説明

高分子材料のシミュレーション方法

【課題】フィラーの分散性を評価乃至改善するのに役立つ高分子材料のシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】コンピュータを用いて高分子材料のフィラーの分散性を評価するためのシミュレーション方法であって、少なくとも一つの粒子からなるフィラーモデルを設定する工程S1と、前記フィラーモデルの粒子に対して第1のポテンシャルが定義された複数個の粒子を含むポリマーモデルを設定する工程S2と、前記ポリマーモデルと前記フィラーモデルとを予め定めた空間に配置して分子動力学計算を行う工程S4と、前記分子動力学計算の結果から、前記フィラーモデルの分散状態を観察する工程S5とを含み、前記ポリマーモデルは、前記第1のポテンシャルとは異なる第2のポテンシャルを持った変性基の粒子を少なくとも一つ含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばフィラーで補強されたゴムにおいて、フィラーの分散性を評価乃至改善するのに役立つ高分子材料のシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンピュータを用いた高分子材料のシミュレーション(数値計算)が種々提案されている。この種のシミュレーションでは、主として粗視化された分子動力学( Molecular Dynamics : MD)計算が行われる。
【0003】
分子動力学計算は、解析対象となる高分子材料の分子構造に基づいて多数の原子又はその集合体(分子を含む)を粒子として配置した材料モデルを設定し、配置した全ての粒子が古典力学に従うものとしてニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻における全ての粒子の動きが追跡される。
【0004】
このような分子動力学計算によれば、粒子の微視的な運動を正確に追跡することができる。従って、実験結果に頼らず、物質の性質や運動を明らかにすることができる。また、追跡時間等を調節することにより、粒子の初期配置に依存しない正確なシミュレーション結果が得られる。関連する技術としては、次のものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−64658号公報
【特許文献2】特開2007−233859号公報
【特許文献3】特開2009−110228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ゴム等の高分子材料には、カーボンブラックやシリカといったフィラーが配合されている。これらのフィラーの分散性は、ゴムの強度に大きな影響を与えることが分かっている。
【0007】
しかしながら、従来のシミュレーション方法では、単にポリマーモデルとフィラーモデルとを用いて分子動力学計算を行うものであり、実際の高分子材料についてフィラーの分散性の評価や開発には十分に役に立つものではなかった。
【0008】
本発明は、以上のような問題点に鑑み案出なされたもので、ポリマーモデルに、フィラーとのポテンシャルを異ならせた変性基の粒子を含ませることを基本として、実際の高分子材料についてフィラーの分散性を評価乃至改善するのに役立つ高分子材料のシミュレーション方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のうち請求項1記載の発明は、コンピュータを用いて高分子材料のフィラーの分散性を評価するためのシミュレーション方法であって、少なくとも一つの粒子からなるフィラーモデルを設定する工程と、前記フィラーモデルの粒子に対して第1のポテンシャルが定義された複数個の粒子を含むポリマーモデルを設定する工程と、前記ポリマーモデルと前記フィラーモデルとを予め定めた空間に配置して分子動力学計算を行う工程と、前記分子動力学計算の結果から、前記フィラーモデルの分散状態を観察する工程とを含み、前記ポリマーモデルは、前記第1のポテンシャルとは異なる第2のポテンシャルを持った変性基の粒子を少なくとも一つ含むことを特徴とする。
【0010】
また請求項2記載の発明は、前記フィラーモデルは、複数個の粒子からなることを特徴とする。
【0011】
また請求項3記載の発明は、前記分子動力学計算において、前記フィラーモデルの粒子と前記変性基の粒子とが予め定めた距離以下に近づいた場合、両粒子を結合させる段階を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、コンピュータを用いて高分子材料のフィラーの分散性を評価するためのシミュレーション方法として、少なくとも一つの粒子からなるフィラーモデルを設定する工程と、前記フィラーモデルの粒子に対して第1のポテンシャルが定義された複数個の粒子を含むポリマーモデルを設定する工程と、前記ポリマーモデルと前記フィラーモデルとを予め定めた空間に配置して分子動力学計算を行う工程と、前記分子動力学計算の結果から、前記フィラーモデルの分散状態を観察する工程とを含む。これにより、ポリマーモデルに対するフィラーモデルの分散状態を調べることができる。
【0013】
また、本発明において、前記ポリマーモデルは、前記第1のポテンシャルとは異なる第2のポテンシャルを持った変性基の粒子を少なくとも一つ含むことを特徴とする。実際の高分子材料には、変性剤が用いられることが多いため、このように、ポリマーモデルの1個以上の粒子を、フィラーモデルに対するポテンシャルを異ならせた変性基として、分子動力学計算を行うことにより、実際の高分子材料について、フィラーモデルの分散状態の善し悪しを精度良く確認することができる。そして、このようなシミュレーション方法は、変性基(変性剤)の効果などを見極めて、種々の高分子材料の開発に役立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態の処理手順を示すフローチャートである。
【図2】フィラーモデル及び変性基を有するポリマーモデルを説明する概念図である。
【図3】シミュレーションモデルの斜視図であり、(a)は動力学計算前の状態、(b)は動力学計算後の状態を示す。
【図4】変性基を有しないポリマーモデルを説明する概念図である。
【図5】変性基を有しないポリマーモデルを用いたシミュレーションモデルについて動力学計算後の状態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の高分子材料のシミュレーション方法は、コンピュータを用いて高分子材料のフィラーの分散性を評価するためのものである。高分子材料としては、少なくともゴム、樹脂又はエラストマーを含む。また、フィラーは、これらの高分子材料中に配合される充填剤であって、カーボンブラック、シリカ又はアルミナ等の各種のものが含まれる。
【0016】
図1には、本実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例が示されている。本実施形態では、先ず、少なくとも一つの粒子からなるフィラーモデルをコンピュータに設定する工程が行われる(ステップS1)。該フィラーモデルは、前記フィラーを分子動力学で取り扱うために、コンピュータ上に入力される数値データである。
【0017】
図2には、フィラーモデル7の一例が視覚化されている。該フィラーモデル7は、複数個(この実施形態では9個)の粒子6と、この粒子6、6間を接続している結合鎖8とから構成された三次元構造を有する。本実施形態のフィラーモデル7は、ゴムポリマーを補強するフィラーを模したものであり、前記三次元構造はシリカに基づいて定義されている。また、前記結合鎖8は、フィラーモデル7の各粒子6、6間を拘束するものである。該結合鎖8には、例えば、平衡長とバネ定数とが定義されたバネであり、これらの情報はコンピュータに入力される。
【0018】
次に、本実施形態では、複数個、好ましくは3個以上、本実施形態では14個の粒子2、5からなるポリマーモデル3をコンピュータに設定する工程が行われる(ステップS2)。該ポリマーモデルは、前記高分子材料中のポリマーを分子動力学で取り扱うために、コンピュータ上に入力される数値データである。
【0019】
図2には、ポリマーモデル3の一実施形態が視覚化されている。本実施形態のポリマーモデル3は、3個以上の粒子2と、一つの変性基の粒子5と、これらの粒子間を接続している結合鎖(図では見えない)とから構成された直鎖状の三次元構造を有する。
【0020】
次に、前記ポリマーモデル3と前記フィラーモデル7とを予め定めたセル(空間)に配置して分子動力学計算が行われるが(ステップS4)、それに先立ち、必要な条件等が設定される(ステップS3)。
【0021】
フィラーモデル7の粒子6及びポリマーモデル3の粒子2は、いずれも分子動力学計算によるシミュレーションにおいて、運動方程式の質点として取り扱われる。従って、前記条件としては、各粒子2、5及び6の質量、体積、直径及び初期座標などが少なくとも含まれる。また、分子動力学計算では、各モデル3及び7が所定の空間であるセル内に配置されるが、該セルの境界条件などが定義される。さらに、各粒子2、5及び6については、ポテンシャルが定義される。これらの各条件は、数値情報としていずれもコンピュータに入力される。
【0022】
前記ポテンシャルは、粒子間の距離の関数であって、2つの粒子の間に作用する力を計算する際に用いられる。本実施形態では、次の2つの粒子の組合せについて、それぞれポテンシャルP1乃至P6が定義される。
粒子2−6 ポテンシャルP1
粒子2−2 ポテンシャルP2
粒子6−6 ポテンシャルP3
粒子5−6 ポテンシャルP4
粒子2−5 ポテンシャルP5
粒子5−5 ポテンシャルP6
また、本実施形態では、ポテンシャルが下記の式(1)で定義される。
【0023】
【数1】

【0024】
上記式(1)において、aijは粒子毎に決定されるパラメータでポテンシャルの強度を表し、rijは粒子間の距離、rcはカットオフ距離である。式(1)は、2つの粒子間の距離が、予め定められたカットオフ距離rc以下になったときに斥力が作用するポテンシャルが定義される。さらに、粒子間の距離rijが予め定めたカットオフ距離rcに等しい場合、ポテンシャルUはゼロであり、粒子間に斥力は生じない。本実施形態において、前記カットオフ距離rcは1[σ]に設定されている。
【0025】
また、本実施形態では、これらのポテンシャルP1乃至P6は、前記式(1)のパラメータaijを変えることで強さが調節されている。本実施形態では、前記パラメータaijが次のように設定されている。
ポテンシャルP1:aij=72
ポテンシャルP2:aij=50
ポテンシャルP3:aij=50
ポテンシャルP4:aij=12
ポテンシャルP5:aij=50
ポテンシャルP6:aij=50
【0026】
本実施形態の前提となる粗視化MDは、「DPD(Dissipative particle Dynamics)」と呼ばれる手法であり、原著論文(J. Chem Phys. 107(11) 4423-4435 (1997))では同種粒子間では、ポテンシャルのパラメータaij=25が提唱された。しかし、その後、多くの研究がなされ、同種粒子間ではパラメータaij=50、異種粒子間ではパラメータaij=72とするものが出てきた(例えば、Macromolcule vol.39 6744(2006))。本実施形態では、
これらのパラメータを参考としている。なお、aij=12は、aij=50よりも低い値の一例として挙げている。
【0027】
また、ポリマーモデル3の変性基の粒子5とフィラーモデル7の粒子6との間のポテンシャルP4のパラメータaij(=12)は、ポリマーモデル3の変性基以外の粒子2とフィラーモデル7の粒子6との間のポテンシャルP1のパラメータaij(=72)とは異なり、より小さく設定される。従って、変性基の粒子5は、分子動力学計算の工程において、本来のポリマーモデル3の粒子2に比べて、フィラーモデル7の粒子6との間のポテンシャルが小さく、ひいては斥力が小さくなる。換言すれば、変性基の粒子5は、上述のようにポテンシャルが定義されることにより、他の粒子2に比べて、フィラーモデル7の粒子6との親和性が高くなる。実際の高分子材料においても、このような変性基の役割を果たす変性剤が配合される。従って、ポリマーモデル3の少なくとも一つの粒子2として、フィラーモデル7との親和性が高い変性基の粒子5を含ませる(変性ポリマー化する)ことにより、実際の高分子材料と同様に、シミュレーションにおいて、ポリマーモデル3中のフィラーモデル7の分散状態を変化させることができる。また、本実施形態では、各粒子2、5及び6のポテンシャルは、全て式(1)で定義されるとともに、前記パラメータaijのみを変えることで、変性基を容易に設定することができ、利便性に優れるものとなる。
【0028】
また、分子動力学計算では、図3(a)に示されるように、予め定められた体積を持ったセルSの中にポリマーモデル3及びフィラーモデルが初期配置される。該セルSは、解析対象のゴムポリマーの微小構造部分に相当するもので、本実施形態では、セルSは、微小な立方体として定義され、その中にポリマーモデル3が2571本及びフィラーモデル7が1000個ランダムに初期配置される。セルSは、本実施形態では、一辺が24.7σの立方体である。
【0029】
分子動力学計算では、例えば、設定されたセルSについて所定の時間、配置した全てのモデル3及び7が古典力学に従うものとしてニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻における全ての粒子2、5及び6の動きが追跡される。本実施形態の分子動力学計算は、一定のステップ数(例えば20万ステップ)を終えた時点で計算終了とされる。また、分子動力学計算を行うに際して、系内の粒子、体積及び温度は一定で行われる。
【0030】
次に、前記分子動力学計算の結果から、フィラーモデル7の分散状態を観察する工程が行われる(ステップS5)。フィラーは、ポリマー内で均一に分散することで良好な補強効果を発揮するので、このような観察工程を含ませることは重要である。
【0031】
図3(b)には、分子動力学計算を行った結果が視覚化して示されている。図3(b)の結果では、白っぽい色で表示されるフィラーモデル7が比較的広い範囲に分散していることが確認できる。従って、このような結果から、ポリマーに、変性基(変性剤)を導入することにより、フィラーの分散性が変化(向上)することを予測することができる。観察工程は、作業者によって目視で行われても良いし、また、フィラーモデル7の分散状態を定量的に把握(例えば、コンピュータで動径分布関数の計算等)することも可能である。また、観察の結果、フィラーモデル7の分散状態が十分でないと判断された場合には、例えば、変性基の粒子5の数などを異ならせて、再度、同様の分子動力学計算を行って、分散状態の良いポリマーモデル3の構造を見つけることができ、それに基づいて高分子材料の設計を行うことができる。
【0032】
図4には、比較のために、変性基の粒子5を有しないポリマーモデル3が示されている。また、図5には、図4のポリマーモデル3を用い、前記と同一の条件で分子動力学計算を行った結果が視覚化されている。図5から明らかなように、変性基の粒子5を有してないポリマーモデル3と、フィラーモデル7とを用いた場合、フィラーモデル7が中央に一箇所で凝集し、十分な分散状態が得られていないことが分かる。
【0033】
上記実施形態では、変性基の粒子5は、ポリマーモデル3の一端にのみ形成された例を示したが、両端に形成されても良いし、ポリマーモデル3の中間部に形成されても良い。また、ポテンシャルのパラメータaijなどを変えて、フィラーモデル7の粒子6との親和性を調節することもできる。
【0034】
また、他の実施形態として、フィラーモデル7の粒子6と、前記変性基の粒子5との間には、結合条件が定義されても良い。該結合条件は、分子動力学計算において、フィラーモデル7の粒子6と変性基の粒子5とが予め定めた距離以下に近づいた場合、両粒子を結合させるものである。例えば、変性ポリマーは、シリカ等のフィラーと親和性が高いだけで物理吸着するものと、化学結合するものとが存在している。従って、このような実施形態では、いずれの変性基を採用することが得策なのかを評価するのに役立つ。
【0035】
以上本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく種々の態様に変形して実施することができるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0036】
2 ポリマーモデルの粒子
3 ポリマーモデル
5 変性基の粒子
6 フィラーモデルの粒子
7 フィラーモデル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いて高分子材料のフィラーの分散性を評価するためのシミュレーション方法であって、
少なくとも一つの粒子からなるフィラーモデルを設定する工程と、
前記フィラーモデルの粒子に対して第1のポテンシャルが定義された複数個の粒子を含むポリマーモデルを設定する工程と、
前記ポリマーモデルと前記フィラーモデルとを予め定めた空間に配置して分子動力学計算を行う工程と、
前記分子動力学計算の結果から、前記フィラーモデルの分散状態を観察する工程とを含み、
前記ポリマーモデルは、前記第1のポテンシャルとは異なる第2のポテンシャルを持った変性基の粒子を少なくとも一つ含むことを特徴とする高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記フィラーモデルは、複数個の粒子からなる請求項1記載の高分子材料のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記分子動力学計算において、前記フィラーモデルの粒子と前記変性基とが予め定めた距離以下に近づいた場合、両粒子を結合させる段階を含む請求項1又は2記載の高分子材料のシミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−108951(P2013−108951A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256493(P2011−256493)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)