバリウムのピクリン酸塩との錯体においては、クラウンエーテル縮合フタロシアニンのπ電子系分子平面が互いに平行に積層するものの、クラウンエーテル環部分の上下の重なりが、カラムを形成しない「互い違い」形式になっていると推定されている。図2に、この場合の錯体の立体配座を模式的に示す。図2においても、図を簡略にするため、ピクリン酸などのアニオン部分は省略してある。本発明において、金属塩としては、上記の他に、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどのフッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、トリクロロ酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、ホウフッ化水素酸塩、ヘキサフルオロリン酸塩、過塩素酸塩、ピクリン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、テトラフェニルボラート塩、テトラキス(4−フルオロフェニル)ボラート塩などを使用することができる。本発明の非線形光学素子用有機材料は、以上のようにして合成されるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体またはクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体(「本色素類」)を含有するものであり、その組成について特に制限はない。本色素類を単独で使用しても良いし、必要に応じて、本色素類を適当なマトリックス材料中に溶解または分散して使用しても良い。マトリックス材料としては、用いられる光の波長領域で透過率が高く、散乱が少ないこと、本色素類を安定性良く溶解または分散できること、光学素子としての形態を安定性良く保つことができることなどの条件を満足するものであれば任意のものを本発明で使用することができる。無機系のマトリックス材料としては、多孔質ガラスやいわゆるゾルゲル法で作成される低融点ガラス材料などを使用することができる。有機系のマトリックス材料としては、種々の有機高分子材料を使用することができる。その具体例としては、ポリスチレン、ポリ(α−メチルスチレン)、ポリインデン、ポリ(4−メチル−1−ペンテン)、ポリビニルピリジン、ポリビニルホルマール、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルエチルエーテル、ポリビニルベンジルエーテル、ポリビニルメチルケトン、ポリ(N−ビニルカルバゾール)、ポリ(N−ビニルピロリドン)、ポリアクリル酸メチル、ポリアクリル酸エチル、ポリアクリル酸、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸ブチル、ポリメタクリル酸ベンジル、ポリメタクリル酸シクロヘキシル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸アミド、ポリメタクリロニトリル、ポリアセトアルデヒド、ポリクロラール、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリカーボネイト類、ポリ(ジエチレングリコール・ビスアリルカーボネイト)類、6−ナイロン、6,6−ナイロン、12−ナイロン、6,12−ナイロン、ポリアスパラギン酸エチル、ポリグルタミン酸エチル、ポリリジン、ポリプロリン、ポリ(γ−ベンジル−L−グルタメート)、メチルセルロース、エチルセルロース、ベンジルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、アセチルセルロース、セルローストリアセテート、セルローストリブチレート、アルキド樹脂、脂肪酸変性アルキド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、キシレン樹脂、トルエン樹脂、グアナミン樹脂などの樹脂、ポリ(フェニルメチルシラン)などの有機ポリシラン、有機ポリゲルマン、および、これらの共重合・共重縮合体を挙げることができる。また、二硫化炭素、四フッ化炭素、エチルベンゼン、パーフルオロベンゼン、パーフルオロシクロヘキサン、トリメチルクロロシランなどの、通常では重合性のない化合物をプラズマ重合して得た高分子化合物なども使用することができる。これらのマトリックッス材料中へ本色素類を溶解または分散させるには公知の方法を用いれば良い。例えば、本色素類とマトリックス材料を共通の溶媒中へ溶解して混合した後、溶媒を蒸発させて除去する方法、ゾルゲル法で製造する無機系マトリックス材料の原料溶液へ本色素類を溶解または分散させてからマトリックス材料を形成する方法、有機高分子系マトリックス材料のモノマー中へ、必要に応じて溶媒を用いて、本色素類を溶解または分散させてから該モノマーを重合ないし重縮合させてマトリックス材料を形成する方法、本色素類と有機高分子系マトリックス材料を共通の良溶媒中に溶解した溶液を、本色素類と有機高分子系マトリックス材料に共通の貧溶媒中へ滴下し、生じた沈殿を濾別し乾燥してから加熱・溶融加工する方法などを好適に用いることができる。本発明の光学素子は、使用目的に適合したものであれば、任意の方式および任意の形態を採用することができる。すなわち、本発明の光学素子の形態は使用目的に応じて、薄膜、厚膜、板状、ブロック状、円柱状、半円柱状、四角柱状、三角柱状、凸レンズ状、凹レンズ状、マイクロレンズアレイ状、ファイバー状、マイクロチャンネルアレイ状、および光導波路型などの中から適宜選択することができる。
【0007】本発明の光学素子の作成方法は、光学素子の形態および使用する材料の加工特性に応じて任意に選定され、公知の方法を用いることができる。例えば、薄膜状の光学素子を作成する場合は、本色素類を単独で、または、マトリックス材料と混合して溶解した溶液を例えばガラス板上に塗布法、ブレードコート法、ロールコート法、スピンコート法、ディッピング法、スプレー法などの塗工法で塗工するか、あるいは、平版、凸版、凹版、孔版、スクリーン、転写などの印刷法で印刷すれば良い。この場合、ゾルゲル法による無機系マトリックス材料作成方法を利用することもできる。有機高分子系マトリックス材料が熱可塑性の場合、加熱溶融成膜法や延伸法を用いても薄膜ないし厚膜状の膜型光学素子を作成することができる。板状、ブロック状、円柱状、半円柱状、四角柱状、三角柱状、凸レンズ状、凹レンズ状、マイクロレンズアレイ状の光学素子を作成する場合は、例えば有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを用いてキャスティング法やリアクション・インジェクション・モールド法で成型することができる。また、熱可塑性の有機高分子系マトリックス材料を用いる場合、本色素類を溶解または分散したペレットまたは粉末を加熱溶融させてから射出成形法で加工しても良い。ファイバー状の光学素子は、例えば、ガラスキャピラリー管の中に有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを流し込むか、または、毛管現象で吸い上げたものを重合させる方法、または、本色素類を溶解または分散させた熱可塑性の有機高分子系マトリックス材料の円柱、いわゆるプリフォームをガラス転移温度よりも高い温度まで加熱、糸状に延伸してから、冷却する方法などで作成することができる。上記のようにして作成したファイバー状の光学素子を多数束ねて加熱圧着してから薄片状ないし板状にスライスすることによりマイクロチャンネルアレイ型の光学素子を作成することもできる。導波路型の光学素子は、基板上に作成した溝の中に有機高分子系マトリックス材料の原料モノマーに本色素類を溶解または分散させたものを流し込んでから重合させる方法、または、基板上に形成した薄膜状光学素子をエッチングして「コア」パターンを形成し、次いで、本色素類を含まないマトリックス材料で「クラッド」を形成する方法によって作成することができる。本発明で用いるられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体に共通の特徴として、これらは種々の有機溶媒、有機高分子系マトリックス材料のモノマー、および、有機高分子系マトリックス材料そのものへ可溶であり、光学素子への加工が極めて容易である。例えば、クロロホルムへ溶かした溶液を基板上に塗工し、減圧下、溶媒を除去するだけで、非晶質の薄膜を作成することができ、極めて簡便に薄膜型光学素子を作成することができる。本発明で用いるられるクラウンエーテル縮合フタロシアニン誘導体を溶解するには、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、1,2−ジクロロエタン、1,1,2−トリクロロエタン、トリクレンなどのハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、アニソール、α−クロロナフタレンなどの芳香族炭化水素類、ピリジン、キノリンなどの含窒素複素環化合物類、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、メトキシエタノール、エトキシエタノール、ブトキシエタノール、カルビトールなどのエーテル類、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、1,3−ジオキソラン、1,4−ジオキサン、トリオキサンなどの環状エーテル類などの有機溶剤を好適に使用することができる。本発明の光学素子は、通常の光吸収や光反射などの線形光学効果を利用した素子としても利用できるが、電気光学素子、周波数変換素子、光スイッチ素子、光双安定素子、光屈折(フォトリフラクティブ)素子として利用することによって3次非線形光学効果についての高い性能を発揮させることができる。本発明の光学素子を利用するための装置構成については、利用する線形および非線形光学効果の種類に応じて、公知のものを適宜使用することができる。
【0008】
【作用】本発明の非線形光学素子用有機材料はクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体を含有し、これは、分子中に非線形光学効果を発揮する部分(フタロシアニン骨格)と、色素の可溶化ないしマトリックス材料として作用する部分(クラウンエーテル部分)を合せ持つ化合物であり、塗工法などの簡便な方法で光学的性質に優れ、かつ、非線形光学効果を発揮する部分を高濃度で含有する薄膜を形成することを可能とし、その結果、高い3次非線形光学効果を発揮するものである。本発明の非線形光学素子用有機材料は、また、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体と金属塩から成る錯体を含有し、この錯体は、非線形光学効果を発揮する部分(フタロシアニン骨格)のπ電子系分子平面が互いに平行に整然と整列した立体配置を有していると推測され、その結果、極めて高い3次非線形光学効果を発揮するものである。本発明の光学素子は、上記のような優れた材料から成るものであり、3次非線形光学効果の面で、高い性能を発揮する。
【0009】
【実施例】
実施例1市販のベンゾ−18−クラウン−5−エーテル[東京化成(株)製]を原料として、18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン
【化19】
(以下、18C−H2Pcと記す。)をシエルケンら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第4261〜4265ページ(1987年)記載の方法により合成した。18C−H2Pcの1H−NMRスペクトル(溶媒:重クロロホルム、共鳴周波数:250MHz、内部標準:テトラメチルシラン)を図3に、紫外・可視吸収スペクトル(溶媒:ジクロロメタン)を図4に示す。1H−NMRスペクトルでは、フタロシアニン骨格の芳香族水素が7.84ppmにシングレット(積分値8H)として、クラウンエーテル部分の脂肪族水素が4.55ないし3.82ppmにマルチプレット(積分値80H)として、環内の窒素原子に結合した水素が−3.86ppmという極めて高磁場側にシングレット(積分値2H)として出現しており、上記の化学式に合致する構造であることが確認できる。なお、図3における7.26ppmのシグナルは重クロロホルム中の、重水素化されていないクロロホルムによる。
紫外・可視吸収スペクトルでは、500から550nm附近に吸収のない領域、いわゆる「吸収の窓」があり、波長1.5μm近傍の赤外線を照射したとき発振する3次高調波を、無駄なく取り出すことができることが判る。18C−H2Pcは前記の種々の有機溶媒に可溶である。まず、18C−H2Pcのクロロホルム溶液について、文献[久保寺憲一、固体物理、24巻、11号、第903〜908ページ(1989年)]に記載のTHG法による測定方法に従って、3次非線形感受率χ(3)の評価を行った。基本波の波長は1.5μmおよび1.9μmを採用し、18C−H2Pcの濃度は1.00×10-3モル/リットル(0.09801重量%)とし、光路長1mmの石英製セル(石英ガラスの厚さ1mm)に溶液を入れて測定した。なお、以下、特に明記しないが、THG法でχ(3)の測定を行う場合、予備実験として、2次高調波が発生していないことを必ず確認している。これは、2次高調波が発生していると、基本波との和周波によって、3次高調波が発生しているように見える現象、いわゆる「カスケード」が起こり、χ(3)を正しく測定できないためである。石英ガラスの基本波波長1.9μmにおける3次非線形感受率χ(3)2.8×10-14esuを基準として解析して求めた溶液中の18C−H2Pcの3次非線形感受率χ(3)は第1表に示す通りであった。なお、表中、100重量%への換算係数は、測定時の濃度(重量%)の逆数を採用した。
【0010】
【表1】
【0011】濃度10-3モル/リットル程度の希薄溶液状態に置かれた分子は、会合体を形成せず、分子単独で存在していると推定されるが、このような状態においても、18C−H2Pcは比較的大きな3次非線形感受率χ(3)を示した。なお、前述の吸収スペクトルデータから明らかなように基本波波長が1.5μmのとき、発振した3次高調波(波長50nm)の吸収は極めて少ないが、基本波波長が1.9μmのとき、発振した3次高調波(波長633.3nm)は一部分、18C−H2Pc自身に吸収される。すなわち、基本波波長1.9μmの測定は、いわゆる「共鳴条件」で行われており、非共鳴の基本波波長1.5μmのときのχ(3)よりも5倍近く大きく測定されている。次いで、18C−H2Pcのクロロホルム溶液を塗工液とし、スピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に、18C−H2Pc単独の薄膜を作成した。同じ条件で作成した薄膜を基板から剥がして、X線回折パターンを測定したところ、明確な回折像は観察されなかったことから、塗工法で作成した18C−H2Pc単独の薄膜はアモルファスであると推定される。この薄膜の紫外・可視吸収スペクトルを測定したが、500から550nm附近の「吸収の窓」の状態はクロロホルム溶液の場合と同等であった。触針法で測定した厚さ0.92μmの薄膜を用いて、THG法によってχ(3)の評価を行った。溶液試料の場合と同様にして解析した結果を第2表に示す。
【0012】
【表2】
【0013】3次非線形感受率χ(3)の値は溶液の場合の2〜3倍に増大しており、これは分子間相互作用が増加したことによると推測される。上記のように、石英基板上に塗工法で18C−H2Pc単独の薄膜を作成したものは、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。次に、18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムの1:4モル比の混合物をスピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に成膜し、18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムから成る錯体を含有する薄膜を作成した。同じ条件で作成した薄膜を基板から剥がして、X線回折パターンを測定したところ、明確ではないものの、π電子平面の積層構造を示唆する回折像が観察された。また、この薄膜の紫外・可視吸収スペクトルを測定したが、500から550nm附近の「吸収の窓」の状態はクロロホルム溶液の場合と同等であった。触針法で測定した厚さ0.87μmの薄膜を用いて、THG法によってχ(3)の評価を行った。単独薄膜の場合と同様にして解析した結果を第3表に示す。
【0014】
【表3】
【0015】3次非線形感受率χ(3)の値は18C−H2Pc単独薄膜の場合の2倍以上に増大しており、これはπ電子平面の積層構造が形成されたことによって、分子間相互作用が一段と増加したことを示唆している。上記のように、石英基板上に塗工法で18C−H2Pcとピクリン酸ルビジウムから成る錯体を含有する薄膜を作成したものは、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。
実施例2市販のベンゾ−18−クラウン−5−エーテル[東京化成(株)製]を原料として、18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン
【化20】
(以下、18C−CuPcと記す。)をシエルケンら、ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサエティ、109巻、第4261〜4265ページ(1987年)載の方法により合成した。18C−CuPcの紫外・可視吸収スペクトル(溶媒:ジクロロメタン)を図5に示す。なお、中心金属の銅は常磁性であるため、1H−NMRスペクトルは測定できない。紫外・可視吸収スペクトルでは、500から550nm附近に「吸収の窓」があることが判る。以下、実施例1の場合と同様にして、18C−CuPcのクロロホルム溶液および単独薄膜、および、18C−CuPcとピクリン酸ルビジウム錯体を含有した薄膜の3次非線形感受率χ(3)をTHG法で評価した。解析結果をそれぞれ第4表、第5表及び第6表に掲げる。なお、クロロホルム溶液の濃度は10-3モル/リットル(0.1022重量%)、18C−CuPc単独薄膜(アモルファス)の膜厚は0.91μm、同じく錯体を含有する薄膜の膜厚は0.95μmであった。
【0016】
【表4】
【0017】
【表5】
【0018】
【表6】
【0019】溶液試料に比較して、単独アモルファス膜の場合のχ(3)は2〜3倍であり、単独アモルファス膜に比較して錯体含有薄膜のχ(3)は2倍強であった。石英基板上に作成したこれらの薄膜は、そのままの形で、膜型光学素子として利用することができる。
実施例3実施例2で用いた18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン(18C−CuPc)をメタクリル酸メチルへ溶解ないし微分散し、重合開始剤として過酸化ベンゾイルを加え、石英セルを先端部に取り付けた重合管へ充填し、管を密閉した。重合管は石英セルの光路長1mmのもの、および1cmのものの2本を用いた。これらの重合管を70℃で24時間加熱し、前記モノマーを重合させた。18C−CuPcの濃度は、重合後のポリメタクリル酸メチル(以下、PMMAと呼ぶ。)の比重を1.18としたとき、1.00×10-3モル/リットル(0.128重量%)になるよう調節した。こうして、石英セルの中に密閉された形態の厚膜型光学素子(光路長1mm)および四角柱型光学素子(光路長1cm)を作成した。この厚膜型光学素子について、実施例1において溶液セルを用いた場合と同様にして、PMMA厚膜中における18C−CuPcの3次非線形感受率χ(3)の測定を行った。解析結果は第7表に示す通りであった。
【0020】
【表7】
【0021】本発明の光学素子の応用例として、3次非線形光学効果を応用した非線形光学装置の中から、光制御・光スイッチである光カーシャッタースイッチについて説明する。光カーシャッタースイッチとは、入力光Piをゲートパルス光Pgでゲーティングして、ゲートパルスの時間波形に対応した出力光Ptを得ようとするものであり、例えば、図6に示すような構成を有する。図6に示すように、光カーシャッタースイッチ300は、非線形屈折率効果を示す光学素子301の両側に、互いに偏光軸が直交するように配置された2枚の偏光子304および314を配置したものであり、2枚の偏光子304および314は直交偏光子系を構成している。この構成の光カーシャッタースイッチにおいては、ゲートパルス光Pgが入射しているときだけ、光学素子301内部に屈折率変化が生じる。従って、ゲートパルス光Pgを光学素子301に照射しながら偏光子304に入力光Piを入射すると、偏光子304を通過した入力光Piの直線偏波が、光学素子301内部の屈折率変化によって楕円偏光に変換され、その結果、入力光の一部が直交偏光子314を通過して出力光Ptとなる。一方、ゲートパルス光Pgが光学素子301に入射していない状態で偏光子304に入力光Piを入射すると、偏光子304を通過した入力光Piの直線偏波は、偏光子314を通過することができない。このようにして、この光カーシャッタースイッチでは、入力光Piはゲート光Pgのパルスによって光スイッチされる。ここで、光学素子301を透過する入力光Piの瞬間透過率Tおよび位相変化量ΔφKは、ゲート光の偏光方向と入力光の偏光方向が45°傾いたときに最大になる。この場合、瞬間透過率Tおよび位相変化量ΔφKは、それぞれ下記の数式(1)および数式(2)で表される。また、このときの光学素子301の実効的非線形屈折率n2,effは、下記の数式(3)で表される。
【数1】
T=sin2(ΔφK/2) …(1)
【数2】
ΔφK=[4πn2,effLIg]/λ …(2)
【数3】
n2,eff=n2,//−n2,T …(3)
ただし、上記の式において、Lは光学素子の光路長、λは入力光の波長、Igはゲートパルス光のパワー密度、n2,//およびn2,Tは、それぞれゲートパルス光の偏光方向と垂直方向における光学素子の非線形屈折率である。なお、数式(1)および数式(2)から、位相変化量ΔφKが充分小さいときは、下記の数式(4)に示す関係が近似的に成り立つことが判る。
【数4】
T∝[χ(3)]2×L2×[Ig]2 …(4)
本実施例で作成した四角柱型光学素子(光路長1cm)を用い図6に示すような光カーシャッタースイッチを構成した。図6に示すように、光カーシャッタースイッチ300は、この光学素子301のへ入射側に集光レンズ302およびダイクロイックミラー303を介して偏光子304を配置する。一方、光学素子からの出射側に受光レンズ312および波長選択透過フィルター315を介して偏光子314を配置して構成される。ここで、偏光子304と314は偏光軸が互いに直交するように配置されている。また、ダイクロイックミラー303は、入力光Piの波長の光は透過するが、ゲートパルス光Pgの波長の光は反射する性質を有し、波長選択透過フィルター315は、入力光Piの波長の光は透過するが、ゲートパルス光Pgの波長の光は透過しない性質を有するものとする。この光カーシャッタースイッチ300の動作を評価するため、その入射側に1/2波長板306を介してプローブ光源307を設け、一方、出射側に光検出器318を設けた。プローブ光源307からの入力光Piとしては、波長0.98μmの半導体レーザーを、ゲートパルス光Pgとしては波長1.064μmのNd:YAGレーザー(パルス幅6ナノ秒、発振サイクル10Hz)をそれそれ用いた。また、検出器318としては応答速度2ナノ秒の光電子増倍管を用いた。なお、図2に示した18C−CuPcの吸収スペクトルでは800nmまでしか表示していないが、波長0.98μmおよび1.064μmには吸収は認められない。以上のような装置構成で光カーシャッタースイッチ300の動作を確認したところ、ゲートパルス光の断続に対応して、検出器318の位置において、出力光Ptの光強度変化が確認され、プローブ光の透過率Tは、数式(4)に従い、ゲートパルス光のパワー密度Igの2乗に比例して増大することが確認された。すなわち、光カーシャッター動作していることが確認された。次に、応答速度を測定するためゲートパルス光Pgをピコ秒の色素レーザーとし、検出器318として検出限界2ピコ秒のストリークカメラを用いて調べたが、検出限界未満で高速に応答していることが確認された。
実施例4実施例2と同様にして、18C−CuPcのクロロホルム溶液を塗工液とし、スピンキャスト法によって石英基板(厚さ2mm)上に、18C−CuPc単独の薄膜を作成した。この薄膜の断面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、膜の厚さは3μmであった。この薄膜をフォトリソグラフィ法およびリアクティブイオンエッチング法によって微細加工して、断面が3μm×3μmの光導波路型素子410を作成した。以上のようにして作成した本発明の光学素子の応用例として、3次非線形光学効果を応用した非線形光学装置の中から、マッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチについて説明する。本発明の光学素子をマッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を図7に示す。図7に示すように第一の光ファイバー結合器420は入射側アーム421、422、および、出射側アーム423、424を有する。また、第二の光ファイバー結合器430は入射側アーム433、434、および出射側アーム431、432を有する。第一の光ファイバー結合器420の出射側アーム423と第二の光ファイバー結合器430の入射側アーム433との間には、本発明の光導波路型素子410が接続配置される。一方、残りの、第一の光ファイバー結合器420の出射側アーム424と第二の光ファイバー結合器430の入射側アーム434との間には、石英光ファイバー440が接続配置される。そして、第一の光ファイバー結合器420の入射側アーム421には、集光レンズ451を介して入力光Piが結合され、一方、残りの入射側アーム422には、集光レンズ452を介してゲートパルス光Pgが結合される。さらに、第二の光ファイバー結合器430の出射側アーム432からは、受光レンズ453を介して出力光Ptを取り出せるようになっている。以上のような構成の光ゲート光スイッチ400において、入力光Piを集光レンズ451を通して入射側アーム421から光ファイバー結合器420へ入射させ、一方、ゲートパルス光Pgを集光レンズ452を通して入射側アーム422から、同じく光ファイバー結合器420へ入射させ、スイッチング特性を評価した。本実施例では、ゲートパルス光Pgの光源として、発振波長1.3μmの半導体レーザーを直接変調した周波数10GHz、ピーク尖頭値1Wのパルス光を用い、一方、入力光Piとして発振波長1.52μmの半導体レーザーからの10mW連続光を用いた。第一の光ファイバー結合器420は、入射側アーム421から入射した波長1.52μmの入力光Piを1:1の分岐比で出射側アーム423と424に分岐し、入射側アーム422から入射した波長1.3μmのゲートパルス光Pgを999:1の分岐比で出射側アーム423と424に分岐する機能を有するものである。また、第二の光ファイバー結合器430は、入射側アーム433および434から入射した波長1.52μmの光を、いずれも1:1の分岐比で出射側アーム431と432に分岐し、入射側アーム433から入射した波長1.3μmの光を1:999の分岐比で出射側アーム431と432に分岐する機能を有するものである。以上のような構成のマッハ・ツェンダー干渉計において、第二の光ファイバー結合器430の出射側アーム431および432から、それぞれ出射される出力光Ptの光強度(パワー密度)It1およびIt2は、下記の数式(5)および数式(6)で表すことができる。
【数5】
It1≒Iicos2(ΔφM/2) …(5)
【数6】
It2≒Iisin2(ΔφM/2) …(6)
ここで、Iiは入力光Piのパワー密度、ΔφMは実施例3の光カーシャッタースイッチの説明の場合の位相変化量ΔφKに対応するものであり、光導波路型光学素子410を透過してきた光と石英ファイバー440を透過してきた光の位相差を表し、数式(2)と類似の下記の数式(7)で与えられる。
【数7】
ΔφM=[4πn2,effLIg]/λ …(7)
ここで、n2,eff、L、および、Igは数式(2)の場合と同義である。また、石英ファイバー440の非線形屈折率は無視できるものと仮定している。本実施例において、ゲートパルス光Pgを入射しない状態では、出力光Ptの光強度It1およびIt2は下記の数式(8)で表すことができる。
【数8】
It1≒10mW, It2≒0mW …(8)
一方、ゲートパルス光Pgのピーク尖頭値が1Wのときには、出力光Ptの光強度It1およびIt2は下記の数式(9)で表すことができる。
【数9】
It1≒1mW, It2≒9mW …(9)
本実施例における入力光Pi、ゲート光Pg、および、出力光Ptの時間波形を図8に示す。この図から、連続光として入射された入力光Piが、10GHzのゲートパルス光Pgにより高速スイッチされて、出力光Pt が取り出されていることが判る。
【0022】
【発明の効果】以上、詳細に説明したように、本発明の非線形光学素子用有機材料は前記式[1]で表されるクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体を含有するものであり、これが有機溶剤、有機高分子系マトリックス材料のモノマー、および、高分子マトリックス材料に可溶であることから光学素子への加工が極めて容易である。本発明の非線形光学素子用有機材料は、また、前記式[1]で表されるクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体と金属塩の錯体を含有するものであり、この錯体中でクラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体が高い配向性の分子会合配置を構築するため、極めて高性能の3次非線形光学効果を発揮する。本発明の光学素子は、前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物または前記式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含むものであり、超高速情報伝達および情報処理を目的とする光エレクトロニクスおよびフォトニクスの分野において極めて有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体とアルカリ金属塩から成る錯体の立体配座を表した模式図である。
【図2】図2は、クラウンエーテルが縮合したフタロシアニン誘導体とアルカリ土類金属塩から成る錯体の立体構造を表した模式図である。
【図3】図3は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン誘導体の1H−NMRスペクトルである。
【図4】図4は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した無金属フタロシアニン誘導体の紫外・可視吸収スペクトルである。
【図5】図5は、本発明に用いられる18−クラウン−5−エーテルの縮合した銅フタロシアニン誘導体の紫外・可視吸収スペクトルである。
【図6】図6は、本発明の光学素子を光カーシャッタースイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を示すブロック図である。
【図7】図7は、本発明の光学素子をマッハ・ツェンダー干渉計型の光ゲート光スイッチに利用するために好適な光学装置の機能構成を示すブロック図である。
【図8】図8は、本発明の実施例4における入力光、ゲート光(ゲートパルス光)、および、出力光の時間波形を示す波形図である。
【符号の説明】
300 光カーシャッタースイッチ
301 本発明の光学素子(四角柱型)
302 集光レンズ
303 ダイクロイックミラー
304 偏光子
314 偏光子
306 1/2波長板
307 プローブ光源
312 受光レンズ
315 波長選択透過フィルター
318 光検出器
400 マッハ・ツェンダー干渉計型光ゲート光スイッチ
410 本発明の光学素子(光導波路型)
420 ファイバー結合器
430 光ファイバー結合器
421、422、433、434 入射側アーム
423、424、431、432 出射側アーム
440 石英光ファイバー
451 集光レンズ
452 集光レンズ
453 受光レンズ
Pi 入力光
Pg ゲートパルス光(ゲート光)
Pt 出力光
【特許請求の範囲】
【請求項1】下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化1】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【請求項2】下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化2】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【請求項3】請求項1または2に記載の非線形光学素子用有機材料を含むことを特徴とする光学素子。
【請求項1】下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化1】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【請求項2】下記の式[1]で表されるフタロシアニン化合物と金属塩から成る錯体を含有することを特徴とする非線形光学素子用有機材料。
【化2】
ここで、Mは水素原子2個または金属原子を表し、この金属原子にはハロゲン原子、酸素原子、水酸基、アルコキシ基、シロキシ基、炭化水素基が結合していても良く、1価の金属の場合は金属原子2個となり、s、t、uおよびvはそれぞれ0または1〜5の整数を表す。
【請求項3】請求項1または2に記載の非線形光学素子用有機材料を含むことを特徴とする光学素子。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開平8−304861
【公開日】平成8年(1996)11月22日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−132889
【出願日】平成7年(1995)5月2日
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【公開日】平成8年(1996)11月22日
【国際特許分類】
【出願日】平成7年(1995)5月2日
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
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