説明

骨格筋検査用キット及び骨格筋検査方法

【課題】 骨格筋の萎縮の程度を正確に検査するためのキットを提供する。
【解決手段】 (a)抗遅筋ミオシン抗体、(b)アクチン染色試薬、(c)抗デスミン抗体及び/又は抗α−アクチニン抗体を組み合わせてキットとして用いる。好ましくは、さらに、核染色試薬、及び抗アセチル化チューブリン抗体も同時に用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は骨格筋の萎縮の程度などを検査するためのキット及び骨格筋の検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
寝たきり老人の対策には、その機序や病態に関する基礎的知見の充実が必要である。そのような研究は従来あり(非特許文献1〜4)、骨格筋で廃用性萎縮が見られ、廃用数週間で筋線維に変化が現れることがわかっている。最近では、廃用性萎縮を起こしている筋での遺伝子発現が調べられたり(非特許文献5,6)、筋線維の変化を低減する方法の試みもある(非特許文献7〜14)。
しかし、どちらかといえばそのような研究報告は散発的であり、骨格筋廃用性萎縮に関する総括的理解を得るには未整備であった。未整備であることの一つとして、骨格筋廃用性萎縮の進行程度を評価する基準がないことがあげられる。そのために、複数の研究報告相互を比較して論じることが困難であった。
また、筋ジストロフィーや神経原性筋萎縮などにおいても骨格筋における病変を正確に検査する方法は確立されていなかった。
【非特許文献1】Adv Space Res, 2002. 30(4): p. 777-81.
【非特許文献2】J Gravit Physiol, 2001. 8(1): p. P71-2.
【非特許文献3】Muscle Nerve, 1998. 21(10): p. 1280-9.
【非特許文献4】Acta Physiol Scand, 1998. 163(4): p. 369-77.
【非特許文献5】J Physiol, 2003. 551(Pt 1): p. 33-48.
【非特許文献6】J Cell Biochem, 2001. 83(3): p. 508-19.
【非特許文献7】Neurosci Res, 2004. 48(2): p. 119-27.
【非特許文献8】Jpn J Physiol, 2003. 53(2): p. 77-87.
【非特許文献9】J Physiol, 2002. 545(Pt 3): p. 819-28.
【非特許文献10】Acta Physiol Scand, 2002. 176(4): p. 293-300.
【非特許文献11】J Appl Physiol, 1999. 87(1): p. 3-9.
【非特許文献12】Am J Physiol, 1998. 275(3 Pt 1): p. E373-9.
【非特許文献13】Aviat Space Environ Med, 2002. 73(7): p. 635-9.
【非特許文献14】Am J Physiol Cell Physiol, 2000. 278(3): p. C582-8.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、骨格筋において萎縮の程度などを正確に検査するための方法及びキットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、抗遅筋ミオシン抗体、アクチン染色試薬、並びに抗デスミン抗体及び/又は抗α−アクチニン抗体を組み合わせて用いて検査することで筋萎縮などの骨格筋の病態が正確に検査できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)以下の(a)〜(c)の抗体を含む骨格筋検査用キット;
(a)抗遅筋ミオシン抗体
(b)アクチン染色試薬
(c)抗デスミン抗体及び/又は抗α−アクチニン抗体。
(2)さらに、核染色試薬を含む、(1)の骨格筋検査用キット。
(3)さらに、抗アセチル化チューブリン抗体を含む、(1)又は(2)の骨格筋検査用キット。
(4)骨格筋の廃用性萎縮の検査用である、(1)〜(3)のいずれかの骨格筋検査用キット。
(5)(1)〜(4)のいずれかのキットを用いて骨格筋を検査する方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明のキットを用いることにより、骨格筋の萎縮のステージを正確に検査することができる。
これにより、治療方針の決定や治療効果の確認が容易になる。また、廃用性萎縮、筋ジストロフィー、神経原性筋萎縮などの疾患を判別することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のキットは抗遅筋ミオシン抗体、アクチン染色試薬、並びに抗デスミン抗体及び/又は抗α−アクチニン抗体を含む。
抗遅筋ミオシン抗体は免疫組織染色において遅筋型ミオシンを認識できるものであれば特に制限されないが、例えば、シグマ・アルドリッチ社のカタログ番号M8421の抗遅筋ミオシン抗体を用いることができる。そのほかにも、遅筋ミオシンはそのアミノ酸配列(GenBank Accession No. NP_005954 (myosin heavy polypeptide 1, Homo sapiens))が知られているため、その部分配列を有するペプチドなどを抗原として通常の手段によって取得できるポリクローナル抗体やモノクローナル抗体を用いることもできる。なお、本明細書中では、モノクローナル抗体はF(ab')2化抗体、F(ab')化抗体などのフラグメントも含む。
廃用性萎縮では速筋線維より遅筋線維に早く変化が現れることが知られている(J Appl
Physiol, 1998. 85(3): p. 1017-23.)ので、遅筋ミオシンに対する抗体を用いることで、より的確に病変(筋線維の変化)をとらえることができる。また、その他の筋萎縮性疾患でも遅筋ミオシンに対する抗体を用いることにより的確に病変をとらえることができる。
【0008】
アクチン染色試薬は、筋原線維の主要な成分であるF-アクチンを染色できるものである限り特に制限されないが、例えば、標識ファロイジン(phalloidin)や抗アクチン抗体などが挙げられる。これらの試薬は市販のものを用いてもよいし、自ら合成又は製造して用いてもよい。標識ファロイジンとしては、例えば、蛍光物質、ビオチン、酵素などで標識されたファロイジンを用いることができる。アクチンを染色することにより、筋原線維の変化、中心性病変の有無などを検出することができる。
【0009】
抗デスミン抗体は免疫組織染色においてデスミンを認識できるものであれば特に制限されないが、例えば、シグマ・アルドリッチ社のカタログ番号D1033の抗デスミン抗体、Novocastra社のウサギ抗デスミン・ポリクローナル抗体などを用いることができる。そのほかにも、デスミンはそのアミノ酸配列(GenBank Accession No. AAH32116 (Desmin, Homo
sapiens))が知られているため、その部分配列を有するペプチドなどを抗原として通常の手段によって取得できるポリクローナル抗体やモノクローナル抗体を用いることもできる。
抗α-アクチニン抗体は免疫組織染色においてα-アクチニンを認識できるものであれば特に制限されないが、例えば、シグマ・アルドリッチ社のカタログ番号A7811の抗α-アクチニン抗体などを用いることができる。そのほかにも、α-アクチニンはそのアミノ酸配列(GenBank Accession No. NP_001094 (alpha-actinin 2, Homo sapiens)、GenBank Accession NP_001095 (alpha-actinin 3, Homo sapiens))が知られているため、その部分配列を有するペプチドなどを抗原として通常の手段によって取得できるポリクローナル抗体
やモノクローナル抗体を用いることもできる。
本発明の検査キットは抗デスミン抗体、抗α-アクチニン抗体のいずれか一方を含むものでもよいし、両方を含むものでもよい。
α-アクチニンとデスミンはZ盤に存在するため、抗デスミン抗体、抗α-アクチニン抗体を用いることで筋のサルコメア構造の変化(位相のずれなど)をとらえることができる。
【0010】
本発明の検査キットは、上記に加えて、さらに核染色試薬を含むものであってもよい。核染色試薬としては、DAPI(4',6-Diamidino-2-phenylindole)、Hoechst色素、抗核抗体などが挙げられる。これらの試薬は市販のものなどを用いることができる。
筋線維の再生があると核が細胞の中央部に存在するようになるので、核染色試薬を用いることにより、筋線維の再生の有無を判定することができる。したがって、治療効果の判定にも用いることができる。
【0011】
本発明のキットは、上記に加えて、さらに抗アセチル化チューブリン抗体を含むものであってもよい。抗アセチル化チューブリン抗体は免疫組織染色においてアセチル化チューブリンを認識できるものであれば特に制限されないが、例えば、シグマ・アルドリッチ社のカタログ番号T6793の抗アセチル化チューブリン抗体を用いることができる。そのほかにも、アセチル化されたチューブリン(GenBank Accession No. AAH71904 (alpha-tubulin, Homo sapiens))、またはその部分配列を有するペプチドなどを抗原として通常の手段によって取得できるポリクローナル抗体やモノクローナル抗体を用いることもできる。
軸索に存在するアセチル化チューブリンに対する抗体を用いることで、筋に分布する運動神経線維の変化を検出することができる。運動神経線維に変化が見られるときは神経原性筋萎縮の可能性が疑われるため、抗アセチル化チューブリン抗体は廃用性萎縮とそれ以外の病態を区別するために有用である。
【0012】
本発明の検査キットはさらに2次抗体を含むものであってもよい。2次抗体は蛍光物質などで標識されたものであることが好ましい。
本発明の検査キットは、例えば免疫組織染色のために用いられる。例えば、生体から単離された試料について、本発明の検査キットに含まれるそれぞれの抗体を用いて通常の免疫組織染色の手順に従って染色を行い、蛍光顕微鏡などの顕微鏡を用いて観察することにより、骨格筋の検査を行うことができる。
【0013】
本発明の検査キットを用いることによって、骨格筋の廃用性萎縮の進行程度を分類することができる。例えば、以下のような基準でに分類することができる。
クラスN(normal)
正常な筋。横紋に分岐や位相ずれがない。中心性病変はなし。
クラスSD(sarcomeric dysarray)
サルコメアの乱れ。横紋の多段の分岐により位相のずれた部分がある。中心性病変はなし。
クラスCCL(central-core lesions)
中心性病変。筋線維内にファロイジンで強く染まるムラがある。
クラスR(regeneration)
筋線維の再生。中心核をもつ線維がある。廃用性萎縮からの回復過程。ただし、顕著な筋再生像はクラスXを疑うこと。
クラスX(miscellaneous etiologies)
廃用性萎縮以外の病態、または二次的・陳旧性変化を疑う。遅筋・速筋に関わらず病変があるか、ほとんどの筋線維に病変がある。または、病変部に炎症・線維化の徴候が認められる。または、病変部に神経線維が認められない。
【0014】
なお、廃用性萎縮に限られず、他の筋萎縮性の疾患における筋萎縮の進行度を判定することもできる。さらに、本発明の検査キットは研究目的で使用されるものであってもよい。
【0015】
さらに、本発明の検査キットを用いることで他の筋病変との鑑別を行うこともできる。
例えば、除負荷による廃用性萎縮では、速筋よりも遅筋により病変が強く現れることが報告されているが(J Appl Physiol, 1998. 85(3): p. 1017-23.)、一方、神経原性の麻痺による筋萎縮ではそのような差異はない。したがって、抗遅筋ミオシン抗体によって遅筋と速筋とを分別することにより、これら二通りの原因を鑑別できる。
また、廃用性萎縮では神経筋接合部は萎縮が進行しても保たれるが(J Neurol Sci, 2003. 210(1-2): p. 5-10.)、末梢神経の損傷による筋の麻痺では筋組織内の運動神経線維が退縮することから、抗アセチル化チューブリン抗体により末梢神経損傷などの神経原性筋萎縮との鑑別が可能である。
さらに、廃用性萎縮では筋の炎症・再生・線維化が起こらないことから、DAPIなどを用いて核染色を行うことにより、筋の炎症・再生・線維化が起こる筋炎や筋ジストロフィーなどの筋病変との鑑別の材料となる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0017】
1.実験方法及び材料
(1)骨格筋廃用性萎縮の誘導
骨格筋の廃用性萎縮を誘導するため、ラットの後肢を懸架して飼育する方法を採用した(図1)。
体重約200グラム(生後約8週)の雄のウイスター系ラットを用い、後肢の懸架のため、腰部背面にループを取り付けた。ラットの腸骨稜の左右それぞれ1箇所、下位腰椎棘突起の1〜2箇所の、計3〜4箇所に、針付き縫合糸で体外からナイロン糸またはステンレス糸を通し、ループを作った。
飼育用ケージはプラスチックコンテナを加工したものを用いた。上部にステンレスワイヤーを水平に張り、そこに撚り戻し付きフックを取り付けてワイヤー上を滑るようにした。
ステンレス針金で製作した釣り具により、ラットの腰部に取り付けたループとケージのフックとを接続した。後肢先端がケージの底面に付かないよう、懸架の高さを釣り具で調節した。この状態で1〜3週間飼育した。この間、飼料と水は自由に摂取できるようにした。
【0018】
(2)抗体とプローブ
廃用性萎縮では速筋線維より遅筋線維に早く変化が現れることが知られているので(J Appl Physiol, 1998. 85(3): p. 1017-23.)、それらを区別するために遅筋ミオシンに対する抗体を使った。また、筋に分布する運動神経線維の変化を確認するため、軸索に存在するアセチル化チューブリンに対する抗体を使った。サルコメア構造の変化をとらえるため、Z盤に存在するα-アクチニンとデスミンに対する抗体を用いた。
筋原線維の主要な成分であるF-アクチンを染色するため、蛍光標識ファロイジンを用いた。筋線維の再生があると核が細胞の中央部に存在するようになるので、それを検出するためにDNAの蛍光プローブであるDAPIを使った。
具体的には次の一次抗体を用いた:マウス抗遅筋ミオシン・モノクローナル抗体(シグマ・アルドリッチ社)、マウス抗アセチル化チューブリン・モノクローナル抗体(シグマ・アルドリッチ社)、マウス抗α-アクチニン・モノクローナル抗体(シグマ・アルドリッチ社)、ウサギ抗デスミン・ポリクローナル抗体(Novocastra社)。二次抗体には、Alexa Fluor 488標識ヤギ抗マウスIgG・ポリクローナル抗体とAlexa Fluor 594標識ヤギ抗
ウサギIgG・ポリクローナル抗体(インビトロゲン社)を用いた。アクチンの染色のためにAlexa Fluor 488標識ファロイジンとAlexa Fluor 594標識ファロイジン(インビトロゲン社)を、核DNAの染色のために4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI;シグマ・アルドリッチ社)を用いた。使用濃度はそれぞれのメーカーの推奨を参考に、予備実験により至適値を決めた。
【0019】
(3)骨格筋の組織標本
骨格筋廃用性萎縮の評価対象として下腿のヒラメ筋を採用した。
ラットをエーテルおよびネンブタールで麻酔してヒラメ筋を摘出し、自然長に伸展した状態で3%ホルマリン-リン酸緩衝生理的食塩水(PBS)で浸漬固定した。これを30%ショ糖-PBSに浸漬して氷晶保護し、OCTコンパウンドに包埋して、液体窒素で急速凍結した。これからクライオスタットで6μm厚の凍結切片を作成し、3-amino-propyltriethoxysiloneをコートしたスライドグラスに貼り付けて自然乾燥させ、蛍光染色まで冷凍庫で保存した。
【0020】
(4)蛍光染色
蛍光染色には、蛍光抗体と蛍光プローブを組み合わせ、多重染色した。
切片を0.1% Tween-20-PBS(PBST)に数分浸漬後、非特異反応抑止のため10%正常ヤギ血清-10%正常ラット血清-PBST(BLOCK)を加えて20分間置いた。BLOCKで希釈した一次抗体を加えて1〜2時間緩徐に振盪しながら反応させ、PBSTで洗浄した。続いて、二次抗体、ファロイジン、DAPIをBLOCKに共に加えて希釈し、切片に加えて同様に反応させ、PBSTで洗浄した。これを蛍光防止マウント剤を用いてカバーグラスをかけて封入し、顕微鏡観察に用いた。
【0021】
(5)蛍光顕微鏡法と画像処理
標本の観察と記録には、蛍光顕微鏡E-1000(ニコン社)と冷却CCDカメラSPOT RT SE6 Monochrome(Diagnostic Instruments社)を用いた。多重蛍光染色標本の各々の蛍光を記録するために蛍光フィルターを切り替えながら撮影・記録した。画像ファイルはパーソナルコンピュータPower Macintosh G4(アップルコンピュータ社)に保存した。粒子解析と多重染色カラー画像の合成には画像処理ソフトウエアImageJ(NIH)を、粒子解析の前処理(血管の像を消すなど)にはPhotoshop(アドビシステムズ社)を用いた。
【0022】
2.結果と考察
筋細胞萎縮による形態変化
1〜3週間後肢を懸架をしたラットでは、肉眼的にもヒラメ筋が薄小になっているのがわかる。これを裏付けるため、筋の横断切片のファロイジン染色像を用い、筋線維の太さと形の経時変化を組織学的に調べた。
図2にみられるように、筋線維は懸架期間とともに細くなり、輪郭に不整が目立つようになる。この印象を裏付けるため、画像処理ソフトウエアによって粒子解析した(図3)。それによって得られた、筋線維のサイズや形状の変化を図4a〜dに示す。
筋線維の横断面積は、3週間の懸架によって半減した。断面周囲長、断面を楕円に近似したときの長径・短径も減少した。断面形状の丸さ(circularity)も減少した。
【0023】
収縮構造の変化
ファロイジン、抗α-アクチニン抗体、抗デスミン抗体、抗遅筋ミオシン抗体による染色により、筋線維の収縮構造の変化が示された。
懸架1週間では、横断面像に対照とのあきらかな差は認められなかった。しかし、縦断面で横紋をみると、本来ほぼ平行に揃っているはずのサルコメアが乱れていた(図5)。すなわち、横紋が分岐し、その位相が筋線維の相対する側面とでずれている部分がみられた。横紋が多段に分岐している部分では、横紋が楔状に広がっているようにみえる。しば
しば、その楔状の変化が互い違いに隣接して生じていた(図5、両矢印)。このような病変は従来報告のないものであった。
なお、正常筋にも横紋の分岐が一部あり、位相が1/2サルコメア程度ずれることがある。これは、隣接するサルコメアの間に螺旋階段状の連続部、ヘリコイドが存在することによる(Biophys J., 1978. 22: p. 145-154.;Bioimages, 1993. 1(2): p. 167-174.)。横紋が多段に分岐してみえることは稀である。
懸架2〜3週間目の筋の横断面像では、一部の筋線維に、ファロイジンで強く染色される部分が生じていた(図2c、dと図6の矢印)。これは、従来廃用性萎縮による変化として知られた中心性病変に相当するものと考えられる。ただし、典型的には中心性病変は筋線維中央部に略円形に現れる。この実験では、線維中央部から周辺にかけての不整形の染色むらとして現れたことが、典型例とは相違する。縦断面では、サルコメアの乱れの他に、中心性病変に相当する、ファロイジンで強く染色される部分がみられた。このような部分では、ファロイジン染色による横紋は消失していた(図6)。また、抗遅筋ミオシンの抗原性はしばしば中心性病変では減少または失われていた。
懸架2週間目での中心性病変の発生は、横断面のファロイジン染色像の粒子解析によっても裏付けられた(図4e)。線維それぞれ横断面内の輝度分布の標準偏差(ここでは筋線維各々の染色ムラの程度を示す)のヒストグラムをとると、中心性病変の発生と期を同じく、2週間目から標準偏差の大きな線維が増加している。
抗α-アクチニン抗体や抗デスミン抗体による染色でも、ファロイジン染色でみられたのと同様の、横紋の乱れがとらえられた(図8)。抗α-アクチニン抗体や抗デスミン抗体ではファロイジンによる横紋よりも幅の狭い線状の染色パターンを示すので、より横紋の変化が認知されやすいと考えられた。
抗α-アクチニン抗体や抗デスミン抗体での染色では、中心性病変部にも抗原性が残っていた。縦断面のファロイジン染色で横紋が消失している部位においても、抗α-アクチニンや抗デスミン抗体の染色ではしばしば横紋が染色された(図8、矢印)。このことから、α-アクチニンはアクチンやミオシンより後までサルコメア構造に沿った局在を残すと考えられた。
【0024】
筋線維の種類による障害程度の別
抗遅筋ミオシン抗体の染色によると、懸架2〜3週目の筋で、中心性病変を免れていた筋線維の多くが速筋であることがわかった(図7)。中心性病変が生じる筋線維は一部だけだった。残った筋の多くは抗遅筋ミオシン抗体で染色されなかった。中心性病変では遅筋ミオシンの抗原性が失われていたことから、筋線維全体に病変が広がっていた場合に、それが遅筋であったかどうかは判断しかねた。
【0025】
筋線維の再生、炎症反応
懸架3週間までの範囲では除負荷により筋の炎症、筋線維再生、線維化は、いずれも認められなかった。DAPIによる核染色では、廃用性萎縮を示した筋にはいずれも多核白血球やリンパ球などの炎症細胞の集積はなかった。また、再生筋の目安となる中心核(筋線維中央部の核)もみられなかった。数週間を超える廃用における組織変化についてはいまのところ本研究では未実施だが、報告によると、5週間の後肢懸架では筋の再生像は現れず、懸架を解除すると再生筋が認められている(Acta Physiol Scand, 2004. 181(2): p. 217-24.)。
【0026】
他の筋病変との鑑別
除負荷による廃用性萎縮では、速筋よりも遅筋により病変が強く現れることが報告されており(J Appl Physiol, 1998. 85(3): p. 1017-23.)、前述のようにこの研究でもそれが裏付けられた。一方、神経原性の麻痺による筋萎縮ではそのような差異はない。抗遅筋ミオシン抗体によって遅筋と速筋とを分別することにより、これら二通りの原因を鑑別できる。
中心性病変が筋線維全体に及んでいても、しばしばその近傍に抗アセチル化チューブリン抗体で染色される神経線維が認められた(図9)。廃用性萎縮では神経筋接合部は萎縮が進行しても保たれ(J Neurol Sci, 2003. 210(1-2): p. 5-10.)、末梢神経の損傷による筋の麻痺では筋組織内の運動神経線維が退縮することから、抗アセチル化チューブリン抗体により末梢神経損傷との鑑別が可能である。
除負荷で筋の炎症・再生・線維化が起こらないことは、筋炎や筋ジストロフィーなどの筋病変との鑑別の材料となる。DAPI染色はその判断に有用であった。
【0027】
運動機能低下
懸架1週間のラットですでに、懸架を外したとき後肢は伸展位になり動かず、徘徊に困難があるようにみえた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ラットの後肢を懸架して飼育する方法を示す図(写真)。
【図2】蛍光標識ファロイジンとDAPIによる染色結果を示す図(写真)。aは対照、bは懸垂後1週間、cは懸垂後2週間、dは懸垂後3週間の染色結果を示す。矢印は中心性病変を示している。
【図3】筋線維横断面の形態計測の結果を示す図(写真)。
【図4】筋線維横断面の形態計測の結果を示すグラフ図。aは断面を楕円に近似したときの長径(■)と短径(●)の変化を示す。bは周長の変化を示す。cは断面積の変化を示す。dは正円を1とした丸さを示す。a〜dにおいて、横軸は懸垂時間、バーは標準偏差、*は対照(0週)に対してp=0.05で有意差があることを示す。eは筋線維横断面の輝度の標準偏差のヒストグラムを示す。
【図5】懸垂1週間後の蛍光標識ファロイジンとDAPIによる染色結果を示す図(写真)。矢印はサルコメアの位相のずれを示す。
【図6】懸垂2週間後の筋の横断像(a〜c)及び縦断像(d〜f)を示す図(写真)。a、dは蛍光標識ファロイジン、b、eは抗遅筋ミオシン抗体による染色結果を示し、c、fは蛍光標識ファロイジン、抗遅筋ミオシン抗体及びDAPIによる染色結果を示す。矢印は中心性病変を示す。
【図7】懸垂2週間後の筋の横断像の3例を示す図(写真)。いずれも蛍光標識ファロイジン、抗遅筋ミオシン抗体及びDAPIによる染色結果である。矢印は中心性病変がなく遅筋ミオシンを持たない筋線維を示し、*は中心性病変がなく遅筋ミオシンを持つ筋線維を示す。
【図8】抗α−アクチニン抗体及び抗デスミン抗体による染色結果を示す図(写真)。a、dは蛍光標識ファロイジン、bは抗α−アクチニン抗体、eは抗デスミン抗体による染色結果を示し、cは蛍光標識ファロイジン、抗α−アクチニン抗体及びDAPIによる染色結果、fは蛍光標識ファロイジン、抗デスミン抗体及びDAPIによる染色結果を示す。を示す。矢印はファロイジン染色で不鮮明であるが抗α−アクチニン抗体で染色された横紋を示す。
【図9】病変部近傍の神経線維の染色結果を示す図(写真)。蛍光標識ファロイジン、抗アセチル化チューブリン抗体及びDAPIによる染色結果を示す。矢印は神経線維を示す。*は中心性病変のある筋線維を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)の抗体を含む骨格筋検査用キット;
(a)抗遅筋ミオシン抗体
(b)アクチン染色試薬
(c)抗デスミン抗体及び/又は抗α−アクチニン抗体。
【請求項2】
さらに、核染色試薬を含む、請求項1に記載の骨格筋検査用キット。
【請求項3】
さらに、抗アセチル化チューブリン抗体を含む、請求項1又は2に記載の骨格筋検査用キット。
【請求項4】
骨格筋の廃用性萎縮の検査用である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の骨格筋検査用キット。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のキットを用いて生体から単離された骨格筋試料を検査する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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